奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第四十六話 戦犯を追い掛ける
アドネの街での戦いが終わり、いつも通りの朝を迎える。だが、視線を外に向ければ巨大投石機から降り注いだ巨大な岩が街中に”ゴロゴロ”としていて、争いがあったと引き戻される。
その日は生憎の雨模様で、冷たい雨が人々を体の芯から凍えさせている。
「さすがに十一月も半ばだと寒いな」
防寒着を着込んで厚手の外套を羽織っていても、冬間近の寒さは身に染みる。いつも薄着のアイリーンでさえ、この時ばかりは肌着と上着を厚手の服装にしている程だった。
アドネの街はトルニア王国の王都アールストと緯度がほぼ同じであり、気温も似ているが、アールストよりも吹き抜ける風に湿気が混じってほんの少し暖かく感じる。冬特有の北西から吹く風が海水を吸うためである。
朝早くにヴルフに叩き起こされた四人は、”ぶーぶー”と文句を垂れながら旅の用意を行い、バックパックに必要な荷物を詰め込んだ。昨日の宴会で酒をしこたま飲んだアイリーンは、その時の記憶が曖昧で何時ベッドに入ったのか、何故朝早くからこんな目に合わなければならないのか、などを思い出そうとしているが酒が残っている頭では思い出す事も叶わぬのである。
「昨日説明した時、相当酔っぱらってたから記憶が曖昧なんだよ。ベッドに運んだエゼルとヒルダに感謝しておけよ」
いつも飲み過ぎと言われるヴルフが、ここぞとばかりに、頭痛のする頭を押さえるアイリーンに仕返しだと言葉を投げつける。その声も頭に響くのか、彼女の顔がますます厳しくなって行く。
「ヴルフもその辺にしておいてください、かなりきつそうですよ。アイリーン、水ですよ。これでも飲んで落ち着けて下さいね」
スイールが袋をアイリーンに渡すと、”ぁ、ぃ”と小声で返事をすると”ごくごく”と喉へ流し込む。喉から入った水は直ぐに胃の中へと入り込み、その中を洗い流して行った。
それで幾分か楽になったのか、顔色が良くなり足取りも少しだけしっかりと地面を踏み締め始める。
「あぁ、ありがとう。少し楽になったわ。ヴルフ、後で覚えておきなさいよ!!」
ヴルフに”ビシッ”っと指を向け仕返しを誓うが、それが果たせるかは今の段階では不明である。
ヴルフとアイリーンの夫婦漫才が雨天模様の冷たい空気を吹き飛ばすように皆を暖めながら足を進めると、あっと言う間に目的の領主の館へ前へ到着する。
門番の兵士に挨拶をして、外套の脱ぎ雨露をバッと払うとブラスコ将軍の居る謁見室へと案内される。当然ながら武器の持ち込みは厳禁であり、入り口横の待合室へ外套共々置かれるように指示を受ける。
「おぉ、待ちくたびれたぞ」
壇上の椅子から身を乗り出し、”やっと来たか!”と疲れた表情でヴルフ達を歓迎した。かなりの時間を待ったのか、喉を潤す紅茶からは湯気が見えなかった。暖炉に火を入れてあるとは言え、この寒さで湯気が上がらぬのであれば覚めてしまっている証拠だろう。
「準備に手間取りまして、遅くなりました」
「まぁ、それは良い。街を落とした切っ掛けを作ってくれた英雄に”遅い”と怒鳴る訳にもいかんからな」
笑顔を見せるブラスコ将軍が、”パチン”と指を鳴らすと脇のドアから配膳用の小さな荷車に皮袋を乗せて執事の男が入ってきた。
荷車が将軍の前に置かれると、皮袋を”ひょい”と無造作にヴルフに投げて来た。
「とりあえず、前金だ、少しばかり入っておる。自由に使っても良いし、懐に納めても良い。とは言え使うところは無いかもしれんがな」
アドネの街から北に向かった場所は大きな街は無く、村々が点在するだけで買い物をする場所など無いかもしれない、と金貨の詰まった皮袋を渡してきたのだ。その他にも、追いかけるに食料が必要だと、遠征の補給物資から少しばかり用意させたと付け加えられた。
「追い掛けるには速度も重要だろう、馬も出発する北西門に用意してある、兵士に伝えれば貸してくれるはずだ。それから馬はなるべく返して貰えるとありがたいがな」
