奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第四十九話 洞窟に案内される
「それで、街から逃げ出したアドネ領主をワシ等は追っているのだが、婆さんとしては、村の長としては、どうするつもりだ?新しい領主が派遣されてしまえば他の村と同じようになるだけだが」
「そこは心配いらんわい。村の衆は税を納めていると思っておるし、領主の顔は誰も知らん。今まであった、夜間外出禁止令だけ撤廃して終わりじゃ。それ以上でも以下でもないわい」
村の長として、状況が変わっても村の運営が滞りなく出来る様な仕組みを作っていたあたりはさすがと拍手を送らざるをえないだろう。だが、今まで村人を騙し、領主側に付いていたと隠しきれるない。
「まぁ、税を私用で使ってもおらん。金に換えて屋敷の地下へ貯えてあるだけじゃ。結婚や葬式、病人の手当てに少しずつ使ってただけで、これからも変わらんだろうな」
そこまで見通していたのであれば、ヴルフもスイールも何も言うことが無いと、手を上げるしかなかった。これ以降は領主が変わった後で派遣された官吏が如何にかするだろうと口を噤む事にした。
「それで、お主等の事じゃが、今日はこの屋敷に泊まってもらう。これは決定事項じゃ」
「何を急に!」
「説明したじゃろうが。夜になると外出禁止令で歩けなくなると。それは客人も同じじゃ」
文句を言おうとヴルフ達は立ち上がったが、老婆の一言に、”あっ”と声に出た。老婆が先程、語った事をうっかりと忘れていたのだ。この村に入った時にはすでに日は傾き、雲をオレンジ色に染まっていたのだ。それから時間は大分経ち、窓から見える景色も真っ暗で何も見えず、日没後であろう事は確かである。
命令の撤廃が村にもたらされていなければ、まだ過去の命令は有効であり村の長はその取り締まりをしなければならぬのだ。
「明日になったらお前さん達が行きたい洞窟へ案内してやるわい。とりあえずは、一晩泊っていけ。爺さんに気に入られたお主等に何かあったら、その時が怖いわ!」
前の村の長とやり合ったヴルフからすれば、あの腕力はまだまだ現役で、目の前の老婆なら百人いてもすべてを薙ぎ倒せる力を持ち合わせていると思える。それが折檻の名目で訪れたらどれだけの地獄を見るのかと、震えるのだ。
「それならば仕方ない、一晩だけ厄介になるとしよう」
雨の降りしきる中を出発し今夜はテントで一泊と思っていた所に、雨露がしっかりとしのげ、”ふかふか”のベッドで眠りに就けると思えば老婆の申し出は渡りに船であった。
そして最後に、老婆は思いもよらぬ事を口にしたのだ。
「ところで若いの。領主は何をしたのかね?」
ヴルフ達はそこから説明しなくてはならないのかと頭を抱えるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、夜が明けるとスイールたちを悩ませていた雨はすっかりと上がっていた。来客用のベッドへ、窓から薄日が差し込め鼾をかく顔へ容赦なく光が降り注いだ。日の光を浴びた一人がベッドから起き上がると、つられて他の二人も眠たい目をこすりながら体を起こす。
部屋の中でも寒さに凍えるかと思っていたが、春になったと錯覚する程に温かい空気に包まれていた。
「う~ん、屋敷全体が温かいのでしょうか?」
部屋には暖炉がある訳でもなく、”ぽかぽか”とした空気が何処から来るのかと不思議に思った。そして、スイールが立ち上がると、足元から”ほんわか”と熱されていると感じた。
「一階で燃やした暖炉の火が金属の筒を通して二階の床を温めているのでしょうかね?」
一階は厨房の火や暖炉の輻射熱を使って温まり、二階の来客用の部屋は廃熱を利用して部屋全体を温める仕組みを備えていたのだ。
この様な仕組みはトルニア王国でも見たことが無く、アドネ領主はそれだけアイデアを持ち合わせていたのだと感心せざるをえなかった。
