奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第九話 旅行最終日【改訂版1】
まばゆい夏の光が窓から降り注ぐ。
太陽はまだ低く、レースのカーテン越しでまだ柔らかな光だ。
ベッド上に山の様に掛けられたシーツが光を反射して、柔らかく爽やかな光が天井を明るく照らす。
そのシーツが”ガサゴソ”と動き出すと、一人の少女が大きな欠伸をしたのである。
「ふぁぁ~~~ぁ。朝だぁ~~」
寝ころんだまま、首を動かして部屋の中を見渡と、すでに自分一人であり、一緒に寝ていたはずの姿が見えなくなっていた。
窓に視線を向ければ、そこには小さなシルエット。朝を告げる小鳥たちが無邪気に遊んでいる様子が見て取れる。
そして、耳を澄ませば、小鳥達が遊んでいる鳴き声が耳に届く。
ゆっくりと上体を起こすと腕を動かし、”カチコチ”に固まった体をほぐすように、大きく体を伸ばす。”ギシギシ”と体の筋が伸びて体が目を覚まして行く。
伸び行く体の痛みを感じるが、顔は気持ちよさそうに笑顔を作る。
勢い良く飛び起き、ベッドに別れを告げると、傍にあるドレッサーの鏡へと向かう。
寝る前に一応整えたはずの髪は、寝相の悪さからか、”ボサボサ”であちらこちらに撥ねていた。
血色の良い顔が鏡に写るが、寝癖を直さなければならぬと憂鬱な気分になる。
とりあえず、寝癖を放置して旅行に持ってきた鞄を開き、何を着ようかと首を傾げる。
中から、お気に入りの夏色のシャツと雲色のズボンを取り出して無造作にベッドに投げる。
それと、念のための装備品を用意する。これは今は身に着ける必要はなく、ある事だけの確認だ。
鏡の前に移動してバッと寝間着を脱ぐと、鏡に写ったその胸元を眺める。
。
少女はこの胸など無くても良いと思っているのか、膨らみ始めた忌々しい胸が何とかならないかと恨めしそうに見つめるのだ。
成長する自分の体に文句を言っても始まらないと、お気に入りの夏色のシャツと雲色のズボンにさっさと着替える。
そして、ブラシを手に、ドレッサーの前に座って”ボサボサ”の髪にブラシを通す。
若々しい明るい茶色の髪は、抵抗など無くブラシを通し、先ほどまで”ボサボサ”だった髪からは想像もつかない、綺麗なストレートの髪に変化する。
お気に入りの髪が綺麗になると、頭の後ろで髪留めで一つに纏める。
首を左右に振ると、髪留めに纏められた髪が横に振られて綺麗になびく。
これも少女のお気に入りの仕草であった。
鏡を見ていて気になったのは、写った自分の顔である。
旅行中に少しだけ、頬が厚くふくよかになった気が、いや、確実に厚くなっていた。
この数日間、動く量よりも、何かを食べる量が多かった証拠だ。
旅行中は練習道具を振る事もあまりなく過ごしていたのだ。
その厚くなった頬を、誰かに指摘されないかと思いながら、両手を頬に当てて上下に動かし、簡単にマッサージを行う。
焼け石に水だと思うが、しないよりはマシだろうと、手を動かし続ける。
今日は帰るだけ。船に乗るだけなのだろうか?
