英雄殺しの魔術騎士
第5話「悪しき脈動」
「……皇族護衛部隊の部隊長って……は?」
義姉であるシルフィアとの再会から二十分ほど。ようやく情緒が安定してきたシルフィアと共にアランは会場へと足を向けていた。
その合間に「今は何やってんの?」と尋ねてみたところ、予想外の言葉が。
皇族護衛部隊。それは第二騎士団の中でも高位の実力者でなければ就く事の出来ない、神聖な部隊名称だ。皇族をいついかなる時からも守護し、その身を呈して守り抜く。常に死ぬ覚悟を問われ続ける部隊でもある。
そんな部隊の部隊長。それは誰が聞こうとも迷わず凄いと賞賛を送るだろう。代わりにアランは絶句だが。だって凄い高給職だもん。
「私が担当してるのは第一皇女様だけど……アランなら知っているわよね?」
「第一……シャスティ皇女だっけか。今はカルサの代表の次男と結婚したとか、風の噂で聞いたが……」
シャスティ=ヘクトヴェルム・オーディオルム。アランが中等部を飛び級して高等部に入学した頃、一つ年上の先輩として色々と教えてくれた人物である。
ガキだと見下してきたクラスメイトの雑魚どもとは異なり、必死な努力を賞賛し年齢に関係なく優しい対応をしてくれた事をアランは覚えていた。
アランにとって、彼女と話す時間が学院での唯一の安全地帯だとも感じていたほどだ。
「今は南部にある領地で二人仲良く暮らしているわよ。今はシャスティ様妊娠中だから、馬車での移動はお医者様から禁止されて、私の戦い様を見れなくて悔しがってるはずね」
「仲良いんだな」
「アランのおかげでね」
「……何故そこで俺?」
「着任当日に『あら貴女、アラン君のお義姉さんじゃなくて?』って嬉しそうに言われてさ……それからは意気投合してる」
「飛び級さまざまだな……」
二人揃って苦笑い。それでも嫌だったという顔はしていない。
紆曲左折した事は多々あれども、それでもここまで辿り着いた。こうして歩いて行けている。それだけで十分だった。
それからアランはもう一度シルフィアの言葉を噛み締めて、ふと思い出すように、
「……そういや魔剣祭は?   戦い様が云々って事は試合に出ーーー」
「あぁ!   そうよ、それそれ!」
言い終わるまで待たずにシルフィアはアランに詰め寄った。往来のど真ん中だというのになんと大胆な。
「セレナちゃんが居るからアランもいるはずって、探したのに見つからず!   聞いて回ったら開始早々にカフェテリアに逃げ込んだって聞いたし!   挙句試合が終わった後に急いで向かったら蛻の殻だったし!   私を避けてるの!?」
「そ、そうすか……で、試合は?」
「勝ちましたけど?   私が学院生に負けるとでも思ったのかしら?」
「いえ、滅相も御座いません」
シルフィアの威圧に負けて思わず姿勢を正すアラン。傍からみれば素行の悪い帝国騎士を叱りつけているような光景にも見えなくもなかった。
よろしいと二、三歩退いて距離を取ったシルフィアは、相変わらず不機嫌そうな顔付きで再び歩き始めた。それに追随するアラン。
それにしてもシルフィアの相手が学院生だったとなると、どうやら彼女はAブロックのようだ。
「……で、セレナちゃんの試合は何時から?」
「ええと……たしかあと三十分少しだった気が……というか確認しとけば良いのでは」
「私は私なりに自分の戦いだけに集中したいの。他は知る気もないわ。ほら、さっと行くわよ」
「……了解」
父親譲りの我が道を行くとばかりの言葉にアランは呆れながらも、小走りで向かうシルフィアの背を黙ってついて行くのであった。
◆◆◆
同時刻、商業区のとある場所にて。
「ねえねえ、おじさん。フィーのこと、かわいい?」
まるでその声音は小鳥の囀りのよう。聴く気が無ければ気にも留めず、だが聴こえればそれは確かに音色となり脳を震わせる。
そんな声が、露店を開く一人の店主の耳に確かに届いた。そしてその声の主は屋台を挟んだ眼前にいた。
「おっ、何だい嬢ちゃん。親とはぐれちゃったのかい?」
その少女は白いワンピースに小麦色の外套を身に纏い、八歳程度の小柄な体躯に無邪気な笑顔で店主を見上げていた。
「おや?   おやってなあに?」
「親って言うのはな、お父さんやお母さんの事を言うんだよ。どこに行ったか知らないかい?」
善人らしく優しく問う。すると少女は徐に首を傾げながら言った。
「おとーさん?   おかーさん?   なに、それ?」
まるでそんなもの最初から知らないとでも言うように。少女の瞳には嘘を言っている気配は微塵にも感じられなかった。思わず店主を頬を引きつった。
「それよりもおじさん。フィーのこと、かわいい?」
「あ、ああ。かわ……可愛いよ」
「ならーーーーこれ、ちょーだい」
可愛いと聴いて満足したのか。少女は満面の笑みを浮かべながら求める物を指差した。それは、
「……串焼きかい?」
なら一本くらいは良いだろう。と店主は串に手を掛けるが、少女は首を横に振った。
「ちがう。これぜーんぶ、ちょーだい?」
「な……っ!?」
ぜんぶ、全部と言ったのだ。全部とは?   焼き台に乗っている串焼きか?   それとも予備で作り置きしている物も含めてか?   それともーー
「ふ、ぶさけるな!」
気持ちが荒ぶった店主は吠えた。ここが商業区の一角である事すら忘れ、誰かに注目される事すら忘れて、眼前で何の悪気もなく笑い続ける少女に向かって怒声をあげたのだ。
頭に血が上った店主には、どうにもその少女の浮かべる笑みが嘲笑に見えて仕方がない。幻覚でも見ているのだろうか。
