英雄殺しの魔術騎士
幕間「闇に住まう役者達」
オルフェリア帝国の南部。カルサ共和国との国境付近であるそこは、草木の一つも生えていない、荒れ果てた平野が広がっている。
昼間は照り付ける太陽の熱光線によって身体の芯まで熱せられ、体内の水分と精神力を容赦なく削り取る。そして夜間になると一気に冷え込んだ空気が風によって身体中を弄び、時折聞こえる雄叫びがさらに精神力を削る。
辺りに水分補給をする場などあるはずもなく、老廃した動物や人間の骨が其処彼処に転がっているだけ。まさしくそこは死の大地だ。
そんな所を好きこのんで住処とする動物がいるはずもなく、遠方の森やサバンナから逃げるようにして迷い込んだ魔獣達がたびたび姿をあらわす。
だから稀に肉食の大型魔獣が跋扈する事もあり、旅人達からは避けて通らなければならないスポットとして有名だ。でなければ確実に喰われるのは自分達だと決まっているから。
……だというのに、そんな荒野のど真ん中には小さな灯りが見えていた。その周囲には十台ばかりの馬車と数十人の人影が焚き火を中心に輪になって集まり、楽しそうに談笑している。
今にも魔獣が現れそうな気配の漂う荒野の中で、彼らはそんな事を知らないかのように、怯えることなく笑い声をあげていた。
その中の一人。襤褸のような外套で身を包み、鍔の長い帽子を目深に被った男性は、彼に向かって座っている幼い少年二人に昔話を語っていた。
「ーーむかしむかし、この大陸のある所に、一人の青年がいました」
男性は両手に持った古い本を大事そうに扱いながら、ゆっくりと語りを聴かせる。
「青年には名前がありません。幼い頃に両親を亡くし、代わりに拾い親から名前を貰いましたが、とても長くて忘れてしまったのです」
本には第一神聖語で綴られた文字列が長く書き記されており、よほど裕福な家庭で生きてきて、かつ第一神聖語について熱心に学んだ者でしか、その物語を語れる者はいない。
ゆえに、少年達にとって男性の話す物語は未知なるものであった。
「青年は文武に長け、誰も彼には敵いません。ですがある日、そんな彼に神様は言いました。『お前は魔王を倒すためにその力を得たのだ』と。青年は神の言葉を信じて冒険に出ました」
「ねぇ、ぶんぶってなにー?」
「馬鹿。頭が良くて喧嘩が強いって事だよ」
「へえー、かっこいいね!」
「ま、俺の事だけどな」
「でもジルお兄ちゃん、この間バードラおじさんに負けたじゃん」
「う、うるさいな!   いつかはバードラにも勝ってやるさ!」
バードラとはこの旅人達の中でも一番腕っ節が立ち、魔獣相手にも怯まずに戦う事が出来る勇敢な戦士だ。かつて祖父に魔術を習った経験があって、身体強化程度ならば呼吸をする様に扱える。
そんなバードラには勝てないだとか、絶対に勝ってみせるだとか。やんやと言い合う二人が鎮まるのを微笑みながら待って、男性は再び語り始めた。
物語は最初から最後まで心をときめかせ、少年達の心を熱くさせた。灼熱の大地を歩き渡り、絶海を小舟一つで進み、山の様に巨大な魔獣をその身一つで倒す青年。特に最終章に関しては、子供達は固唾を飲みながら男性の話に耳を傾けていた。
そして最終章が終わりに差し掛かる頃にはほとんどの大人達が寝支度を整え終えており、女子供に関してはほとんどが眠りについていた。
だが少年達の脳裏には睡魔など存在しないかのように、男性の語る物語を想像し続けていた。
「ーー青年はボロボロの剣を魔王の心臓に突き立てました。満身創痍なその身体で前に踏み込み、剣をさらに奥へと押し込みます。すると最後を悟ったのか、魔王は苦しみながら言いました。『お前は確かに世界を救った。だがしかし、お前の名前は世界に残ることは決して無いだろう』魔王はそれだけを言い残して高らかに笑いながら、深淵へとその身を投げたのです。深淵には万能である青年ですら向かうことは出来ません。ですが魔王の言い残した言葉を信じ、青年は神のお告げを成し遂げたのだと、声高らかに宣言しました」
「「それで、それで!!」」
少年達は急き立てるように叫ぶ。ぱらりとページを捲る男性。しかし、
「物語はここまで。この後青年がどうなったかは、この物語なタイトルを見れば分かるよね?」
男性は表紙を少年達に見せた。
「……ねぇ、お兄ちゃん。これなんて読むの?」
「お、俺が読めるわけ無いだろ……」
「えー。お兄ちゃん、ぶんぶになるんじゃないのー?」
「し、仕方ないだろ!   これは第一神聖語って言ってな、バードラでも読めないんだからな!」
「そうなんだ……ねね、旅人のお兄ちゃん。これってなんて読むのー?」
「そうだね……これは」
背表紙を優しく撫でた男性は、柔和な笑みを浮かべながら少年達に言った。
