英雄殺しの魔術騎士
第1話「魔剣祭本戦、開始」
血が…………止まらない。
胸にぽっかりと空いた大きな穴から、命の液体が流れ出る。青白い俺の頬を赤く染め上げる。熱く、滑らかで、そして生臭い。
傷口という定義を遥かに超越したその欠損箇所からは、痛みというよりも空虚感が俺の知覚に伝わってくる。そう、痛いというよりも気持ち悪い感覚だ。
「ーーー!!」
どこか遠くから叫ぶようにして呼ぶ声が聞こえる。くぐもってよく聞こえなかったが、それは確かに女性の声だ。
「ーー、ーーーー!?」
「ーーーーーーーーーーー」
「ーー!!」
「ーーーーーーーー」
「ーー……」
感覚の薄れ始める俺の身体に触れる人が二人。一人はさっき俺の名前を呼んだ女性の声。もう一つは老婆のような声だ。
きっと俺の容態を見て助からないのだと老婆が理解したのだろう。それを聞いて女性が泣き崩れたのだ。
「ーーー、ーーー!!」
俺に向かって叫んでいるのは分かる。だが、何も理解出来ない。何も聞こえない。何も伝わらない。まるで深淵の果てにでも身体がある気分だ。
……俺、は、死ぬ、のか?
心のどこかで望んでいた事だ。だが今になって迷っている自分がいる。どうして?   鈍った思考ではそれを判断しかねる。
「ーーーー」
「ーー!」
「ーーーーー!!」
「ーーーー。ーーーー!」
俺を呼ぶ声は途絶えない。だが老婆がそれを阻止する。逃げろと指示しているのだろう。だが女性はそれを拒み、再度俺を呼ぶ。
どうしてか。その声に名前を呼ばれるのはとても心地が良かった。死神の鎌が首元にある今ですら、死への恐怖心よりも声の主に対する想いが途絶える事は決してない。
だがそれは、唐突にして終わりを告げる。
ジュブリ、という生々しい音が五感のほとんどが消えかかっていた俺の鼓膜を震わせる。同時に自分の身体に被さる重たい何か。それはーー考えるまでも無かった。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
鼻腔をくすぐる甘い香り。女性特有の柔らかい身体の感触。羽毛のような身体から溢れ出す熱い液体。今にも生き絶えそうなほどに荒い呼吸。温かいと感じた体温は急速に冷えていく。
そして。
「あ……らん……っ」
絞るようにして届いた、短い単語。その単語に俺の心は荒れ狂う。心が思考が魂が、グチャグチャに掻き乱されていく。
「あ……がぁ……っ」
口内から溢れる血。それが阻害して言葉を紡げない、死に至る彼女に言葉を伝えれない。それがまた俺の心を乱す。
命の灯火が消える最中、ふと俺は思う。
俺はーーーーーーーーーーーーーー誰、だ?
◆◆◆
「帝都襲撃事件」から二週間余り、そして「フィニア帝国内乱」から三日が過ぎた。
ついに、魔剣祭本戦が始まった!
