奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第三十五話 エゼルバルドの引き出しの中身
陣地の前、百メートル程でグローリアとヴルフの隊は合流すると、アドネ領軍が追って来ないと確認した後、部隊を整列させ被害の状況を確認していた。
「結構な被害が出たな……」
「あんな敵がいるとは思わなかったからね。わかっていればもう少しましな戦い方を指示で来たんだが」
後方で援護に徹していた弓兵は無傷であったが両方の隊共に矢を撃ち尽くし、今は補給を待っている状態である。また、歩兵には死者もそれなりに出し、合計で三十人程が命を落としている。重傷者も三十人を数えているところを見れば、軽傷者の数は百人では足らないだろう。軽傷者と言っても少しの切り傷や打撲程度であり戦力としてはまだまだ数えられるのだが。
「敵は二十五体が戦闘不能……。まだ、七十以上がいるのか」
百体の化け物と相対して、多少の被害を与えたが、相当な数が残っているとヴルフは溜息を吐いた。ちまちまと攻撃してもこの繰り返しで双方に被害が出過ぎてしまう。一気に優勢と行きたいと思うが、前方に広がるのは一面の穀物畑、しかも収穫が終わり土が露出しているのである。
「何か、隠れる場所があれば手を考えられるのだがなぁ」
「穴を掘る訳にもいきませんしねぇ……」
ヴルフもグローリアも頭をひねるが良い案が出てこず、このままだと苦戦は必至だと頭を抱える。攻城兵器として使える強力な弩、つまりは据置巨大弩を数機、国軍から借りておくべきだったと悔しがるのであるが、無い物をねだっても仕方ないと、頭を振って考えを消し去る。
「お二人共、補給物資をお持ちしましたよ」
二人で良い案が無いか考えてた所へ、補給物資を運んできたヒポトリュロスが合流した。ただ、彼の後ろには数人の護衛がいるばかりで補給物資は見えなかった。必要な物資は聞いていたので兵士達に配らせていたのだろう。
特に弓兵の空っぽになった矢は膨大になり、配るには苦労が伴っていたようだ。
「おお、ヒポトリュロス殿か。運んで来てくれて助かる」
「そんなに敵は手ごわいのですか?」
ヒポトリュロスが不安な顔をして二人に問いかけると、”そうなんだよ”と頷きで返事を返す。
「一体に掛ける兵士の数では勝っていても、あの重い全身鎧を身に着けて防御を固められれば苦戦もするわい。据置巨大弩でもあればと思ったが、借りてこなかったのでなぁ」
「確かにあの兵器は持ち合わせていませんね。ですが、弩を使ったらどうですか?兵士が扱う長弓よりは強いはずですが」
弩、手持ちの遠距離攻撃武器の中では威力もあり、弓を扱うよりも簡単に発射が出来る。しかも発射する際に狙いがずれ難い強力な武器である。欠点はコンパクトに作られているために弦を引くためには、てこの原理を利用しなければならず速射性に劣っている点であろう。
「なるほど、弩か。それも使ってみてどうかだな。後は柄の長い戦槌でもあると戦い易いんだがな」
「戦槌はいいアイデアですね。槍で突きにくい敵ですから打撃武器は有効でしょうね」
とは言え、弓や槍ほど、補給物資の中に積んできていないと渡された目録をグローリアは思い出す。弩にしても使いどころがないと、十機ほどが積んでいるだけであり、戦槌は積んでもいない。
石を投げる手持投石機は数多くあるが、全身鎧を崩せるかと言えば疑問が残る。
「後は蒸し焼きにする?あ、冗談だから気にしないで」
ヒポトリュロスが短絡的に出た言葉であったが、ヴルフの脳裏にピンとある出来事が思い出された。
「その作戦で行こうか。グローリア、目録に可燃性の油って無かったか?」
「油?調理に使う油なら持ってきてたはずだけど……。もしかして、それを使うの」
「そのまさかだ。だが、敵を誘い込む場所を作らないといけないが……」
作戦は何とか実施出来そうだとヴルフは考えを巡らすが、肝心の作戦を考えるには彼の知恵を借りる必要があると考える。
「用意があるから一時、陣に引き上げよう。敵もあれから動きそうにないから大丈夫だと思うが……」
