奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第二十四話 アーラス教の訪問行事、開催を控えて
「ねぇ、街の大聖堂にアーラス神聖教国から司教が来るって本当?」
八月に入ったとある日の事である。クルトの店はヒュドラ騒動後から、働き詰めだった事もあり、数日の休店日としていた。そして、リフレッシュの為にダニエルやクルト夫妻をはじめ、ヒュドラの装備作りの依頼やお店を警備していたエゼルバルド達でノルエガの街近辺にある海水浴リゾートへと来ていた。
まだ日は高くまで昇っていないが、気温は暑いを通り越して、熱いと表現しても良い程に上がり、海水が気持ち良く思えた。その海水もかなりの温度になっているので、生ぬるいと感じてしまうほどだった。
そんな中、水をバシャバシャとエゼルバルドに掛けながら前日に入手した情報をヒルダは話していた。何時の間に買ったのかと、白と赤のストライプのビキニを着てはしゃいでいる。
ヒルダもエゼルバルドも、アーラス教の司教がどんな行動を取ろうと関係無いと無視したかったが、ダニエルが出品するオークションに関わるとなれば、それが誰であれ興味を持つに至るのだった。
「本当らしいね。今更来て祈願とか祈祷とか意味あるのかね?しかも明日だよ」
噂ではなく、教会からの正式な発表である為に疑いようがないのだ。
その内容は、百数十年ぶりに歴史の表舞台に出て来たヒュドラの死に対して、感謝と追悼の意を唱えるとある。それであれば常に動物の死に追悼の意を常に唱えているか、と言われるであろうが、アーラス教がその様な事をしている事実は無いのだ。だから、何故ヒュドラだけ特別に追悼行事を行うのか不思議と思うのだ。
「ウチ達にはあまり関係なさそうね。単純に入信する信徒が少なくなったからその宣伝もあるんでしょうね」
前から見ると、おとなしめの赤いワンピースと見えるが、バックスタイルは大胆なビキニと見える水着を着ているアイリーンが答える。
見た目には信徒の数は減ってはいないが、統計を取ればアーラス神聖教国以外では減り続けている信徒獲得に向かうのは当然であろう。だが、ここまで露骨に宣伝するのは、何かのっぴきならない理由がある可能性も捨てきれない。もしかしたら、理由もなしに減っているなら宣伝して増やそうと思っているだけかもしれないが。
「私達はオークションが行われれば、特に何も言うことは無いですよね。騒動前に、私はエルフの里に帰ろうかとも思ってますけどね」
緑のひらひらスカート付きのワンピースを着ているエルザの言う通り、エゼルバルド達はダニエルが出品したオークションが成功すればそれで良いのだ。アーラス神聖教国の司教が出て来ようが、どうでも良かった。
それよりもエルザがエルフの里に帰ると言った方に皆が驚きを隠せなかった。
「え、エルザ帰っちゃうの?」
「ええ、目的の杖も戻ってきましたし、エルフの里に帰るにはこのノルエガから船が出てますからね。夏が終わったら、海が荒れる前に帰ろうかと考えてました」
夏が終わったらとの事でもうしばらくは一緒にいる事がわかり、ホッとしているヒルダとアイリーンであった。
「そろそろお昼にしようか~!」
砂浜のパラソルの下、広げたテーブルの上に持参した昼食を並べ始める。久しぶりの休日で旦那とイチャイチャしているローゼが、せっせと働く姿に、何時仕事を休んでいるのだろうと心配になる。
前日から用意していたサンドイッチは並べる側から食欲旺盛なエゼルバルド達が持って行ってしまい、すぐにテーブルから姿を消す様は作った方からすればスカッとして、気持ちが良かった。
「ローゼさんも海に入ればいいのにね」
息抜きも大切なんだからと話すヒルダ。海にいて旦那とイチャイチャ出来る事が息抜きになっているとは言いづらいと頷くだけにして、曖昧に返す。
アイリーンより、少し年上であるが、鍛冶師の手伝いなどをしているために彼女の体は締まっていて、同性の誰から見ても歳相応に見えないほど綺麗であった。おまけに、着ている紺色のチューブトップのビキニがまた色気を出していた。
