奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十三話 南の廃砦の戦い、前哨戦

 翌日、解放軍、そしてアドネ領軍の両陣営から煙が立ち上る光景が見えてから、しばらくして、慌ただしく動き回る姿が見て取れた。解放軍は砦の壁の上に守備の兵士が、アドネ領軍は陣門近くに騎馬や歩兵、弓兵の姿が見て取れた。



「来ます。敵第一陣、出ました」

 アドネ領軍、騎馬二百騎、歩兵六百、そして弓兵二百と思われる数が出陣したと物見櫓の兵士から大声で告げられた。

「歩兵と弓兵がいるとなれば移動速度はゆっくりだな。今のうちに用意を整えよう」

 物見の報告を聞き、守備をする兵士に指示を次々に出して行く。所狭しと並ぶ弓兵二百とその後ろに立つ剣を腰に差した二百の兵士、そして、石を山の様に入れた木箱と矢の入った箱を運び込む百の兵士。そして、対攻城兵器を壁の内側に配備する。

 攻城兵器はこの砦に放置され、朽ちていた巨大投石機カタパルトを直した物で、一機が修復され、三機がそれを元に新たに作られ、合計四機の巨大投石機が並んでいる。
 一機に付き二十人必要だが、おおよそ五分で一投できる速射性を持っている。飛距離は復元が完璧でない、百五十メートル程であるが、攻めて来る兵士に向かって発射すれば威力を発揮するだろう。
 本来であれば攻城兵器として城壁の破壊に用いられるが、解放軍では飛距離が足りない為、城壁の内部へ配置し、壁を乗り越えようとする敵への攻撃手段とした。

 だが、今回に限ってだが、巨大投石機を配備していると情報が漏れていない様で攻め手に対して奇襲攻撃で用いる事が出来そうだった。
 ちなみに飛距離は百五十メートルが最長距離であるが、最短で三十メートルまで近づける事が出来る為、壁際の敵に対しても効果を発揮する。

 その巨大投石機の先端には三十キロほどの岩が三個乗せられ、バネが徐々に巻かれだし、準備が整う。



 アドネ領軍は歩兵を先頭に、その後方に弓兵、左右に騎馬を半数ずつ配置してゆっくりと近づいてくる。一番後ろに大将旗が見え、堂々と行進する様は常勝の兵を指揮するにふさわしく思える。
 解放軍からすれば厄介な魔術師が見えない事から、巨大投石機カタパルトによる先制攻撃をして有利に進められると見ていた。

 そのアドネ領軍がゆっくりと近づき、歩兵の先頭が百メートルのラインを越えた時、物見の索敵手から声が届く。

「敵、百メートル!!」

 砦の内部にいる者達はその言葉を聞き、各巨大投石機にいる指揮者が号令をかける。

「よし、第一投、放てー!!」

 アレクシス=ブールデ伯爵率いる八千の領民軍が散り散りになったと聞き、ほぞを噛む思いであった砦の兵士達は、仇を取る思いで巨大投石機の引き金を引いたのである。

 ”ブウゥン”と空気を強引にかき分ける鈍い音と共に、巨大な岩が空高く舞い上がる。それが一機からではなく、解放軍の持つ四機の巨大投石機からそれぞれ舞い上がったのだ。
 合計百キロ、一個の重量は三十キロであるが、それを百メートル以上も飛ばすとなれば与えられた運動エネルギーは膨大な力を発揮する。その投石機がいま、牙をむいてアドネ領軍へと襲い掛かったのだ。

 放たれた岩は十二個、真っ青な秋空に放物線を描き、アドネ領軍の緊張した面持ちの歩兵たちの頭の上に巨大な運動エネルギーを伴って落ちてきたのだ。アドネ領軍の指揮官も一瞬指示が遅れ、兵士達に岩の直撃を許す事になってしまったのは悔やんでも悔やみきれないであろう。岩が空高く舞い上がる光景を、その目でしっかりと見ていたのだから。
 とは言え、舞い上がってから百数十メートルはものの数秒で届いてしまうので避けろと命令を下したとしても、その場から動く事はままならなかっただろう。

 その岩が落下した事によりアドネ領軍は多大な被害を被る事となった。岩の直撃で体が潰され即死した兵士二十名程、その岩がゴロゴロと転がり押しつぶされた兵士五十名、内数名が命を落とした。跳ね飛ばされた兵士にぶつけられ怪我をした兵士も百名以上。
 三千の兵士を伴いこの地に現れたアドネ領軍は、一瞬で一割近い戦闘不能者を出してしまったのだ。特に、死者が一パーセントも出てしまった事が大きいだろう。そのほとんどが歩兵であったのだが、死者を出した事よりも、巨大な岩が何もない空から降ってくる恐怖に怯えてしまった事で作戦に影響を与えてしまう。

