奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第二十話 蜥蜴人《リザードマン》【改訂版1】

 東の空がうっすらと白み始め、日差しが雲間から伸びて顔に差し込み、その眩しさで目を覚ました。
 また新しい朝が、一日が始まった、普段と違う朝が。
 目と鼻の先には川のせせらぎが見え、四方を囲っている床が、壁が、天井が、その全てが造られてから何年、いや、何千年経っているかすらわからない程古い。

 ただ、一つだけ言えるのは、石から受ける痛みが少しだけ心地いい、と。
 そう、朽ち果て始め、忘れ去られようとしていた壊れかけの迷宮で寝ていたのだ。

「やぁ、おはよう」

 明け方の見張りにで起きていたスイールが、目を覚ましたエゼルバルドに声を掛けた。
 その声を目覚まし代わりに、ヴルフとヒルダも目を覚ましたようだ。

「おはよう」
「「おはよう」」

 毛布を弾き飛ばしテントから這い出て、ロープと鍋を使って河から水をくみ上げ顔を洗う。まだ冷たさの残る河の水は気持ちが良く、”シャキッ!”と目を覚まさしてくれる。そして、いつもの朝と同様に朝食を作りながら、テントと毛布を片し始める。
 朝食はいつもの様にパンとスープだ。溶き入れられた卵入りのスープを見て、豪華だと呟く。さらに薄くカットされた硬いパンも火に炙られ柔らかく、さらに香ばしくなっている。

「ねぇねぇ、今日はどうするの?」

 ヒルダは朝食に集中しているヴルフに何処に行くのかと尋ねてみた。昨日、通ったルートであれば一度、地上に戻らなければならないだろう。だが、でわざわざこんな場所で野営をしたのだ、何か理由があるのだろうとわかっているが、予想が付かなかった。

「なに、簡単だ。この水の上を通って探索するんだ。ここから入った形跡はないからはつかもしれんぞ」

 三人が、”何を言っているのか”と詰め寄る。まだ山から流れ出る水は冷たく、入ったら凍えて死んでしまうかもしれない。それに、泳ぐためには水着も何も持っていないとヒルダは怒るのだが……。

「そうじゃない、説明を最後まで聞かんかい。いいか、ここから身を乗り出して見ると向こうに木が生えているだろ、そこにロープを掛けて渡るんだ。その為に太いロープを用意したんだ」

 まだ話の途中だとヴルフが反論して、携帯長弓キャリングボウを組み立て始める。そして、鉤爪の付いたロープを矢に取り付けて打ち出す準備をする。
 弓であれば長い距離でも不可能ではないが、そこまでの距離ではないが、正確に狙うために弓を準備したのだ。
 ロープの反対の端を、こちらの木に結び固定しておく。失敗しても手繰り寄せれば何度でも挑戦出来るようにと。

 そして、ヴルフが弓を構えて、その矢を撃ち放つ。

 ”ビュッ”と風を切り裂く音と共に重量物をくくられた矢が”シュルシュル”とロープを引き出しながら対象の太い木の枝を飛び越す。”ホッ”息を吐き出したヴルフの表情は”何とか届いた”と、安堵していた。
 届いたロープを引っ張り、鉤爪が木にかかったと確認して、たるみなくロープを張る。ヴルフが”大丈夫だ”とロープにぶら下がってみるが、心配でならないのはどうしてだろう。

「ちょっと向こうに渡ってくる」

 探索すると言い出した本人がロープを伝わり、ゆっくりと渡り始める。数メートルとは言え、ロープを使っての渡過は難しい。だが、いつもの事だと言わんばかりに危なげ無く渡り切ってしまった。

 その後、鉤爪だけで固定されていたロープを木の幹にしっかりと結び付けると、立派な順路となった。大丈夫だと証明するためにヴルフがこちら側へ戻って来た。

「さ、これでいいだろう。ロープをたどって向こう側へ渡るぞ」

 さあ、探検の始まりだ、とばかりにヴルフが元気に叫んだ。



 それからヴルフが作ったロープの道を渡り、スイール達は無事にそこを渡り切った。
 ヴルフも探索したことが無いと語ったその場所をスイールは”まじまじ”と見つめていた。

「渡りきったのは良いのですが、この石床、綺麗になり過ぎてませんか?何かが這い回ったか、ブラシで掃除したような」

 ヴルフは気にしていなかったが、河に面している場所から奥へ続く床石が綺麗に苔が削られ、奇麗な一本の道になっていた。壁際にはまだ苔が残っているのが危険な香りがしてくるのだと。