「そう言えば、ダニエル師はアーラス教の司教が来る事はどう思ってますか?」
サンドイッチを頬張るエゼルバルドが、祈祷に来る司教についてダニエルに尋ねた。最終的にオークションの儲けはエゼルバルド達が貰うのだが、その剣と盾を作ったのはダニエルであるのだ。
宗教色に染めて欲しくないと思っているとエゼルバルドは考えていたが、ダニエルの考えは少し違っていた。
「祈祷がどうのと儂は知らん。ただ、高く売れてくれれば儂達に入ってくる金が増えるからそれがいいのぉ。そうすればまた好きな物を作れるしな。そのアーラス教とやらが邪魔をしてくるのであれば、こちらも手を考えなければなるまいが、こちらには何の問い合わせも無い。心配しなくてもいいだろう」
ダニエル的には宗教は関係なかった様だ。どんどんと吊り上がる入札金額を思うダニエルの顔はニヤケている。儲けて貯めるではなく、好きな物を作れる手段となっていた様だ。
「オレはもうちょっと遊んでくるよ。ヒルダ、行こう!」
エゼルバルドはヒルダの手を握りしめて、波打ち際へと熱い砂の上を走って行った。
「私は今回のアーラス教ですが、動きが少しばかり不自然に感じているんですよ」
ビーチベッドの上で寝そべりながら、海の水で冷やしてある紅茶をチビチビと口に運んでいるスイールが一人呟く。
「また始まったなこの男のひねくれ話が」
先ほどまで酒を飲んで、大鼾で寝ていたヴルフが、彼の話に茶々を入れ始める。だが、突拍子もない事であってもその話を聞くに一理あると彼は知っているので、口は悪いが表情は至って真面目である。特に眼光鋭く、何物も聞き逃さないとする態度はまさに一流のすごさがある。
言葉ではお茶らけているが、スイールの話を聞くのはヴルフの態度は好印象であった。
「まあ、そういわずに聞いてくれますか?」
「おお、すまんな。酒も切れたからしばらくは付き合うぞ」
「儂も良いかな」
「ええ、歓迎します」
イチャイチャしているクルトとローゼの夫婦をそっちのけで、スイールの話をヴルフとダニエルはパラソルの影で耳を傾けるのであった。
「先程チラッとヒルダが口にしていたが、信徒を集めるとありましたね。それが一応の正解だと思います。それが、何の計画も無しに動く事は無いだろうと思っています。ちなみに、信徒を集めて行う事って、何を思いつきますか?」
ただ単純に人を集めるのではなく、何かの目標に向かって集めると、何が出来るかとの問である。アーラス教の神を信仰する信徒を集めて何をするのか、だ。
「人を集めると言えば、戦争が一番だな?」
ヴルフが知っている限りであればと、条件を付けて無難な答えを口にする。
「と、考えるのが我々、トルニア王国など他国に住む者達なのですよ。ではこの国、ルカンヌ共和国の政治形態はご存知ですか?」
「街に住む住民から選出される代表が政治を執る、いわゆる民主議会制だな。代表も住民投票で選ばれる」
この国に長く住むダニエルは平然と答える。
自由商業都市ノルエガを有するルカンヌ共和国の政治は、ダニエルが口にした通りで選挙による代表を選出する民主議会制を取る事は有名である。エゼルバルドやヒルダであれば学校の勉強で習ったと口に出すであろう。
利点は住民の意思が反映されやすい事であるが、逆に言えば統一された考えや迅速に事が運ばない等の欠点を持っている。それよりもスイールはもっと重要な欠点があると指摘する。
「その代表と議会の半分以上をアーラス教の信徒が占めてしまったらどうなるでしょうか?住民の意見を反映せずにアーラス神聖教国の意見が反映されてしまう事になります。そうすれば国ではなく、アーラス神聖教国の傀儡と成り果てるでしょう」
なるほどなと頷くヴルフと違い、ダニエルの顔には全く異なった表情が浮かんでいた。
「だが、それは無いな」
スイールの言葉をダニエルは否定しさらに言葉を続ける。
「それは昔から言われてた事だ。アーラス神聖教国の、ディスポラ帝国の、トルニア王国の、どこかの傀儡になったらどうするって。今現在、何処の国の傀儡にもなっていない事を考えればそれがうまく機能しているって事だ」
