奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十二話 蛇の道は蛇ですよね

 次の日の昼過ぎ、王都アールストにある南のワークギルドに併設されている酒場のテーブルにアマベルの姿があった。
 依頼のボードにはまだ沢山の依頼票が張られているが、そのどれもが無理難題を押し付けようとしていたか、報酬と依頼内容があっていない訳あり依頼で貼られてからすでに数日は過ぎ去っていた。

 アマベルはと言えば、脇腹を抉られた傷が完治するまで仕事をする気になれず、食事をしようと何時ものワークギルドを訪れていただけだった。
 ”おススメ”と一言、給仕の女性に頼むと二人掛けの丸テーブルへ腰を下ろした。小さなメモ帳を鞄から取り出しペラペラとめくり、目的のページを開いてテーブルに伏せる。メモ帳を伏せると同時に、給仕の女性が料理をテーブル運んできて、大きな音を立てて無造作に置いていった。
 スープはアマベルに飛び跳ねるわ、メインの肉料理は崩れるわで、良くこれで給金を貰えるのだと感心する。もし、自らが給仕の仕事をするにしても、ガサツな行為だけはしてはならないと、フォークを持ちながら思うのであった。

「やっほー。遅かったかな?」

 アマベルのテーブルにフードを被った女性が一人近づき、そのまま椅子に腰を下ろした。

「【カーラ】、おっそ~い!おれがどれだけ待ったと思っているんだ……ってのはウソ。さっき来たばっかりだよ」
「何よそれ~。びっくりしたじゃないの!」

 悪態をつくアマベルに、フードを取りながらプンプンと頬を膨らませて怒る女性。
 フードを取れば肩までの長さの綺麗な小豆色の髪が二か所でおさげにされて、面倒なのか無難な髪形にしている様だ。

「ごめんごめん。それで、昨日は大丈夫だった、カーラ?」
「一応、別の薬でしのいでいるけど……。相当辛そうなのよね」
「あそこで盗られなければ……、くそっ!おれがもっとしっかりしておけば!!」

 アマベルの悔しがる顔を見れば、彼女が奪い返せなかったのだと一目でわかる。何年、一緒に過ごしてきたのかと考えれば、彼女の考えなどお見通しなのだ。
 おどけた会話をしているが、アマベルを姉と慕っていた過去もあり、目指す目標でもある。二年違いの幼馴染に、無理は言えない。

「そっか、アマベルでも失敗しちゃったんだ……」
「そうそう、ちょっと怪我しちゃったからしばらくは仕事できないから、それも伝えようと思ってね」
「え、怪我したの?何処をやったの?」

 ”実はさぁ”とアマベルが昨日の出来事をカーラに話してシャツの裾をまくり上げ、包帯でグルグル巻きにしてある脇腹を見せた。血が滲んでいて、右の脇腹辺りが赤く染まっていた。

「そう、取り戻そうとして無茶したのね。それにしても、その女に責任取って貰わなくちゃ。こんな素晴らしいアマベル姉さんに怪我を負わせたんだからね!」
「もう、姉さんって歳じゃないから、それだけは止めて」

 赤くにじむ包帯を見てカーラは頭に血が上り怒りを露にする

 都合よく現れた何処の誰かもわからぬ女達から、怪我のため逃げ出す事も出来ずに悔しい思いをしていたが、治療をしてもらい収支はトントンではないかとアマベルは思った。
 それに、あの状況で自宅を教える訳にも行かず、怪我を負った身ではあれで精いっぱいだったと告げる。

「それで、あの薬の原料ってすぐに手入るの?もしよかったらお金貸すけど?」

 カーラに薬の入手が可能かと聞くが、ブンブンと首を横に振る。

「あの原料って、満月に近い月の光を浴びた時に採取できる、月下見草げっかみそうの葉だから、あと半月以上も先になるのよ。しかも採取できる場所が限られちゃって、王都付近だと群生地が無いのよ」
「そうなの?それじゃ、誰か持ってるのを譲ってもらうとか?」

 それにもカーラは首を横に振って否定する。

「薬自体、王都では出回ってないし、私も薬屋さんに一年以上通って、やっと譲ってもらった薬だから……。群生地は知ってるけど、乗合馬車で行ったとしても最低十日は掛かるのよ。往復で二十日、さらに言えば満月の時まで待たなくちゃいけないから、さらに二十日以上掛かるから、一月半も王都を留守にしちゃうわ。それだと叔母さんを世話する人がいないわ」
「それじゃぁ、手っ取り早く手に入れるには、盗まれた薬を取り戻すしかないか……」

