奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第三十二話 王都アールスト【改訂版1】
瞬く星の海を見上げながらアイリーンが温かいお茶を口に運んでいる。
目の前では薪が”パチパチ”と音を鳴らしながら赤い炎を上げている。ヤカンの中ではお湯がポコポコと泡を出している事だろう。
コップの中が空になると茶葉を入れ、再び熱湯を注ぐ。少し経てば甘い柑橘系の香りが漂い、それを鼻から”くーーー”っと吸えば、体の奥から迎えがやってくるようだ。
のんびりとお茶を堪能していると、ざわざわとした感覚が体を貫いた。悪寒が駆け抜けたと表現しても良いだろう。そっとテントに頭を入ると、眠る三人の体を揺らし起こして行く。
「起きて、起きてよ。拙いよ!」
小さな声で話しかける。慣れているとは言え、体が起きるなと悲鳴を上げているのがわかるが、それ以上にまずい状況だとアイリーンが騒ぐ。
「寝てるとこ悪いけど、弓を用意してちょうだい。音はなるべく出さずに」
アイリーンが急かして指示を出す。いまだにテントの中の三人は周りの状況がわかっていないが状況が悪化している事だけは理解できた。
もくもくと弓を組み立る。弦を張ると、モソモソとテントから這い出る。腰に鞄を括り付け最低限の装備を持っていく事は忘れない。
体を低くし、テントの影からかまどの周りに四人が集まる。
「寝てる商人達へ向かっている見たいなの。恐らくだけど荷物を奪おうとする気よ」
星だけ天で瞬き、暗い草原は草が揺れるだけで一見、静かに見える。だが、耳を澄ませば時折、”カサカサ”と草が不規則に揺れる音がかすかに聞こえてくる。獣が這い寄る音ではなく別の音、つまりは人が動く音だ。
「幾つかのグループがいるみたいだけどどうする?」
複数の気配を感じ、かまどを車座で囲みながらアイリーンへと視線を向ける。
「それは問題ないわ。一番近くのグループに攻撃を仕掛けるだけよ。それで終わるわ」
「そうだな、これだけ大勢がいる場所で騒ぎを起こせば、皆起きてくるだろうし」
弓の扱いに長けているアイリーンが遠距離からの攻撃を仕掛けるだけであれば何の問題も無いだろうとスイールは考えた。それに、エゼルバルドとヒルダの二人がアイリーンを護衛するのであれば、アイリーンの安全も確保出来るだろう、と。
「それなら……」
「攻撃はアイリーンにお任せします。エゼルバルドとヒルダも付いて行くようにね。相手の正体も知りたいから、何か情報を持ってきてくださいね」
スイールからの許可が出るとアイリーンは拳を握りしめ、”ヨシッ!”と小さく呟いた。
「この王城に入る為の列を狙ってくるとか、良い気はしませんし、何か悪意を感じますね。王城の兵士もまだ気づいていないようですから、ここは三人で自由に暴れてきてください。ただし……怪我だけはしない様に!」
エゼルバルドとヒルダ、そしれアイリーンの三人はスイールへと視線を向けると、”うん”と一度頷き、その場からゆっくりと離れて行った。
身を低くして街道から離れる様にゆっくりと草原を進む。少し進むとその場に体を伏せ、草原に体を隠す。草に舞い降りた夜露が服を冷たく濡らして行くがそれを気にする余裕は今は無い。
目を凝らせば怪しく動き回る黒い影が、商人が所有する幌馬車に手を掛けて乗り込む場面だった。他にも顔を向ければ別のグループが獲物を物色していたが、そちらはしばらく時間が掛かりそうだった。
「あれから狙うわよ」
「「了解!!」」
幌馬車を狙える位置まで身を低くしたままで近付く。さすがに匍匐前進では時間がかかりすぎると、最低限に立ち上がってである。
そして、弓で狙える位置を取ると三人が横に距離を開ける。
