奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第八話 姫様の影を追って?

 海水浴場に船が泊まる桟橋が突き出ている珍しい場所。王都に近いため王族専用の船着き場をどこに作ろうかと探していた時に見つけた底の深い船の停泊に適した場所なのだ。
 遠浅の海岸線に突如とあらわれる深い岩場で船着き場にするに適する。海底まで岩を敷き詰められ、防波堤と桟橋を兼ねたここは平時では釣りスポットして有名であった。
 そして、この夏の時期には海水浴客に釣竿を貸出し、一種のレジャーとしても認知されている。


 ホテルで噂を聞いたエゼルバルドはヒルダを連れて子供の頃の川釣りを思い出いながら釣りを楽しもうと考えていた。エゼルバルド自身は気付いていないが、いつも一緒にいるヒルダが大事だと心の奥底にはその意識が芽吹いていた。表に出てくるのはもうしばらくかかるのであるが。
 今はただの幼馴染、孤児院での妹、そのポジションとの認識が強いのだ。


 貸し出しの釣竿は無数にあり、その内の二本が二人の手元にある。桟橋の先端まで進むが、すでに複数の人が糸を垂れており、腰掛けるポイントを探すのに苦労する。
 ようやく見つけた場所は何とか釣りができるポイントであったため、その場に決め、釣り糸を垂らすことにした。


「釣りをするのも久しぶりだな。海で釣ったことが無いからどんなのが釣れるのか楽しみだな」


 エゼルバルドが餌をつけながらヒルダに話しかける。桟橋を通ってくる時に見た釣り人のバケツには小さな魚が釣られていたのが見えた。大物とは言わないが、食べられる魚を釣って持ち帰りたいと思っている。。


「わたし達は山育ちだからね。でも、魚釣りって時間がかかって退屈なのよね」


 エゼルバルドに誘われたから来たのだが、本来釣りは好きではない。糸を垂らしただ漠然と待つ、それが耐えられない。もし、一人だったらこんな所に来たくもないと思いながら。それ以外にももう一つヒルダがここにいる理由もあるが、隣にいる彼にはまだわかっていないのかなと、少しだけ複雑な心境を抱く。


「王都の女の子達って、釣りをするのかしら?」


 釣り針に餌をつけながらエゼルバルドに聞く。桟橋には女性の姿がチラホラとしか見えず、それも男女で楽しんでいる人達ばかりだった。


「知ってるか?王都の女の子って虫が嫌いらしいぞ。その餌だって手で持てないらしい」


 ブールの田舎と違い、王都には石畳が敷き詰められ土の地面があまりない。その為、子供の頃からの遊びは土を触ることが無い。虫や小動物を見る機会が少なく、当然手で触る事もない。


 もう一つ理由がある。それは雑誌の影響だ。
 紙がある程度、市民まで浸透し、ノートや書籍が溢れている。毎月一回発行される雑誌にモデル等のインタビューが掲載され、虫が苦手の方が男性の気を引きやすいと認知されていた。その為、女の子たちはちょっとした虫を見るだけでも、触れてはいけない、気持ち悪い物とされつつあった。


「釣り餌すら触れないのに釣りができると思うか?」
「そ、そう言われればそうね。納得したわ」


 子供の頃から野山を駆けずり回っていたエゼルバルドとヒルダには虫は特別な存在では無い。その為、”都会の女の子って軟弱なのね”、と思うだけである。
 それに都会の女の子は軽棍ライトメイスを持って暴れたりはしないだろう。


 餌の付いた針を海に落とし、浮きがぷかぷかと波で上下するのを何となく眺めはじめる。水は澄んでおり、小さな魚が群れで泳いでいるのが見える。偶に中型の魚が捕食している光景も見え、広大な海に中にも生活の営みがある事がわかる。そこで思い出すのが、一緒にいたお姫様、パトリシアの事である。


 ワークギルドで初めて会った時に獣退治と息巻いていた。ヒルダが野望を打ち砕いたのだが、そこまで思いつめた何事があったのかと?血なまぐさい噂は王家からは聞こえて来ず、不思議と思う。


「ねぇ、パティってどう思う?」


 漠然とエゼルバルドに聞いてみる。


「どうって?」


 ヒルダの質問がわかりにくい。いや、意味がわからない。あまりにも漠然としすぎている。質問の意図を手繰り寄せようと考えを巡らせるが、それよりも先にヒルダが続けて話す。


