奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第二十一話 地下迷宮探索 六 鬼の化け物
「何の音かしら?」
その異変に最初に気が付いたのはエルザであった。
微かにだが耳慣れぬ音が後方より聞こえだした。卵の殻を雛がつついて破る、そんな音であった。エルフの耳の性能であったのか、一番後方で待機していた為なのか、それはわからないが。
「ねぇ、何か聞こえない?」
エルザの問いかけに動きを止め耳を澄ますが、他の皆は何も聞こえないと首を横にする。トレジャーハンターでかすかな気配を感じるアイリーンでさえ、耳に届く音を感知できないでいた。
その音もエルザの耳に届かなくなると気のせいだったのかと我が耳を疑うのだが、確かに聞こえたと主張し、自らは細身剣を抜き後方からの脅威に対応しようと備える。
そんなエルザを見て、”心配する事無い、気のせいだ”と誰かが言うかと思ったが、エルザの行動を見て、剣を抜きエゼルバルドがエルザの横へと並んだ。エゼルバルドの耳には何も届かなかったが、エルザの危機を感じた顔に油断ならぬ何かがこちらへ向かって来るかもしれないと気を引き締めていた。
「オレの耳には何も聞こえなかったよ。でも、何かあるんだろ」
剣を抜いただけで構えてはいないが、何が襲い掛かって来ても対処できるだけの用意をしておく。少しだけ重心を落とし、いつでも飛び出せる様にでだ。
耳には何も届かなかったが、何時現れたのか、眼前の暗闇が支配する空間に、不思議な感覚を持つ生き物の気配が現れた。それも微かにではあったが、エゼルバルドが戦う姿勢を取った理由でもあった。
漆黒の暗闇が支配する空間で、何が起こっているのか?魔法の光が届かぬその先の異変に気を張るしか今は出来なかった。開けっぱなしのドアから敵が侵入したのであれば気配が突然現れるなどありえない。それに歩く音や地面を擦る音など確実に耳に届くはずだ。それなのに気配が微かにあるだけで異変が見えてこない。
「エルザ、何か感じる?」
暗闇を見続けているエルザにエゼルバルドは問いかける。微かな音に気が付くエルザは今存在し続けているかすかな気配に危機感を抱いているはずだと。
「何かがそこにいるのは感じるけど何かは想像もつかないわ。とても危険に感じる」
エルザとエゼルバルドの感じる何かの気配が徐々に大きくなるに連れ他の四人にもその脅威を感じ始める。そして、気配の増大と共に地面から振動が伝わり始め、その脅威は本物だと改めて感じざるを得ない。
トシン、トシンと地面が振動し、耳に届く音が確実になり、暗闇から進み来る姿がライトの魔法に照らし出される。二足で歩く三メートルもある巨大な体躯、赤黒い肌に人の胸囲ほどもある脹脛、重量のある金属製の棍棒を軽々と肩に担ぎ、二つの角を額から突き出したその姿。
「オ、オーガー……」
スイールが狼狽えながら呟く。
オーガー。スイールの頭の中に絶滅した巨大生物として記憶していた、それが目の前に現れたのだ。知能は高くは無いが膂力を武器にして相手を薙ぎ倒し、そして踏みつぶす攻撃力。幸いな事に動きがそれほど速くないのが唯一の救いであろうか?
