奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)

遊爆民。

第七話 ヴルフと依頼人と【改訂版1】

「あれ、何で貴方がここにいるんですか!!」

 ワークギルドの職員、エッタが奥の部屋から連れてきた御仁を見たヴルフは、驚きの表情を見せて、ピタリと動きが止まった。
 いつも見せているおどけた雰囲気は鳴りを潜め、蛇に睨まれた蛙の如くであった。

「おう、久しぶりだな。二つ名で呼んだ方が良いか?ヴルフよ」

 男の口調からすると、ヴルフとは昔からの知り合いと見られる。
 仕立ての良い服装と豪華な装飾の付いた剣を腰にぶら下げ、それなりの地位に付いていると予想できる。
 金色の髪を短く整え、街にいれば十人中八人の女性が振り向きそうな顔立ちをしている。そして、日除けのフードを備えた夏色の街灯を羽織ってヴルフを見つめている。
 惜しいのは年齢が四十代半ばを迎えているジェントルマンである事だろう。

「え、えぇ!依頼書には別の名前が書いてあるのに!」

 硬直が解けたヴルフだが、その人物を見ては動揺しておろおろとしていた。懐から折りたたまれた依頼書を広げて、目の前の人物と依頼書とを交互に見ながら、ぶつぶつと呟いている。

「あの~、立ち話もなんですから、こちらの部屋を使ってください」

 おろおろとしているヴルフを気遣ってか、エッタが受付の奥の部屋を使う様にと案内をしてきた。エッタの見つめる先のには”応接室”と書かれており、ワークギルドの職員がお偉いさんと面談するときに使われる部屋であろう。
 その男が頷くと、エッタは皆を応接室に通すのであった。
 そして、その男を含めた全員が応接室に入ると、エッタがドアを閉めて、内側から鍵を掛けた。

「紹介が遅れたか?わたくしはこの国の軍事の長、将軍職を承っている、【カルロ=バーグマン】と申す」

 普段王城にいて、軍事のすべてを取り仕切る、明らかに場違いな人が目の前で胸に手を当てて挨拶をしている。
 その地位の高さに、スイールとシスターは唖然とした表情で固まり、エゼルバルドとヒルダは目をキラキラと輝かせて、憧れに満ちた眼差しを向けている。
 そして、ヴルフは手で目元を覆い、大きく溜息を吐くのであった。

「あれ?どうした。なんかあったか?」
「”なんかあったか?”じゃないでショう。それはこっちの台詞。どうして、ここにいるんでスか?それに、依頼書には別の名前が書いテある。説明してもらいたいのはコッチですヨ!!」

 所々、可笑しな発音で声を荒げて叫ぶヴルフは、まだ心に動揺が残っている様子だった。

「だって、依頼受けたの、ヴルフだって知ったから……。久しぶりに顔を見たいなって思って。ダメ?」

 先程の自己紹介と違い、威厳もへったくりも無い口調で、くねくねと体を揺らしてはヴルフを茶化している。しかも、その仕草は慣れていると思われ、ヴルフの前では良くしているのだろう。
 その将軍らしからぬ仕草を見て、半分諦めたヴルフは同行者の紹介を行おうとする。が、その前に一言、言ってやろうとキリっと顔を向ける。

「”ダメ?”って、何、子供みたいに気持ち悪い仕草をしてるんですか!本当にこの人が将軍って、今でも信じられないよ、これだから……」

 頭を抱えて怒りを露わにするヴルフだったが、気を取り直してそれぞれの紹介に入った。

「まぁ、いいや。では、この男。カルロ将軍はオレの元の上官。オレが十八で騎士団に入り、二十三で辞めるまでの、ね」
「よろしく、皆さん」

 自らの経歴を少し交えて、カルロ将軍を紹介する。

「それで、今回オレに同行してくれた、ブールの街に住む、魔術師のスイール。旅行の途中だけど力を貸してくれた」
「初めまして、スイールと申します」

 正式な場所でないので、軽く会釈をする程度に頭を下げた。

「そして、ブールの街の教会のシスター。孤児院の副院長、でしたかね」
「どうも、【イルマ=マリオット】ってんだ。シスターでいいよ」

 シスターもスイールと同じように軽く頭を下げる。

「そして、スイールに魔法を習ってる、エゼルとヒルダ」
「エゼルバルドです」
「わたしはヒルダだよ!」

 エゼルバルドは大人っぽくスイールの真似をして会釈を、ヒルダは偉い人に会って気分が高まっているのか、子供っぽく挨拶をした。
 一通りの紹介が終わると、カルロ将軍は杖を握りしめているスイールに興味があるのか、彼の方をじっと見つめる。
 そして、笑顔を取り戻して口を開いた。

「なるほど、貴殿がスイールか。何やら”変り者”の魔術師がブールの街にいると噂を聞いた事があって、一度会ってみたいと思っていたのだが……。まさか、こんな所で知り合いに紹介されるとは思ってもみなかったよ」
「恐縮です」

