奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十四話 地下迷宮探索 九 反撃開始

「ヒルダ!エルザの援護を」
「え、私が援護するの?」


 ヒュドラの攻撃を咄嗟に躱しながらスイールの言葉に驚く。攻撃は前衛である自分の仕事で後衛のエルザが援護をして戦闘を組み立てると思っている。それがエルザが前衛で攻撃を開始し、その援護となれば後ろへ下がるのか?と疑問が生じる。
 エルザを見れば魔術師として大切な杖を振るいヒュドラに攻撃を加えようと頑張っている。だが、身の置き方、動き、攻撃速度、どれを取ってもヒュドラに対抗できるとは思えなかった。その中でも異彩を放つのは、エルザの持つ魔術師の杖が赤く輝きを放ち始めている事であった。その不思議な光景に目を奪われそうになるがヒュドラと対戦しているからと誘惑を振り払い、軽棍ライトメイスを目の前のヒュドラに振り下ろす。


「あと五十秒でこれをヒュドラの口に押し込めたい。協力して!!」


 エルザの口から出たのは時間制限がある事とその目的。とてもじゃないが協力できる訳が無いと焦りを感じる。いや、焦りだけで良ければ問題ないが、相手はヒュドラだ。噛み切る力は腕など簡単に千切るだろうし、鉄で補強されているとは言え盾もあまり役に立たないだろう。唯一と言えば右手でいつも握っている軽棍がなんとか対抗できるかどうかであろう。


 ヒルダの持つ軽棍は柄から先端まで鋼で作られ、ラドムの工房で鍛え上げられている。それでも先端はヒュドラに何十回と打ち付けておりそろそろ限界が近かった。不破壊属性の魔法でも付与されていたら別なのだが。


 ヒュドラが口を開けた状態で固定し、その隙にエルザの杖を口の中に押し込める。口で説明するには簡単な事であるが、針の穴を遠くから狙う程に無理がある。さらに、エルザの間合いはヒルダよりも二歩程遠くヒュドラの攻撃範囲ギリギリである。そこで杖を振るい何とか攻撃を当てている状態であろう。


 ヒルダの体の側をヒュドラの頭が通りぬけギリギリで躱せているが集中力が切れればどうなるかはわからない。早めに決着を付けなければと気持ちが焦る。






 ヒュドラは首を器用に動かし、敵に牙で噛み付こうと前から、斜めから、上から、下からと襲い掛かる。だが、その度に自らの牙を躱しちっぽけな痛みが丈夫な鱗の下に蓄積される。痛みは蚊に刺された程の小さいが、自らの攻撃が当たらないためにいら立ちを覚え始める。
 先程、目の前の小さな敵に尻尾で攻撃を与えたが、再度の攻撃が成功する確率は低いだろう。それだけ目の前の敵を強敵と見ていた。


 それからしばらく経ち、もう一つの敵が目の前に現れる。が、その敵は動きは遅い、攻撃は痛くもない、あらゆる面でヒュドラの敵ではない。そんな敵に目を向けるよりはチクチクと攻撃を与えて来る小さな敵の方がよっぽど忌々しい存在であったのは確かだ。


 口を大きく開け噛み付こうと首を鞭のようにして襲い掛かるが、それすらも避けられる。何とか当てなければとヒュドラにも焦りが現れ始める。焦りと呼んでいいのかわからないがそれの影響で攻撃が変わり始める。
 噛み付こうと考えていたヒュドラは鞭のようにしなった首を横に振るい出す。目の前の敵は盾を持ち、躱し耐えているがそれも限界の様だ。躱しきれずにその盾がヒュドラの顔に当たると砕け散った。金属で補強されているとは言えヒュドラの攻撃である、頑丈なだけの木と鋼さえ打ち返すヒュドラの鱗が互いに当たれば、当然ながらヒュドラに軍配が上がる。


 ヒルダの左腕の盾がヒュドラの一撃を受け砕け散り、そして、バランスを崩す。ヒルダは次の攻撃が致命傷になると予感し、ヒュドラは次の攻撃で仕留めると口を開け牙を突き立てるために迫ってくる。そして、ヒルダの目の前に現れたヒュドラの口がヒルダを噛み殺そうと勢いよく口を閉じるのであった。


”ガキン!!”


