奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第六話 リゾート地へ向けて

 訓練場ではヒルダとヴルフがそれぞれ違う騎士たちと相対していた。


 軽棍ライトメイスで撃ち合うヒルダは騎士を翻弄する動きを見せた。勝ちは奪えなかったが素早い動きでヒルダに翻弄され、奇策とはどのようなものなのか、相対した騎士は身をもって知ることになった。


 ヴルフの体は最盛期ではないが、今の騎士達よりも巧みに剣を使い圧倒していく。体に染みついた剣さばきが経験の少ない騎士たちを容赦なく叩きのめしていく。旅では宿で酒を浴びるほど呑むのだが、ここではそんな姿はみじんも見せない。


 鎧を脱いだ騎士たちが、軽棍の打撃により体中に青い痣ができ、鎧があってもダメージを受けた事を思い知ったのは、訓練が終わった後だった。
 ヒルダも何回か体に剣を受け、体に変調をきたし顔が青くなっていたのは日付が変わって次の日であった。体に青い痣が無数に出来ていた事に驚いたのだ。
 エゼルバルドにも当然、腕と背中に青痣が出来ていたは言うまでもないだろう。






「妾は思い知った。あれは無理だもっと訓練が必要だ」
「素直な事は素晴らしいです、姫様」


 訓練場を見学していた姫様、もとい、パトリシアが自分の実力が伴わずいかに迷惑をかけていたのかを痛感していた。あのレベルになるにはどれだけ訓練をしていたのか、予想もつかない。まして、先日までの”自分は強い”と思い込んでいた自身を殺してやりたいとも思っていた。


「なぁ、カルロ。妾ももっと剣の訓練をしたいのじゃが、どうすれば良い?」
「そうですね……。姫様に歳も近いあの二人に頼んでみたらいかがですか?毎日は無理かもしれませんが、数か月は王都にいるはずですから訓練のし甲斐がありますよ。友人ですから頼めば聞いてくれるかと」
「何じゃ、頼んでくれんのか」
「ええ、そろそろ他人を当てにするのではなく、ご自分でお頼みになってはいかがですか。それにあれだけの手練れですから、楽しい事になるでしょうね、フフフ」


 いつもいつも静かにしたい時にその場を破壊され、ゆっくりできない事に多少苛ついている。少しでも離れてくれれば幸いなのだといつも思っているのだ。


「わかった、頼んでみる。断られたときはお主が妾の相手をするのじゃぞ」
「姫様、それはあんまりでは?将軍の都合もありますから」


 パトリシアの言葉にナターシャは怪訝そうな顔をするのであった。






「なぁ、少しだけ良いか?」


 五人で訓練の反省会をしているところへパトリシアが現れ、声をかける。反省会と言っても何時もの事なので雑談にすぐ切り替わってしまうのだが、それでも修正する場所を的確に言い合い、常にレベルアップを図る姿勢は特筆するものがある。
 多少なりともパトリシアは会話を聞いてたので、話しかけて良いものかタイミングを見計らっていた。実際、話の内容は高度過ぎてちんぷんかんぷんであったのだが。


「ええ、どうされましたか?パトリシア姫様」


 いち早く気が付いたスイールが話しかけて来たパトリシアに反応し顔を向ける。先程までの上から目線ではなく、話しにくそうにモジモジしているのが愛らしい。


「妾に剣を教えて貰いたいのじゃ。カルロから数か月は王都にいると聞いて、その間だけで良いので。毎日とは言わん。どうであろうか?その、なんだ、あ~~、ヒルダ殿が教えてくれると助かるのじゃが」
「え~~~、わたし?それならヴルフさんの方がいいでしょ~~。しかも剣でしょ、剣は専門外だもん」
「それならヒルダ、剣の扱いを少し教わるといい。剣の扱いはエゼルが適任だと思うぞ。おそらく、あそこで手を振っているカルロの入れ知恵だろう。同じ年齢の二人に頼んでみればとでも言われたんだろう」


 パトリシアはヴルフがズバリと言い当てた事に驚愕の表情になった。カルロとヴルフ、どこまでお互いの考えている事を読めるのかが気になってくる。もしかしたら、読心術でも極めているのではないかとも。


「え、オレが教えるの?姫様を」
「お主はヒルダ殿より強いのであろう。お主が妾を教えてくれるなら丁度良いではないか」


 寝耳に水状態のエゼルバルド。まさか話を振られているとは。


「よし、決まりじゃな。今日からでも良いぞ」
「受けるとも言ってませんが」
「気にするな」
「「気にしますって!!」」


 エゼルバルドとヒルダの声が訓練場にこだまする。我儘で強引なこの性格を何とかならなかったのかと恨みたくなる。大体、そこに控えている侍女のナターシャが何も言わないのがおかしい。我儘なのは侍女の接し方の影響が大きいはず。涼しい顔をしている彼女に小一時間説教をしたくなった二人であった。


「分かりました。準備と予定がありますから少しだけお時間をいただきますがよろしいですね」
「それは構わんが予定とはなんじゃ?」
「もうすぐ海開きですから海に行くんですよ、姫様。お気に入りの水着を着て楽しむんです~」