 いつもなら”変り者”と言われて”ぶつぶつ”と独り言を呟くスイールなのだが、地位のある人物に言われて嬉しかったのか、頭を下げて礼を言っていた。

「まぁ、ともかく、依頼の報告はカルロ将軍でよろしいですが」
「うむ、依頼をしたのは私だからそれで良い。実際の書類作りは、部下にして貰ったのでそいつの名前になっているがな」

 自らの名前を併記しておけば良かったと少しだけ後悔をするカルロ将軍であった。
 そして、ヴルフ達による報告会が始まったのである。

「行きはまぁ、普通だったかな。迷宮鰐メイズゲーターが出たくらいだ。それから向かった、調査地点は酷かったぞ。毒大蛇ポイズンパイソンが迷宮で暴れてた。その奥には広大な空間が広がってて、天井部分が地上と繋がっていた。調査するんなら地上と繋がってる場所を塞いで、後は人海戦術が必要だな」

 カルロ将軍は”ふんふん”と頷きながらヴルフの報告をメモを取り、頭に入れていった。そして器用にも、脳裏の奥底では、今回の調査場所に派遣する兵士の数を大まかに決めていたのである。

「良くわかった。やはり、お主でよかったわ。毒大蛇ポイズンパイソンなど、お前でなければ対処できぬ相手だったな。そこら辺にいる、探検家崩れ等返り討ちにあって、毒大蛇ポイズンパイソンの餌になっていたかもしれんな」

 だが、カルロ将軍がぼそっと呟いた言葉に、エゼルバルドとヒルダの子供二人は首を傾げて不思議そうな目を彼に向けていた。
 ふと気になり、子供達に目を向けたカルロ将軍は、自分に視線が向けられているのを別の意味に勘違いしていた。

「ん、今の話は二人には難しすぎたか?すまんの」

 にっこりと笑顔を向け、二人の子供に軽く謝罪の言葉を掛けてみた。

「一番奥の蛇の事でしょ。大した事なかったんだけど……」
「そうそう、毒だけ気を付ければらくしょ~!!」

 ヒルダは戦ってないでしょ、とエゼルバルドからの茶々が入る。それよりも、驚きを見せていたカルロ将軍がヴルフに尋ねた言葉が印象的であった。

「なぁ、ヴルフ。この子達って何者?お前なら一人で倒せると思うが、毒大蛇ポイズンパイソンって五、六人で対処できる相手じゃないでしょ?しかもこんな子供が楽勝って言うか?」

 カルロ将軍の発言は尤もであるとヴルフも思ったが、エゼルバルドの戦いを見ていた彼は首を横に振り、衝撃的な発言する。

「将軍、毒大蛇ポイズンパイソンに止めを差したのはオレじゃなく、このエゼルだ。しかも、剣じゃなく、魔法で頭を消し炭にしたんだぞ」

 天井を仰ぎ見ながら両手で顔を覆い、自らの常識って何だろうと疑問を感じるカルロ将軍。十五歳の成人にもならぬ子供が、モンスタークラスの敵を倒すのはどうあってもおかしい。

(もしかして、ヴルフの知り合いは非常識な程の戦力を持っているって事か?子供に付き添っている二人もさも当然との顔をしている。敵に回ったら恐ろしいのでは……)

 こめかみから”ツーッ”と冷や汗が流れ出て、喉が渇きを訴える。カルロ将軍は、こんな子供から恐怖を感じ取っている自分自身がいる事に驚くのであった。
 そして、唾を”ゴクン”と飲み込み、何を話そうと考えていると、ギルド職員のエッタが助け舟を出す様に話題を変えるのであった。

「あ、そうそう、毒大蛇ポイズンパイソンの皮ですけど、大金貨一枚って出ましたがどうしますか?」

 大金貨一枚とはかなりの大金である。日本円にすれば五十万円となり、一回の販売価格では破格と言えよう。

「もう一声、無理か?」

 毒大蛇ポイズンパイソンにかかわらず、大蛇パイソン系の素材は人気がある。貴族のお姫様などが黒っぽいドレスに合わせるためにバッグを購入して行くのだ。もう一声あってもおかしくないとヴルフは告げるのである。

「わかりました、金貨一枚追加しますね。これ以上は無理ですよ」
「それで頼む」

 金貨を一枚追加され、ほくほく顔をエッタに向ける。依頼の高額報酬と素材を売った金額で相当に懐が温まるとわかれば、表情も緩むと言うもの。
 贅沢はしないが、纏まった金額が手に入るとわかれば、それは嬉しい事なのだ。

「そんな訳で、そろそろ我々は失礼する。将軍もご健勝で何より、今度は王都でお会いできる日を楽しみにしておくよ」
「そうだな、あれこれ言っても始まるまい。王都に来たら、ぜひ王城に遊びに来てくれ。もてなすぞ、色々な意味でな。ワハハハ」

