フロレアル
貧しき応募客
 「私を雇ってくれ」
 「断る」
 ボロボロの布切れを羽織り尋ねてきたのは1人の女だった。
 その女は澄んだエメラルドグリーンの瞳をしており、ショートな銀色の髪、泥や砂埃で汚れているボロい布のローブとだらしない身なりだ。それと、腰に1本の剣。
 「......」
 「......?」
 俺は一通り彼女を見ると、そっと店の扉を閉めようとした。と同時に、彼女は俺の行動を感知したのか、閉めようとした扉に掴みかかり反するように扉を開き始めた。
 「っ!なんで閉めるの!話を聞いて、私を雇え!」
 「嫌だ、か、帰れっ!面倒事はお断りだ!」
 
 俺は知っていたのだ。この女はどんな奴であるか、そして俺自身、これからの人生をこの女と過ごしてはいけない、そんな気がしてたのだ。
 話は丁度1週間前に遡る...
  1週間前
 「オドラン、儂は今日でこの店を辞める。今までこの店でコーヒーを入れられたのは全てお前のお掛けじゃ、随分と世話になった」
 「メネクさんこそ、今日まで本当にお疲れ様でした。ここまで店を続けられたのはメネクさんの努力した成果ですよ、誇りに思っていいと思います」
 王都の近くにある小さな喫茶店フロレアルは知る人ぞ知る隠れ家的な店だ。
 そこの店長であるメネク・ロジークは今日で正式にこの店を辞める。いわゆる定年退職ってやつ。
 一時期潰れかけたこの店を建て直し、僅かではあるがお客が数人訪れるまでに復帰させた。
 
 「何を言っとる、儂が努力出来たのも4年前のお前さん、いや、オリヴィエ・オドランがこの店の復帰を手伝ってくれたからじゃろう...」
  
 メネクが、そう言うと2人は静かに笑いあった。
 俺、オリヴィエ・オドランがこの店に来てからもう4年も経つのか。長いようで短いとはよく言うものだ。
 フロレアル。それは俺とメネクさんが愛した本当に美しい店。
 コーヒーの香りが染み込んだこの店は心静まる場所だ。雰囲気ある店内にはテーブルとキッチンの付いたカウンター、魔石で動くストーブにかなり値が張るであろうアンティーク風なピアノが1台。2階には使ってはないが部屋が5つもある。店というか、少しオシャレな2階建て一軒家って感じもする。
 そして、1番の魅力がこの庭だ。色鮮やかで美しい草花が咲き誇る花の庭。珍しい花や変わった花を1箇所に咲かせているこの庭はメネクさんの一番のお気に入りの場所だった。
 「儂は、この王都を安らかで美しい街にしたかったんじゃ。」
 「......」
 春の風が吹き抜ける庭を見ながら話をするメネク姿は、フロレアルを建てた当初と同じ顔をしていた。
 「昔は戦争と内乱が多くてな、儂が子供だった頃なんか国中が争いあっていたんじゃ」
 
 「...みたいですね」
 「魔術師や騎士、戦争に参加する者以外の一般の民は食べるものはもちろん、飲み水を手に入れることすら難しかった。」
 それはまるで俺が父親から教えを乞うような話し方だった。
 つい最近のことではないが、国同士が争い戦争が起きていた時代があった。それは激しく、卑劣で、お互いが滅びゆくだけの哀れで醜いものだったのだ。
 その大きな原因は幽霊にあった。
 
 この世界で最も不可思議かつ多大な問題を抱えているものが幽霊と言われている。
 古代から魔法やモンスターといった存在は確認され、現在でも存在する。だが、幽霊の存在を確認されたのは今から約110年前頃だ。国、世界の至る所で不可思議な現象が起き始め、人々やその他種族は混乱を起こした。
 初めは魔術や魔物といったものが原因と言われていたが、それだけでは説明がつかない現象が次々と怒り始めた。
 そして、ついに1人の人間が死んだ。
 それに続くように、各国で種族問わず、幾つもの死体や重症を負うものが現れたのだ。そして山ほどの目撃証言が挙がった。だが、それは全て人間の幽霊だという。
 その後は、エルフ族や獣人族といった他種族から人間達は嫌悪を買う。世界で一番の数を制する人間だが、一部の深い恨みを抱いた他種族との戦闘が勃発する。
 人間たちは幽霊の討伐を決意するが、初めは死んでいる者を討伐する事に苦戦。
 それに国では幽霊の被害者や冤罪をかけられた民など、個々で争い合うことが多発した。
 また、元は人間であった者の魂とされている幽霊を討伐する事に反対する者も少なくはなかった。討伐の反対派と賛成派との争いが起きる一方、他種族との争いも激しさを増した。
 しかし、極一部に、人間の中に特殊な能力をもつ者がいる。能力を持つ人間達が集まり幽霊への祈りと浄化を行う聖騎士団が結成される。
 その後も国で多くの能力者達が選ばれ、結成された聖騎士団が、多くの幽霊を討伐したことにより幽霊による事件は減少。それぞれの争いもかなりが沈静化された。反対派の人間たちも、浄化以外に武術や剣技、魔術、武器を持った聖騎士団には刃向かえる者もいなかった。
  現在でも、国が有する聖騎士団は多くの国民に崇められる存在だ。人間の中でも、特殊な能力を持つ者しかなれない聖騎士団に入れば莫大な支援金が手に入るだけでなく、中位貴族と同等の権力を持てる。騎士団のなかでも順位が生じ、上の段位になればなるほど良い接待が受けられるらしい。それは誰もがなりたい職業の一つとなった。
 
 
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