「スイール、そのオーガーって何だ!」
棒状戦斧を構えながらヴルフが叫ぶ。ヴルフにも見たことが無い不明な怪物を前にして背に冷たい汗が流れ出るのを感じる。
「オーガー、絶滅したはずの巨人です。人と争ってその全てが殺されたはずで、文献にしか今は残っていないはずです。が、それが目の前にいるのですから本物と言わざるを得ないですね。しかし何処から……」
オーガーもこちらを敵と認識しているのかある程度の距離から踏み込んでこない。少しばかりオーガーを観察すると、肩や頭に岩の残骸を見つける。
「やはり生きている地下迷宮ですね。先ほど見た巨大な岩がオーガーだったのでしょう。それにしても封印魔法とここは失われた技術の山ですね」
「封印魔法?」
「ええ、先ほどの岩は封印魔法で岩に封印されていたオーガーです。私達の後ろにあるハンドルを回すとあの封印が解かれたのでしょう。技術の無駄遣いですが」
疑問をスイールは説明していく。それでもオーガーは敵とみなしたスイール達をいつ攻撃しようかとうかがっている。その巨体に見合わず、首をちょこちょこと動かし、一番弱い獲物を値踏みしてるようだ。
「動きは比較的遅いはずです。あの筋肉に傷を負わせられるかは疑問ですが、足を一点集中で倒しましょう。私とエルザ、そしてアイリーンは援護します。あの金属の棍棒に注意してください」
「「「了解!」」」
「では、行きますよ。火球!!」
ほぼ魔力を込めずに牽制の意味としての魔法をオーガーの顔面めがけて飛ばす。それが戦闘開始の合図となった。
スイールの火球はオーガーの顔面に当たり攻撃の出鼻をくじいた。オーガーは獲物としか見ていなかった、眼前にいる小さい敵から攻撃を受けるとは考えてもいなかったみたいだ。ほぼダメージは無いとは言え顔面に火球を喰らいオーガーは少しだけバランスを崩し一、二歩後退りをした。
スイールの火球と共に駆け出したエゼルバルドとヒルダ、そしてヴルフ、それぞれの手の武器でオーガーの足を狙い攻撃を開始する。
バランスを崩したオーガーにヴルフが一番に攻撃を仕掛ける。ヴルフの武器は間合いが長く遠心力による攻撃力が高い棒状戦斧だ。その一撃が当たれば金属の金属鎧でさえ切り裂き、肉体をも切り裂く力を持っている。
「先手必勝じゃ!」
バランスを崩し、火球を顔面に受け、視界を奪われたオーガーに攻撃を当てるのは容易い。オーガーの右膝にめがけて棒状戦斧を一閃する。
「グッ!!」
確実に膝への一撃を当てたのだが声を上げたのはヴルフだった。膝の正面から振るわれた金属鎧さえ切り裂く棒状戦斧の力を以てしても膝頭にある骨の硬さでヴルフの一撃が跳ね返されてしまった。当然、力の限りを込めた一撃の為オーガーではなくダメージはヴルフの腕に跳ね返ってきた。
ヴルフの腕は武器を伝わる衝撃により痺れが走り、危うく武器を落としてしまうところであった。その痺れはしばらく続き、ヴルフの攻撃参加はしばらくお預けとなってしまった。
ヴルフの攻撃の一瞬後にブロードソードを持ったエゼルバルドが続く。エゼルバルドが考えていたのは関節の弱い場所を攻める事であった。ヴルフが正面から膝頭に攻撃を加えようとしていたがエゼルバルドは膝裏に攻撃を集中しようと考えていた。
これは過去に巨大なグリーンベアと戦ったときの経験から引き出された結果であった。あの時は魔法で傷を与えそれを広げて行ったが、今はその時よりも身体能力が上がりその時以上の動きが出来ると信じていた。
エゼルバルドがオーガーとの距離を詰め、左膝へすれ違いざまに切っ先を当てる。その傷は小さいかもしれないが、確実に相手を倒すその一手となる。小さな綻びから決壊するダムの様に。
エゼルバルドに続けとヒルダが動いたが、二人が左右に別れ膝へ攻撃を仕掛けたのを見て動きを変える。盾を構えオーガーの手前で動きを止める。オーガーに異常が無ければ自殺行為であるが、今はスイールの火球で視界が奪われた状態だ。すぐに視界を確保し肩に担いだ棍棒を振り下ろしてくるはずだ。それを誘うのがヒルダの狙いだ。
ヴルフとエゼルバルドの攻撃で多少の痛みを感じたオーガーはすぐに視界を取り戻し、己を攻撃した敵を探す。右膝に痛みは走ったが致命傷ではない、左膝へも攻撃をされたが膝裏に少しだけ傷を負っただけで、これも致命傷ではない。オーガーの認識力ではそれが限界であり、それがオーガーの敗因となる事は今は考えられなかった。
オーガーが危惧したのは視界を奪われた事だ。少しだけ髪が燃えたがダメージを受ける訳でも無かったが、視界を奪われたのにはオーガー自信が驚いたのだ。その為、視界を奪う攻撃をする後ろの敵を始めに始末してしまおうと行動に移った。
それには目の前にいる小さな敵が邪魔であった。まずはそれを排除しようと肩に担いでいた金属製の棍棒を力任せにヒルダに向けて振り下ろす。オーガーの怪力をもってすれば金属の棍棒はその質量からヒルダであれば押しつぶす事が可能であった。だが、ヒルダは注意深く観察していたため、棍棒の攻撃を身を翻し左へと躱した。ヒルダのいた所には棍棒が打ち下ろされ小さなクレーターが出来ていた。
”バキッ!”
