奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第十七話 ゴルドバの塔攻略 その弐
「開けるぞ」
ヴルフが慎重にドアを開け、その向こうをそっと覗き込む。ドアの向こうは真っ暗で灯りは無い。ゴルドバの塔には五十人程が詰めていると情報を貰っていたが、その内十人はすでに打ち取っている為、残りは四十人ほどだ。そして、二つにルートが分かれているので、ヴルフ達が相手にするには二十人程だろうと予想している。
屋上の見張りもあるので、実際はそれ以下だ。
「この廊下の途中には休憩室があると見取り図にはあったな」
「ありましたね」
スイールが地図を確認しながら顔を向けて来たヴルフに答える。後ろを振り向きヒルダがその地図を覗き込むのだが、進む方向に背を向けているためヒルダには少しわかりにくかった。
「どうするの?虱潰しに部屋を見ていく」
曲がり角から廊下の向こうを半分だけ顔を出して確認してからヒルダに答える。
「寝ていれば後ろ手に縛るくらいは楽だろうから、そうなってくれることを祈ろう」
と、角を折れ、廊下を進む。暗闇でポツンと待ち伏せるなど、ホールでの戦闘を見る限り出来ないレベルの敵であった。ホールで戦った以上腕を持った兵士がいない事を祈りつつ廊下の半分ほどを進むと”休憩室”とドアに記されているドアを見つける。
「見取り図にはこの奥に四つの部屋があります。一部屋一部屋調べるしかありませんね」
はぁ、と溜息をつくスイール。全ての部屋を見る事は面倒なのだが、敵を一人でも無力化できれば、それだけ楽できると考えを改める。
ヴルフがドアの向こうに聞き耳を立ててからそれをそっと開け中を確認してからゆっくりとその身を暗闇の中へと潜り込ませる。
「地味だな」
「地味ですね」
「地味としか思えません」
いつもの依頼なら敵をすべて切り捨てるだけで良かったのだが、寝ている可能性のある敵を無暗に殺すよりは後ろ手に縛る方が良いだろうと、面倒ながらそれを選択したのだが、少し手間が掛かると三人は少しだけ後悔していた。
実際、偵察や相手が気を失っている際の作業はアイリーンが得意なのだ。見た目は派手であり、そのように見えないのだが。
廊下は暗闇のままだが、ライトの魔法は一応奥の壁を照らす程の距離で、左右二つずつ四枚のドアが確認できる。別段、変わったようには見えない木のドアだ。
「手分けして一部屋一部屋見て回るか……いや、それでは拙いな。ヒルダは見張りでワシとスイールで回る」
「わかったわ」
ヒルダが呟く様に返事を返すと、ヴルフとスイールはロープとナイフを手に持ち一つずつドアを調べ、音を立てずに中へと入っていく。
二人が幸運だったのは部屋にいたすべての兵士がベッドで深い眠りに就いていた事であろう。さらに鎧を脱ぎ寝間着かシャツのままであった。さすがに武器は咄嗟に手に取れるようにとベッドの横に立てかけてあったが、目を覚ます前に休憩室にいたすべての敵がロープで縛られ、戦闘能力を削がれていた。
ちなみにこの四部屋には十人が寝ており、一人を除きすべて後ろ手に縛りあげられている。残念な一人は抵抗したため首をナイフで一突きされ、天に召されている。
「十人も寝ているって事は殆どが一階にいたって事?」
ヒルダの疑問も尤もだ。先の玄関ホールで十人を打ち取り、この休憩室でさらに十人を戦闘に不能にしている。これで合計が二十人だ。
同じことがミシェールのチームに起こっていればこの階に三十人がいる事になる。そして二階に上がれば残りの二十人となるが、そこまで上手くは行くまいと。
「ミシェールさんの方を同じ数と考えれば半分以上だからそうなるね」
「だが、それだけいるのかもわからんしな」
色々と予想は立てられるが、時間を無駄にできないとここを出て次の多目的ホールへと続くドアへと向かった。
「不気味じゃのぉ」
ドアに聞き耳を立てながら眉間にシワを寄せながらヴルフが呟く。
「気配がしないんじゃよ」
ヴルフの耳には何の音も感じられなかった。それに人のいる気配も感じられすに、己の感が鈍ったのかと勘違いするほどである。だが、ドアをゆっくりと開けて覗いてみても何も無かった。
ドアの後ろに隠れている可能性も捨てきれないと全開まで開けるも杞憂で終わった。
