えっ、転移失敗!? ……成功? 〜ポンコツ駄女神のおかげで異世界と日本を行き来できるようになったので現代兵器と異世界スキルで気ままに生きようと思います〜
3-10 本宮花梨 5
リビングに入った花梨の目にまず飛び込んできたのは、ジャージ姿の銀髪美女――すなわち、アラーナだった。
「あなた、あのときの……?」
「ん? どこかでお会いしたかな?」
自分のことを知っているらしい反応の花梨に、アラーナが首を傾げる。
「アラーナ、こちら花梨。最初うちに来たとき、君の看病をしてくれた人だといえばわかるかな?」
「おお! その節は大変お世話になった」
「え……? なに……?」
深々と頭を下げるアラーナに対し、花梨は戸惑いの声を上げるばかりである。
「えっと、何語? 英語じゃないみたいだけど……」
「……そうなるよな。はい、これ」
意思疎通効果のあるピアスを身に着けたアラーナに花梨の言葉は理解できるが、魔道具もスキルもない花梨にはアラーナの言葉が理解できないのである。
そこで陽一は、余っていたネックレスタイプの魔道具を花梨に渡した。
「なに? くれるの?」
「とりあえずこれつけてみて」
「あ、うん……」
どこか釈然としない様子のまま、花梨は受け取ったネックレスを首にかけた。
「ではあらためて。私はアラーナという。あのときは本当に世話になった」
そう言って、アラーナが再び頭を下げる。
「ああ、いえ。どういたしまして……ってか、なんで!?」
アラーナの言葉が突然理解できるようになったことに、花梨は驚きの声を上げ、陽一を見た。
「あー、それはまたあとで説明するから、その前に彼女のことも紹介しとくよ」
陽一の示す先には、スウェット姿の黒髪眼鏡美人――すなわち実里がソファにちょこんと座っていた。
「こちら、実里ちゃん」
「は、はじめまして……」
少し緊張した面持ちで、実里が軽く頭を下げる。
「どうも、はじめまして。えっと、実里ちゃんって、南の町の……?」
「え、お前なんで知ってんの?」
「いや、アンタがつらつら話したんでしょうが!」
「え? いつ?」
「引っ越す何日か前よ! 覚えてないの……?」
「あ……」
突然実里が姿を消し、呆然としていたところへ花梨が訪れたときのことを陽一は思い出した。
引越し前のほとんど空っぽの部屋で、花梨につらつらと実里との事を話し、そのうえ慰められてしまったことを。
「えっと、あのときは、その……悪かった」
「ううん、あたしのほうこそ……」
陽一は申し訳なさそうに、そしてどこか恥ずかしげに目を伏せ、花梨もあのときのことを思い出したのか、頬を染めて視線をそらし、口ごもった。
「コホン!!」
どこか居心地が悪くなりそうな空気を、アラーナのいささかわざとらしい咳払いが払拭する。
「で、カリン殿、といったか。あなたとヨーイチ殿との関係は?」
「あ、うん。えーっと、あたしはなんというか、陽一の昔なじみで……その、ときどき会ってご飯食べるくらいの……ねぇ?」
実里と陽一の関係はしっかりと聞いているし、アラーナともただならぬ関係なのだろうと推察した花梨は、気を遣って誤魔化そうした。
「む……。しかし、あのときは、その……随分と、激しかったというか……」
「え? あのときって……?」
そういってちらりと陽一を見ると、彼は観念したような表情で肩をすくめる。
「ここな、リビングと寝室のあいだの壁はそんな厚くないんだわ」
「ん? えっと……」
「つまり、リビングの音は寝室にばっちり聞こえるってことで」
「え?」
「で、あのときアラーナは、たまに意識があって、リビングの音を耳にしていたわけで……」
「あっ!? あー……」
あのときのことを思い出した花梨は、顔を真赤にしてうつむいてしまった。