それから身支度を整え一階の客間で五人は合流するとさっと朝食を食べ、老婆へと出かける旨の話をすたのである。
老婆は用意の良い事に、”すでに用意は出来ている”と屋敷の外へと連れていかれると、一人の男を紹介される。
この男、この辺りの森を管理している樵であり、洞窟までの案内人として役に立つと老婆は言う。さらに、ごく普通の村人として生活しているので、領主を追っているとは告げず、逃げた凶悪な犯罪人を追っていると告げたとの事で一応の秘密保持も出来ているのだとか。
老婆の語った事を話半分で聞いておこうと思いつつ、樵を案内に村を出発をするのであった。馬は邪魔になると老婆が預かる事になった。
樵を案内に村を出発し獣道に似た木々の間を通り抜ける事二時間余り。低い崖の真下に真っ黒な口を開けた洞窟がスイール達の前に姿を現した。しかもご丁寧に、見張りの兵士二人が見ていて一目で重要な場所だとわかってしまう、おまけ付きであった。
兵士達の姿は、アドネ街で守備していた兵士達と同様の鎧を身に着けている事から見て、近衛兵ではなく任務として連れて来られたのだと予想してみた。
そして、戦争も終わり大事な兵士を殺める訳にはいかぬと、彼らを無効化を試みる事にしたのだが、まずは情報収集と樵にあの兵士について聞いてみた。
「あいつ等って、いつもいるのか?」
「いつもって訳じゃないな。誰かが来ていると兵士が見張ってる。それ以外は洞窟に柵をして封鎖するんだ、誰も入らない様に、って。それは村のお婆から言われているよ。って、あんた達、あそこに入るのか?」
「追っているヤツがあの中にいる公算が強いからな。ここまで案内してくれて感謝するよ」
”案内してくれてありがとう”、と樵に感謝を伝えると、彼は頭を下げて村へと戻って行った。凶悪な犯罪人を無事に捕まえてきてくれよと呟きながら。
そして、ヴルフ達は見張りの兵士達をどの様に無効化しようかと考え、顔を合わせる。
「あそこまで結構、距離があるのよね~。ウチだったら楽勝だけど……」
木々の間から兵士を見やるが、洞窟までは五十メートル程はあるだろう。アイリーンが弓で射殺すのであれば瞬時に実行可能であるが、”殺めない”と考えた手前、それだけは避けたかった。それから、幾つかの案が出されたが、最終的には古典的な方法に回帰したのである。
「それじゃ、よろしく頼むぞ」
エゼルバルドは背中の両手剣を、ヒルダは軽棍と円形盾を装備から外し、二人で兵士達へと近づく作戦を決行するのであった。
「止まれ、それ以上近づくんじゃない」
長槍の切っ先を、近づく二人に向けて威嚇する。深い木々の間から洞窟前の広場へと出たエゼルバルドとヒルダの二人は、喜び合う様に兵士に近付こうとしたが、長槍に阻まれ約三メートル手前で止まり話し掛けた。
「オレ達、道に迷ってしまって……。それで、森の中を彷徨ってたらこんな場所に出たんですよ。ここが何処だか教えてくれませんか?」
なんだ、”こんな若くても道に迷うのか”と兵士達は呆れながらも安堵の表情を浮かべた。兵士達はアドネの街から付いて来た兵士の内の二人であり、何者かが追って来ないかと気が気でなかった。
馬も連れず、徒歩で森の中から出て来て道に迷ったと言われれば、領主を追っているとも思えずうっかりと気を許してしまった。もし、徒歩で領主を追っていたとすれば、アドネの街からはまだ追いつける距離ではないと兵士達は計算していたのだ。それに、目の前に現れた男女の二人組の装備は泥と雨で汚れて使い古されて、木々の中を彷徨っていた事も真実だと結論付けた。
本来であれば、この時期に旅人が迷い込む事自体を怪しまなければならぬのだが、使える領主に疑問を感じ始め、仕事が手に付いていない事が判断を誤らせていた。
