奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第十三話 十五歳のイベント【改訂版1】

 それから月日は流れ、エゼルバルドは十五歳の誕生日を迎えた。
 身長は百六十五センチ程になり、成長がゆっくりとなって来た。
 体はしっかりと鍛えられ、腕や足の筋肉が付いて力がみなぎっている。そればかりか、体はしなやかに動き、無骨な動きのみでなく、繊細な動きを見せる事も出来る。

 また、趣味の書物研究にも力が入り、用事の無い日長には一日中机に噛り付いている様な集中力を見せた事もある。
 その趣味は何を目的としているのか、周りからはさっぱり理解されないが、楽しみは多くあると素晴らしい、と止められる事は無かった。
 ただ、この頃には何の本を見ているかと背表紙を見ても、タイトルが消えていて”パッ”と見て何の本か知る事が出来ない程に読み込まれていた。

 十五歳と言えばそろそろ社会に出て独り立ちをし、成人する時期でもある。
 この国、トルニア王国では、中等学校卒業と同程度の年齢だけでは、まだ成人と認めて貰えない。自分で働き稼ぎ出して、初めて成人と認められる。
 一応、国の基準では十五歳の誕生日を迎えて、年が明ければ成人となっているのだが……。

 それでも、中等学校在学中に十五歳となっただけでも出来る事はあるのだ。



「さて、十五歳で出来る事と言えば何かわかるかい?」

 スイールの住処からブールの街へと向かいながらスイールが同行者に問いかける。
 問いかけられた相手は、腰にブロードソードをぶら下げ、体に随分と馴染んでいる様で重心もぶれる事も無く優雅に歩いている。両手で扱えるような長い柄に巻かれた滑り止めの革は手入れされているが、真っ黒に汚れている。
 その持ち主の彼から、直ぐに返事が返ってきた。

「あれだろ、ギルドに登録ってヤツ。そのくらい、知ってるよ」

 両腕を頭の後ろで交差させ、視線だけをスイールに向けながら面倒くさそうに呟く。
 彼から散々言われてきた事だ、間違える訳が無い。

「そう、その通りだ。で、エゼルは何歳になった?」
「登録できる十五歳だよ」

 先程の面倒くさい表情から一転して、エゼルバルドは思い切りの笑顔を作り出す。

「おめでとう!で、今、そこに向かっている訳だが……」

 そこで言葉を切り、これから伝える言葉を選びながら慎重に口を開く。

「エゼル、君もそうだが、ヒルダにも……何でも出来る力を与えたつもりだ。何がしたい?騎士になってこの国を守る仕事にも就けるだろうし、なんだったら魔術師になって宮廷魔術師を目指すのも良いだろう。全く違う仕事に就いてもいいんだぞ。エゼルのこれからの人生だ」

 突然、何を言い出すのかと思った。
 彼の言いたいことはわかるつもりだ。だが、今この場で何がしたいかと聞かれても、これと言う答えを持ち合わせていない。
 ただ、何でも出来る、何を目指しても良いと言われれば、迷う事もある。
 だが……。

「オレ、昔から思ってた事があるんだ……。世界が見たいって」

 急に真面目な表情になってエゼルバルドが語り出した。

「本当の親の顔は知らない。だけど、育ててくれたスイールもシスターも優しいし、いろいろと力をくれた。恩を返したいけど、この街だけで終わりたくも無いんだ。あの夏の旅行の事、覚えてるんだ。スイールにシスター、それにヒルダがいて、ヴルフのオッチャンもいた。あんな事がもっとしたいって。連れて行ってくれた事に今でも感謝しているんだ。今の自分を作ったのはあの時の旅行があったからだって」

 エゼルバルドが語った言葉に若干の罪悪感を感じながらも、訓練を手伝い、そして成長を見守ってきた事に喜びを感じるスイールであった。
 その罪悪感は、彼が街を出て行こうとする決断を重く捉えるようにしてしまった事であった。もっと気楽に、羽ばたいてくれと思うのであるが。