「始めて会った時、獣退治に行くって、殺る気満々だったじゃない。剣の腕はともかくとして。ただ腕試しをしたかったのか、思い詰めている事があるのかどうか」


 水面下の魚が餌をついばみ始めたのを見ながら、さらに話を続ける。


「う~ん、良くわからないんだよな。剣の訓練をしているときは顔に出さないし、強引な性格だから自分の我儘を言い切っちゃう。ある意味、ポーカーフェイスだよ。おっと~、引っ張ったぞ!」


 エゼルバルドの垂らした餌に魚が食いついた。釣り上げてみれば二十センチほどの魚が暴れている。慎重にバケツの中に魚を入れ、そこで針を抜く。このサイズならおいしそうだと、ホクホク顔になる。
 再度、針に餌を付け、海の中へと投げ込んでいく。


「そうよね、わからないのよね。思い詰めている事があるんじゃないかと思うんだけど、孤独だから相談できないのかもね。それはそれで可哀そうだけど」
「時期が来たら獣退治に連れて行って、その時にでも話をしてみよう。何を思っているのか知ることが出来るかもな。って、ヒルダの引いてる引いてる!」


 ヒルダの竿にも当りが来たようだ。エゼルバルドよりも大きそうだった。引きの強い魚と格闘し何とか釣り上げてみれば、二十五センチ程の大物だった。


「ふふふ、エゼルに勝っちゃった」


 自然が相手だと思えば釣果など気にもしないエゼルバルドなのだが、言われれば少しだけムッとなる。ならばと勝負に燃えてしまうのだ。


 その後、二人とも三匹ずつ釣り上げ、釣果は互角となった。






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「姫様、本日ですが海辺での怪しい者達、十名ほど捕えました。改造されたオペラグラスを使い、海辺を見渡していました。おそらく、姫様を眺めていたのだと推測しまして、一応、縛っておりますがどうしましょう?」


 ホテルで夕食が終わった席で、見張り担当の兵士が報告を上げた。同行の兵士がその日にあった事を報告する事が日課になっているらしい。パトリシアは渡されたオペラグラスを手に持って観察している。ふむふむと何かを確認すると、


「死刑!!」
「「「ちょ、ちょっと~~~!!」」」


 エゼルバルドとヒルダ、アイリーンの声が同時の響き渡るのだが、ナターシャは「当然です」と澄ました顔をしてパトリシアの後ろに控えている。


「いきなり死刑は無いんじゃない?しかも、かつらを取ったパティの時でしょ?」
「かつらと言うな、ウィッグである」


 今はかつらを付けた金髪縦ロールのパトリシア姫として過ごしているが、昼間の海水浴ではショートカットの身分を隠したパティの時であった。王族へ向けた視線では無いので死刑はやり過ぎではないかとパトリシアに向かって反対意見が出た。
 主にヒルダとアイリーンが声高に反対を唱えている。


「何故じゃ、何故いけないのじゃ?犯罪者は王族の一声で罰が決まるじゃろうに」
「遠くからニタニタと見られていた事は気持ち悪いのからその気持ちは分かるけど、死刑は行き過ぎ。簡単に人は死ぬし、動物だって同じでしょ。もっと命を大切にしようよ」


 犯罪者を罰するのはわかるのだが、王族が職権乱用をしては市民からの突き上げがきついはずなのだが?もしかしてと疑問が頭に浮かんでくる。それにこのままであれば、暴君の一歩手前まで行きかねない。


「まぁ、お主等の言う事も一理あるのぉ……。今回は死刑は無しじゃな。王都に送ってしかるべき処置を与える様に父上に申しておけ」
「承知しました、姫様」


 パトリシアが一考した後で死刑を与える事は無くなった。一応ホッとしたのだが、刑罰を歪めてしまうのはどうなのかと。王族が自分の裁量で人を裁くのであれば国が崩壊してしまう危険性がある事を学んでいないのか。もし、その様な事があれば全力でパトリシアを正しい方向へ向けなければいけない。


「姫様、例えばだけど、オレが何か犯罪を起こしてしまった。それを知った時、姫様はどうする?」


 エゼルバルドがパトリシアに”例えば”と前置きをした上で問てみた。この質問である程度わかるはずなのだ。期待する答えを出して欲しいと願いながら。


「そんなこと決まっておる。無罪放免を言うに決まっておろう。妾の一声で許されるはずだ、どんな事をしたとしてもな」


「……姫様……それは…」


 最悪な答えが出てきてしまった。一番出て欲しくない答えが。それを悪びれる事も無く言い切った事に、パトリシアにではなく、その後ろにいる何かに悪意を感じざるを得ない。


 そのやり取りを聞いていたスイールの頭がフル回転を始める。スイールは恐らくだが、エゼルバルドと同じ考えを持ったと認識した。
 何者かがゆっくりと、かつ慎重に思い込ませていった、それしかない。それが出来るのは……、いや、結論を出すのは止めよう。もしかしたら……。


