奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十九話 街道の馬車の事故【改訂版1】

 夜が明けて間もなくの時間、宿に併設された酒場に二つのパーティーが二つのテーブルで朝食を取っている。旅人達は朝から”モリモリ”と食べなければ一日持たぬと、それを思ってなのか、恐ろしい量の食事を目の前にしていた。
 味よりも量を地で行く職業とでも言った所であろう。

 平坦路であれば一日平均、四十キロ程歩む事が出来る。だが、天候やトラブルを考慮すればもっと少ない距離になろう。
 手っ取り早く乗り合い馬車を使えば、もっと距離を稼ぐことが出来るが、一般的な移動手段とされる徒歩だとその程度なのだ

 スイール達は次の街に向けて、アルギス達はベルヘンへ戻るため、朝から力を補給していた。

 スイール達は街道の側を流れる河の名前と同じ名前の付いた【ベリル市】へと向かう。
 移動距離は約二百キロ程で徒歩移動では五日が最短だが、トラブルを考慮すると六日か七日かかると見ている。

「あなた達は大丈夫ですか?依頼を受けたと聞きましたが?」

 余計なお世話と言われるかもしれないが、スイールはアルギス達を心配していた。初々しい事もあるのだが、エゼルバルド達が初めてワークギルドでのお使いを受けた時と重ねて見ていたのだ。
 赤の他人とは言え、一度関りを持ってしまったからには無事にやり遂げて欲しいと願うばかりであった。

「何とかやってみます。いろいろと教えて頂きましたからね」

 リーダー格のアルギスはお礼を兼ねて返事をした。
 昨日までの”びくびく”した態度からは想像がつかない程、自信にあふれていた。
 だが、初めての依頼を受けただけで、そのように感じさせるのはどうなのかと思うのだ。

「あんまり無理しない様に。私たちはそろそろ出ましょうか」

 食事が終わった事を確認して、声をかける。
 これもいつもの風景となったなと思う。

「僕達もまもなく出発します。いろいろと、ありがとうございました。旅の無事をお祈りしています」
「うん、君達も無事に済むように気を付けてね」

 例示正しくなった少年達と別れるのは名残惜しいが、これも旅の醍醐味だとしみじみと感じるのであった。
 そして、エゼルバルドからは、”基礎は教えたから、後は自分達で頑張れ”と応援されていたのがほのぼのとさせてくれるのだった。



 街の中は温かくなり、人が出始める時間帯で様々な露店が開き始める。
 宿で朝食を食べたばかりなのに、朝食用にと漂う匂いに魅了されて思わず足を止めていた。少しくらいならと誘惑に負けて財布を出そうとするアイリーンの襟元を引っ張り、屋台から引き離すのは同じ女性のヒルダであった。

「はいはい!食べたばかりで、屋台に寄らない」
「えぇ~、いいじゃん。まだ食べたりないよ~」
「また、太って動きが遅くなりますよ」
って何よ。ウチがいつ太った?」
「この前まで、太ってましたよね。それとも剣術の訓練でもしましょうか?」

 アイリーンはヒルダと組んで練習するを嫌がる。
 それは、一度組んだ時に、体力の限りヒルダが動き回り、後半に付いていけなくなり、バタンと倒れて気を失ってしまった事があったのだ。
 ヒルダもエゼルバルドも体力が有り余っているので、二人の中に混ざって訓練など二度と御免だと口に出していた。

「あんた、ウチに手加減せぇやん。途中でへばっても容赦ないし。どんだけの体力やねん」

 言葉の中に訛りが入り込むと、途端におばちゃん臭くなるのがアイリーンの短所なのだ。それだけ言えれば仲が良くなった証拠だと、スイールは微笑ましく思えた。

「もっと動きなさいよ。遠くから弓で狙ってるだけじゃなく、腰に差した剣を使いなさいよ。宝の持ち腐れじゃない」
「いいの、ウチは弓引いて腕力付けるから!!」

 ”ぷんぷん”と頬を膨らませて怒っているが、見ていて可愛くないのが残念だった。元は綺麗なのだが、子供らしい顔は似合っていない。
 身長もヒルダと同じくらいで、子供っぽい服装が好みなのも影響しているのだろう。いい加減に肩を露出する服装など止めればいいのに、とスイールはいつも思っていた。

