奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険(旧題:Labyrinth & Lords ~奇妙な魔術師とゆかいな仲間たち~)
第十六話 職人の仕事【改訂版1】
「やあ、おはよう」
工房の入り口を潜りながら、スイールが挨拶をする。
「お前なあ。”おはよう”って今が何時だと思ってるんだ。こちとら、万全の用意しているのに、何時間、待たせるんだ」
自分が仕事場に入ってすでに数時間が経過し、腹も空いてくる時間になってしまったと、顔を紅潮させて、ラドムが怒鳴りを上げる。
「ちょっと待ってくださいよ。昨日、朝に来いと言われただけで、何時に来いと言わなかったでしょう。それに、早く出すぎると、宿に迷惑かかるもので」
「むむっ、何時と言わなかったか、こりゃ失礼した」
この男の性格から言って、しっかりとした指定をしなければ、予定の幅はかなり広くなってしまう。それがわかっていながら、指定をしなかったと自らの過ちを認めるしかなかった。やはり、”変り者”と改めて思うのだった。
「今日の作業だが、柄を取り付けて、鍔の形まで何とかしたいもんだな」
気を取り直して、本日の作業内容を軽くスイールへ説明する。難しい工程が入っているので予定であるが。
「鍔の材質がどうするかだが……。外れた鍔を溶かしてみれば再利用できるかもしれん。今日も頼んだぞ、スイールよ」
「何を手伝えるかわからんが、わかった。それでは、これを」
細長いケースに入った、刀身のみになった剣をラドムへと渡す。そして、テーブルへとそれを置くと早速作業に入る。
「それじゃ、まずは柄からだな。長さはどれだけ必要だ?」
「ブロードソードサイズですが、両手で使える長さにして欲しいですね」
両手で剣を持つ様に握り、”この位の長さ”と、おおよその長さの三十センチをラドムに示す。
「それと柄の先端には、魔石を取り付けるための台座を付けてください」
魔法を扱うには魔石を取り付けた杖が一般的である。それは剣を振っている最中に魔法を発動させることが容易ではないからだ。この時点でエゼルバルドに剣を使いながら、魔法を発動させるように訓練を課して見ようと思っていたのは、内心にしまっていた秘密であった。
「魔石?これ使うのは魔法を使えるのか?」
「まだ、そこまで訓練はしてませんが、生活魔法でとてつもない”炎”を出しましてね。私の見立てでは凄い使い手になりそうなのですよ」
「そうか……。お前さんが期待してるなら、それは凄いんだろな……」
スイールの”凄い”は、常識外れに”凄い”のだと、昔から規格外れだったと思い出した。その彼が”凄い”と口に出すのだ、これ以上、突っ込んだ話をしてもわからずじまいになりそうだと、そこでは無しを打ち切り作業を始めるのだった。
工房の隅から、硬く錆びにくい材質の丸棒を取出し、指定した長さ、三十センチ程に揃えて切り取る。
柄の形状や飾り、楔の穴などを刀身に合わせて作りだし、丸棒を盾に割り二つに分ける。
それで刀身を挟み、位置と長さを確認し、ワイヤーで仮止めをする。
二千度まで上げた炉に柄の部分を突っ込み、真っ赤になるまで熱し、取り出したら軽くハンマーで叩き半分に割った柄を一つにくっ付ける。刀身は二千度などでは熔ける心配も無いのでラドムは強引であるが、この方法を取ったのだ。
そして、油の入った容器に剣を沈め冷却させる。
十分に熱が取れたら楔を打ち込み、柄と刀身が外れないようにしっかりと固定する。そして、熱したために歪になった柄の表面を手作業でなだらかにした後に、滑り止めの革を巻くための下地を作り上げる。
ここまでの作業ですでに数時間、そろそろ太陽が真上に上がりお昼の時間となった。