 アマベルは八方塞がりな状況に両手を上げて降参のポーズを取った。
 カーラから奪った相手を探すにも何の手がかりも無く何処の誰かもわからぬし、群生地に向かうにしもアマベルの怪我では移動に耐え切れず、傷口が開いてしまうだろう。

 アマベルは如何するか、”う~ん”と腕を組んで考え出すが、良い考えが見つからない。誰かに頼むにしても報酬を考えねばならず、そこまでの蓄えは無い。いつもは自らが動いて移動しているだけに、この怪我を負った体が忌々しく思える。

 アマベルが傷口の事を考えていると、ふと、あの時の事が思いだされた。そう言えば、と。

「そう言えば、おれが怪我をしたとき、アイツら一人捕まえてたな。今気が付いた」
「え~、それ思い出すの遅い!それなら、その女を探せば手掛かりに繋がるじゃん」

 脇腹を矢で抉られ痛い思いをしていたためにその時の出来事を今まで綺麗サッパリ思いだせずにいた。そして今、戦闘不能になった男が掴まっていたと思い出し、顔から火が噴くほどに間抜けだと自らを責める。
 穴があったら入りたいとはこの事だと……。

「名前はパティとしか、聞いてなかったけど、金色の髪でショートカットの二十歳より少し下の美人って聞けばすぐにわかるかもしれない」
「金髪かぁ。お姫様も金髪だったわよね」
「でも、お姫様は髪が長いはずよ。それにどうやって整えているか不思議な髪型をしていたはずだし」

 名前は聞いたが何処に住んでいるのか、また何処に出没するのか全く気にしていなかった。いや、気が動転していてすっかり抜け落ちてしまったのだろう。
 昨日の事を思い出せば、貴族のような格好に四人も護衛を付けていたので、侯爵や伯爵を名乗る家柄かもと感じられた。特に従者の装備が整いすぎており、相当な金持ちだとはすぐにわかった。

「だとすれば、貴族街に行けば会える?」
「微妙よね。貴族って言ったら、移動は馬車だし、歩くなんてありえないと、おれはおもうよ」
「手掛かりを掴むにしても、薬草を採取に行くにも無理があるのね。八方塞がりかぁ……」
「「はぁ~……」」

 二人はお互いに頬杖をつき、思い切り溜息を吐くのであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「くしゅんっ!!」
「姫様、風邪ですか?働きすぎでしたら、少しお休みになりませんと」

 パトリシア姫は突然訪れた鼻のむず痒さに耐えきれず、思わずくしゃみをしてしまった。目の前のアンブローズを見ていたが、部屋の中をキョロキョロし、余計な視線が無いかをぐるりを確認して行った。

「風邪じゃないわよ。きっと誰かが噂してるのよ」
「それが思いを寄せる相手でしたら私も嬉しいのですが……」

 いまだに浮いた噂の無いパトリシア姫だけに、何処かに良い人がいて結婚をして欲しいとアンブローズは思っていいるのだが、その本人は結婚の意思はいまだに無く、暇さえあれば屋内訓練場に出向き、騎士達と汗を流していたりするのだ。

「それはお父様からも言われている。が、その件は口にするな」
「はっ!」

 パトリシア姫とアンプローズは思わず、部屋の隅の小さなテーブルにうず高く積まれ埃を被っている手紙の束に目を向けた。トルニア国王やカルロ将軍から届く見合いの紹介状であり、事あるごとに見合いをしろと言われ続けている。だが、今のところ、結婚の意思も、眼鏡に叶う相手も現れず、その話は宙に浮いたままとなっている。

「それよりもじゃ、昨日の件の続きじゃ。何かわかったか?」

 パトリシア姫が朝起きると、アンブローズ達から早速報告があり、深夜にアマベルの自宅襲撃未遂事件が起きたと聞いていた。幸いにも襲撃を行おうとしたものはすべて捉えてあり、尋問を始めた所であった。
 そして、今、昼食を取ってから一時間と少しを回った所でアンブローズからの報告を受けていた途中であったのだ。

「まず簡単な所からですが、襲撃した者達は雇われただけのようですね」
「フムフム。リーダーには結びつかないか……」
「そうですね。酒場で金貨をちらつかせて依頼をしてきたみたいで、薄暗い店内でフードを被っていれば、顔の判別は付かないと思われます。一応、声で男だと見たようですが」
「まぁ、そんな所だろうな」

