奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第一話 別れた人を探して

 王都に到着した日を含む三日間は王都観光を満喫した。観光名所で興味を引いた場所にはすべて行った(つもりだ)。
 外周の第四の城壁が直径十五キロメートル程あり、その内側すぐを馬車がぐるりと内回り、外回りと走っていて移動が早くて助かっていた。そのシステムが、第三の城壁にもあり、大変驚いた。そして、王城から放射状にも馬車が走っている。


 環状馬車と放射馬車によって王都では一般市民の足が発達していたのだ。


 しかもこの馬車、軌道--簡単に言えばレールの様な物--に沿って走る事になっている。道に溝が彫られて、車輪が溝に沿って走るようになっている。なんとも便利なシステムのなのだろうと。


 観光中は依頼を受ける事もヴルフを探す事もしなかったので、この日から本格的に王都での活動を始めようとワークギルドに来ているのだ。
 王都は広すぎるためワークギルドが四か所、東西南北に分かれて存在する。お互いに融通し合っているので、緊急時にはすべての支部で同じ依頼が流れる事もある。


 足を運んだのはワークギルド(西)。東西南北の支部が同じ作りらしいのだが、大きさ、横の広さだが、他の支部の倍はあるだろう。それに上に伸び、三階まで見える。
 入り口のドアも一枚の板状ではなく、観音開きで出来ており、壁の上部は半円状でドアの上部もそれに沿った作りとなっている。
 入口と出口が違う場所に設けられているため、人が出合い頭にぶつかる心配もない。そのドアにひっきりなしに人が出入りをしているのだ。


 あまりの大きさに口が開いたままになっているのだが、とある一人だけは平然としている。


「入ってみましょうか」


 引率の先生に引き連れられた学生のように、一列になってドアを潜っていく。入ってみれば別天地であった。まず、受付カウンターが四か所あり、何処も列が出来ている。一列、十組位であろうか?テキパキと捌いていく受付担当。男性女性が二人ずつだ。たまに言い合っているが、受付担当が怒りの表情を見せると大人しくなっていくのが面白い。
 他にも素材の買い取りカウンターもあるようだ。ここはそこまで混んでいない。そこまで獣が居ないのか時間が早いかであろう。


 待合室もテーブルと椅子が所せましと並び、座っていない椅子は無いくらいだ。窓辺にはカウンターテーブルが設けられ、一人で来た場合はそこに座っている。
 待合室、カウンターとも奥には上がる階段が見える。カウンター奥の階段は職員専用で間違いないようだ。


 カウンター近くの壁に掲示板がでかでかと作られていたので、覗いてみる事にした。掲示板は八対二に分かれ、八割を仕事の依頼に、二割を探し人依頼となっている。
 探し人と言っても、依頼だけでなく、”〇〇にいますので来てください”、など伝言板としても使われている。使い方としてはカウンターに申し込み、探し人の依頼票を張るだけ。簡単である。


 探し人にはエゼルバルド達の名前は出ていないので、ヴルフは探していないと思われるのだ。王城に行けばいる可能性が強いのでここで情報を集めなくてもいいのだが、手段は多い方が良さそうなので張ることにした。


 カウンターの列に並ぶと十五分位で順番が回ってきた。
 地方では見ない男性の受付担当だ。初老には届いていないだろうが、歳は行ってるだろう。四十後半から五十前半ではないかと。ロマンスグレーの頭髪が渋い。女性からは”おじ様”と慕われそうな印象だ。


「おや、見慣れない方々ですね。ようこそ、ギルドへ。依頼の申し込みですか?」
「いや、探し人の掲示板を使いたいのですが」
「それでしたら、こちらに記載してください。ピンはここから好きな色を」


 十五センチ×二十センチ程の紙と掲示板に張るためのピンをカウンターの上へと取り出す。カウンターに備え付けの羽ペンを使い、紙に書いていく。


”ヴルフ=カーティス殿、ロランの宿で待つ
             スイール=アルフレッド”


