奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第六話 領民の決起と間違えた大義名分

 アルベルト元子爵は困惑していた。

 セルゲイ達を護衛してきた者達が執務室へ来て何の用事があるかと思ったら唐突に、アドネ領軍へ反旗を翻す軍に参加させてくれと頼みこんできたのだ。
 アドネ領民であれば諸手を挙げて歓迎するのであるが、何処の誰とも思えぬ者を参加させては内情が漏れる危険性も、内部からかき回される危険性もあった。
 ただ、決意に満ちた顔からは、味方に引き入れる価値はあると思ったが、それでも駄目だと言わざるを得ないだろう。

「申し訳ないが、それは認められない」
「どうしてですか?」
「見ず知らずのお嬢さん方に、こちらも頼む訳にはいかないのだ。わかってくれないか?」

 見ず知らずと言われれば仕方がないが、グローリアは一歩も引こうとしなかった。そればかりか、出自を示すペンダントをテーブルの上へと放り投げ、自らの出自を明らかにする。
 貴族であれば、そのペンダントがどんな意味を持つのかは一目でわかる代物である。階級が最下位を示しているのであってもだ。

「教国騎士団所属のグローリアです。お見知りおきを」

 グローリアは胸に手を当てて一礼をする。目の前のアルベルト元子爵以外は教国騎士団の名前を聞いた事があるだけであった。いかにも旅人の恰好をしているがその凛とした仕草が鍛えられた騎士であるとすぐにわかるほどであった。

 ”困ったなぁ”とアルベルト元子爵が頭をかきながら、イレギュラーな人事をどうするかと頭を悩ませる。彼の所有の私兵団でも、教国騎士団程の腕前を持つ者は少なく、一対一で模擬戦をすれば、ほぼその女性が勝つことが確定しているほどだ。それを我々の中でどう扱って行けば良いか、悩ましいのだ。それに加えて、彼女は”我々”とその口から発した。どう見ても後ろの五人もその中に入ると考えるべきなのか、とアルベルト元子爵はグローリアに質問をする。

「なるほど、教国騎士団所属なら見ず知らずではないか。ところで、お仲間も御一緒に?」
「ええ、そうです」

 アルベルト元子爵の質問に即座に返事をする。

「本来は彼等がアドネ領の内情を探る手伝いとして付いて来たのですが、こうなっている以上見て見ぬふりは出来ないと思いまして。それと……」
「それと?」

 アルベルト元子爵はグローリアの言葉に相槌をうつ。そして、瞬間的にグローリアの表情が先ほどにも増して固くなり、言葉を続けた。

「…私の同僚を助けて貰い、最期に一言、彼の声を聞く事が出来ました」

 涙ぐみ少し嗚咽の混じった声でアルベルト元子爵に言葉を返した。先程、泣き腫らしている為か、再び目に涙を溜めているが、流すまではしなかった。ここで流してしまったら泣き崩れてしまうのがわかっていたからである。

「そうですか、あの彼は騎士団所属でしたか。わかりました、あなた方の参加を承認しましょう。ここにいる部隊は補給部隊ですから、他の部隊と合流するまでは守備の部隊に所属していただきます。何かありますか?」

 アルベルト元子爵は獣とも戦った事のない農民よりも、訓練し対人戦に慣れている騎士を入れれば戦力の底上げを図れるのではないかと算盤そろばんを弾いた。

 私兵集団と比べても農民達は戦いに向いていない事は明白である。幾ら、農民が沢山いて数の上で有利だとしても、敵兵士一人に対し十人は必要になるかもしれない。
 そこへアルベルト元子爵の私兵よりも戦いに慣れている騎士を入れて訓練を行えば、個々の力は上がらなくても集団戦で力を発してくれるだろう、と。