「出てきたところを狙うから、二人はその後に撃ってね」
手で”了解”と合図を返すと弓を横に構え矢を番えるが、まだ弦を引き絞るまではしない。その体勢のまま、幌馬車を見つめていると状況がようやく動いた。
幌馬車本体からは小さな揺れ、つまりは人の出入りがあったわけだが、そこから出てきた者達の手には、何も持っていなかった。あの位の馬車なら大きな箱や品物を持っても良いはずなのだが。
慣れてきた暗闇で目を凝らすと、出て来た者達が合流して一言二言、会話を交わしていた。その絶好の機会をアイリーンが見逃すはずがない。
アイリーンは片膝立ちになって弓を引き絞り、闇の先へと躊躇なく矢を放った。そして、寸分たがわずに黒い影へと吸い込まれるように襲い掛かり、こめかみを一撃で射抜いたのだ。あまりの神業に、見ていて二人もあんぐりと口を開けて見入って仕舞いそうになるが、それが攻撃の合図であると思い出すと、身を起こしてアイリーンに続けと矢を放ち始めた。
とは言え、弓の扱いはそれほど上手くないので明るい場所で体の中心に当てるのが精いっぱいだった。だが、暗闇の中から突如として向かい来る矢を飄々と避けられるはずも無く、運の悪い一人が太腿を貫通されるに留まっただけだった。
もう一射はどうなったかと言うと、他の誰かをかすめただけだった。
アイリーンの一射目に続き、それから二射も浴びせた事が功を奏したのか、残った者達は倒れた二人を残して一目散に逃げだして、あっという間に暗闇へと姿を眩ませて行った。
押し入った者達は、五人一組で商人の幌馬車に入り込み、何かを奪って逃げる手口だったようだ。これだけ人がいれば見張りをしなくても大丈夫だろうと思った商人達の手落ちとみられる。
「それじゃ、犯人の顔でも拝みに行こうか?」
周囲を注意深く見渡し、敵の姿が見られぬと確認し、”スッ”と立ち上がりゆっくりと歩き出す。アイリーンは予備武器であるショートソードの柄を軽く握り、近接戦闘に備える。だが、既にブロードソードを抜き放っているエゼルバルドの姿を見れば、余計な心配だと内心で笑みがこぼれる。
三人は、手がかりとなる、敵の二人に近づいた。
こめかみを打ち抜かれた敵は既にこと切れていたが、もう一人の敵は口から泡を吹き、”ぴくぴく”と痙攣を起こして悶えていた。ただ単に太腿を矢が貫通しただけで、即効性の毒を塗っていたなども無いはずだった。
敵から視線をふっと逸らすと、その近くに小瓶が投げ出されていたのを発見した。注意深く拾い上げ中身に目を凝らしてみるのだが……。
「あ~あ、毒を飲んじゃったわ」
夜目の利くアイリーンが残念がって声を上げた。
紫がかった液体が少量残っていただけだった小瓶を見て、アイリーンが呟きを漏らした。
少し飲んだだけでは毒の効果は薄いが、小瓶の量を飲むと致死量に至る毒、だと。
動けなくなっただけで毒を口にするとは、主人に対する忠義の賜物なのか、所属している組織を知られたくないのか?どちらにしろ、敵の口から語られる事は永遠に無くなってしまったのは残念だった。
起こってしまった事は仕方ないと、死んだ二人に冥福を祈ろうと、目を瞑り手を合わせた。
所持品に目印や手掛かりが無いかと探したが、それらしき物は見つからなかった。だが、一つだけ、懐に刃渡り十五センチほどの短剣を隠していた。目印等は無いのだが、鞘が豪華に飾られていたのだ。
倒した二人が同じ物を所持していた事から、二人以外でも在籍している者全てに配られていると思われる。
「二人とも、これなんだと思う?」
二振りの短剣を見せながらアイリーンが二人に尋ねた。
まるで謎かけの様に。
「綺麗だけど、暗いからどれだけ価値があるか……。でも、盗賊が持つには豪華すぎ?」
