奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第十九話 地下迷宮探索 四
暗闇の中、真っ直ぐに続く階段を降り行く六個の人影。階段の壁の石は光を発せず、ただ頑丈に作られているだけだった。装飾も飾りも手すりも無く、ただただ頑丈にである。
アイリーンの右手を壁に沿わせるように先頭を進む。その手はセンサーで罠を感知する為に沿わせているのだ。目は松明が向けられた階段の先の暗闇を見つめ、右手の感覚と真っ直ぐを見つめる目で安全を確かめる。地下迷宮に入ってから常に精神をすり減らしていくアイリーンの集中力はそろそろ限界を迎えようとしている。
それが凄腕のトレジャーハンターだとしても、これだけ精神を擦り減らせば疲れも出てくるのが普通だ。だがそれを表に表わさない事がいかに普通ではないかを物語っている。それもそろそろ限界と思っていた頃、階段の終わりが見えてきた。
「百段くらい降りたか?」
百段、おおよそ二十メートル程降りて階段が終わり、石畳が続いている。松明の光も届かず、ずっと暗闇が支配する中で。左右を見渡しても階段の上のフロアは幅が五メートル程しかなかったが、この場所は左右どちらを見ても松明の光が届かない程広がっている。
暗闇に紛れる様に肌にピリピリと弱い痛みをアイリーンは真っ先に感じていた。階段の部屋に入る前のドアで感じた痛みよりは小さく感じたが、同様の痛みであった。その謎もアイリーンが辺りを見渡した事ですぐに判明した。
違和感を感じた方向へ、松明を持ち階段から真っ直ぐに足を進める。十数歩進んだであろうその場所に大きな池を発見した。
「なに?これ」
後ろから付いてきたエゼルバルド達もそれを見て我が目を疑った。地下に巨大な池が存在していると。
アイリーンはそれが何かわからずに手を池に入れようと腰を落とすのであったが、彼女を制止する声が響く。
「待て!手を入れるな」
ヴルフの声にアイリーンが”ビクッ”としながらも水に入れる寸前で手を止めた。
「こんな場所で手を入れるなど疲れているな。そろそろ休憩が必要だな。それよりもこれを見るんだな」
鞄から武器の手入れに使っているボロ布を取り出し、ヴルフは池に落とし入れた。ひらひらと水面に布が落ち、シューシューと白い煙と耳障りな音を出しながら溶けだし、最終的には全てが無に帰した。
精神的な疲労を伴っていたアイリーンは判断力が落ちていて、ただの水だと判断していた。その為、手を水に入れてしまおうと考えてしまったのだ。ヴルフがいたからこそ助かったが、一人であったら無事では無かっただろうと背中を冷たい汗が流れて行った。
「久しぶりだし、お前の地下迷宮を探検したいとの思いもあったのだろう。頑張りすぎじゃ、疲れたらちゃんと言え。お前は皆から頼られてるんだ。その自覚を少しは持ったらどうだ?」
一方的にライバル視しているヴルフからそんな言葉が出てくるとは思えず、どんな言葉を返して良いかわからなかった。ただ、硬直し、ヴルフを見ているだけであった。
「その位にしておきましょう。アイリーンももうちょっと頑張ってください。ここだけ何かないか探して上のフロアに戻りましょう。幸い罠も無いようですから階段を上るのは体力を使うだけですしね」
スイールの優しさにほろりと涙を流しそうになるが、まずは自分の仕事をと思い直す。
そして二手に分かれて池の左右へと探索を開始する。この酸の池の周辺である、獣類が好んでこの場にいる事は無く、アシッドパイソンだとしても自らが酸を作るのであって池に入ろうとはしないだろう。明確に酸に強い動物がいないとも言えないが、今はそれ程危険はないとみている。
