奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二話 ノルエガへの道 二 エーデンブルグの街

 棒状万能武器ハルバード使いになったジャメルが気を失い、それでも何とか見張りをこなした晩から一夜明けた。かまどの側には夜に出てきた獣が数匹解体され、肉になって積まれていて朝から肉オンパレードの食事となった。
 その朝食では、ジャメルが広めたヒュドラの話題になり、ヴルフやエゼルバルドはその質問に答えるのに辟易していた。最終的には一枚のヒュドラの鱗を回してみてもらい、ナイフも通らない程の硬質な鱗を持つヒュドラの脅威をまじまじと感じてもらった。


「ヒュドラとはこんなに硬い鱗を持つのか」
「なるほど、外から無理なら内部からか……」
「内部からって言うけど、俺達に出来るのがいないぞ」
「とすると、逃げるに限るわね」


 オディロンのメンバーはそれぞれにヒュドラの鱗とヴルフ達の話を参考にしてヒュドラに遭ったら逃げるしかないと結論付けていた。また、ヒュドラと対戦できるパーティーなどがいたら国に召し抱えられワークギルドなどで仕事を探すような事をしていないだろう。ここに例外がいるのであるが……。


 十分に血抜きされた獣肉を小分けにして串に刺し、かまどの側に刺してじっくりと遠火で焼いていく。徐々に熱が通り肉汁が表面に浮き上がり、串を伝って滴り落ちる。遠火の為時間はかかるが、じっくりと回転させながら焼き上がるのを見つめている面々の口からは涎が落ち掛け、朝から腹を鳴らすのであった。その涎も男性陣だけでなく、オディロンのパーティーメンバーであるソロンや、ヒルダやアイリーン、エルザまでもが垂らしている所が旅人と言った所だろうか。


 串に刺した肉と言っても調味料はほとんどなく塩とコショウを振るのみであろう。たまに森の中に生えている香草や薬草をまぶし、フライパンでステーキとして焼いて楽しむ事もあるが、串焼きではそれも難しい。
 かまどの火で焼くのとフライパンで焼くのでは出来上がりも違い、心理的にも直火で焼く串焼きに軍配を上げる方が多い。いろいろな調味料が使えるフライパンも捨てがたいが基本は直火で焦げ目をつけると、こだわりがあるのだ。


 少し焦げ付き、仲間でじっくりと火の通った獣肉を頬張りながら、依頼主のエルワンから今後の予定を聞かされる。その話は出発時の馬車の中で聞いた事の繰り返しなのだが、こういった所は、このエルワンが得意とする所であろう。予定として組んでも何らかのトラブルが発生したら予定が繰り下がる事もある。ただ、依頼主としているだけでなく、ある程度の予定を見通せるこの男は旅慣れているし、有能であるのだろう。


「あと一日と少しで【エーデンブルグ】の街へ到着するはずです。そこで宿を取って、日が明けたらすぐ出発。そしてライチェンベルグへ急ぎます。そこまで予定通りなら、そこからはルカンヌ共和国へすぐにでも入れるでしょう」


 串焼きを噛んで水で喉に流し込み、エルワンは皆よりも早く馬車へと向かった。それに見習い、ある者は串を歯に挟んだままテントを畳み、ある者は口いっぱいに頬張りながら馬車馬をハーネスへと繋げに動く。かまどに最後まで残った者は火の処理とかまどを崩し、野営の跡を消しさる。






「準備完了です!」


 オディロンが野営地を回り、火の処理や忘れ物が無いか確認し、皆が馬車に乗ったと見計らうと声を上げる。御者席に座った小間使いのクロディーヌが馬車馬に手綱で命令を与えると、馬車はゆっくりと進みだす。街道から少し脇にそれていた馬車が街道の石畳に乗ると速度を上げ、快調に、そして滑るように走り出す。馬車馬はまだ体が慣れていないのかそこまで速度は出ていないが、それでも人の進む速度よりはよっぽど速い。


 それでもエーデンブルグまではまだ距離があり、この日の内に到着する事は出来なかった。
 昼間の街道では何台もの馬車とすれ違ったり、歩く旅人を抜かしたりと、通りも多く襲撃を受ける事も無かった。これだけ交通量の多い街道だ、河のすぐそばを通る街道では獣達の潜める森林や深く背の高い草も少なく、襲われる心配も無かった。また、盗賊たちも出没するエリアから外れていた事もあり、何のための見張りなのかと愚痴を言ったりする余裕もあった。


 それでも野営となれば、月明かりや星空の明かりは頼りに出来ず、暗闇を照らすにはかまどの火や生活魔法のライト、ランタンの光に頼らざるを得ない。人里も近くなり、大きな獣達の出没は無く、兎だの狸だのと言った小動物が辺りをうろつく程度である。その為、前日に比べ見張りが狩る獣が少なく、朝の食事が昨日以上に豪華になる事は無かった。