「不気味じゃな。警備計画はおかしいのではないか?」
「それもありますが、剣や弓の腕前だけで雇った素人っぽかったし、テルフォード公爵も無駄金を使った様ですね」
スイールも何か思ったらしい。ある程度の剣を振れる人材の様だが、素人っぽく戦いなれていない、と。
「考えても始まらん。次に進むぞ」
次は階段ホールだ。二階に上がる階段を有したホールがある。ここで待ち伏せがある可能性が高いと慎重にドアから向こうを窺ったが、それも杞憂に終わった。
何度、こちらの予想を裏切れば済むのかと。
「何だろうな、この甘い守りは。追われてるのがわかっているはずなのだが……」
釈然としないまま、一階の最後のホール、階段ホールへとたどり着く。ここにも敵兵士の姿は見えない。
「それよりもあれ何?」
ヒルダが階段下のドアを指した。階段は二メートル程上がって踊り場があり、さらに回って上に二メートル上る構造だ。その下の空きスペースを壁が囲い、一か所にドアが設けられていた。
「あれか?あれは……」
「トイレ、便所、化粧室、厠、雪隠、御手洗い。さぁ、どれが良い?」
スイールが答えようとしたところでヴルフが横から割り込み、ヒルダに答えを言う。
「ヴルフさん、それって同じでしょ」
「確かにな」
ヴルフが場を和ませようと答えたそれは、一か所を表す言葉を羅列しただけであった。だが、それにより暗闇を進んで凝り固まっていた体の緊張がほぐれ、良い形で力が抜けたのだ。
スイールだったら真面目に”トイレ”とだけ答えており、それ以上の効果は無かったであろう。
「あの中を確認したら二階へと移動するぞ」
トイレを一応調べ、誰もいない事を確認した所で音を立てない様に階段を上り、二階へと進むのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドアに耳を当てドアの向こう側を調べるミシェール。
バーンハードが穴に落ちいなくなったため戦力減となったが玄関ホールの戦闘を考えればいなくても大きな損失は無いと考えゴルドバの塔を上へと登る事を決定していた。
「それにしても敵がいないな……」
ドアの向こう側に一人でも敵兵士を置けば侵入者に牽制となるのだが、それが全く感じられない。あまりの警備計画に指揮官を小一時間、説教してやりたいと思うようになってきた。ドアの向こう側には何もなく、ただ廊下が続いているだけであった。
「奴らは馬鹿なのか?」
「神経が図太いだけでは?」
「侵入されると思ってもみないのでは?」
「でも玄関ホールに十人いたけど、あれは何だったの?」
玄関ホールでの戦いは一分ほどで終わってしまったが、少しは戦闘の音が漏れているはずで、他の兵士がこちらへ向かってきても良いと思うのだがそれも今は無いのだ。。
その廊下を進むと右に折れ、右手に”休憩室”と書かれたドアを見つける。
「休憩室か。ここで寝てるって事か?」
「おそらくベッドが置いてある部屋なのでしょう」
ドアの向こうに耳を立てながら一人呟く。ミシェールの呟きにルチアが見取り図を取り出し確認しながら、四部屋で、かなりの人数が寝ているだろうと、その問に答える。
「ドアの向こうで何人寝てるか知らんが、アンジュと二人で行って来る。寝首を掻けば終わりだからな」
ミシェールとアンジュはナイフを抜き準備を終えると、ドア開けゆっくりと暗闇へと姿を消していった。
明かりの点いたショートソードをレスターに預けたため廊下は真っ暗であった。だが、暗闇でも見える様に訓練を積んでいたミシェールとアンジュには行動する事など容易い事である。
しかも、二人とも寝首を掻く事に躊躇する事も無いのでこの作業にはうってつけであった。
二人はそれぞれ、ドアから部屋の中に聞き耳を立て動く人がいないとわかるや否、ドアをそっと開け中へ入る。足音も立てずにベッドの側へ立ち、手に持っているナイフを首に突き立てるか、首の頸動脈を切断しベッドを血の海に変えて行く。
アンジュはこの手の事を行うのはつい最近始めたばかりであるが、ミシェールは幼少の頃から裏社会で生きていた事もあり躊躇が無い。生きるか死ぬか、常に背を合わせていたのから当然であろう。
