奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十九話 旅立ち【改訂版1】

 窓から見える太陽はすでに高く、強烈な光となって押し寄せている。
 薄手のカーテンは役目を果たせず、ただ一枚の布きれとなっているが光を受けてきらきらと輝きを見せていた。
 しかし、そのカーテンが無ければ、とうの昔に強烈な太陽の餌食となっていた事であろう。

 その眩しい光を顔に受ければ目を覚まさざるを得ないだろう。

 どのくらい眠っていたのであろう。昨日は何時いつまで起きていたのか、記憶が定かでない。
 ただ、小さい袋なのにズシリと重い何かを手にした事だけは覚えている。

「あ、お土産貰ったんだ」

 まだ寝起きの頭を霞の中から救いだし、もとの晴れ渡る清々しい空気の中へと揺り戻す。
 しかし、体の反応が鈍い。そして、もそもそと動いて布団を退けると、上体をゆっくりと持ち上げる。それから、部屋の中を見渡していつもの風景だと安堵し、胸を撫で下ろす。
 ただ一点、違和感があるとすれば、小さな袋が着替えの傍に置いてある事だろう。

「良かった。あった」

 腕を天井に向けて大きく上げて体の筋を伸ばし、大きく深呼吸をしてベッドから這い出る。ゆっくりと机に向かい、袋を”ひょい”と拾い上げ、何が入っているかと中を覗き込む。
 太陽の光を反射する金色に輝く奇麗な硬貨が視線の先に見え隠れしていた。

「う~ん、何枚入ってるんだろう?」

 ”チャリンチャリン”と机の上に広げてから硬貨を手の上に乗せながら枚数を数える。

「えっと、いち、にい、さん……きゅう、じゅうっと。十枚か、金貨だから大金持ち、だな!?」

 元の袋に戻し、鞄の中へ……と手を後ろに回すが、そこには何もなく、まだ着替えもしていない格好だったと自分に驚いた。
 着ている寝巻を脱ぎ捨て、用意してあった着替えに袖を通し、先程の袋を腰の鞄に大切に入れる。

(どのくらいの物かわからないからシスターにでも聞こうかな?)

 そう考えると同時に”ぐーーーー”とお腹の虫が合唱を始める。
 朝食もまだ食べていないと気が付き、ドアを開けてリビングへと向かう。

 リビングには昨日遅くまで一緒に出かけたメンバーが揃って食事をしていた。
 日が高く昇っていたためか、いつもよりも優雅にである。

「みんな、おはよう」
「はい、おはようエゼル」
「おう、よく眠ってたな。ドアを叩いても起きなかったぞ~!」

 スイールとヴルフの大人二人は、少しニヤケ顔で挨拶を返してきた。
 ただ、ヒルダは起きてこないエゼルバルドに腹を立てているのか意地悪な言葉を投げて来た。

「呼んでも全く起きないんだから。いっその事、ベッドと結婚でもしちゃったら~?」

 ”ジトッ”とした視線を、皮肉を込めて向けてくる。
 ただ、何となくいつもの雰囲気と違うのだけはわかるのだが……。

「ベッドと結婚するつもりはないからさぁ。ヒルダこそ布団と結婚したらどうだ?」

 溜息を吐いて、皮肉には皮肉でとばかりに言葉を返す。

「残念でした~!わたしの結婚相手は別にいるんですぅ~~!!」

 ”ベー”と舌を出して、エゼルバルドの言葉を否定する。

(あれ、結婚相手っていたっけ?)

 エゼルバルドは首を傾げながら事を思いながらも、”そういえば”と朝の疑問を思い出す。

「それはともかくさぁ、昨日貰ったコレ、どうすればいいのスイール?」

 寝起きに数えた硬貨の入った袋を鞄から出して目の前で振ってみる。
 金属が触れて”カチャカチャ”と硬質な音を出している。

「おそらく、皆で違う枚数がでしょうが、入っている種類は同じだと思います。私は金貨が三枚入っていました」

 ”えっ”と、エゼルバルドは驚きの表情を見せる。
 孤児院では買い物をするにしても大銀貨止まりで金貨をまじまじと眺めたことがなく、あまり実感が無かった。数えた時は寝起きだった事で、頭が働かなかったためか、大金を貰ったとようやく実感が湧いて来た。
 それともう一つ、露払いであれだけの動物を打倒した実績があるのにも関わらず、エゼルバルドよりも枚数が少ないと驚いたのだ。

