奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第一話 海を渡って

 一月の頭に仲間に加わったエルフのエルザを入れ、六人になったエゼルバルド達はトルニア王国の王都から、東へ向かう船の上にいた。


 昨日、四月十六日にトルニア王国の王都アールスト近郊の港から出航し、今はベルグホルム連合公国の【ライチェンベルグ】へ向かっている途中である。
 四月に入って海がだいぶ穏やかな波になり、船旅に適するようになったのだ。それとは別にエルフのエルザは船酔いしやすい体質とわかり、冬に船に乗る事を諦めてよかったとつくづく思ったのである。


 風向きも北西からで船を進める速度も出て旅も順調に進んでいる。空を見ると所々に白い雲が浮かび、少しだけ天気が心配でもある。だが、ベテラン船乗りに言わせれば、”あの雲は嵐の雲ではない”とお墨付きを貰っているので安心なのだ。


 船が出発する前日に一応、パトリシア姫とカルロ将軍にベルグホルム連合公国へ行く旨を伝えてに登城したのだが、スフミ王国から帰って来てからは登城していなかったこともあり、根掘り葉掘り聞かれてしまった。


 パトリシア姫はエゼルバルドとヒルダが結婚したことに驚きを隠せず、おろおろとしていた。”エゼルバルドを婿に”と本気で思っていたらしく残念がっていた。その後はお祝いに家を送るとパトリシア姫が騒ぎだしたのだが、断るのも失礼かと思い、次に帰って来た時にこじんまりした普通の家をプレゼントされる事になった。
 カルロ将軍からもワークギルドの依頼に”級”が新たに設けられることになり、ヴルフのチームを”特級”として国からの依頼を優先的に受けるようなると告げられた。それを運用するにはしばらく時間が必要で、あと一年くらいすればワークギルドは新たな運用形態となるだろうと予想を話していた。
 その他は特に無いが、無事に帰って来てくれる事を約束させられるのであった。


 この三か月で、エゼルバルド達は少しだけ訓練を重ねていた。特にエゼルバルドの剣技と魔法の扱いは格段に進歩しており、彼の速さを生かした攻撃に加え、そこに強弱をつける速度のフェイントを織り交ぜる事に体を慣れさせた。これにより、ヴルフに肉薄する程の実力となった事は僥倖であった。
 また、魔法を同時に二つ展開する事が出来るようになり、戦闘の幅が広がった。ちなみに、魔法を同時展開するのはヒルダも出来るようになった。防御特化となるが物理と魔法の防御を同時に展開可能である。だが、その場面を想像が出来ないのが悔しいそうだ。


 その他にもアイリーンのピッキングツールのバージョンアップやヴルフの棒状戦斧ポールアックスの新武器調達、そしてエルザの杖を新調などを行っている。ちなみにスイールは傷薬等で消費期限の長い薬類の調達を行っていた。


 そこまでして信用できないのが海の船旅である。比較的陸地から近いとは言え、巨大な海の生物に襲われたらひとたまりもない。鯨等の海に生息する巨大な生物は水面に浮かぶ船を餌と間違え襲い掛かる事がある。海を行く船には獣除けの鐘が搭載されており、水中で嫌な音を発生させ遠ざけているらしい。


 向かっているベルグホルム連合公国は十以上の都市国家の集まりだ。それを束ねるのは五年任期の持ち回りでなる”公国王”。持ち回りなので五年間の政治はいつも不安定であった。だが、都市国家間の安定に欠けるだけで、都市国家内の政治は善し悪しにつけ安定をしている。
 領主たる公王の権限が強く、少しでも反抗の意思があるとみられれば牢に入れられ、非人道的な拷問を受ける事になる。軽微な犯罪にも拷問を適用する場面があり、それは各国から非難を受けているが、内政干渉だと受け付けない方が多い。


 現在の公国王は船の向かう先の都市、ライチェンベルグの【フリートドーン=ライチェンベルグ】公王である。この公王は良い噂も悪い噂も聞くことが無く、平々凡々としている。変化の少ない政治をしていると表現するべきであろうか?






