奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第三十二話 二日酔いと護衛の仕事

「うう~、頭痛い~。お腹減った~」


 窓から入る太陽の光が目に当たりヒルダは目を覚ました。上体をゆっくりと起こすと、身に付けていた鎧や纏っていたシャツ、それだけでなく下着類もすべて脱がされ……と言うことは無く、白いパンツだけが身に付けられた状態であった。
 かすかな記憶を手繰り寄せるも、ヴルフに酒を飲むのを止める様に言った所までは記憶があるが、その後の記憶が全く無かった。


(あれ、わたし、何してたの?)


 はだけた毛布を慌てて胸まで当ててから体を動かそうと手をベッドに添えると、その手に温かい手ごたえを感じ顔を向けると、そこには見知った旦那の顔が見えた。何故、同じベッドでエゼルバルドが寝ているのか?と、不思議でならなかった。
 毛布を手繰り寄せた為に布団がめくれ、エゼルバルドの熱い胸板がヒルダの目に飛び込んでくる。昔から見慣れており、結婚した後で体を合わせた事もあるので驚くことは無いが、寝ている間の記憶がないので多少だが、怖いとしか言いようがない。
 ヒルダの手はエゼルバルドの胸板を捉えていたため、そのついでにエゼルバルドを起こす事にした。


「ちょっと、エゼル、エゼル。起きてよ」


 混乱しているヒルダは頭が痛いのも忘れ、エゼルバルドを軽くペチペチと叩く。それに反応して、眠い目をこすりながら目を覚ますのであった。


「あぁ、おはよう。気分はどうだい?」
「最悪よ。頭痛いし、お腹減ったし。なんでエゼルが一緒に寝てるのよ!しかも裸で」


 大きな欠伸をしながらエゼルも上体を起こし、目の前のヒルダを見つめてから、昨日の夜の出来事を話し出す。


 それには、ヴルフがこっそりと注文したお酒をヒルダが奪い、一気に飲んだ為にアルコールが体内に回り、ヒルダの体が耐えられなくなってその場で気を失ってしまった。その後、ベッドに寝かして夕食を取りに戻った。その後、ヒルダの様子を身に来たら、汗をかいて気持ち悪そうな表情をしていたので、服を脱がして体を拭いて介抱していた。それからはヒルダの肌の温かさが久しぶりに感じられ、エゼルバルドも一緒にベッドに入り寝てしまった、と話した。


「あ~、わかったわ、何故頭が痛いのか。これはアルコールの痛みね。毒回復アンチポイズン


 ヒルダは自らに毒回復アンチポイズンの魔法を掛け、二日酔いを直していく。完全には治らないが、ズキズキしていた頭が晴れ晴れし、やっと人心地をつく。こっそりとスイールが毒回復アンチポイズンを掛けていたが、アルコールが体内で生成される前であった為に魔法が効いていなかったようだ。
 頭の痛みが引くと今度は次の場所へと気持ちが移る。前日の夕飯を取っていないヒルダの腹の虫が部屋中に鳴り響く、盛大にだ。隣にいるエゼルバルドがクスクスと笑っているが、恥ずかしがっても仕方がないとベッドから勢いよく飛び起き、パンツ一枚の体に服を身に着けていく。


 ヒルダの後ろでは、同じようにパンツ一枚のエゼルバルドも背を向けて服を身に着け始める。当然ながら女性のヒルダの着替えは男性のエゼルバルドよりも時間がかかり、エゼルバルドが寝癖を直し終えた時にやっと着替えを終えた。そして、道具箱からブラシを取り出し、エゼルバルドに投げ渡すと椅子に座りエゼルに背を向ける。


「わたしの旦那様なんだから、たまには身だしなみを手伝ってよね」


 手のブラシを見つめて、たまには喜ばすのも良いかと思い、目の前の明るい茶色の髪をかして始める。トルニア王国を出発した時は肩口の長さの髪だったが、今は少し伸びていた。だけど、まだ髪を切る程ではないだろうと梳かしながらに思う。
 このエゼルバルドがヒルダの髪を梳かす事などは孤児院を出ている二人なら当然の事であるが、貴族などでは男子が女子の髪を触る事や体を拭く事は御法度であると教育されている。男尊女卑のこの世界ではエゼルバルドとヒルダの仲の方が珍しいのであった。






 エゼルバルドとヒルダの二人が揃って酒場へ朝食を食べに行くと、他の四人はすでに朝食を終えて、空になった食器が高く重ねられていた。手元にはジョッキやらグラスやらが握られ喉を潤しているところだった。


「遅かったね。頭が痛いとかはない?」


 鼻孔をくすぐる匂いのハーブティーを飲みながらスイールがヒルダに尋ねる。スイールの目の前でヴルフのアルコール度の高い酒を奪い飲み干すマネをしたのだ。心配するなと言われても、はい、そうですか、と言う訳にもいかないだろう。


