奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第三十七話 解放軍の反撃、決着

 ヴェラとファニーはお互いの顔を見つめてほくそ笑んだ。少数の兵士による薄い陣形で包囲戦を仕掛ける無能なる解放軍をここで殲滅し後顧の憂いを絶つことが出る、と。
 彼女らの進む先には腰の高さに積まれた障壁が置かれているが、手で運んだと予想されれば、重量物ではありえないはずで脅威にはなず、すぐに蹴散らせるだろう。

 尤も、人の力で運ぶ限界値で運んだとしても、彼女らが率いる兵士には踏み潰すだけの蟻と同義であった。

「そんな、障壁で我らの部隊が止まるとでも思っているのか?」

 ヴェラが吠えると同時に化け物達も雄叫びを上げ、最後の十数メートルを駆け抜け障壁を蹴散らそうと盾を構えて突進を仕掛ける。
 何も無ければ彼女らの勝利は確実であっただろう。だが、あれだけ複雑な行動をさせた敵に深慮があると、深く考えていなかったことは落ち度だと言えよう。

 障壁を蹴散らそうと数歩の距離になった時である、上空より雨の様に降りしきる矢がアドネ領軍を襲う。彼女らの前方、待ち構える敵兵のさらに奥から飛来した矢である。
 さすがの化け物共もその足を緩め、上空から飛来する矢に意識を割かれた。

「今だ!!」

 ヴェラとファニーは眼前の味方が発する”ガチャガチャ”と耳障りな音を掻き分け、敵の掛け声が耳に届いたのを感じた。何の号令なのか、と目を凝らして前方へ視線を向けると、水袋を投げ込む姿が目に飛び込んできた。
 ”またしても水袋か!それがなんの役に立つ?”、と、敵は無能な指揮官が作戦を考えたのだと確信を持った。

 先ほどの水袋と違いは無いが、あらかじめ栓が抜かれており盾で防御をしても内容物が漏れ出る方法を取っていた。それも両脇に退いた鶴翼の翼部の兵士達も投げつけてくればその量も多かった。

 特に被害も出ずに前進を命令するためにヴェラが右手を高く掲げた時であった。頭上から先ほどの矢とは違い、火に包まれた矢が降り注ぎ、命令を出せずに硬直してしまったのだ。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「今だ!!」

 ヴルフは棒状戦斧ポールアックスを掲げ、大声で兵士に合図を送る。作戦の最後の仕上げをするためにである。

 左右に展開した二百の歩兵が、腰にぶら下げている水袋を外し、栓を抜いてから一斉に敵に向かって投げつけて行った。距離も二十メートルを切っており、一キロ程の重さのある水袋でさえ余裕で届いたのだ。投げつける場所は敵であればどこでも良く、兵士達は前方から後方から、ほぼすべての敵の頭の上に投げつける事が出来た。
 歩兵二百からの投擲である、その全てを躱したり、切り付けたりは無理である。尤も切り付けてくれれば楽になるのだが。

 まんべんなく水袋が撒かれると、次は塔盾タワーシールドで守る歩兵の後方に位置する弓兵が上空に向かい、二本しか配られなかった矢の一本に火を付けて放ったのである。敵を屠る為でなく、撒かれた油に火を着ける為の矢は、ある程度狙いを付けなくても敵のまっただ中に落下し、油に引火するのであった。

 百本近くの矢が降り注ぎ、油に引火すればあっという間に辺り一面が火の海に包まれる。調理用燃料として採用されているだけあり、燃焼する時間を長くする工夫がされて一度火がついたらなかなか消火しにくい特性を持つ。尤も、調理で使用する際は燃焼する面積を狭め、蓋をすればすぐに火が消えるので兵士達もこの様に使うなどとは思ってもみなかったであろう。
 そして、もう一つ。地面が燃焼すれば当然ながら油を伝い、アドネ領軍の兵士に掛かった油も火の海の中へと埋没を始める。全身鎧フルプレートを燃え上がらせて、火達磨の蒸し焼き兵の出来上がりだ。

 第一弾として五十個の水袋を投げつけてしまっていたが、残りの七百五十個の油の詰まった水袋がこの場で燃え上がりを見せ、さらに火達磨になった敵の一部が障壁へとたどり着くと障壁自体が燃え上がり敵を焼き焦がす。

 全身鎧で斬撃打撃、刺突に強いとは言え、全身を炎で包まれれば否応なしに本能が反応し炎を消す動作を繰り返すであろう。それは味方に自らをぶつけたり、地面を転がったりとさまざまであるが、そのどれもが決定打と成り得なかった。
 後方に位置していた極一部の指揮官と数体の化け物を除き、黒く汚れた鎧を身に包んだ戦闘不能の兵士が辺り一面を覆い尽くす事となった。