「そうだな、でも、一人で出て行くのかい?一人だと結構つらいぞ。でも、ヴルフは一人だったかな?」

 街から羽ばたくのは止めるつもりはスイールには無い。むしろ、羽ばたけるような力を与えたし、世界に目を向けるようにしたのも事実だ。そこは、頼って貰いたいと内心思うのであるのだが……。

「うん、一人でも良いけど、何人かで見て回るのも良いかなって。後一年でヒルダも学校卒業だろ。もし、ヒルダにその気があるならそれまで待ってみようかなって思うんだよ。それと、今のブールだと、オレとヒルダ位の強い人って余りいないじゃん。ジムズのオッチャンも剣を置いちゃったしなぁ」

 エゼルバルドの考えを聞いて、スイールは内心で笑っていた。ヒルダはともかく、エゼルバルドの興味の方向を誘導した通りに取ってくれていると。
 あとはヒルダがそのように考えてくれていると助かるとも考えていた。

 そしてもう一つ。このブールの街には元守備隊隊長ジムズ程の腕前を持つ人が少ない事が今の頭痛の種であるのだ。あと数か月もすれば年中学校も終わってしまい、中途半端に旅立たせねばならなくなる。世界には今のエゼルバルドでは太刀打ちできぬ達人がゴロゴロといるのだ。最低でもヴルフに肉薄するまで訓練を積ませてやりたいとも考えていたのだが……。

「それはともかく。今日は登録だけだから考えるのはまたにして、今日は気楽に行こうか」

 季節は、空高く、夜が徐々に長くなりつつある秋。
 すでに収穫が終わり、穀物の藁がうず高く積まれた畑の中を二人は進んで行く。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ここはいろいろな仕事の依頼が集まるワークギルド。
 そして、そのブール支部の目の前に来ている。
 たまに前を通る事はあるが、別段、用がある訳でもなく中に入ることは無い。

 建物の入り口には頑丈なドアが設けられて、建物の中と外を隔てている。
 仕事の依頼は多数あるようで、学校が休みのこの日、日が高く上がっている時間帯でも仕事を求めて人が出たり入ったりしている。

 エゼルバルドは頑丈なドアを自らの手で開け、世界に向けた一歩を歩み出そうとしている。”カラカラン”と木琴の様なドアベルの音が室内に響き、何者かが入ってきたとカウンターからの声が向けられる。

「いらっしゃいませ~。っあら?」

 ギルドの制服である、白いシャツにサスペンダーで吊った黒いズボンの女性がドアの方へと視線を向ける。かなりの主張をする胸には名札が留められている。

「どうも、久しぶりです」

 視線を向けられたのはエゼルバルドの後ろからドアを潜ったスイールであったようだ。ギルド職員と気楽に挨拶を交わしていた。
 街では”変り者”として有名なスイールである。登録してあるのは当然で、この場で知らぬのは新人か、外部から越して来た者位であろう。
 だが、それにしては親密すぎるとは思うのだが。

「スイールさん、今日は如何されました?依頼は無かったはずです。それに……ん、んん~~?」

 スイールが依頼を求めて来たのかと思って、手元の書類の束をひっくり返していたが、チラッと視界の脇に写った少年を発見し、そちらに視線を向けると、驚いたように言葉を飲み込んだ。

「彼は私の息子みたいなもんだ。十五歳になったから登録だけでもしておこうと思って連れてきたんだ。エゼルだ」
「あ、エゼルバルドです。よろしく」

 ギルド長から少し聞いた事があると思い出し、”あ、これが噂の”と彼を見ながら自己紹介を始める。

「私はキャロ。ここのカウンターで受付業務をしているのよ。キャロお姉さんって呼んでね、エゼル君」

 そのように自己紹介をするキャロは満面の笑顔を浮かべていた。さらに、エゼルバルドに向かって片目を”パチン”と瞑り、ウィンクを見せる徹底した行動をする。

 彼女とは対照にエゼルバルドは顔が多少引きつり、こめかみ辺りがピクピクと痙攣を起している。そして背筋に冷や汗が流れ、”ボワッ”と全身に鳥肌が立つのを感じた。

「そんな事しても駄目だぞ。それより、登録できるかな?」

 ”駄目”とは何の事か?と小一時間、問い詰めたいと般若顔になりつつスイールを睨みつけるキャロ。
 スイールは、そのキャロが新しい男を見れば年齢問わず、結婚相手になりうるかと誘っていると知っているのだ。だが、エゼルバルドにはその気は無いと態度を見ればわかるし、何より、彼を思っている女性を知っているだけに、キャロを近づけたくないと思ってもいた。

