奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十四話 次なる一手と一時の休息。そして悠久の流れの中で

 ルーファス=マクバーニ伯爵が率いる解放軍は、ヴルフの部隊や廃砦に残った決死隊の活躍により、アドネ領軍の追撃を追い返し、無事に次の拠点である【エトルリア廃砦】へと到着した。延々と一キロにも及ぶ隊列が、続々とその廃砦へと入って行く。解放軍がアドネの街の南の廃砦を出発し五日後の事であった。

「かなり大きな城壁なんだな」
「久しぶりにここに来たけど、近くで見ればこの大きさに驚くだろうね」

 グローリアの率いる部隊の最後尾で騎乗しながら馬を進めるエゼルバルドとヴルフの率いる部隊から少しだけ突出したスイールが会話を交わす。
 このエトルリア廃砦は城壁が残るだけの遺跡であるが、過去には王都として栄華を極めていた城が建っていたと資料にも残っている。
 そして、この場所から北部一帯を支配し、最期さいごには、戦争中にエトルリア城の中央にそびえ建っていた居城のみが隕石により壊され、アーラス神聖教国に吸収されたのである。
 それが約五百年前の出来事であったと記録が残っている。

「でも、隕石が戦争中に城にだけ落下するなんてありえないと思うんだけどね」
「エゼルは知ってるだろう。過去にも何回か同じ現象が起こった事があると」
「まあね~」

 過去の戦史を紐解く事を趣味としていたエゼルバルドは、過去の戦乱時に幾つかの国が戦闘中に隕石の直撃を受けて滅んでいると記録を見ていた。
 不思議な事に全てか戦闘中であり、滅びた国も領民に対する悪政を敷いていた国ばかりであった。
 隕石が落ちるのも不思議ではあったが、悪政を敷いた国ばかりに落ちていたのも不思議だった。偶然が重なり滅びたとは考えにくく、巨大投石器カタパルトからの迎撃が隕石と間違えられて残されたのではないかとも推測している書物もあった。
 昔の記録は打ち捨てられていたり、保管されていても読むことが困難な程ボロボロになっている事も多く、真相は不明である。

 だが、このエトルリア廃砦が五百年前に滅んだことだけは事実であると、アーラス神聖教国の記録にも残っている。

「そんな訳で、この城壁の内部にあった建物は隕石によって崩されたと言われているけど、ある程度、片されたり再建が進んでいたりするから、その痕跡があるかはわからないんだよね」
「ふ~ん、そうなんだ」

 ゆっくりと進む隊列をスイールの講義を聞き、なるほどと感心しながら付いて行く。それとは別に、ここに来たというスイールの過去を全く知らない、いや、まったく語られていない事に不思議さを感じ取るのである。

「それで、スイールはここに何時来たの?」
「忘れました。ですが、エゼルと会うよりもずっと前の話ですよ」

 にっこりと笑顔を見せ、遠い過去の事だと話すスイールの裏では、聞いてはいけない何かがあるのだとエゼルバルドは直感で感じた。だが、それが何を示すのかは全くわからず、いつか話してくれるその日まで、スイールの秘密を耳に入れる事を諦めるのであった。
 秘密があるとは言えそれは過去の事であり、今現在のスイールには関係が無い事だと頭を切り替えるのだ。

「さて、私達も入城しますよ」

 先頭のルーファス=マクバーニ伯爵が城門を潜ってから数十分後、隊列の殿を務めるヴルフの部隊が城門から中へと入り込むと、部隊の移動が完了し城門が閉じられた。



 全ての部隊が城内へと入るが、解放軍の旗頭であるルーファス=マクバーニ伯爵と側近達は休む間もなくエトルリア廃砦の司令部がある建物へと案内される。
 そこには数人の者達が畏まった姿で待ち構え、ルーファス伯爵を部屋の奥にある席へと案内するのである。

「お待ちしておりました、ルーファス=マクバーニ伯爵。私はこのエトルリア廃砦を任されていました【アントン=バルマー】男爵と申します、お見知り置きを」
「うむ、これからよろしく頼むぞ」

 そこに集まった者達を見ながら、満足そうに口を開いた。逆にアントン男爵らは前の旗頭たるアレクシス=ブールデ伯爵は良く知っていたが、その伯爵が凶行に及び捕まり、罪人のごとき扱いをされていた事を快く思っていなかった。
 だが、変わったルーファス伯爵と一言、口を交わしただけで、物腰の柔らかさや人当り、何よりも旗頭としての資質を持ち合わせていると感じ取っていた。

