奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十八話 地下迷宮探索 参

 ドアの先から漏れ出るかび臭が、正常な空気と混ざり合い落ち着くまで数分。鼻を押さえ、匂いに堪えながら辺りを見回る。何時、敵が出てくるかわからないと緊張で体に力が入る。
 その場に敵がいないと安堵の表情を見せれば、ドアの先が気になりだす。隙間から覗けば、ぼわっと壁の所々が光っているが、松明の光を当てなければ人の目には暗すぎて詳しくわからない。それでもその光が出ている事で、ドアの先には通路がまだ続いているとわかる。
 床の石も同じように続いているが、今までと違うのは誰も踏み入った様子が無く、埃がうっすらと積もっている事だろう。ジメッとした空気のおかげで埃が水分を吸い、舞い立つのを防いでくれる、それが唯一の救いであった。


 ドアから一歩入ればジメッとした空気が肌にまとわりつき水浴びや湯あみをしたくなる。ここで汗が噴き出していたら、それこそ陰鬱な気分になったであろうが、幸いな事に気温が低く汗をかかない環境であったため助かっていた。


 足元の埃は薄く積もり一歩踏み出すごとに足形が埃に残り、これが埃でなく雪が積もっていたらいいのになと思う程であった。それほどクッキリ残る事など雪以外ではないであろう。うっすらと積もる雪なら良いが、膝まで埋もれる程の雪だと移動が大変なので勘弁してほしいと、雪も無いのに辛さが思い出される。


 脳裏に浮かんだ水浴びや雪遊びを頭を振って脳裏から消し去ると、暗がりの向こうへと目を向ける。埃が積もっているのであれば床を移動する敵は存在しないと考えゆっくりではあるが、暗がりの向こうへと進もうとした。


「アイリーン、ちょっと待ってください」


 いきなりスイールに呼ばれ、足を一歩踏み出しただけで踵を返す事になってしまった。


「ん~、何よ。何かあったの?」


 出ばなを挫かれぶっきら棒な声をスイールの方へ飛ばせながら振り向くと、先ほどまで手に納まっていた、青い玉が壁に埋め込まれていた。振り返ってみなかったのは自らの落ち度だが、それよりも今は埋め込まれている青い玉だ。


「ちょっと!何でそこにあるのよ」


 この通路に入る前に鍵としての青い玉を確実にはめ込んだはずだった。それが目の前にある。アイリーンは少しだけ混乱したが、頭を振るい余計な考えを捨てると、元いた通路に戻ると、自らが埋め込んだ青い玉を見つけるのだ。
 そこで青い玉の存在が幾つもある事に気が付き、その場で青い玉を入れた穴から取り出そうと力を入れるのだが、


「え、取れない?鍵だから」


 アイリーンの考えた”鍵だから”が正解であった。ドアが閉まった時点で青い玉のどちらかが外れる仕組みであるのだ。それがわかったのは何度かドアを開け閉めし、いろいろと組み合わせを行った後であった。


「この仕組みは、不思議な感じがするわね」
「さすがに未知の技術が使われている地下迷宮って所か?」


 その仕組みに感心すると共にこんな技術があればもっと生活が豊かになるのにと思った。そして、ボソッと呟くスイール。


「生きた地下迷宮……ですか」


 その言葉が今いるこの場所を説明する一言であろう。
 スイールは”生きた”と表現したが、はたして”生きた”地下迷宮とは何なのだろうか?五人の視線がスイールに集中すると疑問に答えるために再度、口を開いた。


「言葉の通りです。”生きた”とは、この地下迷宮がまだ現役で機能している事を意味します。スフミ王国の地下迷宮ほどでは無いかもしれませんが何か見つかるかもしれませんね」


 その言葉を聞いた皆は、期待に胸を膨らませるのに十分であった。今の技術以上の何かが発見出来るかもしれない、魔法の武具が残っているかもしれない。思いは膨らむばかりであった。
 だが、喜びとは別に不思議な点も見受けられる。


「でもスイール。こんな場所にあったら、発見されて中には何もないって思わないの?何千年も前の遺跡なら誰かが入って持って行ったと思った方が自然じゃないの」
「そうだね。そう思うのが自然だね」


 ヒルダの質問を否定はしないが、青い玉を使ったドアから小鬼等が侵入していないと考えれば、何かが残っている可能性もある。さらに、埃の積もり方を見れば、ここ百年は誰の手も入っていないと思っても良いだろう。
 もともと地下迷宮は埃が積もりにくい構造になっており、掃除する事もあまりないはずだ。スフミ王国の地下迷宮を考えればその結論にたどり着いてもおかしくない。


「だけど、実際に見てみないとわからない」


 その様にスイールは結論付けるのであった。


 通路を進む前にドアを閉め、青い玉を取り外す。外と内で青い玉がはめられており、ドアが閉まれば片方が外せるのであれば、他にも鍵として使うドアが存在する可能性が捨てきれなかった。