「それに、この国の人々が信じているのはお金様だ。アーラスの神がお金様よりも上になることは無い、アーラス教に入信する人は少ないであろう。良い所に目を付けたが、ここルカンヌ共和国は自由を信奉する国じゃ、そこを忘れんでくれよ」
久しぶりにスイールの予想は大外れになってしまった。何年ぶりの外れ予想かと落ち込むかと思いきや、これしきの事で沈むスイールでは無かった。外れた根拠を聞く事ができ、その他の予想につかえる事が何よりもうれしかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「楽しかったね~」
「でも、いい男はいなかったけどね」
海辺からクルトの店へと帰る途中、思い切り遊んで肌を真っ赤にしていたヒルダとアイリーンが声をかけ合う。遊んでいたのはエゼルバルドやエルザも同じであった。特にエルザはフクロウのコノハを上手く誘導し、海の魚を掴ませたり、流れて来た木の枝などを投げて掴ませるなど、遊びを開発していた。残念なのは何のガードも無い左肩に何度が乗られ、コノハの爪が肌に食い込み、何度か血だらけになっていた事だ。そのたびにヒルダが魔法で回復していたが、血だらけになった姿は少しだけ気味が悪かったと言えよう。
「変な暴漢に襲われるとか、なくてよかったよかった」
「エゼルと一緒にいるのにナンパしてくる馬鹿はいたけどね。返り討ちにしてやったけど」
「そのナンパもウチに来ないのは何で?」
さすがにアイリーンの発言に返す言葉も見つからず、皆黙り込む。それは派手な水着で声を掛けて良いかわからぬからよと告げたいが、誰もが口を閉ざし、寂しく帰り路を進むのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日が沈んだ頃、ノルエガの大聖堂に一人の司教とその付き人が一人が訪ねて来た。
「これはこれは大司教殿、遠い所をわざわざお越しいただきありがとうございます。我が大聖堂も高位の司教をお呼び出来て光栄の至りです」
その後も幾つかの言葉を交わすと、長旅で疲れているので休ませてほしいと言われ、用意してあった部屋へと案内した。そして、出て来た質素な食事を済ませると就寝すると言い放ち、その日はベッドで休むのであった。
それからしばらくの後、大聖堂の大部分が寝静まったころ、その大司教の部屋にオレンジ色の光が小さく灯ったのである。
「いつもの格好でなく申し訳ないが、あと数日は我慢してくれ」
「任務中は様々な服を着る事があるから、気にする必要はない。今回の任務はお前の補佐と護衛と、目的の物を持ち帰る事だからな」
二人の間には怪しげな会話が次々となされていく。司教の付き人は、今まで着ていた白っぽいアーラス教の服を脱ぐと、着慣れた黒ずくめの服に着替える。
「では、しばしのお別れを。あと、部屋には誰も入れないように」
「わかっている。先に寝ているからな」
片手を上げて無言で挨拶をすると、黒ずくめの男は部屋から出て、音も無く何処かへ消えて行った。
(敵に回したくないものだな)
大司教はオレンジ色の光を消すとそのままベッドにもぐりこみ、明日のためと、旅の疲れを癒すのであった。
大司教の泊まる部屋から出た黒ずくめの男は、大聖堂の中を縦横無尽に走り回る。音の出にくい黒いブーツに、少しの音も出ない黒い軽革鎧。何よりも特徴的なのがその身に羽織っている黒い外套であろう。
大司教の部屋は大聖堂の上階にあり、かなりの高所にある。そこから階段を下るのであるが所々に残してある灯りに、黒ずくめの男が黒い影となって映し出されるが、素早く通り過ぎるために誰も目にすることは無かった。尤も、信徒が寝ているこの時間に見る者など見張り以外存在しないのだが。
欠伸が出そうな廊下を暗がりに慣れている目で見つめながら、大聖堂の中を下見し、頭の中で地図を作成する。
祭壇のある礼拝所に入り、翌日搬入される場所をその目で見定めていく。祭壇の前が目的の物が置かれる場所だ。そこから辺りを見渡し、次の場所へ移る。
隣の部屋は司教などが待機する小さな部屋である。特筆すべき場所では無い質素な部屋で、先ほどの祭壇のある大広間と比べてしまうと全く違う建築家が設計したのではないかと疑ってしまう程だ。