「何から何までありがとうございます」
ブラスコ将軍の心遣いにヴルフ達五人は頭を下げる。実際に、馬を借りる事が出来れば、徒歩移動の倍以上の速度で移動出来、調査もはかどるだろう。陣中で使っていた兵馬は国軍、もしくは解放軍の所有物となっており、戦争から離れるヴルフ達には使用する権利は本来であれば無いのだ。
徒歩での調査を覚悟していただけに、この貸与は有り難いと感じた。
「これで用意は万全かな?北西門から逃げたアンテロ侯爵を追い、見事首を持ち帰る事を期待する。出来れば生け捕りが望ましい……のだがな」
なるべくなら捕えて欲しいと付け加えるブラスコ将軍の顔は申し訳なさそうであった。行方もまだわかっておらず、困難な依頼になるかもしれないと思っての事でもあった。
ここで、ヴルフは一つ懸念している事があった。それは陣地から逃げ出した敵将と、エトルリア廃砦への撤退時に矛を交わした敵将の存在である。街へ侵入し領主の館へと攻め入って敵将が居ると考えていたが、武力を持った兵士ではなく司教しかおらずすんなりと街を開放してしまった。
そして、これから探すアンテロ侯爵の側に敵将が側で待ち受けていたら、彼を捕らえる事は難しくなるだろう。特に、ヴルフと矛を交わした敵将だと拙いと考えていた。
「ん?何か、気がかりでもあるのか」
難しい顔をするヴルフに声を掛けるブラスコ将軍であるが、”何でもありません”、と返事をするだけだった。本来なら告げるべきだが、アドネ領に攻め込む戦力を持ち合わせていない敵の存在を告げても仕方ないと、胸の内に仕舞う事にしたのだ。
「それでは、アンテロ侯爵の追撃に向かいます」
「頼んだぞ」
五人は一礼をして謁見室を出てゆく。謁見室から出た五人の前には、退出を今かと待ち続けていた執事の男が部屋を出た所で頭を下げて待っていた。
「将軍より命じられた品々をご用意してあります。すでに待合室へ運び入れておりますのでご確認をお願いします」
「そうか、丁寧にすまぬの」
領主の館で荷物を置いた部屋に入ると、自らの荷物の他に乾燥野菜や干し肉などの食料や調味料類が積まれいた。保存の利く食料はいくらあってもありがたいので捜索の邪魔にならない程度にバックパックに詰め込んで行った。
食料を出発前に揃えようとしてたヴルフ達にとって、手間が省けた事に喜んだ。
外した装備と”パンパン”に荷物を詰め込んだバックパックを再び身に着け、外套を羽織り、執事の男に礼を言って領主の館から外へと出る。
さて、出発かと、皆が思っていた所で、ヴルフが出発前に寄りたい所があると他の四人へ伝える。聞けば先日まで一緒に戦っていたグローリアの所だと言う。
確かに、昨日の宴会にも顔を出せず、病院へと運ばれて行ったはずだ、と。動ける様になれば聖都アルマダへ帰るかもしれないと考えれば、アンテロ侯爵を追い掛けると挨拶しておく必要があるだろう……と。
「確かに。先日まで体を張っていて、兵士の数が少ないとは言えヴルフと共に軍を率いていたんだ。一言、挨拶をした方が良いね」
「それに、顔も見ないで出発ってのも気分が悪いしね」
そうだなと皆が”ウンウン”と頷きグローリアの運ばれた病院へと北西門へ向かう前に寄り道をする。その病院であるが、領主の館から直ぐ近くでヴルフが出発前に寄りたいと提案した意味がこの時点でようやくわかった。
領主の館から歩いて五分、アドネ領主が怪我を負った兵士のために作った病院の目の前にヴルフ達は姿を現した。
受付でグローリアの病室を尋ね、外套を取り、雨露を弾くとなるべく音を立てぬ様にと足音を消しながら消毒薬の匂いのする廊下を歩いて行く。
一階奥のグローリアの入る病室で”コンコン”とノックをすると”どうぞ”とドア越しに明るい声が耳に届く。
「いらっしゃい。あら?これからお出かけ」
