奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十三話 コレクションの考察と新たな道標

 薄気味悪い屋敷を出て、エルムベルムの街へ戻ってきた。カスパルへ無事に帰還した事と屋敷の気味悪いブルーノコレクションの事を報告し、協力した謝礼を貰って、やっとの事で宿に戻ってきた。
 太陽は完全に顔を隠し、次の日に向けて力を蓄えに帰ってしまった。五月もまだ上旬であれば肌寒い風は、旅人の体を否応なく痛めつけたのだ。
 温かい酒場に入ってホッと一息吐き、周りを見れば食事を終え酒に酔う人達でにぎわっていた。まだ食事もしていないエゼルバルド達は遅い夕食に舌鼓を打つのであった。


「ヒルダ、大丈夫か?まだ顔色が悪いみたいだけど」


 ブルーノコレクションを見て気分が悪くなったヒルダは少しだけお腹にいれていた。顔色が悪いと言っても胃の中に残っていた昼食を吐き出してしまったおかげで、お腹の虫が鳴きっぱなしであった。明日には体調も戻っているだろうが、今は少しでもお腹に溜めておきたかった。


「何とかね。でもあれはダメだわ」
「うん、それはわかる」


 それに同意するのはアイリーンである。彼女もあれを見て気分を悪くしている。
 あれとはブルーノのコレクション。かなり大きな部屋に棚が作ってあり、所狭しとガラス瓶の液体に漬けられた人体の一部が並んでいたのだ。それは現代の人間でさえ予備知識が無ければ嘔吐する光景であろう。


「何にしてもあの研究を阻止出来ただけでも良しとしましょう」


 スイールの本音がここに見られる。
 実際、ブルーノの実験体が量産されていたらどうなるだろうかとスイールは考えてみた。


 まず肉体改造だ。あの屋敷で動いていたのは三体だった。二体は速度を重視し、一体は力を重視していた。体に合わない脳を使っていたが、人の体を改造しただけではどうなっていたか?それこそ力任せに攻め込める兵士が出来上がるであろう。
 その兵士が前線に投入されたら?通常より長い剣を持ち、槍の間合いより遠い距離から一振りでなぎ倒されるだろう。一体で通常の兵士を最低でも百人は倒せるはずだ。


 また、速度に秀でる改造を施されたら、索敵や兵站の概念が覆される可能性もある。人の速度以上で走られたら追いつくことは不可能だ。人の手による正確な情報も瞬く間に広がるだろう。
 まさに戦局を変える新兵器と呼んでも無理はない。


 幸いなことに一個人が研究したのみのとどまっていた。これが国家単位で研究されていたらおぞましい結果になるだろう。


 その反面、人の構造についての研究は素晴らしかった。とくにあのスケッチされたノートだ。命令の伝達経路、内臓の配置に働き、筋肉の付き方等。それを回復魔法と組み合わせれば傷による死者の数はぐっと減るだろう。


「玉石混ざった研究だったわけだ……」


 ぼそっと最期に呟いた。


(しかし、あの研究がたった一人の研究者で考え出された事なのかはわからなかったが……)


 スイールは口に出さないが、とても不安な事柄を抱き顔をしかめるのであったが、今は仲間の依頼が先決だと思考を切り替えるのであった。






「そうそう、本命のあれ、持ち出されていたぞ。【ジムゾン】とかいう男が売りに行くとロニウスベルグへ向かったそうだ」
「ロニウスベルグですか……」


 本命のあれとはエルザが探しているエルフの杖である。警吏官の建屋に報告した際にスイールが伯爵に聞いていたようだ。その他にも地下迷宮の事を知らないかとも訪ねたが、そちらは空振りであった。


 夕食が盛られていた皿が片付けられ、アルコール類の入ったコップとつまみだけが残ったテーブルに地図を広げ目的の街を探し出す。


「だいぶ山の方にある街のようですね。その男を見つけて聞けばだれが持っているか見つかる、と」
「いや、そうはいかないんだ」


 ヴルフが神妙な顔でスイールに答える。一緒にいたであろうエゼルバルドもアイリーンも同じような顔だ。


「その男は何処かへ行ったらしく姿が見えないらしい。話を聞くのは難しいかもしれん」


 残念そうに呟く。それを聞き、ルートを探すべく皆が地図へと視線を落とす。


「そうすると、【ペーチェ】経由、ロニウスベルグですか?」
「ライチェンベルグに戻る選択もあるが、戻るのもどうかと思うがの~」
「わたしは戻るのは嫌よ」
「ウチも戻るのは嫌やなぁ」