そして、気が抜けて道案内をしようと長槍から片手を離した時である、目の前にいた二人が兵士達の死角に潜り込むように体を動かし、あっという間に後背へ回り込むと、空いた腕を背中側へねじり、兵士達の動きを制したのである。
「かはっ!な、なんだ?」
突然の出来事に目を丸くして驚く兵士二人。その後、膝の裏を蹴られ、うつ伏せで体の自由を奪われれば、身の危険を感じ声を上げようと試みるのであった。だが、木々の間からさらに三人現れるとこの命もここまでかと観念するのであった。
「兵士のお二人は大人しくしててね」
エゼルバルドとヒルダはロープで兵士を後ろ手に縛りあげ、動きを制限させようと足も同様に縛る。さらに、さるぐつわをして声を出せないようにしてから兵士へとようやく向き直るのであった。
「殺さないから大人しく答えてね。でも、正直に答えてくれないと、体に聞くしかないからね」
腰のナイフを抜き、銀色の刀身をちらつかせて兵士に語り掛けるエゼルバルド。ナイフを抜いたが、兵士達を傷つけるつもりは無いのだが、ブルブルと震える相手にはこれが一番と、ナイフを見せ脅しをかけるのであった。
「単刀直入に聞くが、この先にアドネの領主がいるか?」
ナイフの刀身が兵士の頬にそっと当てる。ひんやりと冷たい鍛えられた刀身を見せられれば、いつでも殺せるのだぞと言葉を掛けられていると同義であった。当然ながら、身の危険を感じる兵士は思わず、”うーうー”と唸りながら首を縦に振るのであった。
「どの位の人数が守ってるかわかる?」
兵士は首を横に振る。知らないのか、わからないのかはっきりしないが、嘘をついているようには見えない。
「十人位は中で見た?」
それには首を縦に振り、肯定する。
「そう、ありがとう」
エゼルバルドはナイフを納めて兵士の後背に回り込むと、手刀を首筋に打ち込み、二人の意識を奪った。そして、洞窟の入り口付近に兵士を転がす。
「となると、領主を守っている兵士の数は十人以上って事になるが、ワシ等だけで大丈夫か?」
「中がどうなっているか見てみない事にはわかりませんから、とりあえずは様子を見ながら進みましょう」
「って、事はウチが先頭ね」
肩に掛けた弓を左手で握り直し、ヴルフとスイールの話に割り込むアイリーン。冷たい雨の中をただ馬に乗って移動した昨日を思えば、雨上がりに存分に自らの能力を生かせる場面に出合うなど思っても見なかった。どこかの屋敷で”ブルブル”と震えながら縮こまっていると思っていただけに、喜びはひとしおだった。
「さぁ、行きましょ」
喜び勇んだアイリーンを先頭に、洞窟の中へと五人は入って行くのであった。
洞窟は馬車が通れる広さがあり、二人もしくは三人が武器を構えても十分お釣りがくる程であろうか?アイリーンとヴルフが肩を並べ、次にスイール、そして、最後にエゼルバルドとヒルダが続く。
敵の襲撃があると予想しながらでは進む速度はたかが知れてる。敵の姿が見えずに三十メートルほど進み、ふと来た道を見返すと洞窟の入り口からの光はすでに届いていなかった。何故その場で振り返ったかというと、その場が人工構造物で塞がれていたからだ。
ヴルフ達は、生活魔法の灯火が暗闇の中で煌々と照らし出す構造物、すなわち扉なのだが、それを見て悪態をつくのであった。
「誰よ、洞窟の中に扉なんて作ったのは!」
高さが二・五メートルほどの天井まで規則正しく岩のブロックが積み上げられ重厚な壁を作り上げていた。その中央に観音開きで多少錆が浮き出た金属の扉が行く手を阻んでいた。
とは言え、アイリーンの見たてでは鍵を掛ける機構も無く押せば簡単に開いてしまうだろうと見ていた。
だが、アイリーンが大声を上げて悪態をついたせいで、扉の先から声が聞こえて来るのであった。
「お前は何者だ?答えろ」
「何って、えっと、あの~」
「早く答えろ!」
「だからぁ、洞窟の入り口で兵士が倒れていたから、誰かいないか入って来たのよ!」
