奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十六話 地下迷宮探索 十一

「目が覚めたから連れて来たよ」
「ありがとう」


 スイールの元へダメージが少なく、周辺を見回っていたアイリーンが戻ってきた。手にはエゼルバルドが愛用するブロードソードが握られており、綺麗な刀身が鈍い光を放っている。その後ろからは、ヒルダとエルザの二人が目が覚めたばかりだと、よたよたと拙い足取りで付いている。ヒルダはバックパックを片手に持ち、口からは無造作に詰め込まれた荷物が覗いている。チラッとだが下着がはみ出すのが見え、それをジロジロと見ない方が良さそうな雰囲気だ。
 二人とも衣服は土にまみれて汚れ、何もする気が無さそうな顔をしている。


「二人ともお疲れ様。私も疲れましたよ。ヒュドラも倒しましたからこのまま休憩ですね」


 精神的に限界を迎えていたスイールは、地面の上に胡坐をかき、舟をこぎ始めている。アイリーンにははっきりと聞こえる声であったが、瞼を開けているのが限界に近く気を抜くと眠りに落ちるとわかっていた。


「それは賛成する。もっともあっちで倒れている二人を見て来るから横になる準備位しておいてね」
「ああ、わかった」


 バックパックから地面へシート敷き、毛布を取り出してその場へ広げるともう限界だと横になり、鞄を枕に寝息を立て始めた。
 アイリーンはヴルフとエゼルバルドの元へと歩いて行ったが、ヒルダとエルザはスイールの横にシートを敷き、毛布を取り出すとブーツを脱いで疲れたと腰を下ろした。スイールの杖にかかっている魔法の光を光源に二人はお互いの汚れ具合を確認し合う。


「ずいぶんと汚れてるな」
「うん。お互いにね」
「二回も飛ばされていた様だが体は大丈夫か?」
「ちょっと痛いけど、大きな怪我や骨折は無いから今のところは大丈夫よ」


 疲れた表情ながらやり切った感をにじみ出し二人の会話が弾んでいく。主に土にまみれた姿をお互いに言い合う事がほとんどであった。その会話の最中にもヒルダは回収したバックパックの中身をシートの上に出し、丁寧に畳んで仕舞い出す。食料から調理道具、寝具、そして下着と、拾い忘れは無いかと確認をしながら。


「ふ~ん、ヒルダってかわいい下着持っているのね」
「これ?アールストで見つけたのよ。他でも売ってるかもしれないから何処かの街で一緒に回ってみる?」
「そうね、時間があったらお願いするわ。アイリーンも誘うの?」
「もちろん誘うわよ。彼女は可愛いじゃなく、もっと大人の下着を希望するかもしれないけどね」


 バックパックの中身を仕舞い込んでいるヒルダと他愛のない話をしていたら、なぜか井戸端会議ガールズトークに発展する二人であった。






 その二人から離れ、ヴルフとエゼルバルドの元へと歩いて来たアイリーン。自らのショートソードに生活魔法のライトを掛けて光源を確保し、二人を見て行く。動かない姿から死んでいるのではと思わせるが、ライトの光を浴び胸が上下に動くさまを見れば一安心だと、安堵の表情を見せる。
 二人とも外傷は見えないが、ヴルフの口元に血の流れた痕を見つけ、鞄から綺麗な布を取り出して口元を拭いて行く。幸いな事にヴルフが横を向いていたために口に含まれた血液が肺に入り込む事は無かった。エゼルバルドの手が血で汚れているのを見て、彼が治癒を施したのだと認識する事が出来た。


(二人とも大丈夫そうだけど寝ているのかしら?シートを敷いてその上に寝かせておいた方が良さそうね)


 バックパックから地面へ敷くシートを取り出し、二人の側へシートを広げる。寝ている二人からバックパックをなんとか下ろし、ゴロゴロと転がしてシートの上へと移動させる。バックパックを枕替わりに頭の下へと押し込み、やっと人心地を付く。