部屋に入った五人を迎えたのは、顔の包帯を取り、寝間着姿のグローリアであった。ベッドから上体を起こし、肩には防寒の上着を羽織っている。この病院全体を温めているのか、部屋には暖炉が見えないが温かく、ヴルフ達の格好は部屋の中では汗ばむほど熱く感じる。
「もういいのか?」
「ええ、構わないわ。右目は完全につぶれたけどね」
髪を手でかき分け右目を見せると、縦に傷が残り瞼を開けていても眼球は黒目を潰され光を感じてないと告げる。
「体はもういいんだけど、片目でしょ。しょっちゅう転んだり、物を掴み損ねるのよね」
片目になった為に、遠近感覚が欠如して、その影響で生活に支障を来たしている様子だった。そのうち慣れるからと明るく話すグローリアであるが、空元気を出している様で見ている方が辛かった。
「これからお出かけかしら?」
「あぁ、領主を追い掛ける事になった。隠れ家があるらしくてその探索だ」
「ふ~ん、そうなんだ……」
病院を出て仕事をする事も出来ず、悶々とする日々が続くと思えば気が滅入る。仕事が出来るヴルフ達を見れば羨ましいとさえ思える。今は贅沢を言える立場では無いとそれ以上は言葉を発する事を謹む。
「それで、これからどうするの?片目で騎士団にいられないんじゃ?」
ヒルダが片目が潰れたグローリアの今後を気遣うが、”気にしなくていいよ”と一言返して、さらに続ける。
「騎士団を辞めて、ブラブラするのもいいかもね。でもしばらくは片目になれなくちゃいけないから、年内は病院暮らしよ」
両手を広げ、溜息と共に毒を吐く。捕まえた敵将も逃げちゃったからその分でプラスマイナスゼロよ、とさらに肩を落とす。まぁ、騎士団を辞めると言えば寸志くらい出るだろうからそれを期待している様である。
「片目に慣れれば剣を振れるかもしれないから、頑張ってくれ。それと、これを持っていてくれないか?」
ヴルフが担いでいたバックパックを下ろし、括り付けていた盾を外す。領主の館で回収したオークションに出品するためのヒュドラの盾であった。誰もが使わず、余計な荷物となっていた。
「良いわよ。今年いっぱいはこの病院でお世話になるし、その後もしばらくは移動できないかもしれないからね。私が聖都アルマダへ帰るときはどうすれば良いのかしら?」
「その時はノルエガのオークション事務局へ送ってくれればいい」
”簡単ね”、と一言返すとグローリアはベッドから”もそもそ”と起き上がり、ヒュドラの盾を自らの装備が保管してあるベッドの脇へと片付ける。それは、先日まで身に着けていた装備一式で、鎧は縦に切り裂かれてそのままにしていた。それが置かれているのは何か理由があると見たが、それを聞く勇気はヴルフ達には無かった。
「では、グローリアも元気でな」
「ヴルフ達もね。すぐ戻ってきたりしてね」
笑顔で手を振る程に元気になったグローリアを病室に残し、今度こそアドネ領主、アンテロ侯爵を追うべく、病院を出て北西門へと向かう。別れ際の言葉がまさか本当になるとはここにいる誰もが予想しなかったのであるが。
出発する門の近くで、アドネ侯爵を追うと門番の兵士に告げると、留めていた馬を渡され、五人は門より出てアンテロ侯爵を追撃すべく雨に濡れるのを嫌がる馬なだめながら、北西に向け走らせるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一向に止まぬ雨を恨みつつ、馬を進める。夜半より降り始めた雨は、足跡を完全に洗い流し追撃者から行く先を隠している。踏み固められた路面であっても、雨は泥濘を作り出し追撃者の行進速度を遅らせる。
今の雨はアドネ領主、アンテロ侯爵の味方となり、追撃者は降りしきる雨を睨むだけであった。
そうして、追撃者が二時間程馬を進ませれば、話に聞いた集落へとたどり着いた。たった二時間、馬を進めただけだが、冷たく降りしきる雨と泥濘に足を取られるなどして、馬は相当に消耗していた。馬の体からは汗の湯気が立ち上り、少し休ませねばならぬと思わせている。
