奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十一話 二人の甘い時間

 窓からのまばゆい光がエゼルバルドの顔を照らし目を覚ます。夜に閉めていたはずの厚手のカーテンが開けられており、眩しい光はそのせいだとすぐにわかる。ベッドには一緒に寝ていたはずのヒルダの姿は見えず、カーテンを開けた犯人はヒルダだとすぐにわかった。
 馬車旅と護衛の依頼をしていたので、相当な疲れが溜まっていたらしく夜中、一度も目を覚ますことなく、今まで寝ていたらしい。腕を伸ばしヒルダのいなくなった場所を触るとまだ温かく、ついさっきまで寝ていたのだと感じられる。


 二度寝する程、眠気を感じないので早速着替える事にした。街の中を歩き回る予定なので、余計な装備品は一切排除し、軽装で回ろうと考えた。商売人の街なので、鎖帷子も、剣も持たず、ベルト代わりに腰のバッグとナイフで装備は十分だろう。
 バックパックから着替えを出し、いそいそと着替えを始める。インナーとして色の無いシャツとその上に羽織る紺色の長袖のシャツ、そしてズボンは季節が外れるが黒色だ。さすがにブーツはいつものだが、組み合わせ的に可笑しくないはず、とにんまりと笑顔を見せる。


 着替えを終えた所にヒルダが戻って来た。寝癖の付いたいつものヒルダかと思ったら、跳ねている髪は何処にも無く、つやのある綺麗な明るい茶髪を、いつもの留め方でなく、髪全体を頭の後ろで留める、ポニーテールにしてあった。なかなか見られないヒルダの髪型に何処の誰が来たのかと一瞬たじろいだほどであった。


「あら、おはよう。起きてたのね…」
「…あぁ、おはよう。そりゃカーテンを開けられれば起きるよ」


 いつも通りの会話だったが、二人共、見慣れた格好ではないので、お互いを見合ってしまい、しばしの沈黙が部屋の中を支配した。それも長く続かずに口を開く。


「「あの……」」


 同時に言葉を掛けるほど、しどろもどろな動きをしてしまった。


「着替えるだろ、先に食堂に行ってるよ」
「あ、あぁ、ちょっと待って!エゼルの寝癖が直ってないから、ブラシだけでも入れさせてよ。さぁ、こっちの椅子に座ってちょうだい」


 強引にエゼルバルドを椅子に座らせると、持っていたブラシを使い寝癖を直し始める。ここ数カ月ほど、スイールなどと六人で過ごす事が多く、二人で過ごす事が久しぶりであった。その為もあり、久しぶりの二人だけの世界は初々しい限りであった。


 その後、ヒルダも街中で過ごしやすい、若草色の長そでとひざ丈の白色に近いグレーのスカートを久しぶりに履き、いつもの腰に付けるベルト代わりの鞄を身に付ける。当然だが、ナイフも忘れる事はしなかった。


 エゼルバルドもヒルダもそうなのだが、街中を楽しむにはナイフは必要ないのだ。だが、何時何処でヒルダ狙われるかのをエゼルバルドが心配していて、最低限の装備は欠かせないと思っていた。それだけヒルダが魅力的だと思えば、エゼルバルドも嬉しいのだが、行く先々で難癖を付けられると思うと、複雑な気持ちにもなろう。
 筋肉しか見る所が無い、脳筋に他人の考えなどわかるはずも無かった。






 その後、食堂へ移動すると、眠そうな目をしてスプーンを咥えているアイリーンと、干し肉を美味しそうについばむコノハを肩に乗せたエルザがテーブルに座り朝食を取っていた。
 何で眠そうなのかとアイリーン尋ねると、エルザに言われたそうだ。


「規則正しい生活を!」


 疲れているからとだらけるのは体に良くないと朝早くから起こされた。アイリーンは昼頃までベッドで眠るのが今日の予定だったらしいが、そんなに寝たいのならベッドと結婚すれば?と言われてしまい、しぶしぶ起きてきたらしい。
 規則正しい生活と、ベッドと結婚すればと二つも嫌味を言われれば誰でも起きてしまうであろう。


 まぁ、アイリーンもそれに対してぐちぐちと文句を呟いていたが、エルザの耳に届いていない、いや、それをあえて無視していたようだ。


 エゼルバルドとヒルダも朝食を取りながら、今日見て回る場所を検討し始める。出来れば鍛冶師のいる場所と見て回れる場所が近い方が良いなと思うのであったが、なかなか思うようにいかない。
 ちなみに、観光案内なる冊子がノルエガには存在し、各宿屋で無料で手に入るのだ。そこには商魂逞しい、ノエルガの商売人魂が後ろに控えている事を示すのである。