 皆の意見が出た所で、


「ペーチェ経由でロニウスベルグへ行くとしましょう。明日はその準備ですかね。後は、さすがにエルザを迎えに行かないと怒られるかもしれませんね」


 即座に行き先が決定した。
 その後、食事を終えたスイールを除く四人は、昼間の精神的な疲れから何をするでもなく部屋に戻り、すぐに寝入ってしまった。


 そのスイールは昼間回収した日記が気になり、最初から目を通していた。ブルーノの屋敷でも目を通していて通り、最初は普通の日記であり、日々の事柄がつづられているだけで目新しい事は何もなかった。毎日書かれている訳はなく、一か月空いている時もしばしば見受けられた。
 二冊目の真ん中程、二年位日記に空白があり、その次に書かれた日記には見知らぬ人から人体を結合する魔法を教わったと書かれていた。


 その結合する魔法を教えたのが誰なのか、その様な者がいるのであれば、第二、第三のDr.ブルーノが現れたり、国家が兵器として開発してもおかしくはない。


 今はそれが広がってくれない事を祈るばかりだと、そのページで日記を畳むと、ベッドに入り疲れを癒すのであった。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 翌朝、朝食を済ませるとスイールはエルザの入院している医者の元へと来ていた。病室の中からはエルザの声と共に楽しそうな女性の声が聞こえて来る。部屋に近づくにつれ、楽しそうな会話が聞こえて来る。


『お姉さま、背が高くて羨ましいわ~』
『顔も整って素敵です~』
『スラっとしてて、どんな物を食べているのですか~』


 等、エルザが答えに困っている様であった。
 病室にノックして入ると、帰る支度を終えたエルザがベッドに腰掛けていた。


「おはよう、エルザ。邪魔だったかな?」
「あ、スイール。いえ、大丈夫ですよ」


 エルザに声を掛けると、同室の少女達は突然入ってきた男に敵意をむき出しに、鋭く光る目を向けて来る。その顔を見ればオーギュスト伯爵に攫われていた少女達だとすぐにわかる。


「おや。かなり元気になったようだね」
「ええ、食事と飲み物を貰えなかっただけですから、食べて飲んででこの通りです」


 彼女たちの健康はもう一歩で元通りになりそうであるが、精神面が少し心配であった。エルザと話をしていると、少女たちから、


『お姉さまに近づかないで、汚らわしい』
『汚物はここからいなくなって』
『私のお姉さまは天使なのよ、この悪魔』


 とか言いたい放題であった。それを無視して、エルザと共に帰ろうとしたところで、


「あら、貴女達を助けたのは彼とその仲間なのですよ。そんな事言っては駄目です」


 エルザらしくやんわりと注意していた。それには少女たちもしゅんとなって、”ごめんなさい”と謝っていたのは可愛いかった。まだ少女の域を出ていないのであろう。






 エルザが入院していた医者にお礼を告げて、エゼルバルド達と合流するべく足を鍛冶屋街へと向けた。その途中歩きながら、杖の行方や誰が持ち出したか、次の行き先は何処だと決まった事をエルザに説明した。
 それを聞いて、いろいろと迷惑をかけてごめんなさいと言われたが、他のメンバーも楽しそうな雰囲気なので謝らなくても良いと元気づけたが、自分の身に起きた事で迷惑をかけたとエルザは気を落としていた。


 そうこうしている内に鍛冶屋街で装備を見て回っているエゼルバルドとヒルダに合流した。二人は壊れたヒルダの盾の修理と何かめぼしい武器が無いかと探していたようだ。


「ヒルダの盾は穴が開いちゃったからね。これじゃ使えないしね」


 ヒルダの代わりに持っていた盾をスイールに見せる。二センチ程度の丸い穴が貫通し、その周りにもひびが入っていた。盾はかなり固い木を使っているがここまで破壊されると修理より買い替えが早いとも言われたらしい。ヒルダはラドムが用意してくれた盾を大事にしていて何とか修理をして貰いたかったが、時間の関係であきらめざるを得なかった。


「でもね、この盾は何処にでも売られている市販品だから、ラドムが用意してくれたとは言っても悲しむ事は無いよ。寿命が来たと思えばラドムも何も言わないさ。革鎧と鎖帷子は特注だけどね」


 ヒルダを安心させ、新しい盾を購入する事を勧めた。


「それにヒルダは予備武器を持った方がいい。できれば打撃武器ではなくて手軽に扱える武器がいいな。ショートソードの類だったり、槍の類だったり。あ、槍は予備武器とはならないか」


 ちなみに、予備武器を持っていないのはヒルダだけであった。
 アイリーンもショートソードを持ち近接戦闘もある程度こなせる。スイールとエルザも杖の他に細身剣レイピアを持っている。
 エゼルバルドとヴルフは言わずもがなである。


