奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十七話 ヒルダの交渉術【改訂版1】

 温泉を楽しんだスイール達は体も心も満足して眠りに就いていた。
 手作り温泉に喜びもひとしおで、エゼルバルドは温泉に浸かっていた夢を見ていたほどである。

 そして、見張りの順番を決める時にヒルダが明け方をかって出ていた。
 本来ならば、他のグループもいるこの場所では見張りは必要ないのだが、いつもの習慣から交代で見張りをする事にしたのだ。

 ヒルダが一番最後に見張りをかって出たのは理由があり、朝食前に思い切って温泉に浸かってしまおうと考えていたのだ。要するに朝風呂だ。
 朝日を望みながら温まる温泉、何て甘美な言葉だろう、と妄想してしまった。
 それがもうすぐ叶うと思うといても立ってもいられなかった。

 東の空が”チラチラ”と白み始めると、頃合いだとタオル片手に河に向かって歩きだした。
 湯舟のへと近づき、手を入れて温泉の温度を確かめると、これ以上無い最適な温度だった。これなら”大丈夫だ”と、辺りを”キョロキョロ”見渡して誰もいないのを確認すると、身に着けている服を急いで脱ぎ捨て、湯舟へと飛び込んだ。

 だが、ヒルダは失念していた。
 暖かいものは上へ、そして、冷たいものは下へ流れる事を。そう、かき回していない湯舟はほぼ水の状態であり、お湯が上澄み液の様に張ってあるだけだったのだ。

「きゃんっ!何これ。冷たいじゃないの!」

 彼女の口から黄色い声が漏れ出る。そして、急いで湯舟から出てこれ以上体を冷やさぬ様にとタオルで体を拭く。朝から温かい温泉に入れると嬉しく思っていたのだが、まさか水風呂に入るとは思わなかった。
 ”残念だけどこれで終わりね”と、”いそいそ”と服を着こむのだった。

 かまどへと戻って来てみれば、目を覚ました三人が、着替えを終え、食事の支度を始めていた。

「温泉は楽しめたかい?」

 スイールが皮肉を込めて問い掛けると、彼を含めた三人で”クスクス”と笑いをこぼしながらヒルダを迎える。
 頬を膨らまして不貞腐れるヒルダだが、その問い掛けに怒るのも大人げないと頭を掻いて誤魔化す。これも一つの経験だと思って……。
 そして、ヒルダには温かいお茶の入ったコップが手渡されるのであった。



 変わり映えのしない朝食が終わり、テントの撤収も”テキパキ”と終わらせる。
 数日の悪天候の中テントを張っていたのでだいぶ湿っていた。日に当てたいが、外套の撥水効果も落ちてきたのでメンテナンスしたいと考える。
 そして、目前に村があるので丁度良いと考えていた。

 野営を終えて数分も歩くとベルヘンの村の入り口へと到着する。防壁を拡張して、温泉地まで囲ってしまえば観光客も呼べるかもしれないと思ったのだが、その提案はすでにされていたらしく、住人達が旅気分を味わえる楽しみが無くなると反対されて、未だに防壁の拡張は実現していなかった。

 城門、城郭が存在しないのに城門と呼ぶのも不思議なのだが、住人、兵士共がそう呼んでいる。兵士が人口の半数を占めれば可笑しくないと兵士達は声を大にして主張する。だが、これだけの防壁を持てばそれも頷け、住民たちもそれだけは争う事無く、同様に呼ぶのであった。

 城門には言わずもがな、門番と兵士詰所があるのだが、重要拠点よろしく警備は厳しい。とは言え、身分証やギルドカードをしっかりと持つ者にはそれほど障害にはならないのだが……。

「それにしても兵士の数が多くないか?」

 兵士の数が人口の半分を占めるとは言え、門番の数も詰所の兵士の数も多い。そこに見えるだけで三十人ほどが見え、来訪客に恐怖と威圧を向けていた。

「私達は丈夫だと思いますよ。とりあえず、行ってみましょう」

 威圧を感じるが仕方ないと入場の列に並ぶ。まだ早朝の時間帯なのか、すんなりと入場検査の順番が回って来る。他の列を見ても特別な検査をしている事も無く、ただ単に警備している人員が多いだけのようだ。

