奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十二話 甘い時間と周りの視線と

 ノルエガ滞在中に着る普段着を何着か買い終わった二人は、お菓子の屋台で聞いたおすすめのお洒落なレストラン、”リッチ&ゴージャス”に来ている。おばちゃんがすすめる程なのでお客も多く、入店するのに少しの待ち時間が発生していた。
 席数はお洒落街にしては少ない方で三十席程とみられる。大部分は二人席であり、よく見れば女性の二人組が多いが、店の三割くらいは男女の相席だった。エゼルバルド達の前に並ぶ客は三割ほどに含まれるその男女二人組であった。エゼルバルドも男女の二人組だったと改めて思った。


 並び始めて十五分でテーブルに案内される。暑くも寒くも無いこの季節にピッタリなテラスの二人席で、お洒落な白いテーブルに光が反射してまぶしい。
 このお店はその日の朝に打った生麺のパスタを使った料理が人気で、お昼も数種類のパスタ料理が並んでいる。この日は赤いトマトソース、白いクリームソース、プレーンの塩コショウの三種類とスイーツが二種類。飲み物はワインや果実酒など弱めのお酒と果実水やジュース類の数種類が選べるようだ。


「お待たせいたしました、ご注文をお伺いします」


 白いシャツに紺色のスカート、そして赤いステッチが目立つ白のエプロンを付けてウェイトレスが注文を取りに来る。他で注文を受けたていた時もそうだったが、笑顔を振りまき、お客からは少しだけ可愛いとか、嫁にとか、目の前にいる連れに対して失礼な事を口走っている輩もいたりした。


「そうだな、飲み物は果実酒で他は全部。食べるのは遅いから出来た順でいいよ」
「それなら、わたしも同じで。飲み物だけ果実水ね」


 ウェイトレスの伝票を取る手が止まる。聞き間違いじゃないかと我が耳を疑う。そして、もう一度、確認の為に口を開いた。


「申し訳ございません、もう一度よろしいでしょうか?」
「オレは果実酒とランチメニュー全部。当然、食後のスイーツも二つ」
「わたしは果実水で彼と同じメニューで」


 ウェイトレスの問にキッパリと答える二人。同じことを二度言えばわかってくれるだろうと二人はこれからの事を話し出そうとするのだが……。


「お客様、少しお待ちください」


 伝票にメニューも書かずにその場を立ち去り、厨房へと入っていく姿が見えた。何かおかしい事をしたのかと疑問に思い耳を立てていると、奥から先ほどのウェイトレスの言葉が聞こえて来る。


「てんちょー、可笑しなお客さんがいるから対応お願いします。テラスの二人席です~」


 何故か、自分達がおかしな客となってしまった事に顔を見合わせる。他のテーブルを見渡せば、腫れ物に触る様な視線を向けられている様で、二人が周りに目を向けると視線を合わせようとせずに下を向くのであった。
 その後すぐ、ウェイトレスに呼ばれた店長が二人のテーブルに見え、頭を下げて口を開く。白いコック服に黒いズボン、そして腰から下、足首までのエプロンを掛けている。そのエプロンには赤や白の汚れが付いており、忙しく働いているとわかる。


「失礼します。この店の店長をしております、【バルトロ】と言います。ウェイトレスが何やらご迷惑をおかけしたようですが」
「いえ、メニューを伝えただけですけど。何かおかしかったでしょうかね?」
「それでしたら、私が代わりにお伺いいたします」


 店長のバルトロはエプロンからメニューを書き込む伝票を取り出し、羽ペンでメニューを書き込もうと二人の顔を交互に見つめている。


「そうしたら、オレは飲み物は果実酒で、ランチメニューとスイーツをすべて」
「わたしは果実水で同じメニューを」


 バルトロも伝票に走らせようとした羽ペンが止まり、それであっているかと確認をする。


「パスタはそれそれ三種類でスイーツも二種類となりますがよろしいのでしょうか?パスタの量はあちらほどありますが……」


 他のテーブルに運ばれたパスタを指しながら二人に食べきれないでしょうと促すのだが、


「あの位なら大丈夫だな。もっと食べる時もあるし」


 エゼルバルドもヒルダも、あの位ならもっと食べられるとバルトロに告げる。バルトロが心配しているのは料金もそうだが食べる量だ。見るからにエゼルバルドもヒルダも体が細い部類に入る。特にヒルダを見れば胸はそんなにないが、腰のくびれはそこら辺を歩いている女性以上に細く見えた。その体のどこに、三人分の食事が入るのかと不思議に思った。二人が笑顔で注文をしているのである、食べきるのに自信があるのだろうと考え、そのまま注文を受ける事にした。