「承認、ありがとうございます。厚かましいのですが、私の上司に報告を上げたいのですが、伝令の兵士をお借りできませんか?」
「早速ですか?どうしましょうか……」

 アルベルト元子爵としては、聖都へ連絡が付けられば、それだけでこちらに有利になると考えたようで伝令を送る事はやぶさかではない。だが、周囲の者達はあまり乗り気ではなかった。拠点の場所が漏れる等の懸念が脳裏をよぎるからだ。
 数的な有利は農民側が持っているが、質を問われればアドネ領軍に敵わないと言わざるを得ないのだ。
 アルベルト元子爵は質を聖都の軍を巻き込む事により補完し、有利に立ちたいと考えていた為に渡りに船と飛び付きたかった。
 そこで、教国騎士団へ実情を伝えた後に聖都へ伝わるかと質問を投げかけるのであった。

「それで、伝令を使って教国騎士団に報告をするのであれば、聖都にも今の実情が伝わると考えても良いですね」
「そのつもりです。むしろ、この状況を伝え、聖都の軍に動いて貰うべきと考えています」

 グローリアの言葉にそこにいる者達が騒めき立つ。アルベルト元子爵の思考を肯定するだけでなく、グローリアからの言質も取った。それであれば断る理由もないとニコニコ顔でグローリアに向かって受ける事を伝える。

「わかりました。教国騎士団だけでなく、聖都へ連絡が付く事を歓迎しましょう」

 アルベルト元子爵の発言にホッとした顔を見せるグローリアであった。その彼女からは、早速手紙をしたためるので、すぐにでも伝令の人選をお願いすると伝えたのだ。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 グローリアが手紙を書き上げ、人選を済ませた伝令に渡してから数時間後、その場所から北東に五十キロほどの朽ち果てた砦跡で一人の男が数千人の人の前で演説をしていた。

「私は【アレクシス=ブールデ】伯爵である。アドネ街に住む諸君に告げる。我々は何のために生きているのか、それを疑問に感じた事は無いか?私はある。何故我々だけが多大な税を払い、奴等の糧とならなくてはならないのか、と」

 アレクシス=ブールデ伯爵と名乗った男は、アドネ領に居を構える一貴族である。普段はなんてことない中流貴族を満喫し、来客や趣味の美術品集めに没頭している平々凡々な伯爵であった。アドネ領内の区画を借り受け運用して、多少の利益を上げる位が多少の楽しみだった。
 彼が気が付いた時には、領主が課す税率が四割を超えており、このままでは領民達の反感を買い、険悪なムードになりかねないと感じた。領主へは税率を下げる様に嘆願をしたが受けて貰えず無為な日々を過ごす事になった。

 税が四割とは、領主へ三割、そして管理している彼等に一割の税が入る事になる。その一割は委託料で彼等の収入でもある。残りの三割が領主へ渡り、兵士の給料や街の整備費などに当てられている。が、予算の使い方は貴族である彼にも開示されることは無かった。

 ある時、領内を視察していると領民達が集まって話し合っている場面に遭遇する。そっと聞き耳を立ててみれば、懸念した通り領主への反感を話していた。彼は顔を出すのではなくそっと屋敷へ戻り、領民が反乱をいつ起こしても良い様に整える事にした。
 沢山の武器は難しいが、食糧をある程度備蓄する場所を何か所か領内に見つけ整備した。

 それが前年の話である。
 なぜ彼が領民の味方をするのかは、今でも不思議である。領主にならい、増税に胡坐をかいて贅沢三昧をする貴族も中にいたが彼は逆であった。一応、彼の根底に贅沢が出来るのは領民がいるからだとの自負があったからだろう。

 彼はお茶会と称して貴族等の胸の内を覗くと、三分の一程が領主に不満を持ち得ているのがわかった。そこからさらに信用できる貴族と秘密裏に連絡を取り、協力を取り付けて行った。



 そして今、彼は数千のアドネ領から逃げてきた領民の前で演説をしている。数千と言うが、実際には非戦闘員も含めれば一万を超え、一万五千に近い数に膨れ上がっているが、この場にいるのは八千程度である。

 この目の前にいる彼らを纏め上げる事が出来るか、心配事は尽きないが、それよりも暗愚な税率を上げる事しか出来ない領主を倒すには今しかないと、ここに宣言するのであった。