だが、この部屋こそ、黒ずくめの男の目的場所である。容易に大聖堂の中庭に出る事もでき、外から侵入もしやすい。何より、部屋は天井が低く、端から上がれる天井裏が存在する事が良かった。天井自体はそれほど丈夫では無いが、人ひとりならば乗っても壊れ落ちる事は無いだろう。その開口部が十分な広さを持っているとわかり、確認は無事に終了する。
(さて、下見はこの位で良しとするか。すべての仕掛けは明日だな)
黒ずくめの男は暗闇の中でニヤリと笑いを浮かべ、自らに割り当てられた部屋へと急ぎ戻る。だが、ここで思わぬ事が起こっていた。
黒ずくめの男の行動はこの部屋に入ってから、大聖堂を守る衛兵にこっそりと見られていたのだ。
寝静まった大聖堂の中で唯一起きている存在と思っていた黒ずくめの男、自らの部屋に帰る道すがら、自分に向けられた目がある事に気が付いた。
このまま部屋に戻ったとしても要らぬ嫌疑を掛けれてしまう可能性がある。かと言って、黒く怪しい恰好は、怪しまれるに違いない。それに、軽装とは言え、革鎧も着て戦闘態勢を取っている事もある。
と、男が見たのは倉庫であった。そこを開いてみれば、教会での信者や司教が着るアーラス教の礼拝着が数多く納められていた。その中から一着拝借し、革鎧の上から羽織る事が出来た。
本来であれば殺して仕舞うのが手っ取り早いのだが、今回の仕事について殺しをしてしまえば行動に制限が出る可能性があった。
そして、倉庫から出てしばらく歩くと、衛兵とばったり会う事になった。
「おや、こんな時間に何処へ行かれたのですか?」
「こんな大聖堂に泊まる事など今まで無かったので、寝付けなくて中を見て回っていたのです。そろそろ疲れたので部屋に帰り寝る所だったのです」
「私はまだ見回りが残っています。暗い中、気をつけて部屋にお戻りください。何者かがいる可能性もありますので」
と、一礼をして衛兵は何処かへ行ってしまった。
(見つかったがオレの行動はわからないはず。大丈夫だ)
黒ずくめの男はゆっくりとした動きで、自らの部屋に戻り、眠りに就くのであった。
八月に入ったとある日の事である。クルトの店はヒュドラ騒動後から、働き詰めだった事もあり、数日の休店日としていた。そして、リフレッシュの為にダニエルやクルト夫妻をはじめ、ヒュドラの装備作りの依頼やお店を警備していたエゼルバルド達でノルエガの街近辺にある海水浴リゾートへと来ていた。
まだ日は高くまで昇っていないが、気温は暑いを通り越して、熱いと表現しても良い程に上がり、海水が気持ち良く思えた。その海水もかなりの温度になっているので、生ぬるいと感じてしまうほどだった。
そんな中、水をバシャバシャとエゼルバルドに掛けながら前日に入手した情報をヒルダは話していた。何時の間に買ったのかと、白と赤のストライプのビキニを着てはしゃいでいる。
ヒルダもエゼルバルドも、アーラス教の司教がどんな行動を取ろうと関係無いと無視したかったが、ダニエルが出品するオークションに関わるとなれば、それが誰であれ興味を持つに至るのだった。
「本当らしいね。今更来て祈願とか祈祷とか意味あるのかね?しかも明日だよ」
噂ではなく、教会からの正式な発表である為に疑いようがないのだ。
その内容は、百数十年ぶりに歴史の表舞台に出て来たヒュドラの死に対して、感謝と追悼の意を唱えるとある。それであれば常に動物の死に追悼の意を常に唱えているか、と言われるであろうが、アーラス教がその様な事をしている事実は無いのだ。だから、何故ヒュドラだけ特別に追悼行事を行うのか不思議と思うのだ。
「ウチ達にはあまり関係なさそうね。単純に入信する信徒が少なくなったからその宣伝もあるんでしょうね」
前から見ると、おとなしめの赤いワンピースと見えるが、バックスタイルは大胆なビキニと見える水着を着ているアイリーンが答える。
見た目には信徒の数は減ってはいないが、統計を取ればアーラス神聖教国以外では減り続けている信徒獲得に向かうのは当然であろう。だが、ここまで露骨に宣伝するのは、何かのっぴきならない理由がある可能性も捨てきれない。もしかしたら、理由もなしに減っているなら宣伝して増やそうと思っているだけかもしれないが。
