奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第五話 十月の馬車旅

 一台のチャーターされた馬車が街道を走り抜けて行く。


 海沿いの街道は潮風が強く吹き、馬車馬や御者の体温を否応なく奪っていく。十月の半ばともなれば気温も下がり始め、太陽が出ていても風が冷たく感じるのは当然であろう。
 箱馬車の中も同様で御者席から入る風が、動いていない者達へと容赦なく吹き付け体温を奪って行く。実際は御者席との間にある窓を閉めていれば風は入ってこないのだが。


 先程までは朝の空気であったが、これからは太陽が真上に昇り気温が上がり始める。秋から夏へと戻る程の気温であれば走っている馬車馬が汗をかき始める。休憩も当然多くなるが、温かいので馬も調子に乗ってくるであろう。


 出発してからすでに数時間、お昼の時間になり、一行は御者も含めてお昼の支度を終え、食べ始めていた。
 初日のお昼は買ってきたサンドイッチなどを広げるだけなので、食事を作る事も無く時間が余り気味であった。


 そして雑談は出がけに渡された木箱へと移るのである。
 馬車の後部にある収納スペース、旅で持ち歩くバッグなど比較的使わない道具を入れておく場所の奥に仕舞い込んだ木箱である。
 中はパトリシア姫へと送られる剣が収められており、最終工程のために運んでいるのだ。最終工程が何かは現地で見て来いと言われたので、それは依然謎である。それとは別にエゼルバルドの両手剣も持っていくことを厳命されたので二つの剣は何か関連性があるのだとわかる。


 エゼルバルドの両手剣のギミック満載の鞘は、”黒の霧殺士”との戦いで壊れてしまいその物自体が失われてしまった。
 その時、鍛冶師に再度作ってくれるように依頼しようとしたのだが、改良品を作ってくれると約束したのをエゼルバルドがすっかり忘れていたため、伝えに行ったその場で改良品が出てきた。壊れた鞘の残骸を見て、鍛冶師が驚いていたのは言うまでもないだろう。


 そして、雑談をしていると休憩も終わり出発する時間となった。






「潮薫る街道を進む。石畳の道は快適に馬車を走らせ、乗る皆を眠りへと誘う。うつらうつらと舟を漕ぐ皆をながめれば、自らもそれに乗舟するような進路を取り始める。それでは駄目だと自らを奮い立たせ、周りに目をやるも平和で快適な旅の一頁となる。所々にある詰所が道の安全を守り、盗賊などが現れる事も無い……って、おい!!」


 馬車に揺られ、皆が一様に眠ってしまった車内で一人小声で詩を編んでいると右手から四つの影がこちらへと向かってくるのが見える。
 街道が整備され海沿いにあるため木々も少なく、何もない草原が広がっている。森は遙か遠くに見える位置にあり身を隠す場所もない。なぜこのような場所で向かってくるのかがわからず、自殺行為と思わざるを得ないのだ。


 アイリーンがその身に合わない事を口ずさんでいたため発見が早かったのが幸いした。皆はまだ起きてこないが、一人で十分とそっと御者席から箱馬車の天井へと移動する。


「そのままの速度を維持して走っててちょうだい。止まる必要はないわ」


 御者に指示を出すと、向かいくる四つの影へと目を向ける。
 だだっ広い草原で襲ってくるのであれば当然騎馬を用いる。さらに速度重視であるため軽装備。アイリーンの弓であれば貫くことさえ容易い装備である。
 王国の騎馬であれば旗印やそれに準ずる装備を整えているはずだが、一目でバラバラな装備だとわかる。問答無用で打ち取ってしまえば良いと考え弓を構え腰に据え付けた矢筒から四本の矢を抜き取る。当然、姿勢は片膝を付き安定した構えをとる。


 相手の装備を見れば、弓を構え始めたのが三騎で、残りの一騎は小型のラウンドシールドを持っているだけだった。よくそれで馬車を襲う気になったものだと感心する。護衛もなく高そうな箱馬車を見ての事だとわかるのだが、明らかに勘違いしている。
 護衛を連れていないのではなく、のだと。


「さて、この舞台からご退場いただきましょう」


 アイリーンの有効射程は百メートル程だが、相手の動きによっては距離が延びるのだ。
 今回の相手みたいにただ直線の動きで迫りくる騎馬など訓練にならないほど簡単だ。しかも、一度に二本の矢を番えていたほどだ。盗賊と言えども殺してしまっては後味が悪いと少しだけ標的をずらした。


 そして、アイリーンが引き絞った矢が放たれる。
 ”ビュン”と勢いよく飛び出した矢は寸分たがわぬ場所へと突き刺さる。向かって右側の二頭の臀部へ突き刺さった馬は痛みによりその場へと崩れ落ちる。同時に乗っていた盗賊が投げ出され、あちらこちらを打ち付け草原を転げまわる。