兵士を立たせたまま待機していたので、休息も必要であろうと自陣へと引き返す事を決める。そして、陣へと全ての兵士が帰着すると守りを固めて、グローリア達は作戦の詳細を話し合うのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「呼びましたか?」
この部隊の大将グローリアと他の指揮官、ヴルフとヒポトリュロスの三人が顔を合わせている天幕へと呼ばれて来たのはエゼルバルドであった。ヴルフの脳裏にはディスポラ帝国と戦ったスフミ王国への作戦提供をした事を思い出したのだ。特に油を使った火攻めが功を奏し、大打撃を与え決定的な勝利となしたと聞いた。
その為に可燃性の油を使う上でエゼルバルドに相談しようと考えたのである。
「おう、そこに座ってくれて構わん」
丸いテーブルの一番奥にグローリアが、その左右にヴルフとヒポトリュロスが座り、グローリアに対面する様にエゼルバルドが席に着いた。ヒポトリュロスはそうでも無いが、グローリアとヴルフは何かを決するかの様な顔をしており、内包する何かがあると感じざるを得ない。
「ワシから説明しよう。あの化け物にもう一度、攻撃を掛けようと考えている」
エゼルバルドは驚きを隠せずに、”えっ?”と思わず声を漏らしてしまった。今のままでは被害が大きすぎる、と続けようとしたが、ヴルフが目の前に手を出して、エゼルバルドを制止する。
「まぁ、待て。話は最後まで聞いてからにしてくれ」
一呼吸おいてから、ヴルフが再び口を開く。
「攻撃を仕掛けるが突撃だけでは幾ら兵があっても足りない事はわかっている。そこでだ、お主が昔使った作戦を用いたいと思う」
昔使った作戦?と、エゼルバルドは首を傾げて不思議そうな顔をする。この内戦が初陣であり、過去に戦争に参加した事は無かったがと思ったが、そう言えば、と一つ思い出した事があった。
「それって、帝国がスフミ王国に侵攻してきた時?」
「そう、それだ。あの時、油を使った作戦を提案しただろう」
「確かにしたね。昔の文献に書いてあったヤツだね」
確かに提案した。カルロ将軍に伝えて貰い、上手い事殲滅した作戦だったと。
「今回もそれを使おうと考えている。簡単に言うと、油を浴びせて奴らを火達磨にして蒸し焼きにしたい」
フムフムと頷きながらヴルフの話を興味深く聞くエゼルバルド。聞きながら彼の頭の中で大まかな作戦が組み上がって行き、さらに詳細な作戦となって行く。
「油を奴らに浴びせたいが何か方法は無いかと思ってな。あの時は瓶を使っただろ、今回はそれが無いから、良い手が無いかと思ってな。まさか、敵の側まで歩いて行って柄杓で一体一体に掛けて回るなんて馬鹿な真似は出来ないからなぁ」
「それだったら水袋を浸かったら?誰でも持っているから、使えないかな。投げつける時に蓋を取って敵に投げても良いし、袋を剣で切っても槍で突いても油は漏れるし。それと丸めた藁に油を染み込ませて、投げつけるでも良くない?後で火を付けるんでしょ」
水袋を越しぶら下げていれば、作戦の油が入っているとは思わないはずだしね、とも付け加えた。
飲料水は生活魔法の生活用水で生み出す事が出来る。だが、戦場では魔法で生み出して飲む時間さえ惜しかったり、精神的に疲弊して水を生み出す事さえできない可能性がある。そのために兵士はここに水袋をぶら下げて移動していたのだ。
「火矢が無くてもスイールに魔法を飛ばして貰えば良い。オレも魔法を使えるし、最悪は生活魔法の種火でも付けられるかな?」
「だが、そんなに簡単にいくものか?」
ヴルフではなくヒポトリュロスが簡単に説明して行くエゼルバルドに疑問を投げかける。上手く行くか行かないかは、敵も動いているのだから予定通りに行かないだろうと。
「多分だけど、気にしなくても良いはず。敵は剣を振ったり、盾で守ったりは強いけど、動きが少し遅れてない?特に集団行動で移動する時」
相対したグローリアもヴルフも戦いを振り返ると、エゼルバルドの言った通りだと納得する。
「恐らくだけど、あれは前に戦った奴の劣化版ってヤツだと思う、反吐が出そうだけど。戦う事は出来るけど、全体的な行動は命令しなければならない、次の行動にも移れない、そんな敵じゃないかな?」