ラドムが休憩がてらに剣を持ち上げれば、刀身に柄が取り付けられ剣の形が出来上がってくる。
「ふう、上出来だな。これに鍔が付くとようやく使える剣になるぜ。完成が楽しみだな」
「すばらしいですね」
「腹が減ったから一度、小休止だ」
昼食はスイールがここへ来るまでに買ってきたサンドイッチや串役、そしてスープ等だ。冷たくなっているので、ラドムは炉の熱を使ってそれらを暖め、口に運んでいく。
「それでよ、この剣、どこで見つけたんだ」
冷たい飲み物をグイッと煽り、スイールへ質問を投げかける。スイールの保護している子供が見つけたと聞いたが、何処から発見されたかは聞いていなかった。捜しに行くのではなく、純粋にラドムの興味の対象なだけである。
だが、スイールは残念そうな表情で答える
「それなんですけど、聞いていないのですよ。ただ、彼の行動範囲を考えれば、ブールの街近辺のはずです。遠くへ行くなど出来ないはずですから」
「そうなのか。ブールの街の周辺は地下迷宮は無いはずだよな。それともよ、見つかってないだけか?」
「ブールの街は地下迷宮は存在しないはずです。ただ、街ではない場所にある可能性も捨てきれませんから、そこはなんとも……」
この手の武器や防具が見つかるのは大体が地下迷宮である。何処か見知らぬ地下迷宮にエゼルバルドが迷い込んだのではないかと考えてはいたが、ブールの街周辺に心当たりが無く困惑していた。
「まぁ、そんな事はどうでもいいけどよ。それより、コレ、何のために作られたんだ?」
「正直、わかりません。形は剣なので武器として使えるのはそうなのですが、隠された能力がどの程度なのか、封印を解いて良いのか、今の段階ではどうも……」
「お前がわからないと、どうしようもないな」
「ただ、今後の事もありますから、一度、封印を解いてみようかと考えています」
通常の魔法剣であれば、人を殺める、獣を駆逐するなどが目的として作られる。一部では装飾品として作られ権力の象徴とされる魔法剣も存在するが。
今回、エゼルバルドが発見した剣は能力が封印されており、何が目的なのかはっきりしないのだ。
「お前も大変だな。さて、そろそろ次の作業に移るか」
昼食を終えると、ラドムとスイールの二人は作業場に入り、次の準備を始める。
ラドムは下がった炉に燃料をくべて、温度を上げていった。
十分熱が入ったら、ラドムは金属の塊を取り出し、炉に投げ入れた。それは刀身からタガネを使ってこじり取った鍔の残骸だ。
炉の炎に煽られ、鍔だった残骸に熱が加わり始める。
だが、ラドムが炉の中を観察していたが、鉄が溶けだす温度まで上がっているはずだが、鍔だった残骸はまだ赤くもならず、錆が浮いたままであった。
「いったい、何処まで温度を上げりゃいいんだよ!」
赤々と燃える炎にさらされても赤くならぬその物体を見て、ラドムが思わず声を上げてしまった。
そして、ふいごを使い風を送って、さらに温度を上げる。
耐火煉瓦の温度を越え、炉が崩壊してしまう危険域まで一気に炉の温度を上げる。
燃え上がる炎が、赤からオレンジ、そして、黄色に色が変化する頃になり、ようやく投入した物体に変化が起き赤く色が変わった。
まんべんなく温度が回った段階で、金属の鋏で掴み轟々と炎を出している炉の中から取り出す。その熱に金属の鋏が解けてしまうのではないかと思ったが、そこはラドムの腕の見せ所だ、素早く耐熱処理された岩の金床、--岩で出来ているので岩床?--の上でハンマーを振るい出す。
ラドムのハンマーは”ガツッ!ガツッ!”と、くぐもった音を発しながら、物体の形を手早く変え、鍛え、そして、目的の形状へと成形される。
物体の温度が下がれば、再び炉へ戻し、熱を加え、さらに作業を繰り返す。
それからどれだけ、ラドムがハンマーを振るったのだろうか?