「一人一本持っているなんて、お金持ちよね~」
瞬く星の光を浴びてきらきらと輝きを放っているが、それ以上の事は全くわからずじまいだった。だが、ヒルダが口にした何気ない一言が真実を述べているようにアイリーンは感じた。
「やっぱりそう思うよね~」
頭を掻きながら、同じ考えだと二人に告げる。そして……。
「ウチの予想だと、送り主は貴族か豪商ってところかな。参るよね、これだと暗躍する組織がいるって事でしょ。知っていても、なるべく関わらないことにしようね。短剣の処理はエゼルに任せるけど、人のいる場所では出さないでね」
「わかった。念のため、一本はスイールに渡しておくよ」
エゼルバルドは二振りの短剣を受け取ると腰の鞄に大事に仕舞い込んだ。
「鬼が出るか蛇が出るか。そして、王都は魔窟と化しているのか。行くのが楽しみだね」
アイリーンが無邪気に話すが、それよりも大事なことがあると視線を下に向けた。
「この死体、どうしようか……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「「ただいま~」」」
憔悴した表情を見せながらスイールの下へと帰って来た三人が、かまどを囲む。敵の死体を埋めるのが精神的に疲れたのだ。土を掘り返す道具もなく、落ちている木の枝や石ころで何とかやり終えた為だ。
「お疲れ様。大変でしたか?」
三人のコップにお茶を注ぎながら慰労の言葉を掛ける。
「思ったより疲れたよ」
”ズズズ”と熱いお茶をすすりながら淡々と答える。
「アイリーンが一人やっつけて、オレたちがもう一人を動けなくしたんだ。でも一人が毒を飲んだらしく”ピクピク”してたよ。それで、その二人が持っていたのがこの短剣」
そう言うと、スイールに短剣を一本渡した。
鞘から引き抜くと、かまどの炎に錆一つ無い綺麗な刀身が浮かび上がった。刀身の根元から刃の半分程まで装飾が彫られている。豪華な装飾を施されているのだが、何か違和感を感じざるを得なかった。
「柄を外せば銘が掘られてる可能性がありますね。一本預かってもいいですか?
「良いも悪いもそのつもりだったから、持っててよ」
「では、遠慮なく」
スイールはぼろ布を取り出し、ぐるぐる巻きにしてからバックパックのポケットへと仕舞い込んだ。あの手の物は調査しないと気が済まないスイールは、王都で一悶着があるかもしれないと思うエゼルバルドであった。
黒い空が、白い色に染まっていく頃、方々で騒めきや悲痛な声が上がっていく。
「うちの馬車が荒らされてる!!」
「強盗かよ、何て事してくれるんだ!」
「片付けるの誰だと思ってるんだよ」
「人がいるからって見張りを立てなかったのは何でだろう……」
怒りや嘆きの声が聞こえる中、一部は見張りを立てなかった後悔の言葉が聞こえてきた。それらの商人は次回から見張りを立てるだろう。
盗賊などに入られた商人の話が噂として回ってきたが、大きな被害は無かったらしい。
だが、貴金属や宝石類を積んでいた商人はそれを持っていかれたらしいが、お金には一切、手を付けられて無かったらしい。貴金属と同時に金貨の類を相当数積んでいたのにと不思議がっていた。
「お金には興味がなく、貴金属や宝石類にだけ持っていく強盗団。だそうですよ、昨日のは」
かまどの炎を囲みながらスイールの顔が意地悪そうな表情になる。あの表情を出した時は何か掴んだり、見破ったり、心から楽しんでいる表情なのだとエゼルバルドは知っていた。その本人が知らぬ様なので、嫌味の様に釘を刺すことにした。
「スイール、顔に出てるよ」
「え、顔に出てましたか?これは失礼」
「何か掴みかけたんでしょ。変な事に首を突っ込まないでよ」