ドレッサーの前から立ち上がり、元気に部屋を出てもう一つの寝室へと入って行く。
ダブルベッドの上には、そこにはまだ夢現で寝不足気味の一つ年上の少年の姿が見える。
癖毛の上に寝癖で、髪が制御不能の状態になっていて、面白い。
その髪を笑いをこらえながら見て、少女は思うのだ。
(今日もいつも通りね)
そして、いつも通りの挨拶を二人は交わすのである。
「おはよう、エゼル」
「おはよう、ヒルダ。ふぁぁ~~~~~ぁ」
少女の挨拶に、まだ眠りから覚め切っていない少年が欠伸をしながら挨拶を返す。
髪はボサボサだったが、一応は寝間着から普段着へと着替えは終わっているようだ。
その後で、二度寝をしようとベッドに寝ころんでいたと見られる。
「も~、髪の毛ボサボサよ。もっとしっかりしなきゃ!」
身だしなみに気を使わない少年の髪を直すように手を伸ばすが、”余計なお世話だ”と軽く手を払う。
「後で直すからさわんなよ~」
少年は変わられるのがお気に召さない様だ。
年下の少女に世話を焼かれるのは嫌なのであろう。
二人が部屋の入り口へ視線を向けると、すでに着替え終わり、何時でも出掛けられる格好の大人二人が子供達を笑顔で見ていた。。
子供達のやり取りが子供らしく可愛かったのであろう。
「おはようございます、スイールさん、シスター」
「おはよう、スイールにシスター」
少女と少年は笑顔の大人二人に、元気に朝の挨拶をした。
「「はい、おはよう」」
返しとばかりに、笑顔で挨拶を返す。
「さて、朝食に行こうか。船の出航にまで余り時間が無いから早めに済ませようか」
今日は旅行の最終日である。
乗船する前に腹ごしらえをしようと、四人はホテルの近くにあるレストランへと向かうのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ブールの街へ出る船の出航時間の少し前、スイール達は桟橋の上にいた。
桟橋は海に突き出るように作られており、吹き抜ける風が頬を撫でて気持ち良くしてくれる。
見上げれば、これから乗船する河の遡上船見え、出航を今か今かと待っているようである。船の上や桟橋では、船員がそこかしこに忙しく動き回りブールの街での出港時に目撃した積み込み作業をしている。
ただし、今回は馬車の積み込みは見えずにいたので、子供二人はホッとしていた。
「さて、そろそろ乗船しようか。いつまでもここにいる訳にもいかないからね」
スイールに促されるように三人は頷いて乗船口へと向かう。
桟橋から船に掛かる長いタラップを踏みしめながら、波でわずかに揺れる船内へと入って行く。陸にはない揺れに、数日前に河を下った船を思い出しながら船室へと歩いて行く。行きに乗った船と同じ船室は、狭いが数日過ごすだけなら問題ない。
全ての荷物を船室へ入れ、忘れ物がないかを確認する。
まぁ、忘れ物があったとしても、今さら取りに戻る事も出来なのだが。
行きには子供達が船内を探検して大はしゃぎであったが、何かを思ったか大人しく椅子に腰かけている。特にエゼルバルドは、前日に購入した本を取り出し読み出し始めた。
読むのを楽しみにしていたのか、少々の事では動じない程にである。
彼の読み始めた本であるが、五年もするとそこかしこに付箋が張られて所狭しとメモが書かれ、背表紙は何を書かれているのか判読できないほどに読み込まれる。
その本は、彼の原点としての意味を成す事になるのだ。
それは後にわかる事であるのだが……。
それから間もなく、出航の合図が鳴り響き船が動き出した。
桟橋に括り付けられているもやいが解かれると、船員があわただしく走り回る足音が船室に伝わってくる。
そして、船体を少し揺らしながら、桟橋からゆっくりと船体が離れる。静かな音色の如くに波は打ち寄せ、ゆりかごの様にゆっくりと船体を揺らしながら。
そのゆっくりとした揺れは、乗船客の眠りをさそうかの如くであった。
実際、その揺れにスイールとシスターは眠りに就いてしまったので、あながち間違いではない表現であろう。
ヒルダは船窓から外を恨めしそうに眺めている。
普段なら一緒に遊ぶエゼルバルドが、何かを決めたかのように一心不乱に本を読んでいる。彼女が声を掛けても上の空だ。
そして、保護者である大人二人も夢の中を漂い始めている。
体を動かそうにも場所が無い。船の中は出航直後で船員がまだ走り回っている。
さすがに手持ち無沙汰で暇を持て余していたのだ。
そんな情景もすぐに終わりを告げる。
船の向きが変わり、河を上り始めた。海の景色から陸の風景に変わり、船窓からは緑色が目に入ってくる。
ヒルダはそれを食い入るように眺めるのであるが、彼女もいつの間にか寝入ってしまったようで、ゆっくりと船を漕いでいたのである。
どのくらい時間が経ったのであろうか?