ようやくたどり着いた村であるが、降りしきる雨と収穫の終わったこの寒い季節では屋外で作業する村人は誰一人として見えず、どうしようかとヴルフ達は途方に暮れる。
これが強力な防壁を持つ街であれば、酒場に顔を出し情報収取に当てるのだが、木の柵で周りをぐるりと囲っただけの集落では、娯楽設備も無く情報収集の手段も限られてしまう。聞けば酒場くらいはあるかもしれないが、あまり期待しない方が良いだろう。
集落へと入ろうかと馬を進め、入口をようやく発見する。
「こ、この村に何の用だ?」
雨除けの小屋で、雨音を子守歌代わりにして”ウトウト”と居眠りをしていた門番が、馬の嘶きに驚き、転げる様にして外へ這い出し、驚きの表情を向けながら槍をヴルフ達へ向けながら叫んだ。
「驚かせてすまん。戦争が終わって、逃げ出したアドネの領主だった者を追っているのだ」
馬から”サッ”と降り、外套のフードを外しながらヴルフは門番へと言葉を返した。雨が降りしきる中でフードを外せば雨に打たれてしまうが、身の潔白を証明しなければならぬと仕方なしに顔をさらしたのだ。それでも、ヴルフが持つ棒状武器に門番は怯えながら槍を突き付けるしかなかった。
「戦争が終わっただと?いつの話だ」
「昨日だ。アドネの街は解放されて領主は変わるだろう。重税も無くなるんじゃないか?」
「それを証明できるのか?」
「証明ねぇ……。証明は出来んがアドネへ向かえばすぐにわかるぞ。ワシ等はアドネの領主だった者を追っているだけだ。情報が貰えれば良いだけだ」
ここで問答して時間を潰しても始まらないと、ブラスコ将軍から自由に使ってくれと貰った金貨を一枚、門番に握らせた。それに驚いた門番が、何か裏があるのではないかと疑いの目を向けるが、そこはヴルフが一枚上手であった。
「村の長に紹介してくれればもう一枚出すが?どうする。村をどうこうするつもりも無いでな」
金貨など目に触れる事が滅多にない門番は、喜び勇んでヴルフ達を村の長の屋敷まで案内する事にした。そして、村の中央にある、周りより立派な家に連れてこられると、門番はドアを叩いて村の長を呼び出すのであった。
その日は生憎の雨模様で、冷たい雨が人々を体の芯から凍えさせている。
「さすがに十一月も半ばだと寒いな」
防寒着を着込んで厚手の外套を羽織っていても、冬間近の寒さは身に染みる。いつも薄着のアイリーンでさえ、この時ばかりは肌着と上着を厚手の服装にしている程だった。
アドネの街はトルニア王国の王都アールストと緯度がほぼ同じであり、気温も似ているが、アールストよりも吹き抜ける風に湿気が混じってほんの少し暖かく感じる。冬特有の北西から吹く風が海水を吸うためである。
朝早くにヴルフに叩き起こされた四人は、”ぶーぶー”と文句を垂れながら旅の用意を行い、バックパックに必要な荷物を詰め込んだ。昨日の宴会で酒をしこたま飲んだアイリーンは、その時の記憶が曖昧で何時ベッドに入ったのか、何故朝早くからこんな目に合わなければならないのか、などを思い出そうとしているが酒が残っている頭では思い出す事も叶わぬのである。
「昨日説明した時、相当酔っぱらってたから記憶が曖昧なんだよ。ベッドに運んだエゼルとヒルダに感謝しておけよ」
いつも飲み過ぎと言われるヴルフが、ここぞとばかりに、頭痛のする頭を押さえるアイリーンに仕返しだと言葉を投げつける。その声も頭に響くのか、彼女の顔がますます厳しくなって行く。
「ヴルフもその辺にしておいてください、かなりきつそうですよ。アイリーン、水ですよ。これでも飲んで落ち着けて下さいね」
スイールが袋をアイリーンに渡すと、”ぁ、ぃ”と小声で返事をすると”ごくごく”と喉へ流し込む。喉から入った水は直ぐに胃の中へと入り込み、その中を洗い流して行った。
それで幾分か楽になったのか、顔色が良くなり足取りも少しだけしっかりと地面を踏み締め始める。
「あぁ、ありがとう。少し楽になったわ。ヴルフ、後で覚えておきなさいよ!!」
ヴルフに”ビシッ”っと指を向け仕返しを誓うが、それが果たせるかは今の段階では不明である。
