奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第二十一話 護衛対象を守ろう
「アマベル、一人で帰れるの?」
「近くだし、ゆっくり帰るから大丈夫だ。しばらく休むから、外套を返すのは少し待っててくれ」
「わかったわ……。気を付けて帰ってね」
ブリジットに礼を言ってから、外套を羽織りワークギルドを後にするアマベル。傷口を縫い痛みは薬でだいぶ引いたが、歩き始めるとキシキシと痛みが走る。食事を済ませてあるので帰って寝るだけなのだが、自宅への道が山頂を目指す様に遠く感じる。
足は無事にもかかわらず、重りが付いたように上がらず歩みは遅い。
外套を羽織っているが、吹き付ける風が外套を抜けて、傷口を容赦なく冷やす。それに、加えて破いた個所からの風が素肌に突き刺さり、いつも以上に寒く感じる。
家路を急ぐ人々の波に乗ろうとするが、重りの付いた足ではそれすらも出来ず、途中で足を止め壁にもたれ掛かって休みを余儀なくする。
こんなにも体が言う事を効かなくなるのは何時ぶりかと思い起こすが、それが何時だったのか、思い出せない。
”はぁ~”と溜息を吐いて、もう一踏ん張りと人波を避ける様に端を歩き、いつもの倍の時間を掛けて自宅へとたどり着く。階段を上がるのがいつもよりきつく、それも辛かった。
ドアの鍵を開けて、部屋へ入りこむ。疲れた体を休ませたいとベッドに急ぎたいが、戸締りをしなければと、重い体に鞭打って鍵を閉める。
ベッドにたどり着いて、外套や、シャツ、ズボンを部屋の床に脱ぎ散らかしベッドにもぐりこむと、疲れの為に自然と瞼が降りてくる。
あぁ、明日は体が動くと良いなと思いつつ、意識は夢の中へと落ちて行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「姫様、見張りの者が帰って来ました」
「おお、待っていたぞ」
間もなくベッドに入り眠りに就こうかと、自室でまったりと本を読んで過ごしていたパトリシア姫の下へアンブローズがドア越しに声を掛けてきた。
ひらひらとした足首まであるワンピースの寝間着のまま過ごしていたパトリシア姫は、このままの恰好で騎士達を部屋に通すにさすがに恥ずかしいと思ったのか、その上に地味目のガウンを羽織ってから、部屋に通した。
「失礼します。護衛の一人が戻って参りました」
「ご苦労。早速だが報告を聞かせて貰えるか?」
戻って来た騎士から詳細な報告を聞き次の一手を打ちたいと考えていたのだが、報告の内容はアマベルの帰路の様子や行動、そして、彼女の自宅が判明した事だけであった。
その報告の中でも、痛めた右脇腹の所為で動きは見るからに鈍く、それに体力も落ちていると告げられた。今のところ、彼女を襲う者達の姿は見られず、パトリシア姫はそれだけでも”ホッ”と胸を撫で下ろした。
「本来は明日にでも報告を上げようとしたのですが、この遅い時間ですがもう一つ報告があります」
「ん?これ以外に何かあったか」
もう一つの告げられ、緊急の案件があったか、と首を傾げるパトリシア姫であった。
実際は昼間に自らが怪我を負いそうになった事で捕まえた男の事を忘れていただけである。
それを指摘すると、声を上げて”そんな事があったな”と誤魔化そうと笑っていた。
「先程まで尋問をしておりまして、何を盗ったのかだけはわかりました」
「何か持っていたのか?」
「いえ、それは違う者が持ち去ったようで、すでにあの場にはいなかったようです」
アンブローズの話では、表通りから一本入った通りで、とある女の鞄から薬の類を別の男が盗み出しだ。その女と一緒にいたアマベルが、鞄から盗んだ瞬間を見たとかで追い駆けられた、と。
その後、怪我を負ったアマベルが、一緒にいた女の下へ戻らなかったのは、パトリシア姫達を”信じられなかったから”と語ったのは周知の事実である。
「その男は、よく、喋ってくれたわね」
「これも訓練の賜物でございます」
ニヤリとアンブローズが口角を上げ笑うも、パトリシア姫としてはその光景が脳裏に浮かび、なんともいえぬ思いを抱くのである。