「昨日みたいな獣の類が上がったのでは。スイールは心配性だな」

 楽観視するヴルフに、”そんなものですかねぇ”と頭を掻いてスイールは誤魔化す事にした。杞憂であれは良いのが、と胸の内に不安を抱くのであった。



 眼前には暗く不気味な開口部が大きく開けられ、彼らを暗闇の世界へと誘っている。それは、入ったが最後暗闇がお前達を食い殺す、と暗に示しているとも感じた。

 生活魔法の灯火ライトを、先頭のヴルフは手持ちの棒状武器ポールウェポンへ、最後尾のスイールは杖へとそれぞれ掛けて、十分な光量を確保する。
 ヴルフが棒状武器へ灯火ライトを掛けたのは、狭い地下迷宮では振り回す空間が無さそうだと判断したからだ。
 腰に差しているブロードソードの方が、この狭い石造りの通路では武器として威力を発揮するはずだ、と。

 真っ暗な通路へ一歩足を踏み入れると、”ジメジメ”した空気が漂い、気が滅入る。その中から漂う匂いには、この場に似つかわしくない嫌な匂いが感じられた。
 何の匂いなのかはまだわからないが、鉄のような匂いだと頭は告げていた。それが何処から、どの経路を通って漂ってくるのか不明なのは、少し不気味である。

 入り口を潜り通路を真っ直ぐ進むと、徐々に迷路の様な通路となり、道順を覚えるのが難しくなる。ヴルフはバックパックのポケットからチョークを取り出すと壁や床石に印や矢印をつけ出した。
 これをたどれば通路を戻れる様にと。

 そして、迷路のような通路を通っているとヴルフは不思議な感覚を覚えた。
 何かがおかしい。その何かを説明しろと言われても、その説明が出来ない。
 ただ、何かがおかしいと分かった先にある事象は言葉に出来る。

 そこに、生物がいないのだ。

 迷宮の中では何処も例外なく存在する、暗闇で働く小さな迷宮の掃除屋が出てこないのだ。明らかにおかしい。まるで、すべての動物を強引に駆除したかのように。
 そんな事が出来るとは思わないが、警戒を一段引き上げた方が良さそうだ。

 そして、スイール達三人に、戦闘態勢を取る様にと注意を与えておく。

 警戒しているのだが、通路から覗ける部屋の中は、ごく稀に手つかずの遺物が鎮座している事もあるが、物体が大き過ぎて持ち上げられなかったり、崩れたりして価値の無い遺物が多く、それらは手を付けず放置してあった。

 だが、それも終わりを告げる。

 とある部屋を覗くと、昨日、今日殺されたばかりの真新しい人の死体がいくつも無造作に転がっている。いや、積まれて山になっているのだ。
 胴体を見れば刃物で切り裂かれた大きな傷や槍などで突かれた傷が胴体のあちこちに見え、シャツを真っ赤な血で汚していた。

「……っ!この山はなんだ?」
「傷がひどいですね。それにこの人たちは何処から来たのでしょう」
「この辺に住んでいる、では説明が付きませんね」

 その山を近くに見て、四人は口元を押さえる。
 不思議な事ばかりが彼らの前に起こる。
 さらにこれを放置して、いや、積み上げた存在もこの奥にいるのだから、尋常な雰囲気ではない。

「ねぇねぇ、これ何か知ってる?」

 隅に無造作に積まれている残骸の中から、特徴のある印がついた金属片をヒルダが見つけて持ってきた。獅子がすべてを飲み込み我が物とする、威圧感のある印だ。

「これは帝国の旗印と同じだ。と、するとこの山は帝国兵?」
「あぁ、ありうるな。だが、トルニアがしたとは考えられないな。これだけの事をできるのがいるのか?」

 少しだけ探検気分を味わおうとしたヴルフの思いは当てが外れ、人をここまでできる見えざる敵と相対しなければならぬと背中に冷や汗が流れるのを感じた。

「もしかして、戻った方が良くないですか?」
「そうだな。進むにしても戻るにしても、脇道は無数にあるから用心しながら戻るとしよう。それでいいな」

 直ぐにでも戻るべきだとヴルフは考え直ぐに行動に移すと告げた。
 暗闇の中、何処から襲われるかわからず、進むよりも戻る方が危険が少ないだろう、との提案に頷くのであった。