「何でこの店をやらなきゃならんのだ……!」
「え、だって……フィーがかわいいから」
少女が指した物、それは店そのものだ。少女は店主が金銭を稼ぐために努力した全てを「可愛いから」という事だけで奪おうとしているのだ。
狂っている。店主はそう感じた。
「冷やかしなら帰ってくれ!」
子供に向かって言い過ぎでは無いだろうかという自覚はあった。だが少女の異常性から察するに、この程度に叱りつけてなければ効果は無いと判断した。
「おじさんはフィーがきらい?」
「ああ、嫌いだね!   大嫌いさ!   だからさっさとーーーー」
「そう。ならきえて」
「はーーーーーー」
店主の言葉は続かなかった。
否、消えた。
姿形だけでなく、気配も存在も臭いも。微弱であれど感知できた魔力さえも。まるで布で汚れを拭い取ったように、数秒前までそこにいた店主の姿は無かった。
考えて話せば良かったと、のちに後悔する事すら許されず、無慈悲なまでに一人の存在は消滅した。
無論、そんな異常な事態に人々が騒がない訳がない。近くにいた者はすぐさまに帝国騎士を呼びに走り、他の者は状況を上手く理解するためにひたすらに思考を駆け巡らせた。
だが。
「おい。勝手な行動は慎めと言われていただろうが」
少女の首根っこを掴む、謎の男が姿を現した。身の丈二メートル弱はある、巨躯の持ち主だ。
「あ、えりみーだ!   さがしたんだよ!」
「煩い。……で、なにをした」
巨躯の男もまた、気味が悪かった。全身を鮮血のような真っ赤な外套で身を包み、耳と鼻を削がれ目を潰され唇を糸で結わえられている。見るからに化け物である。
だが少女は一瞬たりとも怯える気配はなく、むしろ楽しそうに笑っていた。
「そうなの!   フィーのことをきらいって。だいきらいっていったの!   だからけした!」
そんな理由を嗤いながら言ってのけた。
すると巨躯の男はすぴーと音を立てながらため息を漏らす。
「またか。お前の面倒を見るこっちの気分にもなってくれよ、このお転婆」
「むー。えりみーのけちんぼ」
ふるはい、と言って巨躯の男は唐突に露店に手を触れた。そう、ただ触れただけ。
それで全てが解決した。
何の前触れも無く、なんの変調も無く。まばたきをした瞬間にそれは全て丸く収まるかのように、無へと成り果てていた。
その行いはまるで「行為」ではなく、「現象」であった。魔術すら超越した「何か」が起きたのだ。
そして何事も無かったかのように周辺の人達は再び商売を始め、往来を歩く人々も平然とした顔付きで歩き始める。
「ほら、行くぞ」
「はーい」
巨躯の男と少女もまた、何事も無かったかのように無人となった露店から遠ざかって行く。帝国騎士が辿り着いた頃にはもはやその場には誰もいなかった。
そして串焼きが焦げ始めた事にすら誰も気付かず、再びその一角は喧騒と活気に包まれていく。何事も無かったように。
そんなちっぽけな事件だった。
◆◆◆
人が消滅するだなんて事件があった事も露知らず、時刻は午後の七時。
「セレナお嬢様。初戦の勝利、おめでとうございます!」
セレナの執事長ヴィダンが目尻に涙を浮かべながら、我が子の事のように嬉しそうにしていた。興奮のあまりに執事服が筋肉で破れそうだ。
ただいまセレナの屋敷では、粛々とだが祝勝としてパーティーが行われていた。
「思えばセレナお嬢様と出会ってから五年……これほどに誇らしく、そして喜ばしい事は無かったです!」
「「「「おい」」」」
さすがにそれは言い過ぎなのではと思うアラン。ユーフォリアを含んだ侍女四人もヴィダンに殺伐とした視線を向けていた。
「ところで……どうしてシルねぇがここに?」
「それは私も聞きたいわ。どうしてユリアがここに?」
一方で、こちらでも殺伐とした空間が発生。姉妹同士で仇敵とでも言わんばかりの視線をぶつけ合っていた。
「なんだユリア。シルフィア姉さんを連れて来たのは不味かったのか?」
「不味くはないけど……不満」
まるで秘密がバレてしまった子供の様に不機嫌そうに口を尖らせるユリアは、これ以上は何も言うまいと口にサラダを放り込む。
……こりゃあ、俺の知らん何かがあるな。
確証は無いが雰囲気で何となく分かる。二人が気不味い時は大抵こんな感じだ。いつもならばリカルドあたりが元気爽快に笑って場を和ませるのだろうが、アランにそのような気概は存在しない。
すると。
「ねぇ、アラン。明日はどうするつもりなの?」
一通り食事を終えたシルフィアが口元を優しく拭きながら、アランに明日の予定を尋ねた。アラン自身そこまで綿密に予定を立てていた訳でもなく、顎に指を添えてしばし考え始めた。
「明日か……武器の調整やらはあらかた本職の輩に任せたし、新しい魔道具の開発でも良いけど、材料が乏しいからなぁ」
魔剣祭の本戦は一日置きに行われる。連日開催でも構わないのだが、それではたったの五日で終わってしまうという事もあって、選手の休息や情報収集の期間として一日の猶予が設けられていた。
だがあいにくながらアランは年齢の近い魔術騎士ならば粗方は知っているので、情報としてはさして調べる事も少ない。
本当にどうしようかと考えていると、
「ならさ。私とデートしない?」
にっこり微笑みながら、シルフィアが提案を持ち掛ける。
しかし刹那、二方向から二種類の視線がシルフィアを貫いた。一つは疑惑、もう一つは敵意だ。調べるまでもなく前者がセレナで後者がユリアだ。
特にユリアの視線が怖い!
