奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十七話 ちびっ子戦隊

「天は見捨てても、僕達は見捨てない」
「この街は私達が守る」
「それが!!」
「僕達!」
「私達の!」
「「使命なのだから!!」」


 少年少女の六人はエゼルバルド達に向かい、それぞれが決めたセリフを叫ぶと動物をモチーフにしたポーズを取る。少年たちのバックに爆発のイメージを見ている人達の脳裏に焼き付けるが、それが何故なのかはわからなかった。
 少年達が自ら考えたのであろう事は良くわかるが、エゼルバルド達からすればあまり格好の良いものではなかった。それでも、決め台詞や練習したポーズなどは評価に値すると拍手を贈る。


「お~、良く練習してるな~」
「うん、良かったよ。がんばってるね」
「ウチは良くわからないけど、練習した事に花丸あげるわ」


 一言ずつ感想を言いながら、エゼルバルド達は拍手を贈る。スラム街の三人もそれにつられて拍手をして、六人からの拍手で少しばかり豪華な拍手となった。


「こら~!おちょくるのもいい加減にしろ!それより、後ろの三人を放せ!これは命令だ!」


 少年の一人がエゼルバルドを差し、大声で叫ぶ。恐らく真ん中に陣取っているのでリーダーなのだと思うが、背が一番小さい所はご愛嬌だろう。
 指を向けられたエゼルバルドは、手を振って少年の言葉を否定する。


「おちょくってもいないし、後ろの三人は迷惑料も払っているし、拘束もしてないし。放せと言われても元々自由だし……」
「フン、しらを切るつもりでも私達の目は誤魔化せないわ。その人達もそうだけど、連れてった人を返しなさい!」


 少年の隣でサブリーダーの少女も声を上げる。少年少女達と話をしたいのだが、まったく話が進まない、いや、話がかみ合わないなと呆れるばかり。少年たちに”ちょっと待ってて”と言うと、一緒にいるスラム街の三人と話をする事にした。


「アレ、なんだ?お前たちで説得できないか?」
「う~ん、難しいかな。自分達の言葉が通じない相手は全て敵と思ってるから。叩きのめしちゃっていいよ」
「はぁ~。それじゃ、怪我だけはさせない様に頑張るよ」


 溜息を吐き、ブロードソードを鞘ごと握ると、少年達に向い声を掛ける。早く終わりにして三人から話を聞きたかったので、さっさと終わらせようと心に決めたのだ。


「さて、オレに勝ったらすぐに出ていくよ。さぁ、かかってきな」


 少年達は一度、顔を見合わせ、申し合わせたように棒切れを振り上げエゼルバルドを倒そうと走り込んでくる。我先にと体力に余裕のある少年達三人が真っ先にエゼルバルドに到達し、振り上げた棒切れを振り下ろす。
 だが、子供で訓練していない動きでは適うわけもなく、素早い剣捌きで棒切れを軽く弾きながら、左手の人差し指をはじいて少年達の額に指を当てていく。
 あっという間に三人の少年が額を押さえうずくまると、間髪を入れずに少女達がエゼルバルドに襲い掛かる。少年たちよりも腕力に劣る少女達に鋭い振り下ろしなど出来る訳も無く、少年たちと同じように棒切れを弾かれ、額にペチッと一発ずつ当てられるのであった。


「まったく、喧嘩は相手を見てからするんだぞ。酷い相手だったら殺されているはずだからな」


 いつも剣を振るって訓練しているエゼルバルドが、指を弾いて額に当てた遊びのような攻撃であるが、少年少女達の心に大きな衝撃を与えた。
 剣で切り殺されるかもしれないと内心で自覚したが、攻撃は全て躱され、遊びの様に額を”ペチッ”と弾かれたのだ。
 その時点であまりにも開きすぎた実力差を認めざるを得ない状況だった。


 少年達が見上げるそこには、剣で自らの肩を”トントン”と叩いている実力が上の存在がいた。このまま剣を抜いて切られる!そう思いながら覚悟を決めて目を瞑るが、一向にその最後が訪れない。恐る恐る目を開ければそこには誰もいなかった。