「それじゃ、進むよ」


 地下迷宮の探索を再開するのであった。
 一歩一歩足跡を付けながら進む彼等の先には、幸いな事に埃が舞い上がる事も無く進むことが出来た。壁のぼやっとした灯りの助けもあり、進む速度はそれなりの速度でだ。そして進む事百五十メートル、通路の途中の左側にドアが見えて来た。


「ドアですか?」
「ドアですね」


 突如として灯りに照らされたドアが現れ、皆が注目をする。今までのドアと同じ金属で作られ、錆の少ない、いや、錆すら無いドアが目の前にあり、大きさも同じですぐに開けられそうであったのだ。


「ちょっと、開かないわよ。青い玉も使えない」


 ドアの横の壁には何かをはめる穴が開いており、アイリーンが青い玉を入れようとしているが入る事が出来ない。それもそのはずで、アイリーンが持つ青い玉は綺麗な球形をしているが、このドアの横の穴は菱形で尖った形をしている。


「アイリーン、無駄です」


 どうにか入れようとしているが無理なものは無理、とがっくりと肩を落としている。それをヒルダが”まぁまぁ”と肩を軽く叩いて慰めている。
 スイールは気が付いていたが、青い玉が見つかったのであれば、菱形の鍵も見つかるのではと考えていた。それが何処にあるかわからないが、この地下迷宮を設計した人が意地悪をしていなければ、すぐにでも見つかるのではと楽観的に考えもしている。


「何処かにあるはずですから地道に探しましょう。そこまで気を落とさないでください」
「ん、それもそうね。青い玉があったんだから、菱形の鍵もきっと、見つかるわね」


 何とか気分を戻したアイリーンを先頭に、開けられぬドアに別れを告げ、先へ進むことにした。そして、さらに百五十メートル進むと、前方と右側にそれぞれドアが現れる。
 すぐに気が付くが、前方のドアの横には丸い穴が、右のドアには菱形の穴がそれぞれ設けられている。当然だが、今持っている青い玉は球形であり、前方のドアにしか使えない。


「今は開けられるドアを開けるのみよ!」


 一応、ドアに罠が仕掛けられていないか確認をして、青い玉をその窪みにはめ込む。宝箱でも鍵がかかった状態で罠を発動する--例えば体重がかかったら落とし穴が開くとか--事もあるために慎重にドアを調べるのだ。
 だが、この地下迷宮のドアは、罠で侵入者を殺める以外の用途として、区画を区切っているとスイールは予想していたので、この場所で罠を仕掛けることは無い、そんな気持ちになるのであった。だが、その用途が何かは予想が出来ないので、口に出す事は控えたのであった。


 右のドアを諦め、前方のドアを開け放つ。スイールの予想していた通り、罠は無く暗闇が続いて行く。あっさりと開いたドアを横目に暗闇の中へとその身を進めていく。先程の通路と空気と同じジメッとした空気なのだが、カビの匂いが一切せず、それとは別に肌を刺す痛みがほんの少しだが伴ってくる。この空気が何を孕んでいるかわからないが危険を感じ一旦ドアの外へと戻る事にした。


「この空気、刺すような痛みを感じるんだけど何かしら?」


 空気が流れ込まない様に一旦ドアを閉めてアイリーンが呟く。肌に傷は無いがこのまま行動しては、動きに支障が出たり、五感を損傷する可能性があるのでうかつに進めない。
 そして”何とか空気を入れ替えできないか”とスイールに相談を持ちかけたのだが……。


「風魔法でも打ち込んでみましょうか」


 そこに口を挟んできたのはエルフのエルザであった。スイールが得意なのは炎関連の魔法だが、エルザは風関連の魔法が得意で空気を循環させるなどのが出来る。
 エルザからの提案は、少し強い風魔法を弱い速度で打ち出し、空気に含まれる原因を取り込んで除去してしまおうと考えだった。
 ドアをすでに開けているので罠は無く、そして敵も存在せず、いつでも実行可能であるが、通路の奥に何かが潜んでいた時には、少しだけ不利に働くが致し方ないとその案に乗る事にした。


「ドアの向こうへ出て、魔法を発動し、その後に付いて移動をする。魔法が発動したらアイリーンはドアを閉めて青い玉を回収してください。今までの通路の距離を考えたら三百メートル程と思います。少し大変ですが頑張りましょう」


 ドアの前でエルザが魔法の発動の為精神を集中する。アイリーンがタイミングを見計らってドアを開けるとその先の何もない真っ暗な空間へ向かって、魔法を発動した。


風の渦ウインドトルネード!!」


 小さな竜巻がドアの先へ発生すると、人の歩く速度ほどで動き出す。風魔法が得意なエルザの面目躍如と言った所だろうか?
 本来であれば中央から外へと風を吹き出す様に構築するのだが、今回の竜巻は外から中央へと風が吹く様に構築されており、見ているうちに中心部に水滴がたまり始める。おそらくだが、それが肌を刺す様な痛みの原因であろうと思われた。


