奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第六話 森林での戦い【改訂版1】

「二人共おかえりなさい。意外と遅かったね」

 エゼルバルドとヒルダが宿に帰ると、食堂でワインを傾けながら一人、食事を取っていた。何故一人かと言えば、その隣で”グーグー”とジョッキを転がして鼾を立てている男がいるからである。転がっているジョッキの数がその原因であるのは一目瞭然だ。

「ちょっと体を動かして来ただけだよ」
「そーそー!」

 スイールの言葉にあっけらかんと答えると、近くの店員に夕食を頼んだ。
 そして、二人がテーブルに着いた途端に食堂の一部が慌ただしくなり、人の出入りが激しくなる。
 彼らの言う、”少し体を動かした”だけで、大騒ぎになるとは、おおよその検討は付いているが、何をして来たのだろうかと後で報告を聞くのが楽しみであった。

「明日は早いから早く食べて寝ようか」

 わざとらしく、周囲に聞こえる声で話したのだが、肝心の食事はエゼルバルド達の下に届くには、まだ時間が掛かりそうだった。

「それにしても彼らにお灸を据えたのは僥倖でした。これで私達に手出しするのは無駄だとわかったはずです。まぁ、ヴルフがこんなになってますが……」

 隣で酔っぱらって寝てしまった男に冷たい視線を向けるが、気づく様子も無かった。
 酒に酔っぱらうのはいつもの事だと諦めて溜息を吐いた。

「寝静まっているとはいえ、夜中に大勢がいる宿での襲撃は考え難いでしょうね」

 そこで、エゼルバルド達の食事を店員が持って来て、二人の前に湯気を立てているスープや焼しめたパンなどが並んだ。
 店員がいなくなると、スイールが話を再開した。

「さて、エゼル。次に襲撃を受けるとしたら何処だと思いますか?」

 スープをスプーンで口に入れると、そのまま舌で遊ばせながら考えた後に、”予想だけど”断ってから、自分の考えを話し始めた。

「さっき知らせに走ったはずだよね。村の中に拠点を作るとは思えないから、それは郊外だろうね。そう考えると、その拠点へ連絡に言って、兵隊が網を張るとなればお昼から数時間の間かな?ヴルフの棒状武器ポールウェポンを見てるはずだから、あっちが有利になる森の中かその周辺って所かな?」

 先程、出て行ったのはスイール達の所在などを報告に行ったのだろう。そして、この後にわざとらしく漏らした声を伝えにも行くだろう。それを加味しての襲撃時間を予想したのだ。
 彼らは一度、エゼルバルドを見失い、さらにラドムの工房への襲撃も失敗している。数人ではどうにもならないと学んだはずだ。だとすれば、もっと人数を掛けて襲撃するしか方法が無くなるだろう。
 そうなれば、村から出て来た所に網を張っておいて襲撃するしか方法がなくなる。

 大勢が泊っている宿で襲撃するなど、スイールが言ったようにありえないだろうとエゼルバルドは考えていた。

「そんな所でしょうかね。森でしたら、死体を隠すにも簡単ですからね~」

 恐らく、それが正解でしょうねと内心で思い、”グーグー”と横で鼾を立てている男へと視線を向ける。

「まったくこの男は……。食べたらさっさと部屋に帰りましょうか」

 ワインのグラスを傾けて、残りを喉へと流し込む。
 そして、テーブルの上の料理が全て無くなるのを待ち、叩いても起きぬヴルフを担いで部屋へと向かうのであった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 スイール達は窓からのぼやっと入る朝の光と窓を叩く音を感じて目を覚ました。
 いつも通りの朝と言えば朝なのだが、この日は晴れやかな気分になれぬと窓を一目見てがっくりと肩を落とした。
 降りしきる雨が屋根を伝い、一つの流れが出来上がるとそこから流れ落ち、”トントン”と雨受け石がリズムを刻む。
 憂鬱な始まりだが、これも数ある中の一日だと諦める。

 数日の短い滞在であったが、何となく思い入れのある街になったとエゼルバルドは思った。

「さて、出発しようか」

 急いで食事を終えると、バックパックと防水処理を施したフード付きの長めの外套を羽織り宿を引き払い、郊外へと足を向ける。
 村の東へと歩いて行くが、懸念した邪魔は入らずにすんなりと村の外へと出る事が出来た。