 たった一言、待つとだけ。それがいけなかった。
 掲示板に探し人を書いた紙をピンで刺したその日の夜の出来事である。






「お客さ~ん、訪ねて来た人がいるよ~」


 部屋でくつろいでいると宿の女将がドアを叩いて知らせてきた。訪ねて来るとは、昼間に掲示板に書いたあの人だろうと。


「はい、今行きま~す」


 軽く返事をしてから、カウンターのあるロビーに出向くのだが、それらしい人は見えない。女将のほかには屈強な戦士崩れが十数人いる位だ。


「あれ、私達を訪ねて来た人は?」


 ヴルフの顔も知っているし、何より、棒状武器ポールウェポンを所持していればすぐにわかるはずなのだが


「ほれ、そこにいるだろ。
 我こそはヴルフ=カーティスだって全員が言うんだよ」
「はぁ?」


 気の抜ける様な返事で返し、男達に向き直る。ガタイばかりで強そうじゃない。見知った顔は一人も見えない。


「あの、貴方達はなんですか?用がない人は帰ってください」


 全員、知らない顔なのだが、一応、聞いてみた。
 ほんとに、一応である。相手にする人数でもないので、帰って欲しいのだが。


「我がヴルフ=カーティスだ」
「いや、オレがヴルフだ」
「そいつは偽物だ、俺こそヴルフ=カーティスだ」
「あたしこそ、ヴルフよ」


 こんな調子で全員、自分がヴルフだと名乗った。すべて偽物なのがわかり切っているのだが、帰ろうとしない。


「偽物ってわかってますから帰ってください。本物はいませんから」


 だが、しつこく、”オレが本物だ”など帰る気配がない。仕方なしに、エゼルバルドと相談をして追い返す事にした。。


「エゼル悪いけど、こいつら叩きのめしてくれる?」
「まぁ、構わないけど。ヒルダの軽棍ライトメイスを借りてくる。中庭あったかな?この宿」
「あったと思う。借りておくよ」
「中庭の確保をお願いするよ」


 エゼルバルドがヒルダに一言だけ耳打ちをすると部屋へと武器を取りに戻って行く。アイリーンも同じように部屋に戻る。”ウチに関係ないし、寝る”と言い残して。
 スイールは宿の女将に中庭を借りる事を話し、許可を貰う。装飾などを壊したら弁償と言われたが、あいつらが払いますからと軽く返した。


「それじゃ、皆さん。中庭の方へどうぞ」


 むさ苦しい男たちが宿の中を中庭に向かって歩く。見ているだけで暑苦しいのに、それが集団だ。もう七月になるのに、暑苦しい事、この上ない。


 と、中庭に出れば、芝生が一面に生え、運動するにはもってこいの環境だった。かなり大きい宿でなので十五メートル×三十メートル位の広さがあった。この様な事を剣と剣がぶつかり合う様な事態を想定した作りと考えてしまう。


「さて、あなた方が”ヴルフ=カーティスであれば、彼より強いはずです。叩きのめしてください」


 遅れて入ってきたエゼルバルドを指し、叫んだ。偽ヴルフの一団は動揺してざわざわとしていたが、すぐに静かになると一人の偽ヴルフ(A)が出て、


「簡単じゃねぇか。オレがぶっ殺してやるよ」


 お約束の言葉を吐きながらエゼルバルドに向かって剣を抜いた。そのまま走りながら上段からエゼルの頭を割るべく勢いよく振り下ろす。渾身の一撃と呼ぶには力を抜きすぎていた。はじめから舐めていたのだ。そんな剣は当たるはずがない。


 右手に握っていた軽棍を振り上げる。一歩も動く事なく剣をはじき返し、次には偽ヴルフ(A)の鳩尾を左手で捉えていた。あっけない幕切れで一人目が大地へと沈んだ。
 いつものブロードソードは左の腰で休んでいる。抜きもしなかった。
 偽ヴルフ(A)があっという間に倒されたが、動揺はしていない様だ。まだ俺の方が強い、そう思っているだけだったのだが。


 偽ヴルフ(B)が出てきたが、やはり同じように倒された。違いは上段からの剣を軽棍ではじくのではなく、左足を一歩だけ前に出し、剣を振るった手首を掴んで止め、軽棍を鳩尾に叩き込んだ。あっけないが、偽ヴルフ(B)も沈んだ。


 それから、偽ヴルフ(C)から偽ヴルフ(N)まで同じように沈み、偽ヴルフの山が出来上がったのだ。あまりにもあっけないというか、弱すぎる。
 特に最後の偽ヴルフ(N)は、剣を振る前に、足がもつれて転び自分から頭を打ち付けて気絶する始末。砂地などの足場が悪い場所ではないので、それは無いだろうと思うのだが、現実に目にすると人は別の事を考えるのだとわかったのだ。
 それが今日一番の収穫だった。


「人は思いもよらない状況に陥ると違う事を考えるようになるのですね」


 偽者の山を見ながらこれは夢なのじゃないかと頬を抓ってみるが、目の前で起こっている事は事実なのだと言い聞かせる。


「それを現実逃避と呼ぶんじゃないか?」


 なるほど、一つ賢くなったぞ!と。そう思うのは勝手なのだ。


「で、この偽者の山をどうしましょう?」
「紙を置いて部屋に戻ってしまいましょう。邪魔なら宿の人が片づけるでしょう」


 紙に”ごくろうさまでした”と一筆したため、偽物の山の上に乗せておく。夜になり、誰も使わない中庭だから邪魔にはならないであろう。
 カウンターの女将に一言、迷惑をかけた事を詫び、部屋へ戻った。