 アイリーンの一射目が馬に突き刺さる時には、二射目の矢が弓に番えられていた。二本ではなく一本だけ。
 ある程度、標的が大きければ二本番えても良いが、精密な射撃を必要とした場合は一本だけなのだ。先ほどの二騎が倒れ、引くのであればそのまま何もせずにと考えたが、まだ二騎が迫ってくるこの状況であればもう一度打ち出すしかない。
 そして、一本の矢がアイリーンの弓から小さな目標に向かって放たれる。


 百メートルの距離でアイリーンが外す事はあり得ない。当然、寸分たがわぬ場所を打ち抜く。残りの二騎のうちで弓を構えていた盗賊が馬からありえない格好で落ちる。額の真ん中、眉間を貫かれ、頭から落馬したのだ。


 先頭の盗賊が馬を急停止させ、両手を上げ何やら騒いでいる。アイリーンはそれを無視し一言も発せずに弓を番え攻撃態勢を整えるが、これ以上関わらなければ何もしないつもりでいた。


 馬車がある程度進み、盗賊たちが見えなくなるとようやく弓の構えを解いた。アイリーンの腕前を見れば、他から援護の盗賊が襲ってきたとしても戦いに参加するのは躊躇するであろう。
 外からの脅威を排除したアイリーンは御者席を通り車内へと潜り込んだ。


「お帰り、大活躍だね」


 寝ていたはずのスイールだ。なるべく音を立てずに撃退したはずなのに起きているとは思わなかった。まぁ、殺気を感じれば起きてしまうのも仕方ないかと思う。
 スイール以外は起きていないのでまずまずかと思ったが、


「みんな、起きてますからね」


 と、言われよく見ると微妙に体を震わせているのがわかる。これなら自分だけで頑張るんじゃなかったと、


「何よ~、それなら手伝ってくれても良さそうなのに~!」


 ”ぶーぶー”と頬を膨らませて文句を言うアイリーン。
 だが、あの距離は魔法を使うほどでもなく、アイリーンの得意とする距離なのでお任せしたのですよ、と言えば多少、機嫌が良くなるであろう。
 それに、全力で相手をする程の脅威ではないのだから。






    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 盗賊騒ぎ等のトラブルは一回限りで、その後は順調に国境を抜け、スフミ王国の王都スレスコへと近づいてきた。
 王都スレスコは海より五十キロ程、内陸に入った場所にある。そのため国境を抜けてからの街道は海が見えなくなり、両側に草原か畑の広がりが見える。


 街道から王都スレスコを見れば後ろにアミーリア大山脈の東端が存在し幾多の風景画の題材として存在するほどだ。山に雪の残る春先の風景画は貴族たちにも好まれるほどだ。


 トルニア王国を出発してここまで五日、そろそろ太陽が山の影に隠れようとしている時間、スフミ王国の王都スレスコへと到着した。スレスコの西側にはアミーリア山脈があり、日の入りの時間は他の都市よりも早いのだ。


 王都スレスコへ入るための入場審査の列に並び順番が来るまで時間をつぶす。今まで歩き通しであった馬車馬にとっては待つのも苦痛ではないかと思うのだが、馬車馬も御者も平然としてる。
 馬車に乗っている以外はいつもとおなじ光景が繰り返される入城審査だが、あと数組で順番が来る時に騒ぎが起こった。


「なんで箱の中を見るんだよ」
「上からの命令ですから」
「神様への供物は今まで調べる必要はなかったじゃないか!!」
「すみません、上からの命令ですから」
「お前ら、それ以外言えんのか」
「はい、上からの命令ですから」


 城門を預かる兵士たちが騒ぐ人達を事務的な言葉で抑えようとしている。事務的な言葉しか話さないのであれば火に油を注ぐような物であり、ますます怒りを募らせていくだけである。
 よく見れば揃いのローブを身に着けており、背負っていたバックパックは机の上に置かれ中身を検分されている。エゼルバルド達も見た事のあるローブはアーラス教の信者に配られている物とすぐにわかる。


 トルニア王国と同盟関係にあるスフミ王国へはアーラス教信者の持ち物を全てあらためる様にと連絡が行ったのだろう。そうでなければ入城審査でここまで大げさな持ち物検査をする必要がない。


 麻薬の密輸については各国が頭を悩ませている問題でもある。その一つのルートが簡単に潰す事ができるのであれば、喜んで兵士に命令を出せる。兵士たちも考えはさもあれ国を守る事を仕事にできるとあれば喜んで検分に励む。探し出した者に報奨金を出す事も考えられたが、今はその様な事はない。