 ヒルダが噛み切られる音ではなく、金属が潰されるよな鈍い音が辺りに響いた。ヒュドラは何が起こったのかわからず、ただ顎に力を入れ口を閉じようとしている。さすがにヒュドラの顎の力は強大で徐々に口が狭まっていく。


 ヒルダは焦っていた。目の前にヒュドラの顔があり今すぐにでも閉じられそうなのだ。だが、目の前にいるヒュドラは口を閉じる事が出来ず、顎に力を入れている状態であった。そして、ヒルダの命を救ったのは右手に持っていた相棒の軽棍ライトメイス。鋼で作られ、さらにラドムの手により鍛え上げられ、幾度もヒルダと戦いを生き抜いてきた軽棍が命を救ったのだ。
 今、目の前の軽棍は柄の中央がくの字に曲がり始め徐々にであるが抵抗する力が弱くなっていく。あと数十秒持つかどうかだそんな相棒を無くしたくないと思っていたのか、何とか引っ張り抜こうとしているがヒュドラの力から解放される事は無かった。


「くっ!!」


 ヒルダが力を入れるがどうにもできない。相棒を諦めなければいけないのか、そう思った瞬間である。右からエルザがヒュドラに向かって突っ込み、赤く光り輝く寸前の杖をヒュドラの口から喉の奥へと突き刺した。
 口を閉じられないヒュドラにあっさりとエルザの攻撃が通ったのは、口が閉じられない為にヒュドラの視界が狭まっており、エルザの来る方向、--顎の下から--、が死角になっていたからであった。そうでなければエルザの攻撃など通用するはずも無かった。


 突然の事にヒュドラは首を横に振りヒルダとエルザの二人を弾き飛ばす。二人は飛ばされた勢いでゴロゴロと転がり、服が汚れでドロドロになる。止まった所で顔をヒュドラに向けるとヒルダの軽棍が折りたたまれ、鋭い牙をもつ口が強引に閉じられ、口腔内にヒルダとエルザの武器が消えて行った。


 それから二秒後である、ヒュドラの口腔内、それも喉付近から耳をつんざく音と共に爆発が起こり、ヒュドラ頭が吹き飛んだのであった。ヒュドラの鱗は固く外部からの攻撃に強いが、爆発などヒュドラ内部からの発生する力には弱かったのである。
 ようやく一本であるがヒュドラの首を仕留める事が出来たが、その代償として、ヒルダの軽棍ライトメイス円形盾ランドシールドは破壊され、エルザの魔法発動の補助をする杖も無くなり、戦力は半減してしまった。
 さらに吹き飛ばされた事により二人は、ヒュドラの攻撃が届かない遠くで疲れた表情を見せながら意識を手放していった。






 一つの頭が吹き飛んだ事でヒュドラに動揺が走る。まさか獲物と思っていた目の前小さき者達に首が飛ばされるとは思ってもいなかった。六つの敵がいれば一つの頭に二つずつの餌が飲み込めるはずであった。それが攻撃は碌に当たらない、倒れても立ち上がり攻撃を受けるなど、理不尽な事があっていいのかと。
 それでも目の前の敵を倒せば餌が手に入ると頭を切り替える。そして、ヒュドラは敵を殲滅に必要のない、邪魔になった首を排除する。


 中央の首が頭を失くした左の首の根元へ牙を立てると、そのまま首をひねり根元から首を千切って投げ飛ばした。ヒュドラとしては邪魔になった頭を排除しただけなのだが、見ている方にとっては驚愕する光景である。


 ヒュドラにとって首が一つ残っていればいずれ生えて来る、その程度でしかない。尻尾も同様で千切れてもいずれ元に戻る。だが、目の前の敵は全ての首を落とす力を秘めていると認識せざるを得なかった。それであれば全力を以て排除するしかない。
 一瞬芽生えた、強敵との戦いを楽しむ意識はすでに失われ、今は自らを傷つけるものを殲滅する意思と恐怖を心に宿していた。


 恐怖。それはヒュドラにとって初めて味わう感情であった。生命を脅かされる心配は今の今まで味わったことが無い。生まれて幾千年生きたとしても、この地はたまに迷い来る小動物以外に敵はいないのだ。そして、目の前に現れた自らを害する可能性のある敵に恐怖するのは不思議ではない。
 そして、ヒュドラが次に取る行動は至極簡単であった。


「ヒュドラが来るぞ、気を付けろ。アイリーンはヒルダとエルザのバックアップを」


 頭だけを振るい攻撃していたヒュドラが移動を始め、地響きと共に迫り来る。だが、一つ頭を落とされた事にバランスを悪くしている事に気が付いていないのか、重心がぶれる。


 両手剣を構えるエゼルバルドが切っ先をヒュドラに向けると、地を蹴り強力な一撃を加える。その攻撃は鱗の硬い蜥蜴人リザードマンでさえも貫き致命傷を与えるのだが、ヒュドラには通じることは無い。赤黒い鱗を避け白い鱗へと突き刺さるが切っ先が少しだけ刺さったくらいでダメージを与える事は出来ない。
 これは予想した事であるため、驚きもしないでエゼルバルドは横へと飛び退きヒュドラとの間合いを取る。