「次!ん、旅人だな?よし、身分証を出してくれ。あと、荷物の検査だ」

 懐から取り出した身分証とギルドカードを兵士に提示すると、一目確認するだけで確認は終わる。
 次に荷物の検査の為、バックパックを脇のテーブルに置く。バッグの中を見ている兵士の問いかけに一つ一つ危険がない事を答える。多少、何に使うのか、怪しいなと言われるが、没収される事もなく無事に終了した。

「よし、お前たち通っていいぞ。あと、武器は中では振り回すなよ。まぁ、ナイフ位なら持っててもいいがな」

 思った以上に簡単に入る事が出来た。検査はそれほど厳重ではなかったようだ。
 壁内では、兵士の数が多いと噂が立っているはずだが、城門の兵士から情報を集める事はしなかった。下手に聞く事で余計な疑惑を持たれて目を付けられることを恐れた。

 村に入ってみれば、ボツボツと人が歩いているだけの様だ。大げさな警備人数に比例し壁内も兵士がうろついているかと思われたが、そうでもなかった。
 開いている店も早朝の時間帯なのか、食堂が殆どで雑貨店や日用品、土産物等の店舗はもう少し後の時間から開くようだ。そして、食堂を覗けば、は兵士達が多数テーブルを占領して朝食を取っている姿が見られた。

「先に情報収集と行きましょうか。そのついでに宿も探してしまいましょう」

 壁内をウロウロと歩く事十数分、酒場兼宿屋が数件固まっている場所に出た。酒場を覗くとそこにも少なくない兵士達が朝食を取っている姿が見られた。

 覗いた中で、客が多く笑顔の絶えない食堂を見つけて入って行った。

「はぁ~い、い~らっしゃ~い」

 酒場から威勢の良い掛け声を掛けられた。多少なまりが入っているのは勢いなのか、別の地方が出身なのかは判断がつきかねる。
 お客の方も慣れっこだとばかりに見向きもせず、仲間内で和気あいあいと会話を楽しみながら腹に食べ物を詰め込んで行く。仕事前のリラックス出来る時間を楽しく過ごしたいのだろう。

 スイール達は酒場の雰囲気をしっかりと頭に残して宿泊の手配を行う。

「数日泊まりたいんだが、部屋はあるかな」

 癖のありそうな女将が宿の受付カウンターで笑顔を振りまいている。四十半ばと見られる彼女は、ふくよかな体型で彼らに顔を向ける。だが、その体型をふくよかと表現するには無理があるのだが、彼女の為を思って、ふくよかと表現しておくとする。

「はいヨ。四人一緒の部屋かい。それとモ、二人部屋にするかイ?」

 体型通りの豪華さで”ツヤツヤ”した声を張り上げて来た。その声だけを聞いたら、彼女の年相応には思われないだろう。

「四人部屋で」
「はイはイ、ちョっと待ってネ」

 四人部屋のカギを渡して部屋番号を指定される。直ぐ傍に見える”ギシギシ”と音を立てそうな階段を上って中ほどがが泊まる部屋となった。

「おねえさん、ありがとう」
「嫌ネ、まっタく。お世辞言ってモ何も出ないヨ」
「いやいや、お世辞でも何でもないですよ。それよりもね、城門で兵士の数が多かったけど、何かあったか知らない?おねえさん」

 お世辞とわかりながらも、笑顔を絶やすことなく”既婚者だよ”と呟いていた。そして、お世辞を口にしたスイールは懐から銀貨を一枚取り出して女将の前にそっと置いた。お世辞を口にしたのは、聞き込みではめったに聞けぬ情報を得るためであり、彼にとってはそう多くない情報料だった。

「まっタく、何モ出ないって言ってルだろうニ……」

 おねえさんとお世辞を言われてからは満面の笑みをこぼしていたが、銀貨を目の前にしてからは人が変わったように笑顔が消え、スイールに顔を近づけて耳元でささやき始めた。

「ここだけの話、盗賊が出始めてルって兵士達ガ話していルのを聞いたヨ。町の中じゃなイってさ。王都近郊かラ始まっテ、だんだんと川に沿って登ってきてルんだと。人さらいもしていルそうだから、そこのお嬢ちゃんモ気を付けた方がいいヨ。壁内は大丈夫だろうけど、旅には気を付けルんだね」

