奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十話 ゴルドバの塔攻略 その五

「誰かと思えばオレに串刺しにされた兄ちゃんじゃないか。背中の武器ですぐわかったぜ。で、武器を変えてリベンジか?」


 挑発じみた言葉にエゼルバルドはピクリと反応する。だが、それを受け入れ反省の材料としている為、激昂などする事もせず、逆に冷静になって言い返す。


「武器を変えて?いやいや、こっちがメインですからね。この両手剣は予備ですよ。予備の剣でそこまで習熟も進んでなかった剣を使ったオレに苦戦するから貴方もそこまでって事ですけどね」


 エゼルバルドはブロードソードを敵に向け、逆に挑発してみせる。


「高い金を払ってるんだ、さっさと始末しないか!!」
「うるさい、気が散るだろ!」


 黒ずくめの男の後ろにいるテルフォード公爵が無駄話をしていると口汚く言葉を飛ばす。この状況でまだ逃げ切れると思っている後ろの男に辟易しだすが、請け負った仕事であるため、貰った金の分は仕事をしなければならぬと目の前のブロードソードを持った男に目を向ける。


「仕方ない、また串刺しにしてやる」
「それは楽しみだな」


 二人はお互いに挑発し合うと、お互いが同時に床を蹴り剣を振るい始める。






「災難だったな、アイリーン」


 スイールとヴルフの横へとトボトボと歩いて来たアイリーンに声をかけるヴルフ。頭や体にかかった埃を落としながらここまでの行動を思い出して嘆きながら話す。


「大変だったわよ。地下に落とされて、でっかい蜥蜴に襲われるわ、矢を失うわでここまでは大赤字ね。最後はエゼルの火球ファイヤーボールで天井をぶち抜いて埃まみれ。お風呂に入りたいわ~」


 矢を落として赤字なのはともかく、別ルートに進んでしまったのは運が悪いとしか言いようがないだろう。だが、ここにすべてのチーム員が集合した事は幸運であるのだが。


「その、巨大な蜥蜴とはどのようなものでしたか?詳しく話を聞かせてくれますか」


 アイリーンの話にあったでっかい蜥蜴--スイールは言いなおして巨大な蜥蜴とした--にスイールは興味を持った。過去に何回か巨大な蜥蜴、蜥蜴人リザードマンと全く違う知能の無い食欲と破壊だけを持った生物に襲われた村々が記憶にあったのだ。


「かなりでかくて、動きは遅かったんだけど、首と尻尾の攻撃は強烈だったかな?胸元が白っぽい色で、全身はピンクっぽい赤。持ち上げた首は三メートル位だった気がする。それがどうしたの?」
「ヒュドラ……」
「え、今なんと?」
「なんだと!」


 スイールがボソッと口から出した呟きに二人、アイリーンとヴルフが反応した。


「おそらくですがヒュドラでしょう。アイリーンが見たのはまだ進化途中の個体。どうやって進化するのかは不明です。が、これから首が生え多頭のヒュドラに成長するでしょう。過去に二つ首や三つ首のヒュドラは見た人がいるらしいですけどね。ちなみに倒し方は、口から火球ファイヤーボールを放つとか、内部からしか倒せませんよ」


 博識のスイールがヒュドラの解説を行い、それを聞いているアイリーン達はなるほどと感心しながら聞き、それを頭の片隅に記憶していく。


 その一方で戦っているエゼルバルドは……。






 キンキン!キキン!


 ブロードソードを振っているエゼルバルドが優勢であった。黒ずくめの男の刺突をすべて剣で受け流し、斬撃には斬撃で対処していく。
 黒ずくめの男はエゼルバルドが攻撃に転ずるのを警戒し一方的に攻撃をしている。それに一瞬だけ遅れて剣を出し黒ずくめの男の攻撃を全て防ぐのである。


「ば、馬鹿な!!」


 すべての攻撃を防がれ、黒ずくめの男は焦り出し戦っている本人以外には変わらない揺らぎを一瞬見せる。エゼルバルドはそれを計算の内だと守り一辺倒から攻撃へと移り始める。
 刺突を受け流すのではなく、振り上げ剣を弾きブロードソードを一閃。または斬撃を受け流し敵のバランスを崩し刺突攻撃。
 そして、剣の攻撃ではなく、懐に潜り込み鳩尾辺りに掌底の一撃を放つ。だが、さすがに”黒の霧殺士”に所属するだけの事はあると、鳩尾の一撃を体を捻り受けることなく躱す姿に感心せざるを得ない。


 そして、わずかな隙を付き、エゼルバルドのブロードソードが黒ずくめの男の右手を襲う。エゼルバルドの左から振られたブロードソードは当たる瞬間に剣を回転させ、刀身の平を敵に当てる。手の甲に振られた金属の板が当たれば当然だが痛む。黒ずくめの男はその攻撃に細身剣を落としてしまい、後ろに飛び退き距離を取らざるを得なくなる。


