奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第一話 ノルエガへの道 一 旅の初めと最初の野営

 曇天模様の中を二両連結の馬車が街道を気持ちよさそうに走り抜けていく。四頭立ての馬車馬はは力強く、そして足音は軽やかに一定のリズムを刻みながら、二両編成の車両を物ともせず引っ張っていく。
 元々、二頭立ての馬車が二台であったが、御者が二人となってしまった為に苦肉の策で御者が交代できるこの様な形に収まった。荷物満載であれば四頭立てであっても馬車馬に負担がかかりすぎるのだが、ほぼ空荷の馬車では下り道であってもそれほど負担は少ないと見ている。


 その、快調に走る二両編成の馬車には元々雇われていたオディロン達五人と、臨時に雇われたスイール達六人の十一人の護衛が乗っていた。オディロンともう二人は御者席のある箱馬車に依頼主のエルワンと従者と共に乗っている。
 連結された後ろの車両にはスイール達六人と、オディロンのメンバー二人の八人が乗っている。箱馬車はともかく、連結された後ろの馬車は荷馬車に毛の生えた程度で、簡易に座席が付けられているのみであり座面も硬く毛布を畳み、座布団代わりに敷かなければ、たった三十分で痛みを味わうことになる程であった。八人であれば横になるのは無理だが、少しゆったりとしているので窮屈とは感じられない。


 そんな感想を漏らしていると、箱馬車の後部窓を開け、オディロンが話をしてきた。


「ここから失礼するが、俺達の自己紹介をしておくよ」


 まずはスイール達が見知ったオディロン、メンバーのリーダーをしている。小さめの塔盾タワーシールドで敵の攻撃を止め、ロングソードで切り裂く、守り重視の攻撃を得意としている。盾が小さめなのは商隊護衛の為、持ち物を少なくしようとした結果である。副次的な効果として取り回し易いと当人からは好評である。
 次にシモン。ブロードソードと円形盾ラウンドシールドを持ち遊撃のポジションを常に取る。
 三人目はソロン、シモンの妹だ。ショートソードを身に着けているが、得意なのはクロスボウと通常の弓。先のゴブリン戦では腕に傷を負ってしまったので活躍は無かったが、亡くなったトレジャーハンターの次に弓の扱いに長けていた。


 スイール達の幌馬車に乗っている二人はフランツとジャメル。フランツはショートスピアと円形盾を持ち、近距離から中距離の攻撃を得意とし、守りは苦手だ。ジャメルはフランツと同じショートスピアと円形盾を持っていたが、二人で同じ武器だと効果的ではないのとヴルフが棒状武器ポールウェポンを使っていたのを見てハルバードに持ち替えた。


 戦い方は、先頭のオディロンが敵を牽制し、その後ろにフランツとジャメルが中距離から攻撃。シモンは敵の動きを見て前衛に合流。そしてソロンは最後尾から弩や弓で攻撃を掛ける。
 パーティー戦ではバランスが良いのだが、前方からの攻撃に特化し過ぎている為、前後からの挟撃を取られると弱くなってしまう。ここに一人である程度の腕利きが入れば一方面を押さえ、その間にもう一方を壊滅するだけの力を持てるのであるが、メンバー的に難しいみたいだ。


「今回は私達が後方支援や挟撃の一方を受け持ちしますから、後ろからの憂いは気にせずに前方だけに集中してください」
「スイールさん達に支援して頂ければこれほど楽な事はありませんよ」


 オディロン達はそれに呼応し皆で笑い出した。スイール達にとって小鬼ゴブリン二十体ならエゼルバルドやヒルダ、ヴルフの内二人で全滅できる。自分達よりも戦力の高いパーティーが後ろに控えている状況では笑うくらいしかないだろう。






 そして、馬車はたいした襲撃も無く順調に進み、一日目の行程を終え野営の準備を始めるのであった。
 そんな中、四頭立ての馬車馬を世話をしようとエルワンの小間使いとして雇われている女性が一人で奮闘し始める。先ず、一頭のハーネスを外し水場へと連れて行こうとするのだが、慣れ無い土地での馬の世話にぎこちない仕草をしている。それに気が付いたエルザはヒルダとアイリーンを連れ、小間使いの女性の手伝いを買って出る。


「なかなか大変そうね、手伝うわよ」


 小間使いの女性は見た事も無いエルフを間近に感じ、自らの目と耳を疑った。目の前に現れたのは背が高く、透き通っる様な白い肌、そして優雅で細長く自らの武骨さと違う綺麗な手で自らの仕事を手伝ってくれる。そんな美しすぎる女性が目の前にいるのだ、目と耳を疑わないはずがない。
 それにあと二人も手伝ってくれるなど今までの護衛の人達からは考えられなかった。護衛が仕事だと手伝う素振りも見せず、火に当たって愚痴を言うだけ。オディロンのパーティーにはいないが、そんな事は日常茶飯事だった。


