奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十五話 ゴルドバの塔

 直径十五メートル弱の円形の部屋でその男は何かを待っていた。石造りの床に安物の薄い絨毯を敷いた部屋の中で歩き回りながら。薄い絨毯は軽い衝撃さえも受け止める事ができず、コツコツと足音を部屋に響かせていた。


「まだか、まだ連絡は来んのか?」


 籠り始めてからすでに十日、間もなく来るはずと自らに言い聞かせているのだが、それもそろそろ限界が来てイライラとしている。


「何でワシがこんな目に遭わんと行けないのだ。それもこれもお前たちのせいだからな」


 部屋の壁際にあるテーブルで酒瓶を、それも高級なワインを瓶ごとラッパ飲みをしている黒ずくめの男に指を指しつつ言い放つ。


「お前たちが暗殺に失敗しなければこんな無様に逃げ隠れする事も無かったし、金もまだまだ手にできたはずだ。どうしてくれ……うっ!!」


 黒ずくめの男に言い寄ろうとしたときに男の首に銀色に光る長い刃が突き付けられる。


「テルフォード公よ。それ以上我等のせいにするのであればこの場でその首を貰っても良いのだぞ。パトロンは沢山いるのだからな。お前だけではないのだ」


 そう言うと長い刃をゆっくりと鞘に仕舞い込み、目の前の男が口を付けていた酒瓶を奪い口へと運ぶ。


「わかっておる、だからお前達”黒の霧殺士”にワシの用心棒を頼んだのではないか。ワシの身柄を帝国まで無事に送り届けられれば倍払うとの契約をたがたがえる訳が無い」


 テルフォード公、即ち、カルロ将軍が追っているテルフォード公爵は先ほど首に突き付けられた銀色の刃を恐れ、取り繕う事だけで精一杯になった。
 テルフォード公爵は帝国への亡命を是とし行動をしているが、連絡に出した兵士と自分の息子がまだ戻って来ない為に今だにトルニア王国を抜ける事が出来ないでいた。


 実はこのテルフォード公爵、武勲は立てる事が出来ないのだ。馬に乗る事が出来ずに戦場へ向かう事すらできないでいた。もし馬に乗れているのであればこんな所で油を売らずに身一つででも帝国へ向かっていた事であろう。


「まぁいい、寒くなったから寝る。見張りは厳とせよ」


 そう言い放つと毛布を何枚も重ねてベッドへと入って行くのであった。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「もう、そろそろか?」


 森林を進み行く十人の男女。先頭を行くアンジュに向かってミシェールが声をかける。歩き出してからそろそろ一時間、方角が間違っていなければゴルドバの塔に到着しても良い頃なのだ。
 ゴルドバの塔まで続く道を通らず森林の中を進んでいる。道沿いは見張りが見張っている為通れないと考える。当然、寡兵をもって多数の敵を相手にするのであれば当然の行動であろう。
 時折、獣達が現れるが、人数を前にすぐに逃げ出してくれて今回は助かっている。


「見えました」


 アンジュが止まれの合図と共に声を出す。目の前には高台に建つ高さ四十メートルのゴルドバの塔が見える。日付も変わってる事から下部の兵士詰所窓からは明かりは見えず、眠りについたとみられる。
 屋上には動く灯りがかすかに見え、四方を見渡しているのがわかる。それも複数の人数でだ。だが、灯りの動きから見て、二人だろうと予想をするのであった。


 ゴルドバの塔の正面には階段が続いているが、その横は切り立った壁のため死角となっている。守りを重視した結果、正面の階段以外から登る事を困難にさせているためであろうが、今はそれが仇となり攻め手が有利な状況である。


「ほんじゃ、ちょっくら行って来るね」


 軽く挨拶をしたのはアイリーン。トレジャーハンターとして多少の崖を上り下りする事は多々あり、十メートルも無い崖を上る事など朝飯前である。この時間は深夜ではあるので夜食前と言った所だろうか?
 少し風化の進んだ崖をあっという間に登り切り、何処かの柵に黒いロープを縛るとがけ下へと投げ落とす。


 とりあえず、アイリーンの仕事は一先ず終わりであるが、見つからない様に壁を背に弓を用意する。何処に見張りの兵士がいないとも限らないからだ。
 だが、それは杞憂に終わる。ゴルドバの塔は正面の階段を上り切った所に少しだけスペースがあるだけで、左右は崖と壁が一直線となり兵士の歩くスペースすらないのだ。