そして、左に向かったアイリーンとヴルフ、そしてエルザが赤く光る宝石のような物を見つけた。青い玉が乗っていたような台座があり、その上に鎮座しているのだ。
「この赤い宝石って、やっぱり鍵かな?」
アイリーンが恐る恐る手に取ってみれば、大きさや形もぴったりそうだと思えた。そう、途中にあったドアの横に儲けられた菱形の穴に。試してみない事にははっきりとわからないが恐らくは鍵となる物であろうと。
「疲れたからどっかで眠りたい……。早く行こうよ~」
「そうじゃな、ここはちと辛いな。ワシもだんだんとピリピリしてきたわい」
「そうですね、魔法を使うのも辛くなりそうですし」
アイリーンと一緒の三人はそこで探索を打ち切り、集合場所の階段前へ急ぐことにした。階段前では他の三人--エゼルバルドとヒルダ、そしてスイール--が既に到着しており、何か話している様だった。
「お帰り、収穫はあった?こっちは無かったんだけど」
暗闇の先から松明の光に出らされて三人に、--主に疲労で倒れそうなアイリーンにだが--、声をかける。エゼルバルドの仕草もお手上げ状態で何も持っていなかった。
「はい、これ。菱形の宝石」
アイリーンが目の前のエゼルバルドに渡したのは赤く光る菱形の物体であった。宝石かと言われれば少し違い、ガラスの様でそうではない、判断に苦しむのであった。アイリーンは便宜上、菱形の宝石と名付けたが、皆はそれで問題ないだろうと口に出さずに黙っていた。
「ほう、これは青い玉と同じ働きをする気がしますね」
「でしょう。それよりも、ちょっと休みたいんだけど」
「そうですね、ここは酸の池があって休めませんし、この上も拙いでしょうから、少し戻りましょう。確か、そこにも菱形の宝石をはめるドアが有りましたね。少し遠いですがそこまで戻りましょう」
その提案にそれぞれが頷きを返し、長い階段を上って少し手前まで戻る事にした。その移動の最中にも疲労の溜まっているアイリーンが転びそうになったり、エルザも眠りそうになったりと、敵に襲われたらいつも以上の力を発揮しなければ撃退できないのではないかと思うほど戦力ダウンであった。幸いな事に、この地下迷宮は出入り口がしっかりと閉まっていた事が幸いし、人を襲うような獣はいないのであった。
だが、例外もあり、青い玉の手前にいたアシッドパイソンはなぜあの場にいたのかが不思議であった。ドアが半開きになっていたために迷い込んだとも思えたが討伐してしまった今では全てが謎である。
階段を上りきり、さらにひとつ前の区切りのドアの先まで戻りドアを閉めた。これで肌がピリピリする空気が流れ込む事も無く、ゆっくりと体を休める事が出来るだろう。
眠そうな目をアイリーンが擦りながら、バックパックを下ろし、敷き毛布を取り出すと小さな鞄を枕にさっさと目を閉じ眠りに入った。
「エルザも魔法を使ってますから寝た方がいいですよ。恐らく襲い掛かる敵はいませんから」
「そう、それじゃ休ませてもらうわ」
申し訳なさそうに呟くと、アイリーンの横に毛布を敷き、「おやすみ」と一言告げ、瞼を下ろしスースーとすぐに寝息を立て始めた。
アイリーンとエルザの二人が眠ると他の四人は持っていた保存食とコップを出し食事をし始める。残念なことに火をつける魔法を持っていたとしても、燃料となる薪が無いため火を使うことが出来ない。薪が無くても温める道具があると嬉しいと思うが何処にも存在していない為に天を仰ぐしかできなかった。
それでも、生活魔法で火をつけた状態で干し肉を炙ったり、パンを焼いたりは出来るので少しばかりは食に余裕を持っている。