ヴルフとアイリーンの夫婦漫才が雨天模様の冷たい空気を吹き飛ばすように皆を暖めながら足を進めると、あっと言う間に目的の領主の館へ前へ到着する。
門番の兵士に挨拶をして、外套の脱ぎ雨露をバッと払うとブラスコ将軍の居る謁見室へと案内される。当然ながら武器の持ち込みは厳禁であり、入り口横の待合室へ外套共々置かれるように指示を受ける。
「おぉ、待ちくたびれたぞ」
壇上の椅子から身を乗り出し、”やっと来たか!”と疲れた表情でヴルフ達を歓迎した。かなりの時間を待ったのか、喉を潤す紅茶からは湯気が見えなかった。暖炉に火を入れてあるとは言え、この寒さで湯気が上がらぬのであれば覚めてしまっている証拠だろう。
「準備に手間取りまして、遅くなりました」
「まぁ、それは良い。街を落とした切っ掛けを作ってくれた英雄に”遅い”と怒鳴る訳にもいかんからな」
笑顔を見せるブラスコ将軍が、”パチン”と指を鳴らすと脇のドアから配膳用の小さな荷車に皮袋を乗せて執事の男が入ってきた。
荷車が将軍の前に置かれると、皮袋を”ひょい”と無造作にヴルフに投げて来た。
「とりあえず、前金だ、少しばかり入っておる。自由に使っても良いし、懐に納めても良い。とは言え使うところは無いかもしれんがな」
アドネの街から北に向かった場所は大きな街は無く、村々が点在するだけで買い物をする場所など無いかもしれない、と金貨の詰まった皮袋を渡してきたのだ。その他にも、追いかけるに食料が必要だと、遠征の補給物資から少しばかり用意させたと付け加えられた。
「追い掛けるには速度も重要だろう、馬も出発する北西門に用意してある、兵士に伝えれば貸してくれるはずだ。それから馬はなるべく返して貰えるとありがたいがな」
「何から何までありがとうございます」
ブラスコ将軍の心遣いにヴルフ達五人は頭を下げる。実際に、馬を借りる事が出来れば、徒歩移動の倍以上の速度で移動出来、調査もはかどるだろう。陣中で使っていた兵馬は国軍、もしくは解放軍の所有物となっており、戦争から離れるヴルフ達には使用する権利は本来であれば無いのだ。
徒歩での調査を覚悟していただけに、この貸与は有り難いと感じた。
「これで用意は万全かな?北西門から逃げたアンテロ侯爵を追い、見事首を持ち帰る事を期待する。出来れば生け捕りが望ましい……のだがな」
なるべくなら捕えて欲しいと付け加えるブラスコ将軍の顔は申し訳なさそうであった。行方もまだわかっておらず、困難な依頼になるかもしれないと思っての事でもあった。
ここで、ヴルフは一つ懸念している事があった。それは陣地から逃げ出した敵将と、エトルリア廃砦への撤退時に矛を交わした敵将の存在である。街へ侵入し領主の館へと攻め入って敵将が居ると考えていたが、武力を持った兵士ではなく司教しかおらずすんなりと街を開放してしまった。
そして、これから探すアンテロ侯爵の側に敵将が側で待ち受けていたら、彼を捕らえる事は難しくなるだろう。特に、ヴルフと矛を交わした敵将だと拙いと考えていた。
「ん?何か、気がかりでもあるのか」
難しい顔をするヴルフに声を掛けるブラスコ将軍であるが、”何でもありません”、と返事をするだけだった。本来なら告げるべきだが、アドネ領に攻め込む戦力を持ち合わせていない敵の存在を告げても仕方ないと、胸の内に仕舞う事にしたのだ。
「それでは、アンテロ侯爵の追撃に向かいます」
「頼んだぞ」
五人は一礼をして謁見室を出てゆく。謁見室から出た五人の前には、退出を今かと待ち続けていた執事の男が部屋を出た所で頭を下げて待っていた。
「将軍より命じられた品々をご用意してあります。すでに待合室へ運び入れておりますのでご確認をお願いします」
「そうか、丁寧にすまぬの」
領主の館で荷物を置いた部屋に入ると、自らの荷物の他に乾燥野菜や干し肉などの食料や調味料類が積まれいた。保存の利く食料はいくらあってもありがたいので捜索の邪魔にならない程度にバックパックに詰め込んで行った。