一つの部屋に敵兵士がいなかっただけで他の三部屋で合計十人を殺していた。
「特に問題は無かった。楽な仕事であった」
「問題ありません」
見張りをしていたレスターとルチアに合流したミシェールとアンジュはそれぞれ殺めた人数を報告し合っていた。
「十人か。かなりいたな」
二人の報告を聞いたレスターが呟く。レスターが呟いたのもそうだがミシェール達もスイール達が感じた不気味さを味わっていた。
「なんかおかしくない?十人も寝てるの。玄関ホールで短い時間だったけど相当音がしたと思ったけど」
ルチアも不思議がっていた。五十人が詰めていると言われたゴルドバの塔の守りが甘すぎるのだ。
「もしかして、スイール殿の方も同じだけ寝てたのとか?十人とすれば一階だけで三十人を戦闘不能にしたのか。守っていないも同じじゃないか」
不気味に思いながらも時間が無いと次のホールへ進むことにした。テルフォード公爵を捕えればすべてがわかるだろうと、この場で考える事を放棄した。
そして、ミシェールが先頭に立ち、次のドアに聞き耳を立てる。
「敵がいない。もう打ち止めか?」
多目的ホールへと続くドアをゆっくりと開けながらミシェールが呟く。多目的ホールも真っ暗で敵が見えないがライトの魔法で照らすも誰もいない事に脱力感を覚える。
そして、すんなりと階段ホールへと続くドアへと到達する。
「ここの警備担当誰だ?テルフォード公爵が直々に計画してるんじゃないか。素人が口出しするのもいい加減にしろ、まったく!!」
攻め込んでいながら警備体制の甘さに修正案を出したいと思い始めているミシェールが愚痴を漏らす。五十名もいれば夜は三交代で十五名ずつ、その中で連絡要員を置けばこれほど簡単に内部へ入る事も出来なかったことは明白だ。
「全く人を馬鹿にし過ぎだ」
階段ホールへと続くドアに聞き耳を立てながら呟く。
「この向こうも人はいない様だ。でも用心だけはしてくれ」
一階の最後の部屋、階段ホールへとドアを開け入っていく。事前に聞き耳を立てた通り、そこには誰もいなかった。当然と言えば当然なのだが……。
「さて、休憩にしようか」
ミシェールが階段下の空きスペースにあるドアへと向かう。
「あれ?どこへ行くんですか」
「トイレ」
我慢の限界まではまだまだだが余裕のあるうちに済ませてしまおうとしたのだ。ミシェールにとってみれば警備計画の不備にイライラし、それを落ち着かせようとしているのもあった。
だが、
「実は、限界だったんだ」
それはレスターだ。前を押さえながらミシェールの後を付き一緒にトイレへと向かう。
「連れションねぇ。まぁ、この場所でどうこうする事も無いし、あたし等もその後済ませておこう」
「そうですね」
男達の後姿を見ながら、ルチアとアンジュは呟くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは何でしょうか?」
エゼルバルド達は円筒形の人工物の中に入り上を見上げていた。
後ろのドアはエゼルバルドが逃げ込んだ後に蜥蜴が体当たりをして完全に開かなくなってしまった。それでも蜥蜴は獲物を諦める事なくドアや壁に体当たりをして大きな音をその中に轟かせていた。
壁際には広めの踏み板状の木の棒が壁に刺さって螺旋階段になっている。バーンハードが途中まで登った所、棒は折れる様子も無かったと。
「ここにいても出られませんし登ってみませんか?」
エゼルバルドは二人に、階段を登る事を提案する。
「ほら、ここって昔の城塞跡ですし、脱出路なのかもしれませんよ」
「なるほど、上から逃げるための階段って事か。それはあり得る話だな」
バーンハードはエゼルバルドの提案に乗る事にし、脱出路と思われる階段を上る事に賛成した
「古代遺跡は良く知ってるけど、軍事拠点は勉強不足だったわ。エゼルは良く想像できるわね?」
アイリーンはエゼルバルドのその考えに感心していた。それと同時に登る事にアイリーンも同意をする。
「ウチもエゼルの案に乗る事にするわ。このドアが何時破られるか分からないものね」
それであればと、
「何処まで行くか分からないけど、登ってみよう。行き止まりだったらその時考えよう」
三人は頷き合い、足元の踏み板を確認しながらゆっくりとその螺旋階段を慎重に登っていくのであった。