 そして、その夜も大きなトラブルが発生する事無く夜が明けるのであった。
 朝食を食べ、準備も整い、エーデンブルグへと出発する。


「やっぱりベルグホルム連合公国内は見張りも楽だな」
「と言いながら小鬼ゴブリンの群れに襲われたのはカウントしないの」
「いや、それがあったな」


 依頼主のエルワンと共に先頭の箱馬車に乗っているオディロンとシモンとの会話が聞こえてくる。街道が整備されているベルグホルム連合公国は人の行き来が活発だ。その為に街道を通る商隊や旅人を襲う獣や盗賊は少ない。尤も、護衛や旅人に凄腕の見回りが含まれているかもしれないと考えている盗賊も多く、盗賊になるよりは別の仕事をした方が良いと考えるのであろう。
 先の小鬼の襲撃はイレギュラーと考えられ、あまりカウントしたく無いらしい。


 ベルグホルム連合公国内はともかく、ルカンヌ共和国に入ると山の麓を通る為、盗賊が襲ってきやすいらしい。今は商隊の移動に体を馴染ませる事を優先して、疲れを溜めない様にと言われた。


 数時間も馬車を走らせるとエーデンブルグの街へと到着する。人が活発に行き来するベルグホルム連合公国だけあり、街へ入る人の審査待ちで長蛇の列になっている。エルワンの商隊もその例にもれず、列に並ぶのだ。


 その列もあと少しとなった時である。街から二台の馬車が出ていくのが見えた。箱馬車であるが、豪華と言うよりも騎士たちが乗っているような質実剛健と呼んだ方が間違いない馬車だった。


「あれは街道を警護する騎士達が乗る馬車ですね」


 幌馬車に一緒に乗っているオディロンのパーティーメンバーであるフランツが呟く。スイール達も何度かすれ違った事のある馬車だった。
 フランツ曰く、街道を守るためには表だって騎士とわかる馬車を走らせたり、騎士かどうか微妙な馬車を走らせて、襲撃する盗賊を牽制しているとか。それとは別に幌馬車でも走らせているので盗賊達への牽制に大きく寄与しているらしい。
 その努力もあり、盗賊の出現率が少なくなっているのだとか。


「なるほど。一見、騎士と見えないのであれば、あの馬車は盗賊には魅力ある餌に見えるのでしょうね。盗賊の出現に気を使っている証拠ですね」


 スイールは感心している。盗賊や獣の類が出なければ、活発に馬車を走らせる事が出来、経済活動が活発になるのであろう。
 ベルグホルム連合公国はトルニア王国よりも都市間の行き来がしやすく、経済活動も活発だ。だが、国力としてみればトルニア王国の方が数倍も上回る。何故かと考えればベルグホルム連行公国が都市国家の集まりだからだとわかる。トルニア王国でも都市を道でつなぎ、それぞれを行き来する事により経済の発展をしてきた。だが、国王がいるトルニア王国ではそれぞれの都市で独自に経済活動をしている訳でなく、国王の出す命令に沿ってそれぞれの都市が経済活動に当たっている。その為、どの都市に行ってもある程度の成長を実感できる。


 このベルグホルム連合公国はどうかと言えば、数年に一度代わる公王がいる為、各都市国家間での足の引っ張り合いが多少だが起きている。戦争になるほどではないがその規模は都市国家予算の数パーセント、悪ければ十数パーセントを使っている為、都市の発展を妨げられている。トルニア王国との同盟国であるスフミ王国ではディスポラ帝国からの侵略が危惧されているので軍需物資に数パーセントの予算を充てているが、ベルグホルム連合公国はそれよりも酷いのだ。






「よし、通っていいぞ。武器は街中で抜くなよ。特に刃の出ている棒状武器ポールウェポンは注意しろよ」
「はい、注意させます」


 御者席に座るクロディーヌの横に座るオディロンが城門の兵士とやり取りを終えると、街へ進むことが許される。商談の帰りで荷物を積んでいない為にすんなりと確認が終わり街の中へ入る事が出来た。
 とは言え、審査の列に並ぶこと一時間、昼時の時間は馬車の中で待機しているだけでも腹がグーグーと鳴り始め、ヒルダやエルザ、オディロンのパーティーメンバーのソロンも顔を赤くしていた。アイリーンだけは持ち前の鋼の精神で腹が鳴るくらいは平気な顔をしていた。