頬を”ボリボリ”と掻きながら百面相の如く表情を変えて行く。最後にはいつもの真面目そうな顔に戻ったのだが、心配するヒルダが追い打ちを掛けるように辛辣に言葉を吐いた。
「首を突っ込んだり、調査しないでよね」
「はい、肝に銘じます」
スイールなら間違い起こさないだろうが、万が一を考えての事だ。
エゼルバルドにもヒルダにも、強く言われるとスイールは弱い。可愛い子供達に言われてしまってはと、コップのお茶を飲み干すのだった。
空が完全に明るくなり朝食を終える頃、”やっと城門が開いた”と叫び声が聞こえ出した。
エゼルバルド達が入城するまで相当時間が掛かるが、野営の撤収をとそそくさと仕舞い始める。そして、夜露に濡れたフライシートを最後に丸め、バックパックに括り付ける。
「忘れてた、ヒルダこれ」
「ん!」
賊を射るために使った装備品の一つ、携帯長弓をエゼルバルドが渡してきた。分解する事によって長さが半分になる便利な携帯武器だ。
携帯長弓を片付け、バックパックに括り付けが終わると、周りのテントはすべて消え去り、緑の草原が遠くまで続くだけになっていた。
「テントの色って様々だったんだね。綺麗な花が咲いたみたいだった」
テントの群れは赤や青、黄色など、思い思い色が咲き乱れていた。フライシートだけでも替えようよ、とヒルダが提案するが、まだ使えるからそのうちねと言われて終わってしまった。
ダメになったら次は色付きを買う!とヒルダは決意していた。
その後、四時間程して城門にたどり着いた。
「次~!!次だ、早くしろ」
あまりの人の多さに入城チェックしている門番達も”へとへと”で精神的に参っている様だ。動きが悪いと怒り気味な声を出し、顔もしかめっ面をして動作が散漫になりつつある。
「あっ、は~い」
身分証とギルトカードを提示し、あっさりと城門から街の中へと入る。振り返って城門の外へと視線を動かせば、まだまだ延々と続く人の列に、門番が滅入るのもわかる気がする。昨日のうちに開いていれば、ここまで苦労する事は無かったのではないか、と。
「ヨシ、いいぞ。次、次だ。早くしろ」
やっぱり門番は大変だった。
「どうですか、王都は?」
四月にブールを出発し、当初の目的地である王都アールストに到着したのだ。大きさもけた違いにびっくりしているだろう、と。
「う~ん……。まだ実感がないかな?」
「ただ大きいだけ、建物が多い、そんな感じよね?」
残念な感想を言われてしまったが、こんなもんでしょうかと頭を切り替える。
「そうですね、今は……ですね。王城の周りに行けばもっと違うとわかるでしょう。また、高い所から見ればもっとわかる事もあるでしょう。王都観光をじっくり楽しむのも良いすよ」
「それよりも疲れた~、宿取ろうよ~。海行きたい~」
アイリーンが子供の様に駄々をこね始める。疲れてはいないはずだが、足止めをされたのがストレスとなったのだろう。
「宿はサイウンで泊まった宿の本店に行ってみましょう。少し値引してくれるみたいですよ。それと、海はまだ入れません。まだまだ先ですよ」
サイウンで泊まったロランのお店で帰り際に”王都に行くなら本店をよろしく”と割引チケットを貰っていたのだ。若干とは言え、割引はうれしいし、サイウンで泊まった時に宿も綺麗でスイールが気に入っていたのだ。
それに、海はまだ入ることは出来ない。
入ることが出来るのは水温が上がり始める七月中旬からだ。この時はまだ七月にもなっておらず、駄々をこねているアイリーンをなだめるし出来なかった。
「ヴルフも探さなくてはいけませんし、観光もしないといけません。やることはいっぱいあります。さぁ、王都を楽しみますよ」