咄嗟に思いついた一言を扉越しに投げつけるアイリーン。それが功を奏したのか、女性の高い声が聞こえたからか、何かが外され耳障りな音を立てて扉が開かれて行った。
扉が開かれる僅かな間で、ヴルフ達は左右の壁に体を寄せ、ヴルフの灯火を消し去り、アイリーンだけがヒルダから受け取った軽棍を手に扉の真ん前で仁王立ちのまま腕を組んで扉を睨みつけていた。
扉の先にいた者もアイリーンの声に反応しなければ結果が違ったであろうし、大声を出さなければさらに結果が異なっていただろう。
オレンジ色に輝くランタンを顔の高さに掲げ、二人の兵士が扉から出てアイリーンへと駆け寄ろうとする。その一拍後に兵士達がアイリーンを問い詰めようと言葉を発しようとしたのだが、その前に左右から現れたヴルフとエゼルバルドの手刀が、兵士達の首筋へと吸い込まれ、意識を奪い取った。
洞窟入口で気を失っている兵士達もそうだが、兜を被った兵士の首筋には防御する鉄板や厚手の革等で補強してあり隙間は少ない。その隙間へ籠手を着けた手刀が振り下ろされれば、防御している板などを無視して首筋に一撃を入れる事は容易いのだ。
それも何時もの訓練や、アドネ領での戦いの合間での訓練の賜物であるのだ。
気を失い倒れ込んだその兵士二人も、後ろ手に縛り上げて行動の自由を奪い洞窟の隅へと転がしておく。
「アイリーンの転機に救われましたが、大声を上げたのでプラスマイナス零って事でしょうかね?」
してやったりと、にやけ顔をしていたアイリーンだが、スイールの一言を聞き”がっくり”と肩を落とすのであった。折角の手柄が……と、呟くが、大声を上げた事実は覆らない。
落ち込んでばかりではいられない、と気を取り直し、扉とその周辺を調べ直すと、扉は内側から閂で閉じる構造になっており壁際に金属の閂が立て掛けてあった。
あのまま、扉を開けようとしていたら、何時まで経っても扉を開けられず、無為に時間を過ごさなくてはならぬ状況であった。
それを見てしまうと、アイリーンの手柄はプラスに傾くのではと思うのであった。
「そこは心配いらんわい。村の衆は税を納めていると思っておるし、領主の顔は誰も知らん。今まであった、夜間外出禁止令だけ撤廃して終わりじゃ。それ以上でも以下でもないわい」
村の長として、状況が変わっても村の運営が滞りなく出来る様な仕組みを作っていたあたりはさすがと拍手を送らざるをえないだろう。だが、今まで村人を騙し、領主側に付いていたと隠しきれるない。
「まぁ、税を私用で使ってもおらん。金に換えて屋敷の地下へ貯えてあるだけじゃ。結婚や葬式、病人の手当てに少しずつ使ってただけで、これからも変わらんだろうな」
そこまで見通していたのであれば、ヴルフもスイールも何も言うことが無いと、手を上げるしかなかった。これ以降は領主が変わった後で派遣された官吏が如何にかするだろうと口を噤む事にした。
「それで、お主等の事じゃが、今日はこの屋敷に泊まってもらう。これは決定事項じゃ」
「何を急に!」
「説明したじゃろうが。夜になると外出禁止令で歩けなくなると。それは客人も同じじゃ」
文句を言おうとヴルフ達は立ち上がったが、老婆の一言に、”あっ”と声に出た。老婆が先程、語った事をうっかりと忘れていたのだ。この村に入った時にはすでに日は傾き、雲をオレンジ色に染まっていたのだ。それから時間は大分経ち、窓から見える景色も真っ暗で何も見えず、日没後であろう事は確かである。
命令の撤廃が村にもたらされていなければ、まだ過去の命令は有効であり村の長はその取り締まりをしなければならぬのだ。
「明日になったらお前さん達が行きたい洞窟へ案内してやるわい。とりあえずは、一晩泊っていけ。爺さんに気に入られたお主等に何かあったら、その時が怖いわ!」