 そして、ヒルダとアイリーンの仲が良い所を見せつけながら歩き続けると、すぐに城門へと到着した。

「街を出ますので手続きをお願いします」

 手続きと言っても、いつもと同じように身分証とギルドカードを出すだけで、簡単に済むのでありがたい。
 それでも、極希に偽造した身分証や偽物をつかまされたギルドカードなどで捕まる者もいるらしい。



 サイウンの街を出て、街道を歩きながら、スイールはトルニア王国の地図を出した。
 トルニア王国では旅人のため、街道を示した地図を販売している。王族公認の地図のみで、それ以外の王国内地図の販売は禁止されている。
 地図は基本的に軍事機密に分類されるため、街の場所と道が記されているだけのシンプルな物だ。
 それに、街と言っても軍事的に機密に分類される場所については記されず、秘匿さるのも特徴だ。ベルヘン近くの前衛砦がその例に当たり、街道から見えるにもかかわらず、地図には一切の記載を認められていない。

 もし、違法な地図を作成、販売して捕まれば、裁判を待たずに極刑が加えられるほどの厳しい沙汰が待っている。
 まぁ、街の場所と道が記されているだけでも相当な情報と思うのだが。

 そして、地図を見ながら”ぼそっ”と呟く。

「次はベリル市か……距離にして六日位かな?その次は念願の王都だ」

 地図上にある川沿いの街道をベルリ市までなぞり、到着までの日数を計算していた。また歩くかと思うのだが、スイールはどこか嬉しそうにしていた。

「ベリル河の名前の元になった都市らしいけど、河と都市のどちらが先に名前を付けていたかは謎とされている、とか」

 トルニア王国、七不思議の一つとされていると、余計な知識が増えていくが、エゼルバルド達はスイールの言葉をさらっと聞き流す事にした。覚えていても何処で役に立つか不明だからだ。

「確か、王都に供給する衣服を作っている、いや、トルニア王国全域に衣服や織物を供給しているのがベリル市だ。絹や布など、それらの一大生産都市でもあるね。そのおかげか王都よりも安く手に入れやすく、防水などの加工技術も国内随一であるけど、今は必要ないか……」

 反物や衣服が安く買えるのは良いなと思っていると、女性陣が、と言うよりもアイリーンがそれを耳にした途端に気分が高揚し騒ぎ始めた。

「もうすぐ夏じゃない!王都って海が近いのよね?海と言ったらリゾート!リゾートと言ったら海!海と言ったら海水浴!海水浴と言ったら、水着なのよ!!」

 高揚したアイリーンの騒ぎは止まらない。その発言も、海から始まってすぐに海に戻る程に海が恋しいらしいが、天下の往来ではあるが別の旅人は近くに見えぬとスイールとエゼルバルドは黙っておこうと思った。

「海水浴は経験が無いわねぇ。水着も持ってないし~」

 ヒルダはそう言われてもと、拗ねながら返した。エゼルバルドとヒルダが住んでいたブールの街は近くに大河が流れていて夏になると水辺で遊ぶ事もあった。子供達用にと河の水を引く場所も作られ、水泳も当然ながら教わったりしていた。
 だが、ここ最近は泳ぐことも無く、当然水着も持ち合わせていない。

「何言ってんのよ。服が安く買えるのなら、水着だって安くなってるわよ。ウチと一緒に見て回るでしょ。その為のベルリ市よ!!ヒルダはイイ体してるんだから、何でも似合うわよ。まぁ、私には適わないだろうけどね~」

 そう言うと、胸に手をやり、横から、下からと”ぐにゅぐにゅ”と胸を寄せて上げて、イヤらしい手つきを見せていた。ヒルダは、確かに大きいけどそれが何の役に立つのかと辛辣な言葉をアイリーンに向けるのだった。