ここで問題だったのが、ヴルフが生活魔法の操作が苦手だという事だ。薪に火をつける、水を出すまでは問題ないのだが、子供の時から訓練していたエゼルバルドやヒルダの様に着火するための火を長時間、同じ状態で出し続ける事が出来ないでいた。長時間は出来るが火の操作に難があり、ムラが出来るのだ。その為、干し肉を炙る時も魔力の操作を誤り、焦げた部分を作ってしまう事が多々あった。
魔法の練習をしていないのかと聞けば、
「剣術の訓練の方ばかりだったからな」
と、騎士団に入る為の訓練を優先していたと話をしていた。細かい事が苦手なヴルフは魔法を操作するための訓練には向いていなかったようだ。それでも魔法を使いたいと憧れた事もあり、ちょっとだけ訓練をしたことがあったと。持っていた性格でかなわないとわかると騎士を目指した、と。
地下迷宮に潜り、時間の感覚が無くなってからどれ位経ったのだろうか。
アイリーンとエルザが寝息を立てている間に、エゼルバルドとヒルダ、ヴルフにスイールは交代で眠りを取っていた。二時間おきに交代で二回、おおよそ八時間過ぎたと思う頃アイリーンとエルザが目を覚ました。
「あ、おはよう」
先に目を覚ましたのはエルザであった。眠そうな目をこすりながら、起ききれない頭を振り気分を切り替える。掛けていた毛布が肩から落ちると、少しだけ寒そうにぶるっと体を震わせた。
きょろきょろと周りを見渡すと自分を含めて六人そろっている。ヒルダを見つけてジェスチャーで何かを訴えると、
「あ、一緒に行きましょう」
と、エルザと共に暗がりの向こうへと生活魔法で作った光を手に持って消えて行った。魔法の光がある為どこに行ったかはすぐにわかるが何をしているのかは不明である。おそらく生理現象であるとはわかっていても、それを口に出す程この男達は気を使わないはずもない。
しばらくしてエルザとヒルダが戻ってきた時にアイリーンが目を覚ました。
「おはよう。よく眠ったわ。今何時くらい?」
暗がりの中で魔法の光しかなく時間の感覚を麻痺させていたため、今がどの位の時間か把握できずに皆答えることが出来なかった。それでも最後に目を覚ましたのはアイリーンだと告げると、毛布からでて身支度を始めた。身支度と言っても服装はそのままの為、少しボサボサになった赤い髪を整えるだけである。
そして、エルザと決定的な違いが、
「あ~、ちょっとあっちまで行ってくる~。見ないでよね!」
と、生活魔法のライトを自らのショートソードに掛け暗がりの中へと消えていく。生理現象であるが、エルザはわからないようにヒルダを頼ったが、アイリーンはトレジャーハンターを続けていただけあり、その部分の気が強い。もしくは気にしていないと表現した方が良いかもしれない。
その後、全員そろって、簡単な食事を済ませると、話題は一気にアイリーンが持っている菱形の宝石へと向けられる。戻ってきたときにドアを閉め青い玉を外していた為、手元には青い玉と菱形の宝石の二種類の鍵となる玉がある。
そして、青い玉で開くドアの右の壁にはちょうど菱形の宝石がピタリと入る鍵となる穴が空いている。
ここで試し、地下迷宮の探索を再開する事にした。
「それじゃ、入れるよ~」
アイリーンの何とも力の入っていない言葉と共に菱形の宝石はすっぽりと入った。それを待っていたかの様にドアが勝手に開き、その先の暗闇が手招きをしていたのだ。
ドアが勝手に開いた事に驚いたが、それも一瞬の事ですぐに武器を構え戦闘準備をすぐに整えた。しかし、それ以上何が起こるともなく、涼しいこの空間で額から汗が流れるくらいで何も起こらなかった。
「ただ開いただけ?」
「入って来いと言うのか?」
それならばと魔法の光を頼りにアイリーンは暗闇の中へと足を踏み入れた。今までと同じ石が積み重なった壁と天井があり、壁はボヤッと光る石が幾つかに一個含まれ、暗闇の先へと続いている。唯一異なるのは真っ直ぐな通路ではなく、右に少しだけ曲がっている事であろうか。