そもそも、尋問を専門にする牢番もいる事から、恐らくはその者達の仕事であろう事は容易に想像できるのだが……。
「それじゃぁ、アンブローズ。今日の護衛は交代させて来てくれるか。さすがに妾の護衛から彼女の見張りに移行させたんじゃ、可哀そうだもの」
「それはすでに交代要員を用意させています」
「あら、そう。やっぱり仕事が早いわね」
「ええ、彼女は騎士候補ですからね」
パトリシア姫が気を利かせる前に、交代要員を手配していたアンブローズ。
アマベルを見張る交代要員が必要だと騎士団長に告げて渋い顔をされたのだが、姫様の我儘でと枕詞を付けた為か、すんなりと人員を確保できた。それでも嫌な顔をされたのだが。
それに加えて、”夜間の見張りの訓練も兼ねさせる事が出来ますよ”、との言い訳も付け足した事も渋々と首を縦に振らせた要因の一つでもあった。
「それでは、失礼します」
「失礼します」
アンブローズ達が部屋から出て行ったのを見計らい、パトリシア姫は部屋の灯りを消し、ガウンを脱いでふかふかのベッドへと潜り込むのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アマベルを見張る交代要員が王城を出発して一時間。王都の裏道を走ったために見張りへの交代が遅くなってしまった。
灯りの消えたアパートの一室を見張る王城の騎士が、派遣されてきた騎士達三人と交代した直後の事である。騎士達の前に見慣れぬ者達が現れたのであった。
王城からパトリシア姫に協力する形で派遣されている騎士達は都市用迷彩を施したの外套を羽織って街に溶け込み、さらに対象のアマベルの自宅からはかなり離れた場所でありながら肉眼で見える距離から見張りをしていた。
その包囲のさらに内側で、対象の自宅を見上げる複数の人の姿を捉えたのである。一応は黒っぽい外套を羽織っているが、動き自体はそこまで訓練を受けた者達とは思えなかった。その手の仕事を何回かこなし、自信を付けて来た時期の動きにそっくりだった。
彼等の動きを見て、騎士達は思いだされるものがあった。
騎士として王城務めとなり厳しい訓練を続けて来てから一年ほど経ったある日、訓練であるが少数による夜間演習を実施したのだ。王都の住民が寝静まった深夜、今の様に物陰から対象人物の監視をしていたが、その人物に巻かれてしまう失態を起こしていたのだ。
彼等の行動は街に溶け切っておらず、異物感を出しまくっていたと夜が明けてからの反省会で告げられ、今までの訓練で得ていた自信を”ぽっきり”と折られてしまったのだ。
その経験があるからこそ、不審な動きには敏感に反応するのである。
騎士達は手信号で、これからの動き方をお互いに確認すると、その場から闇夜に紛れて動き始めた。
騎士達の向かう先には黒っぽい外套を羽織った五人が固まって物陰に隠れていた。
監視するだけであれば、様々な方角から見張っていた方が良いはずだが、五人が一所にいるとなれば、監視を放棄して力に訴える手はずを取るかもしれない、とその五人の一挙手一投足に注目する。
そして、騎士達が案じたように、五人が外套の中を”もぞもぞ”とする動きを見せれば”襲撃か?”と案じ、気づかれない様に監視対象のアパートへと足を進めた。
一度決めた行動を進める騎士達の動きは迅速だった。
常に厳しい訓練に晒されているだけあり、頑丈な石畳の上を音もなく歩み行くなど赤子の手を捻るようなものだった。
そして、騎士達の手が届こうとする場所まで来ると、耳を立てて不審な男達の言動を探った。
『そろそろ良いか?』
『ああ、帰ってきて灯りが付いたが、すぐに消えたからな。完全に寝ているだろうさ』
『怪我を負わせてたみたいだから、抵抗は殆ど無いだろうな』
『男勝りに剣を振ってても所詮は女だ』
『多少は楽しめるってもんだな』
いやらしく笑う男達から漏れ聞こえる声は、自分達だけが楽しめれば後はナニをするにも自由だと言われているらしい。その命令を伝えた人はこの場には見えずとも、手負いの女の部屋に襲撃し、その成功を疑っていなかった。
男達が不幸だったのは、パトリシア姫がその女、--アマベル--を、騎士団へと勧誘しようと考えていたために、騎士団の中でも腕利きの男達がこの場にいた事であろう。
