奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十六話 切っ掛けは何時も突然だった

※新章です。小説家になろうでは第9章 その2 パトリシアの騎士団です。
それにしても、何時になったらノベルバは章立てができるようになるのだろうか……。

「ふぁいとぉ~~!!」
「「「「おおぉ~~~!!」」」」

 日差しが照り付け、暑さで人が殺されそうになる八月。王都アールストにある王城内にある野外訓練場の周囲を元気に走り回り、黄色い掛け声がこだましていた。三十二名の女性達が、一人を先頭に走り回っていたのだ。
 この日は夜明けとともに起床し、朝食の前の軽い運動と言われ、すでに三十分は走っていた。

 そもそも、先頭を走るのは、身長百六十センチ弱、金色のショートカットの髪型をしており、その特徴からここ、トルニア王国第一王女、パトリシア姫と一目でわかるのだ。その彼女が公務をほったらかしにして、朝から野外練習場を走り回っているには理由があった。

 パトリシア姫に続いて走るのは、結成したばかりの女性だけで構成された騎士団である。
 五名ずつの隊に別れ、第一隊から第三隊までが通常の騎士である。
 第四隊も騎士であるが、弓が得意な者達を集めた弓部隊である。
 第五隊は魔法を扱う、魔法兵で、第六隊は情報収集などを行う隠密部隊である。
 そして、それらを率いる隊長が一名、任命されてるのである。

 とは言え、三十名ばかりで何ができるかと言えば、儀礼用と揶揄されるだろう。だが、ある程度、剣の腕を磨いた彼女には少しでも彼女自身の命令で動かせる手駒が必要だとトルニア王は思ったのだ。

 そして、数日前にすべての人員が揃い、この日が初めての合同訓練日として、パトリシア姫が率先して野外訓練場を走り回っているのである。

「ふぁいとぉ~~ぉ」
「「「「おぉ……」」」」

 さらに三十分、少しだけペースを上げて走り続ければ、声も絶え絶えになり覇気も感じられなくなる。そして、体力の限界に達し、精神だけで走り続ければ当然ながら足が止まる者達も出てくる。

「はい、終わり~~!!」
「「「「はぁぁぁぁぁ~~~~」」」」

 監督として一人の騎士から、終了の号令がかかれば、地面にうつ伏せや仰向けに倒れ込み、歩く事さえ困難だと胸を凄い速さで上下させる。訓練用の服に土が付こうが汗でびっしょりになろうが誰の視線も気にせずにお構いなしだった。

「休んでないで、朝食に行くぞ!!」
「「「「はぁ~ぃ」」」」

 ”プルプル”と足の筋肉が震え、まっすぐに歩けぬ彼女達はお互いの肩を抱えつつ朝食の用意が出来た宿舎へとゆっくりと足を運ぶのであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 パトリシア姫の騎士団結成の半年以上前の、この年の一月、新年の祝いも滞りなく終わり、通常公務へと切り替わる時期の事であった。

「お父様からお話があるって何かしら?」
「姫様、慌てなくても大丈夫ですよ」

 ”パタパタ”と急ぎ足で廊下を行くのは、金髪縦ロールが美しい、トルニア王国の第一王女のパトリシアである。そして、行儀が悪いと横から口を出すのは、土色の髪を短く揃えるお世話係のナターシャだ。

 午前中の公務が滞りなく終わり、昼食後に大事な話があるからと王の執務室へと呼び出されたのである。

「お父様が呼び出すなんて珍しいわ。いつもなら夕食時にそれとなく話すのにね」

 夕食時には国王は、家族と共に一つのテーブルを囲み、その日の出来事などを話ながら食事を楽しむ。パトリシア姫もそうだが、兄達とも毎日顔を合わせている。それ以外に呼び出されるのは、公務を告げられたり、何かの罰を受ける時がほとんどである。

 今回は特に失態もしていない事から罰を受ける事は無いだろう。そして、公務も特に予定が組まれていないと思えば、呼び出しは珍しいと唸っていたのだ。

「国王様へお目通りすれば、すぐに理由も判明いたしましょう」
「そうね、その通りだわ。急ぐわよ、ナターシャ!」
「姫様、慌てなくて大丈夫です。王様は何処へも参りませんわぁ~~~~」

 迷路の様な城の廊下を”パタパタ”と急ぎ足で行くパトリシア姫を、小言を口にしながらナターシャは追い掛けるのであった。



 そして、王の執務室への前で足を止めると、一際豪華なドアをノッカーで三回叩き合図をする。

「パトリシアでございます」
「来たか、入れ」

 重厚なドアを開け、王の執務室へ入ると、スカートのすそをちょこんと持ち上げ頭を下げる。まだ一月の寒い中でスカートのすそを上げれば、寒さを防ぐために吐いている白いタイツがチラッと目に飛び込んでくる。
 そして、目を胸元に向ければ、胸元の空いたドレスのからは首まで覆う白いインナーが見え、さすがのパトリシア姫でも寒さをこらえるのが無理だと見える。