「私が思うに、ヨーイチ殿とカリン殿は、深い仲ではないかと思うのだが……」
「いや、あたしは、その……」
もじもじしながら、花梨はちらちらと陽一を見る。
「あー…………、よしっ!」
その花梨の姿に、陽一は少し困ったようにうつむきかげんで頭をかいていたが、気合いを入れるように顔をあげる。
「花梨」
「ひゃい!?」
真剣な声色で名前を呼ばれた花梨は、少し間抜けな返事をしてしまった。
(なんだよ、かわいいな、くそっ……)
その花梨の姿に思わず頬が緩みそうになるのを我慢し、真剣な表情のまま口を開いた。
「花梨。俺はいま、アラーナと実里と一緒に過ごしている。ふたりは俺にとってとても大切な人たちだ」
「ヨーイチどの……」
「陽一さん……」
突然の告白に、アラーナと実里はぽーっと頬を染めた。
その3人の様子に、花梨は困ったような笑みを浮かべる。
「ふふ、そうね。アラーナさんも実里さんも、びっくりするくらい綺麗だもん。あたしなんか――」
「花梨も同じくらい大切な人だと思ってる」
「――へ?」
自分の言葉を遮って告げられた言葉に、花梨は再び間の抜けた声を上げてしまった。
「え、でも……そんな……」
戸惑う花梨をあえて無視し、陽一は話を続ける。
「ちょっと前、久々に花梨と会って、そんな長い時間じゃないけど一緒に過ごしただろ? 俺、やっぱお前のこと好きだわ」
「ひゃ? しゅ……しゅき……? えぇ!?」
「うん、大好き」
「っ……!?」
ごく自然に発せられた陽一の言葉に、花梨は息をつまらせた。
子供を諦め、仕事ひと筋に生きるのだと決めて駆け抜けた10年だった。
精神も身体も疲弊し、自覚はなかったが、もしかすると限界が近づいていたのかもしれない。
そんなとき、偶然訪れた陽一との再会。
ほんの少し言葉を交わし、身体を重ねただけで癒され、長いあいだ自分は無理をしていたのだと悟った。
その後、何度か逢瀬を重ねるうちに、忘れかけていた彼への想いが再燃し、もっと頻繁に、そして長いあいだ一緒に過ごしたいと願うようになった。
「あ……う……」
しかし、陽一には秘密があるようだった。
気にはなったが、あまり深く踏み込んで敬遠されるのが怖く、花梨はあえてそこには触れなかった。
ほかの女性と深く関わっているだろうことも察していたが、自分とはときどき会って身体を重ねる、都合のいい関係でいいと思っていた。
「うぅ……」
実際、彼とともにいる女性が目の前に現われた。
ふたりとも、自分が逆立ちしたって敵わないような、若くて綺麗な女性だった。
そんな美女ふたりとともにあってなお、自分を好きだと言ってくれた。
「うぐぅ……」
花梨のなかで長年に渡って積み上がっていた感情が決壊し、目尻からポロポロと涙がこぼれはじめる。
「え? か、花梨……?」
「うぅ……ふぐ…………うぇぇ……」
そして花梨は、顔を覆って嗚咽を漏らした。
「ちょ、花梨……どうした?」
「なんで……ひっく……なんでいま言うのよぉ……」
「え? え? いま? 言うって……?」
戸惑う陽一に、花梨は顔を上げ、鋭い視線を向ける。
「なんで、いまさら……“好き”って、いうのよっ!?」
「えぇっ!?」
「つき合ってるときは、全然言わなかったくせに!!」
「そ、そうだっけ……?」
「そうよっ!!」
「それは、その……ごめん……」
「いま謝んないでよっ! 嬉しいんだからっ!!」
「へ……!?」
「う……ふぐっ……、ひっく……」
「あ……その……」
再び顔を覆って嗚咽を漏らし始めた花梨に、陽一はどうしていいかわからなくなってしまう。
「あの、これ……」
そこへ、実里がハンカチ持って花梨に歩み寄り、そっと差し出した。
「うぅ……ありがと……」
「いえ……。えっと、とりあえず、こっちに座りましょう?」