 ヒルダがアイリーンの方チラチラと見ながら、くねくねと体をくねらせ、体全体で表現している。これで中止になったら世界が破滅しかねないと思う程だ。


「そんな事か。構わんぞ、どうせ妾も行くから気にするな。毎年、海開きは妾の仕事でな。いいであろう、ナターシャ」
「ええ、このお方達であれば護衛も要りませんから」
「「護衛かよ!!」」


 友人と言った割には扱いが酷い気がするが、当の姫様は気にしていない。それよりもナターシャが容赦ない。あの性格はナターシャの影響である事が確定した瞬間であった。


「海開きの前日に城に集合じゃ。皆で行くぞ。馬車の手配はナターシャにお任せじゃがな」
「「「「強引すぎるよ、このお姫様」」」」


 海開きの確認と訓練の方法を打ち合わせをしてこの日は解散となった。そして、日は過ぎ、海開きとなるのである。






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 時に七月十四日、翌日に海開きを控えたこの日、城にエゼルバルド達五人とパトリシア姫と侍女のナターシャ、護衛の兵士数人が集まっていた。
 パトリシアは金髪縦ロールのかつら(本人はウィッグと言うが)と、つばが広く白い帽子をかぶり、その色に合わせたドレスを身に着けている。
 パトリシアが乗る馬車は王家が所有している見た目は質素だがある意味豪華な馬車だ。それと前後に一台ずつ、合計三台の馬車と護衛の兵士が乗る兵馬十頭ほどが今回の列になる。
 夏真っ盛りで暑くなってきているが、夏用のインナーを着ている兵士たち。風が吹けばだいぶ涼しいらしい。


 パトリシアの馬車には本人と侍女のナターシャ、そしてエゼルバルドとヒルダが護衛で搭乗。前の馬車には兵士四名、後ろの馬車にはスイール、ヴルフ、アイリーンがそれぞれ搭乗。列全体で見れば盗賊などには過剰戦力と言えなくもない。


「さて、出発だ。今年もよろしく頼む」


 パトリシアの号令により城の東門が開かれ馬車の列は進み始める。
 第一の城壁にある門にはそれぞれ跳ね橋がかけられており、平時は昼の時間帯に掛けられ、城への橋となっている。だが、この日はパトリシアの移動となり、号令まで東の跳ね橋は上げられていた。安全のためであるが、パトリシアは快く思っていない。そんな必要はないのにと。


 馬車の列は快調に進んでいく。道は整備され馬車が高速で移動するには適した道になっている。王都から五十キロ程で海水浴場まで到着するのだが、貴族がこぞって移動するために道の整備は素晴らしかった。海水浴場付近に貴族の別荘が建てられ、避暑地としている。


 王都に住む市民にとっても、海水浴を楽しむ事が出来るのはその恩恵に寄る物でもある。道がよく、歩いて移動する事が楽だからだ。
 だが、この道の五十キロ程北には、王都から突き出るヴァレリア半島を貫く山岳地帯の始まりがあり、たまに獣達が出る。道はよいのだが、まれに獣が見られる事もあるので護衛は重要であった。


 だが、毎年恒例の海開きの式典。護衛を付けているとはいえ同じような時刻に同じルートを通り、さらに王家の所有の馬車が通るのである。不埒な考えを持つ輩が現れるのは道理であろう。尤も今回の襲撃は凄腕の護衛が同行しているので返り討ちに合うとも知らずに……。






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 ここは街道の中間地点付近。街道からすぐ見える場所に木々が茂り、人を隠すにはもってこいの場所である。この場所以外はだだっ広い草原と化しており、草や花が咲き乱れている。街道を整備するときもこの場所はワザと木々を残していたのだ。


「親方~、ホントにやるんですかい?」
「親方じゃねぇ、ボスって言えって何度も言ってるだろ。毎年、海開きに王家の連中が式典でこの街道を通るんだ。やるに決まってるだろ」
「でも護衛が沢山いるって噂ですぜ、頭~」
「頭でもねぇって。ボスと呼べって。それに何今更怖気づいてるんだ。その為の人数を集めたんじゃねぇか。たった数人増えたってたいした事ねぇだろ。遠目から矢を射かければ馬にぶっ刺さって御終いよ。馬車だって馬がいなければ動けねぇ、基本だろうが。オレの計画通りやれば大丈夫だよ」
「「「「んなこと言ってもよぉ、親方(頭)~」」」」
「親方でも頭でもねぇ、ボスって呼べ、馬鹿たれが」


 どこまで本気で王家の馬車を襲うのかわからないが、明らかに悪手である。ワザと残した木々は”ここに身を隠して襲い掛かってください”と誘うためなのだ。
 ある程度名の知れた盗賊になれば、こんな危険な地域、王都のすぐ側で危険な仕事をする理由もない。