(二人ともいい寝顔ね。それにしてもあのヒュドラを倒したんですからもしかしたら……。いえ、それは考えるだけ野暮ね)


 二人の寝顔を見つめ、ヒルダとエルザの元へと足を向けるのであった。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「あぁ、ずいぶんと寝ていた様だな」


 ヴルフが目を覚ました。布のシートの上に寝かされているのがわかるが、体のあちこちから悲鳴が聞こえる。特に腹や脇腹に鈍痛が走り痛みに顔を歪めるほどだ。
 何とか上体を起こして最初に目に入ったのは、同じシートの上に寝息を立てているエゼルバルドであった。胸当ての正面に凹みはあるが怪我をした様子もない。ホッと溜息を吐くとエゼルバルドをゆすり目を覚まさせる。


「エゼル、起きろ。そろそろ目を覚ました方が良さそうだぞ」


 ゆさゆさと体をゆすられ、ようやくエゼルバルドが目を覚ます。眠いそうな眼をこすりながら上体を起こし、起き抜けの顔で挨拶をする。


「あぁ、おはよう。体の調子はどう?」
「調子?腹のあたりがズキズキ痛むが、ワシはどうなってたんだ?」


 体の調子と言われて起きた時の感想を正直に話す。腹や脇腹に鈍痛が走り、それを思い出すだけでも顔が歪み脂汗が滲み出る。それに腕や脚にも何処かに打ち付けたのか動かす度に痛みを伴い、体全体が悲鳴を上げている様だと。


「まぁ、口からあれだけ血を流せば当然だね。一応、内蔵の傷は魔法で治してあるけど、しばらくは無理しない方がいいよ」
「ん?内臓……だと?」
「うん。ヒュドラに止めを刺した時に最後の一撃を喰らって、盛大に吹っ飛んだからね」
「あ……、そう言えばそうじゃった……」


 ヴルフは気絶する前を思い出していた。ヒュドラが体当たりを掛けようと迫った所を、カウンター気味に刺さった剣に蹴りを入れ喉元深く突き刺す事に成功し、止めを差したのだ。だが、そこから逃げ出す事が出来ずに鞭のようにしなったヒュドラの首がヴルフを襲ったのだと。
 打ち所が悪ければここで話をしておらず、埋められていたかもしれない。それだけ運が良かったと思わざるを得ない。


「おや、二人とも起きましたか」


 まだ眠そうな顔をしたスイールが二人に近づき声を掛ける。ヒュドラに限界まで魔法を放ち、まだ疲れが取れていないと顔に現れている。魔法が使えるまで回復している様だが半分ほどであろう。それはスイールを見上げるエゼルバルドも同じであった。


「今、目を覚ましたばかりだよ」
「ワシに起こされなければまだ寝ていたろう。寝坊助小僧が」
「誰のおかげで寝坊助になったと思ってるんですか?」


 いつもの事だが口の悪いヴルフがエゼルバルドに向かって悪態をつく。それは助けられた嬉しさの裏返しとなって現れただけだとわかっているからエゼルバルドもスイールもそれを承知で付き合っているので、笑顔で返してくる。


「まぁ、じゃれ合いはその位にして起き上がれますか?みんな揃って食事をしようと思っているんですが」


 エゼルバルドは”わかった”と言いながら立ち上がり、自らのバックパックを背負う。もう一つ残ったバックパックを拾い上げスイールへと渡すと、ヴルフに手を差し伸べる。


「まだ痛いでしょ。遠慮しないでいいよ、いつかのお返しだから」


 にっこりと笑顔でヴルフに話しかける。エゼルバルドが暗殺者に命の危機にさらされたときにヴルフに助けて貰った事に少しでも返したいと思っていた。照れ臭そうに顔を背けてヴルフがエゼルバルドの手に捕まり痛みが走る体を我慢しながら起こしてもらう。