「うぐ……うん……」
実里に促されてソファに座った花梨は、しばらく肩を震わせて泣き続け、隣に座った実里はなだめるように背中をさすっていた。
その様子を陽一は困ったように、アラーナは穏やかな笑みを浮かべて眺めていた。
「あたしね……、もう、ずっとひとりでもいいと思ってた」
しばらく泣き続けて落ち着いた花梨が、ぽつぽつと語り始める。
「仕事は……ちょっと大変だけどやりがいはあるし、将来の不安もそんなにないし、このまま仕事ひと筋で頑張って、老後はひとりでのんびり過ごして……。それであたしの人生は充分幸せなんだと思ってたの」
すこし落ち着いていた涙が再び流れ出し、花梨は手に持ったハンカチで目元を拭った。
「でも、あのとき……、久しぶりに陽一に会って、一緒に過ごして……。そしたら身体も心も軽くなって……“ああ、あたし無理してたんだな”って、そう思っちゃったの」
「花梨……」
「陽一に会いたい、陽一と一緒にいたい……。でも、あたしには仕事もあるし、陽一には陽一の生活があるし……。それなのに、陽一に会うたびに、抱かれるたびにどんどん想いは膨らんじゃって……うぅ……」
そこで花梨は再び両手で顔をおおった。
「もう、ひとりになんて戻れないよ……」
「花梨、だったら俺と……」
「……いいの?」
そう言って、花梨は顔を上げ、陽一を見つめた。
「あたしなんかが一緒で……」
言いながら、花梨は申し訳なさそうに実里とアラーナに視線を向ける。
女性の目から見てもふたりは美人であり、そんな美人たちと、容姿の劣る決して若くない自分が一緒にいてもいいのだろうかと、花梨はどこか引け目を感じているのだろう。
「“なんか”っていうなよ。それに、どっちかっていうとそれは俺のセリフだと思うけど」
「陽一……?」
「身勝手なことは重々承知のうえであらためて訊くけど、俺は実里も好きだし、アラーナのことも好きだ」
そのとき、実里とアラーナがともに目を見開き、息を呑んだが、陽一はそれに気づかなかった。
「これからもできればずっとともに過ごしたいと思ってる。そんな俺と、花梨は一緒にいてくれるのか?」
花梨が視線を移すと、実里もアラーナも頬を染め、どこかぼーっとしていた。
そのことがおかしかったのか、あるは別の理由からかは不明だが、花梨はふっと頬を緩めた。
涙はいつのまにか止まっていた。
「いいんじゃない、にぎやかで」
「いいのか、本当に……?」
「ふふ。言ったでしょ、あたしはあんたと一緒にいたいって。独り占めしたいなんてひと言もいってないんだから」
「そっか……。えっと、ふたりも、いいかな?」
陽一がふたりに視線を向けると、実里もアラーナも陽一をみてはいたが、どこか焦点のずれた目を向けていた。
「実里? アラーナ?」
「え? あ、はい。あの、私は、陽一さんさえよければ、大丈夫です」
「う、うむ……、そうだな。私も、ヨーイチ殿の判断に異を唱えるつもりはないぞ。カリン殿には世話になっていることでもあるしな」
なぜか少し慌てたようなふたりの様子に陽一は首を傾げ、なんとなく察している花梨は嬉しそうに微笑んでいる。
「ふふ……。実里ちゃんも、アラーナちゃんも、陽一のこと好きなんだね?」
「も、もちろん大好きです!」
「ふふ、私とて誰にも負けぬほど、ヨーイチ殿を好いているぞ」
「ちょ、え……?」
突然の告白に陽一はうろたえていたが、花梨は余裕の笑みを浮かべ、実里とアラーナも落ち着きを取り戻したようだった。
「あはは。あたしも陽一のこと大好き! あたしたち、仲間だね?」
「はい、そうですね」
「うむ。ああ、それからカリン殿、私のことはアラーナと呼び捨てにして欲しい」
「あ、私も実里って呼んでください」
「そっか。じゃああたしのことも、呼び捨てにしてね。これからよろしくね」