「『悲しき勇者の物語』と言うんだ」
◆
旅人達が寝静まった頃。揺れる焚き火の光によって、淡く映る影が一つ。
「……それで、収穫はあったのかい?」
襤褸を纏った男性が、誰もいない空間に向かって独り呟く。女子供は荷馬車で寝息を立て、男達もそのすぐそばで警戒心を巡らせながら睡眠している。男性の奇行に疑問を覚える者は誰もいなかった。
すると。
「言われた通り、皇帝を連れて地下迷宮へと向かいました。……ですが既に『魔女』は解放されており、封印部屋はもぬけの殻。鎖の錆具合や埃の被り方からして、二百年以上前には既にいなかったと思われます」
唐突に男性の背後へ気配を現した一人の人物が、忠誠を誓うかのように跪きながら報告を述べる。声音からして女性だろうか。すると男性は顎元に指を添えて、
「ふむ……あらゆる可能性を想定はしていたけど、独力であの封印から逃れたとなると想定外だね。さすがは神代の最強魔術師と言うべきかな」
「同感です」
その後、しばしの沈黙が訪れる。パチパチと焚き木が破裂する音だけが鼓膜に響き、小さな火の粉が風に乗って空へと舞う。
男性の背後で跪く人物は、男性の次の言葉をただじっと待つ。余計な口は挟まず、急かす事も無く、敬意の眼差しを向けながら言葉を待った。
「次は……オルフェリアだね」
「宜しいのですか?   アルダー帝国は此度の戦によって戦力の減退。補充には最低でも三ヶ月ほどは必要かと」
「そうか……仕方がない、今回は『怠惰』『暴食』『色欲』『憤怒』でいこう」
「よ、四名ですか……」
「ああ。僕の予感が正しければ、おそらく『憤怒』と『色欲』は今回の解放には必要不可欠な存在だからね。外周部は君とあの子に任せるとしよう」
「有り難きお言葉。では彼の者達には私から連絡をいたします」
「ありがとう。そうしてくれ」
刹那、姿を消す影。空気が切れる音も砂地を踏む音すらも聞こえない。まるで転移でもしたかのように瞬く間にて姿を消した。
だが男性は驚く様子を見せない。さもそれが当たり前のように動ずることは何も無い。むしろ、気になる事があった。
「……『魔女』はいなかった、か」
影に言われた事を反芻し、細い息を吐く。
「彼女が神代で『魔王』の次に強かった魔術師だったとしても、あれはそんなに簡単に破壊できる代物じゃないはずだ」
地下迷宮に存在する鎖は特別製だ。鎖は相手を縛るために用いられるが、あの鎖は相手を留めるために用いられている。つまり身動き一つ、言葉通りに毛先すら動かないはずなのだ。さらには魔力まで封じる仕掛けが組み込まれている。魔術など使えるはずもない。
「『魔女』が二百年前だろうが四百年前だろうが、いつに解放されたのかはこの際関係無いとしよう。問題はどうやって解放されたか、だな」
両手両足、髪の毛一本すらも動かさず、魔力を使う事も無く、完全な牢獄から誰にも気付かれずに脱出する方法。正直なところ、ここまで条件が揃っている状態で、それが可能だとは思えない。
……これはもう、第三者の手を借りたとしか。
だが、だとしたらそれが誰なのか。二百年以上も昔に数少ない情報を集めて可能性を導き出し、『魔女』という存在にまで辿り着いた、世界から抜き出た異質な人物は。
そもそも『魔女』がこの世に出ているのだとすれば、なぜこれほどに世界が穏やかなのだろうか。
彼女の魔力を縛るものが無いのならば、彼女の魔力は大陸全土の魔術騎士を相手にしたところで遥かに上をいく。それほどに膨大な魔力を有する彼女が現界する限り、狂的なまでに強い魔力波動によって自我を崩壊する者も増えるであろう。
だが実際にはそのような話を全く耳にしない。たとえ魔力を抑えていたところで数が少なくなるだけで、決してゼロとまではいかないはずなのに。
「彼女がこの世界に馴染んでいるからだろうか?」
それも少し違う気がする。
「彼女は魔力を捨てた?」
ならば、その魔力はどこに。
「それとも……まさか……」
捨て切れない可能性を口ずさみ、黙り出す。暴れるように揺れ続ける炎を見つめながら、男性は静かに考えを纏めた。
「ともかく『魔女』はいない。ならば次の手だ。オルフェリア帝国を攻める。目的は『鍵』の奪取と『雄牛』の解放。これが成し遂げられれば、よりいっそう僕達の理想へと届く。……聞いていたかい、ディエト?」
またしても、男性は誰もいない前方の空間へ向けて名指しで尋ねる。
しかし答えは返ってこない。代わりに焚き木が破裂して、火の粉が激しく舞い上がるだけだった。
「……そう。我らが主ーー『魔王』の祈願を成し遂げるための一歩になるのさ。だから君も手を貸してくれるよね?」