「ふん、お返しなどいらんわ」
「このまま手を放して歩けるのなら、離すけど?」


 ヴルフの体の痛みは歩けるほどでないと知っているエゼルバルドは意地悪そうに答える。だが、ヴルフの答えはだいたいで予想が付く。我慢や強がるかのどちらかだと。その答えは……。


「今日の所は我慢してやるわい」


 予想通りの答えが返って来ると、エゼルバルドは微笑ましい気持ちになるのであった。
 スイールとエゼルバルド、そしてヴルフの三人はちょっとだけ離れた所へと移動するのであった。






「来るの遅いよ~。もう、食べてるからね~」


 ヒルダとアイリーン、そしてエルザの三人はバックパックから保存食を取り出し、銘々の好きな食べ方で口に運んでいる。女性三人は生活魔法が得意でパンや干し肉を炙って口に運んでいる。その食料も、”数日持てばよい”、との量であるため少しだけ節約していた。


「ついさっき起きたばっかりだし、ヴルフの怪我も酷いから仕方ないだろ。ヒルダは回復魔法をかけてあげてよ。まだ、あちこち痛いみたいだから」


 肩を貸して歩いていたヴルフをシートの上に下ろし、同時にエゼルバルドも腰を下ろす。ヴルフの顔は痛みに歪んだままで声を発する事もしなかった。数メートル歩くだけだったが相当な痛みを伴っていたらしい。


「それじゃ、回復魔法をかけるから楽にしていてね」


 ヒルダがヴルフに魔法をかけ、ヴルフの痛みが徐々に引いて行く。かなりのダメージを負った様で、治癒はすぐには終わらず、しばらく処置が続いたのである。


「ヒュドラは倒したけど、これからどうするの。できれば頑丈な素材として使いたいと思っているんだけど……」


 自らのバックパックから保存食を取り出し、適度に炙ってから口に運びつつエゼルバルドが話す。
 ヒュドラの素材、硬い鱗は鎧にぴったりだし、牙も頑丈で何かの武器につかえそうだ。それに余った鱗を売ればかなりの金額になりそうだとの目論見もある。
 自らの胸当てを見ればオーガーにやられた傷やヒュドラとの戦いで傷つき、使用限界を超えていると見られた。何か大きなダメージを受ければ体に直接ダメージが襲い来るだろうとわかっている。


「そうですね、あれだけの巨体ですから皮を剥いで使えばどうにでもなりそうですね」


 スイールもそれには賛成らしい。だが、スイールが使う場所は無いので他のメンバーの意見による所だそうだ。


「わたしは賛成。軽棍ライトメイス円形盾ラウンドシールドも壊れたし、胸当てもそろそろ限界みたい。その素材を使えるなら喜んで持って帰るわ」
「ワシもそれに一口乗らせてくれ。どこかに転がっているが、棒状戦斧ポールアックスが壊れているから、修理なり、買い替えるなりに金が必要じゃ。それにこの鎧だってボロボロじゃろう。まぁ、金には困っておらんがの」


 治療中のヒルダとヴルフも賛成だと声を上げる。装備が壊れたのはエゼルバルドだけでなく、皆も壊れていたようだ。このままでは命に係わる事であるために、新調するには良い時期だと。それに装備を強化するにはぴったりな素材である。


「それなら私だって作りたい装備くらいあるわよ。弓を構えた時に守る籠手と左胸のガードは欲しいわ」
「余るなら私も欲しいわね。ヒュドラの鱗なんてエルフの里でも誰も持っていないもの」


 アイリーンもエルザもやはり賛成している。それだけヒュドラの素材には魅力があるようだ。


 そもそもヒュドラの素材とはどれだけの価値があるかと言えば、その素材自体が百年単位でしか出てこない程の貴重素材で、市場価格が付けられない程の価値がある。硬さは下級竜種ほどあり、魔法耐性においても素晴らしい効果を持つ。
 その素材を巡っては過去に戦争が起きたとも言われている。あくまでもこれは噂であるが。