(……女子のコミュ力ハンパねぇ)
そうやって3人のあいだに和やかな空気が流れ始めるのを見て、陽一は自分が蚊帳の外に締め出されたような気分になっていた。
「あなた、あのときの……?」
「ん? どこかでお会いしたかな?」
自分のことを知っているらしい反応の花梨に、アラーナが首を傾げる。
「アラーナ、こちら花梨。最初うちに来たとき、君の看病をしてくれた人だといえばわかるかな?」
「おお! その節は大変お世話になった」
「え……? なに……?」
深々と頭を下げるアラーナに対し、花梨は戸惑いの声を上げるばかりである。
「えっと、何語? 英語じゃないみたいだけど……」
「……そうなるよな。はい、これ」
意思疎通効果のあるピアスを身に着けたアラーナに花梨の言葉は理解できるが、魔道具もスキルもない花梨にはアラーナの言葉が理解できないのである。
そこで陽一は、余っていたネックレスタイプの魔道具を花梨に渡した。
「なに? くれるの?」
「とりあえずこれつけてみて」
「あ、うん……」
どこか釈然としない様子のまま、花梨は受け取ったネックレスを首にかけた。
「ではあらためて。私はアラーナという。あのときは本当に世話になった」
そう言って、アラーナが再び頭を下げる。
「ああ、いえ。どういたしまして……ってか、なんで!?」
アラーナの言葉が突然理解できるようになったことに、花梨は驚きの声を上げ、陽一を見た。
「あー、それはまたあとで説明するから、その前に彼女のことも紹介しとくよ」
陽一の示す先には、スウェット姿の黒髪眼鏡美人――すなわち実里がソファにちょこんと座っていた。
「こちら、実里ちゃん」
「は、はじめまして……」
少し緊張した面持ちで、実里が軽く頭を下げる。
「どうも、はじめまして。えっと、実里ちゃんって、南の町の……?」
「え、お前なんで知ってんの?」
「いや、アンタがつらつら話したんでしょうが!」
「え? いつ?」
「引っ越す何日か前よ! 覚えてないの……?」
「あ……」
突然実里が姿を消し、呆然としていたところへ花梨が訪れたときのことを陽一は思い出した。
引越し前のほとんど空っぽの部屋で、花梨につらつらと実里との事を話し、そのうえ慰められてしまったことを。
「えっと、あのときは、その……悪かった」
「ううん、あたしのほうこそ……」
陽一は申し訳なさそうに、そしてどこか恥ずかしげに目を伏せ、花梨もあのときのことを思い出したのか、頬を染めて視線をそらし、口ごもった。
「コホン!!」
どこか居心地が悪くなりそうな空気を、アラーナのいささかわざとらしい咳払いが払拭する。
「で、カリン殿、といったか。あなたとヨーイチ殿との関係は?」
「あ、うん。えーっと、あたしはなんというか、陽一の昔なじみで……その、ときどき会ってご飯食べるくらいの……ねぇ?」
実里と陽一の関係はしっかりと聞いているし、アラーナともただならぬ関係なのだろうと推察した花梨は、気を遣って誤魔化そうした。
「む……。しかし、あのときは、その……随分と、激しかったというか……」
「え? あのときって……?」
そういってちらりと陽一を見ると、彼は観念したような表情で肩をすくめる。
「ここな、リビングと寝室のあいだの壁はそんな厚くないんだわ」
「ん? えっと……」
「つまり、リビングの音は寝室にばっちり聞こえるってことで」
「え?」
「で、あのときアラーナは、たまに意識があって、リビングの音を耳にしていたわけで……」
「あっ!? あー……」
あのときのことを思い出した花梨は、顔を真赤にしてうつむいてしまった。
「私が思うに、ヨーイチ殿とカリン殿は、深い仲ではないかと思うのだが……」
「いや、あたしは、その……」
もじもじしながら、花梨はちらちらと陽一を見る。