 それだけを話した後、顔を離していつもの顔に戻った。

「それデは、ごゆっクり~!」

 それ以上の情報は無いとばかりに、笑顔で”さっさと部屋へ行きやがれ”と手を振ってその場から追い出された。



「そういえば、ヴルフが前に話していた地下迷宮って、ここの近くだったりします?」
「お、スイール、目ざといね。その通り、ここから半日の所に目的の場所がある。これが見事でな。風化しているってよくわかる場所だ」
「それは素晴らしいですね」

 宿の部屋でベッドに腰をかけながら地下迷宮の話を思い出していた。
 町に少し滞在すると決まっていたが、その後はどうするかと、その話をしていた。

 装備を整えたリブティヒを出てここまでのかなりの日数、雨に降られて撥水効果が無くなってきた外套とテントは、メンテナンスが必要だった。それをお店に任せようとすると数日を要する。
 それらは出発時に新品を購入した訳でもなく、既に使い出し数年が経っていたので、へたり気味だった。風合いが出て来たとでもいうべきであろうか?
 ここで新品を購入しても良いのだが、撥水処理を再度して施して貰えば十分に使えると、直して貰い、改めて使うとしたのだ。

「まもなくお店も開く時間でしょう。二手に分かれて、お昼に下の酒場へ集合するように。私とヴルフでワークギルドへ行って、依頼と情報収集をしてきます。エゼルとヒルダは外套とテント一式を持って外套などの処理をお願いして来て下さい。あまり高いようでしたら断って結構ですよ」
「「「わかった(わ)」」」

 それぞれが役割を把握し、スイールとヴルフはそのままワークギルドへ、そしてエゼルバルドとヒルダは全員分の外套とテント一式を袋に詰め町へ出掛けて行った。



 まず、エゼルバルドとヒルダの二人が、旅に役立つ道具を扱っていると大きく看板に書かれた店に到着した。
 小さい村ながら、ブールや海の街アニパレに負けない規模の店構えをしている。ショーウィンドウには高級品のテントや毛布、ロープなどが並べられていて、”品揃えは地方一!”とA看板が目立つ場所に置かれている
 その他にも”撥水加工承ります”と、二人が目的としている表記が”サンサン”と輝いている。

「へ~、大きいな。やっぱり王都に近いと店も大きくなるのかな?」
「王都に近いよりも国境に近いが正しいんじゃない?」

 王都や国境に近いよりも登る山に近い村との性格が正しいのであるが、そこまで頭が回らなかった。そんな会話をしながら、四人分の荷物を担いで店のドアを潜る。

「こんにちは~。加工を頼みたいんだけど?」

 店が開いたばかりなので、二人の他には客は見えなかった。もうしばらくすると込み合うかもしれない。

「はい、いらっしゃいませ。お早いですね。えっと、どのようなご用件でしょうか?」

 カウンターの奥から”ヌッ”と顔を出してきた店の主人が、揉み手をしながら二人の格好を値踏みしながら挨拶を交わしてきた。
 二人は、胸当てに籠手、脛当てといつでも戦闘に参加できますと装備をしている。いつもなら宿に到着して、真っ先に胸当てを外すのだが、不穏な空気を感じ取った為にそのままの格好で外出したのである。
 さらに大きな袋にしわしわの外套と丸めたテントを入れ担いでいる。

「ご用は担いでる”そちら”ですね」

 エゼルバルドが担いでいる大きな袋の口から外套が”ちらり”と見え隠れしていれば誰でもわかるだろう。

「そうだ。これに撥水加工をして貰いたいんだ。どれだけ掛かる?」

 袋から四人分の外套とテント本体、フライシート取り出し、カウンターに乗せた。畳めば嵩張る事は無いが、大きくないカウンターから外套が広がり床を引きずっていた。
 主人は、四人分の外套が出てきて驚いていた。加工自体が久しぶりだと見えて腕の見せ所と張り切って値段を付けていた。

「そうですね……。外套は大銀貨一枚、テントも大銀貨一枚、フライシートは銀貨四枚ってところでしょうか?」

 エゼルバルドは悩んだ。他の店で頼んでも同じくらいだろうが、そのまま頼んでもいいのかと。それを察したのか、ヒルダが横から口を挟んで、交渉に乗り出した。

「高いわね。ちょっと負けてよ」
「これでもギリギリですよ。これ以上は」
「いえ、まだ頑張れるわね。全部で大銀貨五枚と銀貨四枚でしょ。銀貨の部分位負けなさいよ」
「それは無理ですよ。分かりました、そこまでは出来ませんが、銀貨の部分は三枚でどうでしょう」
「一枚!」
「無理ですよ。それじゃ、二枚。これ以上は無理です」
「わかったわ、それでお願いするわ」