「それなら軽く食事を済ませて解体しましょう。鱗と牙だけで良いかと思います。骨は……今回は諦めましょう。私とエゼルバルドとエルザで解体します。それからアイリーンはこの先の偵察をお願いします。ヒュドラがいたこの場所に、ウロウロとしている獣はいないでしょうから」


 干し肉を咀嚼した後で、生活魔法で出した水で喉の奥へと流し込みながらスイールが指示を出す。ヴルフの治療でヒルダの手は離れそうにないので終わり次第解体に参加となった。






 食事の終わったスイールとエゼルバルド、そしてエルザの三人は力尽き横たわっているヒュドラの前に立っていた。


「それにしてもよく勝てたわね」
「ギリギリでしたね。一人の死者も出なかったのは幸いですよ。下手をすれば吹き飛ばされたヒルダとヴルフは命を失ってましたから」
「そう考えると運が良かったと言うしかないのか……」


 ヒュドラとの戦いを思い出し、先頭が如何に苛烈だったかを語り合う。エルザも前線で戦った一人でありヒュドラの怖さが体に染み込んでいた。


「でも、逃げれば戦わずに済んだのに、何でみんなして戦ったのでしょうかね?」
「そう言えばそうだね。なんでだろう?」


 スイールの問にエゼルバルドが頭をひねるがその理由が思いつかない。もしかして、強敵を打ち倒さなければならないという強迫観念に駆られたのかと思った。ヒュドラと戦っていた時は気分も高揚していたなと思い出した。倒した今は笑顔でいられると三人は笑みを浮かべる。


「それにしてもこんなキツイ戦いはもう戦いたくないです。二度と御免ですね」
「「同じく」」


 ヒュドラと二度と対戦したくないと気持ちが同じになった三人は、それからヒュドラの解体に手を付け始めた。
 まず手を付けたのは二本の剣が刺さっている部分。その剣を抜く作業であるが、すでに数時間経っている事から簡単には抜かせてくれない。硬く締まっているとは言え、ナイフが入るだけの傷が付いているので、何とか皮を剥ぐ事に成功する。そこから肉にナイフを入れヴルフのブロードソードとエゼルバルドの両手剣を取り出す。


「さすがに二本とも魔法剣ですね。血のりすら付着していないとは。両手剣はエゼルに返しますね。ブロードソードはヴルフの持ち物ですから後で返しましょう」


 両手剣はエゼルバルドに渡り、ブロードソードは解体が終了した後でヴルフの元へと返って行った。


 その後は一本目の首の皮をすべて剥ぎ取り、同様に二本目も解体。首から上が吹き飛んだ三本目の首は首回りの皮のみを剥ぎ取る。
 この時点で一時間程経過しヴルフの治療が一段落したヒルダが解体に参加を始める。


 首の皮を剥ぎ取った後は体の解体に手を付ける。背中のひれの部分をばらさない様に気を付けながら皮を剥ぎ取っていく。体と尻尾の解体を一時間程で終了し、すべての皮を回収する。
 その後は二つの頭から牙を何とか抜き取り、七本の牙を手に入れた。爆散した頭とエゼルバルドが切り飛ばした牙が回収できずに残念に思うのだ。


 食べられるかわからない肉と内臓、そして骨等を一か所に集め、ここから出る時に焼却処分にする事にして解体は無事に終了した。


「これだけあれば六人の装備を整えても余る位ですね。一気に装備を新調しましょう」
「これで鎧を作るのが楽しみだな~」
「そうね。わたしは盾も作りたいしね」
「私はブーツに使いたいですね」


 ヒュドラの素材の使い方を楽しみに語り合う四人でだった。そこへアイリーンが暗闇から戻って来て、その手に握られていた物に四人は驚きの声を上げた。

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