「あー…………、よしっ!」
その花梨の姿に、陽一は少し困ったようにうつむきかげんで頭をかいていたが、気合いを入れるように顔をあげる。
「花梨」
「ひゃい!?」
真剣な声色で名前を呼ばれた花梨は、少し間抜けな返事をしてしまった。
(なんだよ、かわいいな、くそっ……)
その花梨の姿に思わず頬が緩みそうになるのを我慢し、真剣な表情のまま口を開いた。
「花梨。俺はいま、アラーナと実里と一緒に過ごしている。ふたりは俺にとってとても大切な人たちだ」
「ヨーイチどの……」
「陽一さん……」
突然の告白に、アラーナと実里はぽーっと頬を染めた。
その3人の様子に、花梨は困ったような笑みを浮かべる。
「ふふ、そうね。アラーナさんも実里さんも、びっくりするくらい綺麗だもん。あたしなんか――」
「花梨も同じくらい大切な人だと思ってる」
「――へ?」
自分の言葉を遮って告げられた言葉に、花梨は再び間の抜けた声を上げてしまった。
「え、でも……そんな……」
戸惑う花梨をあえて無視し、陽一は話を続ける。
「ちょっと前、久々に花梨と会って、そんな長い時間じゃないけど一緒に過ごしただろ? 俺、やっぱお前のこと好きだわ」
「ひゃ? しゅ……しゅき……? えぇ!?」
「うん、大好き」
「っ……!?」
ごく自然に発せられた陽一の言葉に、花梨は息をつまらせた。
子供を諦め、仕事ひと筋に生きるのだと決めて駆け抜けた10年だった。
精神も身体も疲弊し、自覚はなかったが、もしかすると限界が近づいていたのかもしれない。
そんなとき、偶然訪れた陽一との再会。
ほんの少し言葉を交わし、身体を重ねただけで癒され、長いあいだ自分は無理をしていたのだと悟った。
その後、何度か逢瀬を重ねるうちに、忘れかけていた彼への想いが再燃し、もっと頻繁に、そして長いあいだ一緒に過ごしたいと願うようになった。
「あ……う……」
しかし、陽一には秘密があるようだった。
気にはなったが、あまり深く踏み込んで敬遠されるのが怖く、花梨はあえてそこには触れなかった。
ほかの女性と深く関わっているだろうことも察していたが、自分とはときどき会って身体を重ねる、都合のいい関係でいいと思っていた。
「うぅ……」
実際、彼とともにいる女性が目の前に現われた。
ふたりとも、自分が逆立ちしたって敵わないような、若くて綺麗な女性だった。
そんな美女ふたりとともにあってなお、自分を好きだと言ってくれた。
「うぐぅ……」
花梨のなかで長年に渡って積み上がっていた感情が決壊し、目尻からポロポロと涙がこぼれはじめる。
「え? か、花梨……?」
「うぅ……ふぐ…………うぇぇ……」
そして花梨は、顔を覆って嗚咽を漏らした。
「ちょ、花梨……どうした?」
「なんで……ひっく……なんでいま言うのよぉ……」
「え? え? いま? 言うって……?」
戸惑う陽一に、花梨は顔を上げ、鋭い視線を向ける。
「なんで、いまさら……“好き”って、いうのよっ!?」
「えぇっ!?」
「つき合ってるときは、全然言わなかったくせに!!」
「そ、そうだっけ……?」
「そうよっ!!」
「それは、その……ごめん……」
「いま謝んないでよっ! 嬉しいんだからっ!!」
「へ……!?」
「う……ふぐっ……、ひっく……」
「あ……その……」
再び顔を覆って嗚咽を漏らし始めた花梨に、陽一はどうしていいかわからなくなってしまう。
「あの、これ……」
そこへ、実里がハンカチ持って花梨に歩み寄り、そっと差し出した。
「うぅ……ありがと……」
「いえ……。えっと、とりあえず、こっちに座りましょう?」
「うぐ……うん……」
実里に促されてソファに座った花梨は、しばらく肩を震わせて泣き続け、隣に座った実里はなだめるように背中をさすっていた。