本戦の会場は警備や安全の面から、再びアルカドラ学院の新設訓練場を使う事となり、今日は多くの人で学院内は賑わっている。
予め商売を行うと学院側に決まった書類を提出していた個人や商業団体は、学院側が指定したスポットで露店を開き、観戦しながら摘める物や酒類などを大盤振る舞いに売り込んでいた。
それだけでは止まらない。本戦に出場する生徒や帝国騎士の個人情報や見所などを調査して纏めた雑誌を販売する者や、誰が優勝するかを賭け事として行う者がいたり。その賑わいの相乗効果として学院に続く市街区も大いに賑わっていた。
「ほえー、これが魔剣祭の効果か」
そんな中、市街区の道を歩く帝国騎士が一人。もちろんアランだ。今日は珍しくセレナやユリアがいない。しかも腰に剣すら提げていない。完全にオフな状態だ。
騎士服を着ているのは単に気分だったりする。身分証明としても使えるので、少し便利だったりするし。
「お、そこの騎士の兄ちゃん!   ウチの料理を食わねぇかい?   サービスするぜ!」
すると突然、道の一角で店を営む男に声をかけられた。騎士に向かってこの態度、どうやらかなり味に自信があるようだ。これは元料理屋を開いていたアランとしては心が踊った。
料理を買う前に、まずはその目で確かめる。
「ほほう、麺料理か。この腹を空かせる豊満な匂いからして……かなり歴史のある料理と見たっ」
「おおっ、騎士の兄ちゃん分かるかい?   そうなんだよ、ウチの料理は五代前から繋いできた特製のスープを使ってるんだ!   一杯二百エルドだぜ!」
「うし貰った」
「まいど!」
銀貨を二枚払ってアランは木の器に入った料理を手に再び道を歩く。目指すのはもちろんアルカドラ学院、訓練場だ。
セレナとユリアは既に向かっており、魔剣祭が始まる前にクジ引きによって対戦カードを決めておくのだとか。もうそろそろ、それも終わっている事だろう。
……初戦から対戦しなければ良いんだが。
あれだけ頑張っていたのに、初戦でぶつかってどちらかが負けてしまうなんて、考えたくも無いアラン。ユリアが負けてもセレナが負けても、なんとも居た堪れない雰囲気になってしまう気がする。
だがそうなる事も皆無という訳では無い。かなり低確率とはいえ、存在する事は決して否定できない事実だ。
「……って、俺が不安がってたら駄目だろうが」
苦く笑い、店主にもらった木製のフォークで器に盛られた麺を掬い上げる。
どうやらこの料理は北東部から伝来した「ショーユ」や「ダシ」という調味料を活かした料理らしく、立ち上がる湯気がなんとも食欲を唆る。
だがそれだけではない。スープに何かを混ぜ合わせ、すこし粘性のあるスープにしているようだ。だがそのおかげで太めの麺にスープが絡みつき、味にインパクトがある。文句なしに美味しい。
「料理名、聞いとけば良かったぜ……っ」
少し悔しげなアラン。帝国騎士が木皿片手に悔しげな表情を浮かべているという、なんとも奇妙な光景に市民の目はアランを向くが、当の本人はどこ吹く風。意にも介さない。
とその時、学院の方角から九時を告げる鐘の音が鳴った。と同時に天高くまで突き抜けそうな盛大な喝采。それを気にしてさらに市民が学院へと向かう。
さあ、魔剣祭本戦の開幕だ。
◆
魔剣祭本戦のルール説明。
①試合時間は十分。それを過ぎた場合、五名の審判による公平な審議により、勝敗を決する事とする。
②魔術は基礎魔術および殺傷性の低い魔術のみを使用可能とみなす。それ以外を使用した場合即失格とみなし、今後の魔剣祭への参加資格を剥奪する。
③近接戦闘用の武器は審判から事前に調べられた物のみを使用可能とし、また魔道具の使用も許可する。ただし殺傷性のある魔道具もまた、失格対象とみなす。
④試合中の異常、また非常時には安全を期して帝国騎士の数名による状況確認を行う。その間の試合時間は停止とする。
⑤帝国騎士はその役職に恥じぬ戦いを、学生はその結果に悔いぬ戦いをすること。
以上。
◆
湧き上がる歓声!
唸るような喝采!
そこはまさに別世界!
剣と剣、魔術と魔術。己の願望を糧として、彼らは全身全霊で戦いの場へと赴く!