 それから十数分かけて残りの九人も崖を登り切り、入り口脇へと集まった。


「この扉の向こうには十五メートル四方のホールがある。入り口はここ一つだけで窓はない。気配的に複数人がいる様だがどうする?」


 斥候の能力も持ち合わせるミシェールが小声で相談を持ち掛ける。戦闘能力ではミシェールチームの中では一番低いらしく、戦闘の可能性が高いときはいつもメンバーに相談をしているそうだ。


「いいんじゃないか?突破で」
「向こうにいるならそれしかないのでは?」


 ほとんどが突入を支持していた。回りくどいやり方は面倒だとの意見もあった。


「弓を撃ってくる可能性もあるから注意だな。ドアを開けて即防御魔法。二重展開すれば大丈夫だろう。アイリーンとスイール殿、それとアンジュとオレは待機。その他は突撃でいいな」


 ミシェールが全員に役割を説明すると、全員がそれぞれの武器を手に戦う準備を整える。
 そして、ヴルフとレスターの力自慢二人が重そうなドアを開けるべく取っ手に手を掛けゆっくりと引く。なるべく音を立てない様にと注意をするが、建ててからもう百五十年以上経っている為に音を出すなと言う方が無理であった。
 少しの隙間が空いた時に、ヒュンと風を切る音がして何本もの矢が飛来する。が、扉の影に全員が隠れてるために誰にも当たることなく外へと飛び出していった。


「拙い、早く防御魔法を!!」


 スイールとヒルダの二人が防御魔法を展開する。


「「物理防御シールド!!」」


 扉の前に二重の防御魔法が展開され、止められた矢がその場に何本も落ちる。扉が二人ほど並んで通れるほど開くと、盾を前に構えたルチアを先頭に、エゼルバルド、ヒルダ、バーンハードがホールの中へと流れ込んでゆく。
 扉を開けた二人、ヴルフはブロードソードを、レスターは戦斧を手にワンテンポ遅れてホールへと突入していく。


 先頭で入ったルチアが見たのは弓を構える五人の兵士と、その前で屈んで剣を持つ五人の兵士だった。


「ちぃっ!!」


 弓隊からルチアに向かって矢が放たれる。突進中のルチアに瞬時に避ける事は不可能であったが、それならばと盾を構えながら突進を続け敵の真っただ中へと躍り込む。所詮は金で雇われた私兵だ。ワークギルドの依頼に自ら志願したルチア達とは覚悟が違う。そう、気迫の違いがそこに現れた。


「うりゃぁぁ!!」


 ルチアの叫びがホールにこだまし、敵の精神を揺さぶる。三本はルチアの盾に当たり、一本は左肩をかすめ、一本大きく外れ壁に当たった。弓隊はもう一射する余裕はない。弓隊の前に剣を持った兵士が屈んでいたがルチアの気力に押され反応が遅れ、立ち上がりに時間がかかってしまった。ルチアのモーニングスター上から振られると後ろにいた弓兵の一人を棘と質量が襲い、血祭りにあげた。


 敵の兵士たちが見たのはルチアだけではない。次々と向かい来る敵に恐怖を感じずにいられなかった。


 次に襲い掛かったのはエゼルバルドだ。盾を構えたルチアより足は速く、モーニングスターを振った時にエゼルバルドも横に剣を払っていた。
 ルチアが正面に躍り込んだのを横目で確認していた為、左端の弓兵を目掛けていた。弓兵とすれ違いざまに一閃すると魔法剣の力により体が鳩尾辺りで二つに別れ、血を吹き出し転がった。


 そして、ヒルダもエゼルに続けと左の剣士目掛けて軽棍ライトメイスを振るう。剣士は剣でそれを防ごうとするが無駄であった。体勢の整わない為、剣で受けるしかなかった剣士は自らの刃毎、体にめり込んでいった。
 刃は顔の中心にめり込み、切れない鋳造の刃と言えども力任せにめり込めば頭蓋骨まで割り、脳髄を漏れさせた。
 ヒルダの力、女性の力では無理かと言われるが、ヒルダの速力と全体重を乗せた軽棍の一撃である。反応の遅れた剣ではたとえ男の腕力とは言え、金目当ての私兵ごときでは防ぐことは不可能であった。


 最後にバーンハードが右の兵士に突っ込む。剣速はそこまで無いがショートソードを二本振り回す事で斬撃の回数を増やしている。そして、この男がすごいのは斬撃の軌道が緻密である事だ。
 弓兵へ近づくとショートソードを一回ずつ振るう。すると弓を持っていた指が根元から切られそこから血を吹き出す。それでも手を止めずもう一度剣を振るうと一回は腕を切り付け、もう一回は首を後ろから突き刺し止めを刺す。