「何が……目的ですか?」
一応は主人として尋ねておきたい。シルフィアはセレナにとって、女性騎士ながら男性を凌駕する実力の持ち主として尊敬している存在だ。だからといってアランは渡せない。いま手元から離すには惜しい人材だ。
「何も無いわよ。ただ姉弟水入らずでゆーっくり話がしたいだけよ。悪いかしら?」
その言葉からは全くと言って良いほど虚言を感じ取れなかった。こういう事に機敏なユーフォリアでさえ黙り込んでいるのだ、安全は保障されたも当然だ。
「そうですか。で、アンタはどうするの?」
「拒否権なし」
「おいおい……」
にっこりと恐ろしい事を言いのけるシルフィアにアランは呆れ笑いを浮かべる。つくづくアランは女性に弱いなとセレナは感じた。
「まあ別に、これといって拒否する理由なんて見つかりもしないし、良いんじゃない?」
それじゃあ両者の許可も得たところで明日について打ち合わせでも……とシルフィアが立ったところで、その前にアランの背後に不穏な気配が。
謎の美女、ユーフォリアである!
「アランさん。くれぐれもお嬢様の評判を下げるような行為だけは、止してくださいね?   もしもそんな事をすれば……」
「す、すれば……?」
「うふふふふふふふふふふふ」
どうやら内容は教えてないつもりらしい。だが、その不気味な笑みから判断できる。絶対にやっちゃいけないタイプの笑みだ。戦場で出会った数々の英雄よりも恐ろしい笑みを浮かべるユーフォリアに戦慄を覚えたアラン。
改めて思う。この人には従おう、と。
「ねえユリア。あれは大丈夫なの?」
そんな傍らでアラン達には聞こえない程度の声で、シルフィアはユリアにユーフォリアとアランの仲を尋ねる。
「…………」
ジト目でユリアはシルフィアを見つめるが、仕方ないとでも言いたげな顔で結論を述べた。
「大丈夫。あの人は『男性を好きになる』っていう感覚を、まず知らない人だから」
「?   それってどういう……」
「知らない。セレナに昔、そうやって言われたから。深く問い詰めるなとも」
「……ふーん。そう」
良く分からないが、ユリアのセンサーに引っかからないという事は、今の二人ではそういった関係にまでは発展する事は、まず低いという訳だろう。
……ま、相手は少ないに越した事はないし。
アランとユーフォリアのやり取りを見ていて、シルフィアのほくそ笑む顔など誰も気付かない。
祝勝会といえど、至って変わらない日常が繰り広げられるセレナの屋敷。そこには確かな温かみが広がっていた。
◆◆◆
「…………」
目が覚めたら、肌色だった。
もう一度言おう、肌色です。
普通ならば「!?」となる所のはずが、ここ最近で幾多ともユリアの夜這いを回避し続けてきたアラン。だがしかし彼とて人間だ。疲れ果てた日の翌日には、真っ裸のユリアが添い寝していたパターンも片手の指くらいにはある。
だから普通に目が覚めて視界が肌色で包まれていたところで、またかみたいなため息しか漏れなかった。
この声を聞くまでは。
「んっ、んぅー……アラン様ぁ……」
「……アラン、様?」
おや?   と疑問に耽るアラン。
さてここで問題。仲の良い義妹がつい昨日まで普通にお兄ちゃん呼ばわりだったのに、自分の事を様付けで呼ぶ可能性はあるだろうか?   思考時間は三秒です。
答えーー絶対に無い。
というか頂頭部辺りから感じるこの柔らかいふにふにの感触。おかしい、ユリアはこれほどにビックサイズでは無かったはずだ。成長期だから?   とか考えてみたが、それはそれで異常事態だろうという事で即不採用。
更にオルフェリア帝国では滅多に流通していないミント系の洗髪剤の香りに、腰回りまで伸びた長い髪の毛。そしてユリアよりも少し身長が高い。
これだけ情報が集まれば、自ずと答えは導かれる。というか実は「アラン様」の時点でアランは気付いていた。
だがおかしい。途轍もなくおかしい事なのだ。どういう原理なのかは全く不明なのだが、彼女がこの場にいる事はアランの知り得る可能性を総動員しても不可能なのだ。
移動経路、距離、手段、日数。それらの点から考えて真っ先に浮かんだ言葉が「何したんだ、コイツ」だったのだ。
それではまどろっこしい事はすっ飛ばしてご登場願いましょう。
「……おい、エルシェナさんや」
「んぅっ」
ガッチリとホールドされた両手を離してもらうために腰元を優しく二度ほど叩いた。不意に耳元で艶めかしく喘ぎ声を漏らされては、アランと言えど理性が保つかは定かでは無い!