『……と、言うわけで始まりました魔剣祭ッ!   司会と実況を務めますのは第三騎士団広報部隊第三班所属、「地獄耳のラパン」ことラパン=パルサーですッ!   よろしくぅ!』
そんなアナウンスを片耳に、アランは学院の敷地内へと踏み入れた。門の前に立つ新米帝国騎士がアランを見た途端に首元の襟を正したのは気のせいだろうか。
あとで第三騎士団団長ーーシェイドに告げ口しておこう。
何はともあれ、入り口付近にあった急造の捨て箱に木皿とフォークを投げ捨て、鼻唄混じりにアランは目的の訓練場へと向かった。
やはりと言うべきだろう。商業区の重鎮的存在である「ポドマン商会」や帝国騎士御用達「ライラ商業組合」など、帝都では名の知れた商業団体を示すマークが、露店の暖簾や看板に記されている。ほかの個人店よりも絶対的な人気を誇っていた。
しかも陣取りもエゲツない。最も人が通る入り口付近を重点的に、比較的に安価な料理を大量販売していた。これでは個人経営が圧倒的に不利であろう。
商売魂、恐るべし。
……と、思いきや。
「ん?   なんだ、あれは?」
そんな中で妙に人混みが成されている場所を見つけたアランは、興味を抱いて足を向ける。どうやら市民達というよりは学院生に人気が高いらしい。
人混みを掻き分けて中へと進んで行く。するとそこには、
「……おや、アランではないか」
「なんだ、ビットだったのか」
金縁メガネを指の腹で押し上げて、かなり自信ありげな笑みを浮かべる薄茶色の髪をした男性がいた。第一騎士団所属、殺戮番号No.6、ビット=グレルスキンだ。
どうやら商業団体に混じって何か商売をしているようだ。さすがは金の亡者。金銭の匂いにはとても敏感なお鼻をお持ちで。
「つーか、いつの間に販売許可証なんか申請していたんだよ。お前、ここ最近帝都に帰ってきてなかっただろうが」
「フン、単純な事だ。去年に申請は済ませていたとも!」
「なん……だと……っ!?」
勝ち誇ったように言うビット。自分の利益のためならば他人の苦労すら厭わないというのか、この守銭奴が。
だが今さら言及したところで暖簾に腕押し、駄馬に説教。ここはさらっと流してしまう方が吉だ。
「それで、お前は何売ってんの?」
「気になるか?   ふふふ……これだ」
悪魔のような笑みを浮かべるビットに手渡されたのは、少し厚めの藁半紙。フィニア帝国で普及している安価な用紙だ。そしてそこには、
『夢抱く仔兎たちへ、リカルド=グローバルト』
などと流れるような文字で書かれている。これは言うまでもなくサインだ。
「殺戮番号全員と第二・第三騎士団団長のサインもあるぞ」
「なんちゅーもん売ってんの」
申請の際にサイン紙が通っている時点で、販売の許可は下りているのだろうが……良いのだろうか。
とりわけ性的表現のある物でもなければ、帝国騎士の社会的地位を貶めるような物でもない。しかし販売物の取り決めにはしたがってはいるものの相手はビットだ。侮るわけにはいかない。
「一番人気はやはり団長だな」
「実態はただの性獣だけどな」
「二番手はグウェンだ」
「あんの野郎……目立ちやがって」
グウェンははっきり言って超モテる。白の長髪も狼のような鋭い眼力も、外に出れば大抵の美女からは性的なアプローチは絶えない。アランもかなり整った顔つきだが、目が死んでいるのでグウェンの方へと女性は向かう。
というか三日前のエルシェナとの一件以来、グウェンの姿を全く見ていないアラン。とりあえず鼻がへし折れるまで殴ろうなどと企んでいたアランの気持ちは未だ燻ったままだ。