 助かったのかと周りを見渡せば、スラム街の住人と先ほどの三人が談笑している姿があった。これは完全に負けだ、とうなだれるしかなかった。






 エゼルバルドが少年達を叩きのめそうと踵を返し剣を向けた後、ヒルダとアイリーンはスラム街の三人の前にぺたりと座り込み、バッグから袋に詰め込んであった食料を出して振る舞っていた。
 毒が入っているかもと疑ったが、生活魔法で炙った干し肉をパンに挟んで、美味しそうに食べている彼女達を見て、スラム街の男達はやっとの事でそれに手を伸ばし始めた。


 なんてことない普通の干し肉であり、何処でも買えるのだが、スラム街に住む男達にとってはとてつもない御馳走であった。それは火で炙り何とも言えない匂いが漂うとそれに負けてしまい手を伸ばすしかなかった。


「それで、最近はどうなの?」


 ヒルダがスラム街の男達に最近あった出来事を尋ねる。


「この辺は街の景気は関係無いからね。毎日食べる物を探して精いっぱいだよ。商売に負けて来たやつらが殆どだね、ここは。俺達もそうさ。俺が若ければあんたらみたいな美人の争奪戦に手を上げるんだけどな」
「お世辞が上手ね~」


 フードを被っているとは言え、チラリと見えるヒルダもアイリーンも整った顔をしており、街を歩けば何人もの男共振り向くほどだ。年齢を重ね、スラム街でかなりの年数を過ごしている男達には競争する気力を持ち合わせていなかった。


「嬉しいわね。それはともかく、攫われたってのは誰なの?」


 炙り干し肉を挟んだパンを噛み切りながらアイリーンが三人に尋ねる。今朝方にここに来て攫って行った奴が、何なのか気になるところだ。


「ここにきて二か月も経ってないはずの新入りだ。いつも何処からか酒瓶を持って来ては酔っぱらっていたっけ。攫った奴が漏らした言葉の中に、”ハンマーだこ”がどうのこうのって言ってたっけ?」
「そうそう、新入りの手を見つめて、そう言ってたな」


 干し肉をくっちゃくっちゃと音を立てて咀嚼する男達が、見たり聞いたりしたことを伝える。


「それで何処に行ったかはわかるの?」
「う~ん、それは難しいな。スラム街の入り口までは追えたが、それより先はオレ達のテリトリーじゃないからなぁ……。俺達が知るのはここまでだな」


 ”ハンマーだこ”はハンマーを振るう鍛冶師の手の平に見える固くなった部分を指しているのだろう。二カ月ほど前に来た”ハンマーだこ”を持ち歩き、酒瓶をいつも持っている。財力もまだあり、仕事をつい先日までしていた。ここまでくれば、その男が鍛冶師のダニエルで間違いないと断定できる。


 それよりもダニエルを攫った奴が何処に行ったかが問題だ。一人で行動していたのなら、この街から出ていく事は、今は不可能だろう。馬車に乗せて行けば可能であろうが、門番もそこまで馬鹿ではない。御者一人で手足を縛られた人を乗せた馬車を駆り郊外に出ていくなど怪し過ぎて止められる。


 今朝までダニエルがいる事がわかったのだ。何者かに先手を打たれたのは痛いが、有力な情報を得られたことに感謝する事にした。


「終わったよ。何だ、もう食べてるのか?少年達はあの通りだ」


 エゼルバルドが少年達に一発ずつ、額に指を当てて勝負を付けて戻ってきた。少年達が怪我無く大人しくしているのを見て、スラム街の三人はホッと胸をなでおろし、笑っている。
 大人げない笑いを見せているが、少年達の行動が度を越えて手に余っていたのか、大人しくなっているのを珍しそうに見つめている。