ヴルフが慎重にドアを開け、その向こうをそっと覗き込む。ドアの向こうは真っ暗で灯りは無い。ゴルドバの塔には五十人程が詰めていると情報を貰っていたが、その内十人はすでに打ち取っている為、残りは四十人ほどだ。そして、二つにルートが分かれているので、ヴルフ達が相手にするには二十人程だろうと予想している。
屋上の見張りもあるので、実際はそれ以下だ。
「この廊下の途中には休憩室があると見取り図にはあったな」
「ありましたね」
スイールが地図を確認しながら顔を向けて来たヴルフに答える。後ろを振り向きヒルダがその地図を覗き込むのだが、進む方向に背を向けているためヒルダには少しわかりにくかった。
「どうするの?虱潰しに部屋を見ていく」
曲がり角から廊下の向こうを半分だけ顔を出して確認してからヒルダに答える。
「寝ていれば後ろ手に縛るくらいは楽だろうから、そうなってくれることを祈ろう」
と、角を折れ、廊下を進む。暗闇でポツンと待ち伏せるなど、ホールでの戦闘を見る限り出来ないレベルの敵であった。ホールで戦った以上腕を持った兵士がいない事を祈りつつ廊下の半分ほどを進むと”休憩室”とドアに記されているドアを見つける。
「見取り図にはこの奥に四つの部屋があります。一部屋一部屋調べるしかありませんね」
はぁ、と溜息をつくスイール。全ての部屋を見る事は面倒なのだが、敵を一人でも無力化できれば、それだけ楽できると考えを改める。
ヴルフがドアの向こうに聞き耳を立ててからそれをそっと開け中を確認してからゆっくりとその身を暗闇の中へと潜り込ませる。
「地味だな」
「地味ですね」
「地味としか思えません」
いつもの依頼なら敵をすべて切り捨てるだけで良かったのだが、寝ている可能性のある敵を無暗に殺すよりは後ろ手に縛る方が良いだろうと、面倒ながらそれを選択したのだが、少し手間が掛かると三人は少しだけ後悔していた。
実際、偵察や相手が気を失っている際の作業はアイリーンが得意なのだ。見た目は派手であり、そのように見えないのだが。
廊下は暗闇のままだが、ライトの魔法は一応奥の壁を照らす程の距離で、左右二つずつ四枚のドアが確認できる。別段、変わったようには見えない木のドアだ。
「手分けして一部屋一部屋見て回るか……いや、それでは拙いな。ヒルダは見張りでワシとスイールで回る」
「わかったわ」
ヒルダが呟く様に返事を返すと、ヴルフとスイールはロープとナイフを手に持ち一つずつドアを調べ、音を立てずに中へと入っていく。
二人が幸運だったのは部屋にいたすべての兵士がベッドで深い眠りに就いていた事であろう。さらに鎧を脱ぎ寝間着かシャツのままであった。さすがに武器は咄嗟に手に取れるようにとベッドの横に立てかけてあったが、目を覚ます前に休憩室にいたすべての敵がロープで縛られ、戦闘能力を削がれていた。
ちなみにこの四部屋には十人が寝ており、一人を除きすべて後ろ手に縛りあげられている。残念な一人は抵抗したため首をナイフで一突きされ、天に召されている。
「十人も寝ているって事は殆どが一階にいたって事?」
ヒルダの疑問も尤もだ。先の玄関ホールで十人を打ち取り、この休憩室でさらに十人を戦闘に不能にしている。これで合計が二十人だ。
同じことがミシェールのチームに起こっていればこの階に三十人がいる事になる。そして二階に上がれば残りの二十人となるが、そこまで上手くは行くまいと。
「ミシェールさんの方を同じ数と考えれば半分以上だからそうなるね」
「だが、それだけいるのかもわからんしな」
色々と予想は立てられるが、時間を無駄にできないとここを出て次の多目的ホールへと続くドアへと向かった。
「不気味じゃのぉ」
ドアに聞き耳を立てながら眉間にシワを寄せながらヴルフが呟く。
「気配がしないんじゃよ」
ヴルフの耳には何の音も感じられなかった。それに人のいる気配も感じられすに、己の感が鈍ったのかと勘違いするほどである。だが、ドアをゆっくりと開けて覗いてみても何も無かった。
ドアの後ろに隠れている可能性も捨てきれないと全開まで開けるも杞憂で終わった。
「不気味じゃな。警備計画はおかしいのではないか?」