たが男性は何事もないように平然とした顔で、再び尋ねる。……が、相変わらず応えは返ってこない。代わりに焚き木がパチン!   と勢いよく音を立てて破裂した。
「そうかい。その応えが聴けただけでも、僕は良かったよ」
徐ろに立ち上がる男性。纏う襤褸とは裏腹に、筋の通った細身の肉体はまるで歴代の英雄を圧倒するかの如く、凄まじい存在感を放っている。
今まで纏っていた柔和な気配とは真逆の、圧迫するような強者としての存在感。それは微かに空気と混ざり合い、敵意に鋭い者達は驚異となる存在だと認識した。
「……おいおい旅の兄ちゃん。なんだい、その分厚いコートでも着込むような刺々しい殺気はよぉ。おかげで目が覚めちまったよ」
誰よりも早くその正体に気が付いたバードラが、不敵な笑みを浮かべながら男性へと近づく。剣を利き手で持ち、笑みの裏に隠した殺気を震わせながら近づくが……そこまでだ。
「旅を続けて早二十年……幾度も危機に直面した覚えはあるが、その全てをなんとか乗り越えてきた。……けどこれは無理だわ」
今年で三十五になるバードラ。竜種や亜人種、鬼族とまで戦ったことがある彼が感じた男性の気迫。それは津波のように迫り来る魔力波動の圧力だ。
バードラが立つ位置から一歩でも前に進むと、圧力を全身で受け精神が圧殺されてしまう。確証はないが、本能が訴えているのだから偽りはないはずだ。思わず固唾を飲んでニヤリと笑うバードラ。
「魔力波動を受けて格が違うとか、そういう事は何回か感じたが……これはてんで違う。格とかレベルとかそういう話じゃねぇ。世界が違うんだ」
化け物じみた猛者のみが存在を許される、圧倒的な強者の世界。そして彼は存在だけで世界が揺らぐような、善もしくは悪の権化。
二人の間に広がる緊迫とした空気を察知したのか、次第に男達が目を覚ましてしまう武器を手に焚き火へと集まる。だが集まるだけで、攻撃をバードラは制止した。
それを見て男性は微笑む。
「それで良い。僕は貴方達に危害を加えるつもりは最初から無いし、貴方達に何かを求めて旅に同行していた訳でも無いからね」
「……じゃあ、お前さんは何を求めて旅をしていたんだい?」
「『答え』だよ」
バードラの問いに男性は即答だった。思わず周囲の大人達が訝しげな視線を向けて、再び強く武器を握った。
「答えってのは?」
「大したことじゃない。自分の選択が、自分の過去が、野望が、真実が。……それらが今のままで大丈夫なのかを知るための答えであって、旅である」
「意味が……分かんねぇよ。はぁ」
学に弱いバードラは、詩的な男性の言葉を理解する事を諦めるように息を吐いた。そしてそのまま剣を砂地に突き刺し、柄から手を離す。得物の放棄、すなわち無抵抗を示した。
「ば、バードラ!?」
「おうおう、オメェらの意見も分かるぜ。……だがな、止めとけ。コイツはな、俺達が剣を握って一歩目を歩くと同時に全員を殺せるくらいに強い。二歩目には胴体とおさらばって訳だ」
嘘だと思った。だがバードラの瞳の奥に見えた恐怖が事実だと物語る。途端にそれは伝播して、敵意を孕んだ視線は畏怖へと移り変わる。
武器を持つ手を下ろす旅人達。真夜中に鳴り響く金属音。それに女子供が気付かないはずもなく、馬車の中で寝ていた彼らも姿を見せ始める。
「……それで、お前さんはこれからどうするんだい?」
「戻るだけだよ。元いた場所にね。心配は無用だ。ここら辺にいる魔獣達はすべて飢えている。たとえ理性があっても本能で私しか狙わない。この荒野を抜けるまでは安全を確約しよう」
「そう……かい。そうなるとお前さんと一緒にいる俺達が危険に晒されるって訳だ。出来るだけ早く去ってくれるとありがたい」
「ええ。言われなくとも」
そうだと男性は唐突に皮袋に手を突っ込み、中から一冊の本を取り出す。それは晩に男性が子供達に対して聴かせていた昔話の本だ。
「これを次の町で渡して欲しい人物がいるんだが」
「人、ねぇ……。それで名前は?」
「分からない。ただ身体的な特徴なら分かる。歳は二十代前後で身長は貴方よりも少し低め。瞳は鉛のような鈍色で、髪は黒の中に少しだけ青……そう、まるで月明かりに照らされたこの夜空のよう」
「ほお、青黒い髪か……ここら辺じゃ珍しい部類だな。了承した、その依頼を引き受けよう」
「感謝するよ」
男性自ら近寄ってバードラの手の上に本を乗せる。終始周りからの視線が男性を貫くが、物ともせずに元いた場所に戻ると皮袋を担ぎ、優しく微笑んだ。そして踵を返して去ろうとする。
だが。
「ーー旅人のお兄ちゃん、名前、なんて言うの?」
晩に男性の昔話を聴いていた一人の少年が、大人達を掻き分けて一歩前へと踏み寄る。バードラが危険と称したその絶対領域に足を踏み入れたのだ。大人達が慌てふためくのも解らなくもなかった。