「愚かな領主を倒すために我々は今ここに立ち上がる。我々こそがアドネ解放軍であると!!」

 演説の最後の一言を叫び終えると、彼を称える声援が響き渡った。
 まだ日差しが熱い九月、領民の、いや、アドネ解放軍の彼等の熱気は収まる気配が無い。勢いに任せてアドネの街を攻め落とせと叫ぶ声も聞こえる。

 とは言え、彼にはすぐに行動に移す気は無かった、いや、移せなかった。それは指揮官の不足である。
 農民の反乱を支援しつつアドネを住みよい街にする、または脅して屈服させる、それでよかった。だが、ここまで領民が集まり、軍として組織するまでになるとは当初の予定にはなかった。それ故の指揮官不在であった。

「さてどうするかな?」

 高い場所から熱狂する領民に手を振るアレクシス伯爵は一人毒づくのであった。それを聞いてかアレクシス伯爵の横で一挙手一投足に目を光らせる男が何事かと声を掛ける。

「伯爵、いかがしましたか?」
「いや、これからどうしたものかと思ってな」

 熱狂する領民にはアレクシス伯爵の小さな声は届かない。救うべきは領民で倒すべきは領主だと、簡単な図式が彼の目の前に現れているが、成すべき時間や人員は限られており、どの様に配置をするか悩ましい。
 とりあえずだが、アドネ領主を打倒の宣言を周囲に広めようと考え実行に移したのだ。

 熱狂的にアレクシス伯爵の名を声だかに叫ぶ領民の前から姿を消し、朽ち果てた砦に作られた簡易的な大将室へと引き上げてきた。天井はただ板で塞いで壁も朽ち果てる一歩手前、大将室と呼ぶにふさわしいかどうかはさておき、ここをアレクシス伯爵は気に入っていた。何となくだが落ち着くのであった。

「先ずだが、各拠点へ伝令を送れ。今の時点を以て、アドネ領主に対する解放軍の設立を宣言し、徹底抗戦をすると伝えよ。食料備蓄と武器を点検も忘れるなよ。それから部隊編成を急がせろ。すぐにアドネ領軍が攻めて来るぞ」

 アレクシス伯爵は次々と側近に指示を出し始め、各拠点への指示や砦での部隊編成と守備の作戦、そして、非戦闘員の他拠点、特に川向うにある砦跡への移動を命じた。何となくだがこの朽ちた砦跡は守りにくいと感じていた。事実、この砦はアドネの街を守るための出城的な意味合いが強く、北東側、つまりはアドネの街の方向は守りが薄く作られている。

(さて、アドネから斥候が出ているはずだが、何時、攻め込まれるかは神のみぞ知る、か?)

 指示を出し終えたアレクシス伯爵は大将室で今後の戦略を胸の内に描くのであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 アレクシス伯爵が大勢の領民の前で演説をした翌日の朝の事であった。ここアドネの街の南西門に一騎の騎馬が到着し、急ぎ領主へ報告する事があると叫んだ。今のアドネの街には出国禁止令が出ており、すべての門が閉じられていた為に叫ばざるを得なかったのだ。

 城壁の上から門番が覗けば、徽章を掲げたアドネ領の兵士の姿が見られ、街の中へと誘導する。
 そして、街内に入った騎馬からは驚くべきことが伝えられたのである。その事は現場指揮の兵士長から箝口令が引かれると共に、即座に領主であるアンテロ=フオールマン侯爵へと伝えられるべく、走り来て疲れている兵士と共に、領主館へと向かった。

 門番の兵士がすでに到着していたため、その兵士が疲れた顔をして領主館へとたどり着くと、その脇を支えられアンテロ=フオールマン侯爵の下へと連れて行かれた。

「一応報告は聞いたが、もう一度お主の口からこの場にいる全ての者へ現状を報告せよ」

 アンテロ侯爵は、自らの他に数人の配下の者がいる領主謁見の間で、その兵士に向かって命じた。疲れてそれどころではないとの顔をしているが、領主の命令を聞き、最後の力を振り絞って出せる最大の声で叫んだ。

「申し上げます。アレクシス伯爵を大将として、農民の反乱軍が蜂起しました。主力はここより南東の朽ち果てた砦で、約八千ほどの領民で立て籠っております」
「良く申した。下がって十分に疲れを癒すがよい」

