奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十三話 教国国軍、動く!

 突然の大爆発が起こり、つんざく轟音を聞いた者達は一様に、何が起きたのかと我が耳を疑った。その中でも、一番の被害を受けた者は食糧庫の入口の前で集合場所に戻るように指示を出そうと声を上げた補給部隊の隊長であった。
 背中から爆発をもろに受け、十数メートルも吹っ飛び、後頭部等に爆発を浴びて一瞬で生涯を終える事になってしまった。
 後で見た者は補給部隊の隊長と一目でわかったが、首があり得ない方向へと曲がり、さらに頭が真後ろを向いていたと報告していた。

 その他の者はと言えば、小さな入り口付近にいた者達数名が隊長と同じように十メートル程飛ばされ同じように命を失っている。その中には別の建物の壁に頭から打ち付けられた者もいて、それが一番酷い状態であったと後の報告に書かれている。

 それに加え、爆発によって食糧庫自体を構成していた壁材を構成していたレンガや岩を飛び散らせ、その破片によって死亡したり、怪我をした者が沢山出てしまった。七十名程の人員がいたが、無傷であったものは離れて作業をしていた、三十名程だった。死者は二十名程で残りは重傷と軽傷が半々程となっている。
 その他に荷車が数台破損し使えなくなっていた。人員に死なれるよりも荷車が破損した事による食糧などの輸送が滞る方が、離れて作戦行動をする部隊には一時的につらい環境に置かれる。



 火の気のない食糧庫で何故こんな大爆発が起きたのかは解放軍の策によるものである。

 まず一つ目は誰もいないとされていた砦の内部には数人の解放軍の兵士が潜んでいたのだ。その者達は自らの死を覚悟の上で作戦に志願していた。そのほとんどは大きな怪我を負い命が残り少なかったり、腕や足を切断され、アドネ領軍を恨んでいた者達である。

 彼らの役割の一つは、朝食時にかまどに火を焚き兵士がいるとアドネ領軍に錯覚させる事にあった。
 そしてもう一つは、食糧庫に火を放つ事である。びっしり並んだかのように見えた穀物の袋だが、実はそんなに多くなく、その裏は空洞になっていた。アドネ領軍が運び出すタイミングで積まれていた穀物の粉を盛大に部屋の中にまき散らし、自らがいるにもかかわらず火を放って爆発を誘発させたのである。
 俗に言う、粉塵爆発というもので、空気の中に一定の細かい粒子がまかれている場所へ火種を頬ると着火し爆発を起こすのだ。

 この爆発は計画には入っていなかった。撤退の指示が伝達された時に、一部の大怪我を追っていた負傷兵が、足手まといになるからこの場で一矢報いる為に残ると言い出したのだ。むろん、ルーファス伯爵はそれを良しとせずに、一緒に撤退すると説得を試みた。
 だが、彼らは説得をするのであれば、足手まといの自分達はこの場で自刃すると刃物を取り出してきたのだ。さすがにこれ以上の説得は無理だと考え、急遽一つの作戦を考えたのである。

 それが、偽りの食糧庫を作り出しての粉塵爆発であった。

 この作戦を実施するのは上層部の中でも賛否両論があった。
 最終的には伯爵が訴えて来た者達の気持ちを汲んで実行させたのであるが、伯爵を含め誰もが涙を流したのは言うまでもないだろう。
 この作戦の結果、アドネ領軍には少ない実被害を与えただけでなく、心理的に与えた痛みは後々までアドネ領軍を苦しめる事になったのだ。

 そしてもう一つ、爆発だけに留まらずレンガや石等で怪我をするように、ワザと建物を即興で作らせていた事も被害を増やした原因である。七割程度、レンガや岩で出来た壁が残っていた建物を壊れやすい様に組み上げた解放軍の胆力の勝利と言えよう。
 ミルカの代理のヴェラが瓦礫が多い事で何故と思っていたのだが、その瓦礫が何のためにここにあるのか考え付かなかった事が一つの原因でもある。その散らばっていた瓦礫は、食糧庫として使われた建物が壊れた残骸だったりするのだ。

 食糧庫が爆発した白い煙は天高く上り、アドネ領軍の陣内で轟音を聞いた者全てが目撃した。そして、その煙の下へと調査を指揮官代理のヴェラが指示した時は、まさにミルカが解放軍の殿であるヴルフと一騎打ちを始めた時間と同じであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日の夕方、アドネ領軍の陣地へ疲れ果てた騎馬部隊が帰還した。ミルカやファニー等の指揮官は全員無事であったが、三百五十騎中、未帰還数が二十五騎を数え、一割まで行かないが、多大な被害を受けてしまった。
 さらには一騎打ちをしたミルカが、ファニーが間に入らなければ命を落としていた状況にまでされ、その間に入ったファニーもが兜を失うなど戦果を得られず、散々な結果となってしまった。