「今日はここを回ってみようか?」


 エゼルバルドが指したのは西のエリア。街の門近くには鍛冶屋街が連なっており、その手前には女性が好きそうなスイーツのお店や日用品やウィンドショッピングのできる衣料品のお店もそろっている。


「乗合馬車ですぐ着くわね」


 歩けば多少の時間はかかるが、乗り合いの馬車に乗ればあっという間に到着する距離である。すぐにでも出発をと思うが、まだ早すぎる時間であった。もうしばらくこの場でだらだらと過ごそうかと思っていた所に、スイールとヴルフが食堂に来た。
 いつもは一番に起きて食堂に来る二人だが、今日に限ってはヴルフの目が覚めなかったらしく、遅くなってしまったようだ。これには遅く起きたヴルフが一番ショックを受けていたらしく、もう年かもしれんと嘆いていた。
 たまにはそんな事もあるよ、とスイールが慰めているが、ショックが大きすぎて食欲が湧かないと言いながらも朝食を二人分頼んていた。それだけ食欲があるのなら心配はいらないだろうと、ヴルフの件はそれ以上追及するのは止めにした。


 それからしばらくすると乗合馬車が通る時間になり、エゼルバルドとヒルダはノルエガの街へと仲よく繰り出すのであった。






 最初に足を向けたのは衣料品を扱う店舗が並んでいるエリアだ。今時間は午前九時頃、お店を開ける時間帯だ。一応開店したが、お店の前にはチョークでおススメ品を書いた看板が出されたり、通りからよく見えるショーウィンドウの商品を並べ替えたりと、準備を終えたとするには語弊がある店舗が多数見られる。
 尤も、この通りを歩く人の姿もまだまだまばらで、気合を入れて商売をするには、もう三十分程余裕を見ておくと良かったかも知れない。


 衣料品街と言えども屋台がチラホラと見受けられ、簡単に食べられるおつまみ的な食べ物を扱っている屋台が多数見られる。その屋台も店と同じく、準備を終えている所は少なく、ほとんどがあと三十分は時間がかかるだろう。
 その中でもすでに営業している屋台に情報収集がてら寄って見る事にした。


「いらっしゃい、朝早くからありがとうね」
「それひとつね」
「まいど、ありがとう」


 朝から元気なおばちゃんの屋台でポップコーンの様な軽い感じのお菓子を、安い紙で作った器に入れ渡してきた。それをお金を渡して受け取る。まだ出来たてで、持っている手が熱い。


「この辺のおすすめのお店ってどこかな?」


 買ったお菓子を口に放り込みながら、おばちゃんのススメ店を聞いてみた。


「そうねぇ、服だったらそこの四軒目から六軒目が、人が良く入ってるから回転率も良くていろんな服が見えるはずよ。それ以外も珍しい服やアクセサリーを扱っているからショーウィンドウを見てみるといいよ。それから……」


 おばちゃんはちらりとヒルダの方を見て、さらに続けた。


「お昼はこの通りの先にある、”リッチ&ゴージャス”が良いかな?名前ほど料金は高くないし、おいしいから一度行ってみるといいよ」


 二人だと見ると、お昼のお店まで紹介してくた。
 おばちゃんはデートで頑張って落とすんだよ、と目配せをしていた。目配せはわかったのだが、結婚していると言いだせずにヒルダは苦笑いをするしかなかった。


「うん、たまには美味しい食べ物も良いな。ありがとう、ヒルダを喜ばせそうだよ」
「彼女を喜ばせてやりな。お嬢ちゃんも頑張ってね」


 にこやかに手を振るおばちゃんにお礼を言い、屋台から離れてお店の方へと歩いて行く。


 二人で一つのお菓子を食べている、--殆どがヒルダのお腹に収まった--ので、あっという間に器の底が見えた。それを捨てる場所も無いので綺麗に畳んでエゼルバルドはバッグに仕舞った。
 お菓子を食べている最中もショーウィンドウを眺めては、良さそうなお店をチェックしていく。


 そして、一通りのショーウィンドウを見終わり、チェックしたお店へと二人は入っていく。初めはヒルダがチェックしたお店だ。
 エゼルバルドとヒルダの出身地、トルニア王国は衣類の元となる生地の生産に力を入れているので、その他の国に比べ新品が手に入りやすい値段で売られている。これは珍しい事で他の国では新品は貴族や豪商が購入するのが一般的で、市民は着古した服を買うのだ。それでも旅人が少しの間滞在するために一、二度来ただけのほぼ新品や、貴族が気に入らなかった服をすぐに売る新古品の服が集められるので、一品物ではあるがその値段は安い。
 そしてヒルダ達の入った店もそのような店でお手頃価格の服が所狭しと並んでいる。尤も、ヒルダ達もこの地を離れるときは、バックパックに入らない服は売るので、それらはまた店舗に並ぶことになる。