 しかしながら、道を戻ろうと決意し足を進めた直後、入り口に”ゆらゆら”と揺れる赤い光が近づいて来た。それと同時に”トシン、トシン”と、重量物を持った特徴のある足音が近づいて来た。

「ちっ!遅かったか」

 ヴルフは入り口から飛び退くと左手で棒状武器ポールウェポンを担ぎ、右手を伸ばして銀色に輝く刀身を抜き放つ。
 足音はを聞けば重量級の強大な敵と予想出来、一切の手加減は出来ないだろう。初手から全力を出さなければ逆に殺られてしまうだろう。
 そう思うと、剣を握る手に力が入る。

 入り口を見ていると、緑色をした四本指の手が現れ、縁を掴んだ。
 そして、ゆっくりと姿を現したのは巨大な生物だった。

 体高二・五メートル程で赤い松明を左手に持ち、その光を浴びて深く緑に体が輝いている。指先には鋭い爪が生えており、武器として振るわれたら人などひとたまりも無いだろう。
 蜥蜴の頭と長い尻尾を持つ亜人に属する生物。そう、蜥蜴人リザードマンと呼ばれる種族が姿を現したのだ。

 蜥蜴人は沼地や湿地帯に集落を持ち、トルニア王国には生息が認められておらず、主にディスポラ帝国領にその姿を見るだけのはずだった。それが目の前に現れたのだ、それも三体も、だ。

「ちっ!蜥蜴人かよ。圧倒的じゃねぇか」

 体格からして勝負になる訳がない。スイールの魔法を併用して、奇襲を敢行して初めて勝ち目がある相手だ。どうしたものかと蜥蜴人を見ているが、彼らは見るだけで攻撃してこなかった。
 そして、スイールでさえ驚く事がその場に起きたのである。

「オマエタチ、ソレト オナジ ナリタイカ?」

 たどたどしいとは言え、体高二・五メートルの巨体から人が理解する言葉が発せられたのだ。戦闘を意識していた四人が驚愕の表情を浮かべるには大した時間はいらなかった。

「話せるのか?」
「思い出したが、蜥蜴人は知能が高く、人の言葉を理解する個体が存在すると」
「それなら会話が成立するな」

 驚きを隠せないが、圧倒的な相手と戦わなくて良いのであれば、それに越した事は無いと武器を収めて一歩前に出る。

「待ってくれ、戦う意思は無い」

 両手を頭に上げ、戦闘の意思は無いと体で表現する。
 蜥蜴人は戸惑いながらも、戦闘態勢のまま、

「オマエ ソレ ナカマ カ?」
「いや、違う。ただの旅人だ。それに見てくれ。こいつ等と格好が違うだろ」

 ヴルフがゆっくりと体を回転させ、身に着けている装備が違うとアピールしていく。

「ワカッタ。ダガ シンヨウ シナイ。タタカワナイ アレバ ソレデイイ」

 彼らとの戦闘を回避出来たと胸を撫で下ろした。ここで戦闘になれば、どれだけ怪我を負うか、いや、死ぬかもしれないと思えば、矛を収められただけでも良しとするのだった。

 話をした個体の二体目の蜥蜴人が、何者かの足を持ち無造作にぶら下げていると気が付いた。深い紺色の外套を首から下げ、気絶しているのかぐったりとして抵抗する様子もない。蜥蜴人の松明で照らされた真っ赤に燃えるような色の髪が石床に向かって垂れ下がっている。

「それで、手に持っているのはどうしたのだ?」

 ヴルフは二体目の蜥蜴人が持っている人を指した。何処かで何か見た事があると自らの記憶に問い掛けるのだが、答えが出て来る事は無かった。

「コレ ワレラノタカラ ネラッタ。イタメツケタ。ステル トコロ」

 そう告げると、蜥蜴人は死体の山へ向かって無造作にそれを投げ捨てた。
 いくら人の死体が緩衝材になるとは言え、投げられればかなりの衝撃を受けるのは当然であろう。それは、表現出来ぬうめき声を上げ体をよじっていた。