 右腕を肘掛けに乗せて頬杖をつきながら、呆れた表情で頷く。昨晩の相手はそんな所だろうが、アマベルを助けた時の男は情報を持っていそうであり、期待をして聞いてみた。

「駄目ですね。あれは相当訓練している様で、雑談以外は喋りません」
「あれ以降はだんまりって事なのね。八方塞がりですわね?」

 パトリシア姫は目を右手で覆い、肩を落として残念がった。

「それでしたら、確定の情報を一つ。アマベルの身の上を少しだけ」
「ん?何かわかったの」
「はい。彼女、アマベル=モーランですが、現在二十二歳。出身はこの王都ですが、一番外側の貧しい家の生まれだそうです。当然学校は中等学校までで、それから剣術道場に半年ほど通い、ワークギルドへと登録したそうです」

 ”フムフム”と頷くパトリシア姫。ワークギルドへ登録し活躍するのは沢山いるからな、と思うと、脳裏に友人達の顔が浮かんでくる。

「一人で行動したり、複数人で行動していたそうですが、三年目に入った所で魔術師を仲間に入れ、今ではアマベルとその魔術師の二人で行動する事が多いようです」
「魔術師だと?ワークギルドに魔術師がいるなど珍しいな」
「確かに珍しいですね。その魔術師はカーラと言い、アマベルと同じ出身で幼馴染と聞いております」

 頬を人差し指で弾きながら、”魔術師ねぇ……”と呟く。
 確かに、魔術師になるのは珍しく、百人子供が居ても一人か二人慣れれば御の字だと言われている。

 魔術師になるには、先天的な才能にもよるが、実は精神力を高める訓練の方が重要なのはあまり知られていない。エゼルバルドやヒルダが子供の頃から生活魔法を使って繊細な魔法の操作を学んだ事が本来は重要なのだが、私立の魔術学校で教える内容は魔法の使い方や精神力の消費を抑える方法などが主流で、精神力を増やす方法は全く教えてない、いや、知らないのだ。
 騎士養成学校でも、魔術師養成コースがあるのだが、授業の一環で、魔法を使い続け、精神力の枯渇、回復を繰り返している。そして、卒業するまでに精神力が鍛えられ、使える魔法の量が増えてる。

 騎士養成学校では攻撃魔法でなら一回の精神力消費量が多く、攻撃魔法を使えなければ増やせないと思い込んでいる。だが、本当は生活魔法を使って、枯渇、回復を続けても同じ効果が得られるのだ。
 攻撃魔法でも生活魔法でも使う精神力は同じ場所から取られるので、鍛え方は同じなのである。

~~閑話休題~~

「その魔術師ともそのうち話をするにしても、この件、アマベルが追っていた薬を如何にかしないといけないわね。何かアイデアでもあるかしら?」
「そうですね、蛇の道は蛇と言いますが、少しお金を使ってみませんか?」

 パトリシア姫は何の事かと首を傾げる。蛇の道は蛇、その道の専門家に任せれば安心って事だけど……と、考えるのだが、その道の専門家とは何を指すのかとアンブローズに視線を送る。

「アマベルが追っていた相手は薬を盗っていた、となればスリの集団か、何かの犯罪者集団である可能性が高いと存じます」
「確かにね。それなら、ウチの国の諜報部隊に任せれば良いじゃないの?」

 アンブローズは首を振って、”さすがにそれは拙いです”と答える。

「国の諜報部隊を動かすには、それ相応の理由と国家に仇なす相手や組織である必要があります。それに、我々が動き回ると、敏感に鼻が利く連中もいますので」
「なるほどね。それでウチの国の諜報部隊は動かせないって訳ね」
「それで、その者達を知る組織に依頼するのです。姫様のポケットマネー程度で調べられるはずですから」

 ”お金が掛かるのがちょっと癪だけど”、とパトリシア姫は付け加えてアンブローズに指示を出した。

「わかったわ。それなら今から出かけるとしましょう。普通の馬車を用意してちょうだい。着替え次第向かうわ。アンブローズも護衛の人選をすぐに済ませて馬車に集合すること。急いで」
「畏まりました」

 一度言いだしたら梃子てこでも動かないし、パトリシア姫を焚き付けた手前、”明日にしましょう”ともいえる筈も無く、外出の準備の為にパトリシア姫の部屋より退出するのであった。



※カーラの髪型は、おさげですが、三つ編みではありません。

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