 それよりも、今日この時間を楽しむ事にしようと、結論を出さずに心の奥底に仕舞い込んだ。






 その日の遅く、エゼルバルドとスイールは皆が寝静まった後で顔を合わせて話し込んでいた。気になる事があまりにも多すぎたためだ。


「エゼル、事が悪い方向に進みつつあるかもしれません。事は急ぎます。今年中に何とかしなければ大掛かりな戦争に突入する可能性すらあるでしょう。私達だけでは手に余る可能性がありますが、それでも調べねばなりません」
「わかった。で、どうしようか。パトリシアの事も気になるけど」
「全ては繋がっているのかもしれません。まだわかりませんが。わかった事ですが、まずこれを見てください」


 エゼルバルドはすっかりと忘れていたが、賊から手に入れた短剣ダガーだった。スイールが布に巻かれて厳重に保管していた。保管と言ってもバックパックに仕舞って忘れていただけだが。


「これが何かわかったの?」
「ビーチベッドで眺めていた時、パトリシアが教えてくれましたよ。ロングソードの鞘に同じ様な装飾を見たと。その持ち主はテルフォード公爵だそうです。ただ、短剣がテルフォード公爵家臣かは検証する必要がありますが」
「繋がってきたね」


 カルロ将軍がヴルフに依頼していた、テルフォード公爵についての噂と短剣の繋がりが明らかになってきた。核心にはもう少し情報が必要だがそれでも虚無を掴もうとするよりはよっぽどマシだ。


「ええ、ただ一つ問題がありまして……。その、言いにくいのですが……」
「その問題って、解決できない事?」
「いえ、短剣の情報をいただいたお礼をしようかとパトリシアに話した所、獣退治に連れて行ってくれと言われまして……」


 エゼルバルドとしては何だそんな事か、と大事に取らなくても大丈夫と考えてた。それに、外に連れ出す事はエゼルバルドの中では決定した事であった。


「それは好都合です。パトリシアの人に対する考えを改めてもらうのにちょうど良いです。それを利用しちゃいましょう。パトリシアに教えてたのが誰かも探り当てなくちゃいけない」
「エゼルも思う事があったのかい?」


 夕食後に見せたパトリシアの言動を苦々しく感じていた。これだけ平和なトルニア王国でちょっとした犯罪に死刑を躊躇する事なく”死刑”と言い放ったことに。
 悪い面での独裁国家であれば一人の王が絶大な権力を握り、気に入らない者を調べもせず死刑を言い渡す事は可能であろう。だが、トルニア王国は、王国と言いながらも権力が集中しない様に考えられている。特に政治と司法は分離するべしと数代前の王が宣言した事もあり、王の一言で判決を変えるなどできていないはずだった。
 それを踏まえた上で、エゼルバルドは一つの結論を出した。


「パトリシアが洗脳されてる気がする。わずかにだけど」
「それが本当だったら一大事だけど、確証はあるのかい?」
「……確証。そこなんだよなぁ。普段は王族特有の言葉遣いだけど、命の重さの定義が明らかにおかしい。そこが引っかかってる」
「”国を治める為に大事なのは民である”とか”政治と司法は別だ”なんて演説した数代前の王様がトルニア王国にはいたくらいですから、腑に落ちない所があります」


 トルニア王国の代々の王は市民を大切にする事で有名だった。市民を蔑ろにする貴族は注意し、酷いことをすれば貴族すら潰すほどだ。パトリシアだけでなく、他の王子にもその爪痕が有るとすれば……。


「何処まで大きな事案になるか分かりませんね。調べがいがありますよ、これは」
「パトリシア関連はこっちで調べてみるよ」
「あと数日はここで夏休みですから、その後は忙しくなりますよ」
「もしかしたら……、もあるからパトリシア関連は二人の秘密でいいかな?」
「ええ、ヒルダにも黙っておいた方が宜しいでしょう。短剣はこちらで調べます。ふふふ、この私に挑戦しようとは片腹痛いです」


 不気味に笑うスイールの顔には笑いと般若が同居している。不気味な顔が暗がりに姿を現すとき、きっと人死にが出るに違いないと思う程に。


「……スイール、顔が怖い……。それ止めて……」

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