 ミルカと一騎打ちをした者が、騎士であれば一度は名前を聞いた事のある、”ヴルフ=カーティス”であると知れた途端、騎馬兵だけでなく、噂を一度でも聞いた者達はざわめき、驚愕の表情を浮かべていた。
 そしてもう一つ、馬上にいたファニーを圧倒した者も”血濡れの狼牙”と陣内で名付けられた敵であった事も、アドネ領軍を驚愕させるに十分だった。

 何にせよ、農民の集まりで武器を取ったばかりとされていた解放軍と高をくくり、甘く見ていたアドネ領軍はこの戦いで、解放軍には優秀な指揮官がいて、さらには戦争を有利に進めるだけの能力を持った一騎当千の兵士が付いていると知れ渡るのだった。
 ミルカの戦評を聞くにつれ、幕内に集まった者達の顔はみるみる内に青くなり、楽勝ムードでの出撃から地の底に落とされた様な敗戦気分になった。

「第二隊の初の戦いで、解放軍が烏合の衆であると認知していたのが、この度の敗因であろうな」

 アドネの街の南西の砦を攻めた初戦では、集まった解放軍を半分以下の数に減らす事が簡単に出来た。その勢いをもって、このアドネの街の南の砦を攻めたのだが、三千の兵力があれば余裕で討ち破れるとしていた当初の予定は完全に破綻した。部隊が立ち行かなくなる程の被害を受けたわけでは無いが、気分は完全に敗戦の将であった。

「だが、奴等は強かった。しかもだ、この砦を初めに攻めた時の指揮官と逃げる指揮を執った指揮官が違うのが何故なのか今だにわからん」

 ミルカが指揮官が違うと肌で感じた事はその通りであったが、戦いの最中に指揮官が変わる、しかも重要な解放軍を引っ張る旗頭たる者が変わるなど、本来であれば考えられる事ではなかった。
 実際は解放軍の旗頭だったアレクシス=ブールデ伯爵が、報告を聞いてた軍議の中で乱入した兵士を殺めた事で、仕方なく代理としてルーファス=マクバーニ伯爵を立てたのだが、それが功を奏し、ミルカの思考を鈍らせる結果となったのは皮肉であろう。

「それはともかく、敵を砦より出したは良いがその行く先を知る事も無く被害のみを出してしまい、作戦は失敗であった。明日にはアドネの街へ出発する。陣を直ぐに畳める用意をするように。以上」

 ”作戦は失敗であった”と言葉を選んでの発言だったが、その場にいた皆が受け取った印象は完全な負け戦でる。ミルカもその言葉を使おうと迷ったが、これ以上士気を下げさせる訳にはいかないとあえて言葉を濁したのだ。
 被害が一割近くに上った負け戦とはいえ、これからのアドネの街の守備を考えると、これ以上味方の兵士を減らす訳にはいかない。とりあえずはこれで良しとした。

 それと、負け戦をしてしまったと領主に報告すれば、小言が数時間にわたって聞かされるとか脳裏を過り、憂鬱な気分になるのであった。



 そして翌日。ミルカ率いるアドネ領軍は、解放軍の砦攻略に向け張っていた陣を引き払い、何処かへ消えた解放軍を追撃する少数を送り出した後、重い足取りでアドネの街へ撤退を始めるのであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ミルカ率いるアドネ領軍がアドネの街へ撤退を開始した日から、十日ほど前の九月二十日に時間はさかのぼる。
 九月六日にグローリアがアドネ領の隠し村から教国騎士団へ報告を送ってから、この日にようやく神聖教皇の下へアドネ領内での出来事を記した報告が届けられた。

 ルカンヌ共和国の自由商業都市ノルエガで待機していた騎士団団長ルイスを経由しての報告ではあったが、アドネ領主の理不尽な徴税により領民達の蜂起が起こると記されていた。
 実際、神聖教皇の側近等へはアドネ領で税収が上がったり領民が不満を持っているとの噂が伝わっていたのだが、肝心のアドネ領からの定例報告に記載が一切含まれていなかった事が対応が遅れたと言っても良いだろう。

 毎日分とは言わないが、アーラス神聖教国では毎月の報告を聖都に送る決まりになっていて、そこには領地の運営状況、食糧の収穫状況、治安の程度等が記されることになっている。
 領主の報告だけでなく教会からの報告も行わせており、二つの報告を見て整合性を取り余りにもかけ離れているとわかれば聖都から人を派遣し査察が入る仕組みであった。
 だが、アドネ領主とアドネの教会の司教は古くからの知人であり、二人は共通の目的の為に手を組んでいた。その為に、重税を課しているにもかかわらず聖都にはアドネの街の実情が伝わらず、虚偽の報告のみが伝わっていた。