だって眼前で真っ裸になっているのは絶世の美女ですよ?   彼女を巡って内戦が何度起きたか知っていますか?
揺れ動く理性をなんとか平静に保ちつつ、アランは少女ーーエルシェナの目覚めを待った。
「んぇ?   もう朝ですかー。さすがにまだ眠いですねぇ……では」
「いや『では』じゃないよ?   なに勝手に人の屋敷に潜り込んで俺の部屋に入り込んで全裸でベッドインしてるの?   また国際問題にでもしたいのか?   その度に爺さんから呆れた目をされる俺の身にもなってくれ……って寝るなぁ!?」
「眠たいんですよ?   夜通し馬車で移動した上、魔獣の森を突っ切ったんですから。危険を顧みずにアラン様な会いに来た私を労ってくださいよー」
「頼んでねぇよ。というか無茶をするなぁ……夜だったから良かったものの、昼間だったらきっと今頃、魔獣の腹の中だったぞ」
「ふふふ。アラン様の匂い〜」
「おいおい……」
これはかなりの重症だ。何が彼女を奮い立たせたのかは不明だが、普通の馬車でフィニア帝国の首都リドニカからオルフェリア帝国の帝都リーバスまで、たったの一日で辿り着く事は通常の計算では九分九厘で不可能だ。
そう、通常の計算なら、の話。
たとえ魔獣の森を突っ切ったところで最短でも一日半。これ以上はアランの秘密道具でも使わない限りは絶対に縮小出来ないはず。
どうせこのままはぐらかしてしまえば、後にエルシェナは「愛ですよ」などと料理のスパイスでも伝えるかの如く、にっこり微笑みながら受け流してしまうに違いない。
方法?   あるはある。だが絶対にエルシェナの祖父であり皇帝であるアルドゥニエが、その身に変えてでも絶対に使用させないような代物なのだ。なにせ使い方を誤れば即死だからだ。
他にも数通りの可能性はあるが、どれもこれも可能性としては薄い。やはり最初が一番怪しい。
「おい、エルシェナ」
「はいはいー。なんですかぁ?」
本当にやる気のない声でアランの尋ねに返事するエルシェナ。
「お前もしかしてフィニアにあった古代道具をーー」
だが、最後まで言い切れなかった。
修羅場がーー始まる。
「アラン?   そろそろ起きないと、リアが朝食を片付けちゃうわよー?」
声の主はセレナ。気配は扉の向こうから。
……やばい、やばいぞマジで!
セレナは大丈夫だ。話せば直ぐに納得してくれるだろう。問題は彼女に仕える侍女、謎の戦闘力をお持ちのユーフォリアだ。
以前軽い気持ちで手合わせをした事があるのだが、その時のユーフォリアはアランを遥かに凌駕した実力を持っていた。おそらくアランが本気で近接戦を挑んでも僅差で負ける程度には。
そう、あれは「武術を少々嗜んでおります」なんて程度の話ではない。確実に戦場に立った事のある人物の腕前だ。確実に何十人か殺っている人の目だった。
今度こそ、殺される。
「すすすみませんが少し待っていただけませんか!?」
慌てた余りに敬語で話してしまったアラン。無論、それを疑問に思わないわけがない。
「……なんで敬語?」
「い、いやあ。なんでだろうね、あはは……」
真っ裸のエルシェナと一緒にベッドインしちゃっているからです。などと口が張り裂けても言えるはずがない。
「……ふうん。どうせまた、ユリアが裸でベッドに入って来たとか、そういう事でしょう?」
残念、エルシェナです。
「セレナ?   アルにぃの部屋がどうかしたの?」
「あら、おはようユリア」
「ん、おはよー」
ユリアまでやって来た。どうやらセレナが屋根裏部屋に上がっていくのが見えたので、気になったのだろう。
「……ちょっと待って。ここにユリアがいる。なのにアランは部屋に入ることを拒んだ。……まさか」
「……アルにぃ?   隣の人、だぁあぁれぇ?」
どうして部屋の中も見ていないのにアラン以外の人がいる事が確実なのだろうか。そういう女の勘的なセンサーが敏感に反応しているのだろうか。
ユリアに関しては刺々しい魔力まで放つ始末だ。そんなの誰から習ったのかしら?   絶対に母であるミリアから学んだに違いない。
「セレナさん?   ユリアさん?   済まんが俺は朝のエクスタシー状態っぽいので、朝食はもう少し待っていてくれませんかとユーフォリアさんにお伝え願いいただけないでしょうか?」
「「問答無用」」
アランの必死な言い訳虚しく、二人は無表情なまま扉を壊す勢いで開いた。そして見たものとはーー
「んぅ?   …………あらら」
寝間着のアラン、アンド、真っ裸のエルシェナ。
二人の魔力は限界まで高鳴った!!   目的意識が重なり合った所為か、二人の魔力に呼応して、辺りの空間が揺らぎ始める!