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「それにしても船の上は暇で仕方がないのぉ」


 船尾の自由エリアで貸し出しの釣り竿を使って、釣り糸を垂れるのはヴルフである。暇で手持無沙汰な為に釣竿でルアーを流しているのだ。一時間前から始めたヴルフのバケツにはすでに二匹の大きな魚が入っていた。本来はもう少し釣れているのだが大きさが規定より小さく逃がしている。


 ヴルフが何かをするのであれば、対抗心を燃やすのがアイリーンだ。同じ時間、同じように釣りをしているが、ルアーに当りがあるのだが釣り上げる時に逃がしてしまっていまだに釣り上げていない。その為、


「何で逃げるのよ~!!」


 いつもの様に魚に当たって、自分に原因があるとは思っていない様だ。釣り上げ方が下手なのだが誰も指摘しないので一向に上手くならない。他人の釣り上げ方を見て学べばいいのにとヴルフは思うのだが、それを言っても聞く耳を持たないだろうと諦めている。


「怒っても始まらないぞ。少しは冷静になれ」
「ウチは何時でも冷静よ!」


 いつもの通りの夫婦漫才をしている様で仲が良いのだ。
 ヴルフの釣った二匹だけで今日、明日の食事は豪華になる為これ以上釣っても他の乗客に振る舞われるだけなのだが、対抗意識を燃やしているアイリーンにはヴルフに勝つまで終わりはない、と投げては上げ、投げては上げといつまでも釣り竿を振っている。


「それで、スイールよ。エルザは大丈夫なのか?」


 釣りに奮闘してるアイリーンを横目で見ながら、船室に籠っているエルザについて聞いてみる。事前情報で船酔いをすると聞いていたが、船室に籠る程とは思わなかった。


「酔い止めの薬を飲んでいるようですが、効いてない様です。あと二日は我慢してもらうしかありませんね」
「それじゃ、仕方ないか」


 スイールに向いた首を、釣果を期待しているのか船尾に垂らしている釣り糸に目を向けるために首を戻した。






 エゼルバルドとヒルダは船首で風に当たっていた。釣りをしても良かったがヴルフに対抗心を燃やすアイリーンが絡むことで狭くなるのではと思い船首へ来ていた。
 左舷に見えていたヴァレリア半島は昨日で見えなくなっており、今は船の周りの水平線を望むのみになっている。


 二人は海の船旅は初めてで水平線や波をかき分ける船首を見ているだけでも楽しかった。


「ねえ、エゼル。エルザさんの探し物は見つかるかしら?」


 結婚してすでに三か月が経った。エゼルバルドの呼び方も今までと同じなのだが、意識しすぎてぎこちない呼び方をしていたが、今では普通に夫婦としての呼び方が定着している。呼ばれた方も何か余所余所しい気がしていたが、今ではそれも慣れてしまった。


「う~ん、どうかな?見つかったとしても返してくれるかな?」


 エゼルバルドの心配ももっともである。権力者が苦労の末、大金をはたいてまでして手に入れた美術品や芸術品を”はい、そうですか”と、あっさり返す訳が無い。ましてやエルフの秘宝と言われれば、何処かで見せびらかすよりも隠しておくに違いない。


「寒くなってきたからそろそろ部屋に戻ろうか。エルザが一人で寂しがってるかもしれないからな」
「そうね」


 四月になったがここは冷たい海水の上を走る船の上だ。時速十キロ程とは言え風に当たればまだまだ体から体温を奪われる程冷える気温だ。ヒルダを気遣いながら肩を抱き寄せ、お互いの体温を感じながら船室へと降りていくのであった。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 それから二日後の夕方、船はベルグホルム連合公国のライチェンベルグへの港へ無事に到着したのであった。


「あぁ、地面が恋しい……」


 船酔いでずっと船室に籠っていたエルザがおぼつかない足取りで船から降り立った時の第一声である。よほど困っていたらしく、泣いて嬉しがっておりそのまま大地に頬ずりするのではないかと思うほどであった。エルフの里から旅立った時はどうしたのだろうかと不思議に思うが今のエルザの行動が読めなく怖くて聞けなかった。


 ライチェンベルグに降り立った時にはすでに日が沈み、人々は足早に家に向かって歩いてた。
 エゼルバルド達は船着き場の案内所で紹介された宿屋へ向かう。食堂は併設されておらず、隣に酒場兼食堂の建物が建っている。


「いらっしゃ~い。船で着いたお客さんだね」


 カウンター越しに女将さんが威勢よく声をかけてくる。
 従業員をチラホラ見かけるが、亜人が多いようだ。都市の人口比率がどうなっているのか気になるが、もしかしたら何処かからの出稼ぎなのかもしれない。皆、若い年齢である事がそう思わせる。


「三人部屋を二部屋って空いてますか?」


 今は男三人、女三人となっているので、それが可能かである。


「ゴメンね、三人部屋ってのは無いのよ。二人部屋か四人部屋になるね。どうする?四人部屋二つにするかい?」


 女将さんは部屋は十分に空いているから大丈夫と四人部屋を提案してくれたので、それをありがたく受ける事にした。


「それじゃ、部屋は三階の二番目と三番目だよ。食事は隣に行ってくれればサービスが受けられるよ」
「ありがとう。部屋に荷物を置いたら隣に行ってみるよ」


 ありがとうと一言添えてから三階の部屋へと向かった。基本は石造りなのだが、階段は木製で足を踏み出すたびにギシギシと音が鳴り、壊れるのではないかと不安になる。だが、それ以外の作りは丈夫で、階段のみわざと弱く作っているのではないかと疑うほどである。