前の村の長とやり合ったヴルフからすれば、あの腕力はまだまだ現役で、目の前の老婆なら百人いてもすべてを薙ぎ倒せる力を持ち合わせていると思える。それが折檻の名目で訪れたらどれだけの地獄を見るのかと、震えるのだ。
「それならば仕方ない、一晩だけ厄介になるとしよう」
雨の降りしきる中を出発し今夜はテントで一泊と思っていた所に、雨露がしっかりとしのげ、”ふかふか”のベッドで眠りに就けると思えば老婆の申し出は渡りに船であった。
そして最後に、老婆は思いもよらぬ事を口にしたのだ。
「ところで若いの。領主は何をしたのかね?」
ヴルフ達はそこから説明しなくてはならないのかと頭を抱えるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、夜が明けるとスイールたちを悩ませていた雨はすっかりと上がっていた。来客用のベッドへ、窓から薄日が差し込め鼾をかく顔へ容赦なく光が降り注いだ。日の光を浴びた一人がベッドから起き上がると、つられて他の二人も眠たい目をこすりながら体を起こす。
部屋の中でも寒さに凍えるかと思っていたが、春になったと錯覚する程に温かい空気に包まれていた。
「う~ん、屋敷全体が温かいのでしょうか?」
部屋には暖炉がある訳でもなく、”ぽかぽか”とした空気が何処から来るのかと不思議に思った。そして、スイールが立ち上がると、足元から”ほんわか”と熱されていると感じた。
「一階で燃やした暖炉の火が金属の筒を通して二階の床を温めているのでしょうかね?」
一階は厨房の火や暖炉の輻射熱を使って温まり、二階の来客用の部屋は廃熱を利用して部屋全体を温める仕組みを備えていたのだ。
この様な仕組みはトルニア王国でも見たことが無く、アドネ領主はそれだけアイデアを持ち合わせていたのだと感心せざるをえなかった。
それから身支度を整え一階の客間で五人は合流するとさっと朝食を食べ、老婆へと出かける旨の話をすたのである。
老婆は用意の良い事に、”すでに用意は出来ている”と屋敷の外へと連れていかれると、一人の男を紹介される。
この男、この辺りの森を管理している樵であり、洞窟までの案内人として役に立つと老婆は言う。さらに、ごく普通の村人として生活しているので、領主を追っているとは告げず、逃げた凶悪な犯罪人を追っていると告げたとの事で一応の秘密保持も出来ているのだとか。
老婆の語った事を話半分で聞いておこうと思いつつ、樵を案内に村を出発をするのであった。馬は邪魔になると老婆が預かる事になった。
樵を案内に村を出発し獣道に似た木々の間を通り抜ける事二時間余り。低い崖の真下に真っ黒な口を開けた洞窟がスイール達の前に姿を現した。しかもご丁寧に、見張りの兵士二人が見ていて一目で重要な場所だとわかってしまう、おまけ付きであった。
兵士達の姿は、アドネ街で守備していた兵士達と同様の鎧を身に着けている事から見て、近衛兵ではなく任務として連れて来られたのだと予想してみた。
そして、戦争も終わり大事な兵士を殺める訳にはいかぬと、彼らを無効化を試みる事にしたのだが、まずは情報収集と樵にあの兵士について聞いてみた。
「あいつ等って、いつもいるのか?」
「いつもって訳じゃないな。誰かが来ていると兵士が見張ってる。それ以外は洞窟に柵をして封鎖するんだ、誰も入らない様に、って。それは村のお婆から言われているよ。って、あんた達、あそこに入るのか?」
「追っているヤツがあの中にいる公算が強いからな。ここまで案内してくれて感謝するよ」
”案内してくれてありがとう”、と樵に感謝を伝えると、彼は頭を下げて村へと戻って行った。凶悪な犯罪人を無事に捕まえてきてくれよと呟きながら。
そして、ヴルフ達は見張りの兵士達をどの様に無効化しようかと考え、顔を合わせる。
「あそこまで結構、距離があるのよね~。ウチだったら楽勝だけど……」