「ローパ!   こっちに来るんだ!」
「そうよ、その人は危険なの!」
「……どうして?」
ローパはまだ幼い。男性が放つ殺意に満ちた気配に疎く、ほんの数時間前まで昔話を語ってくれた人物が、自分に敵対行動をするとは考えていない。
「僕はね、ローパ。いわゆる君達の敵なんだよ」
「『てき』?   僕と旅人のお兄ちゃんは、友達じゃあ無いの?」
「ああ。僕と君は最初から最後まで他人であって、そこから揺らぐ事はない。何年何十年経っても君は僕との関係が移りゆく事も決して無い。ぼくらは出会った瞬間から敵同士だったんだ」
「つまり……いまは僕の『てき』ってこと?」
「そうだね。そうなるかな」
「分かんない」
「ははは、今はそれで良い。いずれ君が大人になり、あの時はこういう事があったと感慨にふける事さ」
すると男性は唐突に帽子を脱ぎ、上に付いた砂埃を手で払う。だが全員の視線はそっちに向いていない。
男性は美しかった。
月明かりに照らされた黄金の髪は、まるで神々の恩恵を得たような妖しい輝きを映し出し、敵意を向けていた女性達は一時それを忘れて見惚れてしまう。
緑玉のように深い緑の双眸には幼いローパの顔が映され、まるで奇麗な小石でも見つけたかのような輝かしい笑顔を男性に向けている。
歳は三十代前後といったところか。妙に落ち着いた物腰と壮美な容姿が合わさって、まるで本物の神を目の当たりにしているかの如く、バードラの心は凍てついた。
「君にこれを授けよう。僕の大切な人からの贈り物だ」
男性はローパに帽子を渡す。それはとても古く、しかし想いのこもった大切な物である事を、ローパは手にした途端、どうしてか理解した。
だがどうしてだろう。この帽子からは、どうしても悲しみしか感じない。幸福な感情を、全く感じ取れない。
「旅人のお兄ちゃん……これって」
ローパの問いかけに対して男性は微笑みを返す。ただ……それだけだった。
「……おっと。そういえば君の最初の問いに答えていなかったね」
去り際に男性が振り返り、思い出したように唐突に言った。そして澄み切ったような笑みを浮かべると、
「僕の名前はフェルダー。フェルダー=メルトクォリス」
襤褸の外套を脱ぎ捨て、中に着ていた服を彼らに見せる。
それは鮮血のように赤く、背には七本の剣それぞれに第一神聖語で言葉が書き記されているローブだった。
普通ならば襤褸の下にローブを羽織っていた事に驚くべきだろうが、その衝撃すら彼らにとって些事だ。
そのローブを知らない者は、この大陸で誰一人として存在しない。それはおよそ百年に渡って世界に蔓延る純粋な悪の権化であり、世界を二度にわたって戦乱へと招いた首謀。
時を経るにつれて未だに膨らみ続ける最強最悪の集団組織。いくら切断したところで、あたかも蜥蜴の尻尾切りのように幾らでも復活する、果ての見えない謎の組織。
だが旅人である彼らでも知っている事実と、男性ーーフェルダーの着ているローブには一つ誤りがあった。それは剣の位置。本来ならば剣のどれか一本が横たえられており、それが自らの所属する管轄にある事を指し示すはずなのだ。
しかしフェルダーのはどうだろうか。七本の剣全てが縦に並べられており、まるでどこにも所属していないかのようだ。
偽物だろうか。深く意味を知らないバードラ達のそんな考えは、フェルダーの次の言葉で消滅した。
「大罪教『大司教』。異端の王さ」
その台詞に、人は言葉を失った。まるで今まで見た事の無い怪物に出会ったかのように、猛者のバードラですら額に脂汗と冷や汗を浮かび上がらせる。
七体の怪物を纏め上げる最強の怪物。世界に侵食する悪の心臓。見た目とは裏腹の圧倒的な気配。死を彷彿とさせる毒々しい魔力波動。途端に心拍数が跳ね上がり、足場の無くなったような錯覚を覚える。吐き気を催した者もいるだろう。
それは単純なーー恐怖だった。
しかしフェルダーは何をするわけでも無く、それを見つめて軽く会釈すると向こうの反応を待つ事なく去って行った。
五分程度だろうか。
しばらく歩いたフェルダーは、ふいに空を見上げる。
「嗚呼、今日の夜空は美しい」
辺りに星の光を遮る灯りは何一つ無く、時折吹く風だけが現実感を与えてくれる。それすら無ければ、まるでここは別世界のよう。
見て、見続けて。一通り満喫したフェルダーは、細く息を漏らすと再び前を向いた。そして何千何万と踏み出した決断の一歩を、グッと踏みしめる。
もうこれで後戻りは出来ない。だが彼には後悔など存在していない。未来は在るのでは無く、生み出すのだと知っているから。後悔は未来によって選択できるのだと理解しているから。
迷いを一切感じさせない笑みを浮かべ、言う。