叩き、そして、鍛え上げられた物体は目的の形状、剣の鍔へと姿を変える。
ラドムの腕で、まったく同じ形状の物体が二つ出来上がり、油に投入し冷却し冷やす。そして、もう一度、炉にそれを戻し、ある程度温度を上げ、さらに油に投入し最後まで温度を下げる。
「これで完成だな。多少の手直しは必要だがな」
鍔として新たに生まれ変わったそれをまじまじと見ながら、満足気にラドムは口を開く。
だが、言葉に誰の反応も無く、おかしいと工房の中を見渡せば、壁際にもたれ掛かって目を閉じているスイールの姿と窓からの真っ暗な夜空が目に入って来た。
スイールが寝入るほど集中しスイールの対応を疎かにしてしまったと反省するとともに、仕事終わりの時間だと彼の体を揺すって起こしにかかる。
「おい、起きろ。もう真っ暗だぞ!そろそろ宿に戻らんといかんだろう。ここには泊めんぞぉい」
うっかりと眠ってしまい、起こされたスイールは寝ぼけ眼で何気ない言葉を返した。
「あ、あぁ。寝てしまいましたか……。ふぁぁ~あ、もう夜ですか?」
「ったくもう、夜だ!帰る時間だ、さっさと用意しろ」
スイールが工房の窓から空を眺めると、ラドムの言った通りの真っ暗な空が見た。
そして、大きな欠伸をすると帰り支度をするために立ち上がった。
「今日は火を落とすから、また明日来い。朝から作業をしたいから剣は預かっておくぞ」
「明日は何時頃、顔を出せばよいですかね?」
「朝から作業をすれば、昼くらいは終わるだろう。お前さんは昼食前に来てくれればいいぞ」
わかったと手を上げながら答えを返し、身の回りをか片付けてスイールは宿へ帰ろうとラドムの工房を後にするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、宿を出るとラドムの工房へ向かうのでなく、商店のある街の中心部へとスイールは向かった。そして、とある一軒のお店へと入るとある物を購入し、すぐにそのお店から出て来た。彼の腕の中には、大事そうにガラス瓶を抱えていたのである。
それからしばらく、商店街で時間を潰してから昼食を買い込み、ラドムの工房へと足を向けた。
「こんにちは~。そろそろ作業は終わりましたか~?」
太陽が真上に差し掛かり、ちょうどお昼の時間を指していた。だが、薄い雲が太陽を遮っていたので、まぶしい程では無かったが。
「おう、今日は時間ぴったりだな。先程、作業が終わった所だ」
工房の入り口を潜ってきたスイールへ、作業の終わった剣を向ける。
「完璧じゃないですか!これは凄い」
向けられた剣を手に取ってみれば、シンプルな鍔と三十センチ程もある柄が目に入ってくる。柄には滑り止めの革が巻かれすでにオイルが塗られていた。そして、柄の頭には魔石を納める台座が作られて、スイールでも簡単に魔石を取り付けられるよう配慮がされている。
鍔に目を向ければ、シンプルなデザインの中にも存在を主張していた。だが、決して目立つ事ない表面の加工がラドムの腕を物語っているのだ。
柄を握り、鞘から”すらっ”と剣を抜くと、刃毀れ一つない刀身が姿を現す。そして、鈍く光を放つそれを見て、うんうんと頷くのであった。
「これは素晴らしいです。思っていた以上の出来栄えです」
「満足行ったか。これほどの剣をいじるのは鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ」
スイールの笑顔を見れば、どれだけ満足したかは一目で理解できる。笑顔だけでなく、うっとりとする瞳の向ける先を見れば。
「本当にありがとう。あ、まずこれお礼です。街の酒場で、美味しいと評判のお酒だそうですよ」
スイールが大事そうに抱えていたガラス瓶は、ラドムの好きなお酒であった。
「おう、ありがとうな。だが、払うもんは払ってもらうからな」
「当然、満足しましたからちゃんと払いますよ。これで足りますか?」
スイールが渡してきた酒瓶に懐柔されそうになったが、頭を振ってそれに対抗した。
そして、その彼が次に懐から出した硬貨を見て、有り得ないとの顔をしたのだ。
「何だいこれ、って、貰いすぎだよ。こんなの受け取れねぇよ」
大金貨を一枚、安易に渡そうとするスイールに、特急料金を貰うとは告げたが、せいぜい金貨一枚が相場だろうと思っていたのだ。