木々の間から兵士を見やるが、洞窟までは五十メートル程はあるだろう。アイリーンが弓で射殺すのであれば瞬時に実行可能であるが、”殺めない”と考えた手前、それだけは避けたかった。それから、幾つかの案が出されたが、最終的には古典的な方法に回帰したのである。
「それじゃ、よろしく頼むぞ」
エゼルバルドは背中の両手剣を、ヒルダは軽棍と円形盾を装備から外し、二人で兵士達へと近づく作戦を決行するのであった。
「止まれ、それ以上近づくんじゃない」
長槍の切っ先を、近づく二人に向けて威嚇する。深い木々の間から洞窟前の広場へと出たエゼルバルドとヒルダの二人は、喜び合う様に兵士に近付こうとしたが、長槍に阻まれ約三メートル手前で止まり話し掛けた。
「オレ達、道に迷ってしまって……。それで、森の中を彷徨ってたらこんな場所に出たんですよ。ここが何処だか教えてくれませんか?」
なんだ、”こんな若くても道に迷うのか”と兵士達は呆れながらも安堵の表情を浮かべた。兵士達はアドネの街から付いて来た兵士の内の二人であり、何者かが追って来ないかと気が気でなかった。
馬も連れず、徒歩で森の中から出て来て道に迷ったと言われれば、領主を追っているとも思えずうっかりと気を許してしまった。もし、徒歩で領主を追っていたとすれば、アドネの街からはまだ追いつける距離ではないと兵士達は計算していたのだ。それに、目の前に現れた男女の二人組の装備は泥と雨で汚れて使い古されて、木々の中を彷徨っていた事も真実だと結論付けた。
本来であれば、この時期に旅人が迷い込む事自体を怪しまなければならぬのだが、使える領主に疑問を感じ始め、仕事が手に付いていない事が判断を誤らせていた。
そして、気が抜けて道案内をしようと長槍から片手を離した時である、目の前にいた二人が兵士達の死角に潜り込むように体を動かし、あっという間に後背へ回り込むと、空いた腕を背中側へねじり、兵士達の動きを制したのである。
「かはっ!な、なんだ?」
突然の出来事に目を丸くして驚く兵士二人。その後、膝の裏を蹴られ、うつ伏せで体の自由を奪われれば、身の危険を感じ声を上げようと試みるのであった。だが、木々の間からさらに三人現れるとこの命もここまでかと観念するのであった。
「兵士のお二人は大人しくしててね」
エゼルバルドとヒルダはロープで兵士を後ろ手に縛りあげ、動きを制限させようと足も同様に縛る。さらに、さるぐつわをして声を出せないようにしてから兵士へとようやく向き直るのであった。
「殺さないから大人しく答えてね。でも、正直に答えてくれないと、体に聞くしかないからね」
腰のナイフを抜き、銀色の刀身をちらつかせて兵士に語り掛けるエゼルバルド。ナイフを抜いたが、兵士達を傷つけるつもりは無いのだが、ブルブルと震える相手にはこれが一番と、ナイフを見せ脅しをかけるのであった。
「単刀直入に聞くが、この先にアドネの領主がいるか?」
ナイフの刀身が兵士の頬にそっと当てる。ひんやりと冷たい鍛えられた刀身を見せられれば、いつでも殺せるのだぞと言葉を掛けられていると同義であった。当然ながら、身の危険を感じる兵士は思わず、”うーうー”と唸りながら首を縦に振るのであった。
「どの位の人数が守ってるかわかる?」
兵士は首を横に振る。知らないのか、わからないのかはっきりしないが、嘘をついているようには見えない。
「十人位は中で見た?」
それには首を縦に振り、肯定する。
「そう、ありがとう」
エゼルバルドはナイフを納めて兵士の後背に回り込むと、手刀を首筋に打ち込み、二人の意識を奪った。そして、洞窟の入り口付近に兵士を転がす。
「となると、領主を守っている兵士の数は十人以上って事になるが、ワシ等だけで大丈夫か?」
「中がどうなっているか見てみない事にはわかりませんから、とりあえずは様子を見ながら進みましょう」
「って、事はウチが先頭ね」