「やっぱり、鍛冶師はここに住んでたみたいよ。攫われたのはそのダニエル氏よ。誰かわからないけど先手を打たれたみたい。これから、どうするつもり?」


 干し肉を挟んだパンを口に運びながらエゼルバルドが頭を捻って考える。ここに住んでいたとわかっても連れ去られた先がわからなければ捜しようがない。ここで考えていて足踏みしても始まらないと、スラム街から出る事を二人に告げる。


「ここにいても情報は集まらないから、戻りながら情報を集めよう。三人には助かったよ、少ないけどお礼。その食べ物は貰ってくれると嬉しい」


 ”その干し肉とパンはわたしのなのに”とヒルダは睨むが、”後で買うから”となだめて、スラム街の三人に銀貨を二枚ずつ手渡すと、礼もそこそこにスラム街から出ようと、足を向けるのであった。






 スラム街の入り口に戻ったエゼルバルド達三人は、そこで途方に暮れていた。
 ダニエルは男に攫われて何処に向かったのか?その輸送方法はと?
 考える事は多岐にわたる。


 ここからまっすぐ進むと泊っている宿、”上質の睡眠亭”にたどり着く。歩いて三十分以上かかるのだが。もしかしたら、宿屋街に潜んでいるのでは?など、短絡的な考えが脳裏を過るが頭を振り、その考えを頭の奥に引っ込める。人を攫って行くなど、本来であればスラム街などに居を構える事が多いだろうと思ったからだ。
 だが、スラム街から人を攫い、何処へ隠れたのかと考えれば考えるだけ、全く答えが浮かんでこない。


「はぁ~」
「おや、珍しい。エゼルが溜息を吐くなんて」


 エゼルバルドの溜息をみて茶化すアイリーン。二人に付いてスラム街に行き、雑談しただけで終わったので、簡単に報酬を貰えると思ったのか、当人はウキウキだった。どんな美味しいものを食べに連れて貰おうかと考えているだけで楽しいのだ。
 それとは逆に沈んでいるのがエゼルバルドだ。鍛冶師のダニエルがそこにいたとわかったが、目の前の餌をトンビに横取りされた気分であった。


「そりゃ、溜息くらい出るさ。目の前にあった掴めると思った獲物を横取りされたんだぞ、これがウキウキな気分なわけないだろう」


 そりゃそうかと思いながらアイリーンが空を見上げる。今日は青い空が続き、所々に白い雲が浮かび何をするにも気持ちのいい天気だ。
 それを沈んでいるなんて勿体無いと思うのだが、それを今言っても逆効果だろうと口を噤んだ。






 あれからしばらく歩き、宿屋街に差し掛かろうとした所で、キョロキョロと辺りを見渡す男がアイリーンの目に止まった。何かを探している様にあっちへふらふら、こっちへふらふらと動きが怪しい。


「ねぇ、アレって、怪しくない?」


 仲良く雑談中の二人に向かい、挙動不審の男を指し示す。指の先には二人が見ても明らかに挙動不審の男が映るが、昨日、ダニエルがスラム街にいる事を教えてくれた男とわかり、男に近づき声を掛ける。


「よおっ!」
「はぁい!」
「わぁ、びっくりした」


 エゼルバルドとヒルダは男に声を掛けると、ビックリして心臓が止まるかと思ったと返事を返してきた。
 スラム街では顔を見られる事を嫌いフードを被っていたが、今は逆に目立ってしまうだろうとフードを取り去っていた。それもあり、二人の顔を見てすぐにわかった様で嬉しそうに声を上げていた。


「あ、昨日の!探していたんすよ」


 二人が挙動不審の男に声を掛け、顔見知りだとわかって、アイリーンはようやく警戒を解いた。そして、男はさらに口を開いて二人を驚かせるのであった。


「スラム街の話をしたから、ここで待っていたら通ると思ってたんすよ。それで、今朝、早くに目が覚めて、暇だからこの辺でウロウロとしてたんすよ。そうしたら、あにさん達が探していた、鍛冶師を担いだ黒っぽい外套の男がこの宿屋街を走り抜けたんすよ」