 そのパトリシア姫を呼んだトルニア王の姿は、動物の白い毛皮使った外套を羽織っており、厚手の冬用に仕立てられた上着やインナーと共に、寒い空気を遮っていた。そして何より、”パチパチ”と燃え盛る暖炉の熱が部屋全体に広がっていて、常夏を思わせる程であった。

「では、そちらに座るように」
「はい、お父様」

 言われた通り、執務机の前に用意された椅子にちょこんと腰掛け、話しを待った。同時に入室を許されているナターシャであるが、彼女はパトリシア姫の側ではなく、入口の横で背筋を伸ばし、しっかりとした姿勢で待機している。

 部屋の中には国王が信頼する部下で、パトリシア姫も頼りにするカルロ将軍の姿も見えた。それから察するに、軍事に関する事であるとわかるのだが、パトリシア姫には何の権限も、力もなく、ただ騎士との訓練を続けているだけなので、全く心当たりがなかった。

「さて、お前を呼んだのは、少人数であるが騎士団を創設しようかと思っての事だ」
「騎士団……ですか?カルロ将軍の配下に立派な騎士団があるのにですか」
「そうだ」

 国王は短く答えると、カルロ将軍に目配せをして大きめの紙を執務机の上に広げた。そこには新設騎士団の人数とそれを率いる団長の名前が記載されていた。

「えっと、これは私ですか?」
「そう、お前の騎士団だ」

 パトリシア姫を代表に、五名ずつの隊が六つとそれを率いる団長が一名。合計三十一名の小規模な騎士団である。正規の騎士団の数に比べれば僅かの人数であるが、パトリシア姫の号令一下で動く正真正銘の直轄部隊である。
 今までは騎士団からの出向などで賄っていたが、これから公務が多くなると判断した国王が創設を判断したのだ。

 それに、もう一つ、大切な事がその紙には記されていた。

「女性のみ?」
「そう、新しく創設される騎士団は女性のみで構成される」

 首を傾げるパトリシア姫の問にカルロ将軍がキッパリと答えた。
 騎士団と言えば、屈強な体と鋼の精神を持つ者達とのイメージを持つパトリシア姫は、女性のみで構成されて、上手く動けるのかと疑問に思った。

「余もお前と同じ考えであった。だが、お前の友人のぉ~、何だったかな」
「ヒルダとアイリーンですね」
「そうそう、その二人がお前と手合わせをして、かなりの腕が立つとカルロから聞いておる」

 パトリシア姫に剣を教えているヴルフ達の中で、騎士団との訓練を苦もせずこなしている女性がいるとの報告を受けていたのだ。
 在野にはまだまだ、その様な女性が沢山存在すると考えれば、女性のみで構成された騎士団がいても良いのではないかとの考えに至ったのである。

「確かに、友人たちはかなりの腕前ですが、騎士団に入ってくれる事はありませんが……」
「まぁ、待て。話はこれからだ」
「はい…」

 一度話を切り、机の中から羊皮紙を一枚取り出してパトリシア姫へと渡した。

「パトリシア=トルニアに命じる。騎士養成学校を回り、お前の目に叶う人材を発掘し、騎士団を創設せよ」
「え、自分で見てですか?」
「そうだ。猶予は今年いっぱいを見ておる。最低でも二十人は確保するのだ」
「はぁ、わかりました」

 王命の記載された羊皮紙を、複雑な表情で受け取り、生返事を返すパトリシア姫。自らの直轄となる騎士団創設は願ったり叶ったりであるが、まさか自らが出向いて騎士候補を発掘しなければならぬと思わなかった。
 ふと顔を上げれば”ニコニコ”と笑顔の国王が頬杖をつきパトリシア姫を見つめている。屈託の無い笑顔に、不気味さを感じながらも、無理難題にどうしようかと頭を抱えたくなった。
 悩んでも仕方ないと、とりあえず自室へ戻る事にした。

「それではお父様、失礼します」
「うむ、期待しておるぞ」

 立ち上がり一礼をすると、執務室の重厚なドアを開け、自室へと帰って行った。



「さて、カルロ将軍。あれはどうなると思う?」

 パトリシア姫が退出した執務室で、暖炉の側に歩み行き、暖を取りながらトルニア国王が尋ねた。自分の娘とは言え、後姿は落ち込んでいる様子に見え、無茶な命令を出してしまったのではないかと、後悔の念にとらわれていた。
 期日までに騎士団を結成出来なければ、期間を伸ばしたり、助言をしたりと、力を貸そうかと考えている。国王の考えは結成する事よりも、人を見つけ出す目を鍛えて欲しいと思っての事であった。