「私達はオークションが行われれば、特に何も言うことは無いですよね。騒動前に、私はエルフの里に帰ろうかとも思ってますけどね」
緑のひらひらスカート付きのワンピースを着ているエルザの言う通り、エゼルバルド達はダニエルが出品したオークションが成功すればそれで良いのだ。アーラス神聖教国の司教が出て来ようが、どうでも良かった。
それよりもエルザがエルフの里に帰ると言った方に皆が驚きを隠せなかった。
「え、エルザ帰っちゃうの?」
「ええ、目的の杖も戻ってきましたし、エルフの里に帰るにはこのノルエガから船が出てますからね。夏が終わったら、海が荒れる前に帰ろうかと考えてました」
夏が終わったらとの事でもうしばらくは一緒にいる事がわかり、ホッとしているヒルダとアイリーンであった。
「そろそろお昼にしようか~!」
砂浜のパラソルの下、広げたテーブルの上に持参した昼食を並べ始める。久しぶりの休日で旦那とイチャイチャしているローゼが、せっせと働く姿に、何時仕事を休んでいるのだろうと心配になる。
前日から用意していたサンドイッチは並べる側から食欲旺盛なエゼルバルド達が持って行ってしまい、すぐにテーブルから姿を消す様は作った方からすればスカッとして、気持ちが良かった。
「ローゼさんも海に入ればいいのにね」
息抜きも大切なんだからと話すヒルダ。海にいて旦那とイチャイチャ出来る事が息抜きになっているとは言いづらいと頷くだけにして、曖昧に返す。
アイリーンより、少し年上であるが、鍛冶師の手伝いなどをしているために彼女の体は締まっていて、同性の誰から見ても歳相応に見えないほど綺麗であった。おまけに、着ている紺色のチューブトップのビキニがまた色気を出していた。
「そう言えば、ダニエル師はアーラス教の司教が来る事はどう思ってますか?」
サンドイッチを頬張るエゼルバルドが、祈祷に来る司教についてダニエルに尋ねた。最終的にオークションの儲けはエゼルバルド達が貰うのだが、その剣と盾を作ったのはダニエルであるのだ。
宗教色に染めて欲しくないと思っているとエゼルバルドは考えていたが、ダニエルの考えは少し違っていた。
「祈祷がどうのと儂は知らん。ただ、高く売れてくれれば儂達に入ってくる金が増えるからそれがいいのぉ。そうすればまた好きな物を作れるしな。そのアーラス教とやらが邪魔をしてくるのであれば、こちらも手を考えなければなるまいが、こちらには何の問い合わせも無い。心配しなくてもいいだろう」
ダニエル的には宗教は関係なかった様だ。どんどんと吊り上がる入札金額を思うダニエルの顔はニヤケている。儲けて貯めるではなく、好きな物を作れる手段となっていた様だ。
「オレはもうちょっと遊んでくるよ。ヒルダ、行こう!」
エゼルバルドはヒルダの手を握りしめて、波打ち際へと熱い砂の上を走って行った。
「私は今回のアーラス教ですが、動きが少しばかり不自然に感じているんですよ」
ビーチベッドの上で寝そべりながら、海の水で冷やしてある紅茶をチビチビと口に運んでいるスイールが一人呟く。
「また始まったなこの男のひねくれ話が」
先ほどまで酒を飲んで、大鼾で寝ていたヴルフが、彼の話に茶々を入れ始める。だが、突拍子もない事であってもその話を聞くに一理あると彼は知っているので、口は悪いが表情は至って真面目である。特に眼光鋭く、何物も聞き逃さないとする態度はまさに一流のすごさがある。
言葉ではお茶らけているが、スイールの話を聞くのはヴルフの態度は好印象であった。
「まあ、そういわずに聞いてくれますか?」
「おお、すまんな。酒も切れたからしばらくは付き合うぞ」
「儂も良いかな」
「ええ、歓迎します」
イチャイチャしているクルトとローゼの夫婦をそっちのけで、スイールの話をヴルフとダニエルはパラソルの影で耳を傾けるのであった。
「先程チラッとヒルダが口にしていたが、信徒を集めるとありましたね。それが一応の正解だと思います。それが、何の計画も無しに動く事は無いだろうと思っています。ちなみに、信徒を集めて行う事って、何を思いつきますか?」