 もし、目の前のルーファス伯爵が、自らの野望のために策を持ってアレクシス伯爵をおとしめていたら、この場で取って代わっていただろう。しかしながら、そのアレクシス伯爵よりも目の前のルーファス伯爵の方が一枚も二枚も上回っているとみられ、何かの策を使ったとは考えられなかった。

 それもあり、罪人として連れてこられたアレクシス伯爵の処遇について、何の躊躇もなく言葉が出てくるのであった。

「まず、お伺いしたい事はアレクシス伯爵は牢に繋ぐことでよろしいですか?」

 本来であれば、膨れ上がった兵士の配置を如何するのかを話し合うことが一番のはずであったが、罪人となったアレクシス伯爵の処遇を尋ねるのであった。
 これは一種のテストで、人となりの他に旗頭の資質を持ち合わせているかを見たのである。

「本来であれば首を刎ねてもよいが、劣勢の今は、そこまで手が回らんだろう。面倒で無ければ聖都へ護送するのだが、どうしたものか……。今は牢に繋いでおけば宜しいだろう」

 軍の中であればその最高指揮官がすべての生殺与奪の権利を持っている。だが、ルーファス伯爵はあくまでも神聖教皇から今の地位を受け賜わっているとの考えを貫いているため、同じ爵位であるアレクシス伯爵については、自らの手を下すまいとしたのだ。
 本来はすぐにでも首を刎ねてしまう事で士気を高めたり、不満を取り除く事が先決であるのだが、それをしないことでアントン男爵の目には真逆で、好意的に見えたのである。

「わかりました。アレクシス伯爵は牢に繋ぐことにいたします」

 その話はそこで終わり、側近の一人が部屋から退出してアレクシス伯爵を牢に繋ぐ指示を出しに行った。
 それからは、二倍以上に膨れ上がった兵士の配置、食糧の保管と調達、先の戦いで発生した怪我人の手当てなど、多岐にわたる話し合いが持たれ、とりあえずだが数日は移動の疲れを癒す事を第一とした。

 そしてもう一つ、ルーファス伯爵達が移動している最中にアントン男爵等にもたらされた情報がルーファス伯爵へと通知され、伯爵等は皆が驚愕の表情を浮かべるのであった。

「カタナが落ちたと言うのか!!」

 ルーファス伯爵達が初めて知った事実である。しかも、陥落してから半月ほど経過しており行き交う情報の遅れがルーファス伯爵の肩に重く圧し掛かってきた。
 このエトルリア廃砦までの移動中に、いかにアドネの街を攻撃し、領主を捕えるかを考えていたが、アドネ、カタナの二つの領地があるとすれば、二つの街を落とす必要が出てくる。そうなってはたった五千の解放軍では手も足も出ないと地団太を踏むのである。

「とすれば、解放軍だけでの問題ではなくなる。聖都への連絡を取る事もそうだが、アルビヌムにも動いてもらう必要があるな」

 解放軍だけで勝てないのであれば味方を増やせばよいとの考えで、ここから一番近いアルビヌムの領主へと援軍を頼むことにしたのだ。
 アルビヌムは【ザー・ラマンカ】国との国境を維持するために作られた城塞都市である。当然兵力は相当数を持ち合わせており、その規模は最低でもカタナと同等の兵力を動員できるほどである。

「ですが、アルビヌムが早々動いてくれるかどうか……」

 傍らで耳を向けていたアントン男爵は言葉を濁すのだが、ルーファス伯爵としては少しでも味方を増やさねばアドネ領主の思う壺だと言い放つ。それに、まだ何も行動していないにもかかわらず、駄目となった訳ではないと一喝したのだ。

「それと同時に聖都にも応援を頼む。そのくらいはせんとな」

 ルーファス伯爵が意を決し、聖都とアルビヌムへ向かう使者に誰を立てるのかを指示するのであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ルーファス伯爵率いる解放軍がエトルリア廃砦へ入城した同日の夕刻、ミルカ率いるアドネ領軍第二隊がアドネの街に帰着した。
 砦からは追い払って、一応の勝ち戦としたが、局地戦では勝つことが出来ず、結局は負け戦と認めざるを得なくなってしまった。その為、足に重りのついたように行軍は遅々として進めず、移動に一日多く取られざるを得なかった。

 兵士たちの足取りは重く進みは遅かった。それよりもミルカの心は重症であり、必要な指示や報告以外は誰とも声を交える事をせず、ヴェラやファニーからもこんなミルカを見た事は無いとまで言わしめたのであった。

 その顔でアドネ領主、アンテロ=フオールマン侯爵へ報告をすればどうなるかは、誰の目から見てもわかるのだ。おそらくは敗戦の責任を取らされて終わりとなるのではないかと。