何処からともなく骨が砕かれるような鈍い音が聞こえて来る。そして、オーガーからうめき声が漏れ聞こえて来る。
それは、ヒルダが左に躱すと同時に右手に持った軽棍を、棍棒を持った右手、それも指に向かって振り上げ攻撃を当てていたのだ。オーガーと言えども体の末端にある骨や皮膚が意外と脆いはずと攻撃を絞っていた。その狙いは当たっていてオーガーの怒りを誘う事に成功する。
そして、オーガーの狙いは視界を奪った魔術師から、指を攻撃をした目の前の小さな女に移った。
してやったりとヒルダの口がニヤリと笑い、棍棒の攻撃範囲から後ろへ飛び退くと数歩の間合いを取る。ヒルダはこれでオーガーに負ける事は無いと内心思ったのだ。これからオーガーは怒りに任せ棍棒を振るうだろう。それは目の前のヒルダに対してだ。大きな棍棒は攻撃方法が単調で振り下ろすか薙ぎ払うかであろう。それであれば躱す事も簡単である。
大質量の武器は、一撃の攻撃力が桁違いであり、殴られればどんな生物も一撃で死んでしまうだろう。だが、大質量の武器は攻撃する予備動作が必要であり、簡単に言えば攻撃を読みやすく躱しやすい事につながる。
これがオーガーではなく別の頭のいい相手であったら、大質量を誇る棍棒を捨て自らの体を使って殴りに来たであろう。それはヒルダも懸念していたが、頭の悪いオーガーであったため、この誘いが成功したのだ。
「さぁ、いらっしゃい。受けて立つわよ」
ヒルダは盾を構え、メイスで自らの盾をガンガンと叩き、オーガーへの挑発をさらに続ける。オーガーは棍棒を振り上げ、ヒルダ目掛けて振り下ろす。オーガーの筋肉がきしみ、ギシギシと音を立てながら。そして振り下ろされた先には敵の姿は消え、地面がクレーターとなっているだけである。
そのヒルダと言えば横に躱すのでなく、後ろへ飛び退き距離を取ってた。オーガーからすればまた躱すであろうと予想し、追撃をしてやろうと考えていた。冷静でないオーガーには目の前の小さな女、ヒルダに攻撃を集中するしかできなかったのだ。
ヒルダの目にはオーガーの後ろで動く人影が入ってくる。その攻撃を当てさせるために攻撃を誘い、そしてオーガーの隙を作るための行動を起こしただけであった。
「グギャァ!」
オーガーの叫びが地下迷宮に響き渡る。ヒルダの攻撃を受けてもヴルフの渾身の一撃を受けても悲鳴を上げなかったオーガーが声を上げたのだ。
ヒルダが見たオーガーの後ろの人影の攻撃、エゼルバルドのブロードソードがオーガーの左膝の裏に突き刺さっていたのだ。いくら筋肉が硬くても、骨が鋼鉄以上の硬さであっても、関節の裏の弱い部分に攻撃を集中すればオーガーでさえも攻撃は通る。一撃が通じなくても二撃、三撃と同じ部位に攻撃を集中すれば当然ながら致命傷となりうる。
エゼルバルドが切りつけた傷跡に体重をかけた一撃を突き刺せば、硬いオーガーと言えども柔らかい足の裏の皮を切り裂き、筋肉まで到達も可能であった。
「ほう、やるのぉ。ワシも、と行きたいが手の痺れがまだ収まらん、すまんの」
エゼルバルドの一撃を見ていたヴルフが呟く。攻撃したいが痺れが収まらず今は見ているだけしかできない。もどかしいと思いながらも攻撃を喰らわない様にするしかなかった。
