奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第七話 エルザ救出作戦 その弐

 天井が高く棒状武器ポールウェポンを易々と振り回せる広い部屋の前方と後方、両方のドアから現れた、それぞれ七、八人の敵にエゼルバルドとヴルフは突撃し攻撃を仕掛ける。二人は乱戦を狙うのでなく一対一の戦いを重視し、正面ではなく端の一人を目指してである。
 ショートソードを持った敵に間合いの外から振るえる武器で有利に立てるとは言え、一対多数にならない状況を作り出す。多数の敵に一人で向かうなど本来なら馬鹿げているのだが、数の上で有利な状況は慢心から隙を作り易いのだ。


 端の一人を武器を小さく振るい一瞬で切り捨てる二人。それぞれが一人をただの骸にすると形勢が逆転する。数的な不利は変わらないが戦いに慣れていない敵だからこそ有効なのだ。数的に勝っていても個人の技量は最初の一人が沈んだ事で遠く及ばいとわかり、次に誰が狙われるのか、との負の心理が働き動きが鈍る。


 オーギュスト伯爵が雇っている私兵は剣を振るう戦士や騎士などではなく、斥候や暗殺等で活躍するための訓練を積んだ者達だった。攻め手のエゼルバルド達の中ではアイリーンが近く、対人戦闘で剣や斧を振るう敵に正面から戦うのは苦手なのである。


 ヴルフの目の前を敵のショートソードが風切り音を立てて空を切る。剣の間合いは狭く、中を切った次の瞬間に棒状戦斧の餌食になる。ある者は斧で切られ、ある者は鉤爪で引き倒された挙句、頭をかち割られる。ヴルフの鬼神ぶりに敵は及び腰になり、最後の一人が倒れるまで一刃の傷を負う事は無かった。


 敵とのすれ違いざまに両手剣を一閃すると、敵の胴体が両断され臓物が鮮血と共に飛び散り敵を肉の塊と変える。エゼルバルドの両手剣は魔法により切れ味と非破壊属性が付与されているため、革鎧で身を包んだとしても両手剣の重量と遠心力、そして鋭い切れ味から防具の意味をなさない。そして、ショートソードの間合いの外から斬撃と刺突攻撃の組み合わせで翻弄し、あっという間に全てを切り伏せてしまった。






「さすがに強いですね、二人とも」
「なぁに、この場所が良かっただけだ」
「そうそう、十分に広い場所はこれが一番」


 スイールの下に赤く汚れた外套を翻しながらヴルフとエゼルバルドが帰ってくる。広大な空間の部屋と敵が届かない武器の間合いを最大限に利用した戦いをしていた。特にエゼルバルドはこの三か月で一段強くなっており、ヴルフも下を巻くほどであった。


「オーギュスト伯爵はこの上ですが、エルザはそこにはいないと思います。一階か地下だと思いますが……」
「それじゃ、一階を虱潰し?」


 ヒルダは武器を振るうことなくこの場が終わって少し残念気だった様で活躍の場を探していた。エゼルバルドとヴルフの鬼神のごとき戦い方を見ていれば血が湧き立つだろう。


「この先は二手に分かれましょうか。私とヴルフで屋敷の右を、エゼルとヒルダ、そしてアイリーンで左を見て回りましょう。一階が終われば合流して二階の調査ですよ」


 調査が終わったらこのホールで合流と決め、敵が出て来た前方の部屋へ入り左右に分かれて屋敷を調べ始めた。






 エゼルバルド達の三人は廊下を進み、両脇にある部屋を一つずつ開けて行き中を調べる。全ての部屋には罠も無く、すんなりと調査が進む。普段使いの屋敷である、わなを仕掛ける事は無い。


「何も無いなぁ。アイリーンも何か発見しない?」


 幾つ目かの部屋を開けたところでアイリーンに聞いてみるが、良い返事は無かった。


「駄目ね。何の痕跡も無いわ」


 絨毯の寄れ具合や壁の張り合わせ面、壁紙、そして床の石材まで観察していても何もない。そして、とうとう最後の部屋へたどり着いてしまった。
 ドアを開け中へ入ると鍋やフライパン等の調理道具がそこかしこにぶら下がる厨房であった。この屋敷の食を一手に引き受けているのだろうが、ここ最近は使った痕跡が無いようだ。炭や薪をかまどにくべた様子が無く、灰も残っておらず汚れも付着していなかったのだ。