「あ、そういえば、あの偽物達は何が目的だったんだ?」


 偽物とわかり切っていたので何のために訪ねて来たのかも聞いていない。本来なら理由を説明するのだが、こちらとしても本物と合流できればと思っていたのだ。偽物が沢山あふれているなど知る由もない。


「理由効く前に殴りってしまいましたね。これは失敗失敗」
「それを楽しんでたのは誰ですかね?」
「楽しんでないですよ。呆れてるだけです」
「同じです」


 ヒルダの突っ込みがスイールに炸裂している。
 ”変り者”の一端が徐々に出始めている。旅を始めてからは気にならなかったのだけど。






 その後、中庭の偽物達が目を覚まし、待っていた女将にこっぴどく怒られたようだ。迷惑料として銀貨一枚づつ払わされていたらしい。踏んだり蹴ったりの偽物達。これに懲りて偽物詐欺は止めた方がいいと思うのだが。


 偽物騒ぎが起こり返り討ちにあったとワークギルドで広がったのか、それ以降に偽ヴルフが現れる事は無かった。夜は安心して眠ることが出来るので喜んだのだが。


 肝心のヴルフがいない、それが問題なのだが。
 次の日もワークギルドに足を運んでみる。そこは前の日よりも状況が悪化していた。
 四人でワークギルドへ行ってみるが、こちらを見る目が明らかにおかしい。ジロジロと見られっぱなしだ。特に筋骨隆々の男たちにだ。


「兄ちゃんたち、人探ししてるんだってなぁ?オレがその探し人って訳だ」


 明らかに人違いなのだが、言って聞く訳無いとは思いながらも、


「誰?」


 首を斜めにしながら、エゼルバルドが一言だけ呟いた。ボソッと口から出しただけなのだが耳に届いたようで、顔がピンク色に変わってきた。


「”誰?”じゃねぇ、お前たちが探してる本人だぞ。それでも白を切る気か!!」


 いや、知らない人を知ってるって言ってもメリットもないし、どうしたものかと、もう一度言ってみる。


「だから、誰?」


 ピンク色の顔が赤く、いや、赤黒く変色していく。よく見れば頭から湯気が出ていそうだ。充血しだした目の玉も病気か?と思うくらい、気色悪い。


「”だから、誰?”じゃねぇ、オレこそがヴルフ=カーティスだって言ってんだよ」


 叫びながら左手でエゼルバルドの喉元のシャツを掴む。それに比べてエゼルバルドは冷静だ。何を他人を名乗って赤くなっているのだろうと。そうは思っていないが、とどめの一言を言ってしまう。


「あなた、誰?知らない人がヴルフを名乗らないでくれますか」


 完全に怒った男。逆ギレも甚だしい。赤黒く顔が変色していたが、首や手の先まで同じように赤黒くなってきた。周りからは、


「あぁ~、知らねぇ」
「完全に怒らせちまいやんの」
「あのガキ死んだな」
「夢見悪いぜ、ヒヒヒ」


 外野からは何のかんのと野次らしき言葉が飛ぶ。この男が暴力的だと言葉で言ってるらしいが、今はどうでも良い。それよりも、


「オレが、ヴルフだって言ってんだろぉ!!」


 キレた男が右手で殴り掛かる。当然だが、男の右手はエゼルバルドの顔面を狙う。右ストレートが襲い掛かるが、当然の如く、エゼルバルドには届かない。
 シャツを掴まれたエゼルバルドは少しだけ怒っていた。それもあり、男の右ストレートを左腕で殴り上げる。
 ちょうど、手首と肘の中間あたりに掌底がヒットし、軌道が変わる。頭の上で拳が空を切る。すかさず右掌底を男の腹に撃ち当てる。


 エゼルバルドの勝ちだ。男は腹を抱えたままその場でくの字になり悶えている。口から黄色い泡を吐き出しながら。鳩尾を狙っていないのは過剰な正当防衛と言われないためだが、やり過ぎた気がする。


「く、くそう」


 床を這いずりながら何とか頭を持ち上げ、やり返そうとしている。左腕で体を支え、何とか立ち上がろうとしている。そして、右手で腰にぶら下げている剣に手をやり、抜こうとしたその時、


「えい!!」


 再び男は床に這いつくばるようになった。ヒルダがその男の後ろから飛び乗り、男の後頭部を両足で踏みつけた。
 右腕が剣の柄を握り顔は床にキスをし惨めな姿をさらす。そこからピクリとも動く事はせず、ギルド内も”シーン”と静まりかえる。誰も話さず、動かず、業務すら止まっている。
 やり過ぎたなと内心思っているのだが、仕方ないと、


「今日は日が悪いようですから、改めましょう。さぁ、行きますよ。では皆様、ごきげんよう」


 入ったばかりなのに出口に一直線に向かい、何事も無かったかのようにワークギルドから出ていくのであった。



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