 炎で死んだアドネ領軍は皆無であったが、焼け焦げたり、鎧の内部に油が浸透し火傷を負ったりしている。炎の勢いが弱まると、解放軍は手にした長槍ロングスピアを使い、一体一体に止めを刺そうと、残酷とわかりながらも手を動かし続けた。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ”戦いも知らぬ解放軍が!”と蔑む笑いを見せてからわずかな間に、あんなに頼もしく、戦いの上手な化け物達は、五体ばかりが残るのみとなってしまった。朝には百体もいて意気揚々と戦いを仕掛けておいて、夕方になろうとする時間には自らの周りで守りに付いているわずか五体となり、全滅に等しい敗北で責任を追及されても不思議ではない状況に追い込まれていた。

 一刻も早く街へ逃げ帰り、守りを固める算段を取らねばならぬところであるが、わずかな化け物を率いるヴェラとファニーは予想もせぬ敵に行く手を阻まれ絶体絶命の危機に陥っていた。

 遊撃隊として敵を引き付ける役目をしたグローリアが率いる五十の兵士。敵との間を器用に駆け抜けて目くらましに使われたエゼルバルドが先頭を行った三十の兵士。
 二人の部隊、合計八十の解放軍と馬上でにらみを効かせる二人が、武器を向けてヴェラ達の前に立ちふさがっていた。

 馬上で睨みを効かせている片方は、アドネの兵士達から”血濡れ~”と呼ばれるほどの手練れだった。いつかの追撃戦でファニーが不覚を取った相手である事は疑いようが無く、ヴェラとファニーの二人共が、相手をするには役不足だと悟った。

「チッ!!最悪な相手とこんな所でまみえるとは、私達も運が無い」

 舌打ちをしたファニーが臍を噛むが、この場を打開出来る程の策は持ち合わせていない。最悪、化け物共を囮にするしかないかと考えを巡らせるが、後方の戦いも収束に向かい始め、包囲されることは確実である。
 最良、いや、次善の策が思いつかなければ行動できぬ愚者ではな無い二人は、すかさず行動を開始する。

「ヴェラ、街まで何とかたどり着くしかないか。まず北に向かおう」
「それしかないか」

 従う僅か五体になった化け物に申し訳ないと思いつつ突撃を敢行させ、二人は進路を北に向けて馬の腹を蹴り走らせる。こちらは騎乗し走らせるために敵の集団を引き離すのは容易い。敵の騎馬が追い掛けてこない限りである。二人で逃げるのが難しいのであればファニー自らが囮となり、ヴェラを逃がすしか方法が無かった。ミルカの信頼もヴェラが上となれば、彼女だけでもとの思いが強いのだ。

 十一月も折り返しを迎えるこの季節は、馬を走らせるだけでも肌を切り裂く冷たい空気が身を削る。軽量の鉄板で構成されているはずの全身鎧を身に付けていても、その風が容赦なく肌を切り裂いてゆく。
 ファニーはチラッと後ろを振り向くと、命令を受けた最後の五体の化け物が敵に突撃を仕掛けている所であった。数十の敵兵が五体になった化け物を取り囲み、体のあちこちに槍の一撃を受け続けその命を散らせて行く。あんなに屈強な化け物であっても最期の瞬間は呆気なかった。

 走り始めてからまだ少しも走っていないが、彼女らに一騎だけ追いかけてくる姿をファニーは捉えた。たった一騎の追っ手であれば、このまま馬を走らアドネの街に逃げ帰る事は容易だ。とは言え、このまま帰って何と報告する?アドネの街に残る兵士は数少なく、どれだけ守り切れるかは不明だ。
 預けられた百の化け物は解放軍の見事な策に阻まれ、敵を討ち滅ぼすことなく一日で勝敗が決してしまった。これ以上、どうすることも出来ない。せいぜい、自らの愛しい人が生き残ってくれればと思うのであった。

「ヴェラ、ここで追っ手を討ってから帰還する。先に戻っててくれ」

 馬を走らせながらファニーは長剣ロングソードを抜き去り、ヴェラへ声を掛ける。

「だったら二人で……」
「ヴェラは帰ってくれ!」

 走らせていた馬の手綱を引き、急制動を掛ける。その場で来た道を向くと、まだ遠目だが騎馬が一騎と、そのさらに後方に歩兵が駆ける土埃がもうもう上がるのが見える。歩兵も三十程いるだろうが、前を行く馬に乗る敵は”血濡れ”でない事が今は幸運だった。

「あれだけを二人で押さえられるものか!急いで帰ってミルカと合流し、今後の方針を決めてくれ。絶対にミルカにだぞ」

 十人程であれば二人で突破する事は容易いであろうが、馬を駆る将とそれに率いられる三十の兵士が相手になれば、農民上がりの兵士が相手でも勝負にならないだろう。特にここは山の中でも林の中でも無く、開けた土地、--収穫を終えた畑--、なのだから。