エゼルバルドが船室を見渡すと、三人は寝息を立てて船を漕いでいた。
膝の上には、四分の一程ページが進んだ本がで開かれている。
今はただ読んでいるだけに過ぎないが、何度も読みたくなるような内容に手ごたえを感じていた。内容は、先日、ヴルフが話聞かせてくれた帝国との闘いの他に、幾度となく起きた戦いの歴史が、その本の中には綴られていた。
スイールから魔法を、守備隊のジムズから剣を習い、それらに熱中する事はあったが、学校の勉強には熱中する事が無かった。だが、その延長と感じられるこの本には知らない事が沢山書いてあった。
エゼルバルドは第三の楽しみをそこに発見してしまったのだ。
ヴルフの話が初めにありきではあったが、それを熱中する何かに変えてしまう事とは思わなかっただろう。
視線を下に向けると、膝の上にはページを開いた本がそこにある。
しおりを挟み本を閉じると、腕を上げて体を伸ばし、凝り固まった体を柔らかくして行く。普段、体を動かし暴れる事は慣れているが、長時間、下を向いてじっとしている事は体が慣れていないのだ。
(ちょっと体を動かしてこよっと)
船が滑り出してから、かなりの時間が経っている。
船員の”バタバタ”とした足音も響かなくなり、順調に船が遡上している事を物語っている。
(甲板までダッシュかな?)
ベッドを兼ねたソファーから勢いよく飛び立つと、手に持った本を座っていた場所に置き、首をぐるぐると何回か回し船室を飛び出して行く。
一応、三人がすやすやと寝息を立てている事を考えて、ドアは極力、音を立てないように注意して。
船室から出た通路には他の乗船客の姿は見えない。すぐ側には船を上り下りする階段が見える。そして、使い込まれた手すりを軽く伝いながら、一階、二階と階段を上る。
甲板に飛び出ると、心地良い河の風が頬をなでる。雲間から真夏の太陽がちらりと顔を覗かせている。今の位置はほぼ真上にある。
甲板を見渡すと他の乗船客がちらほらと見え、手すりから乗り出しては景色を満喫している。
”ぐぐ~~~~ぅ!”
突如、エゼルバルドの耳にくぐもった大きな音が耳に届いた。他人に聞かれると少し恥ずかしい、お腹の虫が鳴いたのだ。
太陽が真上にある時間だ、お昼を食べる時間であろう。
(外に出たばかりだけど、戻った方がいいかな?)
先程まで固まっていた体を軽く動かしてほぐし、船室に足を向ける。
船室に駆け戻ると、すでに三人が目を覚ましており、テーブルの上に買い込んでいたサンドイッチがテーブルに広げてあった。
「お帰り、そろそろ戻ってくると思っていたよ。お腹の時間は正確だからね」
スイールがからかい気味に食事だと笑顔を向ける。
意地悪で一人を攻撃するのはどうなのかと思いながらもソファーに腰を下ろす。
「さぁ、お昼にしよう!」
これから食べようとシスターが満面の笑みを皆に向ける。
朝、買い込んだサンドイッチであるが、新鮮な野菜がふんだんに使われ、時間が経って少し硬くなったパンとは言え、美味しく食べることが出来た。
船内での食事はメニューに限りがあるので、初日だけだが嬉しい事であろう。
河を”するする”と進む船だが、昼食が終わってすぐは甲板上に人は少ない。
体を動かす人も多少は見ることが出来るが、基本は船室でお腹を休めているらしい。
食べ終わったエゼルバルドとヒルダの二人は、練習用の木剣と杖替わりの棒を握りしめて甲板に上がった。
食後に甲板に上がろうと言いだしたのはヒルダだった。しばらく体を動かしていないので練習に付き合って欲しいと言われたのだ。剣を振るったのが地下迷宮だけで、体全体が重いと感じていたエゼルバルドはそれに賛成したのである。
言いだしたヒルダは顔のむくみが気になるらしく、その解消が急務と感じていたのだが、それは内に秘めておくのである。