肩に掛けた弓を左手で握り直し、ヴルフとスイールの話に割り込むアイリーン。冷たい雨の中をただ馬に乗って移動した昨日を思えば、雨上がりに存分に自らの能力を生かせる場面に出合うなど思っても見なかった。どこかの屋敷で”ブルブル”と震えながら縮こまっていると思っていただけに、喜びはひとしおだった。
「さぁ、行きましょ」
喜び勇んだアイリーンを先頭に、洞窟の中へと五人は入って行くのであった。
洞窟は馬車が通れる広さがあり、二人もしくは三人が武器を構えても十分お釣りがくる程であろうか?アイリーンとヴルフが肩を並べ、次にスイール、そして、最後にエゼルバルドとヒルダが続く。
敵の襲撃があると予想しながらでは進む速度はたかが知れてる。敵の姿が見えずに三十メートルほど進み、ふと来た道を見返すと洞窟の入り口からの光はすでに届いていなかった。何故その場で振り返ったかというと、その場が人工構造物で塞がれていたからだ。
ヴルフ達は、生活魔法の灯火が暗闇の中で煌々と照らし出す構造物、すなわち扉なのだが、それを見て悪態をつくのであった。
「誰よ、洞窟の中に扉なんて作ったのは!」
高さが二・五メートルほどの天井まで規則正しく岩のブロックが積み上げられ重厚な壁を作り上げていた。その中央に観音開きで多少錆が浮き出た金属の扉が行く手を阻んでいた。
とは言え、アイリーンの見たてでは鍵を掛ける機構も無く押せば簡単に開いてしまうだろうと見ていた。
だが、アイリーンが大声を上げて悪態をついたせいで、扉の先から声が聞こえて来るのであった。
「お前は何者だ?答えろ」
「何って、えっと、あの~」
「早く答えろ!」
「だからぁ、洞窟の入り口で兵士が倒れていたから、誰かいないか入って来たのよ!」
咄嗟に思いついた一言を扉越しに投げつけるアイリーン。それが功を奏したのか、女性の高い声が聞こえたからか、何かが外され耳障りな音を立てて扉が開かれて行った。
扉が開かれる僅かな間で、ヴルフ達は左右の壁に体を寄せ、ヴルフの灯火を消し去り、アイリーンだけがヒルダから受け取った軽棍を手に扉の真ん前で仁王立ちのまま腕を組んで扉を睨みつけていた。
扉の先にいた者もアイリーンの声に反応しなければ結果が違ったであろうし、大声を出さなければさらに結果が異なっていただろう。
オレンジ色に輝くランタンを顔の高さに掲げ、二人の兵士が扉から出てアイリーンへと駆け寄ろうとする。その一拍後に兵士達がアイリーンを問い詰めようと言葉を発しようとしたのだが、その前に左右から現れたヴルフとエゼルバルドの手刀が、兵士達の首筋へと吸い込まれ、意識を奪い取った。
洞窟入口で気を失っている兵士達もそうだが、兜を被った兵士の首筋には防御する鉄板や厚手の革等で補強してあり隙間は少ない。その隙間へ籠手を着けた手刀が振り下ろされれば、防御している板などを無視して首筋に一撃を入れる事は容易いのだ。
それも何時もの訓練や、アドネ領での戦いの合間での訓練の賜物であるのだ。
気を失い倒れ込んだその兵士二人も、後ろ手に縛り上げて行動の自由を奪い洞窟の隅へと転がしておく。
「アイリーンの転機に救われましたが、大声を上げたのでプラスマイナス零って事でしょうかね?」
してやったりと、にやけ顔をしていたアイリーンだが、スイールの一言を聞き”がっくり”と肩を落とすのであった。折角の手柄が……と、呟くが、大声を上げた事実は覆らない。
落ち込んでばかりではいられない、と気を取り直し、扉とその周辺を調べ直すと、扉は内側から閂で閉じる構造になっており壁際に金属の閂が立て掛けてあった。
あのまま、扉を開けようとしていたら、何時まで経っても扉を開けられず、無為に時間を過ごさなくてはならぬ状況であった。
それを見てしまうと、アイリーンの手柄はプラスに傾くのではと思うのであった。
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