まずは宿を確保するべく、王都の中へと軽やかに足を進めるのであった。
目の前では薪が”パチパチ”と音を鳴らしながら赤い炎を上げている。ヤカンの中ではお湯がポコポコと泡を出している事だろう。
コップの中が空になると茶葉を入れ、再び熱湯を注ぐ。少し経てば甘い柑橘系の香りが漂い、それを鼻から”くーーー”っと吸えば、体の奥から迎えがやってくるようだ。
のんびりとお茶を堪能していると、ざわざわとした感覚が体を貫いた。悪寒が駆け抜けたと表現しても良いだろう。そっとテントに頭を入ると、眠る三人の体を揺らし起こして行く。
「起きて、起きてよ。拙いよ!」
小さな声で話しかける。慣れているとは言え、体が起きるなと悲鳴を上げているのがわかるが、それ以上にまずい状況だとアイリーンが騒ぐ。
「寝てるとこ悪いけど、弓を用意してちょうだい。音はなるべく出さずに」
アイリーンが急かして指示を出す。いまだにテントの中の三人は周りの状況がわかっていないが状況が悪化している事だけは理解できた。
もくもくと弓を組み立る。弦を張ると、モソモソとテントから這い出る。腰に鞄を括り付け最低限の装備を持っていく事は忘れない。
体を低くし、テントの影からかまどの周りに四人が集まる。
「寝てる商人達へ向かっている見たいなの。恐らくだけど荷物を奪おうとする気よ」
星だけ天で瞬き、暗い草原は草が揺れるだけで一見、静かに見える。だが、耳を澄ませば時折、”カサカサ”と草が不規則に揺れる音がかすかに聞こえてくる。獣が這い寄る音ではなく別の音、つまりは人が動く音だ。
「幾つかのグループがいるみたいだけどどうする?」
複数の気配を感じ、かまどを車座で囲みながらアイリーンへと視線を向ける。
「それは問題ないわ。一番近くのグループに攻撃を仕掛けるだけよ。それで終わるわ」
「そうだな、これだけ大勢がいる場所で騒ぎを起こせば、皆起きてくるだろうし」
弓の扱いに長けているアイリーンが遠距離からの攻撃を仕掛けるだけであれば何の問題も無いだろうとスイールは考えた。それに、エゼルバルドとヒルダの二人がアイリーンを護衛するのであれば、アイリーンの安全も確保出来るだろう、と。
「それなら……」
「攻撃はアイリーンにお任せします。エゼルバルドとヒルダも付いて行くようにね。相手の正体も知りたいから、何か情報を持ってきてくださいね」
スイールからの許可が出るとアイリーンは拳を握りしめ、”ヨシッ!”と小さく呟いた。
「この王城に入る為の列を狙ってくるとか、良い気はしませんし、何か悪意を感じますね。王城の兵士もまだ気づいていないようですから、ここは三人で自由に暴れてきてください。ただし……怪我だけはしない様に!」
エゼルバルドとヒルダ、そしれアイリーンの三人はスイールへと視線を向けると、”うん”と一度頷き、その場からゆっくりと離れて行った。
身を低くして街道から離れる様にゆっくりと草原を進む。少し進むとその場に体を伏せ、草原に体を隠す。草に舞い降りた夜露が服を冷たく濡らして行くがそれを気にする余裕は今は無い。
目を凝らせば怪しく動き回る黒い影が、商人が所有する幌馬車に手を掛けて乗り込む場面だった。他にも顔を向ければ別のグループが獲物を物色していたが、そちらはしばらく時間が掛かりそうだった。
「あれから狙うわよ」
「「了解!!」」
幌馬車を狙える位置まで身を低くしたままで近付く。さすがに匍匐前進では時間がかかりすぎると、最低限に立ち上がってである。
そして、弓で狙える位置を取ると三人が横に距離を開ける。
「出てきたところを狙うから、二人はその後に撃ってね」
手で”了解”と合図を返すと弓を横に構え矢を番えるが、まだ弦を引き絞るまではしない。その体勢のまま、幌馬車を見つめていると状況がようやく動いた。