 ちなみに金貨一枚で大銀貨十枚の価値があるのだ。

「ほう、スイール殿は三枚か。ワシは五枚だな」
「いいな~、わたしは四枚。でも、これでわたしも大金持ちだ!!で、エゼルは何枚?五枚、四枚?それともわたしと同じ三枚~?」

 ヴルフもヒルダも貰って嬉しく思っているようだ。特に多くもない小遣いしか手にしていないヒルダは満面の笑みを浮かべていた。少ない小遣いはエゼルバルドも同じだが、皆の倍の枚数を貰っている知り堂々と言ってしまって良いのか複雑な気持ちになった。

「エゼルはあの緑の熊に止めを刺したんですから、もっと貰ってるはずです。竜に向かって剣で攻撃できたのは貴方だけなのですから」

 美麗なカップを口に運び、”クイッ”と紅茶を飲みながら、”自信を持っていいのですよ”と、エゼルバルドの味方だと目くばせをしてきた。
 それを受けて自信無さげに口を開く。

「うん、十枚……入ってた……」

 一律で入っていたほうが楽なのにと思いながらも、ばつが悪そうに貰った枚数を言った。

「え、すごいじゃん!大金持ちジャン!!すごいすごい!!!」

 エゼルの言葉を聞き、何故か自分の事のように大騒ぎをするヒルダ。テーブルに手を付きながら飛び跳ね、コップの水がバシャバシャと飛び散らかる。その勢いはすさまじく、テーブルをびしょびしょに濡らし、半分程になるまで侵略をして勢力を拡大させた。

「素晴らしい事です。旅に関する装備をどう用意するか決めかねていたのですが、いただいた報奨金でまかなえることが出来そうです。そのお金は仕舞っておいて、手を付けないようにしましょう。さぁ、忙しくなりますよ!!みなさん、頑張っていきましょう!!」

 テーブルの半分程を侵略をした水を、隅に畳んであった台布巾で拭き取りながら、話をしていくスイールであった。



 スイールの言葉は現実のものとなった。

 英雄までとはいかないが、ブールの街の有名人となった四人。
 モンスター級を超える森林熊グリーンベアを倒した事はブールの街の話題としてあっという間に広がった。
 守備隊と獣達の迎撃に当たった戦士達には慰労会と称し、勲功ある者達の発表と恩賞が与えられた。その中から、街に、何処に住むものと情報が広がり、一時的に教会へと大勢に市民が押し寄せた。

 ”英雄たちを一目見たい”、と。

 しかし、教会を守備隊が守る事により、その数もだんだんと減り、一か月も過ぎた頃には混乱は収まっていた。
 それは、事件から半月ほどの間に、詳細な読み物や物語が街のあちこちで売られ始めたのが大きかった。物語の中身は、本当に情報を集めたのかと思うほど、荒唐無稽な物語だった。だが、新たな英雄の誕生秘話と噂され、あっという間に売り切れが続出するのである。

 ちなみに、半年後にであるがしっかりと情報を集めて、纏められた物語が発売されるのである。



 その年が終わる頃、学校から無事に卒業するエゼルバルドや孤児院の仲間の姿が見られた。中等学校卒業で晴れて一人前の一人として、立することになる。

 孤児院の仲間はと言えば……。

 リーダー格だった三歳年上のリイヤが孤児院から独立し、自分で借家を借りて独立した。
 同じ年齢のリースは孤児院に戻ってきて、一歳年上のポーラと共にスイールから薬に関する知識を猛勉強している。そのうちに、教会の一角を借りて薬屋を開くと息巻いている。
 そして、アルタヤは騎士を目指して騎士養成学校を受けて見事合格し、年が明けてから入学することになった。
 最後に、マルグは剣の腕はからっきしダメだったが、計算等に強かったので自分お店を持ちたいと街中にある、商店の手伝いを始める事になった。

 最期にヒルダは、シスターの最後の子供としてもう一年、学業に専念する。それと、エゼルバルドと旅のイロハを学んで行く事にもなる。

 シスターは孤児院を運営する年齢では無くなって来たと、ヒルダ以降は孤児院へ子供を預かる事をしなかった。神父と共に、教会での布教活動に努めるそうだ。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 年が明けて一月。
 雪が”しんしん”と降り積もる中、畑を耕す一人の姿があった。
 凍り固まった土のほとんど鍬が入らないが、それでも一振り、二振りと振るうごとに徐々に土が耕されて行く。
 この時期からするべき事ではないが、”訓練の一環だから”と、にっこりと笑い返されるばかりである。