「起きた時は最悪だったけど、毒回復アンチポイズンを使ったから大丈夫よ」


 四人掛けのテーブルは満席であったので、エゼルバルドとヒルダの二人は横の二人掛けのテーブルへと腰掛け、注文を受けに来た女性の店員に朝食のセットをお願いする。


「全員揃った所でこれからの予定を決めたいのですが、私としてはノルエガまで行く商隊の護衛に混ぜてもらおうかと思ってます。皆はどうでしょうか?」


 当期のポットからカップにハーブティーを注ぎながらスイールが提案をした。エルザの杖が戻ってきたため無駄な旅を続けるよりも、少しでも依頼をこなし、小銭を稼いだ方が良いと考えていた。それにはヴルフも賛成であり、


「ワシはそれで構わん。しばらく暗い所は遠慮したいもんじゃ」


 真っ暗な闇の中に丸二日も入っていたのだ。太陽の下で活動したいとは本心であろう。ただ、そんな地下迷宮がボコボコと湧いて出てくる程、地下迷宮は無いのが実情である。


「今回の地下迷宮の探索で満足したわ。本当はベルグホルム連合公国で見つかった地下迷宮に入りたいって思ってたけど、行くとこ行くとこ噂が無いんだもの。隠したいのが本心じゃないかしら。ちなみにウチも護衛には賛成ね」


 ヴルフに続いて地下迷宮の探索を満喫したアイリーンも護衛に賛成だった。これが、ワークギルドで受けた依頼された地下迷宮の探索では満足する事が出来なかったと思えば丸々一つの地下迷宮を探索できたのだ、それで不満などあり得ないだろう。それに加えて、小鬼ゴブリンが貯め込んだ金貨や宝石、それに魔力機器マジカルマシーンを手に入れた事も大きい。


「私は護衛の依頼でも構いません。エルフの里に戻るにはノエルガから出る船に乗らなくてはならないので」


 そして、エルフのエルザはスイールに一緒に探して欲しいと頼んだ、エルフの杖を見つけ出した事が大きい。それを届けに一度エルフの里へ帰ろうとしていた。スイールはもう少しエルザと旅をしたかったが、目的を達した今はそれを無下にして、帰るのを遅らせるわけにはいかなかった。


 そして、頼んだ朝食が目の前に来たエゼルバルドとヒルダも当然ながら護衛の依頼を受ける事を承諾する。反対する理由も無いし、防具を作り直したいと思った。何より、ヒルダの空腹状態が限界を迎えていた為に二つ返事で返したのだ。


「それじゃ、私は早速ワークギルドに顔を出す事にしよう。皆はどうする」


 スイールがテーブルの三人、ヴルフとアイリーン、そしてエルザに声を掛ける。一人で行っても構わないのだが、念のため声を掛けたのだ。


「それならワシが一緒に行くか」
「ウチはヒルダが食べ終わったら矢の補充に行ってもらうわ。ヒルダも武器が欲しいでしょうから」
「私は部屋で休んでいます」


 スイールの問いかけでワークギルドへヴルフが付いて行く事になった。そして、昨日、変な鍛冶屋に入ってしまい矢の補充が出来なかったアイリーンは武器の手持ちが欲しいヒルダと共に回りたいらしい。
 エルザは体を休めたいのか、部屋に籠って寝ていたい様子であった。


「エゼルとヒルダはどうする?ヒルダはアイリーンと行くと思うが」
「オレは部屋にいるよ」
「わたしはアイリーンと出掛けるわ。昨日は散々だったもの」


 一緒のベッドから起きてきた二人であったが、街を見て回るのはヒルダのみだった。今、一番困っているのはメインの武器をヒュドラに壊されたヒルダとヴルフなのだが、ヴルフは魔法剣で不破壊属性の魔法が掛けられているため武器の破壊を考慮する必要がない。だが、ヒルダは壊れにくいとされる軽棍ライトメイスを破壊され、使いなれないショートソードしか持っていない。護衛の依頼を受けるには最低でも軽棍だけでも欲しいと感じたのだ。


「それぞれ好きに行動すると良い。ワシ等は早速行くとするか。のぅ、スイール殿」
「そうですね。依頼は無理にならない程度にしますから、期待しないで待っていてください」
「そうするわ。ヴルフはまだ治ってないんだから暴れちゃだめよ」
「ヒルダはワシを何だと思っているんじゃ。暴れ馬じゃあるまいし……」