幌馬車本体からは小さな揺れ、つまりは人の出入りがあったわけだが、そこから出てきた者達の手には、何も持っていなかった。あの位の馬車なら大きな箱や品物を持っても良いはずなのだが。
慣れてきた暗闇で目を凝らすと、出て来た者達が合流して一言二言、会話を交わしていた。その絶好の機会をアイリーンが見逃すはずがない。
アイリーンは片膝立ちになって弓を引き絞り、闇の先へと躊躇なく矢を放った。そして、寸分たがわずに黒い影へと吸い込まれるように襲い掛かり、こめかみを一撃で射抜いたのだ。あまりの神業に、見ていて二人もあんぐりと口を開けて見入って仕舞いそうになるが、それが攻撃の合図であると思い出すと、身を起こしてアイリーンに続けと矢を放ち始めた。
とは言え、弓の扱いはそれほど上手くないので明るい場所で体の中心に当てるのが精いっぱいだった。だが、暗闇の中から突如として向かい来る矢を飄々と避けられるはずも無く、運の悪い一人が太腿を貫通されるに留まっただけだった。
もう一射はどうなったかと言うと、他の誰かをかすめただけだった。
アイリーンの一射目に続き、それから二射も浴びせた事が功を奏したのか、残った者達は倒れた二人を残して一目散に逃げだして、あっという間に暗闇へと姿を眩ませて行った。
押し入った者達は、五人一組で商人の幌馬車に入り込み、何かを奪って逃げる手口だったようだ。これだけ人がいれば見張りをしなくても大丈夫だろうと思った商人達の手落ちとみられる。
「それじゃ、犯人の顔でも拝みに行こうか?」
周囲を注意深く見渡し、敵の姿が見られぬと確認し、”スッ”と立ち上がりゆっくりと歩き出す。アイリーンは予備武器であるショートソードの柄を軽く握り、近接戦闘に備える。だが、既にブロードソードを抜き放っているエゼルバルドの姿を見れば、余計な心配だと内心で笑みがこぼれる。
三人は、手がかりとなる、敵の二人に近づいた。
こめかみを打ち抜かれた敵は既にこと切れていたが、もう一人の敵は口から泡を吹き、”ぴくぴく”と痙攣を起こして悶えていた。ただ単に太腿を矢が貫通しただけで、即効性の毒を塗っていたなども無いはずだった。
敵から視線をふっと逸らすと、その近くに小瓶が投げ出されていたのを発見した。注意深く拾い上げ中身に目を凝らしてみるのだが……。
「あ~あ、毒を飲んじゃったわ」
夜目の利くアイリーンが残念がって声を上げた。
紫がかった液体が少量残っていただけだった小瓶を見て、アイリーンが呟きを漏らした。
少し飲んだだけでは毒の効果は薄いが、小瓶の量を飲むと致死量に至る毒、だと。
動けなくなっただけで毒を口にするとは、主人に対する忠義の賜物なのか、所属している組織を知られたくないのか?どちらにしろ、敵の口から語られる事は永遠に無くなってしまったのは残念だった。
起こってしまった事は仕方ないと、死んだ二人に冥福を祈ろうと、目を瞑り手を合わせた。
所持品に目印や手掛かりが無いかと探したが、それらしき物は見つからなかった。だが、一つだけ、懐に刃渡り十五センチほどの短剣を隠していた。目印等は無いのだが、鞘が豪華に飾られていたのだ。
倒した二人が同じ物を所持していた事から、二人以外でも在籍している者全てに配られていると思われる。
「二人とも、これなんだと思う?」
二振りの短剣を見せながらアイリーンが二人に尋ねた。
まるで謎かけの様に。
「綺麗だけど、暗いからどれだけ価値があるか……。でも、盗賊が持つには豪華すぎ?」
「一人一本持っているなんて、お金持ちよね~」