 宿を選ぶ、とは言え、四頭もの馬車馬や二両もある馬車を預かる宿は数えるほどしかなく、結局はエルワンがいつも泊まっている宿へ馬首を向けるのであった。
 宿の前に馬車を付け、エルワンとオディロンが宿の中へ入っていく。しばらくすると宿の中から男性の店員と共に現れ、馬車の置き場所と厩舎の位置を念のためと言い戻っていく。小間使いのクロディーヌを除き、馬車の移動に関与しない他はここで降り宿へと入っていく。尤も、クロディーヌも移動だけで厩舎での世話は宿の担当者の仕事なのですぐにエルワンの元へと戻って来るのであるが。


「私はこの宿にいますので夜まで街を散策するなり楽しんできてください」
「よろしいのですか?」


 エルワンがスイールに向かって宿にいる間、--夜までだが--、護衛の任を解くことを提案してきた。始めてきた街なのでその提案は非常に魅力的ではあった。


「その代り、食事はそちらでお願いしますね」


 だが、商人らしくちゃっかりと必要経費を浮かしていた。そこまでお金に困っていないスイール達はそれだけで良いのかと逆に疑ってしまうのだが、ここは厚意に甘え、街の探検に乗り出す事にした。ただ、大げさな装備は必要ないと考え、目に見える装備、--鎧やバックパック、弓など--は置いていくことにした。






「まあ、見た所よくある街並みだよな」
「この大陸は文化的に同じだからアーラス神聖教国以外は見た目は変わらないよね」


 ブラブラと街を見ながら歩くエゼルバルドが感想を漏らす。城壁があり、その内部に街を作り生活をしている。家々の基礎も作りもトルニア王国と変わらず、目新しい所は木材の使用が少し多いくらいで、それ以外は特筆する物は無い。アイリーン曰く、アーラス神聖教国であれば、宗教観による違いで真っ白な建物が多かったり、石造りの家々が多くなったりで多少変わるらしいが。


 その代り、食文化は他大陸との貿易をかなりの頻度で行っているルカンヌ共和国が近くにあるおかげで変わった食べ物が独自進化して売られていたりする。
 トルニア王国の王都アールストで見かけた事のある、東から来た肉まんがいろいろな味で進化していた。肉まん自体も屋台で売られているのだが、中身を濃い味付けの肉だけにした”肉だけまん”とか、味は今一だが一度食べると病みつきになる”スイーツまん”等この場所でのみ食べられる食材として定着しつつあった。


 そんな屋台出の買い食いを楽しみつつ広場へと到着すると、そこには数人の大道芸人が所狭しと飛び回り、道行く人々の目を楽しませている姿が目に飛び込んできた。スイールは懐かしさとエゼルバルドとの始まりを思い出し、傍らにいる彼が良くここまで成長したなと、しみじみと感傷に浸っていた。エゼルバルドが魔法に目を輝かせていたであった日の事を思い出しながら。


 大道芸人は顔に塗った白粉と目の周りに描いた赤い涙姿で一連の芸を見せた後、最後にと直径一メートルほどの丸い玉をと出してきた。そこへ持ちだしたのは四本の松明、しかも両端が燃えるタイプだ。
 片手に四本の松明を持つと生活魔法で火をつける。四本の松明にそれぞれ二か所ずつ、計八か所の炎が大道芸人の手の中にある。そして、先程の丸い玉に乗りバランスを取ると、先程の四本の松明が見事に宙に舞い始めた。玉乗りしながらの四本の松明でのジャグリング。見事と言うほかなかった。


 その芸が終わり、大道芸人が松明の火を消しさり、深々と一礼をすると見ていた市民たちが一斉に拍手をしだす。それが終わると銀貨や銅貨を大道芸人の目の前にある箱に投げ入れ、散り散りに帰って行った。スイール達も楽しませてくれたお礼だと皆、銀貨を箱に入れていた。


「楽しかったね~、いつでもああいうのは楽しめるよね。って、エゼルどうしたのそれ?」


 ヒルダがエゼルバルドの顔を覗き込む。


「ん、どうした?」


 不思議そうな顔をしてヒルダを見返すが、ヒルダが何を言っているのかわからなかった。


「なんで泣いてるの?」


 エゼルバルドは意識をしていなかったが涙を流していたのだ。記憶の奥底に仕舞い込んでしまったスイールとの出会いの日の事を本能的に思いだし、懐かしさで涙を流していたのだ。
 自らが何で涙を流しているのか不思議であった。


「何でだろう?」
「まぁいいわ。ちょっと待ってね」


 ヒルダはタオルを出してエゼルバルドの顔を拭き、彼の知らない事がまだあるのかしらと首を傾げる。
 その涙の意味は、スイールだけがこの場で知るただ一人であるが、仲睦まじい二人の行為に邪魔をするものではないなと、口をつぐむのであった。

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