食料を出発前に揃えようとしてたヴルフ達にとって、手間が省けた事に喜んだ。
外した装備と”パンパン”に荷物を詰め込んだバックパックを再び身に着け、外套を羽織り、執事の男に礼を言って領主の館から外へと出る。
さて、出発かと、皆が思っていた所で、ヴルフが出発前に寄りたい所があると他の四人へ伝える。聞けば先日まで一緒に戦っていたグローリアの所だと言う。
確かに、昨日の宴会にも顔を出せず、病院へと運ばれて行ったはずだ、と。動ける様になれば聖都アルマダへ帰るかもしれないと考えれば、アンテロ侯爵を追い掛けると挨拶しておく必要があるだろう……と。
「確かに。先日まで体を張っていて、兵士の数が少ないとは言えヴルフと共に軍を率いていたんだ。一言、挨拶をした方が良いね」
「それに、顔も見ないで出発ってのも気分が悪いしね」
そうだなと皆が”ウンウン”と頷きグローリアの運ばれた病院へと北西門へ向かう前に寄り道をする。その病院であるが、領主の館から直ぐ近くでヴルフが出発前に寄りたいと提案した意味がこの時点でようやくわかった。
領主の館から歩いて五分、アドネ領主が怪我を負った兵士のために作った病院の目の前にヴルフ達は姿を現した。
受付でグローリアの病室を尋ね、外套を取り、雨露を弾くとなるべく音を立てぬ様にと足音を消しながら消毒薬の匂いのする廊下を歩いて行く。
一階奥のグローリアの入る病室で”コンコン”とノックをすると”どうぞ”とドア越しに明るい声が耳に届く。
「いらっしゃい。あら?これからお出かけ」
部屋に入った五人を迎えたのは、顔の包帯を取り、寝間着姿のグローリアであった。ベッドから上体を起こし、肩には防寒の上着を羽織っている。この病院全体を温めているのか、部屋には暖炉が見えないが温かく、ヴルフ達の格好は部屋の中では汗ばむほど熱く感じる。
「もういいのか?」
「ええ、構わないわ。右目は完全につぶれたけどね」
髪を手でかき分け右目を見せると、縦に傷が残り瞼を開けていても眼球は黒目を潰され光を感じてないと告げる。
「体はもういいんだけど、片目でしょ。しょっちゅう転んだり、物を掴み損ねるのよね」
片目になった為に、遠近感覚が欠如して、その影響で生活に支障を来たしている様子だった。そのうち慣れるからと明るく話すグローリアであるが、空元気を出している様で見ている方が辛かった。
「これからお出かけかしら?」
「あぁ、領主を追い掛ける事になった。隠れ家があるらしくてその探索だ」
「ふ~ん、そうなんだ……」
病院を出て仕事をする事も出来ず、悶々とする日々が続くと思えば気が滅入る。仕事が出来るヴルフ達を見れば羨ましいとさえ思える。今は贅沢を言える立場では無いとそれ以上は言葉を発する事を謹む。
「それで、これからどうするの?片目で騎士団にいられないんじゃ?」
ヒルダが片目が潰れたグローリアの今後を気遣うが、”気にしなくていいよ”と一言返して、さらに続ける。
「騎士団を辞めて、ブラブラするのもいいかもね。でもしばらくは片目になれなくちゃいけないから、年内は病院暮らしよ」
両手を広げ、溜息と共に毒を吐く。捕まえた敵将も逃げちゃったからその分でプラスマイナスゼロよ、とさらに肩を落とす。まぁ、騎士団を辞めると言えば寸志くらい出るだろうからそれを期待している様である。
「片目に慣れれば剣を振れるかもしれないから、頑張ってくれ。それと、これを持っていてくれないか?」
ヴルフが担いでいたバックパックを下ろし、括り付けていた盾を外す。領主の館で回収したオークションに出品するためのヒュドラの盾であった。誰もが使わず、余計な荷物となっていた。
「良いわよ。今年いっぱいはこの病院でお世話になるし、その後もしばらくは移動できないかもしれないからね。私が聖都アルマダへ帰るときはどうすれば良いのかしら?」
「その時はノルエガのオークション事務局へ送ってくれればいい」