「さあ、世界の変革を始めよう」
昼間は照り付ける太陽の熱光線によって身体の芯まで熱せられ、体内の水分と精神力を容赦なく削り取る。そして夜間になると一気に冷え込んだ空気が風によって身体中を弄び、時折聞こえる雄叫びがさらに精神力を削る。
辺りに水分補給をする場などあるはずもなく、老廃した動物や人間の骨が其処彼処に転がっているだけ。まさしくそこは死の大地だ。
そんな所を好きこのんで住処とする動物がいるはずもなく、遠方の森やサバンナから逃げるようにして迷い込んだ魔獣達がたびたび姿をあらわす。
だから稀に肉食の大型魔獣が跋扈する事もあり、旅人達からは避けて通らなければならないスポットとして有名だ。でなければ確実に喰われるのは自分達だと決まっているから。
……だというのに、そんな荒野のど真ん中には小さな灯りが見えていた。その周囲には十台ばかりの馬車と数十人の人影が焚き火を中心に輪になって集まり、楽しそうに談笑している。
今にも魔獣が現れそうな気配の漂う荒野の中で、彼らはそんな事を知らないかのように、怯えることなく笑い声をあげていた。
その中の一人。襤褸のような外套で身を包み、鍔の長い帽子を目深に被った男性は、彼に向かって座っている幼い少年二人に昔話を語っていた。
「ーーむかしむかし、この大陸のある所に、一人の青年がいました」
男性は両手に持った古い本を大事そうに扱いながら、ゆっくりと語りを聴かせる。
「青年には名前がありません。幼い頃に両親を亡くし、代わりに拾い親から名前を貰いましたが、とても長くて忘れてしまったのです」
本には第一神聖語で綴られた文字列が長く書き記されており、よほど裕福な家庭で生きてきて、かつ第一神聖語について熱心に学んだ者でしか、その物語を語れる者はいない。
ゆえに、少年達にとって男性の話す物語は未知なるものであった。
「青年は文武に長け、誰も彼には敵いません。ですがある日、そんな彼に神様は言いました。『お前は魔王を倒すためにその力を得たのだ』と。青年は神の言葉を信じて冒険に出ました」
「ねぇ、ぶんぶってなにー?」
「馬鹿。頭が良くて喧嘩が強いって事だよ」
「へえー、かっこいいね!」
「ま、俺の事だけどな」
「でもジルお兄ちゃん、この間バードラおじさんに負けたじゃん」
「う、うるさいな!   いつかはバードラにも勝ってやるさ!」
バードラとはこの旅人達の中でも一番腕っ節が立ち、魔獣相手にも怯まずに戦う事が出来る勇敢な戦士だ。かつて祖父に魔術を習った経験があって、身体強化程度ならば呼吸をする様に扱える。
そんなバードラには勝てないだとか、絶対に勝ってみせるだとか。やんやと言い合う二人が鎮まるのを微笑みながら待って、男性は再び語り始めた。
物語は最初から最後まで心をときめかせ、少年達の心を熱くさせた。灼熱の大地を歩き渡り、絶海を小舟一つで進み、山の様に巨大な魔獣をその身一つで倒す青年。特に最終章に関しては、子供達は固唾を飲みながら男性の話に耳を傾けていた。
そして最終章が終わりに差し掛かる頃にはほとんどの大人達が寝支度を整え終えており、女子供に関してはほとんどが眠りについていた。
だが少年達の脳裏には睡魔など存在しないかのように、男性の語る物語を想像し続けていた。
「ーー青年はボロボロの剣を魔王の心臓に突き立てました。満身創痍なその身体で前に踏み込み、剣をさらに奥へと押し込みます。すると最後を悟ったのか、魔王は苦しみながら言いました。『お前は確かに世界を救った。だがしかし、お前の名前は世界に残ることは決して無いだろう』魔王はそれだけを言い残して高らかに笑いながら、深淵へとその身を投げたのです。深淵には万能である青年ですら向かうことは出来ません。ですが魔王の言い残した言葉を信じ、青年は神のお告げを成し遂げたのだと、声高らかに宣言しました」
「「それで、それで!!」」
少年達は急き立てるように叫ぶ。ぱらりとページを捲る男性。しかし、
「物語はここまで。この後青年がどうなったかは、この物語なタイトルを見れば分かるよね?」
男性は表紙を少年達に見せた。
「……ねぇ、お兄ちゃん。これなんて読むの?」
「お、俺が読めるわけ無いだろ……」
「えー。お兄ちゃん、ぶんぶになるんじゃないのー?」
「し、仕方ないだろ!   これは第一神聖語って言ってな、バードラでも読めないんだからな!」
「そうなんだ……ねね、旅人のお兄ちゃん。これってなんて読むのー?」
「そうだね……これは」
背表紙を優しく撫でた男性は、柔和な笑みを浮かべながら少年達に言った。
「『悲しき勇者の物語』と言うんだ」
◆
旅人達が寝静まった頃。揺れる焚き火の光によって、淡く映る影が一つ。