 言うが早いか、兵士はアンテロ侯爵の言葉を聞く前に、その場へと倒れ込んでしまった。そして、兵士を付き添いしていた者達が脇に抱えて領主の前から連れて行った。

「さてと。皆の者よ、聞いた通りである。これからどうすれば良いか、意見があれば申してみよ」

 先程の兵士が出て行き、静寂が戻った領主謁見の間である。アンテロ侯爵以外は数人の頼りに部下しかいない。

 まず、兵士を統括する、兵士統括のミルカ。身長百七十センチほどで刃渡り百五十センチもある両手剣を使う。
 次に、斥候や特殊部隊を統括するヴェラ。身長百六十センチで顔の左半分がただれている。逆の右側が非常に美人であるために残念に思う異性が多すぎた。
 三番目はヴェラの懐刀として動くファニー。身長百六十五センチ程で黄色い髪が印象的な女性である。剣の腕はヴェラよりも上である。
 最後はアンテロ侯爵の懐刀とも目されている、アーラス教の司教、【ジャンピエロ】司教である。

「良いタイミングではございませんか?」

 真っ先に口を開いたのはアーラス教のジャンピエロ司教だった。アンテロ侯爵が試案で悩むと最後に相談する相手である。その胸の内で何を考えているか、誰もが疑惑の目を向けてる人物でもある。
 そのジャンピエロ司教が真っ先に口を開いたのだ。誰もがその言動に身構えるのであった。

「何が良いタイミングなのだ?」
「ヒュドラの剣も手に入れ象徴も手に入れた。そして、軍を動かす大義名分も手に入れた。何より、屈強な兵士を手に入れた。ここまでお膳立てが整っていて、何を躊躇するのですか?今、まさに今ですよ。国を切り取り自らの国を手に入れる機会は!」

 ジャンピエロ司教は絶対的な自信の下に言い放った。
 税率を上げ、自らに従う兵士を整え、そして武器をそろえた。そのうえで反乱を起こした領民を駆逐し、自らの領地のみならず、隣接する領地をも攻め落とし、アーラス神聖教国北部に自らの国を興す。その後は力を蓄え、大陸をすべて自らの支配下に治める。その野望を今こそ実行すべきであると。

「そうだな、今がその機会か。それではミルカよ、どの様に攻めるべきかもう計画は出来ているのだろう?」

 ジャンピエロ司教とは昔ながらの腐れ縁である。会う度に自らの野望を語り合った二人は胸の内に何を考えているか、ある程度はわかっている。そのうえで、配下であるミルカも交えて野望を話し合ったりもした。その、青写真を実現するべくミルカは思考していたのだ。

「今、我が領地で動かせる軍は一万程です。領民共には二千もあれば十分でしょう。後の八千は隣のカタナの街へと向かえばそう時間もかからずに今なら落とす事が可能です」

 自信に満ちたミルカの声を、目を細めて満足げに聞くアンテロ侯爵。

「その後、領民共を駆逐した二千とカタナの街を落とした八千と合流し、カタナの軍を合計した一万余の軍で南下、アルビヌムを陥落させれば野望も成しえる事でしょう。ですが……」

 ミルカは一度、言葉を止める。机上演習では幾度となく陥落させた二つの街である。彼の目には二つの街が陥落する光景がありありと映し出されている。だがそれは、あくまでも机上演習であり、予期せぬ出来事も考慮しなければならない。

「領民共に苦戦を強いれば計画は瓦解し、聖都からの軍が駆け付け、アドネ、カタナの二領を守る事も困難になります」

 予測の範囲外の事が起これば、計画通りに進まぬとの警告であった。領民共だけを相手にするのか、それともこの機に乗じ野望を推し進めるのか、アンテロ侯爵の考え一つになったのだ。

「わかった。我が野望を成就させるには今が機会だな。ミルカよ、軍の編成を急がせろ。二日後に計画を実行に移せ!」
「畏まりました」

 ニヤリとほくそ笑むアンテロ侯爵と、心労が溜まりつつあるミルカの二人を中心にして直ちにアドネ領軍を動かす準備が始まるのであった。

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