ただ単純に人を集めるのではなく、何かの目標に向かって集めると、何が出来るかとの問である。アーラス教の神を信仰する信徒を集めて何をするのか、だ。
「人を集めると言えば、戦争が一番だな?」
ヴルフが知っている限りであればと、条件を付けて無難な答えを口にする。
「と、考えるのが我々、トルニア王国など他国に住む者達なのですよ。ではこの国、ルカンヌ共和国の政治形態はご存知ですか?」
「街に住む住民から選出される代表が政治を執る、いわゆる民主議会制だな。代表も住民投票で選ばれる」
この国に長く住むダニエルは平然と答える。
自由商業都市ノルエガを有するルカンヌ共和国の政治は、ダニエルが口にした通りで選挙による代表を選出する民主議会制を取る事は有名である。エゼルバルドやヒルダであれば学校の勉強で習ったと口に出すであろう。
利点は住民の意思が反映されやすい事であるが、逆に言えば統一された考えや迅速に事が運ばない等の欠点を持っている。それよりもスイールはもっと重要な欠点があると指摘する。
「その代表と議会の半分以上をアーラス教の信徒が占めてしまったらどうなるでしょうか?住民の意見を反映せずにアーラス神聖教国の意見が反映されてしまう事になります。そうすれば国ではなく、アーラス神聖教国の傀儡と成り果てるでしょう」
なるほどなと頷くヴルフと違い、ダニエルの顔には全く異なった表情が浮かんでいた。
「だが、それは無いな」
スイールの言葉をダニエルは否定しさらに言葉を続ける。
「それは昔から言われてた事だ。アーラス神聖教国の、ディスポラ帝国の、トルニア王国の、どこかの傀儡になったらどうするって。今現在、何処の国の傀儡にもなっていない事を考えればそれがうまく機能しているって事だ」
「それに、この国の人々が信じているのはお金様だ。アーラスの神がお金様よりも上になることは無い、アーラス教に入信する人は少ないであろう。良い所に目を付けたが、ここルカンヌ共和国は自由を信奉する国じゃ、そこを忘れんでくれよ」
久しぶりにスイールの予想は大外れになってしまった。何年ぶりの外れ予想かと落ち込むかと思いきや、これしきの事で沈むスイールでは無かった。外れた根拠を聞く事ができ、その他の予想につかえる事が何よりもうれしかったのだ。
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「楽しかったね~」
「でも、いい男はいなかったけどね」
海辺からクルトの店へと帰る途中、思い切り遊んで肌を真っ赤にしていたヒルダとアイリーンが声をかけ合う。遊んでいたのはエゼルバルドやエルザも同じであった。特にエルザはフクロウのコノハを上手く誘導し、海の魚を掴ませたり、流れて来た木の枝などを投げて掴ませるなど、遊びを開発していた。残念なのは何のガードも無い左肩に何度が乗られ、コノハの爪が肌に食い込み、何度か血だらけになっていた事だ。そのたびにヒルダが魔法で回復していたが、血だらけになった姿は少しだけ気味が悪かったと言えよう。
「変な暴漢に襲われるとか、なくてよかったよかった」
「エゼルと一緒にいるのにナンパしてくる馬鹿はいたけどね。返り討ちにしてやったけど」
「そのナンパもウチに来ないのは何で?」
さすがにアイリーンの発言に返す言葉も見つからず、皆黙り込む。それは派手な水着で声を掛けて良いかわからぬからよと告げたいが、誰もが口を閉ざし、寂しく帰り路を進むのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日が沈んだ頃、ノルエガの大聖堂に一人の司教とその付き人が一人が訪ねて来た。
「これはこれは大司教殿、遠い所をわざわざお越しいただきありがとうございます。我が大聖堂も高位の司教をお呼び出来て光栄の至りです」
その後も幾つかの言葉を交わすと、長旅で疲れているので休ませてほしいと言われ、用意してあった部屋へと案内した。そして、出て来た質素な食事を済ませると就寝すると言い放ち、その日はベッドで休むのであった。