 また月日は流れ、その年の年末になる。
 恒例となった学校の卒業式が控えている。
 シスターの最後の子供、ヒルダ=オーウェンの卒業である。身も心もこの一年で成長し、しなやかで力強い体を持って、戦乙女のようであると噂されるほどになっていた。
 本人は、”まだまだ敵わない人が多いからね”と、謙遜をするが、常人には踏み込むことの出来ない領域までその力は上がっているが本人は気づいていない。実力的にはエゼルバルドには下と言ったところであろうか。

 神父もシスターも、ヒルダの卒業をみて感慨深いものを感じたのか、卒業式では滅多に見せない涙を、人目もはばからず流していたのは卒業式の良い思い出となったであろう。

 エゼルバルド、ヴルフ、そして、スイールの三人は、その一年でワークギルドの依頼のみならず、直接、間接問わず、獣討伐などの依頼を受け、完遂するなどの実力を内外に示し始めていた。
 たまに、その討伐にヒルダが加わる事もあり、ある一部では”撲殺天使”とも噂をされたこ事もあったりした。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「準備はできている?忘れ物は無い?」
「大丈夫!準備できてる。ばっちりだ」
「野営も、たき火での料理もばっちりよ。どんと来いよ!!」
「久しぶりの旅じゃな。わくわくするわい」

 畑の雪は解け、鍬を入れ始めようとする季節。河も山からの雪解け水で濁流となり、春本番を迎える。風は花の香りを運び、空は雲を飛ばしている。
 魔術師スイールの言葉を受け、最後の荷物の確認を行う。

「ホントに行っちまうんだな。まぁ、気を付けてくれ。たまには帰ってきて、顔を見せてくれよ」
「君達には感謝している。ここまで成長してくれて、楽しみもいっぱいあった。でも、”変り者”の言葉だけは直らなかったな~」

 ブールの街の南門に四人の旅人を見送る、神父とシスターの姿がそこにあった。
 嬉しいやら悲しいやら、様々な表情を顔に浮かべている。
 立派に成長した子供たちが旅立つ姿をその目に焼き付けるのは嬉しいが、手の届かない場所へ行ってしまうと思うと別れが辛くなる。

「別に戦争に行くんじゃないからそんな顔しないでよ。たまに帰ってくるからさ。神父もシスターもいつまでも元気でいてね」
「そうそう、いつでも帰ってくるんだから。今までありがとう。育ててくれた事には感謝しています」

 二人に抱き着くエゼルバルドとヒルダ。
 今までの感謝と旅立ちに、二人の瞳から涙が溢れ一本の一筋となって流れ出る。
 抱擁の暖かさを胸に仕舞い込み、新しい一歩を踏み出そうとしている。

「私もこの街で十数年お世話になってきました。名残惜しいですが、この二人をお借りいたします」

 二人に深々と頭を下げ、”変り者”魔術師は感謝の礼を体を使って表現している。
 完全な父親代わり、とは行かなかったが満足しているようだ。

「ワシは何も出来なかったが、教会のお二人には世話になりっぱなしだった。またいつか恩返しが出来ればと思っているよ」

 棒状武器ポールウェポンを担いだ、騎士も感謝の念を言葉にして告げる。

「では、神父、シスター行ってきます。お体に気を付けて」
「行ってきます。お二人には育ててくれた恩をまだ返してないんですから、それまで生きていてくださいね」

 別れを口にしてしまうと、また涙が流れ出そうだと、それを口にする事は無かった。ただ、行ってきますと伝えるだけだった。

「それでは、皆さん、進みましょう。まだ見ぬ土地を目指し!!」
「「「お~!!」」」

 スイールが号令を掛け、まだ明けきらない朝日の中を冷たい風を切り裂いて四人は力強い一歩を踏み出した。

 そして、歩み行く四人が徐々に小さくなり見えなくなるまで、彼らを見守っていた。

「う~ん、あの子達は大丈夫かな?」
「な~に、私らの最後の子供たちさ。心配はないだろうよ」
「心配はしていないさ。たまには手紙でもくれると嬉しいけどね」
「そうだな、たまには元気な報告をくれると嬉しいがね」
「あの子達の巣立ちを応援しようじゃないか」

 見送る二人の瞳には、溢れんばかりの涙が今にもこぼれそうに浮かんでいる。
 はち切れんばかりの笑顔と共に。

「さあ、行っておいで、私の可愛い子供達!」



 世界暦二三二二年四月三日。
 スイールと共に、エゼルバルドとヒルダは世界に向けての一歩を踏み出した。

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