「そうか~、それなら用意した方がいいね。早速、見に行ってみる。エゼル、行くよ~!」
「そう走るなよ。転んだら傷口が開くぞ」


 エゼルバルドとヒルダは目を付けていたお店に向かって走って行った。


「二人ともまだまだ元気ですね」
「やはり、お似合いの二人ですね。羨ましいです」


 二人の後に続き、スイールとエルザも鍛冶屋街へ消えて行った。


 最終的に、ヒルダは前と同じ大きさの円形盾ラウンドシールドを新調し、ショートソードも購入、穴の開いた籠手は修理が間に合わないので今回は諦めた。エルザのくたびれていた鎖帷子も新調。
 ちなみにエルザの鎖帷子は置いてあったサイズが偶然にもピタリであったため迷うことなく購入したのだ。何処かの貴族が作らせたのだが、材質に不満があったとかで買う事は無かったらしい。その在庫処分の為、金額は安かった。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「次はペーチェの街か。川沿いを東に向かって五日の距離だな」


 エルザが退院し無事に六人となり、また徒歩による旅が始まった。ヒルダの骨折はまだ治りきっておらず、朝と夜に治癒魔法をエゼルバルドがかけ続けており、あと七日位で治るだろうとされた。腕に持てないヒルダはバックパックに盾を乗せて移動する事になった。


「何時もの通りに歩けば五日後の三時位に到着しますよ」


 エルフの杖を追いかける旅だが、少しは楽しみが無いとつまらないとヴルフとアイリーンはある物を買っていた。


「川沿いの旅と聞いてこれを買ってきたのだ」


 ヴルフはバックパックに括り付けてある物を見せびらかした。何の変哲の無い釣り竿だ。しいて言えば太鼓型のリールも一緒な所だろうか。


「ウチも買ったのよ。これで船で負けた雪辱を晴らすのよ。今度こそ勝って見せるわ」


 何処で勝負するのかわからないが、ほどほどにお願いしたい。多少の息抜きは必要だが、熱中し過ぎても困る。


「ヴルフとアイリーンって仲良いんだから結婚しちゃえばいいのに」


 ヒルダがボソッと呟くが、リベンジだ、返り討ちにしてやるなどと言い合っているため二人の耳には届かなかった様だ。
 ちなみにこの勝負はペーチェの街に続くまで毎夜続いたが、結局の釣果は互角であった。


 川の側を通る街道、--この”国の街道は”と言っていいかもしれない--、は馬車が通る事を計算に入れているらしく、ライチェンベルグからエルムベルムへの街道と同じく歩きやすくなっている。
 一つ違うのは地方都市から出発する街道で道幅が少し狭く、徒歩の旅人は馬車が来ると横にどかなくてはいけない。それでも馬車が走りやすいだけでも物流が滞りなく動き、国の発展に寄与しているだろう。
 向かっているペーチェの街も当然ながらこの恩恵を受け、新鮮な海産物は無理でも塩や魚の加工品等が手に入りやすい。


 こうして見ると、ベルグホルム連合公国は陸路での物流が国を支えているとよくわかる。
 それに比べてエゼルバルド達の出身国、トルニア王国はどうであろうか。街道は整備されているが馬車は走りやすいだろうか、道幅はどうであろうか、人と馬車の並走は可能であろうか等、改良する場所は多いだろう。
 たった数日間の出来事であったがそれなりに感じる事が出来、良い土産話ができたと思えた。


 三日目のみ、雨に降られたが予定通り五日後の三時過ぎにペーチェの街に到着した。


「あ~、着いた着いた。早速酒が飲みたいわい」
「いっつも酒、酒って、それしかないの?」
「それしかないもんな。しょうがないだろ」
「ドワーフの血を引いてるのってどうしようもないのね」


 酒が飲みたいヴルフをいつもの様にアイリーンがからかうが、いつもの様にあしらわれている。今日は宿で休むだけだと、まだ早い時間ながら、近くの宿に部屋を借り併設されている酒場で飲むのであった。


 いつもながらヴルフの飲みっぷりはすごい。最近は抑え気味に酔い潰れないようにしているのだが。


「おお、明るい時間から言い飲みっぷりだね。一杯、奢っちゃうよ」


 この宿の女将さんがジョッキをサービスだとヴルフに差し出した。この酒場で一番大きなジョッキになみなみとエールが注がれている。そのエールを美味しそうに飲み干すので女将さんも上機嫌であった。


「アンタら、旅行者かい?」


 空になったジョッキやコップをトレイに乗せながら女将さんが話し掛けてくる。


「まぁ、そんな所です」


 グラスに入ったワインを飲みながらスイールが答える。


「そうなんだ、気を付けるんだよ。ここからロニウスベルグへ向かった旅人や商人が行方不明って聞くからさ」


 スイールだけでなく、他の五人も女将さんの言葉に耳を疑った。
 女将さんがテーブルを片付け厨房へ戻ろうとした所をもう少し話を聞きたいと引き留めたのだった。

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