 豪快な笑いで挨拶返しをするカルロ将軍。気持ちの切り替えもかなり早く、先ほどの冷や汗はもう引いているらしい。
 だが、”色々な意味で”が気になり、王城にはあまり近寄りたくないと思うヴルフであった。

 そして、ヴルフ達はカルロ将軍に一礼をして、応接室から退出してゆくのであった。



 ヴルフ達を見送り、一人、応接室に残ったカルロ将軍は誰に向けているのか、ぶつぶつと独り言を始めた。

「あの、子供二人は何なんだ?ヴルフの言動といい、スイールとかいう魔術師もそうだが。あの子供達は見たところ、年少か中等の学生だ。気を付けんといけない危険人物なのかもしれない。いやいや、ヴルフと一緒にいるんだ、そんな事はあるまい。しかし、万が一って事も。どうしたら良いと思う……」

 応接室にはカルロ将軍一人であったが、それを聞いていた影の人物が実は隠れていた事は彼以外、気づく事は無かった。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 依頼の報酬と毒大蛇ポイズンパイソンの素材を売り払らい、大金を手に入れたヴルフはホクホク顔で気分が大きくなっていた。かなり良い報酬だったとみられる。

 ワークギルドから出て繁華街に出れば、足早に通り過ぎる観光客、この街に来たばかりの探検家、獣や怪物を相手に戦っていたであろう血まみれの戦士達がそこかしこに見て取れた。
 それらに混じりながら、普段は入るのを躊躇する少しだけ高級なレストランにスイール達を連れて入って行く。
 高級なレストランと言っても、観光客相手ではなく、探検家や戦士等が入れるように入り口には武器を預けるカウンターも設置されているのが特徴だ。
 席に着いて食事を楽しむお客達は、何かの仕事を澄ませてきて晴れ晴れとした表情をしていた。

 そんなレストランで、ヴルフは一行にお礼とばかりに料理を振舞おうとしていた。

「おう、じゃんじゃん食べてくれ」

 依頼の報酬と素材の売却金で懐がいつも以上に暖かいヴルフは、上機嫌で料理を注文する様にと促す。
 夕食には少し早いが、窓辺から見える光景は日が沈みかける時間だ。それに、仕事を終えて帰路に就苦人々も見て取れる。

 テーブルに目を戻せば、育ち盛りの子供二人がは遠慮もせずに料理を注文していた。
 それに対して、スイールとシスターの大人二人は、グラスに注いだワインやウィスキーなど、普段の目そうにないアルコール類を料理と共に注文していた。

 そして、テーブルに注文していた料理、--海の幸をふんだんに使い食欲をそそる料理--がテーブルに並ぶと、食前の祈りもそこそこに食べ始めるのである。
 スイールとシスターの頼んだアルコール類は、海の幸に合う、お店のすすめる逸品である。
 そして、子供たちは育ち盛りを地で行くような豪快に料理を口にはこんでいた。その光景を見て、ヴルフは上機嫌で笑顔になって行った。



 テーブルに並んだ料理がもうそろそろ終わりとなる時、ヴルフに向かってヒルダが口を開いた。

「ねぇねぇ、ヴルフさん。さっきの人とはどんな関係だったの?」

 口の周りを汚して面白い顔になっているヒルダに、綺麗にする様な仕草を送る。ヒルダとしてはヴルフは剣の達人、そして、さっきの人とは上官と部下との関係を説明されただけ。しかも、将軍とはなにか、あまりピンと来ていなかった。

「知りたいかい?」
「うん!!」

 ヴルフの問いかけにヒルダが目を輝かせて答える。

「それじゃ……」

 グラスに残ったお酒を一気に煽り、少し気持ちを高ぶらせるとヴルフは昔話を始めるのだった。

「カルロとの出会いは、オレが十八歳で騎士団に入団した時にさかのぼる。その時、彼は騎士団の中隊長だったか?三つ位はオレよりも上の階級だった。オレは、まだ入ったばかりのぺーぺーで、訓練に明け暮れていたんだ。それから一年も経つと、オレの腕は同期の中でも飛び出てしまって、疎まれ始めたんだ。出る杭は打たれるってね。それを注意するかのように動いてくれたのが、カルロだった。それからだな、彼を頼るようになったのは」

 次に来たグラスを持ち上げ、クルクルとワインをグラスの中で回しながら、話を続ける。

「そして、彼が早くに騎士団の団長に抜擢されて、同時にオレも小隊長なったのは辞めた二十三歳の時だ。その歳までいろいろと世話になったし辞めた後もいろいろと駆けずり回ってくれた。恩人みたいな人だ。でも、辞める原因となったのも彼がいたからかも知れないがな」

 ヒルダは話を理解するのに時間が掛かったようで首を傾げて聞いていた。彼女が理解するまでは少し遠くを見つめて、静かにしていた。
 そして、ここからはさらに深い話へと続いてくのであった。

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