「ふむ、ミルカがそのような顔をするとはよっぽどの事があったのだな」

 アンテロ侯爵は報告を聞く前にミルカの顔を一瞥して、そのように告げた。ミルカ自身は平静を装っていたと思っていたが、にじみ出る敗者の気持ちは誰の目にも明らかであり、当然ながらアンテロ侯爵もそのように受け取った。

「恥ずかしい限りです。戦いの初戦はわが軍有利に進みましたが、敵の誘いに乗せられた我が軍の一部が手痛い被害を受けた事を切っ掛けに動きが散漫になり、戦線を維持できなくなり、撤退を余儀なくされました」

 簡素であるが初日の戦いの報告をする。予定通り事が進めば勝てる戦いであったが、指示を無視した一部の部隊、と言っても出撃した三分の一が戦場から移動する命令違反を起こしたことは事実であり、止められなかった責任はミルカ自身にある、と述べるのであった。
 その戦いで解放軍に良い様にやられ、心に傷を負った兵士も多数いたと追加で報告するのである。

「翌日は全軍をもって敵の砦を攻略するつもりでしたが、朝にはもぬけの殻で、砦は誰も残っていませんでした。そこに残された敵の行く先を記した地図を見つけ急ぎ追撃をしましたが、そこでも敵の策にはまり、被害を出してしまいました」

 そして、追加で”ヴルフ=カーティス”がその場にいて、ミルカと一騎打ちをしたが敵の及ばずと涙を流すのであった。
 その他にも、砦に残された食糧に罠が仕掛けられ、補給部隊に被害を出したことも報告された。

「なるほどな。ミルカが手玉に取られるほどの策略に敵将か。お前さえいれば如何とでもなると思っていたが、ちと苦しくなるな」

 ミルカの報告を静かに聞いていたアンテロ侯爵であったが、話が終わった途端に渋い顔をして、これからどうするかと考える。対人戦では負け知らずのミルカに土が付き、一騎当千の働きを期待できなくなれば、攻め込むことは難しいと考える。

「失礼ながら、もう一人我々の兵士の中で”血濡れの狼牙”と名付けた者が敵におり、これも”ヴルフ=カーティス”に並ぶ強さを持っていると思われます」

 騎馬の優位性を生かせなかったとは言え、一撃も敵に当てることが出来ず、逆に兜を失う失態を演じたファニーが断腸の思いで口にするのであった。
 ミルカとヴルフの戦いをその目で見ていたファニーには、武器は違えど”血濡れの狼牙”も同じ様に見えたのである。

「ふむ、どこぞの傭兵崩れが参加していたのか?それはともかく、最低でもその二人は抑える必要があるわけだな。とりあえず、お前達に御咎めは無しとする」

 敵に優れた将がいる事は予想できたが、ミルカに匹敵する程の腕前を持っていたことは予想していなかった。それでも、その二人を抑え、必要以上の血を流すことなく帰ってきた事で、一応責任は取らないとしたのである。

「勝敗は兵家の常だ。全滅すればお前たちの首を刎ねる所であるが、この位の被害で済んでよかったと思うぞ。次の戦いは厳しいものとなるはずだ、期待しているぞ」

 勝敗は兵家の常、これがすべてを言い表していると言っても良いだろう。だが、その向こう側には、今以上に頭を使わざるを得ない状況が進行していると、アンテロ侯爵は頭を悩ますのであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ルーファス伯爵率いる解放軍がエトルリア廃砦へ入ったその日の夜の事である。

 エトルリア廃砦の城跡に作られた石碑に向かう一つの影がひっそりと姿を現していた。魔法の光を灯した杖を手に持ち、ゆっくりとその石碑に向かう。大きな石碑の前まで歩きつくとその光を石碑へとかざすのであった。

「”エトルリア国の繁栄と没落の史跡をこの地に刻む”か。確かに繁栄はしていたが、領民からの搾取した結果であっただろうに。それを忘れては国の運営は任せられないのだがな……」

 石碑を手でなぞり、ゆっくりとした口調で彫られている文字を一文字一文字言葉にする。数百年、風雨にさらされた文字は所々で読めなくなっているが、そこにあった出来事を後世に伝える役割は果たしている。
 だが、何故に繁栄したか、何故滅ぼされなければならなかったのかを記さなければ、後世の人々の指針となりえないと、内心で怒るのである。

「あれから、五百年も経つのか。この様な事は二度と起こしたくはないものだな」

 石碑をなぞり終えたその影は元来た道を戻り、暗闇の中へとその身をゆだねていくのであった。

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