襲撃が確定事項だとわかった騎士達は即座に動き、いやらしい笑いを立てている男達に先制攻撃を仕掛ける。
こんな事もあろうかと、拘束具としての武器、ボーラを持参していたのだ。
長さ一メートル強のロープの両側に金属製の重りを付けただけの投擲武器だが、足に巻き付けば動きを封じ、逃げることなど望めぬだろう。
今回は五対三と数の上で不利であると、奇襲と拘束具を利用する事にした。
三人の騎士がポーラを手に一斉に走り出す。男達が狩る女の住処へ何時踏み込もうかと気を向けていたために、騎士達が向かってくる事にも、ボーラを投げつけられた事にも反応できずにいた。
騎士達はボーラを男達の足に向かって投げ付けた。
ボーラの扱いは当然ながら訓練で嫌と言う程扱っており、目を瞑っていても当てる自信がある程だ。そうなれば当然、ボーラに足を絡まれた男達はバランスを崩しその場で盛大に倒れ込み体のどこかをしこたま打ち付ける。
この時点で三人が移動を封じられ、動く事がままならなくなる。
しかし、ボーラで絡まったからと言っても、手が自由であればボーラを解く可能性もあり油断はできない。
だが、ここからが騎士然とした動きをした。
まず一人の騎士が、襲撃に気付いた男の一人に駆け寄り、掌底を鳩尾に食らわせた。
その衝撃は背中まで達し、一瞬で男を気絶させた。
見るからに鮮やかで、これぞ掌底のお手本と言わざるを得ないだろう。
次に、二人目の騎士があたふたしている男に近づき、握った拳を振り上げて顎にきつい一発を食らわせた。
攻撃には気付いたが、その一撃を防ぐなど時すでに遅しであった。そして、拳の力は騎士の膂力も合わさり、男の体を浮かせるまでの衝撃を伝える。
この時点で、男は気を失うのであったが、騎士はさらに中に浮かんだ男に肘鉄を脇腹に見舞った。この男は強烈な一撃を受けて数メートルも吹っ飛ばされ、石畳に無様に転がり緩んだ口元から何かを吐き出していた。
最後の騎士はボーラに脚を絡まれているが、動き出そうとしている男の一人に高く飛び上がってから膝当てを思い切り腹部へとめり込ませる。膝による強烈な一撃は内臓へのダメージが酷く、騎士が男の上から退いた途端に、”ゴホゴホ”と咽ると同時に”ゲーゲー”と消化中だった夕食を撒き散らし、ゴロゴロと石畳を転がった。
あっという間に仲間の三人が痛い目にあったのを目撃した、ボーラに絡まれ倒れこんでいる残りの二人は抵抗を諦め、武器を捨てるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、お前達の目的を話して貰おう……ってのは、聞いてたからそれは良しとして、誰に頼まれたのかを話してもらおうか?」
不審な動きをしていた男達五人から戦意を失わさせると、男達を後ろ手に縛り拘束をした。気を失ったいる男二人は、騎士が抱えてその場から人のいない広場へと移動させ、茂みの中に放り込んだ。
残りの歩ける男達は後ろから剣を向けられ、仕方なしにその広場まで歩かせられた。
そして、騎士の一人を対象者の見張りに戻すと、男達の尋問を開始したのだ。
「そんなこと言える訳ねぇだろ」
「ああ、そうだ。俺達が何をしたってんだ。さっさと縄をほどけ!」
襲撃現場を見られた訳でなく、未遂だった事もあり、男達は強気に出ていた。口を割らぬのは予定の行動であったので、それではと、持ち物を検査しようと、様々な場所に手を突っ込み、--たまに嫌な物を掴んでしまったが--、小さな鞄やお金の入った財布を男達から取り上げた。
念入りに見たのはお金の入っていた財布で、どれだけ持っているか、硬貨をその場に広げた。
「ほほう。これを見て何か言う事は無いか?」
男達から取り上げたを財布からは共通して金貨が出て来た。それも同じ枚数である。
「金貨が五枚。それも誰もが同じだけの枚数を持っているとは不自然ではないか?何処で、誰に頼まれたのか、話してもらえないだろうか?」
騎士の一人がナイフを抜き、不敵な笑いをしながら男に切っ先を向ける。夜だと言うのに暗闇に浮かび上がるナイフは、月明りを反射し男の口元にゆっくりと向かってゆく。
徐々に迫り、後一センチと迫った所でとうとう、黙っていた口を開くのであった。