「それもありますが、剣や弓の腕前だけで雇った素人っぽかったし、テルフォード公爵も無駄金を使った様ですね」
スイールも何か思ったらしい。ある程度の剣を振れる人材の様だが、素人っぽく戦いなれていない、と。
「考えても始まらん。次に進むぞ」
次は階段ホールだ。二階に上がる階段を有したホールがある。ここで待ち伏せがある可能性が高いと慎重にドアから向こうを窺ったが、それも杞憂に終わった。
何度、こちらの予想を裏切れば済むのかと。
「何だろうな、この甘い守りは。追われてるのがわかっているはずなのだが……」
釈然としないまま、一階の最後のホール、階段ホールへとたどり着く。ここにも敵兵士の姿は見えない。
「それよりもあれ何?」
ヒルダが階段下のドアを指した。階段は二メートル程上がって踊り場があり、さらに回って上に二メートル上る構造だ。その下の空きスペースを壁が囲い、一か所にドアが設けられていた。
「あれか?あれは……」
「トイレ、便所、化粧室、厠、雪隠、御手洗い。さぁ、どれが良い?」
スイールが答えようとしたところでヴルフが横から割り込み、ヒルダに答えを言う。
「ヴルフさん、それって同じでしょ」
「確かにな」
ヴルフが場を和ませようと答えたそれは、一か所を表す言葉を羅列しただけであった。だが、それにより暗闇を進んで凝り固まっていた体の緊張がほぐれ、良い形で力が抜けたのだ。
スイールだったら真面目に”トイレ”とだけ答えており、それ以上の効果は無かったであろう。
「あの中を確認したら二階へと移動するぞ」
トイレを一応調べ、誰もいない事を確認した所で音を立てない様に階段を上り、二階へと進むのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドアに耳を当てドアの向こう側を調べるミシェール。
バーンハードが穴に落ちいなくなったため戦力減となったが玄関ホールの戦闘を考えればいなくても大きな損失は無いと考えゴルドバの塔を上へと登る事を決定していた。
「それにしても敵がいないな……」
ドアの向こう側に一人でも敵兵士を置けば侵入者に牽制となるのだが、それが全く感じられない。あまりの警備計画に指揮官を小一時間、説教してやりたいと思うようになってきた。ドアの向こう側には何もなく、ただ廊下が続いているだけであった。
「奴らは馬鹿なのか?」
「神経が図太いだけでは?」
「侵入されると思ってもみないのでは?」
「でも玄関ホールに十人いたけど、あれは何だったの?」
玄関ホールでの戦いは一分ほどで終わってしまったが、少しは戦闘の音が漏れているはずで、他の兵士がこちらへ向かってきても良いと思うのだがそれも今は無いのだ。。
その廊下を進むと右に折れ、右手に”休憩室”と書かれたドアを見つける。
「休憩室か。ここで寝てるって事か?」
「おそらくベッドが置いてある部屋なのでしょう」
ドアの向こうに耳を立てながら一人呟く。ミシェールの呟きにルチアが見取り図を取り出し確認しながら、四部屋で、かなりの人数が寝ているだろうと、その問に答える。
「ドアの向こうで何人寝てるか知らんが、アンジュと二人で行って来る。寝首を掻けば終わりだからな」
ミシェールとアンジュはナイフを抜き準備を終えると、ドア開けゆっくりと暗闇へと姿を消していった。
明かりの点いたショートソードをレスターに預けたため廊下は真っ暗であった。だが、暗闇でも見える様に訓練を積んでいたミシェールとアンジュには行動する事など容易い事である。
しかも、二人とも寝首を掻く事に躊躇する事も無いのでこの作業にはうってつけであった。
二人はそれぞれ、ドアから部屋の中に聞き耳を立て動く人がいないとわかるや否、ドアをそっと開け中へ入る。足音も立てずにベッドの側へ立ち、手に持っているナイフを首に突き立てるか、首の頸動脈を切断しベッドを血の海に変えて行く。
アンジュはこの手の事を行うのはつい最近始めたばかりであるが、ミシェールは幼少の頃から裏社会で生きていた事もあり躊躇が無い。生きるか死ぬか、常に背を合わせていたのから当然であろう。
一つの部屋に敵兵士がいなかっただけで他の三部屋で合計十人を殺していた。
「特に問題は無かった。楽な仕事であった」
「問題ありません」