甲板上、特に後部甲板は比較的広く、人も少ない事もあり、他人に邪魔されず使う事が出来る。
いつもの練習では、魔法と剣の両方を練習をしているが、この旅では木剣と杖替わりの棒なので、それに準じた練習をする事にした。
「それじゃ、行くぞ~!」
「いいわよ、いつでもどうぞ」
二人は軽く打ち合う事から始めた。そして、体が温まってきてからは、打ち合う速度が徐々に速くなっていく。
”カン!カン!カン!”とリズムを刻んで響いていた、いつの間にか”カカン!カカン!”とさらに早く刻むようになっていた。
甲板上に出てきた乗船客が、この音は何か?と覗きに来て、子供達がその年齢に合わない速度で撃ち合っていると、肝を冷やしていたのだ。
ただ、覗いていた乗船客が共通で思った事があった。
「むやみに声をかけるのは止めよう」
その一言に尽きるだろう。
とは言え、夏の気温の中での打ち合いである。さすがの二人も長時間の打ち合いは厳しいものがあり、早々に引き上げた。それでも一時間くらいは打ち合っていた。
通常の感覚から言えば、恐ろしいほどの実力を持った子供達である。
この後は河下りであったような船酔いや屈強な戦士にぶつかる予想外の出来事も無く、快適な船旅を送った。
天候も安定し、船室での暇つぶしや甲板上での軽い(?)運動も出来るとあって、退屈すること無かった。
ただ、エゼルバルドとヒルダを見る乗船客の目が何処か余所余所しく、腫れ物に触るようであったが、本人達は気づいていないのが救いであろうか。
ここで、二人には試練、夏休みの宿題と言う大きな試練が待ち構えているのである?
ブールの街に到着してからが夏休みの本番ではないのだが……。
太陽はまだ低く、レースのカーテン越しでまだ柔らかな光だ。
ベッド上に山の様に掛けられたシーツが光を反射して、柔らかく爽やかな光が天井を明るく照らす。
そのシーツが”ガサゴソ”と動き出すと、一人の少女が大きな欠伸をしたのである。
「ふぁぁ~~~ぁ。朝だぁ~~」
寝ころんだまま、首を動かして部屋の中を見渡と、すでに自分一人であり、一緒に寝ていたはずの姿が見えなくなっていた。
窓に視線を向ければ、そこには小さなシルエット。朝を告げる小鳥たちが無邪気に遊んでいる様子が見て取れる。
そして、耳を澄ませば、小鳥達が遊んでいる鳴き声が耳に届く。
ゆっくりと上体を起こすと腕を動かし、”カチコチ”に固まった体をほぐすように、大きく体を伸ばす。”ギシギシ”と体の筋が伸びて体が目を覚まして行く。
伸び行く体の痛みを感じるが、顔は気持ちよさそうに笑顔を作る。
勢い良く飛び起き、ベッドに別れを告げると、傍にあるドレッサーの鏡へと向かう。
寝る前に一応整えたはずの髪は、寝相の悪さからか、”ボサボサ”であちらこちらに撥ねていた。
血色の良い顔が鏡に写るが、寝癖を直さなければならぬと憂鬱な気分になる。
とりあえず、寝癖を放置して旅行に持ってきた鞄を開き、何を着ようかと首を傾げる。
中から、お気に入りの夏色のシャツと雲色のズボンを取り出して無造作にベッドに投げる。
それと、念のための装備品を用意する。これは今は身に着ける必要はなく、ある事だけの確認だ。
鏡の前に移動してバッと寝間着を脱ぐと、鏡に写ったその胸元を眺める。
。
少女はこの胸など無くても良いと思っているのか、膨らみ始めた忌々しい胸が何とかならないかと恨めしそうに見つめるのだ。
成長する自分の体に文句を言っても始まらないと、お気に入りの夏色のシャツと雲色のズボンにさっさと着替える。
そして、ブラシを手に、ドレッサーの前に座って”ボサボサ”の髪にブラシを通す。
若々しい明るい茶色の髪は、抵抗など無くブラシを通し、先ほどまで”ボサボサ”だった髪からは想像もつかない、綺麗なストレートの髪に変化する。