エゼルバルドが想像したのは敵の将が命令を出してから、やっとあの化け物達が動くのだと。それほど頭は良くないと指摘もした。
それに、劣化版と感じたのは、腕や脚の装甲の隙間から刺した槍の攻撃が通ったからである。過去にした対戦では、倒した敵の鎧を剥いだ時に見た蜥蜴人の鱗が移植されており、攻撃が通じなかったはずだと。
今回の化け物は、数少ない蜥蜴人を捕まえる事が出来なかったと内心で思ったのだ。
「なるほど。そうならば敵の将を討ち取れば敵の動きが止まる可能性があると……」
「だけど、他にも命令できる指揮官がいるかもしれないから、可哀相だけど全滅させた方がいいと思うよ」
「……可哀相?」
エゼルバルドが語った、”可哀相”との言葉にグローリアが不思議な顔をする。ヴルフが化け物と呼ぶあの兵士に可哀相との感情を持ち合わせているエゼルバルドに違和感を感じた。人を殺めれば確かに可哀相と思うだろうが、その感情と違うと知るのだがそれが何かは見当がつかなかった。
「そう、可哀相なんだ。オレ達が前に戦った相手は人の体を基礎にして、様々な生き物を強引にくっ付けた改造された人間だった。今回のも同じで、改造されて命令されて、そして死んでいくなんて可哀相じゃないか?」
「……!」
エゼルバルドが可哀そうと発した意味がなんとなく理解できた。人としての生き方を終わりにされてまで生かされるなど、何の人生なのかと。それに、人を兵器として使うアドネ領主に嫌悪感を抱かずにはいられないのであった。
「ワシもあれには辟易するわな。この国だと神の下へと言うべきなのか?」
ヴルフも過去に見た化け物を思い出し、溜息を吐くしか出来なかった。
「何にしても、あの化け物を何とかして退けなければアドネの街へたどり着く事さえ出来ないですからね。早速、準備を始めてアレを討ち取りましょう」
グローリアはすくっと立ち上がり、あの化け物を討ち取る為の準備を指示するのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
出撃するグローリアとヴルフの隊に所属する全ての兵士が仕掛けの準備に携わると、一時間ほどで用意が整い、さらにその三十分後には陣門付近に出撃する兵士が整列していた。
末端まで作戦を知らせてはいないが、敵の対策装備をしていれば打ち倒せる敵であると自信を持ち、並んだ顔は”キリリ”として勇ましい程である。
一見不恰好に見えるかもしれないが、長槍を持つ歩兵は帯剣とは別に水袋を二つぶら下げている。それぞれが一リットル程であるが、四百の歩兵が持っていれば相当数の量になるだろう。
「七割以上の油を使ってしまうから短期決戦だな。後は料理をするのに薪を入手するしかなくなるか……」
可燃性の油を使用するため、調理での使用を控えなければならず、兵士には暖かい料理を控えさせる等、無理を強いる事となりヒポトリュロスは気分が沈んで行く。それでも、あの街を陥落させれば、解決できると頭を切り替えた。
それに加えて、四百の歩兵の中で百の兵士の背中には十キロ程の重量物を入れた大きな袋が背負われており、見るからに動きにくそうである。だが、この重量物は作戦の要になる道具なため、欠かす事は出来ないのだ。
また、二十程であるが塔盾を持った兵士も見られ、何のために必要なのか不思議な顔をしている兵士もいる。
百の弓兵の内、十の兵士には弩が渡され、独立した部隊として運用する事になった。その他の兵士が持つ弓に比べると飛距離、威力共に優れているが連射が出来ずに戦力として組み込む訳にはいかないのだ。
通常の弓兵には特殊な矢、--火矢であるが--を各々二本ずつ渡された。生活魔法の種火で着火できれば先端が燃え上がる仕掛け、--可燃性の布に油が染み込ませてある--、が仕込まれている。
「本体の戦線は膠着して、今は巨大投石機が散発的に攻撃しているだけです」
アドネの街の南東方向の国軍、解放軍の主力部隊は午前中に受けた巨大投石機の四機の被害を重く見て散発的な攻撃と守りを厚くする方向に切り替えたようだ。
大軍を前面に配置しているため、アドネの街へいつでも襲い掛かれるだけの大勢を取っている辺りが、ヴルフ達からすればありがたかった。