「この部屋使われてないよな。あれだけの人数を雇っていて厨房が使われていないって不思議じゃないか?」
「他にも厨房設備があるのかな?」
「その可能性は高いな。合流したら聞いてみよう」


 厨房を一通り調べ終え、何も無いとわかるとがっくりと肩を落とし、ホールへと向かうのであった。






 スイールとヴルフの二人も調査に手間取っていた。アイリーン程目が効く訳でもないので一部屋一部屋、虱潰しにしていた。各部屋の壁、絨毯、床板と怪しいと感じた場所は全て叩いて調べたが、それも全てが徒労に終わろうとしてた。


「何も無いですね」
「誰もいないな。何だこの屋敷は?」


 この位の規模の屋敷であれば、二、三人は執事やハウスメイドがいても不思議は無いと思っていたが、雇ている形跡がないのだ。さらに各部屋のベッドも使った形跡がない、と言うか、掛け布団がすべての部屋に無くマットレスだけの状態であった。
 掛け布団が無いのであればこの階は使われていない事になる。と、すれば兵士たちは何処から来たのか?建物の周りをぐるりと見て回れば一目瞭然であったが、地下から来て、この屋敷に踏み込むなど予想もしてなかった事がここに来て情報不足となって出てきてしまった。
 そして、一階の最後の部屋はエゼルバルド達が最後に入った部屋と同じ厨房であった。


「厨房ですか。それにしても小綺麗にしてますね。かまどに灰すら残っていない」
「こりゃ、一階は外れだな。エゼル達も肩を落としているだろうな」


 全ての部屋を一通り見て回り、何も無いとわかるとトボトボとホールへ向けて歩き出した。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 スイールとヴルフがホールへ到着すると、すでにエゼルバルド達三人が武器を持ち、辺りを見回し警戒態勢を取っていた。合流後は簡単にであるが、分かれて調査した結果を互いに報告するも結論は”一階には何も無い”、であった。


「あとは二階ですか。三階がない事を祈りましょう」


 次の階に期待をしながら、ホールにある階段を一段一段ゆっくりと上がって行く。
 上がった先にはオーギュスト伯爵が消えた両開きのドアが待ち構えている。重厚な黒光りする一枚板で出来たドアは見る者を威圧するほどだ。特に芸術の様に彫られた彫刻がドアの価値を高めている。金の使い方は貴族だと思わざるを得ない。
 しかし、今考えなければならない事はこの奥にこの屋敷の主、オーギュスト伯爵が籠っている事だ。まだ何人も手下は残っているだろうと思えば、先ほどの戦いは、こちらの戦力を計る為の捨て駒であろう。それでなければ簡単にあの場所を突破できるはずがない。


「先程の戦闘はしくじりましたね。私の魔法を見せてしまいましたからね。戦闘を見せていないヒルダに期待します」


 スイールはヒルダを見て合図を送ると、”任せて”と軽棍を振り上げた。


「これからは狭い部屋が続くだろう。エゼルも長物は使えないからブロードソードに切り替えろ」
「そのつもり!」


 一言、返事を返すとヴルフとエゼルバルドは腰のブロードソードを引き抜いた。二人の刀身がキラリと光り、魔法剣特有の光を放つ。
 両開きのドアを押し開けばそこからは戦場だ。弓を撃ってくる可能性もある。慎重に左右に別れて、ドアを蹴り開ける。


 鍵もかからず、固定もされていないドアは簡単に開いた。案の定、ドアの向こうからは矢が飛び出し、ホールを飛び越え壁に刺さる。予想を超えない反応に刹那の間だけ安堵する。一つだけ予想を超えたのは、ドアを貫通する矢が無く、どれだけ頑丈な材料でできているのかと驚愕したのだ。


「やはり矢を撃って来たか」
「それなら任せて」


 エゼルバルドは瞬時に魔力を練り始める。たった一秒だが魔力を込めると魔法を発動させた。


風の渦ウインドトルネード!!」


 風の刀ウィンドカッターに比べれば一段上位の魔法だが、牽制の為であればさほど難しい魔法ではない。部屋の奥へ旋毛風つむじかぜが届きさえすればいい。
 エゼルバルドの魔法が敵に向かって発動した事を見計らい、ヴルフはその身を影から現し、敵に向かって駆けだす。それに続き、魔法を発動したエゼルバルドも、そしてヒルダも追い掛けた。