「畏まりました。出来上がり次第、お料理をお運びいたしますので、しばらくお待ちください」


 バルトロは一礼をして厨房へと戻っていった。だが、彼の後ろ姿を見れば、首を傾げ注文の量に納得していない様であった。






 そして、しばらくすると初めのパスタが到着する。二人はフォークを持ち食べ始めるのだが、周りの視線は本当に三種類のパスタを食べきる事が出来るのか?とそちらに意識が向いている。
 笑顔で会話を楽しみながら目の前のパスタに手を伸ばしている光景は、何処から見ても仲の良い二人。そこに次々にパスタが運ばれ、あっという間に三種類のパスタが皿の上から無くなったのである。そして、最後まで笑顔を絶やす事は無く、綺麗に平らげた。
 その後にスイーツが運ばれて一品目のスイーツをニコニコ顔で食べ終わる。


 そして、二品目のスイーツを口に運び込もうとしたときに悲劇は起こった。


 エゼルバルド達が座るテラスのテーブルの近くに一組の男女が着いた。二人は周りから完全に浮く雰囲気をしており、見るからにガラが悪く、今にも店員に喧嘩を売りそうであった。しかも、脚をガタガタと貧乏ゆすりをしているかと思えば、次の瞬間にはテーブルをコツコツと指で叩いたりとお店の雰囲気を壊す仕草を見せている。
 じっと見つめれば、目が合ったと絡んで来るような雰囲気を醸し出しており、話題に触れない様にと誰もが無視するのであった。


 男はエゼルバルド達に背を向けているが、女が二人をチラチラとみて目の前の男に何かをひそひそと話している。


 ガラの悪い二人組の座るテーブルの横を、テラス席に飲み物を運ぼうとウェイトレスが通りかかるのを見計らい、男は足を通路に投げ出し、足を引っかけてウェイトレスを転ばせてしまった。
 当然、ウェイトレスは盛大に転び、勢い余ってスカートがめくれ、下着があと少しで露わになる所であった。そして、ウェイトレスから放り出されたトレイは、二つのコップごと宙を飛んで行った。その先には、女の見立て通りで、エゼルバルド達が二つ目のスイーツに舌鼓を打っているテーブルであった。


 ”ガシャン!”


 宙を舞ったコップの一つは、すぐに落下したが、もう一つはヒルダのスイーツの食器に飛び込み、飲み物を盛大にまき散らした。コップの向かった先はスイーツを食べて様と口を大きく開けたヒルダで、コップに入っていた赤い飲み物、--赤ワインだった--が服に飛び散り、赤く染めていた。幸いなことに、トレイに乗っていたコップは、量が多く入る金属製のゴブレットであったために、割れ物で怪我をするお客はいなかった。


 ウェイトレスの一連の行動を見ていた女は、肩を震わせながら仕組んだ事が上手く行ったと小刻みに笑っていた。


「おいおいお姉ちゃん、下見て歩かないと危ないぜ」


 足を出した男はわざとらしくウェイトレスに嘲笑の目を向ける。大勢のいる中で下着を見せてしまいそうな惨めな格好を晒し、さらには客にまで迷惑を掛ける失態を見せた事に満足して、男も笑いを堪えるのに必至であった。


「そうよ、彼の言う通りよ。気を付けてね」


 女もわざとらしくウェイトレスに声を掛ける。床に転んだウェイトレスは子供の様に迷惑をかける男女を睨みつけるのだが、目を合わせずにいる男女には、これ以上は無駄だと悟り、まずはと乱れた服を直すのであった。


 ウェイトレスが倒れ、コップの転がる大きな音を聞きつけ店長のバルトロが御客でにぎわうホールに出て、床に転がったコップを回収しているウェイトレスに二言、三言言葉を掛けて周りを見渡す。ヒルダの服が汚れている事を確認し、先ずはと、店のお客に向け騒がしくなったことを謝罪をした。店長自らが謝罪をした事で、店内の騒ぎを治める事に成功する。
 その後に一番の被害を受け、沢山の注文をした女性、--三人分を注文したヒルダ--に、謝罪をした。


「沢山の注文を頂いたのに、不愉快な事になり申し訳ありません。私どもで何か役に立てる事があれば申してください。例えばそちらの服を洗濯するとか」


 洗濯は手間がかかる。特にワインなどの色の付いた飲み物がかかったりすれば染みにもなってしまう。普通は手洗いで済ませているが、染みになれば専門の洗濯屋に任せるしかなく、時間もお金もかかってしまう。その、洗濯を申し出たとすれば、お店の姿勢としては評価せざるを得ないだろうとヒルダは思った。


「洗濯はお願いします。ちょうど着替えを持ってるから、着替える場所を借りたいんだけど……」


 コップから飛び散ったワインが掛からなかった袋を取り出す。このお店に寄る前に購入したお気に入りの服が入っている袋であった。中身をこの場で出す事はしないが、ワインで赤く汚れた服を着て、街中を歩きたくないとの事もあった。