そして、見ていただけの二人も攻撃に参加しようと構えているのをヴルフは見逃さなかった。
ブロードソードを何とか膝裏から引き抜くと、さすがのオーガーも片膝を付き動きを止める。そこを遠距離からの攻撃が得意なアイリーンがすかさず矢を放った。それに遅れる事少し、エルザも魔力の集中を完了し、魔法を発動させた。
「これでも喰らいなさい!」
二十メートル、これがアイリーンとオーガーが離れている距離だ。アイリーンに二十メートルは有って無いような距離だ。それにエゼルバルドの攻撃で動きの止まった今であれば、自らの誇る精密射撃で目を瞑っていても当てる事が出来る、眉間にもだ。だが、アイリーンはオーガーの硬い皮膚を自らが放つ矢で貫通できるとは考えていなかった。その為狙いは比較的体の柔らかい場所となる。
ギリギリと引き絞った弓から全ての力が解放され、放たれた矢は寝たい違わずに、寸分の狂いもなく狙いすました場所へと命中する。
「グワァァ!!」
アイリーンの放った矢はオーガーの左目に深々と突き刺さり、痛みを感じたオーガーは左目を両手で押さえる。アイリーンの放った矢は、半分ほどが突き刺さったと見られ、それは脳まで達していると考えられた。オーガーの叫びは、もうすぐ戦闘が終わる合図でもあったのだ。
「氷の槍!!」
エルザの魔力が頭上に集まり、氷で出来た槍が出現する。一本であるが先端が鋭く尖り、オーガーに大ダメージを与えられるはずだと自信を見せる。槍がエルザが杖を振ると同時にオーガーへと襲い掛かる。
アイリーンが撃ち込んだ矢の痛みで体をよじり、精密攻撃でピンポイントに当てる事は不可能であった。オーガーの末端に当てるには難しい状況で、エルザが選んだ場所は面積の広く当て易い、オーガーの体であった。
”ガキン”と砕ける音が洞窟に響いた。オーガーに打ち込んだ氷の槍はオーガーの胴体、--筋肉で守られた胸部にであるが--に鋭い切っ先を突き立てた。
だが、胸元へ到達した氷の槍であったが、筋肉の鎧に阻まれ効果は無く、皮が少し破れただけでエルザが放った氷の槍は砕け散ったのであった。
それでもオーガーに与えたダメージは大きく、致命傷を与えたのは目に見えて明らかであった。徐々にオーガーの動きが鈍くなり、このままオーガーが力尽きて倒れるのではないかと憶測もあった。だが、それよりも早く、エゼルバルドが剣を逆手に持ち、勢いよく駆け、オーガーの背中めがけて飛び込んだ。
さすがに硬いオーガーの皮膚や筋肉でも、致命傷を受け命が燃え尽きそうな状態ではその効果も発揮するには無理があった。背中から易々とブロードソードが胸まで貫通し、オーガーの生命を維持するに大切な部位、そう、心臓を貫いたのだ。風前の灯火だったオーガーの命はそこで燃え尽きたのだ。
体をよじって痛がっていたのもあり、エゼルバルドがブロードソードをオーガーに突き刺したと同時に、オーガーの肘がエゼルバルドの胸当てに向け強烈な一撃を与えていた。だが、胸当ての構造とオーガーの力がある程度弱くなっていた為に、吹っ飛ばされはしたが、ダメージを負うまでには至らなかった。