お気に入りの髪が綺麗になると、頭の後ろで髪留めで一つに纏める。
首を左右に振ると、髪留めに纏められた髪が横に振られて綺麗になびく。
これも少女のお気に入りの仕草であった。
鏡を見ていて気になったのは、写った自分の顔である。
旅行中に少しだけ、頬が厚くふくよかになった気が、いや、確実に厚くなっていた。
この数日間、動く量よりも、何かを食べる量が多かった証拠だ。
旅行中は練習道具を振る事もあまりなく過ごしていたのだ。
その厚くなった頬を、誰かに指摘されないかと思いながら、両手を頬に当てて上下に動かし、簡単にマッサージを行う。
焼け石に水だと思うが、しないよりはマシだろうと、手を動かし続ける。
今日は帰るだけ。船に乗るだけなのだろうか?
ドレッサーの前から立ち上がり、元気に部屋を出てもう一つの寝室へと入って行く。
ダブルベッドの上には、そこにはまだ夢現で寝不足気味の一つ年上の少年の姿が見える。
癖毛の上に寝癖で、髪が制御不能の状態になっていて、面白い。
その髪を笑いをこらえながら見て、少女は思うのだ。
(今日もいつも通りね)
そして、いつも通りの挨拶を二人は交わすのである。
「おはよう、エゼル」
「おはよう、ヒルダ。ふぁぁ~~~~~ぁ」
少女の挨拶に、まだ眠りから覚め切っていない少年が欠伸をしながら挨拶を返す。
髪はボサボサだったが、一応は寝間着から普段着へと着替えは終わっているようだ。
その後で、二度寝をしようとベッドに寝ころんでいたと見られる。
「も~、髪の毛ボサボサよ。もっとしっかりしなきゃ!」
身だしなみに気を使わない少年の髪を直すように手を伸ばすが、”余計なお世話だ”と軽く手を払う。
「後で直すからさわんなよ~」
少年は変わられるのがお気に召さない様だ。
年下の少女に世話を焼かれるのは嫌なのであろう。
二人が部屋の入り口へ視線を向けると、すでに着替え終わり、何時でも出掛けられる格好の大人二人が子供達を笑顔で見ていた。。
子供達のやり取りが子供らしく可愛かったのであろう。
「おはようございます、スイールさん、シスター」
「おはよう、スイールにシスター」
少女と少年は笑顔の大人二人に、元気に朝の挨拶をした。
「「はい、おはよう」」
返しとばかりに、笑顔で挨拶を返す。
「さて、朝食に行こうか。船の出航にまで余り時間が無いから早めに済ませようか」
今日は旅行の最終日である。
乗船する前に腹ごしらえをしようと、四人はホテルの近くにあるレストランへと向かうのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ブールの街へ出る船の出航時間の少し前、スイール達は桟橋の上にいた。
桟橋は海に突き出るように作られており、吹き抜ける風が頬を撫でて気持ち良くしてくれる。
見上げれば、これから乗船する河の遡上船見え、出航を今か今かと待っているようである。船の上や桟橋では、船員がそこかしこに忙しく動き回りブールの街での出港時に目撃した積み込み作業をしている。
ただし、今回は馬車の積み込みは見えずにいたので、子供二人はホッとしていた。
「さて、そろそろ乗船しようか。いつまでもここにいる訳にもいかないからね」
スイールに促されるように三人は頷いて乗船口へと向かう。
桟橋から船に掛かる長いタラップを踏みしめながら、波でわずかに揺れる船内へと入って行く。陸にはない揺れに、数日前に河を下った船を思い出しながら船室へと歩いて行く。行きに乗った船と同じ船室は、狭いが数日過ごすだけなら問題ない。
全ての荷物を船室へ入れ、忘れ物がないかを確認する。
まぁ、忘れ物があったとしても、今さら取りに戻る事も出来なのだが。
行きには子供達が船内を探検して大はしゃぎであったが、何かを思ったか大人しく椅子に腰かけている。特にエゼルバルドは、前日に購入した本を取り出し読み出し始めた。