「ふんふん、これは体に刺さると痛いよな~。オレは良く生きてたな」


 床に落ちた黒い刀身の細身剣レイピアを左手で拾いながらエゼルバルドは呟く。
 黒ずくめの男は敵に拾われる細身剣を見つめながら、痛みの残った右手で予備の細身剣を一本抜き目の前に構える。先程の攻撃で右手の握力が弱くなっており十分に扱える力が無くなっていたため、ここでの勝ち目はないと思い始めるが、”黒の霧殺士”の一員だと思い直し最後まであがく事に決める。


 黒ずくめの男は、自らが振るって落とした細身剣を眺める目の前の男が降伏を勧めて来て生き残ったとしても、組織は許さないだろうと考える。
 それでは逃亡できるか?と考えるが、この状況であればそれも無理であろう。階段の前には最悪な相手、ヴルフが控えている。屋上から逃げられるか?と考えても落ちれば死ぬ高さだ。
 依頼主を盾にする?ここまで来れば生死は問わないとされ、オレごと貫き殺すであろう。
 それではどうする?少ない時間を使い考えた挙句、最期の行動に移る。


 右手で持っていた細身剣を左手に持ち替えエゼルバルドに向かって地を蹴り一気に距離を詰める。これが最後のだと、渾身の力を込めてエゼルバルドの心臓に向かい剣を突き出す。


 エゼルバルドは冷静に剣の軌道を見極め、左右の腕を一斉に動かす。右手のブロードソードは突き出された剣を横へと受け流し、左手の細身剣は胸の高さで構え、向かってきた敵へ突き出す。


 これで終わった。
 エゼルバルドが突き出した細身剣は黒ずくめの男の心臓を正確に貫いた。
 黒ずくめの男はそのままエゼルバルドへもたれ掛かり、口から血を大量に吐くとその場へ崩れ落ちた。その顔は目を開け酷い形相で、エゼルバルドを恨んでいる顔であった。
 目を開けたまま死にゆくのは忍びないであろうと、エゼルバルドは黒ずくめの男の側に片膝を付くと手で瞼を降ろしていった。






「テルフォード公爵ですね。王城から捕縛命令が出ております。大人しく一緒に来てもらいましょう」


 ロープを用意したミシェールがテルフォード公爵を捕まえようと近づく。テルフォード公爵はベッドの上で座り、放心状態のまま動かない。瞼も動かずにだ。
 テルフォード公爵に手を伸ばそうとしたその時であった。


「離れろーー!!」


 ベッドの横が屋上へ続く梯子であり、天井には出入口の穴が開けられている。そこから一人の兵士が、高さ三メートル程あるにもかかわらず、ミシェールめがけて手に武器を持ち落ちて来たのだ。
 人の気配を感じる事が得意なミシェールであったのが幸いした。無理な体勢であったが落ちて来る軌道から体をずらし、武器に捕らわれる事を何とか逃れる。


 無理な体勢であったために足首を痛めたミシェールであったが、それよりも命の危機を無くすべく痛みをこらえてショートソードを抜くと立膝のまま落ちて来た敵兵士へ刃を突き立てた。
 そして、ショートソードを引き抜くと刺された傷から血が吹き出し、無言のまま事切れた。


「危なかったな。悪い、足を痛めたみたいだ。誰かあいつを縛ってくれ」


 痛めた足を引きずりながらルチアへ歩み寄り、他へ捕縛を頼む。


「いい様にやられてたから俺が受けるぜ」


 先程、黒ずくめの男に軽くあしらわれたレスターが、汚名返上をするのだとロープを受け取ると、ぐったりと頭を垂れているテルフォード公爵を後ろ手に縛った。
 これで依頼はすべて終わりだと、皆がホッと息を付いた。それぞれが緊張の糸が切れたようにその場に座り込み、水を飲んだり、携帯食料をかじったりと好きな事をし始める。
 それでも五分ほどで気を引き締め直し、持ち物の確認をして帰りの準備を終える。


「それでは帰りましょうか」


 スイールが先頭になり、その後にテルフォード公爵を据えゴルドバの塔を降り外へと出て行くのであった。
 テルフォード公爵は軽い抵抗をしている様で、歩く速度を遅くしたり、座り込んだりするようであった。だが、”死んでても良い、首があれば”と依頼にあったのでテルフォード公爵の後ろを歩く誰かが蹴ったり、強引に立たせたりと拷問までは行かないがかなり痛い思いをさせていた。
 それもあり、徐々にテルフォード公爵は抵抗をする事も無く歩調を合わせて歩くようになった。