瞬く星の光を浴びてきらきらと輝きを放っているが、それ以上の事は全くわからずじまいだった。だが、ヒルダが口にした何気ない一言が真実を述べているようにアイリーンは感じた。
「やっぱりそう思うよね~」
頭を掻きながら、同じ考えだと二人に告げる。そして……。
「ウチの予想だと、送り主は貴族か豪商ってところかな。参るよね、これだと暗躍する組織がいるって事でしょ。知っていても、なるべく関わらないことにしようね。短剣の処理はエゼルに任せるけど、人のいる場所では出さないでね」
「わかった。念のため、一本はスイールに渡しておくよ」
エゼルバルドは二振りの短剣を受け取ると腰の鞄に大事に仕舞い込んだ。
「鬼が出るか蛇が出るか。そして、王都は魔窟と化しているのか。行くのが楽しみだね」
アイリーンが無邪気に話すが、それよりも大事なことがあると視線を下に向けた。
「この死体、どうしようか……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「「ただいま~」」」
憔悴した表情を見せながらスイールの下へと帰って来た三人が、かまどを囲む。敵の死体を埋めるのが精神的に疲れたのだ。土を掘り返す道具もなく、落ちている木の枝や石ころで何とかやり終えた為だ。
「お疲れ様。大変でしたか?」
三人のコップにお茶を注ぎながら慰労の言葉を掛ける。
「思ったより疲れたよ」
”ズズズ”と熱いお茶をすすりながら淡々と答える。
「アイリーンが一人やっつけて、オレたちがもう一人を動けなくしたんだ。でも一人が毒を飲んだらしく”ピクピク”してたよ。それで、その二人が持っていたのがこの短剣」
そう言うと、スイールに短剣を一本渡した。
鞘から引き抜くと、かまどの炎に錆一つ無い綺麗な刀身が浮かび上がった。刀身の根元から刃の半分程まで装飾が彫られている。豪華な装飾を施されているのだが、何か違和感を感じざるを得なかった。
「柄を外せば銘が掘られてる可能性がありますね。一本預かってもいいですか?
「良いも悪いもそのつもりだったから、持っててよ」
「では、遠慮なく」
スイールはぼろ布を取り出し、ぐるぐる巻きにしてからバックパックのポケットへと仕舞い込んだ。あの手の物は調査しないと気が済まないスイールは、王都で一悶着があるかもしれないと思うエゼルバルドであった。
黒い空が、白い色に染まっていく頃、方々で騒めきや悲痛な声が上がっていく。
「うちの馬車が荒らされてる!!」
「強盗かよ、何て事してくれるんだ!」
「片付けるの誰だと思ってるんだよ」
「人がいるからって見張りを立てなかったのは何でだろう……」
怒りや嘆きの声が聞こえる中、一部は見張りを立てなかった後悔の言葉が聞こえてきた。それらの商人は次回から見張りを立てるだろう。
盗賊などに入られた商人の話が噂として回ってきたが、大きな被害は無かったらしい。
だが、貴金属や宝石類を積んでいた商人はそれを持っていかれたらしいが、お金には一切、手を付けられて無かったらしい。貴金属と同時に金貨の類を相当数積んでいたのにと不思議がっていた。
「お金には興味がなく、貴金属や宝石類にだけ持っていく強盗団。だそうですよ、昨日のは」
かまどの炎を囲みながらスイールの顔が意地悪そうな表情になる。あの表情を出した時は何か掴んだり、見破ったり、心から楽しんでいる表情なのだとエゼルバルドは知っていた。その本人が知らぬ様なので、嫌味の様に釘を刺すことにした。
「スイール、顔に出てるよ」
「え、顔に出てましたか?これは失礼」
「何か掴みかけたんでしょ。変な事に首を突っ込まないでよ」
頬を”ボリボリ”と掻きながら百面相の如く表情を変えて行く。最後にはいつもの真面目そうな顔に戻ったのだが、心配するヒルダが追い打ちを掛けるように辛辣に言葉を吐いた。