 ヴルフが返した言葉に一同がクスッと笑い声を立てる。ヴルフとしては笑いを取るつもりは無かったのだが、なぜかそうなってしまったと、頭を抱えるしかなかった。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「時間が早すぎましたか?」
「確かにな。もう少し後ならゆっくりと依頼を見る事が出来たんだろうに」


 朝食を終えて準備を整えたスイールとヴルフの二人は、早速ワークギルドに護衛の依頼が無いか確かめに来ていた。普段、人の少なくなる時間を見計らう為、こんなに混雑する時間に足を踏み入れることは無かった。
 今更、宿に帰り出直すなど面倒な事になるのは御免だと、二人がけのテーブルへ腰掛ける飲み物を注文する。そして、スイールは鞄の中からベルグホルム連合公国を旅している中で手に入れた本を読み始め、ヴルフは活躍の場が無かった解体用のナイフの手入れを始めた。


 スイールとヴルフの二人は周りから見ても異色で、この辺りで見慣れぬ者達との認識を持たれていた。たった二人に何ができると冷たい目で見られるが、忙しい時間帯では絡まれ事も無く、小一時間ほど平和に時間を潰すことが出来た。
 人が少なくなった所で二人は依頼の掲示板を覗きに移動する。


「護衛の依頼は結構多いな」


 掲示板には無数の依頼が貼られている。一番多いのはベルグホルム連合公国内を移動する商隊の護衛だ。都市間の移動は道が整備されているだけあり移動が楽である。その為、馬車の行き来が活発に行われ、商隊護衛の依頼も多い。また、商隊の数が多い事はそれを狙う盗賊の類も出没する可能性も少なくない。


 だが、国内から別の国へと行く商隊は少なく、また行先も陸路アーラス神聖教国に向かう商隊しか見えなかった。


「仕方ないですね。一度ライチェンベルグに行ってから次の護衛を探しましょうか……ん?」


 直接、自由商業都市ノルエガへ向かう事を諦め、途中までの依頼を受けようと掲示板に手を伸ばそうとしたとき、スイールの目に見知った顔が二つ、目に入って来た。
 ロニウスベルグへ来る時に小鬼に襲われていた商隊を率いていたエルワンと護衛のリーダーをしていたオディロンであった。エルワンはノルエガに居を持っている商人で、当然ながら店舗も構えている。
 二人を目で追うと依頼カウンターへと向かっていた。


「これはもしかするとですね」


 ヴルフを連れ、エルワンの元へとスイールは急いだ。そして、なるべく驚かさないようにコツコツと足音を立てながら近づき横から声をかける。


「エルワンさん、おはようございます。護衛の依頼を頼みに来ましたか?」


 足音には気づいていたが、まさか声を掛けられるとは思わなかったエルワンは驚き横へ顔を向ける。それよりも前に、オディロンはスイールに気付いていたが敵では無いとして警戒を解いていた。


「これはこれは、スイールさん。今日はお二人ですか?」


 商売っ気の無い笑顔で挨拶をするエルワン。これにお金が絡むと商売上手の顔になるのであろうが、今は知り合いに挨拶をした程度なので裏表のない笑顔をしていたのだ。


「ええ、今日は二人で依頼を眺めていたのですが、良いのが無くて。ノルエガまで護衛の依頼を探していたのです」
「なるほど。それでは私に雇われませんか?丁度、ノルエガに帰ろうと思って依頼をする所だったのです。あなた方の実力は承知していますので、受けてくれるなら安心できます」


 スイールが予想した通り、エルワンは帰りの護衛を雇うための依頼を出す所であった。
 スイール達は地下迷宮を探索している最中に、このロニウスベルグをエルワン達がすでに出立しノルエガに向かっていると思っていたので初めから候補にすら入っていなかった。ノルエガに到着した後に知り合いの店を紹介してもらおうと考えていたのだった。
 ノルエガまでの護衛を依頼するのであれば渡りに船と、それに乗る事にした。


「私達でよければお受けいたします」


 軽く頭を下げエルワンに告げる。それを聞き、エルワンも機嫌を良くしたようでスイールの手を取り喜んでいる。


「ぜひお願いします」
「私も御一緒で来てうれしく思います」


 エルワンもそうだったが想像以上の戦力を得た事でオディロンも肩の荷が下りたようでホッとしている。レンジャーの一人を失っていた為、遠くを見渡せる人材を失っていた事が痛かった。トレジャーハンターがスイール達にいた事を思い出したのも喜んだ一つでもある。


「そこまで書いてしまったのであればワークギルド経由として依頼を受けますのでそのまま提出してください。この場で依頼票を貰いますので」


 エルワンとスイール達が護衛の依頼を受ける事で合意した後で、翌日の九時頃に出発したいと告げられる。早く出発する事に異論はないスイールとヴルフは集合場所を確認し、準備のため別れた。

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