「まぁ、それはそれでいいですけどね。それじゃ、カードを作りますね。記入する書類を用意するから、ちょっと待っててね。お姉さん、張り切っちゃうから~」

 スイールに無駄と宣言さてもめげずに黄色い声を出しながら、記入書類を用意すべく事務所奥へと向かって行った。
 彼女の足取りは軽やかであったが……。

「ねぇ、スイール。もう帰りたくなったよ」
「ええ、私もですよ」

 受付カウンターで待つ二人には不評であった。別の担当に変わってくれないかなと思う程に、である。



 少しの後、記入書類と登録のカードを持ってキャロが戻ってきた。先ほどよりも軽やかな足取りである。

「はぁ~い、お待たせ。こちらの書類に必要事項を記入してねぇ~ん」

 キャロの言葉遣いが段々と怪しくなってくる。
 とは言え、書類に書き込まなければカードは貰えない。
 キャロの言葉に腕がぶるぶると震え、ペンが上手く扱えずなかなか筆が進まない。悪循環で時間ばかりが過ぎてゆく。

 その間にも怪しげな視線がエゼルバルドの一挙手一投足を捉えて離さない。
 隣の魔術師に視線を向けるも、対応する術はないのか、顔にはびっしりと汗が噴き出ていた。

 どうにかして記入を済ませなければと焦りを感じていた時である、救世主が現れたのだ。

 分厚いドアが勢い良く開き、”カラカラ~ン!!”と木琴の様なドアベルの音が響いたのである。そして、現れたのは身長が百六十センチで洗っていない”ぼさぼさ”の茶色い髪、そして、身長に見合わぬがっしりと体付きを持つ男。
 さらに、先端に布を巻いた棒状戦斧ポールアックスを担いでいるのだ。

「いやぁ、久しぶりだ。ここに来るのは何年振りかのぉ」

 思わず懐かしいと呟き、”どかどか”とマナーもへったくりもない歩き方でカウンターへとやってくる。
 それは何年振りかの懐かしい顔だった。それもキャロの恋心に発展するかと思われたその思いを真っ二つに折った張本人に彼女が視線を向けた途端、最高潮に達していた気持ちが、這い上がれぬ地の底へと落ちたように、死んだ魚の様な目になっていった。

 いきなり表情が変わったキャロに気づき、彼女の視線の先にエゼルバルドとスイールが顔を向けると懐かしい顔が飛び込んできた。

「「あ、ヴルフ(さん)」」
「おっ!スイール殿にエゼルの坊主か。偶然ってやつか?久しぶりだが、元気にしてたか?」

 ”ガハハッ”と顎が外れるほどの大きな口で笑い出した。
 間髪入れず、ヴルフの凶器と化した腕がスイールの背中を強打し、肺の空気が強制的に吐き出され咳込む。見ているキャロもエゼルバルドも、馬鹿力がこちらに向かない事だけを祈り、冷や汗を流していた。

「ごほっごほっ!もう少し待ってください。今、エゼルが登録をしている最中ですので」
「それは失礼したな。そこの長椅子で待ってるぜ。坊主もがんばれよ~」
「ちょっと!坊主じゃないって!」

 二人に手を振り、壁際の長椅子へと向かって行く。周りの者達からは迷惑そうな顔をされつつ、”パンパン”と埃を払い”ドッカリ”と、長椅子へと腰を下ろす。
 そのまま背中を壁に委ねると、唐突にいびきをかいて眠りだした。