「お、おおおおおお落ち着け二人共!?」
このままでは屋敷を破壊させ兼ねない二人の禍々しい魔力に、思わず声を裏返しながら叫ぶアラン。だが二人は聴こえていないかのように、じりじりと詰め寄る。
「死ぬ準備は、良いかしら?」
「お母さんが言ってた。浮気即殺って」
「話し合おう。俺達はまだ分かり合えるはずなんだ!   後生だ、三分だけ!」
「「い・や・だ」」
「ひぃッ!?」
その日の朝。謎の悲鳴が木霊した。
義姉であるシルフィアとの再会から二十分ほど。ようやく情緒が安定してきたシルフィアと共にアランは会場へと足を向けていた。
その合間に「今は何やってんの?」と尋ねてみたところ、予想外の言葉が。
皇族護衛部隊。それは第二騎士団の中でも高位の実力者でなければ就く事の出来ない、神聖な部隊名称だ。皇族をいついかなる時からも守護し、その身を呈して守り抜く。常に死ぬ覚悟を問われ続ける部隊でもある。
そんな部隊の部隊長。それは誰が聞こうとも迷わず凄いと賞賛を送るだろう。代わりにアランは絶句だが。だって凄い高給職だもん。
「私が担当してるのは第一皇女様だけど……アランなら知っているわよね?」
「第一……シャスティ皇女だっけか。今はカルサの代表の次男と結婚したとか、風の噂で聞いたが……」
シャスティ=ヘクトヴェルム・オーディオルム。アランが中等部を飛び級して高等部に入学した頃、一つ年上の先輩として色々と教えてくれた人物である。
ガキだと見下してきたクラスメイトの雑魚どもとは異なり、必死な努力を賞賛し年齢に関係なく優しい対応をしてくれた事をアランは覚えていた。
アランにとって、彼女と話す時間が学院での唯一の安全地帯だとも感じていたほどだ。
「今は南部にある領地で二人仲良く暮らしているわよ。今はシャスティ様妊娠中だから、馬車での移動はお医者様から禁止されて、私の戦い様を見れなくて悔しがってるはずね」
「仲良いんだな」
「アランのおかげでね」
「……何故そこで俺?」
「着任当日に『あら貴女、アラン君のお義姉さんじゃなくて?』って嬉しそうに言われてさ……それからは意気投合してる」
「飛び級さまざまだな……」
二人揃って苦笑い。それでも嫌だったという顔はしていない。
紆曲左折した事は多々あれども、それでもここまで辿り着いた。こうして歩いて行けている。それだけで十分だった。
それからアランはもう一度シルフィアの言葉を噛み締めて、ふと思い出すように、
「……そういや魔剣祭は?   戦い様が云々って事は試合に出ーーー」
「あぁ!   そうよ、それそれ!」
言い終わるまで待たずにシルフィアはアランに詰め寄った。往来のど真ん中だというのになんと大胆な。
「セレナちゃんが居るからアランもいるはずって、探したのに見つからず!   聞いて回ったら開始早々にカフェテリアに逃げ込んだって聞いたし!   挙句試合が終わった後に急いで向かったら蛻の殻だったし!   私を避けてるの!?」
「そ、そうすか……で、試合は?」
「勝ちましたけど?   私が学院生に負けるとでも思ったのかしら?」
「いえ、滅相も御座いません」
シルフィアの威圧に負けて思わず姿勢を正すアラン。傍からみれば素行の悪い帝国騎士を叱りつけているような光景にも見えなくもなかった。
よろしいと二、三歩退いて距離を取ったシルフィアは、相変わらず不機嫌そうな顔付きで再び歩き始めた。それに追随するアラン。
それにしてもシルフィアの相手が学院生だったとなると、どうやら彼女はAブロックのようだ。
「……で、セレナちゃんの試合は何時から?」
「ええと……たしかあと三十分少しだった気が……というか確認しとけば良いのでは」
「私は私なりに自分の戦いだけに集中したいの。他は知る気もないわ。ほら、さっと行くわよ」
「……了解」
父親譲りの我が道を行くとばかりの言葉にアランは呆れながらも、小走りで向かうシルフィアの背を黙ってついて行くのであった。
◆◆◆
同時刻、商業区のとある場所にて。
「ねえねえ、おじさん。フィーのこと、かわいい?」
まるでその声音は小鳥の囀りのよう。聴く気が無ければ気にも留めず、だが聴こえればそれは確かに音色となり脳を震わせる。
そんな声が、露店を開く一人の店主の耳に確かに届いた。そしてその声の主は屋台を挟んだ眼前にいた。
「おっ、何だい嬢ちゃん。親とはぐれちゃったのかい?」
その少女は白いワンピースに小麦色の外套を身に纏い、八歳程度の小柄な体躯に無邪気な笑顔で店主を見上げていた。
「おや?   おやってなあに?」
「親って言うのはな、お父さんやお母さんの事を言うんだよ。どこに行ったか知らないかい?」
善人らしく優しく問う。すると少女は徐に首を傾げながら言った。
「おとーさん?   おかーさん?   なに、それ?」
まるでそんなもの最初から知らないとでも言うように。少女の瞳には嘘を言っている気配は微塵にも感じられなかった。思わず店主を頬を引きつった。
「それよりもおじさん。フィーのこと、かわいい?」
「あ、ああ。かわ……可愛いよ」
「ならーーーーこれ、ちょーだい」
可愛いと聴いて満足したのか。少女は満面の笑みを浮かべながら求める物を指差した。それは、
「……串焼きかい?」
なら一本くらいは良いだろう。と店主は串に手を掛けるが、少女は首を横に振った。
「ちがう。これぜーんぶ、ちょーだい?」
「な……っ!?」
ぜんぶ、全部と言ったのだ。全部とは?   焼き台に乗っている串焼きか?   それとも予備で作り置きしている物も含めてか?   それともーー
「ふ、ぶさけるな!」