 矢の本数から迎え撃つ敵の数は五人と予想し、身を動かす。部屋に躍り込んだ三人はすぐさま壁際へ進路を取り、壁際を駆けつつ武器を振るう。
 敵の数を予想したが外れており、目の前には六人の敵がいたが、一人増えたところで三人の連携が破綻することは無かった。三人の他にまだ後ろから攻撃できる頼もしい仲間が控えているのだから。


 風の渦ウインドトルネードに驚いた者達は弓を捨て目の前で腕を交差させる様に顔を守った。籠手を装備していたため、それで弾けると咄嗟に判断したのだ。
 顔を守る行動は自然な行動であったが、守りを固めている今は判断の誤りとしか言いようがなく、横に飛び退いて敵襲に備えなければならないのだ。魔法を扱う魔術師はその一撃が多大な威力を持ち、それだけで圧倒出来る力を持つ。戦場に置いて魔術師が怖いのは一発の威力が大きく、一撃で多数を殲滅できる為である。
 魔術師がこの場にいる事はすでに承知していたが、魔法を牽制に使うなど予測の範囲外であったのだろう。魔法を使えるなら強力な攻撃魔法を使用するだろうと、魔術師の存在を匂わせたスイール達の戦術の勝利であろう。


 一番に敵にたどり着いたのはやはりヴルフである。当然ながら敵の戦闘態勢は整っておらず、顔の前で交差した両腕が下がり始めたばかりで目の前に敵が迫っていると認識するに留まった。当然、予備の武器を抜く時間も無い為、その身を武器にするしかないと迫る敵に無理な体勢から拳を振るうのである。


 咄嗟に拳を振るうが何処を狙っているのかと、狙いを定められない拳はひょろひょろとヴルフ空を切るだけであった。空を切る腕に下から振り上げたブロードソードが狙い違わず肘の少し下を切断する。
 一瞬で敵の右腕が宙を舞い、鋭利に切られら切断面からは血液が噴出する。そして、腕の先は拳を握ったままの姿でゴロゴロと転がり床を真っ赤な鮮血で染めて行く。


「がっ!俺の腕が!!」


 切り落とされた腕に気を取られている一瞬にヴルフの第二撃が後頭部を襲う。剣の平で強打された敵は白目を剥きその場へ顔面から倒れこんだ。


 ヴルフに遅れ敵に迫ったのはエゼルバルドだ。目前に迫った敵に武器を抜く事を諦め拳を振るう。右拳は正確にエゼルバルドの顔を捉えて来たが、拳を躱すのではなくブロードソードを振るい舞来る拳を防いだ。敵はニヤリとほくそ笑んだだろう。次の一撃、左拳を顔面に叩き込めばこいつは床を這いつくばるだろう、と。束の間の勝利を目前にしたが、左拳を振るうことは無かった。


 エゼルバルドはブロードソードをそのまま敵に向けて振り、籠手ごと切り裂いたのだ。エゼルバルドの魔法剣だから出来る芸当で他の剣では無理であろう。
 そのままブロードソードは敵の生身の部分、--鎧の隙間、右腕の脇の下--、を容赦なく脇から心臓を目掛け突き刺し敵の命を刈り取った。


 その次に敵に迫ったのはヒルダ。
 エゼルバルドの後ろから迫り、一人の敵をターゲットにする。髪をなびかせて迫る姿を見た敵は何を思うのか。女と見て油断したか、もしくは鴨が葱を背負って来たと見たか。両腕を前に出し、迫る女を捉えようとしたが、ヒルダを甘く見過ぎであった。
 ヒルダの持つ武器をよく見ていれば、その様な事は無かっただろう。下から振り上げた軽棍が敵の顎を直撃し骨を砕く。それだけで敵は脳を揺らし、脳震盪を起され戦闘不能となる。足に力が入らず後は後ろに倒れるだけだが、仲間を攫った相手に容赦はしないと、追撃となる一撃を顔面に叩き込むと目玉を飛び出し透明な液体を撒き散らして絶命した。