読むのを楽しみにしていたのか、少々の事では動じない程にである。
彼の読み始めた本であるが、五年もするとそこかしこに付箋が張られて所狭しとメモが書かれ、背表紙は何を書かれているのか判読できないほどに読み込まれる。
その本は、彼の原点としての意味を成す事になるのだ。
それは後にわかる事であるのだが……。
それから間もなく、出航の合図が鳴り響き船が動き出した。
桟橋に括り付けられているもやいが解かれると、船員があわただしく走り回る足音が船室に伝わってくる。
そして、船体を少し揺らしながら、桟橋からゆっくりと船体が離れる。静かな音色の如くに波は打ち寄せ、ゆりかごの様にゆっくりと船体を揺らしながら。
そのゆっくりとした揺れは、乗船客の眠りをさそうかの如くであった。
実際、その揺れにスイールとシスターは眠りに就いてしまったので、あながち間違いではない表現であろう。
ヒルダは船窓から外を恨めしそうに眺めている。
普段なら一緒に遊ぶエゼルバルドが、何かを決めたかのように一心不乱に本を読んでいる。彼女が声を掛けても上の空だ。
そして、保護者である大人二人も夢の中を漂い始めている。
体を動かそうにも場所が無い。船の中は出航直後で船員がまだ走り回っている。
さすがに手持ち無沙汰で暇を持て余していたのだ。
そんな情景もすぐに終わりを告げる。
船の向きが変わり、河を上り始めた。海の景色から陸の風景に変わり、船窓からは緑色が目に入ってくる。
ヒルダはそれを食い入るように眺めるのであるが、彼女もいつの間にか寝入ってしまったようで、ゆっくりと船を漕いでいたのである。
どのくらい時間が経ったのであろうか?
エゼルバルドが船室を見渡すと、三人は寝息を立てて船を漕いでいた。
膝の上には、四分の一程ページが進んだ本がで開かれている。
今はただ読んでいるだけに過ぎないが、何度も読みたくなるような内容に手ごたえを感じていた。内容は、先日、ヴルフが話聞かせてくれた帝国との闘いの他に、幾度となく起きた戦いの歴史が、その本の中には綴られていた。
スイールから魔法を、守備隊のジムズから剣を習い、それらに熱中する事はあったが、学校の勉強には熱中する事が無かった。だが、その延長と感じられるこの本には知らない事が沢山書いてあった。
エゼルバルドは第三の楽しみをそこに発見してしまったのだ。
ヴルフの話が初めにありきではあったが、それを熱中する何かに変えてしまう事とは思わなかっただろう。
視線を下に向けると、膝の上にはページを開いた本がそこにある。
しおりを挟み本を閉じると、腕を上げて体を伸ばし、凝り固まった体を柔らかくして行く。普段、体を動かし暴れる事は慣れているが、長時間、下を向いてじっとしている事は体が慣れていないのだ。
(ちょっと体を動かしてこよっと)
船が滑り出してから、かなりの時間が経っている。
船員の”バタバタ”とした足音も響かなくなり、順調に船が遡上している事を物語っている。
(甲板までダッシュかな?)
ベッドを兼ねたソファーから勢いよく飛び立つと、手に持った本を座っていた場所に置き、首をぐるぐると何回か回し船室を飛び出して行く。
一応、三人がすやすやと寝息を立てている事を考えて、ドアは極力、音を立てないように注意して。
船室から出た通路には他の乗船客の姿は見えない。すぐ側には船を上り下りする階段が見える。そして、使い込まれた手すりを軽く伝いながら、一階、二階と階段を上る。
甲板に飛び出ると、心地良い河の風が頬をなでる。雲間から真夏の太陽がちらりと顔を覗かせている。今の位置はほぼ真上にある。
甲板を見渡すと他の乗船客がちらほらと見え、手すりから乗り出しては景色を満喫している。
”ぐぐ~~~~ぅ!”
