英雄殺しの魔術騎士
序話「微かに残る幸せの香り」
彼女と最初に出会ったのは、俺と彼女がまだ十七歳だった頃の夏の話だ。
アルカドラ魔術学院の高等部第三学年生は、夏になると職場体験学習という形で第一から第三騎士団のいずれかに仮入団する事が習わしとなっている。
第三学年生の総数は百二十七人。本来ならばそれを三等分して四十人余りが俺の所属する第一騎士団に仮入団するのだが……それほど現実は甘くない。
第一騎士団には常に死が寄り添っている。第二・第三騎士団と比べて戦場に赴く回数が圧倒的に多く、それだけあって新米帝国騎士の死亡率も他二つと比べて馬鹿にならないほど高い。
前皇帝時代と異なり、現在では無闇に戦う必要は無くなってきた事もあって帝国騎士という存在は「戦う者」から「高給職」という立場に変わりつつあった時代だ。誰が望んで第一騎士団なんぞに入りたがるだろうか。
だがそれでも挑戦者は跡を絶たない。
今年も例年通り、数人の学院生徒が変人達の巣窟へと足を踏み入れた。
「こんにちは!」
その中の一人。それが彼女だった。
「ねぇ、聞いてる?   こーんーにーちーわー!?」
夕暮れの空のような鮮やかな橙色の長い髪をポニーテールで纏めており、同じく橙色の団栗のようなつぶらな瞳で気怠げな顔をする俺を下から覗き込んでいる。
「……うぜぇ」
「あ、うざいって言った。ただ挨拶をしただけだよ?   礼儀知らずな」
「返事が無いなら無視しとけよ」
その頃の俺は度々の小規模な戦争に駆り出され続け、体力はともかく精神力が限界まで疲弊していた。帝都の雰囲気やら国の情勢やら、そんな事はどうでもいい程に廃れきっていた。
今回の仮入団のことに関してもそうだ。クソ親父が無理強いに戻って来させるから従ったものの、別段何があったという訳でもない。さらに苛立ちが増しただけだった。
だから棘を含んだ言葉で彼女を追い払おうとするが、彼女は気にすることなくその場に居続ける。
「貴方がアラン君ね。貴方の事はシルフィアから聴いているわ。すごい努力家なんだってね」
「……はっ」
努力家?   そんな言葉でこの二年間が片付けられるのならば、俺はこれほどに衰退などしていないだろう。和やかに言う彼女に向けて、俺は侮蔑するように嘲った。
「努力家」などという言葉で俺のこの二年間を言い表して欲しくなかった。だからいっそう彼女の事を嫌いになる。
……だが彼女から微笑みは絶えない。
心底気に食わない。それが俺の彼女に向けた第一印象。何も知らない彼女に対する、敵意の混じったドス黒い感情。
「はいこれで挨拶終わり。さっさとどっかに行ってくれ」
もうこれ以上、俺の心が壊れないために。誰とも関わらず機械的でいるために。冷静に、冷徹に。無である事を望んで。
だが。
「私ね……貴方に惚れて、ここに仮入団する事を決断したのよ?」
「…………は?」
唐突に語り出す彼女の本音。理解出来るが理解し難いその本音に、俺の思考は停止する。
「凡人である事を当たり前だと認めず、平凡である事に諦めを見出さず歩き続ける貴方。人は無理だと、限界だと知った途端に諦める。簡単に諦められるはずなのに、貴方は手を休めない。そんな貴方を以前見た時に格好良いな、凄いなって見惚れちゃったの」
「ーーーーーー」
言葉すら出て来ない。それほどに彼女の眼差しに溢れる感情は、廃れた俺の心を圧倒していた。
「私はもう決めているの。来年ここに入団する。そして貴方を師事するってね」
「はぁ!?」
唐突な発表。だが彼女の選んだ道筋を、俺が変更する権利も資格もない。弟子の一人すら持った事のない俺にとって、それは突如現れた未来の可能性だった。
「そ、それは無理だ!   俺は誰かを教える事も教えるつもりも無い!   他を当たれ!」
「もう決めちゃったもーん」
彼女の意志は揺るがない。楽しそうに微笑みながら俺に顔を近づけ、言った。
「私はアカネ。アカネ=エルライト。よろしくねアラン君っ!」
ほんのりと香る、太陽の恵みを受けた柑橘類の匂い。彼女が傍に居るのだと感じさせてくれたあの匂い。