”簡単ね”、と一言返すとグローリアはベッドから”もそもそ”と起き上がり、ヒュドラの盾を自らの装備が保管してあるベッドの脇へと片付ける。それは、先日まで身に着けていた装備一式で、鎧は縦に切り裂かれてそのままにしていた。それが置かれているのは何か理由があると見たが、それを聞く勇気はヴルフ達には無かった。
「では、グローリアも元気でな」
「ヴルフ達もね。すぐ戻ってきたりしてね」
笑顔で手を振る程に元気になったグローリアを病室に残し、今度こそアドネ領主、アンテロ侯爵を追うべく、病院を出て北西門へと向かう。別れ際の言葉がまさか本当になるとはここにいる誰もが予想しなかったのであるが。
出発する門の近くで、アドネ侯爵を追うと門番の兵士に告げると、留めていた馬を渡され、五人は門より出てアンテロ侯爵を追撃すべく雨に濡れるのを嫌がる馬なだめながら、北西に向け走らせるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一向に止まぬ雨を恨みつつ、馬を進める。夜半より降り始めた雨は、足跡を完全に洗い流し追撃者から行く先を隠している。踏み固められた路面であっても、雨は泥濘を作り出し追撃者の行進速度を遅らせる。
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そうして、追撃者が二時間程馬を進ませれば、話に聞いた集落へとたどり着いた。たった二時間、馬を進めただけだが、冷たく降りしきる雨と泥濘に足を取られるなどして、馬は相当に消耗していた。馬の体からは汗の湯気が立ち上り、少し休ませねばならぬと思わせている。
ようやくたどり着いた村であるが、降りしきる雨と収穫の終わったこの寒い季節では屋外で作業する村人は誰一人として見えず、どうしようかとヴルフ達は途方に暮れる。
これが強力な防壁を持つ街であれば、酒場に顔を出し情報収取に当てるのだが、木の柵で周りをぐるりと囲っただけの集落では、娯楽設備も無く情報収集の手段も限られてしまう。聞けば酒場くらいはあるかもしれないが、あまり期待しない方が良いだろう。
集落へと入ろうかと馬を進め、入口をようやく発見する。
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雨除けの小屋で、雨音を子守歌代わりにして”ウトウト”と居眠りをしていた門番が、馬の嘶きに驚き、転げる様にして外へ這い出し、驚きの表情を向けながら槍をヴルフ達へ向けながら叫んだ。
「驚かせてすまん。戦争が終わって、逃げ出したアドネの領主だった者を追っているのだ」
馬から”サッ”と降り、外套のフードを外しながらヴルフは門番へと言葉を返した。雨が降りしきる中でフードを外せば雨に打たれてしまうが、身の潔白を証明しなければならぬと仕方なしに顔をさらしたのだ。それでも、ヴルフが持つ棒状武器に門番は怯えながら槍を突き付けるしかなかった。
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「それを証明できるのか?」
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ここで問答して時間を潰しても始まらないと、ブラスコ将軍から自由に使ってくれと貰った金貨を一枚、門番に握らせた。それに驚いた門番が、何か裏があるのではないかと疑いの目を向けるが、そこはヴルフが一枚上手であった。
「村の長に紹介してくれればもう一枚出すが?どうする。村をどうこうするつもりも無いでな」
金貨など目に触れる事が滅多にない門番は、喜び勇んでヴルフ達を村の長の屋敷まで案内する事にした。そして、村の中央にある、周りより立派な家に連れてこられると、門番はドアを叩いて村の長を呼び出すのであった。
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