突如、エゼルバルドの耳にくぐもった大きな音が耳に届いた。他人に聞かれると少し恥ずかしい、お腹の虫が鳴いたのだ。
太陽が真上にある時間だ、お昼を食べる時間であろう。
(外に出たばかりだけど、戻った方がいいかな?)
先程まで固まっていた体を軽く動かしてほぐし、船室に足を向ける。
船室に駆け戻ると、すでに三人が目を覚ましており、テーブルの上に買い込んでいたサンドイッチがテーブルに広げてあった。
「お帰り、そろそろ戻ってくると思っていたよ。お腹の時間は正確だからね」
スイールがからかい気味に食事だと笑顔を向ける。
意地悪で一人を攻撃するのはどうなのかと思いながらもソファーに腰を下ろす。
「さぁ、お昼にしよう!」
これから食べようとシスターが満面の笑みを皆に向ける。
朝、買い込んだサンドイッチであるが、新鮮な野菜がふんだんに使われ、時間が経って少し硬くなったパンとは言え、美味しく食べることが出来た。
船内での食事はメニューに限りがあるので、初日だけだが嬉しい事であろう。
河を”するする”と進む船だが、昼食が終わってすぐは甲板上に人は少ない。
体を動かす人も多少は見ることが出来るが、基本は船室でお腹を休めているらしい。
食べ終わったエゼルバルドとヒルダの二人は、練習用の木剣と杖替わりの棒を握りしめて甲板に上がった。
食後に甲板に上がろうと言いだしたのはヒルダだった。しばらく体を動かしていないので練習に付き合って欲しいと言われたのだ。剣を振るったのが地下迷宮だけで、体全体が重いと感じていたエゼルバルドはそれに賛成したのである。
言いだしたヒルダは顔のむくみが気になるらしく、その解消が急務と感じていたのだが、それは内に秘めておくのである。
甲板上、特に後部甲板は比較的広く、人も少ない事もあり、他人に邪魔されず使う事が出来る。
いつもの練習では、魔法と剣の両方を練習をしているが、この旅では木剣と杖替わりの棒なので、それに準じた練習をする事にした。
「それじゃ、行くぞ~!」
「いいわよ、いつでもどうぞ」
二人は軽く打ち合う事から始めた。そして、体が温まってきてからは、打ち合う速度が徐々に速くなっていく。
”カン!カン!カン!”とリズムを刻んで響いていた、いつの間にか”カカン!カカン!”とさらに早く刻むようになっていた。
甲板上に出てきた乗船客が、この音は何か?と覗きに来て、子供達がその年齢に合わない速度で撃ち合っていると、肝を冷やしていたのだ。
ただ、覗いていた乗船客が共通で思った事があった。
「むやみに声をかけるのは止めよう」
その一言に尽きるだろう。
とは言え、夏の気温の中での打ち合いである。さすがの二人も長時間の打ち合いは厳しいものがあり、早々に引き上げた。それでも一時間くらいは打ち合っていた。
通常の感覚から言えば、恐ろしいほどの実力を持った子供達である。
この後は河下りであったような船酔いや屈強な戦士にぶつかる予想外の出来事も無く、快適な船旅を送った。
天候も安定し、船室での暇つぶしや甲板上での軽い(?)運動も出来るとあって、退屈すること無かった。
ただ、エゼルバルドとヒルダを見る乗船客の目が何処か余所余所しく、腫れ物に触るようであったが、本人達は気づいていないのが救いであろうか。
ここで、二人には試練、夏休みの宿題と言う大きな試練が待ち構えているのである?
ブールの街に到着してからが夏休みの本番ではないのだが……。
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