「いま、アイツは?」
「知らん。最近は団長と一緒にいた筈だ。団長から聴く方が早いだろう」
「すまん助かる」
これで苛立ちの解消にはなるだろう。心の中のアランが薄気味悪く笑ったのを感じた。
「それよりも買って行かないか?   一枚五百エルドだ」
「いらん」
殺戮番号達とは億劫になるほど顔を合わせている。いまさらサイン紙などと貰ったところでどうという事はない。むしろ不要だ。というか高いだろう。
告げ口をする相手が増えたことに、ため息を漏らさざるを得ない。
本戦の開幕式が執り行われる中、アランはビットの店を後にして、小走りで会場の中へと急ぐのであった。
胸にぽっかりと空いた大きな穴から、命の液体が流れ出る。青白い俺の頬を赤く染め上げる。熱く、滑らかで、そして生臭い。
傷口という定義を遥かに超越したその欠損箇所からは、痛みというよりも空虚感が俺の知覚に伝わってくる。そう、痛いというよりも気持ち悪い感覚だ。
「ーーー!!」
どこか遠くから叫ぶようにして呼ぶ声が聞こえる。くぐもってよく聞こえなかったが、それは確かに女性の声だ。
「ーー、ーーーー!?」
「ーーーーーーーーーーー」
「ーー!!」
「ーーーーーーーー」
「ーー……」
感覚の薄れ始める俺の身体に触れる人が二人。一人はさっき俺の名前を呼んだ女性の声。もう一つは老婆のような声だ。
きっと俺の容態を見て助からないのだと老婆が理解したのだろう。それを聞いて女性が泣き崩れたのだ。
「ーーー、ーーー!!」
俺に向かって叫んでいるのは分かる。だが、何も理解出来ない。何も聞こえない。何も伝わらない。まるで深淵の果てにでも身体がある気分だ。
……俺、は、死ぬ、のか?
心のどこかで望んでいた事だ。だが今になって迷っている自分がいる。どうして?   鈍った思考ではそれを判断しかねる。
「ーーーー」
「ーー!」
「ーーーーー!!」
「ーーーー。ーーーー!」
俺を呼ぶ声は途絶えない。だが老婆がそれを阻止する。逃げろと指示しているのだろう。だが女性はそれを拒み、再度俺を呼ぶ。
どうしてか。その声に名前を呼ばれるのはとても心地が良かった。死神の鎌が首元にある今ですら、死への恐怖心よりも声の主に対する想いが途絶える事は決してない。
だがそれは、唐突にして終わりを告げる。
ジュブリ、という生々しい音が五感のほとんどが消えかかっていた俺の鼓膜を震わせる。同時に自分の身体に被さる重たい何か。それはーー考えるまでも無かった。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
殺された。殺された。殺された。殺された。
鼻腔をくすぐる甘い香り。女性特有の柔らかい身体の感触。羽毛のような身体から溢れ出す熱い液体。今にも生き絶えそうなほどに荒い呼吸。温かいと感じた体温は急速に冷えていく。
そして。
「あ……らん……っ」
絞るようにして届いた、短い単語。その単語に俺の心は荒れ狂う。心が思考が魂が、グチャグチャに掻き乱されていく。
「あ……がぁ……っ」
口内から溢れる血。それが阻害して言葉を紡げない、死に至る彼女に言葉を伝えれない。それがまた俺の心を乱す。
命の灯火が消える最中、ふと俺は思う。
俺はーーーーーーーーーーーーーー誰、だ?
◆◆◆
「帝都襲撃事件」から二週間余り、そして「フィニア帝国内乱」から三日が過ぎた。
ついに、魔剣祭本戦が始まった!