「……それで、収穫はあったのかい?」
襤褸を纏った男性が、誰もいない空間に向かって独り呟く。女子供は荷馬車で寝息を立て、男達もそのすぐそばで警戒心を巡らせながら睡眠している。男性の奇行に疑問を覚える者は誰もいなかった。
すると。
「言われた通り、皇帝を連れて地下迷宮へと向かいました。……ですが既に『魔女』は解放されており、封印部屋はもぬけの殻。鎖の錆具合や埃の被り方からして、二百年以上前には既にいなかったと思われます」
唐突に男性の背後へ気配を現した一人の人物が、忠誠を誓うかのように跪きながら報告を述べる。声音からして女性だろうか。すると男性は顎元に指を添えて、
「ふむ……あらゆる可能性を想定はしていたけど、独力であの封印から逃れたとなると想定外だね。さすがは神代の最強魔術師と言うべきかな」
「同感です」
その後、しばしの沈黙が訪れる。パチパチと焚き木が破裂する音だけが鼓膜に響き、小さな火の粉が風に乗って空へと舞う。
男性の背後で跪く人物は、男性の次の言葉をただじっと待つ。余計な口は挟まず、急かす事も無く、敬意の眼差しを向けながら言葉を待った。
「次は……オルフェリアだね」
「宜しいのですか?   アルダー帝国は此度の戦によって戦力の減退。補充には最低でも三ヶ月ほどは必要かと」
「そうか……仕方がない、今回は『怠惰』『暴食』『色欲』『憤怒』でいこう」
「よ、四名ですか……」
「ああ。僕の予感が正しければ、おそらく『憤怒』と『色欲』は今回の解放には必要不可欠な存在だからね。外周部は君とあの子に任せるとしよう」
「有り難きお言葉。では彼の者達には私から連絡をいたします」
「ありがとう。そうしてくれ」
刹那、姿を消す影。空気が切れる音も砂地を踏む音すらも聞こえない。まるで転移でもしたかのように瞬く間にて姿を消した。
だが男性は驚く様子を見せない。さもそれが当たり前のように動ずることは何も無い。むしろ、気になる事があった。
「……『魔女』はいなかった、か」
影に言われた事を反芻し、細い息を吐く。
「彼女が神代で『魔王』の次に強かった魔術師だったとしても、あれはそんなに簡単に破壊できる代物じゃないはずだ」
地下迷宮に存在する鎖は特別製だ。鎖は相手を縛るために用いられるが、あの鎖は相手を留めるために用いられている。つまり身動き一つ、言葉通りに毛先すら動かないはずなのだ。さらには魔力まで封じる仕掛けが組み込まれている。魔術など使えるはずもない。
「『魔女』が二百年前だろうが四百年前だろうが、いつに解放されたのかはこの際関係無いとしよう。問題はどうやって解放されたか、だな」
両手両足、髪の毛一本すらも動かさず、魔力を使う事も無く、完全な牢獄から誰にも気付かれずに脱出する方法。正直なところ、ここまで条件が揃っている状態で、それが可能だとは思えない。
……これはもう、第三者の手を借りたとしか。
だが、だとしたらそれが誰なのか。二百年以上も昔に数少ない情報を集めて可能性を導き出し、『魔女』という存在にまで辿り着いた、世界から抜き出た異質な人物は。
そもそも『魔女』がこの世に出ているのだとすれば、なぜこれほどに世界が穏やかなのだろうか。
彼女の魔力を縛るものが無いのならば、彼女の魔力は大陸全土の魔術騎士を相手にしたところで遥かに上をいく。それほどに膨大な魔力を有する彼女が現界する限り、狂的なまでに強い魔力波動によって自我を崩壊する者も増えるであろう。
だが実際にはそのような話を全く耳にしない。たとえ魔力を抑えていたところで数が少なくなるだけで、決してゼロとまではいかないはずなのに。
「彼女がこの世界に馴染んでいるからだろうか?」
それも少し違う気がする。
「彼女は魔力を捨てた?」
ならば、その魔力はどこに。
「それとも……まさか……」
捨て切れない可能性を口ずさみ、黙り出す。暴れるように揺れ続ける炎を見つめながら、男性は静かに考えを纏めた。
「ともかく『魔女』はいない。ならば次の手だ。オルフェリア帝国を攻める。目的は『鍵』の奪取と『雄牛』の解放。これが成し遂げられれば、よりいっそう僕達の理想へと届く。……聞いていたかい、ディエト?」
またしても、男性は誰もいない前方の空間へ向けて名指しで尋ねる。
しかし答えは返ってこない。代わりに焚き木が破裂して、火の粉が激しく舞い上がるだけだった。
「……そう。我らが主ーー『魔王』の祈願を成し遂げるための一歩になるのさ。だから君も手を貸してくれるよね?」
たが男性は何事もないように平然とした顔で、再び尋ねる。……が、相変わらず応えは返ってこない。代わりに焚き木がパチン!   と勢いよく音を立てて破裂した。
「そうかい。その応えが聴けただけでも、僕は良かったよ」