「ば、化け物か?」


 一瞬で三人を倒された敵は持っていた剣を振るうためそれを頭の上に掲げた。敵を打倒し隙を見せたヴルフに向かって振り下ろそうとしたが、それは叶わなかった。狭い屋敷の中で効果的に使えず、牽制か奇襲にしか使われない弓矢の攻撃が、腕の付け根に食い込んでいた。当然、部屋の入り口から狙い澄ましたアイリーンの仕業である。


 矢は味方をかする事もなく狙い通りに敵を射抜く、しかも鎧の隙間、振り上げた腕の脇の下を正確に、だ。アイリーンが矢を番えて第二射を撃つ体制が整っている。はすに構えた体には豊満な胸が目に飛び込みそれが女だと気づかせた。そして、赤髪で正確な矢を撃つ女と言えば”赤髪の狙撃者”しかいないと思い出した瞬間、目の前が真っ赤になり意識を刈り取られていった。第二射は敵の眉間にを見事に射抜いた。


 その戦闘を傍らで見て、戦う気力を失った二人は雇い主の命令を無視し、殺されまいと降伏する。戦闘の意思はなくなったとは言え、安全ではなく敵対した二人を後ろ手に縛り上げる。そして、この屋敷の事を足早に質問していった。


「残りは伯爵を入れて三人ですか、他に雇われ兵士はいないと。連れてこられた人達を多数見ているが何処にいるか知らない、って所ですか」


 尋問が終わると”あと少しですね”と、スイールは呟く。ただ、伯爵の側にいる二人の護衛が縛られている雇われ兵士よりも強いらしく、生半可な戦いにはならないと言われた。二メートルを超す大男が一人いて、斧を力の限り振り回すため手に負えないと。ヴルフに言わせれば強いのではなく、ただ厄介な相手らしいが。
 もう一人は武器を持たない小柄な男らしく、すばしっこい動きで敵を翻弄し手数を生かして攻撃してくると。武器は暗器か刃物を仕込んだ籠手を使っているのだろうと予想はしてみた。


「油を売らずに私達も伯爵の顔を拝みに行きましょう。あ、彼らに少し協力して貰ってですがね」


 子供の様に無邪気な笑顔を見せたスイールは縛り上げた敵兵士の一人を連れ立ち、伯爵の部屋へと向かう。そして、伯爵の部屋に着くまでに、押し入った後の事を軽く打ち合わせする。
 二階の伯爵の執務室へ続く廊下はあまりにも異様であった。廊下にそこまで装飾を施すのか?と思う程、金銀細工が十五メートルに渡り壁と天井を覆っている。そこを照らすランタンにも凝っており、銀の台座に金の覆いだ。下品な金持ちと表現するにふさわしいだろう。


「ここですか……」


 煌びやかな廊下の果てに伯爵の趣味に似つかわしくない、あまりにも安っぽい見るからに貧乏であるとわかるドアが付いている。二階の両開きのドアは重厚な一枚板のドアであった。だが、目の前のドアは何枚も板を張り合わせ取ってつけた様なドアなのだ。


「何だぁ?このドア」
「安っぽいドアですね。下級市民が選ぶドアですね」


 ここで不思議がってても始まらないと、打ち合わせ通りに連れてきた兵士をドアの前に立たせ、ヴルフがドアをノックし体をどかす。そして、兵士がドアの向こうへ報告の声を上げる。


『失礼します。敵を捕らえてまいりました』


 兵士の声がドアの向こうへ、そして、廊下へと響き渡るが、その報告が終わるか終らないか、その時である、”ドカン”と大きな音と共に兵士の目の前のドアが砕け散り木片へと姿を変え、その中から出現した戦斧が兵士をドアごと葬った。


「!!」


 兵士を見ていた誰もが言葉を発せずにただ驚くばかりであった。
 戦斧はドアを砕き、兵士をなぎ倒し、廊下の遠くまで飛んで行った。可哀そうな事に兵士は胸を戦斧で切り裂かれ絶命してしまった。
 残ったのは無残にも破壊されたドアの破片と殺された兵士、そして兵士から流れ出た赤い血だまりだけであった。

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