それが過去となって感慨にふける。それは喜劇と悲劇の幕開けを報せる、始まりの自己紹介だったのだと。
アルカドラ魔術学院の高等部第三学年生は、夏になると職場体験学習という形で第一から第三騎士団のいずれかに仮入団する事が習わしとなっている。
第三学年生の総数は百二十七人。本来ならばそれを三等分して四十人余りが俺の所属する第一騎士団に仮入団するのだが……それほど現実は甘くない。
第一騎士団には常に死が寄り添っている。第二・第三騎士団と比べて戦場に赴く回数が圧倒的に多く、それだけあって新米帝国騎士の死亡率も他二つと比べて馬鹿にならないほど高い。
前皇帝時代と異なり、現在では無闇に戦う必要は無くなってきた事もあって帝国騎士という存在は「戦う者」から「高給職」という立場に変わりつつあった時代だ。誰が望んで第一騎士団なんぞに入りたがるだろうか。
だがそれでも挑戦者は跡を絶たない。
今年も例年通り、数人の学院生徒が変人達の巣窟へと足を踏み入れた。
「こんにちは!」
その中の一人。それが彼女だった。
「ねぇ、聞いてる?   こーんーにーちーわー!?」
夕暮れの空のような鮮やかな橙色の長い髪をポニーテールで纏めており、同じく橙色の団栗のようなつぶらな瞳で気怠げな顔をする俺を下から覗き込んでいる。
「……うぜぇ」
「あ、うざいって言った。ただ挨拶をしただけだよ?   礼儀知らずな」
「返事が無いなら無視しとけよ」
その頃の俺は度々の小規模な戦争に駆り出され続け、体力はともかく精神力が限界まで疲弊していた。帝都の雰囲気やら国の情勢やら、そんな事はどうでもいい程に廃れきっていた。
今回の仮入団のことに関してもそうだ。クソ親父が無理強いに戻って来させるから従ったものの、別段何があったという訳でもない。さらに苛立ちが増しただけだった。
だから棘を含んだ言葉で彼女を追い払おうとするが、彼女は気にすることなくその場に居続ける。
「貴方がアラン君ね。貴方の事はシルフィアから聴いているわ。すごい努力家なんだってね」
「……はっ」
努力家?   そんな言葉でこの二年間が片付けられるのならば、俺はこれほどに衰退などしていないだろう。和やかに言う彼女に向けて、俺は侮蔑するように嘲った。
「努力家」などという言葉で俺のこの二年間を言い表して欲しくなかった。だからいっそう彼女の事を嫌いになる。
……だが彼女から微笑みは絶えない。
心底気に食わない。それが俺の彼女に向けた第一印象。何も知らない彼女に対する、敵意の混じったドス黒い感情。
「はいこれで挨拶終わり。さっさとどっかに行ってくれ」
もうこれ以上、俺の心が壊れないために。誰とも関わらず機械的でいるために。冷静に、冷徹に。無である事を望んで。
だが。
「私ね……貴方に惚れて、ここに仮入団する事を決断したのよ?」
「…………は?」
唐突に語り出す彼女の本音。理解出来るが理解し難いその本音に、俺の思考は停止する。
「凡人である事を当たり前だと認めず、平凡である事に諦めを見出さず歩き続ける貴方。人は無理だと、限界だと知った途端に諦める。簡単に諦められるはずなのに、貴方は手を休めない。そんな貴方を以前見た時に格好良いな、凄いなって見惚れちゃったの」
「ーーーーーー」
言葉すら出て来ない。それほどに彼女の眼差しに溢れる感情は、廃れた俺の心を圧倒していた。
「私はもう決めているの。来年ここに入団する。そして貴方を師事するってね」
「はぁ!?」
唐突な発表。だが彼女の選んだ道筋を、俺が変更する権利も資格もない。弟子の一人すら持った事のない俺にとって、それは突如現れた未来の可能性だった。
「そ、それは無理だ!   俺は誰かを教える事も教えるつもりも無い!   他を当たれ!」
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彼女の意志は揺るがない。楽しそうに微笑みながら俺に顔を近づけ、言った。
「私はアカネ。アカネ=エルライト。よろしくねアラン君っ!」
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