徐ろに立ち上がる男性。纏う襤褸とは裏腹に、筋の通った細身の肉体はまるで歴代の英雄を圧倒するかの如く、凄まじい存在感を放っている。
今まで纏っていた柔和な気配とは真逆の、圧迫するような強者としての存在感。それは微かに空気と混ざり合い、敵意に鋭い者達は驚異となる存在だと認識した。
「……おいおい旅の兄ちゃん。なんだい、その分厚いコートでも着込むような刺々しい殺気はよぉ。おかげで目が覚めちまったよ」
誰よりも早くその正体に気が付いたバードラが、不敵な笑みを浮かべながら男性へと近づく。剣を利き手で持ち、笑みの裏に隠した殺気を震わせながら近づくが……そこまでだ。
「旅を続けて早二十年……幾度も危機に直面した覚えはあるが、その全てをなんとか乗り越えてきた。……けどこれは無理だわ」
今年で三十五になるバードラ。竜種や亜人種、鬼族とまで戦ったことがある彼が感じた男性の気迫。それは津波のように迫り来る魔力波動の圧力だ。
バードラが立つ位置から一歩でも前に進むと、圧力を全身で受け精神が圧殺されてしまう。確証はないが、本能が訴えているのだから偽りはないはずだ。思わず固唾を飲んでニヤリと笑うバードラ。
「魔力波動を受けて格が違うとか、そういう事は何回か感じたが……これはてんで違う。格とかレベルとかそういう話じゃねぇ。世界が違うんだ」
化け物じみた猛者のみが存在を許される、圧倒的な強者の世界。そして彼は存在だけで世界が揺らぐような、善もしくは悪の権化。
二人の間に広がる緊迫とした空気を察知したのか、次第に男達が目を覚ましてしまう武器を手に焚き火へと集まる。だが集まるだけで、攻撃をバードラは制止した。
それを見て男性は微笑む。
「それで良い。僕は貴方達に危害を加えるつもりは最初から無いし、貴方達に何かを求めて旅に同行していた訳でも無いからね」
「……じゃあ、お前さんは何を求めて旅をしていたんだい?」
「『答え』だよ」
バードラの問いに男性は即答だった。思わず周囲の大人達が訝しげな視線を向けて、再び強く武器を握った。
「答えってのは?」
「大したことじゃない。自分の選択が、自分の過去が、野望が、真実が。……それらが今のままで大丈夫なのかを知るための答えであって、旅である」
「意味が……分かんねぇよ。はぁ」
学に弱いバードラは、詩的な男性の言葉を理解する事を諦めるように息を吐いた。そしてそのまま剣を砂地に突き刺し、柄から手を離す。得物の放棄、すなわち無抵抗を示した。
「ば、バードラ!?」
「おうおう、オメェらの意見も分かるぜ。……だがな、止めとけ。コイツはな、俺達が剣を握って一歩目を歩くと同時に全員を殺せるくらいに強い。二歩目には胴体とおさらばって訳だ」
嘘だと思った。だがバードラの瞳の奥に見えた恐怖が事実だと物語る。途端にそれは伝播して、敵意を孕んだ視線は畏怖へと移り変わる。
武器を持つ手を下ろす旅人達。真夜中に鳴り響く金属音。それに女子供が気付かないはずもなく、馬車の中で寝ていた彼らも姿を見せ始める。
「……それで、お前さんはこれからどうするんだい?」
「戻るだけだよ。元いた場所にね。心配は無用だ。ここら辺にいる魔獣達はすべて飢えている。たとえ理性があっても本能で私しか狙わない。この荒野を抜けるまでは安全を確約しよう」
「そう……かい。そうなるとお前さんと一緒にいる俺達が危険に晒されるって訳だ。出来るだけ早く去ってくれるとありがたい」
「ええ。言われなくとも」
そうだと男性は唐突に皮袋に手を突っ込み、中から一冊の本を取り出す。それは晩に男性が子供達に対して聴かせていた昔話の本だ。
「これを次の町で渡して欲しい人物がいるんだが」
「人、ねぇ……。それで名前は?」
「分からない。ただ身体的な特徴なら分かる。歳は二十代前後で身長は貴方よりも少し低め。瞳は鉛のような鈍色で、髪は黒の中に少しだけ青……そう、まるで月明かりに照らされたこの夜空のよう」
「ほお、青黒い髪か……ここら辺じゃ珍しい部類だな。了承した、その依頼を引き受けよう」
「感謝するよ」
男性自ら近寄ってバードラの手の上に本を乗せる。終始周りからの視線が男性を貫くが、物ともせずに元いた場所に戻ると皮袋を担ぎ、優しく微笑んだ。そして踵を返して去ろうとする。
だが。
「ーー旅人のお兄ちゃん、名前、なんて言うの?」
晩に男性の昔話を聴いていた一人の少年が、大人達を掻き分けて一歩前へと踏み寄る。バードラが危険と称したその絶対領域に足を踏み入れたのだ。大人達が慌てふためくのも解らなくもなかった。
「ローパ!   こっちに来るんだ!」
「そうよ、その人は危険なの!」
「……どうして?」