「止めてくれ、殺さないでくれぇ!!」
それと同時に騎士の鼻には、つんとした匂いが届くのであった。
「近くだし、ゆっくり帰るから大丈夫だ。しばらく休むから、外套を返すのは少し待っててくれ」
「わかったわ……。気を付けて帰ってね」
ブリジットに礼を言ってから、外套を羽織りワークギルドを後にするアマベル。傷口を縫い痛みは薬でだいぶ引いたが、歩き始めるとキシキシと痛みが走る。食事を済ませてあるので帰って寝るだけなのだが、自宅への道が山頂を目指す様に遠く感じる。
足は無事にもかかわらず、重りが付いたように上がらず歩みは遅い。
外套を羽織っているが、吹き付ける風が外套を抜けて、傷口を容赦なく冷やす。それに、加えて破いた個所からの風が素肌に突き刺さり、いつも以上に寒く感じる。
家路を急ぐ人々の波に乗ろうとするが、重りの付いた足ではそれすらも出来ず、途中で足を止め壁にもたれ掛かって休みを余儀なくする。
こんなにも体が言う事を効かなくなるのは何時ぶりかと思い起こすが、それが何時だったのか、思い出せない。
”はぁ~”と溜息を吐いて、もう一踏ん張りと人波を避ける様に端を歩き、いつもの倍の時間を掛けて自宅へとたどり着く。階段を上がるのがいつもよりきつく、それも辛かった。
ドアの鍵を開けて、部屋へ入りこむ。疲れた体を休ませたいとベッドに急ぎたいが、戸締りをしなければと、重い体に鞭打って鍵を閉める。
ベッドにたどり着いて、外套や、シャツ、ズボンを部屋の床に脱ぎ散らかしベッドにもぐりこむと、疲れの為に自然と瞼が降りてくる。
あぁ、明日は体が動くと良いなと思いつつ、意識は夢の中へと落ちて行くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「姫様、見張りの者が帰って来ました」
「おお、待っていたぞ」
間もなくベッドに入り眠りに就こうかと、自室でまったりと本を読んで過ごしていたパトリシア姫の下へアンブローズがドア越しに声を掛けてきた。
ひらひらとした足首まであるワンピースの寝間着のまま過ごしていたパトリシア姫は、このままの恰好で騎士達を部屋に通すにさすがに恥ずかしいと思ったのか、その上に地味目のガウンを羽織ってから、部屋に通した。
「失礼します。護衛の一人が戻って参りました」
「ご苦労。早速だが報告を聞かせて貰えるか?」
戻って来た騎士から詳細な報告を聞き次の一手を打ちたいと考えていたのだが、報告の内容はアマベルの帰路の様子や行動、そして、彼女の自宅が判明した事だけであった。
その報告の中でも、痛めた右脇腹の所為で動きは見るからに鈍く、それに体力も落ちていると告げられた。今のところ、彼女を襲う者達の姿は見られず、パトリシア姫はそれだけでも”ホッ”と胸を撫で下ろした。
「本来は明日にでも報告を上げようとしたのですが、この遅い時間ですがもう一つ報告があります」
「ん?これ以外に何かあったか」
もう一つの告げられ、緊急の案件があったか、と首を傾げるパトリシア姫であった。
実際は昼間に自らが怪我を負いそうになった事で捕まえた男の事を忘れていただけである。
それを指摘すると、声を上げて”そんな事があったな”と誤魔化そうと笑っていた。
「先程まで尋問をしておりまして、何を盗ったのかだけはわかりました」
「何か持っていたのか?」
「いえ、それは違う者が持ち去ったようで、すでにあの場にはいなかったようです」
アンブローズの話では、表通りから一本入った通りで、とある女の鞄から薬の類を別の男が盗み出しだ。その女と一緒にいたアマベルが、鞄から盗んだ瞬間を見たとかで追い駆けられた、と。
その後、怪我を負ったアマベルが、一緒にいた女の下へ戻らなかったのは、パトリシア姫達を”信じられなかったから”と語ったのは周知の事実である。
「その男は、よく、喋ってくれたわね」
「これも訓練の賜物でございます」
ニヤリとアンブローズが口角を上げ笑うも、パトリシア姫としてはその光景が脳裏に浮かび、なんともいえぬ思いを抱くのである。
そもそも、尋問を専門にする牢番もいる事から、恐らくはその者達の仕事であろう事は容易に想像できるのだが……。