正面の主力部隊を牽制しつつ、グローリア達の部隊へ半分も数を割けるとは考えられなかったのだ。
主力となる味方が敵を引き付けている間に、あの化け物共を何とかしようと、歩兵、弓兵合わせて五百に再編成されたグローリア、ヴルフの両部隊は、グローリアの掛け声と共に陣地を出発して行くのであった。
「結構な被害が出たな……」
「あんな敵がいるとは思わなかったからね。わかっていればもう少しましな戦い方を指示で来たんだが」
後方で援護に徹していた弓兵は無傷であったが両方の隊共に矢を撃ち尽くし、今は補給を待っている状態である。また、歩兵には死者もそれなりに出し、合計で三十人程が命を落としている。重傷者も三十人を数えているところを見れば、軽傷者の数は百人では足らないだろう。軽傷者と言っても少しの切り傷や打撲程度であり戦力としてはまだまだ数えられるのだが。
「敵は二十五体が戦闘不能……。まだ、七十以上がいるのか」
百体の化け物と相対して、多少の被害を与えたが、相当な数が残っているとヴルフは溜息を吐いた。ちまちまと攻撃してもこの繰り返しで双方に被害が出過ぎてしまう。一気に優勢と行きたいと思うが、前方に広がるのは一面の穀物畑、しかも収穫が終わり土が露出しているのである。
「何か、隠れる場所があれば手を考えられるのだがなぁ」
「穴を掘る訳にもいきませんしねぇ……」
ヴルフもグローリアも頭をひねるが良い案が出てこず、このままだと苦戦は必至だと頭を抱える。攻城兵器として使える強力な弩、つまりは据置巨大弩を数機、国軍から借りておくべきだったと悔しがるのであるが、無い物をねだっても仕方ないと、頭を振って考えを消し去る。
「お二人共、補給物資をお持ちしましたよ」
二人で良い案が無いか考えてた所へ、補給物資を運んできたヒポトリュロスが合流した。ただ、彼の後ろには数人の護衛がいるばかりで補給物資は見えなかった。必要な物資は聞いていたので兵士達に配らせていたのだろう。
特に弓兵の空っぽになった矢は膨大になり、配るには苦労が伴っていたようだ。
「おお、ヒポトリュロス殿か。運んで来てくれて助かる」
「そんなに敵は手ごわいのですか?」
ヒポトリュロスが不安な顔をして二人に問いかけると、”そうなんだよ”と頷きで返事を返す。
「一体に掛ける兵士の数では勝っていても、あの重い全身鎧を身に着けて防御を固められれば苦戦もするわい。据置巨大弩でもあればと思ったが、借りてこなかったのでなぁ」
「確かにあの兵器は持ち合わせていませんね。ですが、弩を使ったらどうですか?兵士が扱う長弓よりは強いはずですが」
弩、手持ちの遠距離攻撃武器の中では威力もあり、弓を扱うよりも簡単に発射が出来る。しかも発射する際に狙いがずれ難い強力な武器である。欠点はコンパクトに作られているために弦を引くためには、てこの原理を利用しなければならず速射性に劣っている点であろう。
「なるほど、弩か。それも使ってみてどうかだな。後は柄の長い戦槌でもあると戦い易いんだがな」
「戦槌はいいアイデアですね。槍で突きにくい敵ですから打撃武器は有効でしょうね」
とは言え、弓や槍ほど、補給物資の中に積んできていないと渡された目録をグローリアは思い出す。弩にしても使いどころがないと、十機ほどが積んでいるだけであり、戦槌は積んでもいない。
石を投げる手持投石機は数多くあるが、全身鎧を崩せるかと言えば疑問が残る。
「後は蒸し焼きにする?あ、冗談だから気にしないで」
ヒポトリュロスが短絡的に出た言葉であったが、ヴルフの脳裏にピンとある出来事が思い出された。
「その作戦で行こうか。グローリア、目録に可燃性の油って無かったか?」
「油?調理に使う油なら持ってきてたはずだけど……。もしかして、それを使うの」
「そのまさかだ。だが、敵を誘い込む場所を作らないといけないが……」
作戦は何とか実施出来そうだとヴルフは考えを巡らすが、肝心の作戦を考えるには彼の知恵を借りる必要があると考える。
「用意があるから一時、陣に引き上げよう。敵もあれから動きそうにないから大丈夫だと思うが……」