 エルザが発生させた竜巻を見て、アイリーンは念のためにドアの先へと出ると、体のあちこちを触り痛みが無いと体を使って確認した。


「大丈夫そうですね。アイリーンは皆がそちらに入ったらドアを閉め、青い玉を回収しておいてください」


 先程の打ち合わせの通り全員がドアを潜り終わると、ドアを閉め青い玉を回収するアイリーン。竜巻の後ろをエルザを先頭に進んでいく。発生にそれほど魔力を使わなかった竜巻は、すぐに寿命を迎えようとするが、そこにエルザが自らの魔力を注ぎ込み、寿命を延ばしていく。一回の供給で五十メートル程の寿命である。そして、六回目に魔力を注ぎ込もうとしたところで行き止まりの壁が見えたので、六回目の供給は止めにして竜巻を消した。
 竜巻が消えると共に、中央に集められた水の渦が重さに耐えきれなく、床へ落ち、”びちゃっ”と濡らす。


 行き止まりと言っても完全な行き止まりではなく、前方と左側にドアが見える。案の定と言うか、予想通りと言うか、ドアの横にはまた、はめ込むための穴が開いている。前方は菱形の穴、左側は青い玉が入る穴がそれぞれ開いている。
 それであれば行先は、当然ながら左の青い玉が入るドアとなるだろう。


「左のドアか……」
「ちょっと待って調べるから」


 ドアを調べ始めるのだが、近づいたとたんにアイリーンの顔が歪みだす。その表情は明らかに痛みを我慢している顔であった。何がそんなに痛むのかは聞かないとわからないが、ドアの先に原因があることだけは確かだろう。


「あのドアの隙間から流れて来る空気が、肌に付くとピリピリ痛いのよ。この通路に入った時以上にね。ここの通路の空気が悪くなった原因がこの向こうに存在しているのだけは確かね。罠が無い事だけは幸いだけど」
「厄介ね。ドアを開けて同じ魔法を叩き込んであげましょうか?」
「そうしてくれると助かる。アイリーンは開ける準備を」
「りょうか~い!」


 ドアの前にエルザが立ち魔法の発動を準備する。エルフの杖のレプリカを眼前に突き出し両の腕で構える。先端にはめてある黒い魔石が青く変色し魔法発動の準備が整う。


「準備できたわ」
「開けます!」


 青い玉をはめ込みドアを勢いに任せて開け放つ。アイリーンの表情が歪んだのはその先から流れ来る空気に触れた為とすぐにわかる。そして、アイリーンが松明をドアの先の空間に投げ込むとドアの前から即座に飛び退いた。


 エルザが魔法を発動しようとドアの向こうの景色が目に入った時、一瞬だが魔法を発動させることを躊躇ためらった。予想と違う光景に目を奪われていたのだが、すぐに気持ちを戻し魔法を発動させた。


風の渦ウインドトルネード!!」


 エルザの意識の先から飛び出した魔力が小さな竜巻となってドアの先の空間へと出現する。先程と同じ魔力をつぎ込んでいたが、それよりも小さな竜巻であった。恐らく大きさとしては七割ほどに縮小されていたと表現しても良いだろう。
 だが、先ほどと違うのは移動する速度であった。今いる通路と同じ状態の通路が続いていたら同じ魔法にしていただろうが、違う状況になったと見て、その力の配分を瞬時に変更したのだ。竜巻の大きさを小さくして、その代り、移動速度と移動方向を設定したのだ。
 エルザの見た方向にはまっすぐ進む通路ではなく、このフロアよりもさらに地下へ進むための通路が見て取れたのだ。
 そして、エルザの魔法はその設定どおり、発生してすぐに通路に沿って地下の暗闇へと消えて行った。


「なんと、さらに地下へ向かう通路か。これは驚いたのぉ」


 松明にれらされたドアの先を眺めてヴルフが驚きの声を上げた。このフロアよりも低い場所が存在するかもとは思っていたが、この場所にあるとは考えてもいなかったのだ。


「エルザの咄嗟の判断で助かったのは言うまでもありませんね。アイリーンどうですか?肌は痛みますか」


 ドアの先を調べているアイリーンに声をかけると、問題ないと答えが返ってくる。竜巻に空気が集められ、ピリピリとする痛みの原因が集められ処理が完了したとみて良いだろう。
 そして、アイリーンの目の先には暗闇に包まれた地下へ下る通路、--ではなく階段--が、姿を見せる。通路に罠を仕掛ける事も無く、ただそこに存在しているだけの。見る者からすれば、誘惑する死の女神を連想させたり、深い闇に沈む沈没船へと続く階段と見られたかもしれない。現実にはただの階段がそこにあるだけなのだが。


「行くんでしょ」
「ええ、待っていてもアイリーンが嫌がるピリピリした空気が戻って来るかもしれませんからね」
「それは嫌ね」


 落ちていた松明を拾い上げ光源を確保すると、アイリーンを先頭に階段をゆっくりと下りて行くのであった。

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