見張りをしていたレスターとルチアに合流したミシェールとアンジュはそれぞれ殺めた人数を報告し合っていた。
「十人か。かなりいたな」
二人の報告を聞いたレスターが呟く。レスターが呟いたのもそうだがミシェール達もスイール達が感じた不気味さを味わっていた。
「なんかおかしくない?十人も寝てるの。玄関ホールで短い時間だったけど相当音がしたと思ったけど」
ルチアも不思議がっていた。五十人が詰めていると言われたゴルドバの塔の守りが甘すぎるのだ。
「もしかして、スイール殿の方も同じだけ寝てたのとか?十人とすれば一階だけで三十人を戦闘不能にしたのか。守っていないも同じじゃないか」
不気味に思いながらも時間が無いと次のホールへ進むことにした。テルフォード公爵を捕えればすべてがわかるだろうと、この場で考える事を放棄した。
そして、ミシェールが先頭に立ち、次のドアに聞き耳を立てる。
「敵がいない。もう打ち止めか?」
多目的ホールへと続くドアをゆっくりと開けながらミシェールが呟く。多目的ホールも真っ暗で敵が見えないがライトの魔法で照らすも誰もいない事に脱力感を覚える。
そして、すんなりと階段ホールへと続くドアへと到達する。
「ここの警備担当誰だ?テルフォード公爵が直々に計画してるんじゃないか。素人が口出しするのもいい加減にしろ、まったく!!」
攻め込んでいながら警備体制の甘さに修正案を出したいと思い始めているミシェールが愚痴を漏らす。五十名もいれば夜は三交代で十五名ずつ、その中で連絡要員を置けばこれほど簡単に内部へ入る事も出来なかったことは明白だ。
「全く人を馬鹿にし過ぎだ」
階段ホールへと続くドアに聞き耳を立てながら呟く。
「この向こうも人はいない様だ。でも用心だけはしてくれ」
一階の最後の部屋、階段ホールへとドアを開け入っていく。事前に聞き耳を立てた通り、そこには誰もいなかった。当然と言えば当然なのだが……。
「さて、休憩にしようか」
ミシェールが階段下の空きスペースにあるドアへと向かう。
「あれ?どこへ行くんですか」
「トイレ」
我慢の限界まではまだまだだが余裕のあるうちに済ませてしまおうとしたのだ。ミシェールにとってみれば警備計画の不備にイライラし、それを落ち着かせようとしているのもあった。
だが、
「実は、限界だったんだ」
それはレスターだ。前を押さえながらミシェールの後を付き一緒にトイレへと向かう。
「連れションねぇ。まぁ、この場所でどうこうする事も無いし、あたし等もその後済ませておこう」
「そうですね」
男達の後姿を見ながら、ルチアとアンジュは呟くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは何でしょうか?」
エゼルバルド達は円筒形の人工物の中に入り上を見上げていた。
後ろのドアはエゼルバルドが逃げ込んだ後に蜥蜴が体当たりをして完全に開かなくなってしまった。それでも蜥蜴は獲物を諦める事なくドアや壁に体当たりをして大きな音をその中に轟かせていた。
壁際には広めの踏み板状の木の棒が壁に刺さって螺旋階段になっている。バーンハードが途中まで登った所、棒は折れる様子も無かったと。
「ここにいても出られませんし登ってみませんか?」
エゼルバルドは二人に、階段を登る事を提案する。
「ほら、ここって昔の城塞跡ですし、脱出路なのかもしれませんよ」
「なるほど、上から逃げるための階段って事か。それはあり得る話だな」
バーンハードはエゼルバルドの提案に乗る事にし、脱出路と思われる階段を上る事に賛成した
「古代遺跡は良く知ってるけど、軍事拠点は勉強不足だったわ。エゼルは良く想像できるわね?」
アイリーンはエゼルバルドのその考えに感心していた。それと同時に登る事にアイリーンも同意をする。
「ウチもエゼルの案に乗る事にするわ。このドアが何時破られるか分からないものね」
それであればと、
「何処まで行くか分からないけど、登ってみよう。行き止まりだったらその時考えよう」
三人は頷き合い、足元の踏み板を確認しながらゆっくりとその螺旋階段を慎重に登っていくのであった。
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