そして、オーガーはブロードソードが背中から胸に貫通したままの姿で前のめりに倒れ、地面を揺らしてその巨体を横たえたのであった。
その異変に最初に気が付いたのはエルザであった。
微かにだが耳慣れぬ音が後方より聞こえだした。卵の殻を雛がつついて破る、そんな音であった。エルフの耳の性能であったのか、一番後方で待機していた為なのか、それはわからないが。
「ねぇ、何か聞こえない?」
エルザの問いかけに動きを止め耳を澄ますが、他の皆は何も聞こえないと首を横にする。トレジャーハンターでかすかな気配を感じるアイリーンでさえ、耳に届く音を感知できないでいた。
その音もエルザの耳に届かなくなると気のせいだったのかと我が耳を疑うのだが、確かに聞こえたと主張し、自らは細身剣を抜き後方からの脅威に対応しようと備える。
そんなエルザを見て、”心配する事無い、気のせいだ”と誰かが言うかと思ったが、エルザの行動を見て、剣を抜きエゼルバルドがエルザの横へと並んだ。エゼルバルドの耳には何も届かなかったが、エルザの危機を感じた顔に油断ならぬ何かがこちらへ向かって来るかもしれないと気を引き締めていた。
「オレの耳には何も聞こえなかったよ。でも、何かあるんだろ」
剣を抜いただけで構えてはいないが、何が襲い掛かって来ても対処できるだけの用意をしておく。少しだけ重心を落とし、いつでも飛び出せる様にでだ。
耳には何も届かなかったが、何時現れたのか、眼前の暗闇が支配する空間に、不思議な感覚を持つ生き物の気配が現れた。それも微かにではあったが、エゼルバルドが戦う姿勢を取った理由でもあった。
漆黒の暗闇が支配する空間で、何が起こっているのか?魔法の光が届かぬその先の異変に気を張るしか今は出来なかった。開けっぱなしのドアから敵が侵入したのであれば気配が突然現れるなどありえない。それに歩く音や地面を擦る音など確実に耳に届くはずだ。それなのに気配が微かにあるだけで異変が見えてこない。
「エルザ、何か感じる?」
暗闇を見続けているエルザにエゼルバルドは問いかける。微かな音に気が付くエルザは今存在し続けているかすかな気配に危機感を抱いているはずだと。
「何かがそこにいるのは感じるけど何かは想像もつかないわ。とても危険に感じる」
エルザとエゼルバルドの感じる何かの気配が徐々に大きくなるに連れ他の四人にもその脅威を感じ始める。そして、気配の増大と共に地面から振動が伝わり始め、その脅威は本物だと改めて感じざるを得ない。
トシン、トシンと地面が振動し、耳に届く音が確実になり、暗闇から進み来る姿がライトの魔法に照らし出される。二足で歩く三メートルもある巨大な体躯、赤黒い肌に人の胸囲ほどもある脹脛、重量のある金属製の棍棒を軽々と肩に担ぎ、二つの角を額から突き出したその姿。
「オ、オーガー……」
スイールが狼狽えながら呟く。
オーガー。スイールの頭の中に絶滅した巨大生物として記憶していた、それが目の前に現れたのだ。知能は高くは無いが膂力を武器にして相手を薙ぎ倒し、そして踏みつぶす攻撃力。幸いな事に動きがそれほど速くないのが唯一の救いであろうか?