虎穴にいらずんば虎児を得ず、とも表す通りとアイリーンを始めゆっくりとドアの先へと入っていく。
「ん、何もない?」
アイリーンがぐるりと通路を見渡し、見える範囲全てを確認していく。床の埃の積もり方は先ほどの通路と同じ位、壁にも変なところも無い。そして、敵となる獣等も存在しない。ただ、驚いたのは青い玉と同じように壁の両側に菱形の宝石が有るはずと考えていた事が違った事だ。
こちらの通路には菱形の宝石が存在しない。その為ドアを閉めるとこちらから出られなくなってしまう、そんな考えが頭をよぎったのだ。もしかしたら罠でこの中で餓死させる、そうとも思える仕掛けと思っていた。
ドアは開いたまま、菱形の宝石は壁に入れたまま。アイリーンが考えて進むのを躊躇していた時である。
「悩むことあるのか?」
ヴルフがアイリーンよりも前に出た時であった。”ガシャーン”と大きな音と共に開いていたドアが勢いよく閉まってしまった。
あいにくドアはこちら側へ開く構造で、取っ手が付いておらず、引いて開ける事は出来なかった。隙間にナイフを刺そうとしても隙間がぴったりと塞がれており、その手段も無理だった。
「ちょっと!こんな最悪の事態を考えてたのに、何、勝手に動いてるのよ!!」
ヴルフに向かってアイリーンの怒号が炸裂する。トレジャーハンターとしての能力を十二分に発揮でき、起きたばかりで頭が冴えている、この状態で勝手に動き回られ邪魔をされたのだから、アイリーンの怒りはもっともであった。
「う、すまん」
「反省してるの?起きてしまった事はしょうが無いけど、次は邪魔しないでよね」
”わかった”と力なく答えるヴルフをしり目に暗闇に目を向ける。
戻る事は出来なくなってしまったが、この通路はまだ探索していない。進めばもしかしたら出口が見つかるかもしれない。少しでも可能性があるのなら先へ進むしかないと、頭を切り替え、暗闇の先に出口がある事を祈るのであった。
アイリーンの右手を壁に沿わせるように先頭を進む。その手はセンサーで罠を感知する為に沿わせているのだ。目は松明が向けられた階段の先の暗闇を見つめ、右手の感覚と真っ直ぐを見つめる目で安全を確かめる。地下迷宮に入ってから常に精神をすり減らしていくアイリーンの集中力はそろそろ限界を迎えようとしている。
それが凄腕のトレジャーハンターだとしても、これだけ精神を擦り減らせば疲れも出てくるのが普通だ。だがそれを表に表わさない事がいかに普通ではないかを物語っている。それもそろそろ限界と思っていた頃、階段の終わりが見えてきた。
「百段くらい降りたか?」
百段、おおよそ二十メートル程降りて階段が終わり、石畳が続いている。松明の光も届かず、ずっと暗闇が支配する中で。左右を見渡しても階段の上のフロアは幅が五メートル程しかなかったが、この場所は左右どちらを見ても松明の光が届かない程広がっている。
暗闇に紛れる様に肌にピリピリと弱い痛みをアイリーンは真っ先に感じていた。階段の部屋に入る前のドアで感じた痛みよりは小さく感じたが、同様の痛みであった。その謎もアイリーンが辺りを見渡した事ですぐに判明した。
違和感を感じた方向へ、松明を持ち階段から真っ直ぐに足を進める。十数歩進んだであろうその場所に大きな池を発見した。
「なに?これ」
後ろから付いてきたエゼルバルド達もそれを見て我が目を疑った。地下に巨大な池が存在していると。
アイリーンはそれが何かわからずに手を池に入れようと腰を落とすのであったが、彼女を制止する声が響く。
「待て!手を入れるな」
ヴルフの声にアイリーンが”ビクッ”としながらも水に入れる寸前で手を止めた。
「こんな場所で手を入れるなど疲れているな。そろそろ休憩が必要だな。それよりもこれを見るんだな」