 ヒルダはちょっと口を出しただけで銀貨二枚の値引に成功する。それを見ていたエゼルバルドが恥ずかしそうな顔をしていたのが可愛そうであった。

「それでは引換証を出しますから、三日後に来てください。料金はその時で結構ですよ。それにしてもお嬢さん、買い物上手いね。今度来た時は何か買ってってね」
「わかったわ。それじゃ、お願いします」

 顔を引きつらせた店の主人に見送られ、二人は店を後にした。心なしか、ヒルダの足は軽やかにステップを踏んでいたのである。



 ヒルダが得意の話術で撥水加工の値引をしていた頃、スイールとヴルフの二人はワークギルドのベルヘン支部へ到着していた。

 村支部と言えば聞こえが良いが、実際にはブール支部と同じほどの規模の大きさだ。壁材に木材を使われることの多いギルドの建物だが、ここは石を積み重ね、重厚で守りを重視した作りをしていた。それだけ依頼の内容も危険度が高い方向に向いて、罪人を留めておく施設を内包していると見て取れる。もちろん入り口のドアもそれなりの作りで、金属製のドアで守られていた。
 要するに、砦や牢獄を思い出させる形をしているのだ。

 錆の浮いたドアを押し開くと”ギギギ……”と、重い音で周りを威圧しながら開いて行った。ドアベルは無かったが、開くだけで注目を浴びる音を発する為に必要がなかったらしい。つまりは開くだけで目立つのだ。さらにドアを閉めれば”ガチャーン!”と、やはり威圧を与える音が響くのだ。

 そして、一様にギルド中の者達が入り口を向くが、”なんだ、よそ者か”と、一瞥しただけで、元の会話に戻って行った。
 その光景も見慣れてしまったなと、二人は思うのだった。

「さて、依頼はどんなのがあるのか?」

 他所のギルドでもほとんどが同じであるが、採取、護衛、などと共に”軍馬の世話”が依頼として並んでいる。
 その他に、今だけなのか”傭兵”の依頼も含まれているのが気になった。
 数日前、ラルナ長河の宿場町の酒場で耳にした、ディスポラ帝国がスフミ王国へ侵攻作戦の計画があるとの噂が現実になると考えている者がいるのだろう。期間も七月あたりから半年の契約となっていた。

「帝国からきな臭い匂いが”プンプン”してきますね。あの国はまだ世界征服など考えているのでしょうか?」

 スイールは呆れていた。そこまでして、この大陸を自らの手の内に支配して、何を求めているのか、と。武力での統一しても、維持がどれだけ困難かわかっていないのだと。
 怒りを収めてから、改めて掲示板へと視線を戻して適当な依頼を眺める。

「傭兵などの依頼は無視しましょう。そうなると、私達が出来そうな依頼はありませんね」
「これなんかどうだ。一週間限定で剣の扱い方を教えてください、って」
「エゼルにやらせてみますか?教わってばかりでしたからね」
「まぁ、一週間ばかりじゃ、強くなるはずも無いけどな」
「後は護衛ばかりですね」
「今日は止めとこうか」

 日数と移動距離の関係を考慮して、依頼を受ける事を断念した。

「それでは宿でゆっくりと装備の点検をいたしましょう。今日だけは、のんびりでよろしいでしょう」

 適当な依頼を見つけられず、スイールとヴルフは大きな音のする重いドアを開け、残念そうワークギルドを後にした。



※なぞなぞで、上は大火事、下は大水これな~んだ。答えはお風呂。
今の全自動ユニットバスでは入れている最中にかき混ぜるので温度の差は無いだが、昔の水を張ってから風呂釜で沸かす方式だと、上と下の温度差がある。そのため、かき混ぜないといけないのだ。
それがこの温泉にも発生したわけである。温かい水は上部へと集まり、冷たい水は下部へと流れ込む。このため、ヒルダが丁度いい温度と思ったのは上部だけで下は冷たいままだったとさ。

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