 バックパックの底にあった箱を開ける事を拒まれている兵士達は何かと理由を付けて開けさせることに成功している。もっとも検閲を拒否した時点で入城出来ないので引き返すだけなのだが。
 アーラス教の信者たちは諦めて、箱を開ける事に同意をし、自らの手でその箱を開けたのだ。箱から出てきた物は信徒が想像した供物と異なり、何処にでもある様な大きな紙袋が出てきた。
 それが何かを想像できた兵士はアーラス教信者を別室へ連れて行くべく、数人の兵士で囲う。逆らって命を粗末にするよりはと渋々別室へと連れていかれた。


「アーラス教の信者は大変ですね。疑われれば何時までも同じように検閲が入る事でしょう。それだけ大きな事をしてしまったのですから、末端の信者はいい迷惑でしょう」


 他人事の様にスイールがそう話す。
 もう少し立つとトルニア王国であった麻薬のルートが噂となって広まるだろう。そうなればアーラス教を良からぬ教団と厳しい目で見られるはずだ。そうなれば厳しい向かい風が吹き荒れる事は間違いないだろう。
 払拭するために教団内での綱紀粛正が行われ、各国にある教会の司教などが入れ替わるはずだ。その位しなければアーラス神聖教国としての体面が保たれない事は目に見えている。






 それはともかく、エゼルバルド達の馬車が入城審査を受ける順になる。持ち物等は問題ないが、馬車後部の奥に積まれた木箱の件で別室へと案内された。木箱にトルニア王国の印で封印がされていた事が原因である。
 あの印の封印を公衆の面前で開ける事など出来る訳も無く、その場の兵士ではなく、王城の担当者、かなり位の上の人物が出張る事になってしまった。


「しばし待たれい。城へ確認の馬を飛ばす故、くつろいでくだされ」


 対応した兵士はどのように対処すればよいか分からず、汗をかく始末。こちらは城の使いを兼ねているとは言え、一般市民である。あまり畏まられても困ってしまう。
 王城へ使い出してから戻ってくるまでに相当の時間が必要になるだろうと、気を利かせた兵士がお茶を入れてきた。そこまで高いお茶では無いが、精いっぱいのおもてなし、と言った所だろう。


 それから三十分ほど、辺りが暗くなる頃に城から使いが戻ってきた。偉い人が一緒かと思ったが、


「事前にご連絡を頂いておりました、お使いの方々ですね。お待たせしまして申し訳ございません。これから王城までご案内いたします」


 と、深々と頭を下げ待たせた事の詫びとした。そして、


「王城へご案内する前に身分証を拝見いたします」


 エゼルバルド達はそれぞれの身分証をその場で提示し本人である事を確認して貰う。馬車は暗がりの中、街の大通りを通り王城へと滑り込んだ。






「本日は遅くなりましたので王城でお休みください。間もなく担当の者が参りますのでその者へ何なりとお申し付けください」


 王城の別館へ通されたエゼルバルド達に案内した兵士が話をするとその場から出て行った。
 通された部屋は十人前後が座れるテーブルがあり、壁際には高級そうなお酒の瓶が乗ったワゴンが置かれている。いくつかある窓からは庭の様子が見えるが暗くなったため景色を楽しむ事は出来なかった。
 そして数分経つと、先ほどとは別の人達が現れる。


「お待たせて申し訳ない。トルニア王国からの使者を待たせてしまいましたな。私はこの度の案内をいたす【テオドール】と申します。役職は無いに等しい程なので気楽にお願いしたい」


 軽く、会釈程度に頭を下げる。こちらもそれに倣い、礼をしてから自己紹介をする。エゼルバルドは腰の鞄からカルロ将軍の手紙を出し、テオドールへと渡した。


「はい、確かに頂戴いたしました。こちらは上の者へと責任を持ってお届けいたします。本日は長旅でお疲れでしょうから、こちらでお食事とお部屋をご用意しておりますので、ごゆるりとお過ごしください」


 そして、テオドールが手をパンパンと二回打つと、別のドアが開き、何人かの侍女が入ってくる。侍女達が押してくるワゴンには料理や飲み物などが乗せられており、テーブルの上はすぐに食事の支度が整った。
 貴族でもないエゼルバルド達に合わせ、形式ばった料理は並んでおらず、気楽に過ごせそうだとスフミ王国の対応に感心した。


「私は明日参りますので、失礼いたします」


 テオドールは深々と礼をすると部屋を後にした。


 その後、エゼルバルド達はその場にいた侍女達に翌日の予定を言われ、食事、風呂、そして寝室へと案内され、快適な一夜を過ごす事ができたのである。

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