 まさか、昨日声を掛けた男が、ここまでの情報を持っていたとは思いもしなかったし、一緒に聞いていたアイリーンも驚いていた。先ほどまでスラム街で悔しい思いをしていた三人に降ってわいた幸運。しかも、泊っている宿の目の前で事は起こっていたのだ。


「素晴らしいな。そこから何処へ行ったかわかるか?」
「ええ、怪しいと思って後を付けたら、一番向こうの宿に入ったのを見たっすよ」


 この宿屋街で、そこは特殊な宿だと、エルワンからも聞いていた。一人の客用に部屋を整え、食堂も酒場も無い、ベッドがあるだけの素泊まり専用の宿。しかも、宿の管理人はお金さえ払って貰えれば良いらしく、受付カウンターには顔が見えない様に衝立ついたてが置かれ、手元しか見えない。隣通しの会話も無いと来れば、訳ありの人が借りていても可笑しくない。


「流石だな。これは礼だ。それと名前を聞いてもいいか?」
「【ロビー】っす。これは有り難くいただくっす。」


 エゼルバルドは懐から取り出した大銀貨を無造作にロビーへ投げ、手を上げて軽く礼を言う。そして、ヒルダとアイリーンに声を掛けてから、その宿へと駆けて向かう。ここまで来て逃げられるものかと手に汗を握らせて。


 如何したらダニエルを取り戻せるかを走りながら考えるが、ここは正面から訪ねるのが一番楽だろうと決めた。作戦も何も無いが、時間だけが取り返す決め手であると考えたのだ。


「正面から行くからね。夜だったら搦め手を使うけど、まだ昼間だから油断しているはずだから、十分勝ち目があるはずだ」


 それから少しばかり行動の指示をすると、速やかに行動を開始するのであった。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






(さて、これからどうするか?)


 黒ずくめの男は悩んでいた。探していた鍛冶師を見つけて拉致してきたは良いが、このままではこの街を抜け出す事も、仕事として受けた見張りも、どちらも中途半端になってしまうと。交代要員がすぐに来て二人となれば幾らでも手はあるが、その交代要員も明日にならなくては来ることは無い。
 黒ずくめの男がスラム街から戻ってきた時には、上から指示された見張りの対象者は、まだ宿でくつろいでいたと確認していたので、とりあえずは何もすることが無い。


(とりあえず、昼飯でも食うか)


 昨日の夜に買い込んであったパサついたサンドイッチとワインを片手に、腹を満たす為だけに口に運んだ。味はともかく、量は食べたいと大きめのサンドイッチを買っておいた。
 座る椅子も無く、狭い部屋にベッドだけが鎮座している部屋での食事は美味しいとも思えない。ベッドに横になりながら、布団にぽろぽろと食べかすをこぼしながらサンドイッチを頬張る。その横では”ウーウー”と唸り声が聞こえるが、あえてそれを無視する。


(飯ぐらい我慢しろ。それを取ったら騒ぐくせに)


 猿ぐつわに目隠し、それに手足を縛られ、自由を完全になくした鍛冶師がベッドの横で何かを訴えている。だが、黒ずくめの男は一瞥するだけで、拘束を解く訳でも食事を与える事も無い。そもそも、人としても扱わず、汚い排泄物を垂れ流す荷物として見ていた。
 そして、排泄物は後で処理すれば良いと床に転がせたままだ。


 そのつまらない時間も、”コンコンコン”とドアを叩くノックの音がベッドしかない部屋に響き、終わりを告げる。
 誰も来るはずの無い部屋に、客人が現れるなど、不思議な感覚を纏っていると、落ち着いた女性の声がドア越しに聞こえて来た。


「すいませんが、お客様に訪ねて来た人がいます」


 受付にいた女はだみ声だったはずと、聞き慣れぬ女の声がに戸惑いを感じる。
 危険な香りが脳裏を過ると、あえてその声を無視しようと黙り込む。だが、そんな事はお構いなしだとばかりにドアが蹴破られビクッと体が跳ねると、黒ずくめの男の耳元を何かが掠め飛び、窓が割れる音が近隣に響き渡った。

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