「スイール、そのオーガーって何だ!」
棒状戦斧を構えながらヴルフが叫ぶ。ヴルフにも見たことが無い不明な怪物を前にして背に冷たい汗が流れ出るのを感じる。
「オーガー、絶滅したはずの巨人です。人と争ってその全てが殺されたはずで、文献にしか今は残っていないはずです。が、それが目の前にいるのですから本物と言わざるを得ないですね。しかし何処から……」
オーガーもこちらを敵と認識しているのかある程度の距離から踏み込んでこない。少しばかりオーガーを観察すると、肩や頭に岩の残骸を見つける。
「やはり生きている地下迷宮ですね。先ほど見た巨大な岩がオーガーだったのでしょう。それにしても封印魔法とここは失われた技術の山ですね」
「封印魔法?」
「ええ、先ほどの岩は封印魔法で岩に封印されていたオーガーです。私達の後ろにあるハンドルを回すとあの封印が解かれたのでしょう。技術の無駄遣いですが」
疑問をスイールは説明していく。それでもオーガーは敵とみなしたスイール達をいつ攻撃しようかとうかがっている。その巨体に見合わず、首をちょこちょこと動かし、一番弱い獲物を値踏みしてるようだ。
「動きは比較的遅いはずです。あの筋肉に傷を負わせられるかは疑問ですが、足を一点集中で倒しましょう。私とエルザ、そしてアイリーンは援護します。あの金属の棍棒に注意してください」
「「「了解!」」」
「では、行きますよ。火球!!」
ほぼ魔力を込めずに牽制の意味としての魔法をオーガーの顔面めがけて飛ばす。それが戦闘開始の合図となった。
スイールの火球はオーガーの顔面に当たり攻撃の出鼻をくじいた。オーガーは獲物としか見ていなかった、眼前にいる小さい敵から攻撃を受けるとは考えてもいなかったみたいだ。ほぼダメージは無いとは言え顔面に火球を喰らいオーガーは少しだけバランスを崩し一、二歩後退りをした。
スイールの火球と共に駆け出したエゼルバルドとヒルダ、そしてヴルフ、それぞれの手の武器でオーガーの足を狙い攻撃を開始する。
バランスを崩したオーガーにヴルフが一番に攻撃を仕掛ける。ヴルフの武器は間合いが長く遠心力による攻撃力が高い棒状戦斧だ。その一撃が当たれば金属の金属鎧でさえ切り裂き、肉体をも切り裂く力を持っている。
「先手必勝じゃ!」
バランスを崩し、火球を顔面に受け、視界を奪われたオーガーに攻撃を当てるのは容易い。オーガーの右膝にめがけて棒状戦斧を一閃する。
「グッ!!」
確実に膝への一撃を当てたのだが声を上げたのはヴルフだった。膝の正面から振るわれた金属鎧さえ切り裂く棒状戦斧の力を以てしても膝頭にある骨の硬さでヴルフの一撃が跳ね返されてしまった。当然、力の限りを込めた一撃の為オーガーではなくダメージはヴルフの腕に跳ね返ってきた。
ヴルフの腕は武器を伝わる衝撃により痺れが走り、危うく武器を落としてしまうところであった。その痺れはしばらく続き、ヴルフの攻撃参加はしばらくお預けとなってしまった。
ヴルフの攻撃の一瞬後にブロードソードを持ったエゼルバルドが続く。エゼルバルドが考えていたのは関節の弱い場所を攻める事であった。ヴルフが正面から膝頭に攻撃を加えようとしていたがエゼルバルドは膝裏に攻撃を集中しようと考えていた。
これは過去に巨大なグリーンベアと戦ったときの経験から引き出された結果であった。あの時は魔法で傷を与えそれを広げて行ったが、今はその時よりも身体能力が上がりその時以上の動きが出来ると信じていた。
エゼルバルドがオーガーとの距離を詰め、左膝へすれ違いざまに切っ先を当てる。その傷は小さいかもしれないが、確実に相手を倒すその一手となる。小さな綻びから決壊するダムの様に。
エゼルバルドに続けとヒルダが動いたが、二人が左右に別れ膝へ攻撃を仕掛けたのを見て動きを変える。盾を構えオーガーの手前で動きを止める。オーガーに異常が無ければ自殺行為であるが、今はスイールの火球で視界が奪われた状態だ。すぐに視界を確保し肩に担いだ棍棒を振り下ろしてくるはずだ。それを誘うのがヒルダの狙いだ。
ヴルフとエゼルバルドの攻撃で多少の痛みを感じたオーガーはすぐに視界を取り戻し、己を攻撃した敵を探す。右膝に痛みは走ったが致命傷ではない、左膝へも攻撃をされたが膝裏に少しだけ傷を負っただけで、これも致命傷ではない。オーガーの認識力ではそれが限界であり、それがオーガーの敗因となる事は今は考えられなかった。
オーガーが危惧したのは視界を奪われた事だ。少しだけ髪が燃えたがダメージを受ける訳でも無かったが、視界を奪われたのにはオーガー自信が驚いたのだ。その為、視界を奪う攻撃をする後ろの敵を始めに始末してしまおうと行動に移った。
それには目の前にいる小さな敵が邪魔であった。まずはそれを排除しようと肩に担いでいた金属製の棍棒を力任せにヒルダに向けて振り下ろす。オーガーの怪力をもってすれば金属の棍棒はその質量からヒルダであれば押しつぶす事が可能であった。だが、ヒルダは注意深く観察していたため、棍棒の攻撃を身を翻し左へと躱した。ヒルダのいた所には棍棒が打ち下ろされ小さなクレーターが出来ていた。
”バキッ!”