 ヒルダが手に取ったのはこれからの季節にピッタリな半袖のワンピースだ。体に当ててみると胸周りから丈の長さ、スカートの長さまでがヒルダのサイズに合った。その他にも何点か手に取り、試着室へと向かう。その前ではエゼルバルドがそわそわと他の客の視線に耐えながら、ヒルダが出てくるのを待っている。
 着替え終わったヒルダが試着室から出てくると、夏色に染まったヒルダが現れた。水色のワンピースに黒い腰までの薄手のジャケット。そこにいつものベルトを兼ねたバッグを身に付けている。惜しいのは靴がいつものブーツである事だ。
 手元にはもう一着、薄い黄色の同じワンピースも持っていたが、それを忘れるほどの破壊力をヒルダは見せつけていた。


「どう?何とか言ったら」


 エゼルバルドの前でくるりと一回転すると、その可愛さでさらに声を無くした。数秒後に我を取り戻したエゼルバルドは、頭に浮かんだ単語をただ繋げる事しか出来なかった。


「ああ、ゴメン。いや、その……」
「何なの?はっきり言ったらどうなの」
「いや、可愛い……?」


 ぼそっと呟いた一言に反応したのか、ヒルダは照れて顔が火照るのがわかった。他の誰かが見ていたら真っ赤になっているのが見て取れたかと思ったら、恥ずかしくなり試着室へ舞い戻り、元の服へと着替えるのと同時に火照った顔を冷ます。
 エゼルバルドも、自らの口から出た言葉に驚くとともに、ヒルダへの思いを再認識するのであった。見惚れていたとも言いだせずに。


 試着室から戻ったヒルダは、当然ながら試着した服を購入し次のお店へと向かう。次のお店もヒルダがチェックしたお店であるが、服を扱うお店ではなく、靴をそろえるお店であった。


 普段、歩く事と戦う事に重きを置いてブーツを選ぶが、この日はお洒落の為だけの靴を選ぼうと思っていた。先ほどの空色のワンピースに合う靴はどんなのが良いか考えていたが、ショーウィンドウに出ているような黒っぽいパンプスが欲しいと思った。ショーウィンドウに出ているのだから、当然、お店の中に用意してあると見ていると、飾ってあった靴よりも好みのデザインのパンプスを見つけた。
 当然、お洒落だが、踵が低く、それでいて履きやすそうな材質と柔らかさ。少し走っても脱げにくいなど、ピッタリであった。本来は靴屋で作ってもらうのが一番なのだが、既製品でサイズが合ってしまえば価格も抑える事が出来る。
 そして当然のことながら、サイズもぴったりだったその靴をヒルダは即決で購入したのであった。


 次に向かったお店もヒルダがチェックしたお店。ただし、今までと違うのは女性の服ではなく、男性の服を扱ったお店である。当然、男性が多く見えるが、よく見れば男女で一緒に選んでいる仲睦まじい光景がそこかしこで見える。一軒目に入ったお店はどちらかと言えば女性が一人で入り、男性は外で待つか暇そうにしているのが印象的であった。
 ヒルダが目を付けていたのは、自分が購入した空色のワンピースと同じ空色のシャツであった。自分ばかりが夏色に染まるのも恥ずかしい気もしたが、それよりも揃っていた方が楽しいと感じたのだ。
 店内を探し、やっとの事で見つけたエゼルバルドの体格に合った空色のシャツ。それに似合う濃い紺色の薄手のズボン。追加で黒っぽいシャツとカーキ色のズボン。これも当然、夏に着る事を想定して薄手だった。


 ヒルダは試着室へとエゼルバルドを追いやると、着替えが終わるのを今か今かと待ち望んだ。自分でも他人が、--結婚したエゼルバルドでも--着替えるのがこれほど待ち遠しいと感じる自分がいたと思うと少し嬉しくなった。
 そして、試着室からエゼルバルドが出てくると、先程、ヒルダに向けて一言しか呟かなかったエゼルバルドの気持ちがよく分かったのだ。


(いつも見てるエゼルと違う。なんか、いつもにも増してカッコいい!!)


 街中で浮かない格好をと思い選んだその恰好。そして、


「……ゴメン、これほどとは思わなかった」


 ヒルダは下を向いて呟くしかできなかった。


「ん?似合わない。止めておこうか」


 ヒルダの反応を見て着るのを止めようかと試着室に戻ろうとしたが、シャツを引っ張るのを感じ、振り向いた。そこに目をうるうるとさせているヒルダが見えて何事かと首をかしげる。


「どうした?」
「ん、カッコいいの……」


 ヒルダの感情が暴走しているのか、エゼルバルドを見つめたまま微動だにしなかった。数秒後にハッと気が付いた時には試着室にエゼルバルドが戻って行った後だった。


 そうして、二人は午前中をたっぷりと使い、お互いの素晴らしさを再認識したのであった。

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