 アドネ領軍の動きは素早かった。多量の死者を出した事で即座に退却の指示を出し、負傷者を纏め、一分以内でその場より立ち去って陣へと戻ったのである。
 岩を飛ばす兵器となれば巨大投石機であるが、どんなに速射性を誇ったとしても次弾を打ち出すには数分要すると見抜いていた為の行動であろう。

 アドネ領軍が巨大投石機の前に手も足も出ず撤退した報告を受けアレクシス=ブールデ伯爵を初めとする側近は大いに喜びの声を上げた。次に攻めて来たとしても投石器がある限りこの砦は難攻不落であると思い始めたのである。

 アドネ領軍が撤退した報は物見の兵士により瞬く間に全軍に知れ渡り、各々が抱き合ったり、肩を組んだりして喜びあった。戦いと言う行為にまったく馴染みの無い農民だった者達は手放しで喜びあっていたが、極一部の戦争経験者や戦闘行為を行っている者にとっては朗報でもなく、巨大投石機の一撃を効果的に使う事が不可能になったと悟っていた。

 攻城戦を主眼に置いた巨大兵器ゆえに一撃の大きさは比類なきものがある。だが、集団でいる相手に対しては大きな戦果を上げることが出来るが、集団にならなければどうであろうか?

 アドネ領軍の大将ミルカは、巨大投石機があると睨んで兵士が落ち着き次第次の出撃を行う事を決めていたのだ。その為の演説もすでに行っていたために、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
 解放軍の失敗は自らの陣にそこまで考えられる人材が揃っていなかった事なのだ。もし、知恵者がいれば敵を砦に引き寄せてから巨大投石機で敵を打ち、そこへ左右から機動力のある騎馬兵で襲い掛かるとの戦法を取れただろう。

 初撃の対応を見ただけでも戦局を意識したアドネ領軍と、浮かれる解放軍との図式が成り立っていたのだ。この対応を見ただけでもどちらに有利になるかが一目で知る事が出来る。



 巨大投石機カタパルトにより死者と怪我人を出してアドネ領軍が撤退して一時間半ほどののち、再度アドネ領軍は動きだし、陣より大将を先頭に兵士達が姿を見せ始めた。騎馬二百、軽歩兵三百、弓兵三百程である。
 物見からの知らせでは先程と兵装が変わり、歩兵は体が隠れる大きな盾と槍を、弓兵は長弓となぜか松明を二人に一本ずつ持っていた。

 真正面からアドネ領軍が行進する様は物見の兵士から逐一報告が上がり、解放軍では再度巨大投石機の餌食にしてやろうと、いつでも発射できる体制を整えつつあった。だが、ここは傭兵の妙とでも言うべきか、アドネ領軍は二手に別れ、戦場を大きく迂回するコースを取ったのである。しかも、細く数列に成りながら進む。

 まず、二手に分かれた事で巨大投石機の狙いを絞らせず、被害を最小限にする目的があった。そして、細く長い隊列を組む事も巨大投石機の狙いを絞らせない働きをするのだ。
 岩が飛んでくる事を防げないのであれば被害を最小限にしようとの工夫がここに見えたのだ。

 アドネ領軍の意図は見事に的中し、先程岩が飛んできた砦から百メートルの位置に入っても岩は青い空に現れず、沈黙を続けたのである。
 解放軍の見積もりが甘かったと言わざるを得ないが、巨大兵器の弊害で左右への角度が付け辛い構造として作成された為、正面以外は狙う事が出来ないのだ。左右十五度位は問題ないのだが、今回の様にアドネ領軍が戦場中央を通らずぐるっと迂回をされると巨大投石機は報じ込まれてしまうのであった。

 狙い通り巨大投石機が使用できないとわかると、アドネ領軍の動きは早かった。砦の中央付近で合流すると一気に砦の前五十メートルまで迫り軽歩兵が盾を構え防御の姿勢を取り、そこへ弓兵が合流したのだ。

 当然ながら、解放軍も指を咥えて見ていたわけでは無く、矢を集中的に降らせているのだが、練度の違いがここで現れ、敵が構えている盾を貫く事は叶わなかった。
 用意の整ったアドネ領軍は降り注ぐ矢の雨の合間を縫って長弓を最大に引き絞り矢を放った。その矢は壁を悠々と飛び越え砦の内部に矢を降らせた。しかもその矢には、たっぷりと油を染み込まされた布が巻かれ、ご丁寧に火をまとっていたのだ。

 アドネ領軍の狙いは砦を落とすために被害を出させないように、巨大投石機を使用不可能にさせる事にあった。
 不自然に持っていた松明は火矢にするための着火用、歩兵の大盾は弓兵を敵の矢から守るためであった。