気持ちが荒ぶった店主は吠えた。ここが商業区の一角である事すら忘れ、誰かに注目される事すら忘れて、眼前で何の悪気もなく笑い続ける少女に向かって怒声をあげたのだ。
頭に血が上った店主には、どうにもその少女の浮かべる笑みが嘲笑に見えて仕方がない。幻覚でも見ているのだろうか。
「何でこの店をやらなきゃならんのだ……!」
「え、だって……フィーがかわいいから」
少女が指した物、それは店そのものだ。少女は店主が金銭を稼ぐために努力した全てを「可愛いから」という事だけで奪おうとしているのだ。
狂っている。店主はそう感じた。
「冷やかしなら帰ってくれ!」
子供に向かって言い過ぎでは無いだろうかという自覚はあった。だが少女の異常性から察するに、この程度に叱りつけてなければ効果は無いと判断した。
「おじさんはフィーがきらい?」
「ああ、嫌いだね!   大嫌いさ!   だからさっさとーーーー」
「そう。ならきえて」
「はーーーーーー」
店主の言葉は続かなかった。
否、消えた。
姿形だけでなく、気配も存在も臭いも。微弱であれど感知できた魔力さえも。まるで布で汚れを拭い取ったように、数秒前までそこにいた店主の姿は無かった。
考えて話せば良かったと、のちに後悔する事すら許されず、無慈悲なまでに一人の存在は消滅した。
無論、そんな異常な事態に人々が騒がない訳がない。近くにいた者はすぐさまに帝国騎士を呼びに走り、他の者は状況を上手く理解するためにひたすらに思考を駆け巡らせた。
だが。
「おい。勝手な行動は慎めと言われていただろうが」
少女の首根っこを掴む、謎の男が姿を現した。身の丈二メートル弱はある、巨躯の持ち主だ。
「あ、えりみーだ!   さがしたんだよ!」
「煩い。……で、なにをした」
巨躯の男もまた、気味が悪かった。全身を鮮血のような真っ赤な外套で身を包み、耳と鼻を削がれ目を潰され唇を糸で結わえられている。見るからに化け物である。
だが少女は一瞬たりとも怯える気配はなく、むしろ楽しそうに笑っていた。
「そうなの!   フィーのことをきらいって。だいきらいっていったの!   だからけした!」
そんな理由を嗤いながら言ってのけた。
すると巨躯の男はすぴーと音を立てながらため息を漏らす。
「またか。お前の面倒を見るこっちの気分にもなってくれよ、このお転婆」
「むー。えりみーのけちんぼ」
ふるはい、と言って巨躯の男は唐突に露店に手を触れた。そう、ただ触れただけ。
それで全てが解決した。
何の前触れも無く、なんの変調も無く。まばたきをした瞬間にそれは全て丸く収まるかのように、無へと成り果てていた。
その行いはまるで「行為」ではなく、「現象」であった。魔術すら超越した「何か」が起きたのだ。
そして何事も無かったかのように周辺の人達は再び商売を始め、往来を歩く人々も平然とした顔付きで歩き始める。
「ほら、行くぞ」
「はーい」
巨躯の男と少女もまた、何事も無かったかのように無人となった露店から遠ざかって行く。帝国騎士が辿り着いた頃にはもはやその場には誰もいなかった。
そして串焼きが焦げ始めた事にすら誰も気付かず、再びその一角は喧騒と活気に包まれていく。何事も無かったように。
そんなちっぽけな事件だった。
◆◆◆
人が消滅するだなんて事件があった事も露知らず、時刻は午後の七時。
「セレナお嬢様。初戦の勝利、おめでとうございます!」
セレナの執事長ヴィダンが目尻に涙を浮かべながら、我が子の事のように嬉しそうにしていた。興奮のあまりに執事服が筋肉で破れそうだ。
ただいまセレナの屋敷では、粛々とだが祝勝としてパーティーが行われていた。
「思えばセレナお嬢様と出会ってから五年……これほどに誇らしく、そして喜ばしい事は無かったです!」
「「「「おい」」」」
さすがにそれは言い過ぎなのではと思うアラン。ユーフォリアを含んだ侍女四人もヴィダンに殺伐とした視線を向けていた。
「ところで……どうしてシルねぇがここに?」
「それは私も聞きたいわ。どうしてユリアがここに?」
一方で、こちらでも殺伐とした空間が発生。姉妹同士で仇敵とでも言わんばかりの視線をぶつけ合っていた。
「なんだユリア。シルフィア姉さんを連れて来たのは不味かったのか?」
「不味くはないけど……不満」
まるで秘密がバレてしまった子供の様に不機嫌そうに口を尖らせるユリアは、これ以上は何も言うまいと口にサラダを放り込む。
……こりゃあ、俺の知らん何かがあるな。
確証は無いが雰囲気で何となく分かる。二人が気不味い時は大抵こんな感じだ。いつもならばリカルドあたりが元気爽快に笑って場を和ませるのだろうが、アランにそのような気概は存在しない。
すると。
「ねぇ、アラン。明日はどうするつもりなの?」
一通り食事を終えたシルフィアが口元を優しく拭きながら、アランに明日の予定を尋ねた。アラン自身そこまで綿密に予定を立てていた訳でもなく、顎に指を添えてしばし考え始めた。
「明日か……武器の調整やらはあらかた本職の輩に任せたし、新しい魔道具の開発でも良いけど、材料が乏しいからなぁ」
魔剣祭の本戦は一日置きに行われる。連日開催でも構わないのだが、それではたったの五日で終わってしまうという事もあって、選手の休息や情報収集の期間として一日の猶予が設けられていた。
だがあいにくながらアランは年齢の近い魔術騎士ならば粗方は知っているので、情報としてはさして調べる事も少ない。
本当にどうしようかと考えていると、
「ならさ。私とデートしない?」
にっこり微笑みながら、シルフィアが提案を持ち掛ける。
しかし刹那、二方向から二種類の視線がシルフィアを貫いた。一つは疑惑、もう一つは敵意だ。調べるまでもなく前者がセレナで後者がユリアだ。
特にユリアの視線が怖い!