「あ、ありがとうございます。でも私の仕事なので、手伝って貰う訳には……」


 小間使いの女性は手伝って貰うのが心苦しかった。エルワンはそんな事は言わないが、給料を減らされるのではないかとか、様々な事が脳裏をよぎる。


「見張りも食事の支度も野営の準備も人の手は足りてるもの。今足りてないのは馬車馬のお世話だけ。当然この子たちを世話するのは手の空いている人の仕事よ」


 エルザは手伝う事がさも当然とばかりに、ハーネスを外し馬車馬を水辺へと連れて行く。ヒルダもアイリーンもエルザ程手早く無いがそれに続くように馬車馬の世話を始める。


「そう言えば貴女のお名前は?私はエルザよ、よろしくね」


 小間使いの女性の連れて来た馬の横に、もう一頭を並べ水を飲ませる。川沿いの街道のおかげで馬車馬たちの水飲み場に困らないのはとてもよかった。長距離に渡って水飲み場がなければ樽などに水を入れ、荷物として載せなければならなく大変なのだ。


「【クロディーヌ】と言います。手伝っていただいてありがとうございます」


 水を飲んでいる馬車馬の横で深々と頭を下げる。その姿は小間使いとして苦労をしているのが良くわかる。恐らく、エルワンは酷く怒る事はしていないのだろうが、もう少し仕事の割り振りに気配りを持って欲しいと思うエルザであった。


「クロディーヌちゃんね。気にしないでいいわ。馬車馬を世話するのだって横にいれば護衛の仕事だし、それに、依頼主の可愛いお連れさんを護衛するのだって立派な仕事よ。手伝ってるからと言って仕事を逸脱しているまでは言えないからね」


 機嫌よく水を飲む馬車馬を撫でながらエルザは微笑む。こんなに素直にお礼を言う娘を放っておけるわけがない。依頼主のエルワンも大事だが、クロディーヌも同じように大事だと改めて思う。


「連れて来たよ~」
「ここでいいのかな?」


 クロディーヌとの話が終わったエルザの下に、ヒルダとアイリーンの二人が馬車馬を連れて来た。水を飲み終わって満足げな二頭の横へ連れて行くと、水を勢いよく飲み始める。
 馬車馬たちが水を飲み終わるとブラシで馬車馬達をブラッシングして埃を落とし綺麗にして行く。ブラッシングが終わる頃に食事の支度が出来たと声が聞こえ、馬車馬たちを馬車の近くへ繋ぎ、火の近くへ急ぐのであった。


 かまどの炎が赤々と燃えさかり、真っ暗になった闇夜を照らす。曇天模様のおかげで特徴的な二つの月は見えないが、その代わりに目の前のかまどの炎がゆらゆらと揺れ、幻想的な闇夜を印象付けている。
 見張りに立っていたオディロン達のメンバー二人もかまどの前に集まり、全員で囲う様に夕食を取り出す。


「いや~、この魔力焜炉マジカルストーブは便利ですな。売ってくれんかのぉ」


 エルワンの商売人としての琴線に触れたのか、幾らでも出すと話し出すのだが、スイール達にとって、あと数年で売り出せるかもしれないし、その手本となるべき魔力焜炉マジカルストーブを手放すなど出来なかった。エルワンにはやんわりと断りを入れるのだが、護衛の最中、食事の度に言われるとは思わなかった。


「その内に売り出されるはずですし、このサンプルが無くなると作れなくなりますから勘弁してください」


 スイール達はそれに辟易するのだが、オディロン達にはいつもの事が起きていると苦笑するのであった。
 そして、食事も終わり後は寝入るだけとなった時にエルザがエルワンに向かって話をする。


「エルワンさん、馬車馬の事ですけど……」
「ああ、クロディーヌを手伝ってた件ですな。あれは助かりました。お礼を言います」


 座ったままだが頭を下げるエルワン。商人はあまり頭を下げないと聞いているが、目の前にいるエルワンは良く頭を下げるなと思わざるを得ない。出発時にスイールにも頭を下げていたし、何かあるのかと疑ってしまう程だ。


「この護衛中は私達が手伝いますのでよろしいのですが、この次に馬車で旅行をするときは護衛の人達にも手伝わせてください」
「分かった、検討する。でも、護衛の人に世話してくれって言ってもやってくれないじゃろ?」