「それじゃぁ、アンブローズ。今日の護衛は交代させて来てくれるか。さすがに妾の護衛から彼女の見張りに移行させたんじゃ、可哀そうだもの」
「それはすでに交代要員を用意させています」
「あら、そう。やっぱり仕事が早いわね」
「ええ、彼女は騎士候補ですからね」
パトリシア姫が気を利かせる前に、交代要員を手配していたアンブローズ。
アマベルを見張る交代要員が必要だと騎士団長に告げて渋い顔をされたのだが、姫様の我儘でと枕詞を付けた為か、すんなりと人員を確保できた。それでも嫌な顔をされたのだが。
それに加えて、”夜間の見張りの訓練も兼ねさせる事が出来ますよ”、との言い訳も付け足した事も渋々と首を縦に振らせた要因の一つでもあった。
「それでは、失礼します」
「失礼します」
アンブローズ達が部屋から出て行ったのを見計らい、パトリシア姫は部屋の灯りを消し、ガウンを脱いでふかふかのベッドへと潜り込むのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アマベルを見張る交代要員が王城を出発して一時間。王都の裏道を走ったために見張りへの交代が遅くなってしまった。
灯りの消えたアパートの一室を見張る王城の騎士が、派遣されてきた騎士達三人と交代した直後の事である。騎士達の前に見慣れぬ者達が現れたのであった。
王城からパトリシア姫に協力する形で派遣されている騎士達は都市用迷彩を施したの外套を羽織って街に溶け込み、さらに対象のアマベルの自宅からはかなり離れた場所でありながら肉眼で見える距離から見張りをしていた。
その包囲のさらに内側で、対象の自宅を見上げる複数の人の姿を捉えたのである。一応は黒っぽい外套を羽織っているが、動き自体はそこまで訓練を受けた者達とは思えなかった。その手の仕事を何回かこなし、自信を付けて来た時期の動きにそっくりだった。
彼等の動きを見て、騎士達は思いだされるものがあった。
騎士として王城務めとなり厳しい訓練を続けて来てから一年ほど経ったある日、訓練であるが少数による夜間演習を実施したのだ。王都の住民が寝静まった深夜、今の様に物陰から対象人物の監視をしていたが、その人物に巻かれてしまう失態を起こしていたのだ。
彼等の行動は街に溶け切っておらず、異物感を出しまくっていたと夜が明けてからの反省会で告げられ、今までの訓練で得ていた自信を”ぽっきり”と折られてしまったのだ。
その経験があるからこそ、不審な動きには敏感に反応するのである。
騎士達は手信号で、これからの動き方をお互いに確認すると、その場から闇夜に紛れて動き始めた。
騎士達の向かう先には黒っぽい外套を羽織った五人が固まって物陰に隠れていた。
監視するだけであれば、様々な方角から見張っていた方が良いはずだが、五人が一所にいるとなれば、監視を放棄して力に訴える手はずを取るかもしれない、とその五人の一挙手一投足に注目する。
そして、騎士達が案じたように、五人が外套の中を”もぞもぞ”とする動きを見せれば”襲撃か?”と案じ、気づかれない様に監視対象のアパートへと足を進めた。
一度決めた行動を進める騎士達の動きは迅速だった。
常に厳しい訓練に晒されているだけあり、頑丈な石畳の上を音もなく歩み行くなど赤子の手を捻るようなものだった。
そして、騎士達の手が届こうとする場所まで来ると、耳を立てて不審な男達の言動を探った。
『そろそろ良いか?』
『ああ、帰ってきて灯りが付いたが、すぐに消えたからな。完全に寝ているだろうさ』
『怪我を負わせてたみたいだから、抵抗は殆ど無いだろうな』
『男勝りに剣を振ってても所詮は女だ』
『多少は楽しめるってもんだな』
いやらしく笑う男達から漏れ聞こえる声は、自分達だけが楽しめれば後はナニをするにも自由だと言われているらしい。その命令を伝えた人はこの場には見えずとも、手負いの女の部屋に襲撃し、その成功を疑っていなかった。
男達が不幸だったのは、パトリシア姫がその女、--アマベル--を、騎士団へと勧誘しようと考えていたために、騎士団の中でも腕利きの男達がこの場にいた事であろう。