「何が……目的ですか?」
一応は主人として尋ねておきたい。シルフィアはセレナにとって、女性騎士ながら男性を凌駕する実力の持ち主として尊敬している存在だ。だからといってアランは渡せない。いま手元から離すには惜しい人材だ。
「何も無いわよ。ただ姉弟水入らずでゆーっくり話がしたいだけよ。悪いかしら?」
その言葉からは全くと言って良いほど虚言を感じ取れなかった。こういう事に機敏なユーフォリアでさえ黙り込んでいるのだ、安全は保障されたも当然だ。
「そうですか。で、アンタはどうするの?」
「拒否権なし」
「おいおい……」
にっこりと恐ろしい事を言いのけるシルフィアにアランは呆れ笑いを浮かべる。つくづくアランは女性に弱いなとセレナは感じた。
「まあ別に、これといって拒否する理由なんて見つかりもしないし、良いんじゃない?」
それじゃあ両者の許可も得たところで明日について打ち合わせでも……とシルフィアが立ったところで、その前にアランの背後に不穏な気配が。
謎の美女、ユーフォリアである!
「アランさん。くれぐれもお嬢様の評判を下げるような行為だけは、止してくださいね?   もしもそんな事をすれば……」
「す、すれば……?」
「うふふふふふふふふふふふ」
どうやら内容は教えてないつもりらしい。だが、その不気味な笑みから判断できる。絶対にやっちゃいけないタイプの笑みだ。戦場で出会った数々の英雄よりも恐ろしい笑みを浮かべるユーフォリアに戦慄を覚えたアラン。
改めて思う。この人には従おう、と。
「ねえユリア。あれは大丈夫なの?」
そんな傍らでアラン達には聞こえない程度の声で、シルフィアはユリアにユーフォリアとアランの仲を尋ねる。
「…………」
ジト目でユリアはシルフィアを見つめるが、仕方ないとでも言いたげな顔で結論を述べた。
「大丈夫。あの人は『男性を好きになる』っていう感覚を、まず知らない人だから」
「?   それってどういう……」
「知らない。セレナに昔、そうやって言われたから。深く問い詰めるなとも」
「……ふーん。そう」
良く分からないが、ユリアのセンサーに引っかからないという事は、今の二人ではそういった関係にまでは発展する事は、まず低いという訳だろう。
……ま、相手は少ないに越した事はないし。
アランとユーフォリアのやり取りを見ていて、シルフィアのほくそ笑む顔など誰も気付かない。
祝勝会といえど、至って変わらない日常が繰り広げられるセレナの屋敷。そこには確かな温かみが広がっていた。
◆◆◆
「…………」
目が覚めたら、肌色だった。
もう一度言おう、肌色です。
普通ならば「!?」となる所のはずが、ここ最近で幾多ともユリアの夜這いを回避し続けてきたアラン。だがしかし彼とて人間だ。疲れ果てた日の翌日には、真っ裸のユリアが添い寝していたパターンも片手の指くらいにはある。
だから普通に目が覚めて視界が肌色で包まれていたところで、またかみたいなため息しか漏れなかった。
この声を聞くまでは。
「んっ、んぅー……アラン様ぁ……」
「……アラン、様?」
おや?   と疑問に耽るアラン。
さてここで問題。仲の良い義妹がつい昨日まで普通にお兄ちゃん呼ばわりだったのに、自分の事を様付けで呼ぶ可能性はあるだろうか?   思考時間は三秒です。
答えーー絶対に無い。
というか頂頭部辺りから感じるこの柔らかいふにふにの感触。おかしい、ユリアはこれほどにビックサイズでは無かったはずだ。成長期だから?   とか考えてみたが、それはそれで異常事態だろうという事で即不採用。
更にオルフェリア帝国では滅多に流通していないミント系の洗髪剤の香りに、腰回りまで伸びた長い髪の毛。そしてユリアよりも少し身長が高い。
これだけ情報が集まれば、自ずと答えは導かれる。というか実は「アラン様」の時点でアランは気付いていた。
だがおかしい。途轍もなくおかしい事なのだ。どういう原理なのかは全く不明なのだが、彼女がこの場にいる事はアランの知り得る可能性を総動員しても不可能なのだ。
移動経路、距離、手段、日数。それらの点から考えて真っ先に浮かんだ言葉が「何したんだ、コイツ」だったのだ。
それではまどろっこしい事はすっ飛ばしてご登場願いましょう。
「……おい、エルシェナさんや」
「んぅっ」
ガッチリとホールドされた両手を離してもらうために腰元を優しく二度ほど叩いた。不意に耳元で艶めかしく喘ぎ声を漏らされては、アランと言えど理性が保つかは定かでは無い!