本戦の会場は警備や安全の面から、再びアルカドラ学院の新設訓練場を使う事となり、今日は多くの人で学院内は賑わっている。
予め商売を行うと学院側に決まった書類を提出していた個人や商業団体は、学院側が指定したスポットで露店を開き、観戦しながら摘める物や酒類などを大盤振る舞いに売り込んでいた。
それだけでは止まらない。本戦に出場する生徒や帝国騎士の個人情報や見所などを調査して纏めた雑誌を販売する者や、誰が優勝するかを賭け事として行う者がいたり。その賑わいの相乗効果として学院に続く市街区も大いに賑わっていた。
「ほえー、これが魔剣祭の効果か」
そんな中、市街区の道を歩く帝国騎士が一人。もちろんアランだ。今日は珍しくセレナやユリアがいない。しかも腰に剣すら提げていない。完全にオフな状態だ。
騎士服を着ているのは単に気分だったりする。身分証明としても使えるので、少し便利だったりするし。
「お、そこの騎士の兄ちゃん!   ウチの料理を食わねぇかい?   サービスするぜ!」
すると突然、道の一角で店を営む男に声をかけられた。騎士に向かってこの態度、どうやらかなり味に自信があるようだ。これは元料理屋を開いていたアランとしては心が踊った。
料理を買う前に、まずはその目で確かめる。
「ほほう、麺料理か。この腹を空かせる豊満な匂いからして……かなり歴史のある料理と見たっ」
「おおっ、騎士の兄ちゃん分かるかい?   そうなんだよ、ウチの料理は五代前から繋いできた特製のスープを使ってるんだ!   一杯二百エルドだぜ!」
「うし貰った」
「まいど!」
銀貨を二枚払ってアランは木の器に入った料理を手に再び道を歩く。目指すのはもちろんアルカドラ学院、訓練場だ。
セレナとユリアは既に向かっており、魔剣祭が始まる前にクジ引きによって対戦カードを決めておくのだとか。もうそろそろ、それも終わっている事だろう。
……初戦から対戦しなければ良いんだが。
あれだけ頑張っていたのに、初戦でぶつかってどちらかが負けてしまうなんて、考えたくも無いアラン。ユリアが負けてもセレナが負けても、なんとも居た堪れない雰囲気になってしまう気がする。
だがそうなる事も皆無という訳では無い。かなり低確率とはいえ、存在する事は決して否定できない事実だ。
「……って、俺が不安がってたら駄目だろうが」
苦く笑い、店主にもらった木製のフォークで器に盛られた麺を掬い上げる。
どうやらこの料理は北東部から伝来した「ショーユ」や「ダシ」という調味料を活かした料理らしく、立ち上がる湯気がなんとも食欲を唆る。
だがそれだけではない。スープに何かを混ぜ合わせ、すこし粘性のあるスープにしているようだ。だがそのおかげで太めの麺にスープが絡みつき、味にインパクトがある。文句なしに美味しい。
「料理名、聞いとけば良かったぜ……っ」
少し悔しげなアラン。帝国騎士が木皿片手に悔しげな表情を浮かべているという、なんとも奇妙な光景に市民の目はアランを向くが、当の本人はどこ吹く風。意にも介さない。
とその時、学院の方角から九時を告げる鐘の音が鳴った。と同時に天高くまで突き抜けそうな盛大な喝采。それを気にしてさらに市民が学院へと向かう。
さあ、魔剣祭本戦の開幕だ。
◆
魔剣祭本戦のルール説明。
①試合時間は十分。それを過ぎた場合、五名の審判による公平な審議により、勝敗を決する事とする。
②魔術は基礎魔術および殺傷性の低い魔術のみを使用可能とみなす。それ以外を使用した場合即失格とみなし、今後の魔剣祭への参加資格を剥奪する。
③近接戦闘用の武器は審判から事前に調べられた物のみを使用可能とし、また魔道具の使用も許可する。ただし殺傷性のある魔道具もまた、失格対象とみなす。
④試合中の異常、また非常時には安全を期して帝国騎士の数名による状況確認を行う。その間の試合時間は停止とする。
⑤帝国騎士はその役職に恥じぬ戦いを、学生はその結果に悔いぬ戦いをすること。
以上。
◆
湧き上がる歓声!
唸るような喝采!
そこはまさに別世界!
剣と剣、魔術と魔術。己の願望を糧として、彼らは全身全霊で戦いの場へと赴く!
