奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十五話 地下迷宮探索 十 満身創痍







    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 エゼルバルドはヒュドラに苦戦していた。横を見れば同じようにヴルフも苦戦している。理由はヒュドラの赤黒い鱗に剣が役に立たないのだ。それでも何とか口腔内を攻撃し幾分かダメージを与えているはず。だが、目の前のヒュドラはそれを何も無かった様に動きを緩める事も無く口を開け、噛み殺そうとその牙を突き立てようとしている。


 だが、右手にいるヒルダとエルザの二人がヒュドラの頭を爆散させ、頭を一つ潰している。イレギュラーが続いたとはいえ、後衛の魔術師が前衛に出てきて仕留めるなど何か仕掛けがあるのだろうと、隙を見て話しを聞きたかった。だが、爆散させる少し前にヒュドラが暴れヒルダとエルザの両人ともが暗闇へ飛ばされ、姿を現すことは無く聞く事が出来なくなってしまった。
 エルザも心配だが、やはり自分の結婚相手のヒルダには格別な思いがあり大丈夫かとやきもきしているが、眼前に強大な力を持ったヒュドラがいる為にその気持ちは表に出さずにはいるのだが。


 ヒュドラと相対して四十分が過ぎようとしている。剣を振るう手に微妙にだが疲れが出始め握力が失われ始めている。ヒュドラの固い鱗に何度打ち込んでいるのだろうか。終わりの見えない戦いに焦りが出て来ても不思議ではないだろう。


 少し心が折れ始め、撤退を考えた時であった。ヒュドラの顔に炎の魔法が炸裂し、燃えているのが見えた。炎を爆散させずに延焼させる高度な技術でスイールが放ったのはすぐにわかった。


「エゼル、はすぐ使えますか?」


 スイールが問いかけてくる。とはエゼルバルドが冬の間、身体能力向上と共に訓練を重ねてきた魔法、エゼルバルド自信が暴走した時の記憶にある魔法だ。


「あれは準備に時間が掛かる」
「準備にどれ位掛かりますか?」
「二分、いや、今はもっと掛かる」
「三分は見ておきましょう。準備を始めてください」
「わかった」


 後衛のスイールに攻撃参加をしてもらうのは心苦しいが、今持てる最大の力を発揮するにはそれしかないと、ヒュドラの視界を奪っているこの好機に間合いを大きく取り、魔法発動の準備を始める。


 普段であれば魔力発動の補助媒体である魔石を組み込んだブロードソードで訓練をしている為、発動まで一分強ほどで済む。しかし、今手にしているのは、そのブロードソードではなくスフミ王国の地下で魔法剣に変えられた両手剣だ。その質量を以て敵を殲滅するには十分な威力を発揮するが、魔法を併用しての戦闘には魔石と言うピースが足りない。腰にブロードソードがあれば何も憂慮する事は無いのだが、今はそれも無く地力で発動させるしかない。
 しかもこれから使う魔法は持てる魔力の八割を消費し、尚且つ効果時間も短い。完璧に使いこなせず、まだまだ訓練途中なので威力も少ししか上がらない。
 未熟な魔法を使わざるを得ない己を恥じるが、期待してくれる人がいるなら命を掛けてでも成功させ敵を駆逐するだけだと己を奮い立たせる。


 膨大な魔力がエゼルバルドの持つ両手剣へと流れ込み始める。難しいのは魔力を剣に留めておくことだ。コツを掴めず、いまだに苦労している。放出系の魔法と違い、その魔法を使える魔術師がほぼいない事が、この魔法の発動がいかに難しいかを物語っている。
 少し向こうではヴルフが剣を振るい弾かれている姿が、すぐ前ではスイールが魔法を連発し肩で息をし始めている姿が見て取れる。もう少し、もう少し持ってくれ、と胸中で呟く。


 発動準備を始めてから二分が経過し後三十パーセント程となった時である、スイールの魔法を発動する速度が明らかに落ちてきた。ヒュドラに当たる魔法の音を聞いて何発の魔法を撃っているのかわからない程だ。さすがのスイールもその速度で打ち込んでいれば魔力が付き始めてもおかしくないだろう。
 魔力が枯渇気味になってきたスイールが叫ぶ。


「エゼル!まだですか」


 スイールが息を切らせながらエゼルバルドに準備を急がせる。限界が近いスイールの悲痛な叫びだ。


「ゴメン、もうちょっと」


 あと少し、あと少しで必要な魔力が集まる。少しだ。
 スイールの魔力が枯渇し片膝を付くと同時に、エゼルバルドの両手剣に魔法を発動させるだけの魔力が集まる。


「!!」


 魔法を撃つ限界を迎えたスイールが、ヒュドラの目の前で体を大きく揺すり膝を付く。意識を保つくらいの精神力しか、もう残っていないのであろう。
 そのスイールに向かいヒュドラが牙をむく。鎌首を持ち上げ一方的に攻撃を仕掛けてきた敵に向かい、口を大きく開け、特徴的で鋭利な牙がギラリと光る。後は目の前の敵を一噛みにすればお終いだと。