「親方、来ましたぜ。望遠鏡で見える位でさ」


 親方じゃねぇ、ボスと呼べと思うのだが、時間が迫っているのでそれ所ではない。
 遠眼鏡、望遠鏡の事なのだが、約一キロに見えた馬車の列を捉えた事を聞き、一斉に襲撃の準備を行う。三十人の盗賊は暑い中、そろいの黒いバンダナをかぶり森の中に身を隠し、弓を構え始める。


「さて、準備が出来たぞ!決戦だぁ!!」






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「いてぇ、どうなってやがんだ」


 三十人いた盗賊は全て返り討ちに会い、生き残ったのは片手で数えられる程で、それも虫の息となっており、命に支障が無いのは腕を折っているボスだけであった。


 盗賊たちを返り討ちにするのは、そう難しい事では無かった。木々が生えるこの場所は盗賊などを誘い込む罠となっている。身を隠せる場所はここ以外無い。
 盗賊が望遠鏡を持っているのであれば当然、馬車を護衛する兵士も望遠鏡を持っており、護衛の兵士がが木々の間を索敵していた。目に入れば装備、戦力などおおよそがわかってしまう。それからはあっという間であった。


 パトリシアの乗る馬車にはエゼルバルドとヒルダがいる。ヒルダが物理防御シールドを広範囲に発動し展開。それを合図に後ろの馬車のアイリーンが身軽な体で馬車の天井に乗り弓矢で狙い撃つ。盗賊よりも射程距離の長いアイリーンの矢は確実に盗賊を打ち取っていく。あるものはバンダナを巻いた頭部を、あるものは腕を射られ、次々に倒れていく。


 盗賊達の放った矢は正確な狙いで馬車列を襲うが、山なりの力ない矢はヒルダの物理防御シールドで弾かれてしまう為に馬車に刺さる矢は一本も無い。


 アイリーンの狙いから何とか逃れた盗賊が目的のために馬車に襲い掛かる。木々に隠れている盗賊には高速移動の馬などなく、移動は当然自分たちの足だ。馬にまたがる護衛の兵士達の敵ではない。先頭を進んでいた四騎が列を離れ盗賊に向かって駆け出す。
 街道と木々の狭い草原とは言え、馬の機動力を生かすには十分だった。四騎が一団となり盗賊を散らしていく。すれ違いざまに手に持った槍で一人、また一人と命を刈り取っていく。


 数人となった盗賊が馬車に近づくが、もう敵ではない。
 そうとうな距離を駆け、疲れた体で素人剣を振るった所で勝てるはずもなく、馬車から出てきたエゼルバルドやヴルフ、そして兵士達に制圧されていく。


 三十人いた盗賊達は十分程で壊滅した。しかも驚く事に、馬車の列は少しだけ進む速度を緩めただけ。それだけ圧倒的な戦力差であったのだ。


 生き残った盗賊達の今後だが、過酷な労働環境へ送られるか、死罪のどちらかであろうが憐れむ事はしなかった。






「退屈じゃの、妾も剣を持って戦いたかったぞ」


 盗賊達を打倒し、再度進みだす馬車の中でパトリシアが呟く。この数日間、エゼルバルドに師事し、剣の腕はある程度上達していた。素人に毛の生えた位にはなったが、まだまだと言えるのであるが、それよりも問題がある。


「そんなこと言っても駄目ですよ。まだ訓練が足りません。それに、その綺麗な手で相手を殺すのですよ、おそらく耐えられないのでは。殺し合いは思っている以上に残酷です。生きるか死ぬかの瀬戸際で、明日の朝日を拝める事がどんなに素晴らしいか。そのうち思い知りますよ」


 一言二言キツイ事を口に出すが、表面のみを見て現実を見ていない者への警告だ。ましてや城の中でぬくぬくと育ったパトリシアにはわかっていない。一度現実を見せなければと考えているが、まだ時期が早すぎる。


「うぅ、そう言われると凹む」
「エゼルの言う通りです。武器は相対する敵を殺す道具であり、また、殺された者が背負う事柄をも見つめなければなりません。たとえば、盗賊とは言え、その後ろには恋憧れる恋人や奥さん、子供がいるかもしれません。その可能性を考えればむやみやたらと武器を振るう事は許されるべきではないでしょう。ですが、それ以上にこの身を以て守るべきものがあるから剣を振るう。そうでなくてはならないのでは。ましてや姫様なのですから少し考えを改めてほしいと思います」
「確かにその通りだな。お主達はそれを承知している、と?」
「「はい、そうです」」
「初めての狩りで見た猪の最後が忘れられません。首を落とされ血が噴き出て命を散らす。現実に見て思い知りました。姫様の目の前で言う事ではありませんが、盛大に吐きました、耐えきれなくて」


 エゼルバルドが言葉を選びながら話すが、同時にヒルダも同じように思っていたらしく、二人ともがどこか遠くを見つめ、達観した顔になっていた。


「その顔を見ると怖いのじゃ。戻ってくるのじゃぁぁ~~~~~!!」


 その後、馬車の中から人の声と思えない程の叫び声が聞こえ、馬が怖がって立往生をしてしまったとはたどり着いた宿で言える訳も無かった。


 これが噂となり、半年後に都市伝説として流布されるのだが、それはどうでも良い話である。

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