『……と、言うわけで始まりました魔剣祭ッ!   司会と実況を務めますのは第三騎士団広報部隊第三班所属、「地獄耳のラパン」ことラパン=パルサーですッ!   よろしくぅ!』
そんなアナウンスを片耳に、アランは学院の敷地内へと踏み入れた。門の前に立つ新米帝国騎士がアランを見た途端に首元の襟を正したのは気のせいだろうか。
あとで第三騎士団団長ーーシェイドに告げ口しておこう。
何はともあれ、入り口付近にあった急造の捨て箱に木皿とフォークを投げ捨て、鼻唄混じりにアランは目的の訓練場へと向かった。
やはりと言うべきだろう。商業区の重鎮的存在である「ポドマン商会」や帝国騎士御用達「ライラ商業組合」など、帝都では名の知れた商業団体を示すマークが、露店の暖簾や看板に記されている。ほかの個人店よりも絶対的な人気を誇っていた。
しかも陣取りもエゲツない。最も人が通る入り口付近を重点的に、比較的に安価な料理を大量販売していた。これでは個人経営が圧倒的に不利であろう。
商売魂、恐るべし。
……と、思いきや。
「ん?   なんだ、あれは?」
そんな中で妙に人混みが成されている場所を見つけたアランは、興味を抱いて足を向ける。どうやら市民達というよりは学院生に人気が高いらしい。
人混みを掻き分けて中へと進んで行く。するとそこには、
「……おや、アランではないか」
「なんだ、ビットだったのか」
金縁メガネを指の腹で押し上げて、かなり自信ありげな笑みを浮かべる薄茶色の髪をした男性がいた。第一騎士団所属、殺戮番号No.6、ビット=グレルスキンだ。
どうやら商業団体に混じって何か商売をしているようだ。さすがは金の亡者。金銭の匂いにはとても敏感なお鼻をお持ちで。
「つーか、いつの間に販売許可証なんか申請していたんだよ。お前、ここ最近帝都に帰ってきてなかっただろうが」
「フン、単純な事だ。去年に申請は済ませていたとも!」
「なん……だと……っ!?」
勝ち誇ったように言うビット。自分の利益のためならば他人の苦労すら厭わないというのか、この守銭奴が。
だが今さら言及したところで暖簾に腕押し、駄馬に説教。ここはさらっと流してしまう方が吉だ。
「それで、お前は何売ってんの?」
「気になるか?   ふふふ……これだ」
悪魔のような笑みを浮かべるビットに手渡されたのは、少し厚めの藁半紙。フィニア帝国で普及している安価な用紙だ。そしてそこには、
『夢抱く仔兎たちへ、リカルド=グローバルト』
などと流れるような文字で書かれている。これは言うまでもなくサインだ。
「殺戮番号全員と第二・第三騎士団団長のサインもあるぞ」
「なんちゅーもん売ってんの」
申請の際にサイン紙が通っている時点で、販売の許可は下りているのだろうが……良いのだろうか。
とりわけ性的表現のある物でもなければ、帝国騎士の社会的地位を貶めるような物でもない。しかし販売物の取り決めにはしたがってはいるものの相手はビットだ。侮るわけにはいかない。
「一番人気はやはり団長だな」
「実態はただの性獣だけどな」
「二番手はグウェンだ」
「あんの野郎……目立ちやがって」
グウェンははっきり言って超モテる。白の長髪も狼のような鋭い眼力も、外に出れば大抵の美女からは性的なアプローチは絶えない。アランもかなり整った顔つきだが、目が死んでいるのでグウェンの方へと女性は向かう。
というか三日前のエルシェナとの一件以来、グウェンの姿を全く見ていないアラン。とりあえず鼻がへし折れるまで殴ろうなどと企んでいたアランの気持ちは未だ燻ったままだ。
「いま、アイツは?」
「知らん。最近は団長と一緒にいた筈だ。団長から聴く方が早いだろう」
「すまん助かる」
これで苛立ちの解消にはなるだろう。心の中のアランが薄気味悪く笑ったのを感じた。
「それよりも買って行かないか?   一枚五百エルドだ」
「いらん」
殺戮番号達とは億劫になるほど顔を合わせている。いまさらサイン紙などと貰ったところでどうという事はない。むしろ不要だ。というか高いだろう。
告げ口をする相手が増えたことに、ため息を漏らさざるを得ない。
本戦の開幕式が執り行われる中、アランはビットの店を後にして、小走りで会場の中へと急ぐのであった。
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