 ゴルドバの塔を出ると、街道からゴルドバの塔まで続く踏み固められた道を悠々と一時間程歩くと、道の合流地点には来るときに乗っていた馬車が四台待機していた。


「あ、お疲れ様です。テルフォード公爵はこちらに乗せてください」


 トルニア王国の騎士団団長のギルバルドが迎えてくれる。テキパキと罪人となったテルフォード元公爵を幾つかの高速具を使い手足の動きを制限させると馬車に乗せる。


「テルフォート元公爵以外はどうしましたか?」


 テルフォード公爵は捕縛命令--ただし生死は問わない--が、出ていたため連れて来たのだが、他の私兵はスイールとミシェールが正直に答えた。


「寝てた兵士は後ろ手に縛って休憩室に寝ているはずです」
「寝ていた兵士は寝首を掻いて始末しています」


 二人の報告は全く逆の報告であったが、二手に分かれて虱潰しにしたと報告した所、特に何も言われなかった。
 その後、ギルバルドは一隊にゴルドバの塔を綺麗にし、捕まえた私兵を見張るようにと指示を出すと、その他は国境の街ブラークへ引き上げる様にと馬車に乗り込んだ。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 明け方四時にテルフォード元公爵を回収したギルバルドは一台の馬車と一部の騎士達をゴルドバの塔へ残し、三台の馬車を連ねてブラークへと走らせていた。
 十一月も半ばを過ぎ、冬の足音が聞こえて来る季節。夜にはそれが顕著になり、馬車馬達の息が白くはっきりと見える。
 すでに休憩を一回挟んで二時間半が経とうとしている。馬車の向かう方向の地平線から徐々に太陽が昇ってくる。天気は晴れ、昨日の曇天が嘘のようだ。
 当然ながら太陽が昇る時間は気温が一気に下がる、放射冷却現象が感じられる時だ。馬車の中でゆっくりと眠るゴルドバの塔を攻略した十人にも当然だが公平に寒さが感じられる。


 外套を上に掛けているとは言え、冷えた空気と太陽の光が顔に当たったエゼルバルドは目を覚ました。寒いのは季節がら防ぐ事は出来ないとしても、太陽の眩しい光は馬車のブラインドを下ろしておけば防げたと少しだけ後悔した。
 それでも眩しさを取り払い、もう少し寝ておこうと体を動かそうとするのだが、肩にもたれ掛かるヒルダを見て止める事にした。夜通し働いたのは皆も同じだが、もたれ掛るヒルダがなんだか可愛く思え、それならばとフードを深く被り直し眠りに就こうとした。
 目をつぶるエゼルバルドは一つ不思議に感じる事があった。肩に持たれるヒルダを妹のように感じた事はあったが、可愛いと思った事が一度も無く何故そのように思ったのかと。だがその結論を出す前に再度、眠りの途に就くのであった。






 エゼルバルドが一度目を覚ましてからおおよそ一時間半後、時間は八時になる。三台の馬車は街道の脇に止まり休憩を取っていた。
 馬車馬達の体からは白い水蒸気が立ち上り、体が熱を持っている事が良くわかる。用意された桶に生活魔法で水を貯めると、馬車馬達は一気にそれを飲んでいた。
 この休憩が終わり、数時間もすればブラークへ到着するだろう。そうすればテルフォード元公爵を守備隊の牢へ放り込み依頼は終了する。王都まで帰る必要はあるが、それは枝葉の事だ。護送に付き添えとは契約にも無かったはずだ。


「よ~し、出発するぞ」


 ギルバルド騎士団団長が大声で叫ぶとエゼルバルド達も手伝いながら屋外テーブルセットなどを馬車に積み込み、ブラークへ向けて出発するのであった。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「隊長、ゴルドバの塔に到着しました」


 こちらはギルドバルド騎士団団長から別行動を命令された五名の騎士である。この最小人数で塔に残され後ろ手に縛られている敵兵士の搬送と死んでいる敵兵士の後始末で来たものの、これからどうするかと思案していた。
 だが、思っていても仕方ないと塔に入る事にし仕事を始める事にした。


 入り口からホールに入ると、そこに待っていたのは壁に付いた赤い血液、殺されて転がされている敵兵士の骸である。綺麗に切断されていたり、頭部を串刺しにされていたりと実践を経験していない騎士達に多大なるショックを受けていた。


 この隊長も気丈に振舞っているが胃からこみ上げてくる物を堪えるので精いっぱいであった。その部下たちは殺された敵を見てそこら辺に胃の内容物を吐き散らかしていた。
 どうせ清掃をしなければならない、そう思っていたのでそれ以上は言わなかった。ただ、作業を開始せよとだけ。


 五人は先ず一階からと、玄関ホールにある敵兵士の遺体を丁寧に布にくるみ出し、無言のまま作業を始めるのであった。
 その後、塔全体の処理が終わると、そのまま応援が来るのを待つのであった。






 その後、ゴルドバの塔で作業に向かった五人を、否、その五人を含め生きていた人々を遺体で発見するのは、それから十日も経ってからであった。

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