 そして毎月のアドネの街からの報告と、全く違う教国騎士団からの報告と共に国軍の派遣を求めてきたことで、聖都は蜂の巣をつついたように上を下への大騒ぎとなっていた。

「全く何をしておったのじゃ、余の治世で国内が乱れるとは。まあ良い、これからどうするかを決めなければならん」

 その日は朝から様々な予定が入っていたが、すべてをキャンセルし教皇の前には重要な臣下、全て顔を揃えていた。
 宗教国家であるために、この国の君主は王ではなく教皇である。国の名の通りで神聖教皇を名のっており、今は【ジュリオ八世】がその統治者である。

「在位二十一年で国が乱れるのか。早々に抑えなければ他の都市が独立を宣言するやもしれん。国軍を派遣するが、どれ程の兵士を派遣すればよいか?」

 アーラス教の最高位を示す、白を基調として紺色の淵と金色の刺繍を施した法衣で身を包むジュリオ八世がその場にいる臣下に問い掛ける。
 宰相を初め、皆が難しい顔をする中、将軍職にある者がまずはと発言する。

「教皇、何を悩みますか。ここは圧倒的な兵力を持って討伐するに限ります。とは言え、全軍を出撃させるのは、聖都に他国からの侵略を許す事になります」

 先ずは当たり前で当たり障りない事を発言する。それは当然である、と教皇がそれに同意をし、将軍はさらに続けて口を開く。

「我々の手元にある資料では、アドネ領軍の兵士は予備兵力を合わせても五千人程と見ております。我々の部隊が領民と力を合わせるのであれば一万五千人程と攻城兵器を幾つか用意すれば事は足りましょう」

 聖都への報告が届いた時点では、まだ領民が一斉に蜂起をしたとの報告は無く、増税に苦しむ領民が反旗を翻すつもりだと知ったばかりである。その為、少し古い情報を基に出兵の兵力を見積もっていたのである。

「一万五千であるか?この聖都の兵力の半分ではないか」

 教皇が住まうこの聖都に常駐する兵士は三万人程で防衛にあたっている。これは予備兵力や緊急時の兵力を除いた兵士の数であり、それらを動員で切れば、十万人から十五万人の兵士の数となる。
 この兵力は実質、すぐに派遣される兵力を兼ねており、さらにその半分は兵農兼業の兵士としての役割も担う。兵農兼業とは言っても、農作業だけに留まらず、土木工事、治安維持等、様々であり、便利屋と聖都に住まう者たちからは揶揄されていたりするのだ。

 そして、それだけの兵士を動かすのであれば多くの食糧が必要になり、さらに畑を耕す手が足りなくなるので、緊急時以外は動員したくないのだ。
 とは言え、少ない兵士を逐次送る愚策を取れば、国自体を亡ぼしかねないと将軍は告げる。

「なるほど、圧倒的な兵力を持って敵を黙らせるか。それしか方法は無いか……」

 教皇ジュリオ八世は天を仰ぎ見ながら、自らに言い聞かせるように呟く。何とか話し合いで解決できないものかと思考を巡らすが、領民が蜂起すると決めている以上、それも難しいだろうと考える。それでも僅かに残った可能性を手繰り寄せられないかと問いてみる。

「兵士を送るよりも先に話し合いは出来ないものか?」

 教皇ジュリオ八世が臣下に問うのだが、皆が首を横に振るだけで、話し合いをする事は不可能であると告げられる。領主による理不尽な徴税、報告の偽造もしくは教会の裏切り、そして、領民の怒りの限界、その全てが事態を最悪な方向へと進ませていると口々に出している。
 そうなれば仕方ないと出兵する事を了承し、五日後の二十五日に兵一万五千で河をさかのぼり、アドネの街へと派遣すると決定したのであった。



 その決定から三日後の二十三日、教国騎士団ルイスより追加で、アドネの街の領民の武装蜂起が起き、事態が悪化したと情報がもたらされた。これにより話し合いで決着する道筋が全て断たれ、教皇は報告を聞いたその場で頭を抱えたという。

 さらに、その二日後の二十五日の朝、今度は聖都アルマダより河をさかのぼったアルビヌムの街より高速連絡鳥による報告が届いた。
 高速連絡鳥で運べる最低の情報であったが、そこにはアドネの街の北東にあるカタナの街がアドネ領の軍隊により陥落し、カタナ領主が這う這うの体でアルビヌムの街へわずかな手勢で落ち延びてきたとあった。

 アドネの領民が蜂起し、それを鎮圧するだけの兵力を持っているだけと思われていた。だが、ある種の奇襲であるが、カタナの街を攻め落とすだけの実力を持ち合わせているとすれば、一万五千の兵力では足りないのではないかと思えるのであった。
 その為、再度の検討の結果、アルビヌムの兵士達と協力、連携する事、そして、派遣する兵員を二万人へと増やす、と修正された。そして、その六日後の十月一日、聖都アルマダからアドネ領主を討つべく、河をさかのぼる輸送船で二万人の大軍は川上の街、アルビヌムへ向け出発するのであった。

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