珍しい剣をいじったが、特別な材料を使ったわけでもなく、最終的には柄の硬質の鋼と巻いてある滑り止めの革を使っただけだった。
「気にしないで受け取ってください」
「いや気にするだろう、普通」
ラドムも頑固であるあ、スイールもある意味頑固なのである。だが、スイールはある提案をして、受け取って貰う様に誘導してゆく。
「ん~、じゃぁ。先行投資って事で受け取ってくれますか?それに加えて、仕事を止めてまで入れてしまったお詫びも兼ねてって事で」
「先行投資も何もあったもんじゃねぇけどよ。詫びってなら受け取っとくよ。何かあったらまた頼ってくれ」
そこまで言われては、仕方がないと溜息を吐きながら、硬貨を受け取った。
「わかりました。その時になったら、また来ますね」
「そん時は急ぎは無しだかんな」
「はいはい、承知しました」
”返事は一回”とラドムに怒られながら、彼に買った昼食を渡して急ぎ、工房を後にするのであった。またの再開を祈りながら。
その後、宿を引き払ってからブールの街へ向かうべく駅馬車に乗る為に、停車場へと向かった。
その後、停車場に姿を現したスイールの手には幾つかの袋が握られていたのを通りがかった旅人が目撃していたのである。
※未知の金属の為、温度や加工手段は一部は想像です。加工は焼き入れ、焼きなましをしていると思ってください。内部応力の緩和をして脆さを取り除いている加工をしています。
工房の入り口を潜りながら、スイールが挨拶をする。
「お前なあ。”おはよう”って今が何時だと思ってるんだ。こちとら、万全の用意しているのに、何時間、待たせるんだ」
自分が仕事場に入ってすでに数時間が経過し、腹も空いてくる時間になってしまったと、顔を紅潮させて、ラドムが怒鳴りを上げる。
「ちょっと待ってくださいよ。昨日、朝に来いと言われただけで、何時に来いと言わなかったでしょう。それに、早く出すぎると、宿に迷惑かかるもので」
「むむっ、何時と言わなかったか、こりゃ失礼した」
この男の性格から言って、しっかりとした指定をしなければ、予定の幅はかなり広くなってしまう。それがわかっていながら、指定をしなかったと自らの過ちを認めるしかなかった。やはり、”変り者”と改めて思うのだった。
「今日の作業だが、柄を取り付けて、鍔の形まで何とかしたいもんだな」
気を取り直して、本日の作業内容を軽くスイールへ説明する。難しい工程が入っているので予定であるが。
「鍔の材質がどうするかだが……。外れた鍔を溶かしてみれば再利用できるかもしれん。今日も頼んだぞ、スイールよ」
「何を手伝えるかわからんが、わかった。それでは、これを」
細長いケースに入った、刀身のみになった剣をラドムへと渡す。そして、テーブルへとそれを置くと早速作業に入る。
「それじゃ、まずは柄からだな。長さはどれだけ必要だ?」
「ブロードソードサイズですが、両手で使える長さにして欲しいですね」
両手で剣を持つ様に握り、”この位の長さ”と、おおよその長さの三十センチをラドムに示す。
「それと柄の先端には、魔石を取り付けるための台座を付けてください」
魔法を扱うには魔石を取り付けた杖が一般的である。それは剣を振っている最中に魔法を発動させることが容易ではないからだ。この時点でエゼルバルドに剣を使いながら、魔法を発動させるように訓練を課して見ようと思っていたのは、内心にしまっていた秘密であった。
「魔石?これ使うのは魔法を使えるのか?」
「まだ、そこまで訓練はしてませんが、生活魔法でとてつもない”炎”を出しましてね。私の見立てでは凄い使い手になりそうなのですよ」
「そうか……。お前さんが期待してるなら、それは凄いんだろな……」
スイールの”凄い”は、常識外れに”凄い”のだと、昔から規格外れだったと思い出した。その彼が”凄い”と口に出すのだ、これ以上、突っ込んだ話をしてもわからずじまいになりそうだと、そこでは無しを打ち切り作業を始めるのだった。
工房の隅から、硬く錆びにくい材質の丸棒を取出し、指定した長さ、三十センチ程に揃えて切り取る。
柄の形状や飾り、楔の穴などを刀身に合わせて作りだし、丸棒を盾に割り二つに分ける。
それで刀身を挟み、位置と長さを確認し、ワイヤーで仮止めをする。