襲撃が確定事項だとわかった騎士達は即座に動き、いやらしい笑いを立てている男達に先制攻撃を仕掛ける。
こんな事もあろうかと、拘束具としての武器、ボーラを持参していたのだ。
長さ一メートル強のロープの両側に金属製の重りを付けただけの投擲武器だが、足に巻き付けば動きを封じ、逃げることなど望めぬだろう。
今回は五対三と数の上で不利であると、奇襲と拘束具を利用する事にした。
三人の騎士がポーラを手に一斉に走り出す。男達が狩る女の住処へ何時踏み込もうかと気を向けていたために、騎士達が向かってくる事にも、ボーラを投げつけられた事にも反応できずにいた。
騎士達はボーラを男達の足に向かって投げ付けた。
ボーラの扱いは当然ながら訓練で嫌と言う程扱っており、目を瞑っていても当てる自信がある程だ。そうなれば当然、ボーラに足を絡まれた男達はバランスを崩しその場で盛大に倒れ込み体のどこかをしこたま打ち付ける。
この時点で三人が移動を封じられ、動く事がままならなくなる。
しかし、ボーラで絡まったからと言っても、手が自由であればボーラを解く可能性もあり油断はできない。
だが、ここからが騎士然とした動きをした。
まず一人の騎士が、襲撃に気付いた男の一人に駆け寄り、掌底を鳩尾に食らわせた。
その衝撃は背中まで達し、一瞬で男を気絶させた。
見るからに鮮やかで、これぞ掌底のお手本と言わざるを得ないだろう。
次に、二人目の騎士があたふたしている男に近づき、握った拳を振り上げて顎にきつい一発を食らわせた。
攻撃には気付いたが、その一撃を防ぐなど時すでに遅しであった。そして、拳の力は騎士の膂力も合わさり、男の体を浮かせるまでの衝撃を伝える。
この時点で、男は気を失うのであったが、騎士はさらに中に浮かんだ男に肘鉄を脇腹に見舞った。この男は強烈な一撃を受けて数メートルも吹っ飛ばされ、石畳に無様に転がり緩んだ口元から何かを吐き出していた。
最後の騎士はボーラに脚を絡まれているが、動き出そうとしている男の一人に高く飛び上がってから膝当てを思い切り腹部へとめり込ませる。膝による強烈な一撃は内臓へのダメージが酷く、騎士が男の上から退いた途端に、”ゴホゴホ”と咽ると同時に”ゲーゲー”と消化中だった夕食を撒き散らし、ゴロゴロと石畳を転がった。
あっという間に仲間の三人が痛い目にあったのを目撃した、ボーラに絡まれ倒れこんでいる残りの二人は抵抗を諦め、武器を捨てるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、お前達の目的を話して貰おう……ってのは、聞いてたからそれは良しとして、誰に頼まれたのかを話してもらおうか?」
不審な動きをしていた男達五人から戦意を失わさせると、男達を後ろ手に縛り拘束をした。気を失ったいる男二人は、騎士が抱えてその場から人のいない広場へと移動させ、茂みの中に放り込んだ。
残りの歩ける男達は後ろから剣を向けられ、仕方なしにその広場まで歩かせられた。
そして、騎士の一人を対象者の見張りに戻すと、男達の尋問を開始したのだ。
「そんなこと言える訳ねぇだろ」
「ああ、そうだ。俺達が何をしたってんだ。さっさと縄をほどけ!」
襲撃現場を見られた訳でなく、未遂だった事もあり、男達は強気に出ていた。口を割らぬのは予定の行動であったので、それではと、持ち物を検査しようと、様々な場所に手を突っ込み、--たまに嫌な物を掴んでしまったが--、小さな鞄やお金の入った財布を男達から取り上げた。
念入りに見たのはお金の入っていた財布で、どれだけ持っているか、硬貨をその場に広げた。
「ほほう。これを見て何か言う事は無いか?」
男達から取り上げたを財布からは共通して金貨が出て来た。それも同じ枚数である。
「金貨が五枚。それも誰もが同じだけの枚数を持っているとは不自然ではないか?何処で、誰に頼まれたのか、話してもらえないだろうか?」
騎士の一人がナイフを抜き、不敵な笑いをしながら男に切っ先を向ける。夜だと言うのに暗闇に浮かび上がるナイフは、月明りを反射し男の口元にゆっくりと向かってゆく。
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