「そうしましたら、従業員が使う更衣室をお使いください。従業員にご案内させます」


 バルトロが更衣室があると告げると、二つ返事で借りると答える。そして、別のウェイトレスに案内されヒルダは厨房の奥へと消えて行ったのである。心配そうに見送るエゼルバルドであったが、着替えるのを待つしか出来ないと、サービスで出て来た果実水で喉を潤すのであった。
 彼が気になるのは、ウェイトレスが倒れた側の席に座った男女。ウェイトレスに心配そうに声を掛けてはいたが、二人して小刻みに肩が震えていた。悪戯が成功した子供でもあるまいしと思うが、あの二人が犯人であると推測すればそれも理解できる。
 被害を受けたが、ヒルダに言う事も無いと思い、それ以上考えるのを止めた。






 それから数分後、着替えを終わったヒルダが、季節を先取りした空色のワンピースと黒のジャケットを羽織り、黒っぽい踵の低いパンプスを履き、厨房の入り口から姿を見せた。絶世の美女である、とは言わないまでも顔は整い、それなりの格好をすれば道行く男が振り向くほどである。その、それなりの格好をして現れたのだ。
 店の中にいる男はその姿に目を向けると、目の前にいる自分の連れと比較をし、悲しげな顔をする男の姿も見えた。
 そして、エゼルバルドが怪しいと推測した二人、--事件を仕掛けた男女--は、姿を現したヒルダに絶望の眼差しを向けたのだ。男は目の前の女と見比べどちらが魅力的な女性かを値踏みし、女は蔑んでいた女が自分よりもスタイルが良く華麗に変身した姿に嫉妬したのだ。


 そう、女がヒルダを狙っていたのはさげすむべき存在であると思ったからである。この女、実は親が名の知れた商売人で、金銭でこの界隈の女王として、男女共を従えている。一つ命令を出せば何人もの男女共がそれに従い、幾人もの男女を攻撃したり、別れさせたりするなど我儘放題をしているのである。
 その我儘放題もヒルダには効果が無いどころか、逆に従わせている男に逆の心理を与えてしまい、企みは失敗した。


「お帰り。ちょっと季節が早いけど、似合ってるよ」
「ふふふ、ありがとう。汚れた服は洗濯してくれるらしいわ。美味しかったからまた来ると店長さんにお話ししたから、また来ましょうね」


 少し大人ぶった口調でエゼルバルドに返した。気に入った服を着ている嬉しさと、照れ隠しが入っていたために口調が硬くなったのである。演技を混ぜない、素のままであったら、耳まで真っ赤になるほど照れてしまった事であろう。


 ヒルダが戻ってきたので、次に行く予定もあると店を出る事にした。支払いの場に向かう途中には、先ほどの事件を起こした男女のテーブルの横を通らなくてはならない。また何か悪戯いたずらを仕掛けると考え、ヒルダを先に歩かせ、その後をエゼルバルドが付いていく。
 その意図を間違えて読み取ったのか、男女のテーブルの横にエゼルバルドが差し掛かった所で男が足を出してきた。


 予想していたエゼルバルドは、投げ出した足を一旦跨ぎ、両足で挟む様に絡め、転ぶ振りをして男の足に体重を乗せた。他のお客から見ればエゼルバルドが足に絡まり転んだと見て取れるが、当の二人は全く逆の役割に代わっていた。
 投げ出した足に体重がかかった男は、たまらずに足を引っ込めるのだが、すでに遅く膝に負荷がかかり筋を伸ばしてしまっていた。


「足を投げ出しては危ないぞ。気を付けてくれたまえ」


 エゼルバルドらしからぬ言葉を、無言で痛みに耐えている男に残し、この場で難癖を付けられると厄介であると、ヒルダの待つ支払いの場へと急いだ。そして、支払いを済ませ、店長に挨拶をすると、次の場所へと向かうのであった。
 支払時に、迷惑をかけたので食事の料金はお店で持ちますと店長に言われたが、食べた分は迷惑と関係ないのでと、食べた分の料金はきちんと支払った。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 先程まではさげすみの対象だった醜い女をどうやって痛めつけてやろうかと考えていた。目の前のお気に入りの男は、足を掛けた時に足を痛めつけられ、椅子に座りながら額から脂汗を流し苦痛に悶えていた。この男が使えないとすれば、やはり兵隊を集めなければならないだろうと。


 気に食わないのは、折角汚して恥を晒してやろうと画策した後の周りの反応だ。何処か田舎臭い匂いを漂わせていたにもかかわらず、着ている服が変わったとたんに雰囲気が変わり、周囲の視線を奪っていった。そんな事は自分でもこの近辺を束ねているこの女には無理であった。親が儲けた金を使って従わせているのとは大違いなのだ。


 そんな雰囲気を持つ女と、お気に入りの男に力ずくで圧倒した手練れの男、その二人をいかに亡き者に出来ないかと悪知恵を働かせようとするが良いアイデアが出てこない。あったとしても、従えている男共や悪知恵の働く女共を消し掛けるしかない。


 一番腕の立つ男でさえ、悶えて使えなくなっている。どうしたものかと思うが、今は運ばれてきたパスタに手を伸ばすのが、今はやっとであった。

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