 荷物を置き、夕食を食べに隣の食堂へと向かう。先ほどのギシギシ鳴る階段だけはどうにも慣れないと一様に顔を曇らせる。






「今後の事だけど……」


 宿の隣にある酒場兼食堂で、偶然空いていた六人テーブルに腰を下ろし、注文した料理と格闘を演じていた。肉も野菜も全体的に硬く料理されている為に格闘していると言わざるを得ない。その食事風景を見て、自分の探し物を手伝ってくれないのではと不安になるエルザが口を開く。


「情報収集だろうね、最初は」
「そう、なんだけどね……」


 この場合ではごく普通の行動を提案したつもりのスイールだったが、その答えと食事に向ける手を止めない行動にエルザは少し不満そうであった。


「何か不満でもあるのか?」
「いや、何て言えばいいのか……」


 エルザは一瞬言い淀んだが、その後に続く言葉に皆が驚いた。


「知ってそうな人を誘拐するとか、コレクションを持ってる屋敷に忍び込むとか、一発逆転が狙えないかしら……」
「いや、それはちょっと……」


 時間的にルーズなエルフはのんびりした行動を取るかと思っていたが、このエルザに関しては過激な行動を好むらしく”それは無いだろう”と否定的にならざるを得ない。
 その事については、犯罪者やお尋ね者になり探すどころではなくなるぞと諫めるしかない。エルザとしても本気では思って無かったのでそれだけを推される事なく済んだ。


「拉致はともかく、持ってそうな人を聞くとか、偉い人に尋ねるとか、それは有効じゃないか?」


 エゼルバルドが皿からの食べ物を無造作に口に運びながら、エルザの言葉を一部提案に取り込んでみた。


「持ってる人を調べる事は出来るが、偉い人は”そんなの知らん、ワシは知らんぞ”と言われてお終いじゃな」


 まだ食べるのかと思うほどにまた注文するヴルフの発言に、普通に聞きまわるしかないか、と皆が思い始めた時だったが、


「その杖のレプリカと言うか、似た杖って作れないの?」


 偽物の杖を作って目立つように振り回していれば、偉い人から声がかかるのではとヒルダの提案であった。


「なるほど。木で杖を作りそれに真鍮でメッキを施せば似たような杖は作れるな」


 熱に強い木材もあり、簡単な加工であるので鍛冶師も作れるだろう、とその作戦を決行する事にした。


「本物ですと言わないで口をつぐんでいれば噂が勝手に広まってくれるから最適ね。さらにこの杖と同じ様な杖を見なかった?と聞けば一目瞭然よね」


 エルザは完璧な作戦ね、とほくほく顔で話す。
 だが、一つだけ懸念事項があるらしく、何処から盗んだと言いがかりを付けられ捕まってしまう事も考慮に入れておく。その為、スイールの杖もレプリカと入れ替えて何処かで預かって貰おうかとしたのだが、


「この杖は偽装を施そうと思ってます」


 手元に持っておく事になった。隠しておいて接収されても困ってしまう。


「そうすると鍛冶師は重要だな。口が堅い、秘密を守る、そんなのがいるのか?」
「それは探すしかないですね」
「そっちを探すのか……」


 杖を探す前に鍛冶師を探す事になるとは思ってもみなかった。ヴルフは手で顔を覆い少し脱力している。


「それもあるけど、一つ忘れてない?」


 顔の前で人差し指を動かしながらアイリーンが皆に尋ねる。自分を人差し指で指しながらニコニコして話されるのを待っている。


「杖を探すだけじゃなかったっけ?」


 わかっているが、とぼけて聞き返すエゼルバルド、しかも言葉は棒読みである。


「わかってるくせに、地下迷宮の事も聞かないとね」
「ああ、そうだった~」


 先程と同じように棒読み、そしてポンと手を叩く。予め決められた受け答えに、他のみんなはクスクスと笑い出す。
 他の皆も忘れていたわけでは無い。そちらは直ぐにわかるだろうと考えていたからだ。スフミ王国の兵士が知っている位だ、市民の噂はワークギルドに情報が集まっているだろうと楽観視していた。


「大丈夫、忘れてないよ。杖の情報よりも楽に手に入る情報だから安心して」


 スイールはアイリーンへの気遣いを忘れない。
 アイリーンも立派な戦力であり大切な仲間だ。こんな所に一人で放り出すなどしたくはない。それに付き合っていると楽しい事が多いのだ。


「それなら、いいわよ。エゼルも許してあげるわ」


 一人、勝ち誇ったような顔をして目の前のジョッキをグイッと飲み干すのであった。

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