「肩がこるから、そんな大きいのは必要ないわ。ほどほどでいいわよ」

 子供が出来た時にあればいいだけ、といつも思っているヒルダは、アイリーンと考えが逆で、大きくならない方が良いと常々思っているのだ。
 大きな胸など邪魔になるだけど言われたアイリーンは、自慢の胸を同性に邪険にされ胸を握ったまま茫然自失となっていた。
 その不毛な言い争いを見ていたエゼルバルドは、滑稽だと笑みを浮かべていた。

「胸の大きさはそれ位にして、ベリル市に着いたら時間を取っても良いから二人で見てくるといい、邪魔はしないから。私もエゼルも水着位、持っていても邪魔にならないから用意しようか」

 ヒルダとアイリーンの会話が一段落ついたと見たスイールは、次の街での行動を提案してきた。彼自身も季節柄、海のリゾートで満喫するのも良いと考えていたのだ。
 王都への到着が七月になるとすれば、暑い時期に何日か海を満喫するのも一つのアイデアであると。

 意気消沈していたアイリーンだったが、スイールから喜ばしい提案を聞き、急に元気を取り戻した。

「そう言えば、ヴルフはどうしたんやろう?王都に着いて暇しているのか?それとも、昔取った杵柄で騎士を鍛えているとか?あ、逆か、鍛えなおされてるの間違いか」

 ニヤケた表情を作ると共に、ヴルフに対する嫌味を発した。本人は犬猿の仲と思っていたらしく、悪びれた様子も見えなかった。

「ヴルフはヴルフで上手くやってますよ。そんなに笑わないで上げて下さい」

 現に王都では、暇を持て余していたヴルフが、カルロ将軍の頼み事として、騎士に混ざって訓練を受けていた。エゼルバルドやヒルダと体力がなくなるまで剣を合わせていたからか、現役時よりも体力が大幅に増え、騎士を”メタメタ”になるまで打ち負かしていたのだ。

 ベリル市へ向かう街道は、王都へ近くなるのか徐々に治安が良くなって、出没する獣の数も目に見えて減って来ている。その為か、街道沿い全てが作物の畑になり、その中に集落が点在している。集落と言っても家が建っているだけでなく、数件がまとまり塀で囲まれた小さな村と言っても過言ではないようだ。経済活動、主に商品を扱う店が無いのでその点は村であるとは言えない。

 それでも広大な土地を穀物や野菜類を栽培し、さらに牛馬を飼育しているので働き手もそれなりに多い。トルニア王国に奴隷制度は無いので人を雇い、賃金を支払っている。
 買い物は近くの街まで行かねばならぬのだが、徒歩で数日かかるので農閑期以外は出かける事は滅多に無く、時折回ってくる行商人に頼に売買するのが一般的だ。

 そして、時期は六月上旬。畑の作物が順調に育ってきている時期であり、青々とした作物が旅人の目を楽しませている。



 順調な街道を旅していても、多少なりとも事故やいざこざは起きるものだ。
 アスファルトで舗装された現代の道路事情と異なり、地面からの突き上げで馬車の車輪が壊れたり、突然の凹凸で馬が怪我をする事もしばしばある。また、すれ違いざまに馬車がぶつかり、交通事故も起こるのだ。
 そんな行き交う馬車が増えつつある光景も、王都に近づいた証拠であろう。

 だが、車輪が壊れる事は想定していても、車軸が折れる事は想定すらしていないだろう。どれだけ馬車を走らせたら車軸を交換せよと経験上から決められていて交換したとしてもだ。
 車輪は予備を積んでいる馬車も多いのだが、車軸はどうしようもないらしい。そうなった馬車を素通りするのも心苦しいのだが、何も出来ないのでどうしようもないのだ。



 その馬車事故の中でも横倒しになった事故は目にする事は滅多に無いだろう。幌馬車なら人が投げ出され荷物が散乱してしまい、片付や人の治療だけでも一苦労なのだ。それでは、箱馬車ではどうかと言えば、頑丈な車体から人々が投げ出される事は少ないだろう。
 とは言っても、横倒しになるのだ。現代の車の様にシートベルトがある訳でも無く、車内で人があちこちをぶつけ、最悪は投げ出されるだろう。