 春とは言え、しとしとと降る雨と高原の気温で肌寒く、止まると体から体温が奪われる。
その為に旅人の足は休まる事を良しとしない。

 足元には水溜まりが出来、歩くだけで泥水がブーツを容赦なく汚す。仕方ないとは言え、汚れるのは我慢が出来ぬ、晴れたら絶対に綺麗にすると息巻くが、後数日はこの天気が続くと思え、天気どころか心も晴れぬのだ。

 何にせよ、体を冷やしてはならぬと、グローブをした指先を動かし続ける。
 他の三人も同じ様にフードを深く被り、体を冷やさぬ様に工夫しているのがわかる。

 村を立って、それほどの時間は経過していない。
 雨で遠くまで見通せぬが、モヤがかった山々は何処か幻想的に見える。好天時に見える山々の力強さも美しく魅力的ではあるが。そして、山々から視線を下ろせば、緑色が強くなり始めた穀物畑や放牧地が向かう道の向こうまで続いている



 遠くに森が見え始めた所で丁度お腹が空いて、道の脇で昼食を取る始める。”びちゃびちゃ”に濡れた地面に腰を下ろす訳には行かず、皆が立ちながら簡単に済ませていた。

 そして、食事を終えると、エゼルバルドが予想した襲撃地点に向かい足を進める。目立つ上に絶大な攻撃力を誇るヴルフの棒状戦斧ポールアックスを何とかして封じ込めたいと相手は思い、振るい難い森の中で網を張っているだろう。

 彼らが足を進めるとそれに合う場所が見えて来た。

「恐らく、ここからが正念場でしょうね。エゼルとヴルフは腰の剣を抜けるように。ヒルダは軽棍ライトメイスと盾の用意を。鬼が出るか蛇が出るか!」

 エゼルバルドを先頭にして街道を進むと深い森の中に入る。地面は踏み固められ足場は良い。だが、道を外れれば背の低い植物やシダ系の植物が生えて滑りやすい足元に不安を感じた。

 神経を尖らせながら街道を進んでいると、街道から森の中へと向かう獣道を見つける。あまりにも不自然で人ひとりが通れる程度の細さで真っ直ぐと続いている。

「これは来るな!」

 エゼルバルドが”ボソッ”と呟くと、外套の中で腰にぶら下がるブロードソードに手を掛ける。それに釣られる様に他の三人もそれぞれの武器へと手を伸ばす。
 その刹那、正面の大木の陰から矢がエゼルバルド達に向かって放たれた。だが、それは牽制の為か、彼らを外れて頭上を抜けて行った。

「散開!!」

 司令塔の役目を引き受けたスイールが即座に言葉を発した。それが合図となり敵殲滅に向けて一斉に動き出した。

 エゼルバルドは矢を放った射手が隠れる大木に向かって地面を蹴り出すと、射手との距離を詰める。
 大木の幹を切り付けぬ様に、ブロードソードを抜きつつ射手を一閃する。

 その刹那の後、左腕の肘辺りから切断された腕がその場に”ゴロッ”と転がり落ちると、腕から鮮血を飛び散らせ、人が発したと思えぬ声を出しながら射手はのたうち回った。

「まず、一人」

 エゼルバルドが屠った数を言葉にした瞬間、真後ろから敵の剣が迫っていた。
 だが、すんでの所で気づき、振り向きざまに左腕に装備したバックラーで、敵の剣戟を受け流した。

「ツッ!!」

 飛び出した瞬間に被っていたフードが外れた事が幸いし、真後ろからの足音が耳に届いたのだ。こればかりは助かったと思わざるを得ないだろう。
 敵の剣が振り下ろされ地面を切り付けたと見ると、後方に飛び去り瞬時に魔力を集める。とは言え、大量の魔力を集める暇など切り合いの最中にある訳も無く、威力が低いとわかりながらも敵に魔法を放った。