鞄から武器の手入れに使っているボロ布を取り出し、ヴルフは池に落とし入れた。ひらひらと水面に布が落ち、シューシューと白い煙と耳障りな音を出しながら溶けだし、最終的には全てが無に帰した。
精神的な疲労を伴っていたアイリーンは判断力が落ちていて、ただの水だと判断していた。その為、手を水に入れてしまおうと考えてしまったのだ。ヴルフがいたからこそ助かったが、一人であったら無事では無かっただろうと背中を冷たい汗が流れて行った。
「久しぶりだし、お前の地下迷宮を探検したいとの思いもあったのだろう。頑張りすぎじゃ、疲れたらちゃんと言え。お前は皆から頼られてるんだ。その自覚を少しは持ったらどうだ?」
一方的にライバル視しているヴルフからそんな言葉が出てくるとは思えず、どんな言葉を返して良いかわからなかった。ただ、硬直し、ヴルフを見ているだけであった。
「その位にしておきましょう。アイリーンももうちょっと頑張ってください。ここだけ何かないか探して上のフロアに戻りましょう。幸い罠も無いようですから階段を上るのは体力を使うだけですしね」
スイールの優しさにほろりと涙を流しそうになるが、まずは自分の仕事をと思い直す。
そして二手に分かれて池の左右へと探索を開始する。この酸の池の周辺である、獣類が好んでこの場にいる事は無く、アシッドパイソンだとしても自らが酸を作るのであって池に入ろうとはしないだろう。明確に酸に強い動物がいないとも言えないが、今はそれ程危険はないとみている。
そして、左に向かったアイリーンとヴルフ、そしてエルザが赤く光る宝石のような物を見つけた。青い玉が乗っていたような台座があり、その上に鎮座しているのだ。
「この赤い宝石って、やっぱり鍵かな?」
アイリーンが恐る恐る手に取ってみれば、大きさや形もぴったりそうだと思えた。そう、途中にあったドアの横に儲けられた菱形の穴に。試してみない事にははっきりとわからないが恐らくは鍵となる物であろうと。
「疲れたからどっかで眠りたい……。早く行こうよ~」
「そうじゃな、ここはちと辛いな。ワシもだんだんとピリピリしてきたわい」
「そうですね、魔法を使うのも辛くなりそうですし」
アイリーンと一緒の三人はそこで探索を打ち切り、集合場所の階段前へ急ぐことにした。階段前では他の三人--エゼルバルドとヒルダ、そしてスイール--が既に到着しており、何か話している様だった。
「お帰り、収穫はあった?こっちは無かったんだけど」
暗闇の先から松明の光に出らされて三人に、--主に疲労で倒れそうなアイリーンにだが--、声をかける。エゼルバルドの仕草もお手上げ状態で何も持っていなかった。
「はい、これ。菱形の宝石」
アイリーンが目の前のエゼルバルドに渡したのは赤く光る菱形の物体であった。宝石かと言われれば少し違い、ガラスの様でそうではない、判断に苦しむのであった。アイリーンは便宜上、菱形の宝石と名付けたが、皆はそれで問題ないだろうと口に出さずに黙っていた。
「ほう、これは青い玉と同じ働きをする気がしますね」
「でしょう。それよりも、ちょっと休みたいんだけど」
「そうですね、ここは酸の池があって休めませんし、この上も拙いでしょうから、少し戻りましょう。確か、そこにも菱形の宝石をはめるドアが有りましたね。少し遠いですがそこまで戻りましょう」
その提案にそれぞれが頷きを返し、長い階段を上って少し手前まで戻る事にした。その移動の最中にも疲労の溜まっているアイリーンが転びそうになったり、エルザも眠りそうになったりと、敵に襲われたらいつも以上の力を発揮しなければ撃退できないのではないかと思うほど戦力ダウンであった。幸いな事に、この地下迷宮は出入り口がしっかりと閉まっていた事が幸いし、人を襲うような獣はいないのであった。