 今までの経験から護衛の依頼を受けて馬車馬を世話する人達は少なかった。恐らくこれからもそうだろうとエルワンは思っていた。しかし、目の前のエルフは小間使いのクロディーヌを手伝っただけでなくエルワンに提案をするのである。


「さっき、クロディーヌちゃんにも言ったけど、連れているクロディーヌちゃんも、連れている馬車馬もその場にいれば護衛になるのよ。護衛の一環の仕事ですと言いきっちゃえば大丈夫。少しだけ追加料金がかかるかもしれないけど」


 最後の一言が余分だが、依頼書に簡単な馬車馬の世話も入ると記しておけば契約にあるという事も出来る。別に馬の扱いが上手い護衛を雇う方法もあるのだが……。






 夕食も終わり、雇い主のエルワンと小間使いのクロディーヌはテントの中へ。それ以外の護衛の面々は当番を振り分け二時間毎の見張りに付く。


 ヴルフとスイールが一番に見張りに付き、他のメンバーはいつでも起きて戦いが出来る格好でテントに入った。五月も下旬となりそれなりに温かくなってきてはいるが、標高の高い場所であるため、夜はまだまだ冷える。外套の類は必須で、それでも油断をすれば体温を奪われてしまうだろう。かまどの前で温かいお茶をすすれば体の冷えも大分緩和される。
 その二人の下へオディロンのパーティーメンバーでもあるジャメルが近づきかまどの炎へと手を向ける。ジャメルも見張りを受け持っているので寝ない訳にもいかないだろうが。


「どうしました。眠れませんか?」


 コップに温かいお茶を注ぎ、かまどの炎にあたっているジャメルへと手渡す。フーフーとコップに息を吹きかけ覚ましながらズズズとお茶を喉に流し込む。


「前に小鬼と戦ったときにそっちのヴルフさんが棒状武器ポールウェポンを持っていたから、替えてみたんだ。それで護衛の依頼中に教えてもらおうと思ってたんだが、持ってないのを見て、止めちゃったんだと残念に思ったんだけど」


 ジャメルは残念そうに呟いた。ショートスピアから棒状万能武器ハルバードへ武器を替えたので手ほどきをしてもらいたかったのだ。


「ん、ワシか?あれは壊れたから買い替えできないだけだぞ。護衛の依頼が終わったら作り直すぞ」


 何を言っているのかとヴルフは不思議に思う。どう思われようと関係ないのだが、誤解のあるままにされては困っていただろう。だが、この場で言われた事でその誤解を解く事が出来てヴルフは少しホッとしている。


「壊れたって、あの丈夫そうな棒状武器をですか?如何したのですか」


 壊れたと聞いてジャメルは驚く。先端の武器だけでなく、丈夫そうな柄も金属でできている棒状武器ポールウェポンを壊すとはどうしたのかと疑問に思う。それは想像を超える答えだった。


「如何したって、ヒュドラと戦っただけじゃ」
「はいぃっ?」


 ジャメルにとっては伝説上の生物。一生に一度、いや、ほとんどの人が一度も遭遇しないであろう伝説上の化け物。噂で聞くには出遭ってしまったら命はないと言われるほどの化け物だ。
 それを聞いた途端思考が停止し、素っ頓狂な返事をしてしまった。


「お~い、大丈夫か?」


 ヴルフがジャメルの目の前に手をかざしぶんぶんと振ってみて、ようやく我に返った。それでも起きているにもかかわらず夢でないかと頬をつねったり、叩いたりしていた。


「ああ、すいません。よく無事に逃げられましたね。命があっただけでも良かったです」
「ん?違うぞ」


 ジャメルは何が違うのか、まったくわからなかった。自分らのパーティーであれば遭遇すれば如何に逃げるかと見合わせる程の相手だ。もしかしたら命を落とした人が出たのかと考えたのだが……。


「何が違うのですか?」
「だから、逃げたのが違うと、言ったのじゃが」
「と、すると……えっ!」


 ヴルフが呟いた答えにジャメルが再度、思考停止するかと思ったがすんでの所で踏みとどまる。そして、ヴルフとスイールの顔を交互に見渡し、すました顔をした二人を見て自らが思った答えが真実だとの答えがそこでジャメルに浴びせられた。


「じゃから、六人でヒュドラを倒したのじゃよ。一瞬、走馬灯が脳裏を過ったがな」


 ヒュドラに止めを差す際に鞭のようにしなった首に吹き飛ばされ、死ぬかもしれない怪我を負ったヴルフの短い言葉に勇敢なのか、無謀なのか、そしてその判断をしていいのかわからなくなった。頭の中で考えが纏める事が出来ないジャメルは、まだ見張りの順番も来ていないにも関わらず、ヴルフの笑い声を聞きながら仰向けに倒れると意識を失っていった。

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