その様子を陽一は困ったように、アラーナは穏やかな笑みを浮かべて眺めていた。
「あたしね……、もう、ずっとひとりでもいいと思ってた」
しばらく泣き続けて落ち着いた花梨が、ぽつぽつと語り始める。
「仕事は……ちょっと大変だけどやりがいはあるし、将来の不安もそんなにないし、このまま仕事ひと筋で頑張って、老後はひとりでのんびり過ごして……。それであたしの人生は充分幸せなんだと思ってたの」
すこし落ち着いていた涙が再び流れ出し、花梨は手に持ったハンカチで目元を拭った。
「でも、あのとき……、久しぶりに陽一に会って、一緒に過ごして……。そしたら身体も心も軽くなって……“ああ、あたし無理してたんだな”って、そう思っちゃったの」
「花梨……」
「陽一に会いたい、陽一と一緒にいたい……。でも、あたしには仕事もあるし、陽一には陽一の生活があるし……。それなのに、陽一に会うたびに、抱かれるたびにどんどん想いは膨らんじゃって……うぅ……」
そこで花梨は再び両手で顔をおおった。
「もう、ひとりになんて戻れないよ……」
「花梨、だったら俺と……」
「……いいの?」
そう言って、花梨は顔を上げ、陽一を見つめた。
「あたしなんかが一緒で……」
言いながら、花梨は申し訳なさそうに実里とアラーナに視線を向ける。
女性の目から見てもふたりは美人であり、そんな美人たちと、容姿の劣る決して若くない自分が一緒にいてもいいのだろうかと、花梨はどこか引け目を感じているのだろう。
「“なんか”っていうなよ。それに、どっちかっていうとそれは俺のセリフだと思うけど」
「陽一……?」
「身勝手なことは重々承知のうえであらためて訊くけど、俺は実里も好きだし、アラーナのことも好きだ」
そのとき、実里とアラーナがともに目を見開き、息を呑んだが、陽一はそれに気づかなかった。
「これからもできればずっとともに過ごしたいと思ってる。そんな俺と、花梨は一緒にいてくれるのか?」
花梨が視線を移すと、実里もアラーナも頬を染め、どこかぼーっとしていた。
そのことがおかしかったのか、あるは別の理由からかは不明だが、花梨はふっと頬を緩めた。
涙はいつのまにか止まっていた。
「いいんじゃない、にぎやかで」
「いいのか、本当に……?」
「ふふ。言ったでしょ、あたしはあんたと一緒にいたいって。独り占めしたいなんてひと言もいってないんだから」
「そっか……。えっと、ふたりも、いいかな?」
陽一がふたりに視線を向けると、実里もアラーナも陽一をみてはいたが、どこか焦点のずれた目を向けていた。
「実里? アラーナ?」
「え? あ、はい。あの、私は、陽一さんさえよければ、大丈夫です」
「う、うむ……、そうだな。私も、ヨーイチ殿の判断に異を唱えるつもりはないぞ。カリン殿には世話になっていることでもあるしな」
なぜか少し慌てたようなふたりの様子に陽一は首を傾げ、なんとなく察している花梨は嬉しそうに微笑んでいる。
「ふふ……。実里ちゃんも、アラーナちゃんも、陽一のこと好きなんだね?」
「も、もちろん大好きです!」
「ふふ、私とて誰にも負けぬほど、ヨーイチ殿を好いているぞ」
「ちょ、え……?」
突然の告白に陽一はうろたえていたが、花梨は余裕の笑みを浮かべ、実里とアラーナも落ち着きを取り戻したようだった。
「あはは。あたしも陽一のこと大好き! あたしたち、仲間だね?」
「はい、そうですね」
「うむ。ああ、それからカリン殿、私のことはアラーナと呼び捨てにして欲しい」
「あ、私も実里って呼んでください」
「そっか。じゃああたしのことも、呼び捨てにしてね。これからよろしくね」
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