風の刀ウィンドカッター!」

 左手の先に集まった魔力が真空の刃となり敵の顔をすり抜ける。肉を切り裂く力は無いが、皮膚を切り裂くくらいは出来るのだ。
 敵の額を”スパッ”と切り裂くと勢い良く血が噴き出して顔面を垂れて行き、それが目に入り敵はの視界を奪われる。
 そして、敵がひるんだ瞬間に数歩を一瞬で詰め、ブロードソードを一閃すると敵の右腕が剣ごと宙を飛び回り、切断面から出た血飛沫が雨に混じり地面を汚して行った。

「二人!」

 敵の剣を受け流した時が無理な体勢だったのか、左腕を少し痛めたらしく肘辺りに鈍痛が走る。
 そして、大木を背に周囲に視線を向けると、エゼルバルドの相手はあと二人、正面と左に敵が見えた。

 正面の敵の持つ剣には立派な装飾が施され、指揮官か首領と思われた。剣の刃渡りは一メートルを超えており、長さを比べればエゼルバルドは不利な状態となるだろう。

 間合いを取る敵二人。少しの間を置いて左の敵が上段に剣を振り被って襲い掛かってきた。だが、敵の剣筋はあまりにも酷く、振り下ろされる剣筋を体を左に少しだけ捻って避けた。背後に控えていた大木に剣が刺さり、動きが止まる。その剣の腹を目掛けブロードソードを薙ぎ払うと”パキン”と甲高い音と共に刃の中程から真っ二つになった。
 幹から抜こうともがいていた所から力が抜けバランスを崩した隙に、鳩尾に膝蹴りを食らわした。そして、止めとばかりにブロードソードの腹を顔面に叩きつけると、二発の打撃を貰った敵は白目をむいて、体をくの字にして顔面から崩れ落ちた。

「三人!」

 間髪を入れずに四人目に走り出す。
 刀身が一メートルを超える長剣の戦い方は分かっている。達人なら様々な手段を持っているだろうが、こんな場所で網を張る盗賊風情なら戦い方は限られる。
 右に構えている長剣は水平にしか振る軌道しか取られないだろう。

 かがみながら敵の懐に侵入しようとすれば当然ながら敵は剣を一閃する。横に振られた単純な一撃を左手のバックラーで自らの頭上へと受け流す。先程痛めた左腕に鈍痛が走るが、それを我慢して懐に入り込む。
 そして、隙だらけの胴体、それも鳩尾に左足で蹴り飛ばした。

 敵は一瞬の出来事に何をされたかもわからず、体の中心に鈍痛を覚えながらエビの様になりながら空中を飛ばされた。”あっ”と思ったのも束の間、数メートルを吹っ飛ばされ細い立ち木に背中から打ち付けられると、彼はその場で倒れ込み動かなくなった。

「これで四人っと。皆はどうかな?」



 ヴルフの眼に敵が四人映っている。
 皆が同じような装備をしているが、一人だけは少し後ろに位置して弓を構えている。遠距離からの攻撃を絡められると苦戦すると考え、真っ先に潰す事にした。

 棒状戦斧ポールアックスを槍投げの要領で逆手で握り、弓を構える敵に投げつけた。後に位置していた事もあり、当然ながら避けられてしまうが、ヴルフはそれで良いとすぐさま次の行動に移る。
 エゼルバルド程足は速くないが、盗賊風情の中央を突破し体勢を崩した敵にブロードソードの一閃をお見舞いするなど造作もない事だった。敵に接近する時にはブロードソードを鞘から抜き放ち既に上段に構えていた。そして、敵の左肩から右腰に袈裟切りに振り抜くと、魔法剣の効果もあり革鎧ごと二つに切断された肉塊が歌津生まれ、”ドスン、ドスン”と鈍い音が響いた。

 返り血を浴びたヴルフの姿には鬼気迫るものがあり、見る物を威圧して行った。彼を倒そうと気勢を上げていた三人の敵だったが、次は”自分の番にあれになる?”と及び腰になり、なかなか攻撃する気配が無かった。

 ヴルフは側に転がる棒状戦斧ポールアックスの柄を足で蹴り上げ、左手で握ると振り向きざま一番右の敵にそのまま投げ付けた。
 適当に投げられた棒状戦斧ポールアックスは運の悪い敵の頭部に吸い込まれて頭蓋骨を砕き、剣を振るう事なく仰向けに倒れた。