「アンタは如何するの。それに、私だけ街に着いてどうしろってのよ!」

 ヴェラも同じように馬に急制動を掛け、泣きそうな声で答えを求める。

「上から見ているだろうが、あいつ等の脅威を報告しなければならない。その為には一人でも生き残る必要がある!」

 とは言え、ファニーも”こんな所で死ぬつもりも無いが”と続ける。
 アドネの街の防壁から戦況を見ているはずだが、接敵した相手は非常に脅威であると伝えねばならない。それはヴェラとファニーにしか出来ぬ事であった。特に、”血濡れ”と呼ぶ敵の手練れ、--ファニーですら敵わなかった相手--、をミルカに知らせる必要がある。

 南西門は先程の戦闘の結果を見て、閉められてしまい逃げ込むことが出来ない。北西門へ逃げ込むとしても門が開いているかも、跳ね橋が降りているかもわからない。跳ね橋を下ろし、門を開けている間に追いつかれてしまえば、門を占領され街自体が陥落しかねない。

「わ、わかった。無事に生き延びろよ」
「ああ、そのつもりだ」

 止めた足を再び動かそうと馬に蹴りを入れると、ヴェラは馬上で振り向きながら北へ向かって馬を進めた。

(幸せになってくれよ……)

 ここで敵を少しでも引きつければアドネの街を守る、いや、ヴェラを街へ帰せるだろう。どうせ、あの部隊を失った今は守備するにも無理があり、どうやって脱出し落ち延びるかにかかる。あの領主がすぐに逃げ出す事などしないだろうと考える。
 ヴェラだけを街に帰した意図を、ミルカが汲み取ってくれることを願いながら迫り来る敵に長剣を向けるのであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ん、たった一騎?」

 先行して敵を追っていたグローリアが、ただ一騎、荒野の真ん中で馬首を向けている敵の姿を発見する。その後ろには土煙を上げ逃げ行く騎馬が一騎見える。
 恐らく、あの騎馬は街の北西の門へと向かって逃げているから、追いかける必要があるだろう。だが、あの敵に追いすがろうと駆けても、目の前の敵が見逃してくれるはずも無い。

 もう少し待てば追いかけて来た歩兵が目の前の騎馬に対応してくれるだろと、一撃を入れつつ敵を回避しようと長槍ロングスピアを脇に抱えた。
 馬に踵で蹴りつけて、速度を上げて駆ける様に叱咤して敵に突撃を敢行する。

「タアアァァァーーーーーー!!」

 グローリアが気合と共に渾身の力を込めて長槍を繰り出す。両の足でしっかりと鐙を踏みしめ、さらに馬の腹を”ギュッ”と挟みながらの渾身の一撃は馬の速度と相まって、全身鎧フルプレートの胸板くらいなら突き通し、絶命させるほどの威力がある。ただし、当たればであるが。

「なっ!!」

 グローリアの一撃を長剣の切っ先を下に向けながら、強度を損なわないように受け流すと、二人が交差した瞬間に切っ先を馬の尻に軽く突き刺した。驚いたグローリアの馬は痛みに驚きお尻を振って横倒しになり、グローリアを背中から放り出した。
 敵を一合で屠り、そのまま追いかける算段をしていたグローリアは馬上から飛ばされた事で敵を追いかける機会を失い、さらに敵の攻撃にさらされる事になった。

 放り出されたグローリアは左の肩口より地面に叩き付けられ、数メートル、地面に傷跡を残して動きを止めた。

「ううぅ。や、槍は何処だ」

 左肩に受けた衝撃は、グローリアが苦痛で顔を歪めるほどであったが、敵がまだ狙っていると手から離れた武器を直ぐに探そうと顔を左右に振るのであった。
 幸いなことにグローリアの一メートル程先に転がっていたので、身を起こし右手でその槍を掴み体を捻った。

”ガキン!”

 グローリアの側に鈍く銀色に光る切っ先が叩き付けられたのだ。そこはグローリアが体を捻る前にその体があった場所で、少しでも体を捻るのが遅れてれば、グローリアの頭が胴体を今生の別れとなり、神の下へと旅立っていただろう。

 背中に長剣ロングソードを背負っていたにもかかわらず、長槍に何故固執したかはグローリアしか知りえなかったが、長槍を手放すなと神からの啓示があったと後に答えたと言う。

 敵の攻撃をすんでの所で躱し、ゴロゴロと転がりながらその場から離れ、ようやく立ち上がって敵を見据えれば、紺色の全身鎧フルプレートに身を包んだ兵士を乗せた騎馬がすぐ攻撃に移れる態勢でグローリアを見つめているのであった。

 グローリアは、敵を追いかけようした時にエゼルバルドが叫んだ言葉が今になって身に染みて来た。

『一人じゃ危険だ。二人位逃がしても大丈夫だ』
『大丈夫よ、エゼルやヴルフと何のために訓練していたと思うの。それなりに腕は上がっているんだから!』

 エゼルバルドに自信たっぷりで叫び返したグローリアだが、今はそれが慢心であったと思わざるを得ない状況に陥っていたのである。



※僅かな炎に包まれただけで全滅した化け物のヒントは第七章、第五話辺りの夜襲迎撃戦に記してあります。
この段階でヴルフ達はそれをヒントにしていたわけではないのですが、結果的にそのようになったのです。

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