「させるか!!」


 魔力を込めた両手剣を横に構え、ブーツが踏み固められた地を抉りながらヒュドラへと暴力的な速度で駆け始める。スイールの、そして父親である命を守るためにこの剣を振るうのだと。


魔装付与・炎エンチャントファイア!!」


 ヒュドラの手前二メートルで魔法を発動させる。
 エゼルバルドが握りしめる両手剣に集められた魔力が圧縮され炎と化し、刀身から漏れ出た熱を撒き散らす。刀身のエッジがわずかに赤く光り両手剣に魔法がまとわれたことを示す。
 スイールに目標を定め鎌首を振り下ろそうとしているヒュドラに向かい、固く握りしめた両手剣を一閃する。わずかに、いや、むしろしっかりと肉を切り裂く手ごたえが両手剣を通りエゼルバルドに伝わる。白く少し柔らかい鱗と言えども、硬質な鱗なのは変わりなく、切り裂いた鱗からは”キンッ!”と甲高い金属音が辺りに響いた。


「ゴメン、遅くなった」
「遅いですよ。待ちくたびれました」


 間一髪、スイールに攻撃が始まる直前にヒュドラへ一撃を加え、攻撃の機会を奪う。白い鱗には横一文字に傷が付きうっすらと赤い血がにじみ出ている。ヒュドラに傷さえ与えられなかった剣の攻撃で傷をつけた瞬間であった。
 そして、ヒュドラへ反撃ののろしが上がった瞬間でもあった。


 スイールの目の前に立ったエゼルバルドはスイールの無事を横目で確認すると、間髪を入れずヒュドラに向かい剣を振るい始める。狙いは傷のついたヒュドラの首元。一点突破でヒュドラの首を落とすために。
 たとえ両手剣に魔力を纏わせているとは言えヒュドラの首を一撃で切断するだけの力は今は無い。その為、何度も切り付け傷を広げ、深く切り裂くしかないだろう。
 だが、ヒュドラもただやられる訳にはいかない。目の前の得体のしれない術を使う敵を追い詰め、後は腹に入れるだけであったはずなのに、それよりも強大な力を持った敵が現れ、傷を負わないはずの体に傷を負わせているのだから、脅威に思うだろう。その敵を倒すために鞭の様に首を使い、敵を叩き潰そうと首を振るう。


 ”ギャンッ!!”


 ヒュドラの首がエゼルバルドに振り下ろされる。今まで見てきたヒュドラの攻撃に当たるほどまだ疲れ切っていないエゼルバルドは、横に躱すと同時に両手剣を一閃する。両手剣とヒュドラの頭が交差し、細く白い何かが折られスイールの目の前にくるくると回転しながら落ちる。ヒュドラの牙が一本、エゼルバルドに叩き折られたのだ。
 エゼルバルドと交差したにも関わらずヒュドラの頭は威力を殺される事なく地面へと激突し、小さなクレーターを作る。踏み固められた地面にクレーターを付けるほどに、ヒュドラの攻撃力は強大であったがエゼルバルドはその力も使い一撃を加えた。


「チッ!一撃無駄になった」


 ヒュドラの牙がおられ一瞬だがヒュドラに動揺の心が生まれ鎌首を持ち上げる。それを好機とエゼルバルドが両手剣で乱舞を踊るようにヒュドラへ畳みかける。一閃、また一閃とヒュドラの傷が深くなり血が溢れだす。


「これで終わりだぁ!」


 両手剣を突き出し、ヒュドラの首に両手剣を突き立てる。ヒュドラの首の骨を避けて人の胴回りもある首を両手剣が貫通する。そして、力の限り横へ剣を振るうとヒュドラの首が半分ほど切断され、断末魔の叫びと共にヒュドラの血飛沫が舞い散る。


「あと少し!!」


 ヒュドラの血飛沫が中に舞うのを見たエゼルバルドは最後の一撃をと、残った一本の首に向かい両手剣を走らせる。


「ヴルフ!避けて」


 その言葉が耳に届くと同時にヴルフはその場から横へ飛び退き、エゼルバルドが攻撃する軌道からその身を除ける。そして、ヒュドラにエゼルバルドの両手剣が暗闇に赤い軌跡を残しながらヒュドラの首元へ切り込まれる瞬間、両手剣から出ていた熱が急激に収まりエッジの赤い光は失われていった。魔装付与・炎エンチャントファイアの効果が終わった瞬間であった。それは、ヒュドラに両手剣が吸い込まれた瞬間であった為、ヒュドラにわずかであるが傷をつける事に成功した。


 エゼルバルドは両手剣をヒュドラから強引に引き抜くと、横へ飛び退きヒュドラとの距離を取ると改めて両手剣をヒュドラに向ける。
 たった三十秒であるがヒュドラの首の一本を切り殺し、ヴルフと相対する最後の一本にうっすらとであるが血を滲ませるだけの傷を負わせた。
 最後の首にはそれで十分だった。後は何とかなる、と肩で息をしながらエゼルバルドは目の前のヒュドラを見上げる。