 矢の打ち合いであるが、多少怪我人の出ているアドネ領軍に対し、最前線での人員被害は皆無だが、巨大投石機側にいる人員の被害と、巨大投石機自体に被害が出始めた。
 アドネ領軍の矢が尽きるまで打ち続けた結果、遠目からもわかる程の黒い煙がもくもくと砦の内部から見え始め、一条が二条に、そして、三条、四条と次々と上がり始め、作戦が成功したと目に見えてわかるのであった。
 矢が尽きたアドネ領軍は舞い立つ四条の煙を見て悠々と退却を始めた。解放軍の矢の雨が降りしきる中をほとんど被害を出す事なく矢の射程範囲から脱し、自陣へと戻ったのである。



「何という事か、虎の子の巨大投石機カタパルトをすべて失うとは!」

 報告を聞いたアレクシス=ブールデ伯爵は地団太を踏み、わめき散らすように悔しがっていた。初弾で敵を後退させた兵器であるが、その一発を撃っただけで巨大投石機は解放軍の手から零れ落ちる様に無くなってしまったのだ。

 火矢が刺さるだけで巨大投石機が燃え上がったのではなく、火矢に染み込ませていた可燃性の油と処しきれずにいた解放軍の兵士、両方に原因があった。
 火矢は言うまでも無いが、三百程から放たれた矢は雨あられの様に、とはいかないまでも相応の数が砦の壁を越えて飛来した。巨大投石機に刺さった矢を処理している最中に矢が降れば、訓練していない解放軍では避ける事はままならず、次々に餌食になった。兵士に刺さった矢は着ている服や革の鎧を燃やし始め、火が炎となり、水を掛けて消化する時間も過ぎ去り、燃え上がったのだ。

 解放軍の人的被害は多くは無いが、それでも数十人の死者を出している。それよりも巨大投石機を失った事が解放軍に与えた心理的影響は大きいはずだ。

 集団戦において、指揮官の存在意義はとてつもなく大きい。指揮官が武勇を見せつけるだけで配下の兵士が湧き立つほどである。そして、巨大兵器と言う見た目にもわかりやすい兵器が使われている時であればよいが、ましてやそれが破壊されたのだ、心の奥底に与えた影響は少なくないだろう。

 これだけ見ても、解放軍は指揮の拙さを露呈し、勝ち目のない相手に戦いを挑んでいるのは明らかであった。兵士となった農民たちの願いは重い税金からの解放の為に立ち上がっているのだが、指揮の拙さが露呈し始めると兵士から白い目で見られ始める。
 八千もいた領民達がたった二千のアドネ領軍に完膚なきまで追いやられた事は逃げて来た解放軍の間では常識な話であり、さらにこの砦での巨大兵器の喪失である。指揮する首脳部に対する不信感が募るばかりであった。

「アイツ、俺達を勝たせたいのかわからんな。それとも、戦いを知らないのか?」
「こう、負けばかりだとどうなるか、俺達の願いを叶えてくれるのか」
「もしかして、奴は敵と繋がっているのか!」

 解放軍の中に疑心暗鬼が広まり、指揮する首脳が敵と繋がっているのではないかと取られてしまうのも無理は無かった。

「次に何かあったらあの貴族の所まで直談判に行くぞ」
「そうだな、俺もそれに賛成だ」
「無駄に死にたくないからな」

 兵士達の間で指揮官たる貴族の悪口を言い合うのは時間の問題であった。それがなんとか表に出ず、内心に仕舞い込まれているのは、アドネ領軍が攻め手にあり、指揮の拙さからではあるが解放軍の危機を誘発している為である。

 全ての貴族が同じように恨まれているかと言えばそうでも無く、各隊の兵士長や兵士大隊長に納まった下級貴族は兵士になった農民達を何とか生かそうと東奔西走し、隊員からの支持を集めているのだ。



 今のところ、何とか不満を抑えてはいるが、このままではアドネ領軍に攻め込まれ砦を破られると見ていた。それであれば多少の犠牲はあるが打って出ようと隊の編成をアレクシス=ブールデ伯爵達は考えていた。
 さすがに伯爵となれば矢面には立つ事は考えず、側近のオーラフに一隊引き受けさせようとは考えていた。

「次に敵が攻めてきたら打って出るぞ。オーラフに指揮を任す。今までの様に北門を中心に攻めて来るだろうから、正面は弓兵で牽制しつつ、東門から出た騎馬二百と歩兵弓兵混成の五百で右翼から攻めろ。その攻撃が成功しつつあれば北門から歩兵四百で挟み撃ちだ。これで奴らの首を取るぞ!」

 アレクシス=ブールデ伯爵を始めとする側近で構成される指揮官達は、命令を受け自ら指揮する隊の下へと走った。これが成功し、アドネ領軍に反撃の切っ掛けを掴むのだと士気は高い。

 そして、南の砦での決戦の火ぶたはもう間もなく、落とされようとしていた。

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