 エゼルバルド達が遭遇したのは、そんな箱馬車が横倒しになった早々の現場であった。スイール達を三十分ほど前に追い抜いて行った、定期運航の箱馬車だった。
 その利用目的のために荷物は少なく、数人が乗車していただけであった。

「お~い、旅の方~!馬車を起こすのを手伝ってくれんか~」

 御者が道を向かい来るスイール達に向け、大声をあげながら両手を振っている姿が見えた。放り出されて怪我をしたと見られ、額の端から血が流れた跡が見えたが、額に包帯が巻かれすでに処置を施された後だった。血が流れた跡を見れば痛々しく思い、よく無事であったと安堵する。
 馬車を起こすよりも御者を先に治療すべきと思うが、これだけ動ければ自らは後回しにして、お客様第一としたのだろう。

 そして、馬車に近づいてみれば、見事に横倒しになっていて、御者が無事なのが奇跡的と思えてくる。
 幸いなことに車輪や車軸が破壊されておらず、馬車馬が平気であれば、そのまま走れそうだった。それでも、目的地に到着したら車輪と車軸の点検は行うべきであろう。

 乗客はすでに街道の傍らの草地にシートが敷かれ、体を休めていた。
 その中の一人に、エゼルバルドとヒルダが見覚えのあるような顔をした女性がいたが、何処で出会ったのか思い出せずにいた。その悲しげな表情が印象的であり、それが二人の記憶違いを起こしていたとして、記憶に留める程度にした。

「ええっと……、起こすお手伝いだけで大丈夫ですか?人数は足りますか?」

 乗客以外がどうなっているかを気にするが、馬は平気な顔して草を”むしゃむしゃ”と食べている位だから大丈夫そうだった。だが、馬車の重量はかなりあり、四人が手を貸しただけではとても起こせそうになかった。

「手伝いだけでいいんだけど、四人じゃ厳しいか。もう何人か通らんかな……と言ってみれば向こうから馬車が来るな。頼んでみるか」

 御者はベリル市方面から来る馬車に手を振り、緊急事態だと知らせる。同じ定期運行路線の馬車と御者なのだろう。それを見て即座に止まり、手伝ってくれることになった。その中に三人の男性客が乗っていて、その三人も手伝うことになり、合計九人で馬車を引き起こすことになった。

「ありがたいことじゃ。車体にロープを付けるからお前さん方引っ張ってくれ。旅人さんは馬車をオラと一緒に押してくれるかい?」

 ベリル市方面からの助っ人はロープを引く方に、スイール達と御者は車体を押す方へと役割が決まると、御者の掛け声と共に一斉に車体が起き始めた。

「行くぞーーー!!」
「せーの!」
「せーの!」
「せーの!」
「もういっちょーー!!」
「うりゃーーー!」

 威勢の良い掛け声と共に徐々に持ち上がった馬車がドシンと正常な位置へと戻ることが出来た。皆が歓声を上げ、握手をしたり手を叩き合ったりして喜んでいる。一番喜んでいるのは倒れた馬車の御者であることは間違いない。

 それから車体回り、車輪、下回り、馬車馬との接続器具等、一通り無事な事、--多少の破損はあったのだが--、を確認して行く。その後、御者台の物入れ、いや、隠し小物入れと言った所から小さなケースを取り出してスイール達と手伝った乗客に硬貨を渡し始めた。

「いや~、助かりました。皆様、少ないですがお礼です」

 むき出しのままの銀貨を一枚づつ配って歩いた。その銀貨はトラブルで手伝ってくれた行きずりの人に渡す為に持たされていると説明していた。トルニア王国では定期運行路線の馬車は国家が運営しているのでその位は出来ないと困るところだろう。

「それにしてもなぜ倒れたのでしょう?」
「馬の前を何かが横切って、驚いて道を外れてしまったんだ。馬につけてある金具が外れたので馬に怪我が無くてよかったけどよ」
「ほうほう、なるほどね」

 スイールは横倒しになった原因を聞き頷いていた。
 無事に馬車が動き出し、その姿を見送るとスイール達は再び足を進め始める。
 そして、王都へと続く街道で、最後の中継都市であるベリル市へと到着するのであった。

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