何処からともなく骨が砕かれるような鈍い音が聞こえて来る。そして、オーガーからうめき声が漏れ聞こえて来る。
それは、ヒルダが左に躱すと同時に右手に持った軽棍を、棍棒を持った右手、それも指に向かって振り上げ攻撃を当てていたのだ。オーガーと言えども体の末端にある骨や皮膚が意外と脆いはずと攻撃を絞っていた。その狙いは当たっていてオーガーの怒りを誘う事に成功する。
そして、オーガーの狙いは視界を奪った魔術師から、指を攻撃をした目の前の小さな女に移った。
してやったりとヒルダの口がニヤリと笑い、棍棒の攻撃範囲から後ろへ飛び退くと数歩の間合いを取る。ヒルダはこれでオーガーに負ける事は無いと内心思ったのだ。これからオーガーは怒りに任せ棍棒を振るうだろう。それは目の前のヒルダに対してだ。大きな棍棒は攻撃方法が単調で振り下ろすか薙ぎ払うかであろう。それであれば躱す事も簡単である。
大質量の武器は、一撃の攻撃力が桁違いであり、殴られればどんな生物も一撃で死んでしまうだろう。だが、大質量の武器は攻撃する予備動作が必要であり、簡単に言えば攻撃を読みやすく躱しやすい事につながる。
これがオーガーではなく別の頭のいい相手であったら、大質量を誇る棍棒を捨て自らの体を使って殴りに来たであろう。それはヒルダも懸念していたが、頭の悪いオーガーであったため、この誘いが成功したのだ。
「さぁ、いらっしゃい。受けて立つわよ」
ヒルダは盾を構え、メイスで自らの盾をガンガンと叩き、オーガーへの挑発をさらに続ける。オーガーは棍棒を振り上げ、ヒルダ目掛けて振り下ろす。オーガーの筋肉がきしみ、ギシギシと音を立てながら。そして振り下ろされた先には敵の姿は消え、地面がクレーターとなっているだけである。
そのヒルダと言えば横に躱すのでなく、後ろへ飛び退き距離を取ってた。オーガーからすればまた躱すであろうと予想し、追撃をしてやろうと考えていた。冷静でないオーガーには目の前の小さな女、ヒルダに攻撃を集中するしかできなかったのだ。
ヒルダの目にはオーガーの後ろで動く人影が入ってくる。その攻撃を当てさせるために攻撃を誘い、そしてオーガーの隙を作るための行動を起こしただけであった。
「グギャァ!」
オーガーの叫びが地下迷宮に響き渡る。ヒルダの攻撃を受けてもヴルフの渾身の一撃を受けても悲鳴を上げなかったオーガーが声を上げたのだ。
ヒルダが見たオーガーの後ろの人影の攻撃、エゼルバルドのブロードソードがオーガーの左膝の裏に突き刺さっていたのだ。いくら筋肉が硬くても、骨が鋼鉄以上の硬さであっても、関節の裏の弱い部分に攻撃を集中すればオーガーでさえも攻撃は通る。一撃が通じなくても二撃、三撃と同じ部位に攻撃を集中すれば当然ながら致命傷となりうる。
エゼルバルドが切りつけた傷跡に体重をかけた一撃を突き刺せば、硬いオーガーと言えども柔らかい足の裏の皮を切り裂き、筋肉まで到達も可能であった。
「ほう、やるのぉ。ワシも、と行きたいが手の痺れがまだ収まらん、すまんの」
エゼルバルドの一撃を見ていたヴルフが呟く。攻撃したいが痺れが収まらず今は見ているだけしかできない。もどかしいと思いながらも攻撃を喰らわない様にするしかなかった。
そして、見ていただけの二人も攻撃に参加しようと構えているのをヴルフは見逃さなかった。