 目の前のヒュドラは二本の首を失い、我を失いかけている。一本目の首を爆散されたときには邪魔な首はいらないと自ら排除していたが、今は中央の首が血飛沫を上げ垂れ下がったままだ。血飛沫から濁流となったヒュドラの血が首の切断面からドクドクと滴り落ちる。
 巨体のヒュドラと言えでもあれだけ血液を失えば動作は鈍るだろうと予測もあり、最期はうっすらと付いた傷に刃を突き立てるだけと、剣を目の前に付きだし構える。
 少し離れた所にヴルフが見えるが、同じように剣を突き出すように構えている。考えている事は同じであろう。


「エゼルよ。まだ余力はあるか?」


 ヒュドラの攻撃にさらされ、鎧もボロボロになりながら剣を振るっているヴルフがヒュドラを牽制しながらエゼルに尋ねる。ヴルフもそろそろ限界が近いと見え、肩で息をしている。最後の一撃を放つために息を整えると自然に眼光が鋭くなる。


「魔力は残って無いが、アイツの首に一太刀突き立てる位ならいけますよ」


 ヒュドラを見据えながらヴルフに返す。


「よし、それじゃぁ、行くぞぉ!!」


 ヴルフが叫び、ヒュドラの最後の首を落とす為に地を蹴り走り出す。同時にエゼルバルドもヒュドラに向かう。まだ五メートルは離れているがヒュドラの首の攻撃範囲は三メートル。二歩も踏み出せばヒュドラから攻撃を受ける範囲だ。それでも二人はまっすぐヒュドラに向かう。
 ヒュドラは二人の気合に気圧けおされたのか刹那の瞬間であるが、首が振るわれるのが遅れた。その時間だけで十分で二人はヒュドラの攻撃をかいくぐり、エゼルバルドが少しだけ付けた傷に向かい、二人が同時に剣を突き立てる。
 先程までは渾身の力で突き立ててもわずかに刺さるだけだった白い鱗に、今は深々と刃が突き刺さっている。ヴルフの刀身は中程まで、エゼルバルドの両手剣は三十センチ程だ。


 突き刺さった剣の痛みに悶えるヒュドラは、自らに傷を負わせた敵を蹴散らすために首を振るう。その速度があまりにも早く二人はその場を離れるのがやっとで武器を手放してしまった。ヒュドラの首に二本の剣が突き刺さったままで、ヒュドラの首が鞭のようにしなりながら暴れまくる。


「やはり硬いな」
「鱗もそうだけど肉や骨も硬すぎる。剣が骨をかすったらそこで止まったよ」


 ヒュドラの最後の一暴れを眺めながら二人が呟く。手持ちの武器はすでになく、ヒュドラに刺さった武器を如何にかするしかなく手詰まり感が高い。魔法を使う余力もなく満身創痍だ。
 ヒュドラの首や尻尾が何もない宙に攻撃を仕掛け、風圧がここ前で届きそうな勢いだ。その動きも収まり、そろそろ命が尽きるかと見ていた時、ヒュドラの目がエゼルバルドとヴルフを見やると、二人めがけて突進してくる。
 最後の力だろうとエゼルバルドは躱す事を選択したが、ヴルフはヒュドラに向かって走って行く。ヒュドラの最後の力を振り絞り鞭の様にしなった首がヴルフに向かう。


「とりゃぁぁぁぁぁ!!」


 ヴルフがヒュドラに刺さった自らのブロードソードに蹴りを放ち根元まで押し込む。胴回りほどあるヒュドラの首を突き破り、刃が貫通し血に濡れた刀身の先がその姿を現す。
 そして、蹴り上げたヴルフの無防備な胴体に、ヒュドラの最後の断末魔と共にうねりを上げた首がヴルフを捉え宙を舞った。


「ギャァァァ!!」
「ぐふぉっ!」


 ヴルフの体が二メートル程飛ばされ、ゴロゴロと地を転がる。しばらく転がり続け数メートルでヴルフの体が腹ばいの状態で止まる。スイールの持っている魔法の光ギリギリの照射範囲だった。
 エゼルバルドの目の前では最後の力でヴルフを跳ね飛ばしたヒュドラが、力なくその体を地に伏すように倒れこみ、命を燃やし尽くしていた。


「ヴルフ!!」


 ヒュドラの首がまだピクピクとうごめいているのを横目にエゼルバルドはヴルフに駆け寄る。ヴルフを抱き起しハッと息をのむ。顔は青ざめ、口から地面へと滴り落ちる程、口から血が溢れて来る。
 口の中でなく体の中で出血する程の怪我を負っているのだろう。なけなしの魔力を絞り出し、ヴルフの内臓の出血を止めていく。ほぼ魔力が尽きる頃になって、やっとヴルフの顔の色が良くなり出し、血が流れ出るのが見えなくなる。
 やっと終わったとエゼルバルドはがっくりと腰を地面に下ろすと大の字になって仰向けにある。もう限界とばかりに、瞼を瞑るとそのまま意識を手放していった。



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