二千度まで上げた炉に柄の部分を突っ込み、真っ赤になるまで熱し、取り出したら軽くハンマーで叩き半分に割った柄を一つにくっ付ける。刀身は二千度などでは熔ける心配も無いのでラドムは強引であるが、この方法を取ったのだ。
そして、油の入った容器に剣を沈め冷却させる。
十分に熱が取れたら楔を打ち込み、柄と刀身が外れないようにしっかりと固定する。そして、熱したために歪になった柄の表面を手作業でなだらかにした後に、滑り止めの革を巻くための下地を作り上げる。
ここまでの作業ですでに数時間、そろそろ太陽が真上に上がりお昼の時間となった。
ラドムが休憩がてらに剣を持ち上げれば、刀身に柄が取り付けられ剣の形が出来上がってくる。
「ふう、上出来だな。これに鍔が付くとようやく使える剣になるぜ。完成が楽しみだな」
「すばらしいですね」
「腹が減ったから一度、小休止だ」
昼食はスイールがここへ来るまでに買ってきたサンドイッチや串役、そしてスープ等だ。冷たくなっているので、ラドムは炉の熱を使ってそれらを暖め、口に運んでいく。
「それでよ、この剣、どこで見つけたんだ」
冷たい飲み物をグイッと煽り、スイールへ質問を投げかける。スイールの保護している子供が見つけたと聞いたが、何処から発見されたかは聞いていなかった。捜しに行くのではなく、純粋にラドムの興味の対象なだけである。
だが、スイールは残念そうな表情で答える
「それなんですけど、聞いていないのですよ。ただ、彼の行動範囲を考えれば、ブールの街近辺のはずです。遠くへ行くなど出来ないはずですから」
「そうなのか。ブールの街の周辺は地下迷宮は無いはずだよな。それともよ、見つかってないだけか?」
「ブールの街は地下迷宮は存在しないはずです。ただ、街ではない場所にある可能性も捨てきれませんから、そこはなんとも……」
この手の武器や防具が見つかるのは大体が地下迷宮である。何処か見知らぬ地下迷宮にエゼルバルドが迷い込んだのではないかと考えてはいたが、ブールの街周辺に心当たりが無く困惑していた。
「まぁ、そんな事はどうでもいいけどよ。それより、コレ、何のために作られたんだ?」
「正直、わかりません。形は剣なので武器として使えるのはそうなのですが、隠された能力がどの程度なのか、封印を解いて良いのか、今の段階ではどうも……」
「お前がわからないと、どうしようもないな」
「ただ、今後の事もありますから、一度、封印を解いてみようかと考えています」
通常の魔法剣であれば、人を殺める、獣を駆逐するなどが目的として作られる。一部では装飾品として作られ権力の象徴とされる魔法剣も存在するが。
今回、エゼルバルドが発見した剣は能力が封印されており、何が目的なのかはっきりしないのだ。
「お前も大変だな。さて、そろそろ次の作業に移るか」
昼食を終えると、ラドムとスイールの二人は作業場に入り、次の準備を始める。
ラドムは下がった炉に燃料をくべて、温度を上げていった。
十分熱が入ったら、ラドムは金属の塊を取り出し、炉に投げ入れた。それは刀身からタガネを使ってこじり取った鍔の残骸だ。
炉の炎に煽られ、鍔だった残骸に熱が加わり始める。
だが、ラドムが炉の中を観察していたが、鉄が溶けだす温度まで上がっているはずだが、鍔だった残骸はまだ赤くもならず、錆が浮いたままであった。
「いったい、何処まで温度を上げりゃいいんだよ!」
赤々と燃える炎にさらされても赤くならぬその物体を見て、ラドムが思わず声を上げてしまった。
そして、ふいごを使い風を送って、さらに温度を上げる。
耐火煉瓦の温度を越え、炉が崩壊してしまう危険域まで一気に炉の温度を上げる。
燃え上がる炎が、赤からオレンジ、そして、黄色に色が変化する頃になり、ようやく投入した物体に変化が起き赤く色が変わった。
まんべんなく温度が回った段階で、金属の鋏で掴み轟々と炎を出している炉の中から取り出す。その熱に金属の鋏が解けてしまうのではないかと思ったが、そこはラドムの腕の見せ所だ、素早く耐熱処理された岩の金床、--岩で出来ているので岩床?--の上でハンマーを振るい出す。
ラドムのハンマーは”ガツッ!ガツッ!”と、くぐもった音を発しながら、物体の形を手早く変え、鍛え、そして、目的の形状へと成形される。
物体の温度が下がれば、再び炉へ戻し、熱を加え、さらに作業を繰り返す。
それからどれだけ、ラドムがハンマーを振るったのだろうか?