「首を突っ込んだり、調査しないでよね」
「はい、肝に銘じます」
スイールなら間違い起こさないだろうが、万が一を考えての事だ。
エゼルバルドにもヒルダにも、強く言われるとスイールは弱い。可愛い子供達に言われてしまってはと、コップのお茶を飲み干すのだった。
空が完全に明るくなり朝食を終える頃、”やっと城門が開いた”と叫び声が聞こえ出した。
エゼルバルド達が入城するまで相当時間が掛かるが、野営の撤収をとそそくさと仕舞い始める。そして、夜露に濡れたフライシートを最後に丸め、バックパックに括り付ける。
「忘れてた、ヒルダこれ」
「ん!」
賊を射るために使った装備品の一つ、携帯長弓をエゼルバルドが渡してきた。分解する事によって長さが半分になる便利な携帯武器だ。
携帯長弓を片付け、バックパックに括り付けが終わると、周りのテントはすべて消え去り、緑の草原が遠くまで続くだけになっていた。
「テントの色って様々だったんだね。綺麗な花が咲いたみたいだった」
テントの群れは赤や青、黄色など、思い思い色が咲き乱れていた。フライシートだけでも替えようよ、とヒルダが提案するが、まだ使えるからそのうちねと言われて終わってしまった。
ダメになったら次は色付きを買う!とヒルダは決意していた。
その後、四時間程して城門にたどり着いた。
「次~!!次だ、早くしろ」
あまりの人の多さに入城チェックしている門番達も”へとへと”で精神的に参っている様だ。動きが悪いと怒り気味な声を出し、顔もしかめっ面をして動作が散漫になりつつある。
「あっ、は~い」
身分証とギルトカードを提示し、あっさりと城門から街の中へと入る。振り返って城門の外へと視線を動かせば、まだまだ延々と続く人の列に、門番が滅入るのもわかる気がする。昨日のうちに開いていれば、ここまで苦労する事は無かったのではないか、と。
「ヨシ、いいぞ。次、次だ。早くしろ」
やっぱり門番は大変だった。
「どうですか、王都は?」
四月にブールを出発し、当初の目的地である王都アールストに到着したのだ。大きさもけた違いにびっくりしているだろう、と。
「う~ん……。まだ実感がないかな?」
「ただ大きいだけ、建物が多い、そんな感じよね?」
残念な感想を言われてしまったが、こんなもんでしょうかと頭を切り替える。
「そうですね、今は……ですね。王城の周りに行けばもっと違うとわかるでしょう。また、高い所から見ればもっとわかる事もあるでしょう。王都観光をじっくり楽しむのも良いすよ」
「それよりも疲れた~、宿取ろうよ~。海行きたい~」
アイリーンが子供の様に駄々をこね始める。疲れてはいないはずだが、足止めをされたのがストレスとなったのだろう。
「宿はサイウンで泊まった宿の本店に行ってみましょう。少し値引してくれるみたいですよ。それと、海はまだ入れません。まだまだ先ですよ」
サイウンで泊まったロランのお店で帰り際に”王都に行くなら本店をよろしく”と割引チケットを貰っていたのだ。若干とは言え、割引はうれしいし、サイウンで泊まった時に宿も綺麗でスイールが気に入っていたのだ。
それに、海はまだ入ることは出来ない。
入ることが出来るのは水温が上がり始める七月中旬からだ。この時はまだ七月にもなっておらず、駄々をこねているアイリーンをなだめるし出来なかった。
「ヴルフも探さなくてはいけませんし、観光もしないといけません。やることはいっぱいあります。さぁ、王都を楽しみますよ」
まずは宿を確保するべく、王都の中へと軽やかに足を進めるのであった。
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