だって眼前で真っ裸になっているのは絶世の美女ですよ?   彼女を巡って内戦が何度起きたか知っていますか?
揺れ動く理性をなんとか平静に保ちつつ、アランは少女ーーエルシェナの目覚めを待った。
「んぇ?   もう朝ですかー。さすがにまだ眠いですねぇ……では」
「いや『では』じゃないよ?   なに勝手に人の屋敷に潜り込んで俺の部屋に入り込んで全裸でベッドインしてるの?   また国際問題にでもしたいのか?   その度に爺さんから呆れた目をされる俺の身にもなってくれ……って寝るなぁ!?」
「眠たいんですよ?   夜通し馬車で移動した上、魔獣の森を突っ切ったんですから。危険を顧みずにアラン様な会いに来た私を労ってくださいよー」
「頼んでねぇよ。というか無茶をするなぁ……夜だったから良かったものの、昼間だったらきっと今頃、魔獣の腹の中だったぞ」
「ふふふ。アラン様の匂い〜」
「おいおい……」
これはかなりの重症だ。何が彼女を奮い立たせたのかは不明だが、普通の馬車でフィニア帝国の首都リドニカからオルフェリア帝国の帝都リーバスまで、たったの一日で辿り着く事は通常の計算では九分九厘で不可能だ。
そう、通常の計算なら、の話。
たとえ魔獣の森を突っ切ったところで最短でも一日半。これ以上はアランの秘密道具でも使わない限りは絶対に縮小出来ないはず。
どうせこのままはぐらかしてしまえば、後にエルシェナは「愛ですよ」などと料理のスパイスでも伝えるかの如く、にっこり微笑みながら受け流してしまうに違いない。
方法?   あるはある。だが絶対にエルシェナの祖父であり皇帝であるアルドゥニエが、その身に変えてでも絶対に使用させないような代物なのだ。なにせ使い方を誤れば即死だからだ。
他にも数通りの可能性はあるが、どれもこれも可能性としては薄い。やはり最初が一番怪しい。
「おい、エルシェナ」
「はいはいー。なんですかぁ?」
本当にやる気のない声でアランの尋ねに返事するエルシェナ。
「お前もしかしてフィニアにあった古代道具をーー」
だが、最後まで言い切れなかった。
修羅場がーー始まる。
「アラン?   そろそろ起きないと、リアが朝食を片付けちゃうわよー?」
声の主はセレナ。気配は扉の向こうから。
……やばい、やばいぞマジで!
セレナは大丈夫だ。話せば直ぐに納得してくれるだろう。問題は彼女に仕える侍女、謎の戦闘力をお持ちのユーフォリアだ。
以前軽い気持ちで手合わせをした事があるのだが、その時のユーフォリアはアランを遥かに凌駕した実力を持っていた。おそらくアランが本気で近接戦を挑んでも僅差で負ける程度には。
そう、あれは「武術を少々嗜んでおります」なんて程度の話ではない。確実に戦場に立った事のある人物の腕前だ。確実に何十人か殺っている人の目だった。
今度こそ、殺される。
「すすすみませんが少し待っていただけませんか!?」
慌てた余りに敬語で話してしまったアラン。無論、それを疑問に思わないわけがない。
「……なんで敬語?」
「い、いやあ。なんでだろうね、あはは……」
真っ裸のエルシェナと一緒にベッドインしちゃっているからです。などと口が張り裂けても言えるはずがない。
「……ふうん。どうせまた、ユリアが裸でベッドに入って来たとか、そういう事でしょう?」
残念、エルシェナです。
「セレナ?   アルにぃの部屋がどうかしたの?」
「あら、おはようユリア」
「ん、おはよー」
ユリアまでやって来た。どうやらセレナが屋根裏部屋に上がっていくのが見えたので、気になったのだろう。
「……ちょっと待って。ここにユリアがいる。なのにアランは部屋に入ることを拒んだ。……まさか」
「……アルにぃ?   隣の人、だぁあぁれぇ?」
どうして部屋の中も見ていないのにアラン以外の人がいる事が確実なのだろうか。そういう女の勘的なセンサーが敏感に反応しているのだろうか。
ユリアに関しては刺々しい魔力まで放つ始末だ。そんなの誰から習ったのかしら?   絶対に母であるミリアから学んだに違いない。
「セレナさん?   ユリアさん?   済まんが俺は朝のエクスタシー状態っぽいので、朝食はもう少し待っていてくれませんかとユーフォリアさんにお伝え願いいただけないでしょうか?」
「「問答無用」」
アランの必死な言い訳虚しく、二人は無表情なまま扉を壊す勢いで開いた。そして見たものとはーー
「んぅ?   …………あらら」
寝間着のアラン、アンド、真っ裸のエルシェナ。
二人の魔力は限界まで高鳴った!!   目的意識が重なり合った所為か、二人の魔力に呼応して、辺りの空間が揺らぎ始める!
「お、おおおおおお落ち着け二人共!?」
このままでは屋敷を破壊させ兼ねない二人の禍々しい魔力に、思わず声を裏返しながら叫ぶアラン。だが二人は聴こえていないかのように、じりじりと詰め寄る。
「死ぬ準備は、良いかしら?」
「お母さんが言ってた。浮気即殺って」
「話し合おう。俺達はまだ分かり合えるはずなんだ!   後生だ、三分だけ!」
「「い・や・だ」」
「ひぃッ!?」
その日の朝。謎の悲鳴が木霊した。
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