叩き、そして、鍛え上げられた物体は目的の形状、剣の鍔へと姿を変える。
ラドムの腕で、まったく同じ形状の物体が二つ出来上がり、油に投入し冷却し冷やす。そして、もう一度、炉にそれを戻し、ある程度温度を上げ、さらに油に投入し最後まで温度を下げる。
「これで完成だな。多少の手直しは必要だがな」
鍔として新たに生まれ変わったそれをまじまじと見ながら、満足気にラドムは口を開く。
だが、言葉に誰の反応も無く、おかしいと工房の中を見渡せば、壁際にもたれ掛かって目を閉じているスイールの姿と窓からの真っ暗な夜空が目に入って来た。
スイールが寝入るほど集中しスイールの対応を疎かにしてしまったと反省するとともに、仕事終わりの時間だと彼の体を揺すって起こしにかかる。
「おい、起きろ。もう真っ暗だぞ!そろそろ宿に戻らんといかんだろう。ここには泊めんぞぉい」
うっかりと眠ってしまい、起こされたスイールは寝ぼけ眼で何気ない言葉を返した。
「あ、あぁ。寝てしまいましたか……。ふぁぁ~あ、もう夜ですか?」
「ったくもう、夜だ!帰る時間だ、さっさと用意しろ」
スイールが工房の窓から空を眺めると、ラドムの言った通りの真っ暗な空が見た。
そして、大きな欠伸をすると帰り支度をするために立ち上がった。
「今日は火を落とすから、また明日来い。朝から作業をしたいから剣は預かっておくぞ」
「明日は何時頃、顔を出せばよいですかね?」
「朝から作業をすれば、昼くらいは終わるだろう。お前さんは昼食前に来てくれればいいぞ」
わかったと手を上げながら答えを返し、身の回りをか片付けてスイールは宿へ帰ろうとラドムの工房を後にするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、宿を出るとラドムの工房へ向かうのでなく、商店のある街の中心部へとスイールは向かった。そして、とある一軒のお店へと入るとある物を購入し、すぐにそのお店から出て来た。彼の腕の中には、大事そうにガラス瓶を抱えていたのである。
それからしばらく、商店街で時間を潰してから昼食を買い込み、ラドムの工房へと足を向けた。
「こんにちは~。そろそろ作業は終わりましたか~?」
太陽が真上に差し掛かり、ちょうどお昼の時間を指していた。だが、薄い雲が太陽を遮っていたので、まぶしい程では無かったが。
「おう、今日は時間ぴったりだな。先程、作業が終わった所だ」
工房の入り口を潜ってきたスイールへ、作業の終わった剣を向ける。
「完璧じゃないですか!これは凄い」
向けられた剣を手に取ってみれば、シンプルな鍔と三十センチ程もある柄が目に入ってくる。柄には滑り止めの革が巻かれすでにオイルが塗られていた。そして、柄の頭には魔石を納める台座が作られて、スイールでも簡単に魔石を取り付けられるよう配慮がされている。
鍔に目を向ければ、シンプルなデザインの中にも存在を主張していた。だが、決して目立つ事ない表面の加工がラドムの腕を物語っているのだ。
柄を握り、鞘から”すらっ”と剣を抜くと、刃毀れ一つない刀身が姿を現す。そして、鈍く光を放つそれを見て、うんうんと頷くのであった。
「これは素晴らしいです。思っていた以上の出来栄えです」
「満足行ったか。これほどの剣をいじるのは鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ」
スイールの笑顔を見れば、どれだけ満足したかは一目で理解できる。笑顔だけでなく、うっとりとする瞳の向ける先を見れば。
「本当にありがとう。あ、まずこれお礼です。街の酒場で、美味しいと評判のお酒だそうですよ」
スイールが大事そうに抱えていたガラス瓶は、ラドムの好きなお酒であった。
「おう、ありがとうな。だが、払うもんは払ってもらうからな」
「当然、満足しましたからちゃんと払いますよ。これで足りますか?」
スイールが渡してきた酒瓶に懐柔されそうになったが、頭を振ってそれに対抗した。
そして、その彼が次に懐から出した硬貨を見て、有り得ないとの顔をしたのだ。
「何だいこれ、って、貰いすぎだよ。こんなの受け取れねぇよ」
大金貨を一枚、安易に渡そうとするスイールに、特急料金を貰うとは告げたが、せいぜい金貨一枚が相場だろうと思っていたのだ。
珍しい剣をいじったが、特別な材料を使ったわけでもなく、最終的には柄の硬質の鋼と巻いてある滑り止めの革を使っただけだった。
「気にしないで受け取ってください」
「いや気にするだろう、普通」
ラドムも頑固であるあ、スイールもある意味頑固なのである。だが、スイールはある提案をして、受け取って貰う様に誘導してゆく。
「ん~、じゃぁ。先行投資って事で受け取ってくれますか?それに加えて、仕事を止めてまで入れてしまったお詫びも兼ねてって事で」
「先行投資も何もあったもんじゃねぇけどよ。詫びってなら受け取っとくよ。何かあったらまた頼ってくれ」
そこまで言われては、仕方がないと溜息を吐きながら、硬貨を受け取った。
「わかりました。その時になったら、また来ますね」
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”返事は一回”とラドムに怒られながら、彼に買った昼食を渡して急ぎ、工房を後にするのであった。またの再開を祈りながら。
その後、宿を引き払ってからブールの街へ向かうべく駅馬車に乗る為に、停車場へと向かった。
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