「なぁ、こいつワシ達が預かっていいか?」

 知り合いの様な、そうでも無いような、懐かしく思えたのだ。ここで見捨ててしまっては禍根が残る、そんな気がするのだ。

「カマワナイ。ドウセ ソイツ ウゴケナイ。スキニシロ」
「感謝する」

 意識の無いそれを回収して外套を剥ぎ取りそれを敷いて床へ横にさせる。赤い髪が目立っていたが、それが女性である事に驚いた。宝を狙うような職業と言えばトレジャーハンターだが、それを職業にしている女性は少ない。
 しかし、彼女を一目見ただけで、両足が明後日の方を向く大怪我を負っている。このまま放置してしまっては、歪に足の骨が繋がり一生障害を残す事は目に見えている。

「とりあえず、こいつを治すか。幸いな事にヒルダもいる事だしな……」

 そう言いヒルダを見ると、”貸し、一つね”と含み笑いをヴルフに見せてその願いを聞き入れてくれた。
 彼女の見立てでは無事に治るとしても一か月は掛かかるだろうとヴルフに言うが、何にしても治さなくてはならぬだろうと、治療をお願いする。

 ヒルダも慣れたもので、隅に転がっている帝国軍兵士の残滓をいくつか拾って添え木にしようと剣の鞘を何本も用意した。そして、折れた足を正常な位置へと戻すが、その時の女性は気を失っているにもかかわらず苦悶の表情を浮かべた。とは言え、何年もシスターの補助をしてきただけに手付きは熟練の看護師と見まがう程だった。
 その後、鞘で足を挟むように縛り、回復魔法ヒーリングを掛けて行く。

 歩くにはまだ時間が掛かるが、苦悶の表情が無くなり痛みが引いたらしく穏やかな表情になった。

「一安心、ってところですかね。それよりも……」

 ヴルフとヒルダの処置を何処にも行かずに見ていた蜥蜴人にスイールが体ごと向いて疑問を投げかける。

「何故、貴方はこの場にいるのですか?もっと南に住んでいるはずですが」

 彼らには生活し難い気候のはずで、何故この場に存在しているのかと蜥蜴人に尋ねてみた。だが、その答えを聞き吐き気をもよおすのだった。

「ソイツ ワレワレヲ コウゲキ シテキタ。ドウホウ タクサン シンダ。ツレテ イカレタ。ココマデ ニゲテキタ」

 蜥蜴人はたどたどしく、言葉を選んで簡潔に経緯を口に出した。逃げて来たとは

大まかに、だが、簡単にわかるように言葉を選んで経緯を口にし出した。だが、その内容を咀嚼し理解する頃には四人の顔が青ざめ、壮絶な内容だったと理解したのである。

 このトルニア王国では、亜人の扱いは比較的緩く、害さえなければ目を瞑っているほどだ。国民との意思疎通が出来れば働き場も無数に存在する。
 それに対し、ここより南に位置するスフミ王国の先にある、ディスポラ帝国では亜人は人より数段下の存在だ。種族、もしくは部族を国家の持つ武力を背景に隷属的に扱われ、ある者は労力として、ある者は戦いの前線へ送られ、ある者は愛玩動物としてなぶられ殺されるなど、むごい扱いをされている。

 地位向上を求め立ち上がる事もあったが、帝国の持つ武力と人の圧倒的な数を背景に、被害を物ともせぬ人海戦術により駆逐され続けていた。そのおかげか、帝国の人口増加は無いが、人以外の人的資源、それも戦争に従事する者達が増えているのだ。

 ここにいる蜥蜴人達は帝国との抗争に敗れ、新天地を求めてこの地へ渡って来たのだ。

 そして、住み易い水辺だと来てみれば、強引に侵入する集団が現れて再び戦いを余儀なくされた。彼らが身に纏っていた武器防具は、巧妙に隠されていたが、戦わざるを得なかった帝国の装備品であった。
 それらを駆逐するのに、蜥蜴人の優れた身体能力と鋭い爪や牙で、壊滅状態に追い込んだものの、被害を出してスイール達の前にいる三体と、他で歩哨に出ている五体を残すのみとなってしまった。
 彼らは新天地を見つても、壮絶な殺し合いをしたと悔やんでいた。

「なるほど……。あと数人、帝国兵を捕まえれば良いのか。出来なくてもトルニアの兵士に伝えればそれで済むだろう。なぁに、心配はいらんよ」

 ヴルフが”ドン”と胸を叩き、自信満々で”ワシに任せろ”と語り出した。元騎士のヴルフにかかれば、裏から手を回す事も出来る事だろうが、数人の帝国兵を相手にする位なら問題ないだろうと豪語するのだった。



 蜥蜴人との話が付いた辺りで小さいうめき声が、いや、目覚めの声が聞こえて来たのだった。

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