 四人が一人ずつをあっという間に倒すと蹂躙が始まった。


 ルチアは刺さったままのモーニングスターを敵を蹴る事で抜き去ると側にいた弓兵へもう一度振るい、血祭り二号を作り出す。
 エゼルバルドは弓兵の最後の一人を振り向きざまに肩から斜めに切り捨てる。背負っている両手剣の重さも何のその、と言った所が。


 反応が通常になった剣士に少し苦戦するヒルダ。何故かもう一人が合流し、二人と相対する事になってしまった。それでも華麗なステップを踏み剣を躱していく。
 そこへヴルフが横から割り込むように剣を振るうと対処できない剣士は左腕を切り落とされ、そして壁へと蹴り飛ばされる。すかさずヒルダの一撃が剣士を襲うが剣により受けられてしまう。だが、受けた場所が悪く、剣の平に当たり、武器が破壊されてしまった。
 鋳造製の安価な剣は鍛造で鍛えられた剣と違い焼き入れも焼きなましもされておらず、薄い部分はすぐに割られてしまう。
 ヒルダが軽棍のついでに振った左腕の盾を顔面に受け、鼻血を盛大にまき散らし倒れて行った。


 二刀流のショートソードで優位に戦闘を進めるバーンハードだが、それは一人の相手に対してだ。最後の剣士二人がバーンハードに襲い掛かる。
 剣士二人の数回の攻撃をすべて受けきる事が出来ず、斬撃を追ってしまう。内側に着ている鎖帷子のおかげで致命傷は免れるが、このままであれば押されてしまう。だがその時、


「オレにも切らせろ!!」


 戦斧を握ったレスターが駆けてやってくる。大きな戦斧もそうだが、筋骨隆々の体格は威嚇も十分。バーンハードに向かっていた二人の剣士が一瞬だけレスターを見やると、景色が回転しながら目線が低くなる。剣士の首が胴体と別れ宙を舞っていた。


「なっ……ぐっ!!」


 最後の一人は気を仲間の兵士の首が飛ぶ瞬間を見てしまい、その一瞬の出来事に体か硬直し、隙が生まれる。その瞬間にバーンハードのショートソードが兵士に切っ先が向かい、首の動脈部に突き刺さり、盛大に鮮血をまき散らしながら息の根を止めた。






 次のドアを確認だけして皆がホールへと集まる。敵方に回ったとは言え、そのままにしておくのも忍びないとホールの片隅へと並べる。少し怪我をしたバーンハードにルチアが回復魔法をかけ傷を塞いでいた。


「この敵の兵士、弱すぎなかった?装備も量産品を与えられただけみたいだし。見てよ、剣なんて型に金属を流さしただけの安物よ。叩かれてもいない」


 ヒルダが少し怒り気味に叩き折った敵の武器を目の前で晒す。


「確かに私兵を雇ったとは言え呆気なさすぎる。何があるんだ?」


 見ていただけとは言え、ミシェールもそう感じたようだ。まさか装備や人に回すお金が足りない?いくら”黒の霧殺士”を雇ったとは言えそれは無いと思うのだ。別の理由があるのかもしれない、と注意する事だけは共通事項として認識するようにした。


「この部屋の左右のドアから分かれる事になる。右ルートと左ルートだ。初めの予定通り俺等は右に、スイール殿達は左で良いか?」


 ミシェールの言葉に皆一様に頷く。そして、貰った見取り図を取り出しこの先のルートを確認する。
 一本、二本と廊下が繋がり、ぐるっと回っている。その後、大きめのホールが一か所、そして階段のあるホールへと繋がっている。


「二本目の廊下からは寝室のある部屋へ続いている。寝ているのならロープで縛り戦闘不能にしておこう。それからホールへ続くか。ここも待ち伏せがいるだろうな」


 待ち伏せに嫌な顔をする。先程は突入して相手を打ち倒したがいつも上手く行くとは限らない。慎重にならざるを得ない事は確かだ。それに、壁が厚く音が漏れにくいとは言え何時残りの兵士たちが武器を持ってやってくるかもわからない。
 正面のホールに敵が配置されていた事を考えても、これ以上のんびりとする時間もない。


「ホール以外は狭い通路ですから兵士を配置する事は無いでしょう。ホールと途中のドアを注意して進む事にしましょう。それでは上で会いましょう」
「おう」


 スイールとミッシェルは互い手を目の高さで組み、それぞれの検討を誓い合いそれぞれのルートのドアへと向かって行った。

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