「わかりませんな。まったく予想が付きません」

 だが、パトリシア姫は異例にも街へのお忍びで、エゼルバルドやヒルダと言うヴルフの知り合いを見つけた事もあり、どうなるか、全くの予想が付かなかった。
 それに、もう一つの意図を見抜けるかどうかも鍵となるだろう。
 だが、護衛している、あの男が見たら一目瞭然だとカルロ将軍は見ていた。

「姫は幸運の女神にも愛されているようですから、もしかしたら無事に結成してしまうかもしれません」
「幸運だけで易々と出来る訳がないのだがな……」

 寒い寒いと愚痴を言いながら、暖炉の前を離れぬトルニア国王であった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 自室に帰ってきたパトリシア姫は机に突っ伏し、頭を抱えていた。

 騎士養成学校を回るにしても、果たして実務に耐えられる騎士が見つけられるだろうか?それに一年後までに結成とあり、期日までに出来るかも自信が無かった。

 それに加えて騎士団の人員の構成にも問題があった。
 通常の騎士を二十名、魔術師を五名、そして、情報を扱う隠密を五名である。
 一年後までに最低でも二十名の騎士を集めなければならないのだ。

「どうしよう……」

 机にティーカップを置き、熱い紅茶をお世話係のナターシャが注ぎに来た時を狙い呟いてみた。だが、すまし顔で紅茶を注ぎ、何も無かったかのように側から離れて行く後ろ姿をパトリシア姫はただ眺めるだけしか出来なかった。
 唯一の味方もおらず、孤軍奮闘を余儀なくされ、気持ちが折れそうになってゆく。

”コンコンコン”

 ノックされたドアへ顔だけ向けて、その主の声に耳を傾ける。

「姫様、アンブローズです」
「どうぞ」

 騎士団から護衛任務の為に、パトリシア姫付きを命じられたアンブローズが訓練を終えてパトリシア姫の部屋へと入って来た。彼の目に入ったパトリシア姫を見て、溜息を吐くのであった。

「姫様、自室とは言え、そのお姿はどうかと思いますが。何があったか知りませんが、背筋を伸ばしてしゃんとしてください。国王陛下がお見えになりましたら何を言われるかわかりませんぞ」

 小言を言う、うるさい奴弐号が来たと、しかめっ面を見せる。訓練ではパトリシア姫を褒める事が多いが、姿勢や仕草が姫様らしくないと逢う度に小言を漏らしている。
 ちなみに、うるさい奴壱号は当然ながら、お世話係のナターシャである。

「わかったよ~」
「わかってくださればよろしい」

 嫌々と背筋を伸ばしながらアンブローズに答える。瞬間的に背筋を伸ばさないのは多少の反抗の意図もあったのだが、彼は素知らぬ顔で見逃すのであった。

「アンブローズ、これを見てくれるかしら」
「拝見いたします。ふむふむ……。これはまた大変な命でございますね」
「でしょう。妾があんな恰好していたのもわかるでしょ」

 羊皮紙を手に取り一読したアンブローズが、パトリシア姫一人では無理な命令であるとすぐに気が付く。尤も、命令の意図を察すれば、部下を動かすための訓練でもあるとアンブローズは見抜いていた。
 とは言え、そのままを伝えてしまってはパトリシア姫の為にならぬと、それとなく示唆する事にした。

「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「妾とお主の仲だ、いくつでも聞くが良い」
「それでは……」

 ”ゴホン”と咳払いをして、さらに続けた。

「その国王よりの下命、姫様一人でを行うのですが」
「え、えぇ?」

 アンブローズの問い掛けにパトリシア姫は驚いて思わず飛び上がりそうになった。羊皮紙の王命を見て、アンブローズが率先して協力してくれると思ったからである。
 何を第一にすれば良いか?その次に何をすれば良いか?

 進むべき道を順序立てて導いてくれるだろうと考えていた。だが、彼の言葉は違った。
 パトリシア姫に王命が下ったのであれば、パトリシア姫に責任がある。そして、彼女の命令に従って事が運ぶと気が付いたのである。

 そう言えばと思い出した事が一つあった。
 去年の夏、城を抜け出し獣退治に赴こうと自ら率先して足を向けた。それは失敗したが、それと同じことをしなければならぬと。

 この王命を命じられたのはパトリシア姫であって、お世話係のナターシャでもなければ、護衛の任についているアンブローズでもない。パトリシア姫の指示で王命を進ませねばならぬのだ。

 パトリシア姫一人で、とは王命には記されていないのであれば、誰の協力を得ても一向に構わないはずである。
 となれば、最初にする事はただ一つ。視線の先で溜息を吐いていた護衛の騎士に話をする事であろう。

「アンブローズ。まず、騎士養成学校について教えてくれぬか?」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品