ローパはまだ幼い。男性が放つ殺意に満ちた気配に疎く、ほんの数時間前まで昔話を語ってくれた人物が、自分に敵対行動をするとは考えていない。
「僕はね、ローパ。いわゆる君達の敵なんだよ」
「『てき』?   僕と旅人のお兄ちゃんは、友達じゃあ無いの?」
「ああ。僕と君は最初から最後まで他人であって、そこから揺らぐ事はない。何年何十年経っても君は僕との関係が移りゆく事も決して無い。ぼくらは出会った瞬間から敵同士だったんだ」
「つまり……いまは僕の『てき』ってこと?」
「そうだね。そうなるかな」
「分かんない」
「ははは、今はそれで良い。いずれ君が大人になり、あの時はこういう事があったと感慨にふける事さ」
すると男性は唐突に帽子を脱ぎ、上に付いた砂埃を手で払う。だが全員の視線はそっちに向いていない。
男性は美しかった。
月明かりに照らされた黄金の髪は、まるで神々の恩恵を得たような妖しい輝きを映し出し、敵意を向けていた女性達は一時それを忘れて見惚れてしまう。
緑玉のように深い緑の双眸には幼いローパの顔が映され、まるで奇麗な小石でも見つけたかのような輝かしい笑顔を男性に向けている。
歳は三十代前後といったところか。妙に落ち着いた物腰と壮美な容姿が合わさって、まるで本物の神を目の当たりにしているかの如く、バードラの心は凍てついた。
「君にこれを授けよう。僕の大切な人からの贈り物だ」
男性はローパに帽子を渡す。それはとても古く、しかし想いのこもった大切な物である事を、ローパは手にした途端、どうしてか理解した。
だがどうしてだろう。この帽子からは、どうしても悲しみしか感じない。幸福な感情を、全く感じ取れない。
「旅人のお兄ちゃん……これって」
ローパの問いかけに対して男性は微笑みを返す。ただ……それだけだった。
「……おっと。そういえば君の最初の問いに答えていなかったね」
去り際に男性が振り返り、思い出したように唐突に言った。そして澄み切ったような笑みを浮かべると、
「僕の名前はフェルダー。フェルダー=メルトクォリス」
襤褸の外套を脱ぎ捨て、中に着ていた服を彼らに見せる。
それは鮮血のように赤く、背には七本の剣それぞれに第一神聖語で言葉が書き記されているローブだった。
普通ならば襤褸の下にローブを羽織っていた事に驚くべきだろうが、その衝撃すら彼らにとって些事だ。
そのローブを知らない者は、この大陸で誰一人として存在しない。それはおよそ百年に渡って世界に蔓延る純粋な悪の権化であり、世界を二度にわたって戦乱へと招いた首謀。
時を経るにつれて未だに膨らみ続ける最強最悪の集団組織。いくら切断したところで、あたかも蜥蜴の尻尾切りのように幾らでも復活する、果ての見えない謎の組織。
だが旅人である彼らでも知っている事実と、男性ーーフェルダーの着ているローブには一つ誤りがあった。それは剣の位置。本来ならば剣のどれか一本が横たえられており、それが自らの所属する管轄にある事を指し示すはずなのだ。
しかしフェルダーのはどうだろうか。七本の剣全てが縦に並べられており、まるでどこにも所属していないかのようだ。
偽物だろうか。深く意味を知らないバードラ達のそんな考えは、フェルダーの次の言葉で消滅した。
「大罪教『大司教』。異端の王さ」
その台詞に、人は言葉を失った。まるで今まで見た事の無い怪物に出会ったかのように、猛者のバードラですら額に脂汗と冷や汗を浮かび上がらせる。
七体の怪物を纏め上げる最強の怪物。世界に侵食する悪の心臓。見た目とは裏腹の圧倒的な気配。死を彷彿とさせる毒々しい魔力波動。途端に心拍数が跳ね上がり、足場の無くなったような錯覚を覚える。吐き気を催した者もいるだろう。
それは単純なーー恐怖だった。
しかしフェルダーは何をするわけでも無く、それを見つめて軽く会釈すると向こうの反応を待つ事なく去って行った。
五分程度だろうか。
しばらく歩いたフェルダーは、ふいに空を見上げる。
「嗚呼、今日の夜空は美しい」
辺りに星の光を遮る灯りは何一つ無く、時折吹く風だけが現実感を与えてくれる。それすら無ければ、まるでここは別世界のよう。
見て、見続けて。一通り満喫したフェルダーは、細く息を漏らすと再び前を向いた。そして何千何万と踏み出した決断の一歩を、グッと踏みしめる。
もうこれで後戻りは出来ない。だが彼には後悔など存在していない。未来は在るのでは無く、生み出すのだと知っているから。後悔は未来によって選択できるのだと理解しているから。
迷いを一切感じさせない笑みを浮かべ、言う。
「さあ、世界の変革を始めよう」
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