兵士を立たせたまま待機していたので、休息も必要であろうと自陣へと引き返す事を決める。そして、陣へと全ての兵士が帰着すると守りを固めて、グローリア達は作戦の詳細を話し合うのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「呼びましたか?」
この部隊の大将グローリアと他の指揮官、ヴルフとヒポトリュロスの三人が顔を合わせている天幕へと呼ばれて来たのはエゼルバルドであった。ヴルフの脳裏にはディスポラ帝国と戦ったスフミ王国への作戦提供をした事を思い出したのだ。特に油を使った火攻めが功を奏し、大打撃を与え決定的な勝利となしたと聞いた。
その為に可燃性の油を使う上でエゼルバルドに相談しようと考えたのである。
「おう、そこに座ってくれて構わん」
丸いテーブルの一番奥にグローリアが、その左右にヴルフとヒポトリュロスが座り、グローリアに対面する様にエゼルバルドが席に着いた。ヒポトリュロスはそうでも無いが、グローリアとヴルフは何かを決するかの様な顔をしており、内包する何かがあると感じざるを得ない。
「ワシから説明しよう。あの化け物にもう一度、攻撃を掛けようと考えている」
エゼルバルドは驚きを隠せずに、”えっ?”と思わず声を漏らしてしまった。今のままでは被害が大きすぎる、と続けようとしたが、ヴルフが目の前に手を出して、エゼルバルドを制止する。
「まぁ、待て。話は最後まで聞いてからにしてくれ」
一呼吸おいてから、ヴルフが再び口を開く。
「攻撃を仕掛けるが突撃だけでは幾ら兵があっても足りない事はわかっている。そこでだ、お主が昔使った作戦を用いたいと思う」
昔使った作戦?と、エゼルバルドは首を傾げて不思議そうな顔をする。この内戦が初陣であり、過去に戦争に参加した事は無かったがと思ったが、そう言えば、と一つ思い出した事があった。
「それって、帝国がスフミ王国に侵攻してきた時?」
「そう、それだ。あの時、油を使った作戦を提案しただろう」
「確かにしたね。昔の文献に書いてあったヤツだね」
確かに提案した。カルロ将軍に伝えて貰い、上手い事殲滅した作戦だったと。
「今回もそれを使おうと考えている。簡単に言うと、油を浴びせて奴らを火達磨にして蒸し焼きにしたい」
フムフムと頷きながらヴルフの話を興味深く聞くエゼルバルド。聞きながら彼の頭の中で大まかな作戦が組み上がって行き、さらに詳細な作戦となって行く。
「油を奴らに浴びせたいが何か方法は無いかと思ってな。あの時は瓶を使っただろ、今回はそれが無いから、良い手が無いかと思ってな。まさか、敵の側まで歩いて行って柄杓で一体一体に掛けて回るなんて馬鹿な真似は出来ないからなぁ」
「それだったら水袋を浸かったら?誰でも持っているから、使えないかな。投げつける時に蓋を取って敵に投げても良いし、袋を剣で切っても槍で突いても油は漏れるし。それと丸めた藁に油を染み込ませて、投げつけるでも良くない?後で火を付けるんでしょ」
水袋を越しぶら下げていれば、作戦の油が入っているとは思わないはずだしね、とも付け加えた。
飲料水は生活魔法の生活用水で生み出す事が出来る。だが、戦場では魔法で生み出して飲む時間さえ惜しかったり、精神的に疲弊して水を生み出す事さえできない可能性がある。そのために兵士はここに水袋をぶら下げて移動していたのだ。
「火矢が無くてもスイールに魔法を飛ばして貰えば良い。オレも魔法を使えるし、最悪は生活魔法の種火でも付けられるかな?」
「だが、そんなに簡単にいくものか?」
ヴルフではなくヒポトリュロスが簡単に説明して行くエゼルバルドに疑問を投げかける。上手く行くか行かないかは、敵も動いているのだから予定通りに行かないだろうと。
「多分だけど、気にしなくても良いはず。敵は剣を振ったり、盾で守ったりは強いけど、動きが少し遅れてない?特に集団行動で移動する時」
相対したグローリアもヴルフも戦いを振り返ると、エゼルバルドの言った通りだと納得する。
「恐らくだけど、あれは前に戦った奴の劣化版ってヤツだと思う、反吐が出そうだけど。戦う事は出来るけど、全体的な行動は命令しなければならない、次の行動にも移れない、そんな敵じゃないかな?」
エゼルバルドが想像したのは敵の将が命令を出してから、やっとあの化け物達が動くのだと。それほど頭は良くないと指摘もした。