 倒れる敵を見ながら中央の敵への間合いを詰める。

 右に構えたブロードソードを水平に一閃するが、敵は何とか食らい付き、一撃を受け止める。だが、”速鬼”の二つ名を持つ男には悪手であった。
 ヴルフは受け止められた反動を利用して上段に振り上げると目にも止まらぬ速度で敵の頭蓋骨へブロードソードを叩きつけた。

 脳漿を撒き散らしながら倒れ行く仲間の姿を見たその刹那の事だった。彼の視線が”クルっ”と反転すると縦に流れゆく風景を不思議に眺めた。
 鬼のような敵を前にした事を後悔する間もなく首が体から別れ噴水の様に鮮血を撒き散らしながら命を終えて行った。



 ヒルダはスイールを守るように彼の前で盾を体の前で構えている。
 二人の前には弓を構えた五人の敵が現れ、二十メートル先で半円状に包囲している。素人であれば二人を半包囲すればすでに勝ちを拾えるのだが、スイールとヒルダを相手にするには人数部族である。

 エゼルバルドが駆け始めた瞬間から集めた魔力でヒルダが魔法を発動させる。

物理防御シールド!!」

 彼らの目の前に透明な盾が展開されると同時に敵が矢を放った。一斉に放たれた矢がすべて物理防御シールドに弾かれて力なく矢が地面に落ちる。それでもかまわず、第二射、第三射と続けて矢を放つが全てが彼らに届くことは無かった。

 敵の攻撃を防ぐ裏でスイールが杖にはめ込まれた魔石が深い青に変色させながら魔力を集めていた。そして、三射目が撃ち込まれた所で魔力を真空の刃へと変換し敵に向かって放った。

風の刀ウィンドカッター!」

 スイールの放った風の刀ウィンドカッター物理防御シールドの横を通る楕円軌道に沿って敵に襲い掛かった。半円状に並んだ敵二人の腰辺りに吸い込まれると、二つに切断されて鮮血を撒き散らしながら命を失った。

 味方を一瞬で二人失い手が止まるのを見てヒルダが飛び出した。足元が悪いとは言え二十メートル、もう一度矢を番える時間は残されていなかった。
 中央に陣取っていた敵にヒルダの一撃が叩き込まれる。革鎧を身に着けているとはいえ、軽棍ライトメイスの一撃は息を困難にさせるには十分だった。弓を落とし胸を押さえながらくの時に倒れ込んだ。

 有利と思っていたが、二人が惨殺され一人が先頭不能になったと見た残りの二人は、これ以上は戦っても無理だと考え、戦闘の意思を放棄して弓を手放し両手を上げて降伏した。

 降伏しなくてもヒルダの重い一撃を胸に受け、意識を手放していたのは言うまでもないだろう。



 十三人いた敵が五分も経たぬうちに全ての戦闘能力を失った。
 命を落としたものが七名、体の欠損による戦闘不能が二名、気絶二名、降伏二名である。
 ヴルフの棒状戦斧ポールアックスに頭がい骨を粉砕された敵はその後、ヴルフの手により死亡が確認されている。
 また、エゼルバルドに腕を切り落とされた二人は、切断面を回復魔法ヒーリングで止血を行い、命の危機だけは免れている。

 気絶と降伏した敵を後ろ手に縛りあげたは良いが、その後の処理を考えていなかった。
 旅をするにしても邪魔、戻るにしても邪魔。

「ねぇ、スイール。こいつらどうする?次の町に向かうにしても邪魔だしさぁ」
「簡単なのは情報だけもらって、首を刎ねてしまうのじゃが」

 どうせ盗賊は縛り首になるだろうからとこの場で始末してしまおうかとヴルフが提案した。生きていれば活用も出来るだろうと、その意見に三人共首を横に振った。
 敵と言えども降伏したのだ。そこを考慮せねばならぬと考えたのだが……。

「手に余るようならそれも考えられますが、先ずは情報を得てからにしましょう」

 首を刎ねるのは何時でも出来る、今は後回しにするべきとの提案をヴルフは飲み、敵の尋問を始めようと準備をするのだった。

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