「まぁ、早く済ませちゃいましょう」

 先ほどの緊張感がなくなり、”スラスラ”とペンが走り出す。緊張感を取り除いてくれた長椅子に座る男に感謝をしつつ、必要書類の全てが埋まって行く。

 カウンターでは何とか持ち直したキャロが書類を確認しながら受付者記載欄を埋めていく。漏れなく記載が終わると、ギルドカードに記載内容を転写し、カードの発行手続きが終わりを告げた。

「はい、これで終わり、無くさないように。首からぶら下げるか何かしておいて頂戴」

 キャロからギルドカードを受け取ると、穴が開くほどに食い入るように眺める。
 学生はまだ終われないが、世界に出る第一歩だと、感慨深いものを感じていた。

「それじゃ、あの寝てるのを起こすとするか。キャロもありがとうね」
「いいえ、お仕事ですから~」

 少しばかり引きつった笑顔を見せながら、肩まで手を挙げて二人に振る。あの男がいないときに再開出来ると期待して、そして、もう一つの期待を込めて。
 二つ目の期待は、全くの空振りとなるのだが。
 懲りないというか、何というか……。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……きて…さい。……きてください。終わり……たよ」

 夢現ゆめうつつで”ボー”っとしているヴルフを起こすべく声を掛けるが、いまだに夢の中にいるようで、反応が希薄である。

「起きてください。まったく、いつになったら起きるのやら」

 声をかけ始めてもう数分経っているだろう。起こそうするも、目が半開きのままで動こうとはしない。
 これ以上の手立てはないのかと腕を組みながら考えるも良い手が思いつかず、いっそ水を掛けてしまおうかと思ったくらいである。

「どうしましょう?ほんとに水でも掛けますか?」
「鼻でも摘まめば、苦しくなって起きるんじゃない?」

 水を掛けてしまおうかと、生活魔法の生活用水ウォーターを準備しようとした所で、エゼルバルドが悪戯心を発揮して提案をしたのである。
 だが、それを実行する前に、計画はお蔵入りとなってしまったのである。

「あぁ、おはようございます。もう朝ですか?」

 重い瞼をゆっくりと開けてヴルフは二人に声を掛ける。いまだに寝ぼけているのか、時間の感覚がずれているのか、完全に目が覚めるのはしばし時間を要すると思いつつ、にっこりと微笑みを見せた。

「アハハハッ。今は朝でも夜でもなく、お昼くらいですよ。疲れが溜まっていそうですね?」

 少しでも疲れを和らげてもらおうと、スイールは栄養剤の小瓶をヴルフに渡す。
 だが、周囲の者達からは、ヴルフの間抜けな挨拶に”ドッ”と笑いが起きた。寝ぼけ眼のヴルフも、笑い声を受けて頭が回り出し、なんと間抜けな事を口走ったのかと少しばかり恥ずかしくなった。
 笑い声の中で話題を変えようと試みるも、上手くいかずに笑い声だけが部屋に響いていた。

 幾許かの時間が過ぎると部屋の中は普段通りの流れに戻った、約一名を除いてだが。
 その約一名に話を聞こうと、長椅子の向かいに丸椅子を置き、それに腰を下ろす

「えっと、何をしに、ブールの街へと来たのですか?」

 面倒な挨拶は抜きにして、ズバリ、核心を聞こうとスイールが尋ねる。何かの大きな仕事を抱えていると予想したのであるが……。

「ただの骨休めさ。しばらく、忙しかったからな。それだったら面白い、知り合いのいる所がいいなと思っただけさ」

 予想していた答えとの違いに多少だが驚いた。もっと、こう、事件があったのではないかと想像していたが違っていたようだ。

「それに、だいぶお金も貯まったから、しばらくは楽な仕事でもいいかなってさ」

 しばらくこの街を拠点に楽な依頼を受けていこうと聞いたとき、不謹慎ながら面白い事件があると期待していたスイールは残念がった。

 ただ、しばらくこの街に滞在するのであれば、これは使えそうだと悪だくみをする者が一人笑いを堪えていたのであった。

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