それからしばらくの後、大聖堂の大部分が寝静まったころ、その大司教の部屋にオレンジ色の光が小さく灯ったのである。
「いつもの格好でなく申し訳ないが、あと数日は我慢してくれ」
「任務中は様々な服を着る事があるから、気にする必要はない。今回の任務はお前の補佐と護衛と、目的の物を持ち帰る事だからな」
二人の間には怪しげな会話が次々となされていく。司教の付き人は、今まで着ていた白っぽいアーラス教の服を脱ぐと、着慣れた黒ずくめの服に着替える。
「では、しばしのお別れを。あと、部屋には誰も入れないように」
「わかっている。先に寝ているからな」
片手を上げて無言で挨拶をすると、黒ずくめの男は部屋から出て、音も無く何処かへ消えて行った。
(敵に回したくないものだな)
大司教はオレンジ色の光を消すとそのままベッドにもぐりこみ、明日のためと、旅の疲れを癒すのであった。
大司教の泊まる部屋から出た黒ずくめの男は、大聖堂の中を縦横無尽に走り回る。音の出にくい黒いブーツに、少しの音も出ない黒い軽革鎧。何よりも特徴的なのがその身に羽織っている黒い外套であろう。
大司教の部屋は大聖堂の上階にあり、かなりの高所にある。そこから階段を下るのであるが所々に残してある灯りに、黒ずくめの男が黒い影となって映し出されるが、素早く通り過ぎるために誰も目にすることは無かった。尤も、信徒が寝ているこの時間に見る者など見張り以外存在しないのだが。
欠伸が出そうな廊下を暗がりに慣れている目で見つめながら、大聖堂の中を下見し、頭の中で地図を作成する。
祭壇のある礼拝所に入り、翌日搬入される場所をその目で見定めていく。祭壇の前が目的の物が置かれる場所だ。そこから辺りを見渡し、次の場所へ移る。
隣の部屋は司教などが待機する小さな部屋である。特筆すべき場所では無い質素な部屋で、先ほどの祭壇のある大広間と比べてしまうと全く違う建築家が設計したのではないかと疑ってしまう程だ。
だが、この部屋こそ、黒ずくめの男の目的場所である。容易に大聖堂の中庭に出る事もでき、外から侵入もしやすい。何より、部屋は天井が低く、端から上がれる天井裏が存在する事が良かった。天井自体はそれほど丈夫では無いが、人ひとりならば乗っても壊れ落ちる事は無いだろう。その開口部が十分な広さを持っているとわかり、確認は無事に終了する。
(さて、下見はこの位で良しとするか。すべての仕掛けは明日だな)
黒ずくめの男は暗闇の中でニヤリと笑いを浮かべ、自らに割り当てられた部屋へと急ぎ戻る。だが、ここで思わぬ事が起こっていた。
黒ずくめの男の行動はこの部屋に入ってから、大聖堂を守る衛兵にこっそりと見られていたのだ。
寝静まった大聖堂の中で唯一起きている存在と思っていた黒ずくめの男、自らの部屋に帰る道すがら、自分に向けられた目がある事に気が付いた。
このまま部屋に戻ったとしても要らぬ嫌疑を掛けれてしまう可能性がある。かと言って、黒く怪しい恰好は、怪しまれるに違いない。それに、軽装とは言え、革鎧も着て戦闘態勢を取っている事もある。
と、男が見たのは倉庫であった。そこを開いてみれば、教会での信者や司教が着るアーラス教の礼拝着が数多く納められていた。その中から一着拝借し、革鎧の上から羽織る事が出来た。
本来であれば殺して仕舞うのが手っ取り早いのだが、今回の仕事について殺しをしてしまえば行動に制限が出る可能性があった。
そして、倉庫から出てしばらく歩くと、衛兵とばったり会う事になった。
「おや、こんな時間に何処へ行かれたのですか?」
「こんな大聖堂に泊まる事など今まで無かったので、寝付けなくて中を見て回っていたのです。そろそろ疲れたので部屋に帰り寝る所だったのです」
「私はまだ見回りが残っています。暗い中、気をつけて部屋にお戻りください。何者かがいる可能性もありますので」
と、一礼をして衛兵は何処かへ行ってしまった。
(見つかったがオレの行動はわからないはず。大丈夫だ)
黒ずくめの男はゆっくりとした動きで、自らの部屋に戻り、眠りに就くのであった。
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