だが、例外もあり、青い玉の手前にいたアシッドパイソンはなぜあの場にいたのかが不思議であった。ドアが半開きになっていたために迷い込んだとも思えたが討伐してしまった今では全てが謎である。
階段を上りきり、さらにひとつ前の区切りのドアの先まで戻りドアを閉めた。これで肌がピリピリする空気が流れ込む事も無く、ゆっくりと体を休める事が出来るだろう。
眠そうな目をアイリーンが擦りながら、バックパックを下ろし、敷き毛布を取り出すと小さな鞄を枕にさっさと目を閉じ眠りに入った。
「エルザも魔法を使ってますから寝た方がいいですよ。恐らく襲い掛かる敵はいませんから」
「そう、それじゃ休ませてもらうわ」
申し訳なさそうに呟くと、アイリーンの横に毛布を敷き、「おやすみ」と一言告げ、瞼を下ろしスースーとすぐに寝息を立て始めた。
アイリーンとエルザの二人が眠ると他の四人は持っていた保存食とコップを出し食事をし始める。残念なことに火をつける魔法を持っていたとしても、燃料となる薪が無いため火を使うことが出来ない。薪が無くても温める道具があると嬉しいと思うが何処にも存在していない為に天を仰ぐしかできなかった。
それでも、生活魔法で火をつけた状態で干し肉を炙ったり、パンを焼いたりは出来るので少しばかりは食に余裕を持っている。
ここで問題だったのが、ヴルフが生活魔法の操作が苦手だという事だ。薪に火をつける、水を出すまでは問題ないのだが、子供の時から訓練していたエゼルバルドやヒルダの様に着火するための火を長時間、同じ状態で出し続ける事が出来ないでいた。長時間は出来るが火の操作に難があり、ムラが出来るのだ。その為、干し肉を炙る時も魔力の操作を誤り、焦げた部分を作ってしまう事が多々あった。
魔法の練習をしていないのかと聞けば、
「剣術の訓練の方ばかりだったからな」
と、騎士団に入る為の訓練を優先していたと話をしていた。細かい事が苦手なヴルフは魔法を操作するための訓練には向いていなかったようだ。それでも魔法を使いたいと憧れた事もあり、ちょっとだけ訓練をしたことがあったと。持っていた性格でかなわないとわかると騎士を目指した、と。
地下迷宮に潜り、時間の感覚が無くなってからどれ位経ったのだろうか。
アイリーンとエルザが寝息を立てている間に、エゼルバルドとヒルダ、ヴルフにスイールは交代で眠りを取っていた。二時間おきに交代で二回、おおよそ八時間過ぎたと思う頃アイリーンとエルザが目を覚ました。
「あ、おはよう」
先に目を覚ましたのはエルザであった。眠そうな目をこすりながら、起ききれない頭を振り気分を切り替える。掛けていた毛布が肩から落ちると、少しだけ寒そうにぶるっと体を震わせた。
きょろきょろと周りを見渡すと自分を含めて六人そろっている。ヒルダを見つけてジェスチャーで何かを訴えると、
「あ、一緒に行きましょう」
と、エルザと共に暗がりの向こうへと生活魔法で作った光を手に持って消えて行った。魔法の光がある為どこに行ったかはすぐにわかるが何をしているのかは不明である。おそらく生理現象であるとはわかっていても、それを口に出す程この男達は気を使わないはずもない。
しばらくしてエルザとヒルダが戻ってきた時にアイリーンが目を覚ました。
「おはよう。よく眠ったわ。今何時くらい?」
暗がりの中で魔法の光しかなく時間の感覚を麻痺させていたため、今がどの位の時間か把握できずに皆答えることが出来なかった。それでも最後に目を覚ましたのはアイリーンだと告げると、毛布からでて身支度を始めた。身支度と言っても服装はそのままの為、少しボサボサになった赤い髪を整えるだけである。