 少し遠めからヴルフとエゼルバルドの戦闘を眺めるスイール。外皮への攻撃はどんなに力があっても通ることは無いと改めて考える。エルザが提案した爆発エクスプロージョンを使うにしてもエルザの杖は爆散し、代わりの触媒が見つからない。それに同じ事が通じる相手ではないとも考える。
 ならば殲滅魔法で一撃のもとに倒そうか……とも考えたが洞窟が崩れ埋もれてしまう可能性もあり無理だとの結論を付けた。尤も、その魔法はこの場で使える魔法ではないのであったが。
 それなら、エゼルバルドの最後の力を借りるしか方法は無いと結論付けた。そのエゼルバルドの力も通用するのか、ある種の賭けでもあった。それにはエゼルと話をする必要があると、牽制の為、杖を前に出し魔法を発動するために精神を集中する。


火球ファイヤーボール!!」


 スイールの魔法が、エゼルバルドが攻撃中のヒュドラの頭に向かい火球が襲い掛かる。ヒュドラの頭に火球が命中し、ヒュドラの顔が燃え出す。幾分か魔力を込めた事もありすぐに消える事は無かった。


「エゼル、はすぐ使えますか?」


 ヒュドラに攻撃していたエゼルバルドが顔に攻撃された炎をみて一度間合いを開ける。そこでスイールからの問いかけを受け、口を開く。


「準備に時間がかかる。発動は三十秒くらい」
「準備の時間は?」
「最低二分!もしかしたらもっとかかるかもしれない」
「三分は見ておきましょう。そこを変わりますから準備してください」
「わかった」


 近接戦闘は得意でないスイールがエゼルバルドの代わりにヒュドラと相対する。軽い魔法を使えば三分位なら持ち堪えられるだけの精神力は残っているだろう。そして、一瞬で発動が可能でヒュドラに攻撃が出来る、威力は殆ど無く牽制するだけであるが。その間にエゼルバルドの用意が整えばヒュドラに勝ち得る力で殲滅できるだろうと。


「お前さんが前衛とは珍しいな、っと」


 ヒュドラの攻撃を紙一重で躱しながらヴルフが声を掛けて来る。何を今声を掛けるのかと内心で微笑む。ヴルフの思いもわからないでもないと。


「エゼルの力を使うには私が前に出るしかないでしょう、氷の針アイスニードル!」


 ヒュドラの顔を包んでいた炎が消えたので次の魔法を発動した。氷で出来た針がヒュドラの顔めがけて飛んでいく。ダメージは期待できない軽い魔法だ。ただスイールの魔力を消費するだけだが今は魔力よりも時間を稼がなければと次々に魔法を発動させる。


氷の針アイスニードル!」
火球ファイヤーボール!」
「もう一発、火球ファイヤーボール!!」


 スイールの魔法が次々にヒュドラの顔めがけて襲い掛かる。魔術師と呼ばれる職業で軽い魔法とは言え連発できる者がどれだけいるのかと思う程だ。
 それでもヒュドラにダメージは与えられず、辛うじてヒュドラが叫び声を上げようとしたときに口腔内に魔法が飛び込み、舌にほんの少しの傷を与えるだけだ。スイールの狙いはエゼルバルドが準備を終えるまで引き付けておく事。
 数発撃つと少し下がり、そしてまた魔法を撃つ。永遠と続くと思えるその時間。ヒュドラも何とかその攻撃を終わらせようと足を進めるが、右の首が牙を向けている敵が存在している為に前に進む速度が上がらない。ヒュドラの欠点、首は複数あるが体が一つしかない、そのために体の進む方向が安定しない。首だけで敵を追い詰めるのなら問題ないが、それぞれの首が近距離と中距離、もしくは遠距離を同時に相手に出来る程では無かった。
 ヒュドラは当初の目的を達せられず、ズルズルと戦いを長引かせていった。


 普通の人の数倍の精神力を誇るスイールだとしても、まもなく限界を迎える。エルザの杖に掛けた爆発エクスプロージョンが重く圧し掛かって来ていたのだ。あの魔法一つでスイールの持つ魔力の半分を持っていかれた。それでなくてはヒュドラの首から上を爆散させるなど不可能であっただろう。
 そして、ヒュドラの攻撃は届かないが、追い詰められているのはスイールの報であった。


「エゼル!まだですか」
「ゴメン、もうちょっと」


 チラッとエゼルバルドを横目で確かめるが膨大な魔力がその剣に集まりつつある。


(もうちょっとか、持つのか?私の魔力は)


 魔法を放ちつつ弱音を心に吐き出す。精神力の枯渇でもう限界だと魔法を撃ち出す手が止まり、肩で息をしながら脱力感と共に片膝を付く。


(間に合いませんでしたか。ここで逝くのは少し残念ですが、後はエゼルに任せましょう)


 目の前のヒュドラが鎌首を上げスイールに迫る。ヴルフが牽制をしているためゆっくりとだが、確実に近づく。そして、ヒュドラの口が大きく開きスイールに向かおうと照準を定めた。その時である。


 ”キンッ!”


 目の前にあるヒュドラの首に一筋の傷が付き、スイールを守るようにエゼルバルドが現れた。


「ゴメン、遅くなった」

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