ブロードソードを何とか膝裏から引き抜くと、さすがのオーガーも片膝を付き動きを止める。そこを遠距離からの攻撃が得意なアイリーンがすかさず矢を放った。それに遅れる事少し、エルザも魔力の集中を完了し、魔法を発動させた。
「これでも喰らいなさい!」
二十メートル、これがアイリーンとオーガーが離れている距離だ。アイリーンに二十メートルは有って無いような距離だ。それにエゼルバルドの攻撃で動きの止まった今であれば、自らの誇る精密射撃で目を瞑っていても当てる事が出来る、眉間にもだ。だが、アイリーンはオーガーの硬い皮膚を自らが放つ矢で貫通できるとは考えていなかった。その為狙いは比較的体の柔らかい場所となる。
ギリギリと引き絞った弓から全ての力が解放され、放たれた矢は寝たい違わずに、寸分の狂いもなく狙いすました場所へと命中する。
「グワァァ!!」
アイリーンの放った矢はオーガーの左目に深々と突き刺さり、痛みを感じたオーガーは左目を両手で押さえる。アイリーンの放った矢は、半分ほどが突き刺さったと見られ、それは脳まで達していると考えられた。オーガーの叫びは、もうすぐ戦闘が終わる合図でもあったのだ。
「氷の槍!!」
エルザの魔力が頭上に集まり、氷で出来た槍が出現する。一本であるが先端が鋭く尖り、オーガーに大ダメージを与えられるはずだと自信を見せる。槍がエルザが杖を振ると同時にオーガーへと襲い掛かる。
アイリーンが撃ち込んだ矢の痛みで体をよじり、精密攻撃でピンポイントに当てる事は不可能であった。オーガーの末端に当てるには難しい状況で、エルザが選んだ場所は面積の広く当て易い、オーガーの体であった。
”ガキン”と砕ける音が洞窟に響いた。オーガーに打ち込んだ氷の槍はオーガーの胴体、--筋肉で守られた胸部にであるが--に鋭い切っ先を突き立てた。
だが、胸元へ到達した氷の槍であったが、筋肉の鎧に阻まれ効果は無く、皮が少し破れただけでエルザが放った氷の槍は砕け散ったのであった。
それでもオーガーに与えたダメージは大きく、致命傷を与えたのは目に見えて明らかであった。徐々にオーガーの動きが鈍くなり、このままオーガーが力尽きて倒れるのではないかと憶測もあった。だが、それよりも早く、エゼルバルドが剣を逆手に持ち、勢いよく駆け、オーガーの背中めがけて飛び込んだ。
さすがに硬いオーガーの皮膚や筋肉でも、致命傷を受け命が燃え尽きそうな状態ではその効果も発揮するには無理があった。背中から易々とブロードソードが胸まで貫通し、オーガーの生命を維持するに大切な部位、そう、心臓を貫いたのだ。風前の灯火だったオーガーの命はそこで燃え尽きたのだ。
体をよじって痛がっていたのもあり、エゼルバルドがブロードソードをオーガーに突き刺したと同時に、オーガーの肘がエゼルバルドの胸当てに向け強烈な一撃を与えていた。だが、胸当ての構造とオーガーの力がある程度弱くなっていた為に、吹っ飛ばされはしたが、ダメージを負うまでには至らなかった。
そして、オーガーはブロードソードが背中から胸に貫通したままの姿で前のめりに倒れ、地面を揺らしてその巨体を横たえたのであった。
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