そして、エルザと決定的な違いが、
「あ~、ちょっとあっちまで行ってくる~。見ないでよね!」
と、生活魔法のライトを自らのショートソードに掛け暗がりの中へと消えていく。生理現象であるが、エルザはわからないようにヒルダを頼ったが、アイリーンはトレジャーハンターを続けていただけあり、その部分の気が強い。もしくは気にしていないと表現した方が良いかもしれない。
その後、全員そろって、簡単な食事を済ませると、話題は一気にアイリーンが持っている菱形の宝石へと向けられる。戻ってきたときにドアを閉め青い玉を外していた為、手元には青い玉と菱形の宝石の二種類の鍵となる玉がある。
そして、青い玉で開くドアの右の壁にはちょうど菱形の宝石がピタリと入る鍵となる穴が空いている。
ここで試し、地下迷宮の探索を再開する事にした。
「それじゃ、入れるよ~」
アイリーンの何とも力の入っていない言葉と共に菱形の宝石はすっぽりと入った。それを待っていたかの様にドアが勝手に開き、その先の暗闇が手招きをしていたのだ。
ドアが勝手に開いた事に驚いたが、それも一瞬の事ですぐに武器を構え戦闘準備をすぐに整えた。しかし、それ以上何が起こるともなく、涼しいこの空間で額から汗が流れるくらいで何も起こらなかった。
「ただ開いただけ?」
「入って来いと言うのか?」
それならばと魔法の光を頼りにアイリーンは暗闇の中へと足を踏み入れた。今までと同じ石が積み重なった壁と天井があり、壁はボヤッと光る石が幾つかに一個含まれ、暗闇の先へと続いている。唯一異なるのは真っ直ぐな通路ではなく、右に少しだけ曲がっている事であろうか。
虎穴にいらずんば虎児を得ず、とも表す通りとアイリーンを始めゆっくりとドアの先へと入っていく。
「ん、何もない?」
アイリーンがぐるりと通路を見渡し、見える範囲全てを確認していく。床の埃の積もり方は先ほどの通路と同じ位、壁にも変なところも無い。そして、敵となる獣等も存在しない。ただ、驚いたのは青い玉と同じように壁の両側に菱形の宝石が有るはずと考えていた事が違った事だ。
こちらの通路には菱形の宝石が存在しない。その為ドアを閉めるとこちらから出られなくなってしまう、そんな考えが頭をよぎったのだ。もしかしたら罠でこの中で餓死させる、そうとも思える仕掛けと思っていた。
ドアは開いたまま、菱形の宝石は壁に入れたまま。アイリーンが考えて進むのを躊躇していた時である。
「悩むことあるのか?」
ヴルフがアイリーンよりも前に出た時であった。”ガシャーン”と大きな音と共に開いていたドアが勢いよく閉まってしまった。
あいにくドアはこちら側へ開く構造で、取っ手が付いておらず、引いて開ける事は出来なかった。隙間にナイフを刺そうとしても隙間がぴったりと塞がれており、その手段も無理だった。
「ちょっと!こんな最悪の事態を考えてたのに、何、勝手に動いてるのよ!!」
ヴルフに向かってアイリーンの怒号が炸裂する。トレジャーハンターとしての能力を十二分に発揮でき、起きたばかりで頭が冴えている、この状態で勝手に動き回られ邪魔をされたのだから、アイリーンの怒りはもっともであった。
「う、すまん」
「反省してるの?起きてしまった事はしょうが無いけど、次は邪魔しないでよね」
”わかった”と力なく答えるヴルフをしり目に暗闇に目を向ける。
戻る事は出来なくなってしまったが、この通路はまだ探索していない。進めばもしかしたら出口が見つかるかもしれない。少しでも可能性があるのなら先へ進むしかないと、頭を切り替え、暗闇の先に出口がある事を祈るのであった。
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