それに、劣化版と感じたのは、腕や脚の装甲の隙間から刺した槍の攻撃が通ったからである。過去にした対戦では、倒した敵の鎧を剥いだ時に見た蜥蜴人の鱗が移植されており、攻撃が通じなかったはずだと。
今回の化け物は、数少ない蜥蜴人を捕まえる事が出来なかったと内心で思ったのだ。
「なるほど。そうならば敵の将を討ち取れば敵の動きが止まる可能性があると……」
「だけど、他にも命令できる指揮官がいるかもしれないから、可哀相だけど全滅させた方がいいと思うよ」
「……可哀相?」
エゼルバルドが語った、”可哀相”との言葉にグローリアが不思議な顔をする。ヴルフが化け物と呼ぶあの兵士に可哀相との感情を持ち合わせているエゼルバルドに違和感を感じた。人を殺めれば確かに可哀相と思うだろうが、その感情と違うと知るのだがそれが何かは見当がつかなかった。
「そう、可哀相なんだ。オレ達が前に戦った相手は人の体を基礎にして、様々な生き物を強引にくっ付けた改造された人間だった。今回のも同じで、改造されて命令されて、そして死んでいくなんて可哀相じゃないか?」
「……!」
エゼルバルドが可哀そうと発した意味がなんとなく理解できた。人としての生き方を終わりにされてまで生かされるなど、何の人生なのかと。それに、人を兵器として使うアドネ領主に嫌悪感を抱かずにはいられないのであった。
「ワシもあれには辟易するわな。この国だと神の下へと言うべきなのか?」
ヴルフも過去に見た化け物を思い出し、溜息を吐くしか出来なかった。
「何にしても、あの化け物を何とかして退けなければアドネの街へたどり着く事さえ出来ないですからね。早速、準備を始めてアレを討ち取りましょう」
グローリアはすくっと立ち上がり、あの化け物を討ち取る為の準備を指示するのであった。
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出撃するグローリアとヴルフの隊に所属する全ての兵士が仕掛けの準備に携わると、一時間ほどで用意が整い、さらにその三十分後には陣門付近に出撃する兵士が整列していた。
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一見不恰好に見えるかもしれないが、長槍を持つ歩兵は帯剣とは別に水袋を二つぶら下げている。それぞれが一リットル程であるが、四百の歩兵が持っていれば相当数の量になるだろう。
「七割以上の油を使ってしまうから短期決戦だな。後は料理をするのに薪を入手するしかなくなるか……」
可燃性の油を使用するため、調理での使用を控えなければならず、兵士には暖かい料理を控えさせる等、無理を強いる事となりヒポトリュロスは気分が沈んで行く。それでも、あの街を陥落させれば、解決できると頭を切り替えた。
それに加えて、四百の歩兵の中で百の兵士の背中には十キロ程の重量物を入れた大きな袋が背負われており、見るからに動きにくそうである。だが、この重量物は作戦の要になる道具なため、欠かす事は出来ないのだ。
また、二十程であるが塔盾を持った兵士も見られ、何のために必要なのか不思議な顔をしている兵士もいる。
百の弓兵の内、十の兵士には弩が渡され、独立した部隊として運用する事になった。その他の兵士が持つ弓に比べると飛距離、威力共に優れているが連射が出来ずに戦力として組み込む訳にはいかないのだ。
通常の弓兵には特殊な矢、--火矢であるが--を各々二本ずつ渡された。生活魔法の種火で着火できれば先端が燃え上がる仕掛け、--可燃性の布に油が染み込ませてある--、が仕込まれている。
「本体の戦線は膠着して、今は巨大投石機が散発的に攻撃しているだけです」
アドネの街の南東方向の国軍、解放軍の主力部隊は午前中に受けた巨大投石機の四機の被害を重く見て散発的な攻撃と守りを厚くする方向に切り替えたようだ。
大軍を前面に配置しているため、アドネの街へいつでも襲い掛かれるだけの大勢を取っている辺りが、ヴルフ達からすればありがたかった。
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